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アナザーワールド 〜My growth start beating again in the world of second life〜  作者: Blackliszt
Solitude on the Black Rail 編

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62 Lost resilience


──ベッセルロット近海の空。


「最近は本性もバレてるんじゃないかな」

「海竜様の威厳は絶大ですよ!みんなの憧れですから!」

「風の防護があるから大声でなくても聞こえますよ?」

「あ、そうでした。はしたないところをお見せしました」

「聞いたでしょ。長年の積み重ねがみんなの心の中に刻まれているんだよ」

「忘却ともいう」

「意地悪!」


 海竜の背上で湊花としゃべっていた。一方、愛蔵と繚美はというと、海竜の風の力で各々が空を飛行していた。どんな感想を抱いているのかは声も届かないからわからないが、手を広げてスッキリした顔をしているから満喫しているのだろう。


「海竜様が昔は暴れん坊だったことはみんな知っていますよ。その上でみんな今の海竜様が大好きなんです」

「ほらほらー」

「それほどに水竜の宿していた水の心は偉大だったんですね」

「え、ええ、まぁ」

「もうどう転んでも僕が貶められる気がする」

「ああ、そうだ間抜け。そうさお前のやり方はクソみたいな不覚をとった失着だった。情けない、だがダサい落手ではなかった。お前の優しさは俺も知ってるさ」 

「わぁ・・・ありがとう、リアム」

「似てただろ・・・」

「すごく!」


 私はこの時の成り切りを傍で見ていて、──・・・ハイドが何者なのか、そして私が何者であるかを彼が知らなくてよかったと思った。やはり違うではないですかハイド。リアムが嬉しいと私も嬉しい、けれど、私の意識にはリアムが感じていないモノがある自覚がある。


「勘弁してくれ・・・」

「なぜあなたが涙を流すのでしょう」

「わからないさ。人間の虫けらみたいな気持ちを散々食い散らかした後から知ることになった俺の恥の心なんて誰もな」

「あなたは強かった」

「過去形か?」

「私たちには今のあなたの涙の方が強く輝いてみえる。もっと強くなった」

「俺は同胞のために涙を流し溜飲を下げなかった・・・!」

「命のために涙を流すのは初めてなのではないでしょうか」

「枯れ切ったんだよ、んなものは。ここでは何度も同じような問答をくり返すことになる」

「竜王ともあろう者が尻尾を巻いて逃げたくなりましたか?」

「リアムに出逢い、勝ち逃げという言葉があることを知った。なるほど、勝利を永遠の勲章にするということは、終わりから逃げることだ。俺は負けたんだ、それは逃げなかったからだ」

「賢くなりましたね」

「ああ、そして遅すぎたよ。だからお前達にどうか溜飲を下げてほしい」

「賢くなれと?」

「他にどうにもならなくていい。溜飲を下げてほしい」

「クロウ、仲介者のお前はどうして間に立つことを選んだ」

「恨むべきだが、もう敵だとは思わない。怖くもないそんな奴より、私にもおどれらに死んだ情けなさを感じさせている奴のことを考えるとはらわたが腐るように不快感が押し寄せてくる」

「痛みの渦中に血の気の引く感覚、真っ暗になった意識の中にこびりついた穢れは忘却を約束されているはずだったにもかかわらず、我らは穢れを雪ぐ権利を奪われたのだ。ここは楽観主義者だらけだ」

「まぁなっ。いくら考えたところで、夜の会議で我々は決議権は持たない。それに本性でてきてるぞ。さっきみたいに自分を取り繕えるようになっただけマシじゃないか」

「それを人は諦めと呼ぶのです。私は諦めたくはない。勝ち続けたい。勝ち逃げと揶揄されることがないくらいに、最後まで戦い続けたい。私の生はそうあった。それを子孫へと伝える機会が今まさに巡ってきている」

「だけどあんたは、あんたたちはそこで頭を下げてる痴れ者に負けたからここにいる、そうだろう?」

「他はどうか知らないが私は負けてなどいない。巻き込まれたのです。仲介者が片側に肩入れするな」

「俺は仲介者だが初めからこっち側だが?」

「日和見吸血鬼らしい振る舞いだこと」

「明るい暗い、そっちに話を持っていくと押し負けるのは貴方でしょう、脳みそまで腐ったか」

「我々にはそもそも脳みそがないではありませんか。だからそれが欲しいと私は言っているのです」


 リアムが預かり知らない血溜まり水槽で、ディアレクティケーは続く。


「リアム、もうすぐだよ」

「わかった。湊花さん、もうすぐサイレンの上空です。目的地に到着したら潜水します」

「はい・・・」

「大丈夫。最近は更に魔力の成長率がまた一段と増えて成長してきてるんですよ、困ったことに」

「困ったこととは?ステータスに何か異常が?」

「ステータスの魔石はスコルとマーナに仲間たちを殺された日に、実家の箪笥に放り投げてきました」

「まぁ、またそれは・・・豪胆ですね」

「それよりお子さんたちの心配をした方がいいですよ。これから汚されるので」

「どういうことですか!?」

「海竜、今朝の朝食は何を食べた?」

「そりゃあ魚をお腹いっぱい食べたけど?もしかしてお昼ご飯はリアムが──」

「君には昼も魚をたんと食べてもらう。じゃないとフェアじゃない。・・・ということです」

「・・・どういうことでしょう?」


 まぁわからないだろうな。あれは体験しないとわからない。


「行きと帰りでお二人に体験してもらいましょう。まずはどっちを犠牲にしましょうか。湊花さんが選びます?」

「とんでもございません!」

「じゃあ僕が選びますね・・・愛蔵さんと繚美さん、どちらの方が綺麗好きですか?」

「それは・・・部屋がいつも綺麗なのは愛蔵の方ですね。繚美は結構大雑把でして」

「じゃあまずは愛蔵さんでいっか。海竜、含み込んじゃって。のんじゃダメだよ?」

「わかってるよ・・・もう。先に行ってるから」


 では、いってらっしゃーい。


「はぁ〜、さいっこうだ!」

「港から海へ飛ぶ鳥のように、土にも船にも縛られることなく空を飛ぶのは夢だった!!!ほんっとうに夢のような──」

「愛ちゃん!?」


 空の青、海の青を自由に満喫していた景色から一転、愛蔵は暗黒にのみ込まれる。


「ぃゃああああああああ!」

「ゲート」

「・・・あれ?」

「り、リアムさん、わたし空に立って──」

「繚美さんを拾いましたし、それでは我々も行きましょう。湊花さんは僕から手を離さないようにしてください」

「はい・・・」


 海竜の加護を失い急転直下、海へと落ちる繚美を拾い上げ海へと潜水を始める。


「これは風の魔法ですか?」

「水と風を併用しています。風の魔法と水の魔法を織り交ぜた耐圧殻という頑強な外殻を作り、風で耐圧殻自体を動かしながら、水の魔法で殻の周りの海の水を掻き分けたり水流を発生させて移動します。水圧を受けて風の魔法だけで深く沈むのは難しいですから。──ほら、あそこ。海竜を追い抜きますよ」

「そ、それどころじゃ、体が浮いて!?」

「繚美!?」


 潜水というよりは落下というのが正しい。

 昔、小児科病院の待合室に縦長の円柱水槽の底の真ん中から気泡がぶくぶくしていて、おもちゃの魚が気泡に触れると下に沈んだり、気泡の柱から抜けると浮かんだりするオブジェがあったなぁ。気泡が上に向かってるのにおもちゃは下へ進む。下方へ水流が流れているのかとか思ったけれど、答えは水の水圧、すなわち浮力にあった。・・・海底に風の魔法陣を描けば水中エレベーターできるんじゃない?・・・でも気泡の柱から出た後が問題なわけで、課題は耐圧殻たいあつかくか。


「・・・と、とまった」

「無重力状態を味わった感想はどうですか?」

「空を飛ぶ方が楽しかったです・・・それより何も見えないのですが」

「落下は帰りでは体験できないことなんですけれどね。暗いのはここが深海だからですよ」

「ここが深海・・・」

「どうですか?」

「なんと申しましょうか・・・少し、寂しいところですね」

「暗いですからね」


 魔力で視界を強化もしていない、水人ではない湊花と繚美には周りを視認することは難しいだろう。


「母さん、リアムさん、どこですか?」

「こっちです、繚美」

「待ってください、今、明るくしますから」

「あっ、明るくなった。そこにいたんだ・・・リアムさんはなんというか、万能でいらっしゃいますね」

「僕のこと少しは知れましたか?」

「え、ええ、もちろんです」


 少しひいてるな?──だが、それでいい。


「では、雨の宮の玄関にゲートを開きますから順番に通ってください」

「ゲート!?──それじゃあなんのために落・・・潜水を?リアムさんはベッセルロットとステディエムを繋げるくらいに空間魔法がお達者ですよね?」

「いつもは雨の宮に直接ゲートを繋いでいますよ?空の旅、沈む旅、楽しかったでしょ?なかなか体験できませんよ、いや羨ましいなぁ」


 未だ腰が抜けて立てない繚美を尻目に、ゲートを開く。


「手をお貸ししましょう。どうぞ」

「・・・ありがとう存じます」


 少し心の距離が開いたかな。だが、八つ当たりも一旦やめだ。ここからは穏やかな心でいたい。そして、成り行きのままに進んだみそっかすみたいな表層エピペラジックに浮かぶ功績を残した僕なんかより、本当の直向きさを多くの人々へと示した超深海層ヘイダペラジックまで沈むズッシリ重みのある偉大な伝説の存在と向き合いたい。


「うぅ・・・」

 

 ゲートを潜った先には・・・愛蔵が降ってくる雨の雫に打たれる度に呻きながら地面に横たわっていた。もう一悶着、向き合わないといけないことがあった。コレはヤバい。おもしろすぎる。


「愛ちゃん!?」

「愛蔵!?か、海竜様、いったい愛蔵になにを!?」

「ぼくは何もしてないよ!?ただ、口から出したらなんかグッタリしてうめいてて」

「海竜は何も悪くないよ。愛蔵さんに度胸がなくて不甲斐ないだけだから。いったん昼休憩にするからさっき言ったとおりに昼食を摂っておいで」

「わ、わかった・・・僕は本当に何もしてないからね!だからこれからもご飯をね」

「夜はちゃんと用意してあげるから。僕は海竜を信じてるよ!」

「わかった。それじゃあね・・・・・・・・・・・・本当だからねえぇぇー・・・」


 海竜は時折、振り向きながら飯の種の心配をしつつ昼食のために漁場へと向かった。


「愛ちゃんどうしてこんなことに・・・生グサッ!?」

「愛蔵さんは臭いにやられているだけですよ。帰りは繚美さんが海竜に送ってもらうんですから、今のうちに慣れておいてください。海竜が傷つくので本人の前では絶対に臭いとか言わないように」


 愛蔵に駆け寄った繚美の顔が一気に苦虫を潰した。


「これも芝居のためです。ご存分に経験を積んでください・・・プッ、もうダメだ。僕も初めてここに来た時に体験したことですから、ハハハ!だって僕のことを知りたいっていうから、だったら同じ体験をしてみればいいんじゃないかって思って・・・ダメでした?」

「いえ、それはまったく。こちらからお願いしたことですから・・・フフッフフフ、アハハハ!あぁ、こんなに笑ったのはいつぶりでしょう」

「母さんまで笑って!?帰りは私がこうなるんだよ!?」

「あなた達が望んだことでしょうに」

「ですよね。いきなりケレステールに連れてって登山させてスコルとマーナと戦わせようとしない分、マシですよね」

「そ、それは・・・」

「クリーン、はい、これで綺麗になりました。雨の宮と庭園を涎で汚すわけには行きませんからね。いつまで呻いてるんですか愛蔵さん?」

「・・・情けないところをお見せしました」

「では参りましょう。ベルーガさんがお昼ご飯を用意してくれていると思います」


 きょーうっのおっ昼はなーにっかな〜。


「刺身です」

「はい。それで?」

「こちら、鯵の刺身です。そして、烏賊の刺身、蛸の刺身、さらにさらに鯛と鮪の漬けです!」


 フォー!見事なまでの生食オンパレード。僕としてはけっこう嬉しかったりする。けれど、港町住みの梨園家はどうだろう。


「とても美味しそうなのですが、私は少々食欲がなくお昼はご遠慮させていただきます。昼食をとられている間、庭園をお散歩させていただいてもよろしいでしょうか」


 愛蔵は生モノを拒否した。


「どうぞ、傘をお忘れなく。それから海紫陽花には触れないようお願いします。花の放つ魔力は人には毒ですから」


 ベルーガからの忠告を受け取って、愛蔵は庭園へと向かう。・・・それにしても海紫陽花に触れてはいけないなんて僕はここに何回も来てるのに初めて聞いた。


「結構なお手前ですね」

「いやいや、姫様にコレしかやらせてもらえないんですよ。キッチンを汚すからと。今日も醤油をこぼしてしまいました」


 鮪と鯛は刺身になりたかった漬けだったのか。


「ベルーガさん、お刺身がとても新鮮で美味しいです。雨の宮でお料理をいただけるなんて光栄です」

「繚美さんでしたね。最近はお客人が多くて嬉しい限りです。お褒めの言葉を賜りわたくしとても幸せを噛み締めております。醤油とワサビなるものはこれまた最近のことでして、リアムさんからいただいたモノでありコレも偏に、公式にベッセルロットとの貿易が始まったおかげです」


 ワサビはケレステールで手に入れた。

 しかしなんだ、酢飯と大葉や小ネギとかあればもっと良くなる。


「リアムさん、もしかしてこのお醤油」

「わかりますか。鈴屋さんから仕入れたモノですよ」

「やっぱり。こんな幻想的な庭園で身に馴染む味をいただくと、勿体無いと思いながらも目を瞑ってしまいます。感慨深いですね・・・」


 おもむろに目を閉じた湊花の体の筋肉がほどけていくのがわかる。

 しかしなんだ、あら汁のような味噌汁があればもっと良くなる。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様でしたリアム様」

「みなさんは食事を続けていてください。僕は女王陛下に拝謁を賜って参ります」


 結局、酢飯もワサビ以外の薬味も味噌汁も出てくることはなかった。ジブリマーレは相当厳しくベルーガが皿に触るのを制限しているらしい。


「ここはなんと美しいのだろう」


 雨の宮から出て庭園を移動していると、辺りは夜のように真っ暗で今は昼、昼食を遠慮した愛蔵が傘を差しながら海紫陽花の淡い青の光が漏れる庭園を見渡すように黄昏ていた。


「魔法鎧」


 僕は特に愛蔵に声をかけることもなく、女王の宮殿へと向かう。


「母さん、もしかしてリアムさんは怒っているのでしょうか」

「怒るでしょうね。今、マンチェスターではノーフォーク、リヴァプールを交えた大事な会議が始まろうというところでしょうか。そんな時に呑気に私たち梨園家は深海探訪をしている。怒っていることがわかり一先ず安心しました。私のすべきことがわかりました」

「断ってくれればいいでしょうに」

「それほどリアムさんが私を大切にしてくださっているということでしょう。ですが、生意気すぎれば切られるでしょうね」


 我儘を言った息子と娘を咎められなかった私には卑怯な打算があった。


「プライベートを仕事に持ち込んだ。でもリアムさんなら、許してくれる気がした・・・今年最後の休息の時間をいただきました。それに楽しい。年下のリアムさんから息子と娘が揶揄われている姿をみると2人がリアムさんより幼くなったようで、眺めている分には面白いですよ」

「ひどい」


 息子と娘のために親として背中を押してやりたかった。そんな私の望みをリアムさんは先に叶えてくれた。




──女王の宮殿。


「ここを人種が訪れるのは建国史上初めてのことです。どうぞそのまま前へ」

 

 玉座の間の明かりはうっすらと淡い。

 玉座の段の手前、入り口から玉座の乗る段までの玉座の面の8割の面には真っ白な絹砂が敷き詰められていた。

 足元灯として砂の中に無秩序に散り埋もれる白色の光を放つ魔石、慎重に足のつま先で砂を巻き上げないように玉座への道を泳ぎ進める。


「いらっしゃい、リアムさん」

「ご挨拶に伺いました。深海の赤い翡翠、ジブリマーレ女王陛下」


 ジブリマーレを宝石で例えるのなら、一般的な緑色の翡翠が妥当だ。

 しかし玉座に座るジブリマーレの本質は、国の民の血を全身に纏い、一滴でもその血を流させよう者ならこちらの体を背骨の髄まで焼き溶かし尽くさんばかりの威圧を放っていた。

 日頃のように話しかけてくる彼女がそう見えてしまうのは、女王が着座する無骨な黒色溶岩の玉座と玉座を包むようにヒビ割れた黒色六角の柱が隙間なく敷き詰められながらもバラバラに波打っているせいだろう。しかし柱は波打つとはいえども沈んでいるものばかりで、玉座が沈む高さから上に串刺しになったように飛び出しているものは一つとしてないのがまた重々しい。王族の意向で押さえつけられているようだ。そして、ヒビ割れからはマグマの赫い光どころか金属のようなモノが黒い煤だらけのまま漏れ出している。砂を照らしていた白色の光と紅白セットで縁起がいいなんて言えないほど生々しいオブジェだ。赤く輝く金属のマグマが流れおちていく様は視界から比重という物理的な重さで女王にこうべを垂れる者にプレッシャーを与える。海底の女王の玉座の間は、地上に類を見ないほど荒々しく、そして恐ろしく洗練されていた。もし魔族という言葉が前世の意味のままに使われていたのだとしたら、サイレンの起源が魔国にあるという理由に納得する。


「ならばあなたはさながら、深海に舞い落ちたルビーでしょうか」

「このように美しい女王の下へ沈んでしまえるというのなら、いずれそのときに拾っていただけるようにもっと自分を磨くことにいたします。本日はレギナ・ウィズ・バーディーの名で貴方様をお呼びさせていただきたい」

「もちろん。私の空の友、リアムさん」

「バーディー。きょう僕がここを訪ねたのは──」

「彼らに会いに来たのでしょう」

「しからば、ご遺族様にこれより海の竜と3名の同行者と共に、わたくしリアムがお墓に参りご家族様方にお目通りさせていただく旨をご報告させていただきます。静かなる海の底で眠るご家族様方にわたくし共が受け入れていただけますようご遺族様のお力をお貸しください」

「これから紡ぐ言葉は、わたくしレギナ・ウィズ・バーティーが水竜ネロの言葉を一言と一句と違えず代弁するものとしてお聞きください。どうか、こちらこそ伏してお願い申し上げます。死して尚を生きながらえる私が家族の元に参ることなどできましょうか。とても恐ろしい。どうか恐るばかりの私の分まで、どうか・・・リアム様、サイレンに新しい光をもたらしたあなた様ならば、かつて私が夢を見た陸と海に架け橋を繋いだあなた様ならば、偉大なる我が子と我が孫は喜んで袂を許し招くことでしょう」

「ありがとうございます。そしてお役目の旨、お引き受けいたします。かつての偉大な竜とその子孫のお二人が抱いたという水の心を宿すように最大限努力し、黙祷の内に捧げて参ります」


 ここまでの覚悟を口にしながら、僕の心はまだ怖がっている。・・・だから、できるだけ不自然ではないように賑やかに周りを飾りたかった。湊花の打診は腹が立つと同じくして、都合が良かった。

 おそらくはどうともなることもなく、少しだけ悲しくなって終わる気がする。エモーションに直面した時の自分のリアクションなんて、大体は人生の経験を通せばわかるものだ。

 しかしそれでも心細いのだ。そこで、絆に結ばれた者たちが傍にいれば、もし懐古に引きずり込まれたときそれが恨んだりするものではなく慈しむべき美しいものだと沈む僕の心を無慈悲に殺してくれるだろう。僕が壊れてしまわないように、守ってくれる気がする。


「しかし一つだけ、お聞かせください。なぜこのように急がれるのでしょう。興味本位でしょうか。それでもあなたを引き止める言葉を私たちは持ちません」


 水竜の魂を宿しても、彼らの心はもう誰のものでもない。伝説に成るとは未来に残る名を刻むこと、思い出の中で語られる名を失うということ。


「・・・かつて、私は私の頭の中の世界の空想の、とある鯨に名前をつけたことがあります」

「その鯨の名は、まさか──」

「オールドビック。かつて私が夢見た絵姿を体現した、同じ名を持つ者に会って参ります」


 ジブリマーレには転生者であることはバレている。それはイデアとハイドと僕の魂が深く紐づいている件を説明するには避けては通れなかった、そう、ハイドに説明を受けた。


「みなさまと偉大な彼らとの出会いに、幸あらんことを・・・」


 それにしても、ジブリマーレが空に憧れた理由の一端を見た気がした。

 毎日腰を下ろすには、あそこは鬱屈としていた。


『バーディー』

「はい」

『私はかつて彼を殺してしまった方がいいやもしれないといいました。しかし、彼こそ生きるべきだ。我が王でも、霊長たる命の王でもなく、何百万の救われない魂でもなく、彼の生は何人たりとも奪ってはならないものだ。過程はどうあれ、正当に得た権利だ。たかが創造者たる神ではなく、被造物である人が紡ぐ運命というものを私は信じたくなった』

「そこまでお話しいただけて、ハイド様が私たちに彼こそがベルの待ち望んだ人だということを教えてくださらなかったのは何故でしょうか。リアムは神の勇者として喚ばれたのだとばかり思っていました」

『私もです。聖戦のねじれが、現在にまで影響を残している・・・神め、できることならわたしも聖戦にて戦意を奮わせたかった。勇者さえ・・・人間さえ立ち塞がらなければ・・・』

「しかしだからこそあなたは許される。本当についていかなくてよいのですか?」

『いけるはずがない。私の肉体は別の愛する者たちの元で眠っている。せめて私のこの魂が朽ちたときは、同じ海の底で眠りにつきたい』


 しなやかな心が私の武器だった。しかし私は、殿堂に沈めるはずだった名を墓標に置き去りした・・・──かつて幼少の頃、私の母は雨の宮でこう宥め聞かせた。


「わたし、玉座の間は好きではありません。雨の宮の方が好きです」

「そう。でもここは海竜様がお造りになった庭園です」

「しかし母上、竜の海域は別のところにあるではありませんか」

「私たちがネロと呼ぶそこはかつて水の竜様が棲家としていた海域であり、厳密には風の竜様から成った海竜様の海域ではなかったのです。時折、海竜様があの場所へ向かわれるのは亡き水の竜様の代わりに棲家を見回るため。あそこは何人たりとも立ち入ってはいけない黒の層域です。ネロとは黒、サイレンで暮らす私たちですらも何も見えない世界のことなのです。そしてあなたが嫌う玉座の間は、初代女王がネロの海域へ抱いた畏れを基に造らせたものなのです」

「水の竜様はそんなに淋しいところに住んでいたのでしょうか?」

「・・・ネロにはある伝説があります。サイレンよりもさらに海の底、そこには地殻が口裂けた水の竜様が寝殿としていた海溝がある。そんな海盆の果てには、水竜様の水の心が降り注がれて咲いた器があるといいます。その水の器の名はハイドランジア。この雨の宮にある海紫陽花シーハイドランジアとは、海竜様がネロよりいくつか移植したものなのです。偉大な竜の力を吸って育つ禁制の花畑、雨の宮の庭園よりもずっと広大な盆地に咲き誇るハイドランジア。ですがハイドランジアには無闇に触れてはなりません。シーハイドランジアには毒がある。そしてシーハイドランジアの原種であるハイドランジアにも毒があるのです。水の命すらも奪ってしまう強力な心の毒です」 


 海溝の崖に広がるハイドランジアの花畑。

 唯一これらの花の毒が効かないのは、ハイドランジアの種を創り出した竜の王とそれぞれの花を育てた者のみ。

 世界に散らばった竜は1千年に一度、竜の王へと各々が育て上げた花を献上するのです。

 そうして竜の王が星の一点ずつから力を吸い取り復元力とも言うべき星の回復力すら完全に枯らしてしまわないようにする。


「水の竜様の心が咲かせるハイドランジアに惹かれてしまった水たちが他の海へ流れる役目も忘れてしまうほどの毒です。ひとたび触れて仕舞えば嫉妬に駆られた周りの水たちが重々しくのしかかってくる。魅了されたモノは皆死んでしまう。水の流れる役目すらも殺す毒によって」


 母の話を聞いて数日、我慢ができなくなった私はネロへと向かった。

 そして、目の当たりにしたのである。

 伝説の花畑とそこに眠る憧れの存在たち。

 霊前を前に愚かな子供は、はしゃいだ。

 あろうことか一輪のハイドランジアに手を触れてしまったのである。

 庭園の海紫陽花を触れてはならない。それが鉄則だったにも関わらず、その約束をずっと守り続けた私の体は触れてしまったハイドランジアの花びらと共に舞い上がった。

 ハイドランシアから流れ込んできた毒に打ち上げられた私の体は鉛のように重くなり程なくして沈降し始める。

 眠るように意識が解けていく。

 尾鰭の鱗がボロボロに逆立ち、幾つにも裂けてしまったようだ。

 抵抗すらなくした全身がハイドランジアの花たちに包まれそうになった。

 しかし、花の乱れを感じ取った海竜に助けられた。

 私はそのとき初めて竜に出会ったのである。

 あの時、海竜に助けられていなければ私は1分と待たずに死んでしまっていた。

 そして、身を以て水の心の本当の意味を知った。

 水の心の正体は──誰にも言えるはずなかった。勝手にネロへ立ち入ったのを、海竜に秘密にして欲しいと頼んだ私には、誰にも。


 雨の宮は海の竜が海紫陽花を植えるために造り出したのではない。

 海紫陽花が創り出されたために、雨の宮が造られたのです。 


「いつか私の手で、私たちのハイドランジアを創り出すこと。しなやかなるその花を持って墓前へと添える。それが空を得た私が願う、次の願い──」


 その願いを叶えるための種子は竜王にしか創り出せない。

 竜の輪を廻らせる花の種の名は──ニルヴァーナ。



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