61 Stepping Stone
──週末、ステディエム。
「ブラームス様、朝食のご用意ができております」
「ありがとう。すぐに向かう」
ブラームスは朝食を摂りに客室を出る。
「パトリック、よく眠れたか」
「はい」
「今日から3日間、我々は幾度となく紛糾しその度に批難されるだろう。滅多にないことだ。心しなさい」
「はい」
文官を通して事前に詰めるのが常、故に今回もそうだった。リアムとガスパーのおかげでスムーズに事が運んだ。しかしながら、我々ノーフォークはサプライズを残している。
サプライズの方については、迅速に準備ができたのはリアムが作ってきた資料がほとんど修正の必要がないものだったことが大きい。なんでも元リヴァプール銀行で働いていた従業員を雇ったとかで、世間話を装って熱心に質問をしたらしい。しかし、ただ質問しただけではできない芸当でもある。
この会議はいい機会だ。人材は集めた。補助金を盾にすれば人事に多少は融通が効く。リアムはのむだろう。この会議の場でノーフォークは新たに銀行を持つと宣言する。
「それでは私は控え室の方で支度を整える」
「わかりました。後で部屋の方へお伺いします」
ノーフォーク家が銀行事業に手をだす。これは今回の会議の重要な争点であるダンジョン産資源の取り扱いに大きく密接に関わり、円卓の根幹を揺るがす。
とはいえ、調印後に後出しをした結果、別の形で報復をくらってはつまらない。
そして予備策も用意してある。コルトアセットマネジメント。あれは素晴らしい。この案があるおかげで協議の決裂すらも視野に入った。
修正を必要とするため初動に遅れは生じるが、実入りの良さを鑑みれば、注視すべきポイント市場はリヴァプールでもマンチェスターでもない。オブジェクトダンジョンを4つも抱える王都である。
さらに、中央の権威の下にあるギルドの対立について我々はかなり厳しい仮説を立ててリスクを想定してきた。
これまでの貴族社会とダンジョンの歴史に照らし合わせた道理を辿るならば、ギルドはコルトに何も口出しができないはずだ。
銀行についても同じである。リヴァプールとマンチェスターには語気を強められるだろうが、奇しくも、ウォーカー商会がノーフォークにはある。業務が他領にも跨ぐことで風当たりが強く支援を控えざるを得なかったが、独自の銀行を持つことでこれまでの補助金以上に銀行を通して融資し基盤を強化できる。
支店をステディエムとベッセルロットにも作ることを提案するため、還元の面を持ち合わせると判断してくれれば幸いだが、いずれにしろリアムがエアデプール商事という会社を作ったように卸売会社を通じれば領外活動がしやすくなる。
そのため今回は銀行のことについてのみ触れ、コルトのことには触れない方針を立てた。
「ここで何をしている。ここは私の控室のはずだ」
「少々お待ちください」
メイドが扉をノックする。
「ブラームス様」
「どうした」
「お客人です。中でガスパー様がお待ちです」
「ガスパーが?こんな朝早くに・・・」
控え室に向かうと、ガスパーが私を訪ねてきていた。
彼が片手に持っているのは、昨日の新聞だった。
「こちらは昨晩、ステディエムに入った新聞です」
ノクチュア新聞か、どれどれ──。
「『ハワードとノーフォーク、手を組む。ケレステールで到頂者となったミリア様がユピテルへの挑戦のためにこれまでハワード家主導の下、ダンジョン攻略に尽力してきたアウストラリア騎士第四隊に合流、現在調整を始めている。ハワード侯爵家嫡男ルイスとノーフォーク公爵家ご令嬢ミリア様を筆頭とする学院内屈指の実力者が手を組んだ。先日のランキング戦をも経て、両者が互いに敬意を払う姿勢が注目を集める』──・・・なんだこれは」
「差し出がましいとは思いましたが、目に入れておられた方がよろしいかと考えました」
「よく用意してくれた。聡い商人よ。これを知っているのと知らないのでは会議での私の姿勢は大きく変わる・・・少し外してくれないか」
「はい。会議では後ろに控えておりますので」
「頼んだぞ。ガスパー殿をお送りした後、パトリックを呼んでほしい」
「承りました」
ランキング戦ではハワードを叩きのめしたと聞いていた。
なにを考えている、なにを知ったミリア。ノーフォークとハワードの接近、果ては縁組すらも示唆するような由々しき事態だ。
ハワードが王室から外れた血を欲していると邪推するものも少なくはない。叩きのめしたのなら尚更だ。パトスが王家を王家たらしめている限り、血は火種にしかならない。
「・・・これでは迂闊に王都へ迎えなくなった」
こんな喧伝の渦中に私が飛び込むのは危うすぎる。ならばミリアを喚び出すか。いいや、マンチェスターで厄介になるわけにはいかないし、カストラに世話になった上でミリアを矢面に立たせるのはいかん。
──ステディエム、マンチェスター侯爵家邸、会議室。
赤い絨毯が足の裏を休ませる部屋に窓はなく、その代わりに扉口は四方にあり、北、西、南、東と建てられている。
部屋の中央には細長く台形の机が3つ、三角を描くように並べられていた。なんとも今回の会議向けの飾り付けだ。
私は北側の扉から入室し、一辺の中央に設置されている椅子に腰をかけ、その隣にパトリックを座らせる。また、背後にはリヴァプール領とマンチェスター領の要請も相まって、参考人招致されているガスパー・ウォーカーとヴィンセント・ブラックフォードを伴っている。
一方、南側の扉から入室してきたのはリヴァプール領主のロバートと側近のモリスという男、そして、リストにあったように参考人招致された鈴屋の海咲という私も知る葵の母らしい女性とリアムの作ったスターマップ貨物会社で役職に就くノーマというちんちくり・・・ ・・・ ・・・ ・・・獣人ではないような。
「パトリック、リアムはスターマップ貨物会社で空間属性魔法が使える者だけをまずは雇ったと言っていただろう?」
「そうでしたか?私が同席した時には他の会社についてはあまり言及がなかったかと思うのですが」
そうだった。奴が資料を持ってきたあの日、メルギー食品という会社の概要を聞いたときに運送方法について言及すると人材の確保はできたと言っていたのだった。
そして、最後に入室したのが今回のマリノ会議の主催者を務めるマンチェスター陣営である。
カストラとその側近は見覚えがないがまだ成人したてぐらいに若い女性、あれがリストにあったセナという女性か?・・・それから参考人として呼ばれた少女が一人。あれがカレンダーか。
「私は彼女と面識がありますが、正直、不憫でなりません」
「リアムはサディストだな」
「ええ」
リアムが夜の会議と呼んだこの会議の名前については、あえて表立たないように回ったのだと飲み込むこととした。その方が色々と都合がいい、そういう風に風向きが変わったのだ。
しかしながら、今回のこのマリノ会議、もっともお笑い種なのが招致されている参考人たちに悉くに関係しているリアムを誰も呼ばなかったことだ。
会議出席リストを見たときに、呼べなかったのではない、呼ばなかったという体裁でいようという暗黙の了解を皆、肝に銘じたはずだ。
「おはようございます。今回このマリノ会議を主催することになりましたマンチェスター領主のカストラです。議長として、まずは本日の会議の議題の確認とその進行について説明させていただきます。はじめに──」
今日から2日に渡って開催される予定の会議の要点は2つだ。
1つ目は、3領の移出入品の関税と取引制限量の緩和の協定と品目についての確認である。
2つ目は、マンチェスター-リヴァプール間に設置される予定のスカイパスと大空船の魔道具について。こちらはノーフォーク側からは既にスカイパスの設置を先送りする旨を伝えてあるのであまり関係ないが、円滑な移出入に取り組めるようリヴァプールも巻き込んだ協定を結び、検品の簡略化などマンチェスター側には細かい制度改革をすることを求めてある。
私は今日から2日間拘束されるが、やることはほぼ済ませてあるのでサプライズを披露するまではずっと暇だということだ。
「マンチェスターステディエム担当移出入管理部食糧科所属のセナと申します。普段は皆様にも馴染み深いピーターメール株式会社やウォーカー商会といった企業方と我がマンチェスター領との窓口を務めております。ここからは、議長のカストラ様の会議の進行補助、及び、お手元にご用意させていただきました資料の読み上げ等を務めさせていただきます。では、一次産業品の農業分野の移出に関する議題を取り扱ってまいります──」
ほら、早速きたぞ。この会議の唯一の不満を論うとすれば、今から始まるいくつかの確認作業が水泡となる可能性があることか。
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──1日目、会議の終わりが迫る。
「本日予定していた議事日程はすべて終わりました。ここで1日目を散会としたいと思います。各領主方、確認しておきたいことや補足しておきたいことなどございますでしょうか。リヴァプール領」
「ございません」
「ノーフォーク領」
「2つ、本日の議題には関わり合わないことだがこの場を借りて述べておきたいことがある。よろしいかな?」
「サプライズですか?」
「私もどちらかといえばサプライズを受けた側である」
「そうですか。では内容をまずは簡潔にお話しください。その後、この場で取り上げるべきかを判断します。ロバート殿、よろしいですね」
「カストラ殿に同意する」
「では、どうぞ」
「感謝する。1つ目は、ノーフォーク領にて来たる日に銀行が設立される」
会場内がざわつく。
「まさかそのようなことが──っ」
「これは大変なことになる・・・」
ガスパーとヴィンセントには寝耳に水だっただろう。事前に銀行設立を知っているのは創業者で株主となるリアム、ブルーテーゼに参画したピッグ、それからパトリック、そしてパトリックに集めさせている職員候補のみである。
会場内で表情を変えなかったのは、事前に計画に参画していたパトリックとこれがどれだけ大事かをわかっていないカレンダーだけだ。
「次に2つ目だが」
「待ってほしいブラームス殿、いささか簡潔すぎる」
「まずは簡潔にとのこと。次に2つ目だが、昨晩発行のノクチュア新聞に載っていた我が娘とハワードの嫡男がダンジョン攻略隊の指揮を執ってユピテルへと挑戦することとなっているらしい。私も今朝知ったところであるが、この件についてノーフォーク側にはここに集った者たちの結束を揺るがす意図がないことを言葉とすることで議事録に残しておきたい」
「まぁ、御息女の件はそれでよろしいでしょう。経済協定の合意を進める重要な会議の場であることからも、私からノーフォークの銀行業の話題に追求させていただきたい。つまりは、ノーフォーク家が銀行業へ新規参入するということでしょうか」
「ノーフォーク家ではない。民間銀行の設立申請件が上がってきたためそれをノーフォーク領主として承認したということだ」
「・・・ノーフォークでも屈指の資産家であるガスパー殿は知らなかったようだ」
「ええ、初耳です」
「ヴィンセント殿もですね」
「はい。娘が他領の貴族として爵位を授かりましたため、畑違いの新しい事業にノーフォークで鍬を入れることはできません」
カストラのノーフォーク勢に対する問答が続く。
「そうなると私には当てがなくなった。いったいギルドに真正面から喧嘩を売ろうとしている酔狂な方はどなたです。創業者となられる方のお名前をお聞きしても差し支えないでしょうか」
疑いをかけるのは当然だろう。ピーターメールにはリヴァプール銀行で働いていた元行員が2人入社している。そしてそんな厳しい目で見るなロバートよ。チャールズと私が、すなわちお前と私が裏で結託していると思われるのは心外だというところだろう。
「リアムだ」
奇襲がきまった。
「海竜様と親交を結びこれまで継続的な貿易を断られ続けたサイレンとの貿易を始めてしまった彼のことだ。私は驚きはしません」
「そうですね。しかしよくもまぁ、彼はそんなことを思いつくものだ。そして、それを許したものだと感心いたしますよ。彼はまだ10歳でしょう」
「もう11になる」
「若気の至りですかな。怖いもの知らずなところも竜と気が合った所以の一つかもしれない。ビジネスマンの彼と面識がある身として、安易に失敗するだろうと口に出せないことがまた末恐ろしい」
「なにが末恐ろしいことがあるか」
「彼の持つ年不相応の才覚は彼と接した者にならわかることだが、もし銀行が、えぇー、名前は決まっているのでしょうか」
「ケレステール銀行」
「そうですか、それはまた。そのケレステール銀行に資産を預ける利用者には銀行の格式ある信用性などではなく、有名に信用を委ねたという尾鰭がつきそうなことです」
私もそう思う。コルトのことを知らない者からしたら無謀もいいところだ。組合としての側面も持ち合わせるギルドに楯突いてどこの企業が融資を頼むのだと、初めは身内しか利用しないような小さな銀行から始まるだろう。
「ガスパー」
「はい」
「ノーフォークギルドとその銀行が投資する事業について答えられるか」
「融資ではなくですか?」
「そうだ」
「銀行事業も参画するギルドの投資となれば、ダンジョンの産出品管理が代表的でしょう。ノーフォーク領内への供給の管理と領外への移出の管理、あるいは領外からの移入の管理。移出入に係る事業での移送には私が経営するウォーカー商会が担っています」
プライドの高いこの男らしい。
私はこの質問をするまでは自分が自分の首を絞めている愚か者と映っていたかもしれない。しかし、私が何かを腹に抱えていることはこれで伝わっただろう。
いまのところ噛みついてきているカストラはノーフォークギルドの恩恵を最大限に受けている。
私がとっているのは移出入緩和の効果を抑える行動だ。もしかしたら明日、緩和条件について調整が入るやもしれない。更なる緩和に踏み切る方向でだ。そうしたらコルトを有するケレステール銀行の成長にはますます拍車がかかることだろう。
「なぜウォーカー商会が重用される」
「それは、私どもの会社が店舗や倉庫を構え、継続企業として安定した供給ルートを築いているからでしょう」
「当座的、あるいは行商の時代は衰退を迎え、継続的、あるいは座商の商業的な企業の在り方が一般的となる時代が来た。スカイパスを代表とするような安定した移動手段の確立がもたらす進歩的な時代が迫ってきている。時代は次のフェーズへと移り変わろうとしているということでしょう」
・・・もしここまでを見越して領内外に関連する会社を作ったのだとしたら、リアム、これ以上頼もしい味方はいない。
「会議の区切りでこうして話題を浚ったリアムは、リヴァプール領ではここにいるノーマが社員を務める会社を含めいくつかの会社を創業し、また、新しい会社の形態についてまで提案しかなり投機的で、かつ強引だったが対価を用意しそれをのませた。リヴァプール領、マンチェスター領、ノーフォーク領の庇護下でのみの活動に限られる制限を受けるところではあるとこの場所に集う方々はご存じの事でしょうが、この会社形態が中央に正式に認められれば民間の企業界隈に革命が起きる。そして最も恐ろしいのは、コレを中央が認めない方針へ舵を切れる理由を持ち合わせないことでしょう」
興奮気味のロバートはそれ以上の追求をすることはなかったが、パトスの善性を象る王がリアムの提唱した新しい会社のあり方を拒絶することができるとは思えない。既に議会にも王にも認められた制度の一部を踏襲しているため安易に非難することはできず、仮に批判する種があるとすれば、民間が力をつけ過ぎてしまう、あるいは無秩序な起業によって社会が乱れるなどといったところか。しかし、パトスの手前で王は私利私欲に走ることは許されない。王は王を守るためではなく国を守るためと発展のために采配を下す。
リアムは精霊王の権能に肖る王政の悪癖を逆手取っている。
万が一、認められなかったとしても合同会社とやらは株式会社へと直ぐに転身し、一人取締役の株式会社については取締役の頭数を揃えるだけで特にダメージを受けないところがなんとも憎らしい。
問題があるとすれば、この中の誰が議会へとテストケースを上げるかだ。
「兎にも角にも、銀行の設立については領外から口を出すことではございませんな。しかし、会議の信用を預かる主催としてノーフォーク側からの報告には感謝したい」
「当然のこと」
「先ほど散会と案内したが移出入の緩和条件について見直しを行いたい。夕食会の後までには修正した内容を各領に示せるよう努めるので明日の開会までにリアクションをいただきたい。この提案を受け入れていただけるのならば、本日の会議は延会とさせていただく。異論や付け加えておきたいことがある方は」
「「ない」」
「それではこれにて延会とさせていただきます。皆様、お疲れ様でした」
これにて、マリノ会議1日目が終わった。
思いの外すんなりと話が通ったものだ。
てっきり私の入れ知恵でリアムの背後にいるのではないかと勘繰られたことに反抗心を燃やしていたが、これもリアムがあちこちに顔を立てていたからか・・・そうだ。ロバートはリアムの多くの才覚を知っている。だがカストラはどうだ。
リヴァプールの海の竜と親交を持ったとはじめにパトリックから報告があがった時、私は言葉に詰まった。
リアムが持つビジネススキルならばまだ首を縦に揺らせよう。しかし海竜との親交の件をどうやって知り得た。奴の後ろに控えるカレンダーか、それともリアムがステディエムでの滞在中に厄介になっている宿の娘でもあるというセナか。ならばガスパーかゲイルか、そうだとしたら後で確認をとるだけで済む。
ええい、やめだ。これ以上考えても答えはでない。
──その晩。
「ルフィ、ルドー。なぜ銀行の設立について一切情報がなかった」
「申し訳ございませんカストラ様。しかし私どもと彼との接点は夕方だけとなり、そして最近はステディエムを空けることも多いため立場上、全てを探るのは不可能です」
「・・・こうなったら、免責のリスクを冒してでもピーターメールの方へどちらか片方でも無理やりねじ込むべきだった。リアムがあそこまで商いに手堅いとは思わなんだ」
「恐れながら、免責をいただかなくても私どものカストラ様への忠誠は揺らぎません」
「投獄され罰を受けようとも揺らぎません」
「ルフィ、お前は最近よく忠誠を口にするようになった。昔は従うだけだったお前がだ。ルドー、お前の言葉は軽く聞こえる。年相応にだ。お前たちが忠誠を誓う私が簡単にお前たちを切り捨てるように思われているとは情けない」
一部の親は子供の挑戦をすぐに非難する。聞き齧った言葉を並べ立てて、世の中の通りにできないお前には価値がないという口ぶりをする。
ただ自分の不安を払拭したいがばかりに、家族のために耐えることをしらない。
仕事の愚痴や人への嫉妬を漏らすのもいいだろう、道理に合わないことを叱ったってよかろうとも、しかし、その者が敵対しない限りは誰かの挑戦する姿に嫉妬したり、その足を引っ張る卑屈者になって労を費やすのはやめとけ、カストラ──時に逆らって停滞したお前の祖父のように。
「それは偏に、人が両極へと変わる瞬間をまなこに映したからなのだろう」
夜逃げで親を失ったお前たちを引き上げたとき、自分の子のように愛情を注ぐことはできなかった。領主の義務は負えど、親代わりとなる義務はない。だから危険な貧困街の調査という仕事を名目とした友の忘れ形見であるラディ監視の任を与えた。これは私が抱えるそんな後ろめたさからの助言だ。
「ルフィ、ルドーとしてではなく、マッテオ、ブルックに戻って生きてみなさい。明くる日に行き先が閉じる時もあれば、またの日に道が開ける時もある。今だからこそ私からお前たちへ示してやれる道がある」
親とは子に不屈を説くも、成功へと結ばれない不遇や失敗のあった過去を隠す賢い生き物である。
「やってみるといい。いつでも帰ってきていい。私の周りで働くマンチェスター家の家族は皆、再びお前たちを歓迎するだろう」
家族と呼ぶお前たちが自らを見つめ直す鏡になってやれない私の器量の小ささを許せ。
──ノーフォークの控え室。
「銀行業を始められるとは驚きでした」
「事前に報せることができなかったのは心苦しいが、これも民の競争性を秩序的に管理するためだ」
「わかっております。それで、マンチェスター側からの新提案はいかがなものでしょう」
「そう警戒するなガスパー。想定内だ。リヴァプールにとっても悪くない提案であろう」
「想定内、よかった」
「お前のこれまでの投資を無駄にするような真似はせん。いつもノーフォーク家に貢献してくれていることに感謝している」
「ありがとうございます。それでは私はこの辺りで失礼させていただきます」
「ああ・・・パトリック、どう思う」
「ガスパー殿に報らせた通り想定内です。日程内に答えが出なければ延期にもなることを踏まえて合意に至らないという道筋をわざわざ選んでこれまでの労力を水の泡にすることはない」
「まぁ、銀行とセットということを抜きにしても、コルトというポイント収集法が提案されていなければ考える間もなく事前の交渉を理由にこの提案を却下していただろう。おかげで問題はもはや冒険者の数ではなくなった。むしろ減ってくれたら短期的には積み石が山になるまでの期間が急激に縮まる見方までできる。だが中長期的に見た場合にコルトが役割を果たせなくなる可能性、それから単にリスクヘッジのためにも冒険者を淘汰するような策は控えるようにとのリアムからの提言もあった」
「はい。僕も彼と同じ意見です」
「私もだ」
マンチェスター側から提案されたのは想定通り緩和の規模拡大だった。
生産量を据え置きとし移出量が増えればその財の価格は上がる。そこのところをうまく調整し緩やかな物価上昇へと繋げられるか、リアム、お前の腕の見せ所だ。
お前は夜の会議なんて洒落た呼び方をしていたが、もうこの会議、マリノの名前を冠しただけのリアム会議だろう。
ノーフォーク家はお前を最大限にサポートしようとも。
──マリノ会議、2日目。
リアムの選択が、国土を飛石のように跳ねて波紋を広げていく。
前日より持ち越した緩和に関する議事は意見交換と確認作業を並走し1時間ほどで終わった。
これで取引に制限を加えるようにとの中央のギルド側からマンチェスターやリヴァプールへ圧力がかかって食い下がっても、協定を理由に十分な量を確保できるくらいにまで品目数と量を拡大した。市場への急激な介入が批難されることを恐れて及び腰となっていたマンチェスター側の最後の砦を崩し、あちら側が少々のリスクを負った形となった。
また、リヴァプールとマンチェスター間とのスカイパスの設置が合意へと至る。
恙無く互いが望む最大限の条件を引き出し、調印は日程通り穏やかに終わった。




