33 鎮火
「── 最上級水魔法《守護者・水螺旋の牢獄》!」
── 次の瞬間!
ケイトの前に、全長5メートルほどもある大きな水の巨人が姿を現す。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
「すごい・・・」
僕はその巨人を視認すると、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
『これが魔法・・・!』
そして込み上げてくる興奮 ── 。
『・・・・・・!』
僕の体はその興奮の熱に襲われ、歓喜に震える。
対峙する赤い高熱の光柱と蒼く荘厳なたくましい水の巨人。
その魔法の対峙は控えめにいって最高だった。
まさか実際に目の前でこんな魔法らしい魔法を目にできるとは ── 。
それはまさに、前世の時をも超える願いだった。あるはずのない魔法を夢に見、暇に思っては子供のように想像に耽った。病に苦しむ時も、それは一種の希望であったり、一人気持ちを切り替えたい時に迷いこむ不思議な現実ではあり得なかった世界での出来事。それが今、目の前に現実として存在しているのだから── 。
「ズゥゥウン・・・」
だが、そんな僕の感嘆を他所に、顕現した水の巨人は歩を進める。
「・・・ジュシュウゥゥッ!」
すると、火柱に近づいた水の巨人は抑えこむように、轟々と立ち上る火柱にその両の手を突き刺す。そして ──
「ジッジッジュジュジュゥッ── 」
途端、突き出す両の腕と体をのあらゆる所々から水を放出し、その放出された水が螺旋の渦を形成し火柱を締め付けた!・・・しかし ──
「・・・クッ!・・・火が強すぎる・・・・・・収まらない!」
その火柱は、水の柱の中で沈静化するどころか初めよりもどんどんと太く力強くなっているようだ。今も、完全に覆われることはない火柱と水螺旋の渦の激しいせめぎ合いから、白い水蒸気が大量に発生している。
「リアムさん・・・!」
すると、突然ケイトが僕に叫び話しかけてくる。僕はその声に気づき、瞬間にケイトの方を見る。
「いいですか!先ほどあなたは魔力を感じていたはずです・・・・・・ですから、その感覚を思い出しながら今から言うことを集中してイメージしてください・・・!」
僕が気づいたことを確認したケイトが続けて言葉を連ねる。・・・そういえば、先ほど感じた力の流れが、手放した魔石に洪水のように勢いよく流れている様な・・・・・・そんな感覚を魔石が熱くなった瞬間からずっとなんとなくだが感じている。
「魔力のその性質は流れ、掴むことのできぬ水が光と命の力を持ったようなものです・・・」
確かに、先ほど感じたものを抽象的に表現すればそのようなものかもしれない。
「その荒ぶる水を風のない静かな湖畔・・・・・・いえ、忘れられたコップの水のように静かなイメージと同調させて鎮めてみてください!」
今も魔法を唱えた時同様、巨人と渦を制御する腕を上げ続けながら必死にそう説くケイト。
「はい!」
僕はその解いに大きな声で簡潔に返事、同時に言われた通りに先ほどの感覚を引き起こしながら目をつぶり、その詳細なイメージの想像に移る。
『コップの水・・・。コップの水・・・』
その後、僕は光差し込む部屋に忘れられた、机の上に佇む水の入った一つのコップを思い浮かべる。
「・・・!その調子です・・・!・・・・・・では、そのまま糸のように繋がっているその水と魔石の繋がりを手繰って断ち切るのです!」
おそらく何かしらの変化があったのだろう。ケイトは今も目を瞑り、想像に没する僕に次の段階を指示する。
確かに、感じていた荒ぶる水の流れが穏やかになりつつも、静止した水を思い浮かべているはずなのに、何かの穴に吸い込まれるように完全には止まらない水の流れを感じることができた。
『・・・これかな?』
僕は水の流れを辿りながらそして、水が流れ込んでいる一つの穴を意識の中、先ほど魔石を握っていた掌あたりにそれを見つける。
『これを塞げばいいのか?』
どうやら、その穴の先は今も火柱の中心にある魔石へと繋がっているようだった。つまりこの穴をどうにか塞ぐことができれば、魔石への魔力供給が断ち切られるはずだ。
『塞がれ・・・!塞がれ・・・!』
僕は、自分の体に空いたような穴を塞ぐべく、掌の穴の周りを伸ばしていくようにその穴を塞ぐことを試みる。
すると、水が流れ出していた穴がどんどん小さくなっていった。そして ──
「結構・・・!・・・後は私の方で沈静化します!」
完全に穴が塞がり、体内にのみ外に流れていた水が留まったのを感じた頃、ケイトがそんなことを言う声が聞こえてきた。
「守護者よ!・・・後は魔石に残る魔力の残滓を消化していくだけです・・・・・・一気に鎮めますよ!」
そうして、巨人は先ほどより一際大きくなった後、螺旋の渦の勢いを強め、みるみるうちに火を治めていく。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
小さくなる火柱と比例し、小さくなっていく水の巨人と螺旋。やがてその巨人と螺旋は一つの水球となり、原因となった魔石を中心に捉えていた。
水球に閉じ込められている魔石は今もオレンジ色の光を放出し、揺らめく焔のように光っている。
「もう・・大丈夫・・です・・・」
それから、一気に火柱を消火して魔石を水球の中に閉じ込めたケイトは、水球をコントロールする杖を持つ手をそのままに、息も途絶え途絶えにそう言う。
「ふぅ・・・」
杖を持たない反対の手で服を正しながら、息を整えるケイト。その肩には、今も彼女の精霊であるカワズが居座っている。
「・・・!」
そして、一息ついて呼吸が少し安定した頃、今度は杖を持つ方の手を振るう。
── 途端、魔石を包む水球が弾け、包まれていた魔石は床へと転げ落ちた。
「シュウウウゥゥ」
すると、床に転げ落ちた魔石の光が鈍くなり、白い蒸気を放ちながら炭のように黒くなっていった。
「リアムさん・・・何か異常はありませんか・・・?」
変化していく魔石にジッと見入る僕に、ケイトが応急確認へと取り掛かる。
「はい・・・大丈夫です・・・」
今は体内を激しく巡っていた水系は全て静まり、穏やかに循環しているのを感じることができる。おそらく、暴走も止まったであろう魔力を今ははっきりと感じ取ることのできる僕は、ケイトにそう答える。
「そうですか・・・それでは・・・」
そうして、今度は教室にいる生徒たちを見回すケイト。そして ──
「皆さん。本日の授業はこれにて終了とさせていただきます。魔石の授与が終わっていない生徒については、申し訳ありませんが後日、再度機会を設けますのでそのつもりでよろしくお願いします。・・・・・・リアムさんは私に着いてきてください」
ケイトはクラスメイト達に本日の授業を中止にすることを発表し、隣にいる僕に聞こえるくらいの声で「着いてくるように」と指示を出す。
「では、私は本日は失礼します。お疲れ様でした」
そう言って足早に教室を去ろうとするケイト。
僕はその早すぎる判断と展開にあっけにとられながらも、気づいた時には歩み始めていたケイトの背中を小走りに追いかけるのであった。




