60 Norma
「リアムさん」
「はい、なんでしょう」
「私的なことなのですが、おりいってお話がございます」
総会が終わり、湊花から時間が欲しいと言われた。
「実は、ウチの身内がピーターメールに関わりたいと言っております」
「働くということでしょうか?」
「平たくいえばそうです。事の発端は息子と娘なのですが、人生経験を積みたいそうです。最新の技術を取り扱うピーターメールで働くことで芝居に幅が生まれるのではないかとのことです」
「海咲さんのところではダメなのでしょうか」
「鈴屋には昔から出入りしておりますので、違うところで勉強したいそうです」
湊花の嫁ぎ先の家は芝居を生業にしていると聞く。身近に商売人をやっている鈴屋がありながら、それがどう転ぶとピーターメールに関わりたいとなるのかは大方見当がつく。
「湊花さんから見たお二人の本音は?」
「あの・・・不躾な話ですが、ステディエムに来てみたいんだと思います。空を魔道具が飛び交う街なんて他にありませんから。ですが、ステディエムに来たいだけだというのなら単に遊びに来ればいいだけのことです。おそらくは、リアムさんとの繋がりを持っておきたいのでしょう。好奇心とでも申しましょうか、リアムさんは物語に出てくるような偉業を達成された方ですから」
「そういうことでしたら会うだけ会ってみましょう。ただし、ピーターメールで採用はしません。ステディエムに訪れてみたいならそうすればいい。その代わりちょっとした旅路にお誘いしますよ。週末に行く予定だったんでちょうどいい。危険でおどろおどろしい旅になるかもしれませんが、フッフッフ・・・心配だったら湊花さんも来ます?」
「ご同行させていただけるのであれば・・・ですが週末はリヴァプールとノーフォークとマンチェスターの会議が控えていたかと存じますが?」
「あの人たちにいいように使われるのはゴメン被るんですよ。それじゃあ僕は一旦ベッセルロットのノーマのところに行ってきます。休日前夜にお迎えにあがります」
湊花は僕の機嫌を損ねたのではないかと心配そうな顔をしている。
とはいっても、職場体験はしている余裕ないし、縁故採用は基盤も整いつつある今のところ締め切りたいかな。インターン募集をするにしても時期が悪い。
「湊花さんにはお世話になっていますから、忘れられない体験ができるように取り計いますよ」
この一言で湊花がホッと一息胸を撫で下ろしたところで、足早にスターマップ貨物のあるベッセルロットへと向かう。
──コルンバの港、スターマップ貨物合同会社。
「ノーマ」
「リアムさん、こんにちわ」
「こんにちわ」
スターマップ貨物会社は僕が所有する会社の中で最も問題児・・・とても優秀な会社である。
「人材の募集状況はどうかな?」
「募集に人が殺到しています。若い人が多いです。しかし、本当に空間属性持ち以外を募集・・・これでよかったんですか?」
「それはいいの。今のところノーマたちで間に合ってるから」
ひげ・・・嬉しい誤算は、アグーチの諸君がアホを10連発するくらいにアホみたいに優秀だったこと。
悲劇は僕の手腕が不足していることなのだから、彼らに難癖をつけるのはおかしい、うん。
でもね、言い訳させてもらえるなら僕がかかりきりになって世話をできればきっとみんな終身雇用を全うして・・・それは根拠に乏しすぎか。
「リアムさん?」
「ちょっと自信過剰になってただけだから。優秀なノーマたちにあてられて僕も気持ちが大きくなっちゃった、アハハ」
「そ、そうですか」
ひかれちゃったじゃないか。
『私でも手に負えないレベルです』
『だよねー・・・無理矢理3人で1組ってことで組ませたけど、ぶっちゃけ人材の無駄遣いだよねー』
『本人たちが満足していればそれでと言っていられないくらいに勿体無さを感じてるのもわかります。ゲイル10人分の仕事くらいならわけなく彼ら一人でこなしますから』
『ゲイル換算はやめよ?ゲイルは商売人として優秀だから』
ノーマたちアグーチの何がそんなに問題なのか、それは空間属性魔法能力の異様な優秀さだった。
──時は遡り、ノーマたちが空間属性の適正があると知ってスターマップ貨物へ入ってもらう場合があることを確認した時だった。
「面接を受けてもらった後の承諾でごめんなさい。順序がめちゃくちゃだけれど、人材の不足を補うことが急務でしてね。この後の筆記試験と魔法能力の詳しい聞き取り調査に問題がなければ採用になると思います」
「わかりました。私たちの力が役に立つなんて嬉しいです」
「よかったです。ところで参考のために先に少しだけ聞かせて欲しいんですが、支配している亜空間の広さについてお聞きしてもいいですか?規模によって配属先の適正も考えなくてはならないですし、試験結果如何についてもちょっぴり配慮します」
この時の僕はわかっていなかった。どれだけ失礼なことを言っていたのか、彼らを侮っていたのだ。
「はい。私たちの空間属性の能力は大体一緒ですから私の情報を参考にしてください」
「それで結構ですよ」
「私の支配している亜空間は一辺1kmほどです」
・・・ん?
「すべての辺がですか?」
「はい」
「・・・ゲートを開くとすると推定で何kmくらい繋げられますか?繋げたことがある場所でいいですよ」
「1000kmくらいですかね」
アブノーマルすぎるんですけど。
『貨物タンカーが最長で約400mで幅は100mは絶対になかった。6、70mくらいだったかそのくらいだった・・・タンカーがだよ?貨物機じゃないんだよ?しかも運ぶだけなら重さの影響をほとんど受けない亜空間がだよ?』
『荷馬車は3m四方の箱と考えて良いでしょう。大きいもので積載量が5tくらいでした』
『この際、積載量は考えないものとしよう。闇属性魔石を併用すればもう少し詰めれるから問題は容量だ。にしても、ゲイルの支配してる亜空間が1辺10mくらいじゃなかったか』
『そしてゲイルがゲートを繋げられる最長距離は20kmくらいではなかったでしょうか?』
『もう少し長かったと思うよ。それにゲイルも未だ成長途中。今はもう伸びているとして・・・あと5kmくらい?』
ノーマたちは1日でリヴァプール、あるいはノーフォークからマンチェスターまでのほとんどの道のりを、2日もあれば辿り着くくらいの能力を持っていた。
故に計画がダダっ崩れでこの為体である、──そして時は現在に戻る。
「ところで、どうして私たちだけではダメなんでしょうか?」
「ノーマに直接話すことではないかもしれないけれど、リスクは管理しなくてはならない。それが僕の責任であり、今の君の責任でもある。もしアグーチのみんなが一斉に職を辞する、あるいは職から一時的に離れるような事態になると一気に業務は停止に追い込まれて信用は失われるからだよ」
「ですが、他の方々に私たちの代わりなど務まるのでしょうか?」
けっこう強気だ。
「有用さは段違いだろう。だけど手が足りないよね。だからスリーマンセルで、一人は貨物役、一人は貨物兼ゲート役、一人はゲート役とした」
嫌な話だけれど、一番荷物を抱える貨物役の魔力を残しておくことで緊急時にはいち早く離脱できるようにしたのだ。ゲート2回くぐるだけだからほとんど意味ないけれど!
「移送地に着いたときに100の荷物を1つの排出口から出すのと2つの排出口から出すのとでは時間効率が違うでしょ?」
「そうですね!」
僕は今、ノーマを騙している。
全員に均等に荷物を持ってもらって、均等にゲートを開いてもらって、なんとか到着までの時間を稼ごうという案も考えてみたのだが1人の亜空間が広すぎてこれでは3人で動く意味がなくなってしまう。人員があぶれないようにするのに精一杯だった。これは10人も一気に雇ってしまった僕の失態だ。
「それに現地で荷下ろしした後に配送する手もいる。とりあえずはその人手を確保しようということで」
「でもどうして空間属性使い以外でないとダメなんですか?」
「人員確保のしやすさの視点からかな。それからやっかみを受けないため。優秀な人材を優遇するのは会社としては論理的だけれど社会は急激に突きつけられた合理性を受け入れられる器を持たない。今ある器を壊して大きな器を用意するよりは、同じくらいの器を用意してやって分散してやる感じかな。それに極論だけと能力主義に走りすぎると属性差別を助長していると取られるかもしれないでしょう?社会は得てして便利さを追求する反面でスパイス程度の無駄を好むものだよ。そして、スパイスの香りが飛ばないようにじっくりと美味しく煮込んでいくのが今の代表取締役のノーマの仕事だからね。美味しい料理は好きでしょ?」
「はい!」
これは本当の話。
しかし言えない。週末に開催される3領主会議で長距離スカイパス:ブロー(仮)を設ける書類に調印がされる予定なのだと。そんな画期的な一世一代のプロジェクトを、”私たちなら新しいスカイパスの距離を10秒もあれば繋げられますよ。それにゲートを使うので魔道具以上の搭載量を誇り大人数での移動もできます”なんて、力の暴力で叩き潰すような真似をしてしまってはならない。
最も楽観的な結末で、アグーチたちが寿命を迎えるとしてその後はどうするのかという点と、スカイパスの人ではなく道具・技術依存である点はどっちがより健全なのかは比べるまでもなくスカイパスの方だ。
スカイパスの方が持続可能性が残る。
「それにノーマたちが優秀だから他のところで費用を抑えられるゆとりが生まれたんだよ。すっごく感謝してます」
「嬉しいです。聖戦の復興もほどよく終わりに近づき、私たちは妖精族の里では仕事を取り合っていました。交通網を支えるには数人いるだけで十分だと言われ、里に雇われて安定的なお給料を貰えて利用料金も格安な公共用のゲートが設けられているせいで、個人私用のゲートで商売するにしても料金をかなり高く設定しないと採算が取れなくて廃れてしまい力を活かして生活するには里を出るという選択肢をとるしかありませんでした・・・」
お涙ちょうだいの故郷での苦労話が始まったが、どうしても贅沢な話だと思ってしまう裏側で、魔法能力が優秀すぎる人材が増えすぎてしまうと彼らを囲い込むには雇う側の相応の仕事を用意する力とお金を稼ぐ力が必要なのだと痛感する。
したがって、僕のすべきことはせめて彼らの力の1/10でも発揮できるくらいの受容力がある物流網と消費市場を作り上げること。
故に、負担と少々のリスクを抱える方へ舵を切ることになった。
それは、スターマップ貨物を合同会社とし、早くもエアデプールを株式会社にした件だ。
エアデプールの創業時に無理やりロバートに合同会社の形態を認めるように推し進めたので、奇しくも土壌があったことが救いだった。
なのでスターマップ貨物の代表社員はリアム、そして、業務執行社員としてノーマが登記される。
要はノーマだけはエアデプールの社員ということで、また、合同会社の件についてはブラームスとカストラにも通してすでに活動の許可はとっているので会社の形態には問題ない。
だが、この会社の形態をとったことが問題なわけでノーフォークとマンチェスターの取引数と関税の緩和及びマンチェスターとリヴァプールのスカイパス開通を経営の根拠とするより、アグーチの諸君を根拠とした経営戦略を立てる方へシフトすることになった。一方で、スカイパスに関連付ける計画を完全却下はしない。2柱として両立させ走らせる。いずれは株式会社に戻すつもりだが、ここからトップスピードで駆け登る。
「ノーマ」
「はい」
「週明けから忙しくなる。深海の水圧にも耐えられるように、心構えをしていて欲しい」
「はい」
──わかっている。
僕は沼にハマっている。
沼の底は深海よりも深いかもしれない。
その場所を、週末に僕は見に行く。
──週末、コルンバの港。
「ご紹介します。長男の愛蔵と長女の繚美です」
「梨園 愛蔵です。無理を申し上げたにもかかわらず、本日はお招きありがとうございます。芝居小屋でも本名で活動しております。よろしくお願い申し上げます」
「梨園 繚美です。先日はお招きありがとうございました。挨拶が遅くなりましたが、どうか本日もよろしくお願いします。芝居小屋では繚の名前で演じています」
「愛蔵さんは初めまして。繚美さんは確かこの港の開港式の時にいらっしゃってましたよね。お姿をお見かけしたような気がします」
「はい。楽しませていただきました」
「ところで、旦那様も芝居をやっておられるのですよね?」
「私の夫は友蔵と言います。芝居の時は勇蔵の名で演じております」
「ということはもしかして、湊花さんも?」
「昔のことですが、鈴乃 紫璃という名前で舞台に立っていた時期があります。息子を産むまでのわずかな間ですよ」
「はぁー!?母さん舞台に出てん!?初耳なんやけれど!繚美知ってたか?」
「私も知らなかったって」
「内輪でいじられるのがいややって」
今はピーターメールにいるからもう解禁してもいいってことかねぇ。
「僕も今度から紫璃さんって呼ばせてもらおうかな」
「もうリアムさんまで揶揄わないでください。それに紫璃の名前は後輩に譲ったんですから」
「そういや、紫璃さんって母さんの芸名継いでたの!?」
「ええ。今の紫璃は3代目ですけどね」
「紫璃さん3代目やったの!?じゃあ2代目は誰やったの?」
「芙蓉ちゃん」
「「「はぁ!?」」」
僕まで変な声出た。あの人忍者の上に舞台で芝居までやってたの!?──今度イジろう。
「あっ、失礼。忍者に役者ってなんか、らしいですね」
「でしょう?こちらもまた1年にも満たない短い間でしたけれど、芙蓉ちゃん、歴代の紫璃の中では一番芝居が上手かったんですよ」
そうすると気になるのが今の紫璃さんの実力だけれど、この場では聞けないなコレは。
「ところで、お二人は僕に興味があるとか」
「はい。役者として、普段からあなたがどんな考えで動いていて、それがどんな振る舞いへと繋がっていくのかを知りたいんです」
「リアムさんのような偉業を成し遂げられる方と接する機会は中々ありませんわ。ましてや質問できる機会などそうはありません」
「偉業と断ずる見方は人によります。それからお二人の求めているであろう答えを僕は持ち合わせておりません。ですからこれから向かう場所での僕の様を見ていてくださいとしか言いようがないです」
「「わかりました」」
「それではみなさん、僕から少し離れていてください・・・──血漿雷」
あの日から、日本語すらも恋、口寂しい。
「今のはもしかして最近コルンバ・サラサの港の方角で見られるという謎の赤い光の正体ではないだろうか」
「いきなりすごいもの見たんですけれど・・・なんでしょうか、いまのは?」
「しがない食いしん坊1号の腹の音みたいなものですよ。1号の音に吊られて2号がやってきますんで」
食いしん坊1号とは笑い種です──だったら君は甘えん坊だろう。
「・・・──やあやあやあや!?」
「やあ海竜」
「何用かな我が友リアムよ。本日はいい天気だな」
「バカ丸出し」
「あっ!?また言った!──・・・本日はお日柄もよく」
「意味一緒だって。むしろ謙ってるし」
「我は謙ってなどいない!──で、その方達は確かリアムの仲間の・・・名前忘れた」
「忘れるも何も紹介したことないからね」
「だが顔は知ってる」
「えぇ、この食いしん坊あらため威張りん坊でついでに忘れん坊は海竜ウーゴ・ファノです。こちらは梨園家の皆様で右からお母様の湊花さん、ご長男の愛蔵さん、ご長女の繚美さんです。威張りん坊で忘れん坊の海竜さん、特に湊花さんは僕と一緒に仕事をしてくださっている方だからお名前を忘れないようにして敬意も払うように。忘れたら君はもう地上では美味しいご飯を食べれなくなってしまいます」
「えぇ!?湊花さん、ウーゴと呼んでください。どうぞ、どうか、どうも今後ともよろしくお願いします」
「は、はい。湊花です。ですが海竜様にお名前で気軽に呼びかけるなど畏れ多いことですわ」
「やだなー、友達なんだからいいよ。友達だよね?友達だから僕のご飯をコレからも──」
「やっぱり食いしん坊か」
「さっきからそれなんなの、もー!」
これだから竜ってやつは、たく。
「繚美、母さんが海竜様のご友人になってしまった」
「愛ちゃん、それも驚きやけど私の言ったこと本当だったでしょう。開港式の時に海竜様がお客さんを籠に乗せて遊覧させてくださっていたって話」
「本当やった・・・」
「愛ちゃんは悔しがってたもんねー・・・どうしよう、ウチらの母さんが海竜様とご友人になってしまった!」
「いやいまかっ!──こんなところか?」
「いい芝居の種が転がってきたね」
「まぁなぁー。コレは父さん悔しがるぞ」
愛蔵と繚美は既に今日の目的を達したような息遣いで話しているが、本番はコレからだ。私はまだあと2段階のサプライズを残している。
「それじゃあ行きましょうか。海竜、サイレンの真上までは空を飛んでいってそこから潜水したいんだけど皆さんのサポートをお願いできるかな?」
「僕は海の神様だよ?それくらい余裕だよ!」
「あの、リアムさん。今、サイレンっておっしゃいましたか?」
「はい。コレから僕たちは空を飛び、海に潜って深海の街サイレンを目指します」
「ですがサイレンは深海に・・・」
「目的地は雨の宮ですからご安心ください」
「雨の宮ですって!?海竜様のお力で深い海の底近くに造られた伝説の聖域ではないですか!?」
「あれ・・・地上の人がサイレンに行く時の来客用の場所って聞いてたんだけど、聖域ってそうなの海竜?」
「ふふーん、海の神たる僕が創り出した場所なんだから僕を崇める人たちからしたら等しく聖域なんだよ。ちょっとは僕のこと尊敬した?」
「却下で」
「なんで!?」
最近の僕は煽られても簡単には燃え上がらないくらいにクールだからさ。




