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アナザーワールド 〜My growth start beating again in the world of second life〜  作者: Blackliszt
Solitude on the Black Rail 編

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42 Gänsefüße

「ハイボール!」

「宿題があることも忘れないで」

「わかってるってリアム!」

「いってらっしゃい!」 

 

 ピーターメールの建物が確保できて、3日がたった。今日は休日だ。ハイボール団は全員で建物を飛び出して行った。


「費目、部門、製品別はマストだ。これから会社をデカくしていくなら絶対に」

「使用される魔力を単体の項目として費用に計上するのか、人件費に割り当てる基準も考えなければいけません」

「別枠として後々やる。明日は直接費と間接費、個別と標準の触りあたりまでザッと通そう」


 僕は空いた時間を使って、カレンダーとスローに叩き込む知識を整理して資料を作っている。負の数と変数と一次並びに二次関数とグラフを理解してもらうことに始まり、勘定の記し方や財務諸表の読み方と指標の概念を教えつつ、文系よりに方針を置いて読解力と語彙力を増やしていき、ディスカッションの模擬テーブルで会話力を鍛える。これだけだ。用意する議題は、主に今後の会社がぶつかるかもしれないリスクを濁したもの。一方で、冒険者組には、生活に困らない基礎を叩き込み、自分が扱う魔法について理解を深めてもらうべく、自然科学と魔法学から対応する部分を抜粋したものを夜の勉強会で学んでもらっている、チラっ。


『しかし、そっちの資料はどうでしょう。ソローや生産関数云々から技術進捗が与える経済成長について知ってもらうのはいいことですが、あまりにも早すぎます』 

『体を楽に聞き流していいと最初に前置きし、10分ほどの短時間で紹介する。理解しなくていい。こうなったらこう動く、それだけしか説明しない。トリビア的な、そういう知識をワントラップ挟んであげると、今、唸って直面している物を理解する方が楽で簡単に見えてくる。向上心があればこそだが、2人の意欲に期待する』


 それと、また、時事的な話題をすり込んでいくことも大切だろう。こちらは自分もどうにも疎いが、おるやない、この街の情勢に詳しそうなのが身近に一人。内政に踏み込みすぎないよう気を配らないといけないが、チラチラっ。


「ん?」

「そ、それから製造間接費と変動費と、といえば全部と直接も・・・」

「どうした?」

「・・・ユーロには色が自在に変えられる筆があるとか」

「そういえばそんなのがあるって聞いたことあったな。欲しいの?」

「あったら便利だろうけど、筆はな〜」

「どうしたいんだよ」

「気になってるのは色の変え方。筆が絵の具の色を変えるのか筆自体が絵の具を生み出す媒体となっているのか・・・ジョシュ、話がある」

「今、訊きたいことができた。俺も、話がある。・・・チェルニー、少しリアムと話すから、ベートンと遊んでてくれ」

「はぁい」


 ラディたちに誘われるも、はじめての休日をチェルニーと2人で過ごすことにし、事務所の机でただただ時間を潰していたジョシュにチラチラと目線を送った効果が早くも結果に出た。 

 リアムとジョシュは一旦、屋根裏へと移動する。


「君たちのことが知りたい」

「俺たちのことを知ってどうする」

「それがわからないから、知りたい」

 

 待ってるのは性に合わないわけではない。むしろ、ほっとけるならそっちの方が楽だ。ただ、意外なことに、彼らが僕の中で軽く扱えるような存在ではなくなっていた。


「子供2人で国を跨ぐ旅をする。ジョシュをそこまで突き動かすものは何?」

「俺だけ?」

「チェルニーとはジョシュがいない間にも話をする機会がある。とはいえ、チェルニーがジョシュの全てを話せるわけじゃない」

「身を守るため扉は設けるが、口に鍵はつけていない。なぜならチェルニーの口はチェルニーのものだ。あの口は、耳よりも、そして、手や足よりも大事なものだと俺は思っている。あの口より大事なものがあるとすれば、それは、体温、命だ」


 扉の開閉の自由は奪っていない自分は身勝手な男ではないと、主張する。幼い身のチェルニーを連れ回し、その主張が正当であるかのように見せるだけの意義があるらしい。


「あぁ、だからか。この街で何がなんでも成功することを選んだ理由は、全てチェルニーのためなのか・・・」

「・・・どうしてそう思う?」

「世界を見て回るなんて言って、実際は、君の中では結構どうでもいいんだろうなと、しかし、前は本気でそう思っていた。いま欲しいのは、チェルニーに相応しい第二の故郷」

「前は、それだけを求めて旅をしていた。でも、お前と出会った後からか、自分が大事になってきてる。前に別れてから、チェルニーはよくお前の話をするようになった。頼もしい。ウィリアムさんのことも、あの人には風格があった。アイナさんのこと、そんな2人に心から信頼されていてすごい。カミラさんのことも、飴がおいしかった、あとどうしたらあんな風にスタイルのいい大人になれるんだろう。ティナのこと、かわいい子だった、友達になりたい。それでも・・・チェルニーは俺のことが一番大好きだって言ってくれて、愛してるというと、愛してると返してくれる。・・・すると、ある日、チェルニーと家族ではないもう一人の俺が、目の前に現れた」


 僕は沈黙していた。ジョシュの話に一区切りがつくまで、たかだか十年そこらしか生きていない彼の言葉に、息を呑んだ。

 家系なんか二の次でいい。ハイボール団でさえ、僕が知っているのはラディのお父さんくらいなもので、ネップという男がいて、あとはコーンの持つ本が彼の母親との大事な思い出であることくらいだ。

 それでも、家族ではないもう一人の自分が現れたという話に、釘付けだった。


「そして、見るものが俺から俺に変わった。家族ではない俺の見る世界が見えたんだ。見えたのは、チェルニーの歩く早さに合わせて家族の俺が辛そうに歩いている姿だった。ぎこちない足取りさ。二人と一匹になってしばらく経つのに、その早さにいつまで経っても慣れない。空いた右手は小刻みに震える左肩を押さえていた。それから、そんな俺たちの周りには、まばらにリアムやそのほかにこれまでの旅で出会った人たちがいろんな方に向かって歩いていた。特にお前は何度もすれ違うように、時には、隣を歩いたり、もっというとずっと笑顔だった。自由な早さであっちにいったり、こっちにいったり俺たちの周りを駆け回っていた。それと、お前が隣を歩いていた時はミクリとかもいた、懐かしい」

「懐かしい・・・」


 ここでようやく、僕は感想を声にして反応した。ジッと黙っていると、ジョシュの話がイメージとして浮かんでいた。

 背景は見えない真っ白な空間の真ん中を2人が歩いていて、僕はあっちをみたりこっちをみたりしながら、時々、ジョシュとチェルニーの隣へと走り出したり、離れては彼らの知らないアリアのメンバーたちとティナも含めて顔を突き合わせキャンプの火を囲ったり、父さん、母さん、姉さん、ティナ、エリオットとみんなで椅子に座って新しい戸棚を作る話をしていたり、鏡を見ればイデアとハイドが悪巧みで僕を嵌める気で嫌な笑みをにっとり、右を見ればマリア、パトリック、アランに叱られるブラームス、ダリウス、ルキウス、ケイト、に研究を手伝ってくれと泣きつかれるフランを面白そうに眺めるジェグドとビッド先生とシーナさんとフヨウさんに孤児院の子供が運ぶ新作の味見をお願いするアオイさんの隣で商品企画を練るヴィンセント、ガスパー、ピッグに持っていくはずだったハーブ茶を使ってリンシア、テム、パピス、店長、マレーネがエクレア、リゲス、コロネの焼くベリーパイを注文しスノーを甘やかしまくるカミラとエドガーを連れた7姉妹を招待するお茶会をエクレールで催す罪から救うための贖宥状の認め方をアストルがアメリアに教えていたり、左を見ればクロカやハイボール団やセナたちがナゴラスとエスナの作ったキュリーの運ぶゆうげを取り合っていたり、少しだけ後ろを向けばアンクトン村の人たちが旅人をもてなす宴を開いてその中で空を指さすジョセフと楽しそうに会話をするアニーがいた、頭の中だけで構築される世界に引き込まれてしまった。 

 

「どうした? 大丈夫か?」

「ものすごく幸せな世界を想像してしまって・・・みんながそこにいた」


 いろんな人が混ざり合って、怒ったり、疲れたりもしてるけど、本気で嫌がったりしているわけではなく、悲しんだり、辛い思いはしない、誰もが笑うことのできる全員が幸せな世界を想像した。幸福感があることに、幸せを感じて涙が出た。願わくば、そこに前世で出会った人たちも一緒に、だが、それを実現するには、みんなに僕のことを知ってもらわないといけない。みんなにだ・・・。


「みんな、みんなが僕の自慢だ。たとえ辛く耐え難い口喧嘩をしたことがあっても、もうこの先、会えなくても、記憶だけの人になろうと、僕はその人たちにも会いに走り回っていたい」

「肩に乗るベートンの見てる方向なんて関係なく、チェルニーはずっと、繋いだ手を通して俺だけを追っていた。これまで家族ではない俺と同じ景色を見てきた妹に、お前みたいに走り回ってほしい。俺だってそうありたい」


 ・・・死ぬ間際まで。ジョシュと僕の掲げるもののイメージの幅は違う。ジョシュは少し先の未来をみて話す。だけど僕は、漠然としたその時をみて話している。


「本当は、この街には少しだけ滞在するつもりだった。ダンジョンで金を稼ぎ、ノーフォークを目指すつもりでいた。お前を追って・・・でも、光明が差した。奇しくも、お前が絡んでいたが、エアーフロウガーディアンズに誘われた事で俺は別の道を見た。そうして選択して進む俺の背中を妹に見て欲しい。助走はもう終わった」


 彼はものすごい速度で成長しようとしている。これが、これまで必死に踠き続けてきた結果なのか。

 疲れてしまって、一旦諦めてしまうと、聡明と視野が開けて積み上げてきたものの全容が見える。それがちっぽけだとわかった時、爽快な気分になる。そこに、人生の楽しみを追究していた。・・・僕も昔は、終わりから逃げたかった。


「わかった。惰性で、優しくするのはやめる」

「俺はラディたちとの繋がりは自分の力で掴み取ったと思っている」

「おかげで僕は面食らった。ジョシュ、僕はこれまでの接し方を一新し、遠慮なく、いく・・・悪かった、探るような真似をして」 

「そうこなくちゃ・・・あっ、締まらなくて申し訳ないが一つだけ、駆け込みセーフってことで甘えていいかな」

「言ってみて」

「もし俺に何かあった時は、チェルニーを頼む」

「僕はどう接しようとジョシュになれない。気にかけるくらいなら、お節介を焼く」

「それでいい。ありがとう、リアム」

「なんのなんの。というか、君たちとの関係が出会った頃から全く変わってないって再確認しただけだって」

「そうだった。ただ、お互いが目指すものが変わってしまっただけなんだな・・・」


 ジョシュの言う通り、お互いが目指すものはこの一年と半年で変わっていた。というより、綺麗に入れ換わっていた。ジョシュはあの頃の僕のように本当の居場所を求めていて、僕は、あの頃のジョシュのように新しい生きがいを探している。


「誰だろう」

「行こう」


 ちょうど円くジョシュとの話がまとまった頃、一階の玄関扉が叩かれる。


「はい・・・こんにちは」

「先日はどうも・・・ジョシュはいますか?」

「アドラーさん」

「やぁ。少し時間をもらえるかな、できれば中で話させてもらえるとありがたい」

「リアム」

「構いませんよ。どうぞ」

「失礼・・・」

「アドラーさん」

「やぁ、調子はどうだ、チェルニー」

「変わりないです」

「それはよかった。君もいたとはちょうどいい、今日は君たち3人に話があって来た」


 いったいどこでこの場所を嗅ぎつけたのだろうか。今日はクロカが非番だ。つまりはそこからダンジョン攻略は今日は休みだと推察でき、ジョシュとチェルニーが一緒にいる可能性が高いことを狙っての訪問だろうか、それとも僕の考えすぎか。 


「今日は、エアーフロウガーディアンズを取りまとめる者として話をしにきた。短期とはいえ、私たちのパーティーに参加していたジョシュとチェルニーが新しいパーティーに入ったと聞いて、新しい門出を祝うと共にお願いがあってきた。まずはおめでとう、心から二人が活躍することを祈ってる」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

「うん・・・」

「それで、お願いというのは? 僕も同席していてよろしいのでしょうか? 必要なら席を」

「いや、リアムさんにはそのまま同席していただきたい」

「そうですか」


 ・・・めんどくさいことにならなければいいけど。 


「ジョシュ、チェルニー。パーティーを抜けた君たちに後からこんなふうに頼むのはどうかしていると思うが、軽く流さずに聞いて欲しい。どうか、私たちのパーティーに在籍中知り得た情報について、他の冒険者グループに言いふらしたり、公開するのは控えてくれ」

「なんで?」

「それは、ウチのパーティーが築き上げてきたものだから」

「だが契約書にはそんな項目なかった」

「確かに、ウチとの契約書に、契約中に得た経験や知識の類の漏洩を防策する項目はない」

「だよね。引き抜きによる特別な報酬とかももらってないし、というか、引き抜きですらないし。更新停止を告げたのはそっちじゃないか」

「それはそうだが・・・」

「1週間だ。冒険者の基本的な心得を学べる充実したものだったと思ってる。だけど、契約を切った後にわざわざ口止めをされるほど得られたものはそう多くなかったと思う。アドラーさんだってそのつもりだったから契約書に口止めのこと書かなかったんじゃないの?」

「それでも、他の冒険者に話すのはやめてほしい」

「だからなんで?」


 オッケー、ワォ、ジョシュは強気だ。


『どう考えても、ハイボール団を意識した牽制ではないよな』

『エアフロが情報が流れてしまってはまずいと考えている理由は、マスターがハイボール団と懇意にあるからでしょう。エアフロにマスターが参加すれば御の字でしたが、今回は、当てが外れましたね、彼ら』


 誘いは断られても、手放したジョシュがこっちに流れるとは思ってなかったのかなぁ。僕だって想定外だった。


「意味不明すぎるよ、ちゃんと事情を話してくれないか」

「なぜ、第三者のリアムさんに同席を敢えてお願いしたのかを考えて欲しい。移り変わりの激しいステディエムの界隈だが、だからこそ際立つ冒険者同士の暗黙のルールがいくつかある」

「俺はパーティーに受け入れられている」

「ジョシュの新しい仲間を批判するつもりはない。移籍者自身だ、このルールを破って貶められるのは」

「そいつは、あまり好きくないかな」

「だろう。この忠告は、契約後の特別なケアであり、これからも冒険者を続ける君たちへの餞別だ」

「ふざけんな。餞別って言うなら、『ほら、お前たち1週間か、子供連れだった、あいつなんだったの?』って訊かれたら、『トッププレイヤーとして若い世代を応援したくて優秀な子に冒険者としてのノウハウを伝授した』とでも言ってくれ」

「君が望むならそうしよう。だが、そちらが望むならこちらの望みにも応えてくれ」


 アドラーとジョシュの話は平行線だ。側から見れば、中身のないどうでもいいことしか言い合っていない。そうなるのは必然だ。


「ジョシュが批判される最大の要因は、側から見たら、ジョシュを引き抜いたように見えるからだ」

「・・・いい見方だ。核心をついている」

「無理に脚色する必要はない。最初からそういう約束だったのだから、あなた方も質問されたらそう応えるだけで構わない」

「事情の伝え方と受け取り方は人の心を象る心根によって変わる」

「しかしジョシュは盗人ではない。事実を裏付けるようにあなたはこうして頭を下げに来ています」

「頭を下げに来ているわけではない。私たちは自分たちの財産を守るために、こうして動いているにすぎないのです」

「それはジョシュも同じこと」

「ならば決裂となるか、できれば歩み寄りたかったのだが、致し方ない・・・」

「しからばッ!──望むなら、僕に」

「リアム! お前さっきああ言ったばっかりで──」


 いてもたってもいられずに立ち上がりかけたジョシュの肩を、対面のアドラーから視線を外さずに手で押さえる。

  

「ならリアムさんがうちに入ってくれればよろしい」

「それ以外でお願いします」

「それ以外となると、私たちがあなたに望むものはない」

「示談金代わりに移籍金を支払うとしたら、交渉の余地はいかほどありますか」

「100万Gでどうでしょう」

「元々払う必要のないもの。そんなに高額は出せません」


 これから先、商売をやっていくのにこんな妥当とも思えない揺すりを許してはならない。


「・・・となると」

「決裂ですかね。お互いに、世間の潮流に身を委ねるしかない。着の身着の儘も一興と、達観するとしましょうか」


 だがこれでは、相手方として態々出向いてまで得るものがあったとは思えない。 

 ジョシュがどれだけの攻略情報を握っているかにもよるが、実力云々などを考慮した総合的な面からエアーフロウガーディアンズには衰退の道が待っているようでならない。

 

「お互いに、先が読めないというのは辛い。あなたの立場なら周囲の疑惑を払拭できる方法もあるが、なにぶん、一人では無理でしょう」

「その方法とは・・・」

「シンプルです。リアムさんが私たちより強いことを示せばいい。ケレステールでは到達者の一人に数えられるが、メルクリウスでは私たちがトップです。未だ私たちと40階以上離れた場所を探索するあなたが支持を得るには、相当なパフォーマンスが必要になる」


 アリアのパーティーの面子には、かの王弟ブラームスの愛娘がいる。リアムの名前はヴォルフガングの異名とともにリーダーとして広まっているが、世間での解釈はブラームスの政治的戦略の意図があるとか、何かと交錯しているみたいだ。


「やるだけ、やってみますか」

「なんですって・・・?」

「念のための事前確認ですが、ジョシュに教えた階層の合言葉は? まさか、全部ってわけではないでしょう」

「まぁ、ですね・・・いつ?」

「なるべく早い方がいいでしょう」

「・・・そうですね」


 墓穴を掘ったアドラーは、鼓動に肺の中の空気を壁に押し付けられてでもいるのか、薄い息を鼻に潜らせながらしばし口を尖らせ沈黙した。しかし、これまで避けてきた選択を取る分こちらとしては得られるものは小さいが、リスクは大きい・・・やるしかない、か。

 その後、静かに立ち上がったアドラーは「健闘を祈る」と一言だけ残して、建物を後にする。


「ガキだな・・・」

「ガキでいいじゃん。ガキなんだから、ガキらしく。自然に逆らうことはない」

「お前が言うなって・・・自分らしくいられれば、それがいいな」

「うん。・・・アドラーはジョシュとチェルニーを見ちゃいない。それに君は君の世界を守るために動いた。悔いるべき点はあるが、次に活かせばいいくらいの祥事。くすねた財産は既にジョシュのもの、実に上手くやった。君こそ、僕に優しくしないでいい。僕は借りを作るのは好きくない」

「作ってやるのは好きなくせに。これ以上は手を出さなくていい、時間を作ってくれてありがと」

「どうする?」

「ヴォルフガングにはなれない、が、なるべく早くやらないといけない。足は重いが、攻略を少し急ぐようラディたちに頼む」


 ジョシュとエアーフロウガーディアンズが対面しているから決裂となる。譲歩という形を取らない限り両方、あるいは、一方が無傷で済むことはない。もし最初からそれがわかっていてアドラーと張り合ったのだとしたら、案外、ジョシュにも子供らしいところがあった。


「アドラー、どうだった?」

「彼は私とは違う」

「そんなことはない・・・行こう」 


 ピーターメール本社を出たアドラーはメルクリウスで待機していた仲間達とともに、今日も最高の庭へと向かう。


「はぁーい、どちら様かな・・・あっ」

「戻ってきた? チェルニー、その辺になんか落ちてるか?」

「忘れ物?ベートン・・・ない、かな」


 アドラーが建物を出て10分ほどが経った頃、ピーターメールの扉が再び叩かれる。チェルニーが机の下をベートンに探らせるが、アドラーの落とし物はない。


「新聞はお断りでーす」

「新聞勧誘ではない」

「宗教勧誘は間に合ってまーす」

「宗教勧誘でもない・・・」

「この建物には、現在、対応できる者が休日を満喫するリアムしかおりません。大商会からお越しのおじさまとお坊ちゃんは、ピーっという受付音の後に、お名前とご用件をお話しくださいましたら後日リアムが不在の時にお越しください。煙突を掃除してお待ちしております・・・ピー」

「煙突から入れってか、わざとわかっててやってるだろう・・・開けろよ」

「やぁゲイル、もちろんわざとだ。鬱憤が溜まっててさ、君タイミング良すぎるよ」

「・・・お前に言いたいことが山ほどあるのはこっちの方なのだが、とりあえず、中に入っていいか?」

「はいはーい。こんにちは。ガスパーさんもどうぞ」

「こんにちは。失礼します」


 アドラーのお礼参りを警戒して、念のため、扉の前の人物を探った。彼も空間属性使いだから、魔力が当てられた理由に気づいたのだろう。


「それで、今日はどういったご用件でしょうか」

「本当はゲイルに任せるつもりだったのだが、既に手遅れのようなので私が話そう」

「一々言わなくてもいいだろう・・・」

「しかしその前に、そちらは?」

「あぁ、紹介が遅れました。こちらジョシュ、そして、チェルニーです」

「どうも、ジョシュです」

「チェルニーです」

「私はガスパー・ウォーカー。ウォーカー商会という会社を率いている」

「俺は息子のゲイル・ウォーカー。リアムとはノーフォークでパーティーを組んでいた」

「あっ・・・あなたが・・・」

「リアムをコケにし損なって擦った揉んだあった後にアリエッタに入ったっていうゲイル?」

「リアム、悪意を感じるのだが、お前は俺のことを普段どう話してる?」

「ごめん。昔のこと話しちゃった。喋った時期が、ほら、父さんたちと一悶着あった後のことでさ」

「というと、リアムがジャンプした先で知り合ったっていうあのジョシュとチェルニーか」


 あれから態々、修正する機会もなかった。当時ゲイルとは、ここまで深い付き合いになるとも思っていなかったから。


「少し席を外してもらえるかな。小遣いをあげるから、果物のジュースでも買うといい。ゲイル、案内して差し上げろ」

「え!? 俺も!?」

「行きなさい」


 有無も言わせず、ガスパーに金を渡されたゲイルが、渋々、ジョシュとチェルニーと共に一時席を外す。


「お騒がせした。そちらからの支払いを確認しました。先日の取引では、素晴らしい利益が上がった。こちらは、ノーフォークで上がった収益からそちらの取り分とその明細です。確認が済んだらこっちの受取証書に署名をして、収めください」

「こちらこそ、いい取引だったと存じております・・・拝見します」


 ガスパーが取り出した金袋の中身と売上明細の確認を済ませて、受取証書に署名する。


「態々、ウォーカー商会の会頭自らのご足労いただいたことを恐縮に思います。延いては、他にご用件がおありなのでしょうか?」

「おっしゃる通りです。あなた方がこれから始めようとなさっている新商売にかかる期待は、今、ご覧いただいた。そこで是非、ウォーカーも新会社に出資したい。今日は相談に参った次第です」

「あいにくと、ピーターメールの代表取締役であるカレンダーは今、留守でして」

「ええ、そのようで。その上で、ご相談差し上げることにご理解いただきたい。出資者であるリアムさんの先見の明から、共同の出資者ができる件についてご意見を伺いたい」

「再び、足を運んでいただくのも忍びないので、ピーターメールと私の投資取引についてお話しさせていただきます。ピーターメールの代表であるカレンダーと私は出資の優先引受契約を結んでいます。それが出資の条件の一つであり、契約書には既にサインしました」

「そうでしたか。この度は、花の一つも持参せずに申し訳ない。後日、改めて祝いの品をお送りします。是非、受け取っていただきたい」

「代表取締役も喜びます」 


 まだ商業登記は完了してはいないが、直に認めてもらえるだろう。ラッキーだったのが、これからピーターメールが目指す業種と鈴屋の業態に通ずる部分があったことだ。企業定款は、鈴屋のものを参考に仕上げた。


「ところで、代表取締役とは?」

「そこ、お気づきになりますよね・・・僕が買ったのは、ピーターメールの定款では便宜上、株式と呼ばれる証券です。出資、あるいは証券ですから、ピーターメールに投資された金の返済義務はない。その代わり、株主の僕は会社から配当を得ます。また、持ち株の数が会社の所有を決める。現状、比率は僕が100%を有しています。また、ピーターメールは非公開会社です。定款において全ての株式に譲渡制限が設けられています」

「会社の資金調達事情を詳しく説明してもらってありがたい。いや、まぁ、私が引っかかったのは、君は経営に参加しないのかということです」

「株主の権利の一つに共益権があります。株主は定時で開かれる総会を通じて議決権を持ち、経営に参与することができます」

「手綱は握っているわけだ。しかし、ならば逆に下は動きにくいのでは?」

「細かい方針は取締役会で決めてもらいます。現状2名ですが、カレンダーとスローを指名するつもりです。スローのことはご存知ですか?」

「一応、君の周りの人物たちの名前は控えさせてもらっている。情報源はゲイルなので悪しからず」


 これだけの話から、現実的な経営の指揮系統の透過性を不安視するあたり、一種の職業病だろうか。今なら、一つや二つ質問してみたら、すんなり助言してくれそうだ。


「ガスパー会頭、実は定款に書き加えるかを迷っていることがありまして、折り入ってご相談があります。これまでの話を総合した上で、新たに残余財産分配請求権という項目を採用しようと考えております。要は、株主が会社が倒産した時に残った財産の分配が受けられるようしたいんです」

「それなら取引相手に会社の定款を見せるなりすれば良い」

「なるほど」


 ですよねー。そんなこっちゃあ、わかってんのよ。問題は、そんなピーターメールを他の企業から見た時の心象が、だ。


「どちらにせよ、相応の企業努力が必要となる」

「そこは、ビジネス形態を駆使してバランスを取ろうかと思っています。ピーターメールがリヴァプールの特産品の市場の独占あるいは寡占企業となれば、否が応でも消費者はつく」

「業界から嫌がらせを受けるかもしれない」

「希望があれば、ピーターメールが仕入れた商品を小売店に卸します。マーケティングは行いますし、もちろん、フリーライダーにも注意は払うよう従業員たちを教育します」

「・・・一応、オファーを出しておこうか。ピーターメールをウォーカーの傘下に加える気はあるか?」

「お気遣いをありがとうございます。しかし、今のところ会社の所有権を手放す気はございません」

「そうか・・・わかった。私からは以上です」

「わかりました・・・あの、今の話を受けてこちらから提案をさせていただいてもよろしいですか? そちらからオファーをいただいたので、こちらからもオファーをさせてください」

「聞きましょう」

「ガスパー会頭、ウォーカー商会からピーターメールの将来の運送部門に人材派遣しませんか?」

「条件は?」

「人材派遣費をお支払いします。額は派遣員数で、一回の契約期間、及び、貸出しの定員数はそちらで設定してもらえればと。ただし、そちらから人材を貸していただく以上、派遣員のディリジェントには責任を持っていただきたい。勤務中の事故等による賠償責任はこちらにありますが、派遣員の失踪、荷の持ち逃げなどの問題が生じた場合の責任はそちらに負っていただきたく思います。その他の細かい条項はそちらでまとめていただけると幸いです」

「オファーというよりは新事業立ち上げの提案だ。はっきり申し上げると、ピーターメールのビジネスにウォーカー商会が参入することはないだろう。ウォーカー商会には既に、企業向けの配荷サービスを展開している。ブラド商会と提携して、魔法箱を用いた輸送サービスも行なっております。御社にも、是非、こちらのサービスをご利用していただきたく存じますな」

「そうでしたか・・・」


 ピーターメールはサプライチェーンを一本化したい。一方で、あっちは一本化させたくない。


「今日はお時間をどうもありがとう」

「こちらこそご相談に乗っていただいてありがとうございました。ガスパーさんやゲイルはこの後もしばらく残るんですか?」

「その予定だ。知っての通り、この街は変動が激しい。さらに周りには新しい嵐が渦巻いている。せっかく、王都の学院に行かせなかったのだ。こういう経験が息子を育てる。無論、私自身もな」


 最後に握手を交わして、ガスパーは馴染みの店で時間を潰しているであろうゲイルを迎えに、ピーターメール社を後にする。


「やっぱあったなぁ、競業避止義務契約」

「やるつもりですね」

「ああ。一応、手を取り合う道も示した。人材の取り合いは、ビジネスの常だ」


 ジョシュとチェルニーが戻ってくるまでの間、僕はひとり、登記簿の写しの事業内容を見てほくそ笑む。  


「マンチェスター家がスカイパスの利益を独占してるように見えるって話はどうなった?」

「苦慮するような事案は一切なかった。リアムの後ろにはリヴァプール家がいる。見せかけ上は、ピーターメールはそちらの手のものとして演出されるだろう。尤も、リアムが魔法箱の権利を使って傀儡にしているという方が正しい」

「それでリアムが黙ってやられるだけでいるか? それと、そう見せるなら、ピーターメールにはある程度成功してもらわないといけない」

「リアムの狙いは魔法箱の権利ありきの恐喝商売、しかし、八方美人はいかんな。先に述べた通り、魔法箱での脅しは既になされたと仮定すれば、そのことを知る連中相手には己の資質で勝負しなければならない。生き餌が海蛇では、外道くらいしか釣れん。会話に出てくる内容も用語を並べ立てるだけで駆け引きはなく、どこで見聞きしたのか、大方はブラドやテーゼあたりだとして、それっぽい言葉は並べていたが実務経験もない不足の小物だ、捨ておけ」

「・・・まぁ、な」

「ウォーカーはピーターメールを持ち上げず、浮かず沈まずと調整役をしてやるだけでいい」

「そっか・・・」

「リアムよりも、急務はスカイパスの案件だ。リヴァプール家訪問直後のこと、私がブラームス様から預かった書状で事態が一気に動く可能性がある。空路産業に乗り出すのなら、新たな事業計画が必要となる。スカイパスのリヴァプール接続の噂が出た時から運び手の増強は進めていた。後はかねてより査定してきた料金プランをローンチし、これまでの信頼あるウォーカーを武器に新しいインフラを支配する」


 いそいそと今後の展開に精を出そうと意気込む父親を隣に、ゲイルは板挟みになる。リアムが持つブランドは攻略者だけではない。今は本人が望まないため、表立って触れ回っていないが、もし追い詰めすぎて、リアムの気が動転すると大変なことになる。あんなに頼もしい奴は尊敬する両親意外に大人でもいないように思う。それでもリアムだってまだ自分と同じ子供なんだ。


『ブラド商会との新しい取引とリヴァプールから引き出せるであろう譲歩を鑑みて、ウォーカーとの棲み分けの目処も立った。いっそ、ウォーカーの領分もピーターメールに、いいや、僕は恐喝家じゃない。目先の取引に急ぐな、権利の濫用ではなく、善用として立ち回る』


 ジョシュとチェルニーが帰ってきてからも、リアムは今後の展開を多角的に予想し突飛な出来事まで机に広げた事業計画書と睨めっこしながら夢想していた。


「あの、リアムさん、私はどうしたらいいですか・・・」

「これまで通りでいこう。けど、そうだな・・・チェルニーの夢を教えてくれない? こんな風に成れたらなってぼんやりした夢でもいい。成りたいと強く願う夢でもいい」

「それは・・・」

「しばらくはこの街にいることになる。上手くいけば、ずっと、定住するかもしれない。チェルニーには俺の事情に付き合わせて長い間、我慢させた。遠慮しなくていい」


 言ってみろ、と、兄が不安げな妹に優しく微笑む。


「私は、物書きになりたいです」

「物書き?」

「変だって、思わないで・・・」

「ご、ごめん、ビックリしただけなんだ。そっか・・・初めて知った。思い返せば、俺はこうするけど、チェルニーはどうする?──って、そんな聞き方しかしてこなかった・・・そういう風に訊いてやればよかったんだ・・・」


 それでも、チェルニーのことを一番多く知っているのはジョシュだろう。でも、これからチェルニーが話す想いは秘められたものであり、彼も初めて聞く夢だった。


「私と他の人たちの世界の見え方は違うってずっと思ってきた。お母さんも私の才能は助けになってくれるって言ってくれたけど、ベートンとの繋がりは私を特別にした。ベートンの見る世界の地面はとても近くて、そうして見た机の脚はとても大きい。旅の途中も、私の見え方とお兄ちゃんの見え方はずっと違う。私の見る景色はベートンの景色、それを見ているベートンの気持ちが私の心に浮かんでくる・・・でも、それが活かせたら自信が持てる気がする。私の感じてることをいっぱい伝えられる表現家に成りたい。だから、絵描きや小説家ではなくて、物書きなんです。あるときは文字で、絵で、音で、色々なことを試してみたい」


 つまるところ、チェルニーの言う物書きはニュアンス的には作家の方が近い。美術家であり、小説家であり、自分の感じ入る一番の表現方法で、手法は問わない。いずれは、自分に合った方法が見つかるかもしれない。僕の知るところでは、例えば、文字と絵と音の全てを詰め込んだジャンルを作るなら映像家がそうだ。そんな映像でも、飛び出してきたり、声は加えない作品だったりもある。美麗な映像だけが、人の心を動かせる物であるとは限らない。


「私だけにしか見えないものがある。私はお兄ちゃんとベートンと、それからリアムさんやハイボール団のみんなと出会えて、そんな時間が幸せだって知ってもらいたい」

「なら、ここに本棚を置こう。例えばこれ、人気の作家が書いた書籍らしい。僕も読んだけど、中々、興味深かった」

「武功夜話・・・リアムさんありがとう・・・私、自分の夢を言ったのははじめて、で・・・」

「そうして、チェルニーの表現方法を広げていこう。ジョシュはジョシュの夢のために」

「ああ」

「チェルニーはチェルニーの夢のため」

「はい・・・」


 私の想いに共感して欲しい。切実な想いから来るチェルニーの夢は、なんとも愛おしいプリミティブを呼び起こし、既に僕の心を打ってしまっていた。


「あんさ、カストラ様との面会の話、覚えてる?」

「覚えてます」

「明日か明後日にでも、できれば急いで話したいらしい」

「急だな・・・」

「よねー。しかも場所は迎賓館ですって。私が案内しろってさ」

「明日の午前中に行きます」

「午後にしない?」

「午前中で」

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