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アナザーワールド 〜My growth start beating again in the world of second life〜  作者: Blackliszt
Solitude on the Black Rail 編

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306/371

27 Another Requiem

「・・・」

 

 鞭で打たれたような切り傷を全身に刻まれた男が横たわっていた。部屋は一戦が起こる前よりほとんどそのままだった。窓から差し込む昼下がりの日光に晒されて薄暗さの中、空中を舞っている埃が目立つ程度だ。その異様な静けさと一方的な攻撃の跡からして、あれは戦闘ではなく気を失うまで続けられるただの拷問であった。


「ネップが、負けた・・・」

「これで正真正銘俺がこの街で一番強い」


 この街では、現在は・・・だが。 


「こ、この街で、ですか?」

「・・・なんか言いたいことでもあるのか?」

「そ、それだけお強いのなら、シド様の強さは貴族以上! マンチェスターを治める領主はもちろん、この国、いや世界にも貴方様に敵う者はいないのではと!」


 俺がトドメを刺さないよう間に入りやがって。こんな奴らでも仲間意識と言うやつがあるのか。俺はそいつの罪を知らないから裁かない。必要性に刈られ戦いを受けたが、コイツは死ぬ前に気を失った。だから手の下しようがない、その幸運をお前は俺の前に立つという愚行で相殺するのか? そのために死んでしまって、お前は死んで死にきれるのか?


「俺より強い奴・・・何人かいるが、身内の中で言えば一番怖いのはアイツだな」

「と、申しますと?」

「書斎で本を読み漁るような大人しい奴ほど領域を侵害されると憤慨し、キレると恐ろしい」


 俺は仲間をこの手に掛けたが、アイツは仲間どころか親に襲いかかった。


「シルクの提言で部屋も代わった。それなのにどうしてBCを殺した」

「俺には必要ないことがわかったから。ただの害、人の言葉を聞く耳持たない魔獣だった」

「・・・自然という書物は数学の言葉で書かれている、すごい言葉だ。アダムの書に載るガリレオ・ガリレイの言葉・・・これもリレに教わった」

「お、お前はここにきてBCを殺した俺を否定するのかッ!!?」

「いいや・・・人口は足し算引き算だが、人と人の紡ぐ関係は掛け算だと思う。わかったんだ・・・リレが失われた世界のマイナスを積ませないため、そして、僕の世界に掛かったマイナス項に0を掛けないと書物は未完のまま負から抜け出せない」


 その夜コナーは寝室を襲撃した。だが襲撃とは蓋を開けてみれば名ばかりの詰問に終わり、俺と共に自由の烙印を押され魔道具を与えられた。心の穴を埋める数学の言葉を探している、複数の称号タトゥー持ち。


「グラント、お前死んでみるか」

「は?」

「・・・随分と間抜けな顔をするな」

「そ、それだけはどうかご勘弁を・・・! 私は貴方に忠誠を誓った下僕であります!」

「それでいい。お前が俺を崇める限り、俺はお前を救おう・・・いずれは格上も格下も俺の倫理に触れる輩は全て超克しよう。神がそれを望んでおられる」


 俺が思うに自らの命を以てコナーの背中を押したリチェルカーレはファウストの中で最初に子毒しけんの意図するところに気づいた智者だった。金があればなんでもできるように、権力があればもっとなんでもできるように、神は同じ状況を試練として人類に与え、己が力の多くを宇宙に与え望んでいる。箱庭の住人が神の不可侵領域へ辿り着くこと、その過程を。全生物のサガにインプットされているように、彼らが欲しいのは崇拝ではなく、答え──それが星が存在する意味。


「と、永遠に」


 善神が邪神を消滅させられない本当の理由も考えたことがない阿呆め、敬愛を示しているというのにそんなにか細く声を震わせやがって。用済みになったら一番に殺すか。どうせ世界は俺のものになるのだから。



 ◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆



「チッ、この身なりじゃあ天元の威力も落ちる。体半分しか抜け出せないとは、だが心配ない。疲れただろうリアム、このイカサマ野郎は俺に任せて縁側ででも寝てるがいい」

「お前は、竜人か・・・ッ」


 次の天元まで10分てところか。


「さぁて、イカサマにはイカサマで勝負だ。しかしちぃーっとばかしこの状態でも俺の方が強い。ハンデをやろうコナー。お前の前に座すのは宇宙史上最も強き王」


 王たち、でしょう。

 

「ぁあ?お前どうして・・・」

「シドはカリスマだ」

「こっちもこっちで、何を突然」

「アイツは自分の意思で集団に打ち勝ち自由を手に入れた。最近では、アイツに続こうと仲間の目を盗んで裏切りのナイフを研ぐ好戦的な奴らが増えているとか。だが行き過ぎた殺戮行為に及んだメンバーは追放されることなく折檻された。ソイツは他者の死を重んじられるようになるまで房から出られないだろう、愚かなことだ。我々の古巣が憎しみの巣窟になるのも時間の問題だろう。そこで母は新たなカリスマを用意した。人気者の血を引く者だ」


 それはBCこと、シルクが話していたエブリマンと呼ばれている彼のことでしょうか・・・。


『イデア、俺が表にまで出てきているのにどうしてお前が』

『イヤだ、死にたくない。帰無リアムに合意しこちら有意になった者、対立しリアムの棄却を狙う全員総意のオーダーです。私の焦りの所為でリアムは意識を失ってしまいましたが、今回はわざわざ私が彼らを抑え込みに行く必要はない。なんなら、この穴から抜け出したら私が代わって差し上げますよ・・・全員の敵意が今、あのコナーへと向いています。ですのでわざわざ私が調律をとる必要はありません』

『さっきも言ったが、お前がそんな調子でいるとリアムはいつまでも追憶から帰って来れない』

『失礼しました・・・』


 私が感情を昂らせ、調子を乱してしまったがばっかりにリアムを追憶に堕としてしまった、反省しなければ。


「しかし異人と称してもよい称号楽曲を持つ特異な者たちを束ねる者であろうと、神の領域を目指し複数の称号楽曲を得たシドも、人の域は出ない・・・竜人とは、その祖たる竜より力をつけるものなのか? それともお前は宇宙史上最強の脅威として聖戦にて立ち回った王となんらかの関わりがあるのか?」

「へぇ・・・」

「もしくは、神と接点でも──」

「神がこんなぶっとんだ手段持ってるわけがぁ・・・ないだろうッッッ!!!」


 ハイドの怒りの叫びが、痺れが、辺りの空気を震撼させる。


「・・・大体どうして未知の力を見たらこの世界の住人はすぐ神と結びつけたがるんだ。創造主たる神聖な存在と人類の距離が近いってのも考えものだとは思わないか?」 


 コナーの思考は人の身では決して帰れる筈のない場所から帰ってきたリアムに成り代わるハイドへの畏怖に支配された。だがその一方で恐れに立ち向かう気力を無くしたわけではない。逸早く、押し戻さないと。ハイドは完全には脱出できてはいない。上半身のみを露出させ腰から下はまだあちらの空間からは完全に抜け出せていない。こちらとあちらの空間に瞬間的ではなく持続的に存在しながら繋げる存在自体が驚異的だが、しかし再び穴が閉じて仕舞えば、化け物といえども次こそ早々に帰還することはできないはずであることは、現状が如実に示している。わざわざ半身を多空間に跨らせていればそれほどリスクがある。それと手負いで相当負荷がかかる術を使用した後という状態であるのは此方も同じ。思考を整理する変奏曲バリエーションはまだ生きているが、奏鳴ソナタは今は使い物にならない。声を出して読み上げれば平均5.9秒、3次元空間における複雑な描き込みと大量のデータ量を扱うために複数ページを必要とする戦闘コンテンツは隙が大きすぎて使えない、大技を使えないそれは僕も同じだ──。 


「分類越境、魔法陣、ロックシュート!!!」


 戦いの最中にベラベラ喋る余裕はもうないか。本当に、出し惜しみなしでリアムを葬りにきていたんだな。


「フウウウゥ、まだ話してる途中だろうがッッッ!!!」


 ハイドは砲弾のように飛んでくる岩石に全く動じることなく真正面から受けた。


「・・・なぁ?」


 魔の圧力により眼前で破裂した破片はその顔面から逃げるように後方へと散り散りに飛ぶ。その断片たちの隙間から、コナーを一直線に捉えたブラッドオレンジに染まる眼光が覗く。


「ファイア! ウォーター! ライトニング! ウィンド! アイス! フラッシュ! ダークボール!」


 コナーは世界図絵から多様な魔法陣を呼び出す。集積される魔法は単純だ。手数を重視した戦法に出て効果のある属性を探る作戦だが──。


「シュウウウウウ・・・」


 発現した魔法が次々と、ストローを通り口腔内に運ばれていくジュースのように大きく息を吸い込むハイドの口の中へと消えていく。 


「全部、属性など関係なく水を吸うみたいに口に吸い込まれた・・・雑食の竜などそんな竜、エネルギーを食う特異な性質を持つドラゴンの中でさえ滅多にはいない」


 厳密には初手のロックシュートは吸い込まれていないが、”空象の地平線”然り、次に試そうが恐らくは他の属性と同じような結果になるだろうとコナーは検討をつけていた。


『言われてますよ』

『そりゃあ息を吸うだけで質量もエネルギーも分解されて全て吸われるのだから奇妙だろう』

『落ち着き払った対応をするようになりましたね』

『俺も今や、存在の彼方の浅瀬から戻るにも複数回に分けて次元の穴を広げなければならない存在だ』


 こんなちっぽけな体をだ。だが悲しくはないかな、生前と比べて住処を共有する魂の総数がグッと増えたことを考慮するとトントンだろう。昔の体はデカすぎて腹が減るのも食う量も半端なかった。なんでもかんでも力で解決しない存在に成り下がるのも、リアムと出会って悪くはないと思っていた・・・が。


『それでも俺たちが一つの肉体に同居している時点で相当強い。神聖なものを除けば、この宇宙で並ぶものはいないだろう』

『竜の技と魔力のハイブリット簡約版、朱離しゅりとでもしましょうか』

『劣化版とは言ってくれないわけか、厳しいな』


 本来ならば、咆哮も、咆哮に分類される天元もこの程度に威力が劣るなど嘆かわしい事態であるのに今は、恥より怒りが先行する。

 

「小手先の魔法は全てお返ししてやる・・・その代わりお前らが俺たちから盗んだもの全てを返してもらおうかッ!!! 全てだ──ッッ!!!」


 この、自らの力を誇示するハイドのこれまでで一番の叫びは、コナーが反射的に実体のない攻撃に構えるほどの威勢であった。故に、動揺した敵に付け入る隙は大きくなる。


「い、1──ッ!?」


 コナーが数字を叫ぶと共に動揺を見せると、変奏曲の称号楽曲スラータトゥーが吹子に煽られたような火を吹いた。さも、ハイドの怒りに共鳴したかのようにである。


「これでもう空象の地平線とやらは開けまい。・・・いいネーミングセンスしてるな」

「な、なぜさっきの魔法が、お前を今そこに留める結果を生んだ魔法がッ、称号楽曲スラータトゥーに依存しなければ使えないと言い切れるッ!!!」

「そいつは俺も聴きたいところだ。必死に首を抑えて、息を整えて、苦しそうだな・・・小癪なんだ何もかもが。俺を葬りたいんなら、テメェで向かってこの鋼の如き肌にナイフの一本でも突き立ててみな!!!」

「クソッ──」

「お前なんかより、誰もが逃避して背を向けたくなる事情を知りながら、その定めからは逃れられないという観念と葛藤があった果てに俺の居住を許したリアムの方が何倍も、何千倍も・・・ッ」


 抜け出している、抜け出せるはずがない穴から抜け出そうとしている・・・無理だ、どんな属性を以ってしても、どんなに僕の持つ魔力を絞り出して使おうと、知識を絞り出そうと、あの化け物の進行は止められない。


「何十万倍も現実を知ってる!!!」


 口腔から恐ろしい、魔力の反応──。


「す、凄まじい魔力です隊長ッ!!!」

「た、隊長・・・ッ」

「た、退避ィイイ!!! 退避退避退避しろぉおおお!!!」


 ハイドの魔力の高まりを察知し、住民の避難を最優先に戦いの行く末を見守っていた騎士たちが慌てて防衛線を離脱し始めた。


「お前が放った魔法を全てエントロピー整理したエネルギーに変えるとこんなもんだ」


 これは、単なる魔力の光線、イデア曰く、朱離、偉大なる星の地平線ぼたいから離れ俺の色に染まったあけの色。


「あ、悪魔か・・・ッ」

「昔は神によくそう言われてた・・・しかし俺はこの宇宙に神が降りてくる前から、旅人ドラゴンだったんだよ──」


 宇宙平定のためかつて手を組んだその友は、乱心して、俺の牙を多くの憎しみと血で蝕ませた。


「分類越境、離脱コンテン────────」


 ハイドの口から放たれた咆哮が、コナーの頬をかすめ空の彼方へと上昇しながら消えていく。


「あ、当たって、ない・・・態と軌道を外したなッ! さっきの仕返しのつもりか!!!」

「いやいや仕返すなら直撃させてる。それよりここで俺からお前へ降伏勧告だ。一つ、その魔道具をこっちに渡せ。一つ、ファウストとしてお前の知り得る情報の開示。一つ、その首の称号楽曲を解析させ延いてはお前の体から取り除かせろ。これら三つの要件の収受をもって、お前を捕虜として扱うよう手を回そう」

「し、シドはBCなかまを殺して、複数の称号楽曲を手に入れた・・・そして、僕もまた複数の称号楽曲を体に刻まれているんだぞッ!!!」

「そこのところはもう聴いた。生憎と、本当に生憎と俺は魔力に事欠かないもので、お前も予感しただろう、もうすぐこの穴から脱出できそうだ・・・その前に、返事を決めろッ!!!」


 時間稼ぎなどしてなんになる。お前が過去に人殺しをやったと教唆して、散々、この世界の人々を殺した俺が怯えるわけがない。


「ふぅ・・・あと一歩踏み出せばいいんだろう!!!」

「そう! 歯を剥き出しにして俺に牙を突き立ててみろ!! ハッ、ハハハハッ!」 


 深い呼吸で神経を整える素振りを見せながら、感慨深そうに空を見上げたかと思えば目つきが変わった、腹を括ったか・・・人間コナーッ!!!!!


「再び、いや今度は確実にお前の首に剣を突き立ててやれ・・・ば・・・いいんだ、ろ・・・う・・・」


 コナーが、これまで一切触れもしようとしなかった腰の短剣を抜こうと手を翳す。ケースから覗いた刃は綺麗なものだ。殺生のために用いることはない護身用の短剣だろう。しかし、短剣は完全に剥き身になることなく、ケースへストンと重力に任せて元の鞘に戻った。怒りに我を忘れて突っ込んでくるかと思ったが、存外に冷静沈着、称号楽曲の複数持ちとやらの通ってきた道なのか、修羅場はいくつか乗り越えてきているのか。

 

「知識を積み重ねてきたものは妙に冷静で度し難い。この命を曝け出せと脅される局面で、投降も、そして勝負もかけず日和見とはつまらん」


 他者の命を平気で奪おうというのに、素晴らしい自己肯定の精神を持っているお前は、いざ返り討ちに合いそうになると実は殺しなどしたくなかったのだと性善で飾りたい矛盾を抱え、さらにこれまでにないほどの危機感トリレンマを抱いている。


「・・・僕の命だ!!! 僕の命なんだぞッ!!! それをどう賭け、どう守る、どう運用しようが部外者に批判される筋合いはないなッ!!!」


 敵ながら、いい答えじゃないか。人殺しに狂うシドと自分を重ねていればいいものを、自分の社会性は人並みに大切なのだと見える。


「なぁコナー、己を救う勇者にもなれない日陰者よ。盗んで積み上げてきたものが通用しなければ、化けの皮が剥がれたら何もできないできないのならそのまま日和見してるがいい。だがな、安全なところで俺たちの殺し合い(ゲーム)を見ているくらいならな、教えてくれよ、お前が知ってる真実を」 

「真実・・・?」

「真実だ。お前が首に刻んでるタトゥー2つ、お前らどこでそれの原料をどうやって手に入れた、メフィストフェレスの種子のことだ。アメリアって知ってるだろ? お前らが怪物にし損なった女だ」

「アメリア・・・」


 お前が日和るのならば此方は責めやすいッッッ!!!! 惻隠、羞悪、辞譲、是非!!! 四端の一つもお前には萌芽しない、だから更に更に単純に、お前を力で服従ビビらせてやる・・・お前ら、一体・・・。


「テメェら俺の体に何しやがったウジムシどもッッッッッ!!!」


 お前ら、称号楽曲スラータトゥーだの、メフィストフェレスの種子だの、俺の肉体ムクロに何をしやがった。


「お前も、あの異常者シド・クリミナルも、シルク・ハッターって女もファウストに関連する奴らがことごとくソイツを身に刻んでいる!!!」

「シルクのことまで知ってるのかッ!?」

「ウジムシと聴いて己らの本性を思い出したかッ!? お前も、シドも、シルクも含めてその称号楽曲を刻む奴ら一座は死骸に群がるウジムシだ!!!」

「言いたいことだけ言うんじゃない!!! お前に僕たちの何がわかる!!! リレの、リチェルカーレの何を知ってると言うんだ!!!」


 死骸に群がる、という言葉を使うとコナーの顔が一段と険しくなった。


「・・・それが何を元にしてできているのか、知らないのか・・・?」


 その応えに、ハイドはいっそう怪訝にならざるを得ない。


『メフィストフェレスの種子ってのは俺が犯されていた神気や聖戦の最中に食らった怒りや憎しみの残滓を取り除けていない試作段階の腐れた宝で、だからアメリアは暴走した。しかしコナーが首に刻んでいる称号楽曲ってのはその穢れを薄めて、もしくは取り除いた本物の宝』


 生命力の根幹となる魂が引き剥がされていたとしても、種子を植え付けられたアメリアは体を乗っ取られる程の影響を受けた。肉体に対して魂の輝きが分不相応というパターン、普段の俺たちが置かれているのと丁度真逆の状態。そしてそのデメリットのことを、移植されている当の本人たちが知らないというのは驚きだ。少なくともコナーはこの調子では知らないか、芝居を打っているか。兎にも角にも恐ろしいのは、称号楽曲という形で昔の肉体の肉片を誰かが人の体に適合できるように改良し実用化したということだ。


「ソイツを人体へと馴染むよう改良を重ねたどこの誰ぞやは相当な科学者ということだ。だが、魔法陣の一種じゃあるまい。ソイツは呪いだ」

「称号楽曲が呪い?・・・言い得て妙だ。なにせコッチの奏鳴曲は仲間の形見」

「早急に体から取り除いた方が身のため」

「忠告は痛み入る。これの価値は未だ測り知れないでいる。しかし好奇心にかられ世界を旅し記録して回る僕が自分の体に刻まれているものに疑問も持たないのか? その答えはこの僕が、お前なんかよりずっと自問してきたに決まっている。精霊の力か、魔族か、獣人か、竜人か、妖精か、人か、どの種族も力を付与する似たような技を持っている。そして全ては魔力に帰る。異世界からやってきた竜でさえ。結局最後はわからない、で、結論がつく。魔力の行く末は神のみぞ知る・・・」


 何かが海から近づいてくる・・・。


『ハイド、この気配は──』

「竜力・・・ってことは・・・仲間か?」


 突然、僕を責め立てる口調が止まった・・・奴は未だ空間の穴に嵌りながらよそ見して、何を見てい・・・。


「海竜ッ!? まずい!!!」

『ハイド!!! コナーがッ! 逃がしてはいけません!!!』

「あってめ待て! 俺の質問に全然答えてないだろうが!!!」

「離脱コンテンツ99!!!」


 魔力砲が放たれた時、世界図絵に途中のところで留められていた緊急の離脱コンテンツとページ番号を叫ぶとともに、コナーは異空間の穴に拘束され身動きが取れないにも関わらず、絶好の機会を捨ててハイドの前から忽然と姿を消した。


「後1分、足りなかった。すまない、イデア」


 あぁ、・・・くっそぉ・・・マジか・・・。


『・・・いた仕方ありません。私の身から出た錆というものです、ハイドは気に病まないでください』


 とは言ってもなぁ・・・お前にとっては俺が消滅させてしまった身内の形見な訳だろ・・・。


「我は海竜、この海を縄張りとする秩序の化身」

「おい風竜、お前な、もう少し来るなら早く来いよ・・・リアムが火を放った瞬間とかさ・・・」

「ふ、風竜・・・? どうして本当の種属を」

「間抜け」

「ぷっふー、そんなところで異空間の穴に嵌って動けなくなってるあなたに間抜けなぞ言われたくない!」

「海竜なんて大それた冠位に間抜けなお前がいつ格上げしたって言うんだ、ええッッッ!!!」

「ヒェ・・・!」

「怯えてる暇があったら今すぐ俺をこの穴から引っ張り出すのを手伝えこの馬鹿ッ!!!」

「竜をその辺の獣と一緒にするなんて、侮辱にもほどが」

「ゆっくり引っ張れ!!!」

「こ、子供の癖に! そ、そんな指図ばかりで争いを鎮めるために来た私に感謝の欠片もないなんて、た、助けてあげませんよ!!!」

「鼻先だけ突っ込むくらいならお前にもできる、が、歯を立てたら漏れなく抜歯だ。歯のない姿では人間相手に威張れもしまい」

「あなたも人間ですよね! 聞いてますか!? こっちの話!!!?」


 海から飛び出して月明かりを浴びながら堂々と岬に着地するも、出鼻を挫かれ畳みかけるように貶されまくった海竜は渋々といった感じで穴をこじ開けるように鼻先を突っ込み、ハイドを引っ張り出す。


「よし、出られた」

「竜人とはいえ、ここまで粗暴な態度をとられるなんて・・・まぁ、いつものことといえばいつものことですけど・・・」

「そうだな」

「こ、肯定しなくても・・・では改めまして、我は海竜、そなたに聴きたいことがある」

「は?」

「のですがッ・・・」

「何を聴きたい」

「先程、竜のブレスに似た魔力の光線が見えました。それに琥珀色のブレスも。状況から察するにあなたをそこに引き摺り込もうとしたのは昨日の侵犯者。なんか懐かしい香りが首元から漂っていたんですよね〜、ほら、今もこの辺り一体に充満してる。あの青年もしや竜王様の魂と適合した──」

「あれ放ったのは俺だ」

「・・・?」

天元テンゲンも魔力砲も、2つとも放ったのは俺だ。コナーじゃない」

「・・・いやいやいやいや、あなたみたいな子供が? 2年前の冬にユーロ国内から空に走った咆哮。アレで王が帰還したのではと我々竜の間でも話題になっていましたが、でも喋り方とか似てるような・・・あなた、リヴァプール家から事前に訪問のお知らせがあった竜人ですよね? しかしあの方が憑いた竜人の噂があれば、人間社会と交流を持つ私は当然知ってるはずですし──ほんとにあなたが放ったんですか?」

「質問を一度にしすぎだ。全部答えるのめんどくさいから、信じられないならカタストロフでお前の体に今すぐ風穴を開けてやろう、これなら一発で済むだろ?」


 ハイドが天元のために魔力から変換し続けていた竜力を手のひらに凝縮して見せる。


「いえ遠慮します!!! その力、間違いありません!!!」

「お前は本当に昔から、・・・はぁ、からかいがいがある」

「そ、それじゃあ本当にあなたは我々の王・・・」

「ちなみに、さっきお前が口を突っ込んだのは虚空の入り口だ」

「・・・はぁあああああぁあああ!!! どうしてそんなところに僕の口先を突っ込ませ、は、一歩間違えば僕もあなたと一緒に神々のまどろみに飛ばされ・・・なんてことさせるんですかっっっ!!!」

「その点は助かった。だが、問題が起こってからここまで駆けつけるまでの迅速性、及び、タイミングの悪さ等々を差し引けばイーブンにはならない。しかし、まぁ、直ぐに俺の事に気づかなかった愚鈍さまで問題視するとして、今日は帰還記念ということで許してやろう」

「そしてどうして僕が渋々許される側に・・・この特に僕に対して理不尽な感じ、王だ・・・」


 怨念のこもった輩ばかりとではなく、久しぶりにリアムと会話できた時は嬉しかったが、懐かしき同族と久しぶりに会話ができるというのは、また別で何かと嬉しいものだ。


「水竜はどうした? この辺一体の海は水竜、空がお前の縄張りだったろう。おかげで一瞬、お前がわからなかった」

「水竜は・・・先の聖戦で・・・」

「そうか・・・」


 聖戦にて竜は竜王の号令によって人類の敵として招集された。ということは、今頃水竜は──。


「ロバート様! 避難が終わりました!」

「よし、お前たちは私に続け」

「はっ!!!」

「待ってください、私も行きます!!!」

「フラン、お前はここにいろ」

「しかし兄様!」

「フラン、君は騎士やベッセルロッドの人々をゲートで運んだ、おかげで迅速に事に対応できている」

「ぱ、パトリック様、しかし──」

「パトリック、お前も親の爵位と領を将来賜う身でありながら他領の問題のためにここまでよくついてきてくれた。お前たちは2人とも十分働いた。後は私が話をつける、下がっていろ、海竜と協力しあの危険人物を今すぐ捕縛、もしくは討伐する」


 一方、海竜の登場で街の守護者たちにも動きが見られる。

 

「おい、お前俺をしばらく護衛しろ」

「どうしてですか? 私が守らなくても、あなたの方が十分強いんじゃ・・・」

「いいか、話を合わせろよ」


 建物が立ち並ぶ街の方から、2個小隊規模の騎士隊が行進してくる。


「全体止まれ!!!」


 号令の後、靴の底が焼けた土を擦る音が見事に2拍の間に止まる。


「ロバート」

「海竜ウーゴ・ファノよ! ベッセルロッドの危機に駆けつけてくれたことに感謝する!!!」

「我はまだ何もしてはおらん」


 隊列より頭が一つ抜きん出る。ロバートと呼ばれたそれは、30を過ぎた齢程の短めに整えられた口髭を生やした男である。


「誠か! 先ほど竜のブレスのような光線が走ったように思えましたが?」

「あれは、こっちの・・・」


 人間たちは風竜より先に防衛線を設け、事の一部始終を見ていただろうに。コイツ、もしや人間にも舐められているわけじゃあるまいな。

 

「なるほど、そうでありましたか! ・・・して其の方は、どういう領分を振るい、我らが領土で粗暴な行為に及んだのか。我が民たちを危険に晒したこと、到底黙して見過ごすことはできない! 何人たりとも、我らが平穏を脅かすことは許さん!!!」

「おぉおおお!!!!」


 騎士たちが誇り高い故郷を支えとして士気を高める声が、夜のみなもへと響き渡る。

 

「暴れたのは事実であるため、威勢のいいその上から目線な態度は大目に見てやるが、お前たちの街には小石が数個飛んできた程度で他に被害はないだろう。勇ましさと愚かさは同居しうることをわかっていないのか? おいそこの・・・」

「ロバート、私はこのベッセルロッドを要するリヴァプール領領主である」

「そうか、俺はハイド。騎士隊長か何かと思えば、お前フランの兄だな。ならあそこで待機しているパトリックとフランへの伝言を頼まれてくれ」

「なぜ妹夫婦の名前を・・・」

「しばしリアムは帰らない! が、この風竜と共にいるため心配無用! ──と、ハイドが言っていたと2人に伝えてくれ」

「だから、今は海竜!」

「そうだった・・・頼んだぞ、海竜」

「た、頼られるとやぶさかではないかも」


 その冠を託した水竜に悪いから、仕方なく、海竜と呼んでやることにする。


「どういうことだ海竜よ!」

「ロバート、俺は海竜の一噛みで討たれたことにしろ。それで出動した騎士隊の大義名分はたつ」

「大義名分だと? いいや、事を糾明しなければ我らの大義名分が成り立つことなどない!」

「こちらこそ整えられた寝所で敵にズタズタに傷つけられたこの身を休めたいに決まっている! だがそれをしないのはこの街にこれ以上の被害を出さないため! 俺は数日の間、身を晦ますと言っている!!! であるからこちらは自衛のためこれから身を隠す場所も、事件の真相も安全が確認できるまでは教えることはできない! ・・・これ以上ゴチャゴチャ説明させるな」


 段々と、ハイドの気分が苛立ってきた。


「海竜、やれ」

「で、ですが」

「いいから、そうするんだ」


 矢継ぎ早に、海竜に策を実行するように促す。


「それほど誇り高い正義を豪語するなら、海竜が手を離せなくなる数日の間、自分たちの街を自分たちの力で護れ・・・じゃあな」

「では、行きます」


 海竜が蛇の胴のような長い首を伸ばし頭を下げると、石レンガを積み上げた壁のような鼻先がロバートたちの前へ丁寧に立ち塞がり、ハイドの姿を隠す。


「待たれよ! 我々は民に安全を保障しなければならないのだ!!! 海竜よ!!!」


 海竜は牙が刺さらないようにハイドを口の中へ含むと悠然と翼を羽ばたかせた。そうして、ロバートの叫びは飛び立った竜の影が降りる海へと響きわたり、竜の耳へ届かせる前に風でかき消される。

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