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アナザーワールド 〜My growth start beating again in the world of second life〜  作者: Blackliszt
Solitude on the Black Rail 編

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21 Allegory

「おはようさん・・・はい、いってら〜」


 手渡したギルドカードを確認されて、名簿リストに記帳し、返される。いまさら形式的ではあるが、一応、ダンジョン入場のために必要な作業である。


「海にいきましょう」

「は? 突然なに言ってるの?」


 シリウスとの会談があってしばらく経ち、普段通り頬杖ついて大きな欠伸をするクロカの座る84番受付へと顔を出す日常である。ついでに、ぼくが唐突に変なことを言って、それをクロカが馬鹿げてると一蹴するのはな〜んか違和感である。


「これじゃあいつもと逆ね・・・はぁ、今日も仕事か、かったる〜」

「やりなおしても僕が次に言うことはさっきと変わりません」

「・・・まさかあの料理?」

「正解」

「昨日の今日で」

「イエス」

「ちょっと待って」

「ちょっとなら」

「・・・バカンス?」

「それもあるかな」


 そもそも、進学せずに2年の休暇をとって旅している現在がバカンス中みたいなものだが。


「ハイボール団はどうするの?」

「それなんですが、彼らがうんと言えば一緒に連れて行こうかと」

「・・・は???」


 彼らは自由だ。自分たちで生計を立てている。よって彼らには遠出の許しを得るべき相手がいない。ということで──。


「海?」

「具体的にはリヴァプールあたりがいいんじゃないかと思ってる」

「でも私たちそんな予定はなかったからお金は・・・」

「少なくとも交通費はかからないから安心して。それに君たちの宿泊費と食費くらいなら出してもいいし、立替ておいてもいい。ほら、スクールだってもうすぐ夏休みだ。後ろめたくはない」

「それは・・・」

「そうだが・・・」

「見聞を広めるってことで」

「は、はぁ・・・」

「いきなりすごい話だな・・・」

「ンー・・・海の水はしょっぱいって聴いた〜?」

「それだけじゃない。美味しい魚介がたっくさんあるよ」

「サカニャ!?」


 山の幸に岩塩でガツンと味付けもいいが、海の幸を海塩であっさりと仕上げる料理もたまらないぞ〜。


「それとも、いきたくない?」

「「いきたい!」」


 はい、息ぴったり、決まり。


「ただ、海に行く前に僕の故郷ノーフォークに寄ろうと思ってる」

「帰省ですか?」

「久しぶりに家族、知人に会うのもいいね。けど、今回の一番の目的は馴染みのあるスクールに寄って、君たちの問題を相談しようかと」


 会談でルキウスの名が出てこれも思いついた。ハイボール団のこれからの学業方針について相談できればこちらとしても助かる。


「はぇ〜、いろいろ考えてくれているんだ」

「ああそれとラディ、君の例の魔道具をとある研究者に見せてみない?」

「ケファを?」

「分析して得た情報を勝手に公開したりする人ではない。前例がある。だから変人だけど信用できることだけは保証する。イヤだったら無理にとは言わない。けれど、その魔道具の性質を知ることは所有者としてこれからの君のレベルアップを加速させてくれると思ってる」


 その発想アイデアは目を見張るものであろうと、その構築式は単純な演算の積み重なりであり、魔法陣の心得がある人間なら多少の分析も可能だろう。それにケファを構成する魔法陣の一部には見覚えがあるものが組み込まれていた。正にケイトに見せるべき魔道具だと僕は確信している。


「一先ずわかった・・・会ってから決めさせてくれ」

「もちろん」

「それで、いつ出発する?」

「旅支度はある? 特になければ今すぐにでも出発できるけど、でもその前に僕の泊まってる宿に寄らせてね。とりあえず3か月分の宿泊料を払って部屋をキープしてもらうよう」

「早すぎる!」

「せ、せめて午後からってことにできないか!?」

「オッケー。それじゃあ午後2時に街の西門前で集合でどうかな?」

「それなら大丈夫だ、な、みんな」


 ラディの問いかけに皆が勢いよく「おぉー!」と応える。宿屋の方にも既に今朝部屋をキープできるよう話をつけてある。あとは前払いで金を払うだけだ。


「てなわけで、しばらく攻略スケジュールを空けますんで」

「てなわけでリアム、コレなーんだ」


 ハイボール団のメンバーと話をつけて、再び僕はクロカがふてぶてしくドヤ顔を決める84番窓口へと戻ってきていた。最初に海に行くことを話して1、2時間も経ってないのに、その手に掲げる旅行バックはなんだ・・・。


「・・・ついてくる気ですか?」

「上司に掛け合って、専属契約冒険者とリヴァプールへ出張ということにさせ・・・してもらった。とりあえず1ヶ月、それを超えるなら休暇をとることになるけど」 

「んな馬鹿な・・・何か裏があるに違いない」

「わたしはできる女なの」

 

 ジー・・・。


「・・・わ、わかった白状する! 出張を許す条件はあなたをもう一度この街へと連れてくること! できなければ、最初の1ヶ月も休暇を取ったことになって、有給を消費したあとは漏れなく無給休暇になる! さらに期間が増えれば無断欠勤、そして解雇・・・」


 あぁー、そうきたか。


「かなりデンジャラスでリスキーですね。もしボクがなんらかの事情でクロカさんをマンチェスターまで送れなかったり、同伴できなかったら、貯蓄から旅費を出さないといけなくなる一方で無給、挙句に立場は地に墜ちる・・・」

「悲観すればそうだけど・・・それも全て承知の上でついていくと言ってるの! だって人生で一度は海をみてみたい! それは内地育ちのわたしの一つの夢だもの!」

「そこまでの覚悟があるのなら承知しました。ああクロカさん、でも、リヴァプールを目指す前に一度ノーフォークに帰りますから」

「なにぃ!!!?」


 み、耳が・・・クロカの叫びがフロア中に響き渡る。


「お、お土産・・・」

「お土産?」

「お土産買わないと! 集合時間は2時、あぁ微妙な時間! そうと決まればいますぐお土産買いに行くわよ! ほら!」

「えっ、あの、ぼくも!?」

「あなたね、こういうことは大事なのよ!? 数ヶ月とはいえ、遠地から戻るのだから出発の時に見送ってくれた人たちに礼を欠くわけにはいかない! あ、ついでにわたしのお土産もあなたの亜空間に入れてちょうだい」

「絶対ソレが理由〜ッ!」


 サラッとなんでもないように言ったけど、要は荷物持ちですね。でもそうか。一番の名物である魔道具は街から持ち出せないが、現地の風土を感じられるようなお土産は大事かもしれない。


「というわけで、リアムが海に連れて行ってくれるんだって!」

「そうか。よかったなキャシー・・・ラディ、あたまとしてぬかりなくまとめろよ!」

「あぁ!」

「飲みすぎちゃだめだから!」

「いいからさっさといってこい!」

「「いってきまーす!」」


 一方で、貧民街スロープのいつもの酒場に溜まっていたネップにしばらく領地から出ることを報告したラディとキャシーは、手をブンブンと嬉しそうに、立て付けの悪い扉を突き破らんばかりの勢いで出立した。


「ふぅ・・・リヴァプールにだと? あいつらマジで上手く媚び売ったな・・・」


 リアムという恵まれた人間とそうでない子供たちを比べて先日はカッとなって追い払ったが、そのあと説教するようにラディに媚びてみろと焚き付けたのには、同じ人の子のよしみを期待していた自分がいたかもしれない。こんな乞食のような真似をするのは情けない・・・なんて思うわけがない。利用できるものは利用しまくれ。ともだちになれ。子供の特権を使え。実際に子供たちは、借りを作ってでも貴重な体験をなるべく多く──。


「この人影は・・・」


 店の前に人影、かと感知するもほぼ同時に、最後にラディとキャシーが通って出て行った出入り口の扉が開いた。それも激しく。


「ご開帳〜」


 扉がギーギーと音を立てて、一杯に開かれながら男の呼吸に合わせて小刻みに揺れている。その音の合間を縫うふざけた挨拶。しかし大胆な入店から想像される人物像にしては落ち着き払った大人の声色である。


「お前たち、外に出ていろ」

「はい・・・いこう」

「だ、だが・・・」

「いいからいくぞ!」


 入ってきた男の正体を悟ったと同時に、ロウローの仲間達に酒場から出ていくよう促す。だが突然のことに仲間達は戸惑っている。するとネップと一番付き合いの長い男が先頭に立って、他のメンバーたちを引き連れて酒場を出ていく。


「お前も出てろ! 俺は安酒を飲まねぇぞ!」

「は、はい!」


 入店してきた男の一喝で、酒場の店主も追い出される。


「なんのようだ」

「連れないことを言う。だがガキのころからの縁だろ。なぁブラザー」

「ブラザーか・・・よく来たなグランド! あいっかあわらずガタイだけはいっちょ前だ!」

「おいおいこの身なりをみて羽振りの良さがわからないか?」 


 全身を高そうな生地と宝石で着飾っている。だから頭だって一丁前にキレるとでもいいたいのか? バカな、お前たちの取り柄は腕っぷしにものを言わせる恫喝だろうが。 


「・・・今日はなんだ? ここの酒はんなうまくないぜ! しょんべんくさいガキか、最底辺の痩せ細った連中とそれを纏める頭が出入りするくらいがちょうどいい。ガポン共が呷るような高い酒は置いてない」

「用心棒代を徴収しに来た」

「・・・条例さえなければ、俺はお前よりも強いんだぜ?」

「だが、条例はある・・・だから俺の方が強い。だから俺が首領ドンなんだ・・・そんなにこの街にあの厄介な建物が現れるよりも前から見知っている大事なブラザーに用があった、って理由は弱いか?」

「お前は俺との接触を避けていただろう」

「それはお前も了承済みだった。組織を追放されたことをまさか恨んでるのか?」


 ネップはカウンターに残った酒瓶に口をつけてグイッと底を天井へ傾け一間置く。


「ハッ・・・んなわけはない! 俺は最も信頼していたお前にガポンを託し、血の掟(オメルタ)に順じこの左の義眼を餞別にケジメをつけた。・・・なぜまた現れた」

「足を洗ったお前になぜこの俺が接触したのか、その答えは実はこれまでの会話の中に含まれていた」

「なに?」

「安い酒は飲まないが、高い酒にも飽きたんだよ。俺にはやっぱりワルの才能がなかったのかもしれないな・・・なぁ、ネップ。ここはおかしいとは思わないか?」

「・・・上が腐っているから、反社会的なお前たちが正義漢を語るのもやむ負えないとでも言いたいのか?」

「言いたいんじゃなくて、事実なんだよ。現在の一家の主な収入源は外からやってきた連中を食い物にする闇金だ。だが悪の筈の俺たちの方が、よほど良心的に思えるほどにこの領のサブプライムは冷たく焦げ付いてる。しかし、下層の奴らから確実に債務を徴収できるよう国が保証する最下層がある。正に闇金と奴隷制はピッタリと合わさる、そのためにあるような社会だ!」

「人材の街への流入量が多い一方で、街からの流出量を知ってるか? 今なお、この街は発展を遂げている。しかしだからこそ、コレだけでかいパイでも全員には供給されない。なぜなら我々は篤志家ではなく、秩序ある、かつ、利己的な理念に則った社会の中で生きており、自由の名の下に自己責任を負っている。ならば悪いのは、滑り落ちた奴らや失敗の余地があることを把握すらできなかった奴らの実力不足だろう・・・だが、支配者たちが満たされれば、そのうちおこぼれが上から俺たちのような下層の人間にも・・・」

「間違ってるぞネップ。まずこの街の端から端までが秩序で満たされているのなら、俺たちはここまで儲かっていない。それと流出量? 違う違う、見るところを間違っている。見るべき指標は流出ではなく、出荷だ。その流出量には、奴隷となって街の外へ売り出された人間は数え含まれていない・・・つまりなんだ・・・あまりにも簡単に稼げすぎてしまうから、虚しいんだよ・・・悪の誇りを失くしてしまいそうだ。最近は酒を飲んでも、肉を食っても、女を抱いても虚しい。幹部どもも組織が安定してるから、俺が首領ドンとして腐り始めてることに気づきもしない。従順なものだ・・・むかしの血気はどこへやら・・・俺も含めてな!!!」


 ネップの置いた瓶を横からグランドの左手が奪い取った。そして酒場の壁へと投げつける。静寂に包まれた空間を突き壁に当たった瓶のゴンという鈍い音と遅れ破裂して床で擦れ合う欠片のぶつかる音がけたたましい。・・・グランドが席に座り直したところで話を続けよう。


「ワルのトップのお前が満足ならないのなら、それなりに良い社会なんじゃないか?」

「人はそれほど高度なコミュニティを築けるほど完璧な生き物なのか? 反発を許すよわさがあってこそ人だろう。そうして積み重なった隙をできるだけ埋めるように、いろんな発想が混ざり合い新しいものが生まれる。だが、ステディエムにはコレまでにないほど多文化が混ざり合っているというのに、意外と街を取り巻く思想は平凡なものだ。見たこともない巨塔とそこに眠る財宝に夢を見た! 空の路! 人を乗せて空を飛ぶ魔道具!・・・そんなモンか? もっと活気のある市場、集荷されると局の魔道具からポストとなる魔道具に葉書が届く郵便、集配、流通とかな。だが人々はなぜか、更なる発展を恐れている。その意欲を削いでいるのは間違いなく政治だ」

「おかしいな? 経済だとか金融だとか、ジジイになればやはり政治だとかに興味が出てくるものなのか?」

首領ドンとして当然の嗜みだ。昔はそりゃあ腕っぷしにものを言わせていればよかったが、いくら金のなる木を見つけるのが得意だからと、上手い育て方を知らなければ枯らしてしまう。まぁ俺が見つけたのは、金の上手い育て方ではなく、上手い木の売り方だ。枯れる寸前の木だろうがそれなりの値段で売れることを知った。それも売却は合法的だ。当初はこのサイクルを見つけた時、笑いが止まらなかった・・・今ガポンにどれだけの資金力があるかわかるか?」

「さぁな・・・同じ街にいるから、羽振りがいいことだけはぼちぼち聞いている」

「債券さえ買えれば、この街で一番デカイ商会だって丸々所有できるほどだ。債務不履行を理由に差し押さえたいくつかの会社も組織の資金繰りのため継続経営している。だが、ここまでくるともう一番だとかには興味がなくなった・・・なぜって? リスクがないからさ! なんっの危険もねぇ! 賭けもねぇ! 3回も同じ劇を見ればつまらねぇし、この街最大のエンターテイメントに投資して、トッププレイヤーまで仕立て上げたが、その一番強いプレイヤーたちでさえ、チマチマチマチマ、負けて、負けて、負けて、何回か負けることが前提の勝負など作業と何が違うのか。なんの面白みもないから、打ち切った。そんな血の沸騰しない生活にへきへきしていた」

「マンチェスター1恐れられる存在マフィア、それこそがガポン! 乾かぬ欲、常に湿った欲! 溺れそうになることがわかっていても飛び込む威勢! 一級のワルの矜持はどうした・・・?」


 組織が安泰と言うことは、それなりに違法かそれスレスレのこともやっているのだろう・・・金の権力が膨れ上がる社会の中でも武力が程よく機能する社会だ・・・そのなにが問題だ? 敵なしか? 得た地位を失う危険がなくてつまらないだとか、一度は言ってみたいものだ。


「そのガポンを襲撃し、一夜で俺の一家をぶちのめした野郎がいる・・・」

「なっ・・・!」

「数の圧倒的有利をひっくり返しながら、その狂気たる権化は言った。『数こそは力であるが、こうして圧倒的な力を持ったものの前では、数さえも屑に等しいのだ。その力を、今、この街の支配者は得ようとしている。今後何百年に渡って、或いは甘んじて衰退を受け入れ滅びの道を辿りたいのか』と。そこで俺は最近感じていた虚しさの正体の根源が正に政治そこにあることに気づかせてもらった」

「まってくれ・・・いっぺんに色々聴きすぎて整理がつかん」

「・・・少し話を戻そう・・・マンチェスター家が発信した一番有名な公約はなにか、前領主が提言して中央議会にも認められた条例はわかるだろ?」


 この街で一番有名な条例とそれに準ずる公約と言ったらアレだ。さっき言った郵便だとかが実現できない理由もここにある。


「最後まで攻略されたら、その後一切メルクリウスから産出される魔道具の流出制限を解く。晴れて街の外、延いては領外への持ち出しも可能となる」

「つまりそれまで、つまり攻略される瞬間、つまり公約に使われた言語の指すタイミングってヤツの境界は、勝利キッカリを指すのか、それとも至宝の発見と回収までも含むのか」

「なに!?」


 ダンジョンの至宝といえば、ダンジョン最後の砦ラストボスを最初に攻略した者のみが手に入れられるというラストレガシーのことだろう。その至宝を手に入れることは冒険者なら誰もが夢みる・・・それじゃあ俺たちはなんのために、この街にとどまっている。

 理由がますます薄れていく。その日暮らしだろうが、夢が打ち砕かれようと、同じ夢を叶える誰かの成功を見たいというちっぽけな潰れかけの夢を抱えて、社会のためになっているはずだと心に言い聞かせながら僅かな支えにしているんだ。しかし、夢を叶えた先に生み出した全てが召集される未来が確約されているのだとすれば、もしくはただの採掘者や伐採者や生産者と変わらないというのなら、同じ労働内容だとしても、空間属性使いが尊敬してもらえる土地へ行って働きたい。 

 希望がちっぽけもないことはない。夢を託したくて必死だった。潰えた夢でもいずれそれをかき集めて背負って立つヤツがいつか現れる。それを信じて、現在も冒険者の仕事に携わっている。だが、この領の目論見書の存在が世間に知れれば、夢見てステディエムへ来るも半ばに潰えたヤツは俺の部下、ロウローの仲間達も含めて2度と立ち直れない。顔面を土へと叩きつける危険な倒れ方をして、木乃伊ミイラのように僅かに残った人らしさを奪われ続ける。


「頂を目指す冒険者たちは一体なにを追いかけて・・・いや、やはりデマだ」

「デマではない。実行しようと思えば領が堂々と冒険者たちからそれまでの成果を奪えることは真実だ。実際に、空間属性使いのお前が割りを食ってる今がそうだ。・・・攻略とはそれ即ち、敵を攻撃して奪い取ること! ラストボスをはじめて打ち負かした栄光の証であるラストレガシーは紛れもなく、攻略に付随する略奪品だ! マフィアのボスが言うのだから間違いない!」 

「・・・ラストボスが攻略されるまでにダンジョンから産出された魔道具が街外へは持ち出せないとすれば」

「それが兵器なのか、最高に便利な魔道具なのかは知れないが、これまでの例を確認すれば持続的に恩恵を与えるアイテムである確率は高く、また、値段の付いたラストレガシーを買い取れるほどの蓄えも揃う。いずれ、メルクリウスのラストレガシーはもれなく領の所有物となるだろう。ラストレガシーを個人の所有物と公式に認めているギルドと国はもちろん反発するだろうが、流出制限契約の段階で既に奴らはミスってる。あえて後の反発を見越して、前領主は許可を中央議会へあらかじめ求め、討論を繰り返しついには合意を得たうえ認める旨を書類に記し署名させてしまった。さらにその頃には、ステディエムは王都をはじめとする国内の領や機関が報復を企んでもダメージを受けないほど巨大な街へと育っているだろう。人も金も集中してる。もしマンチェスターと外部との、それらの行き来を制限するような令を出せば、自ら国内何十パーセントの金や口座を凍結するようなものだ。交易制限により企業の業績悪化や消費の抑制が予想され市場への通貨供給量減小に伴いGの高騰と共に物価が下落する。失業した奴らのうち幾らかは奴隷落ちするだろうがこちらも市場が少しでも超過供給状態になれば奴隷商は引き取らず、働き先がなくなり混迷する。私設軍隊を持たないように、個人の所有できる奴隷の数は奴隷法で上限を定められているから増えすぎてもしょうがない。この他にも想定される厄介ごとはまだまだあるぞ。例えば緊急事、流れが制限されるような信用のない通貨で国の発行する公債を誰が買う? なにより、公債を買う資本家たち、実業家たちの多くが投資価値の高いステディエムへと金を動かしている」

「最大の報復措置をとるも、自らの首を絞めることになるか・・・」

「民から税を通して徴収すれば間違いなく反乱が起きる。同じような条例を施行しているマンチェスターが責められないのは、一見社会がそれで潤っているように見えるからだ。民は富を独占しているのだと錯覚している。・・・さて、間違いなくマンチェスターはメルクリウスのラストレガシーの占有権を主張し持ち出しを禁ずる。そして支配者は全てを手に入れる。金、名声、兵器、軍隊、それらを支える富んだ領地と巨大な傀儡社会! 奴らは社会そのものを組織化するつもりだ。完全に支配下に置いて、ユートピアのように見せかけ搾取している」


 グランドが再び席を立って、体の正面をゆっくりと出口へと向ける。


「こい」

「用心棒代か?」

「現時点をもって、もしくは遠くない未来に俺より強くなる予定の男から採れと?」


 世迷言を。俺がこの社会から解放されることなどない。このクソッタレにがんじがらめの構造が、崩壊しな・・・しないかぎり。 


「それを払うのはお前の配下の奴らだ! 選択を違えた過去があろうと、今度こそ投機的に動くんだ、未来の勝ち組にしてやる! そしてそいつらを率いるのはネップお前だ! ついてこい! 俺はもっと刺激ある生を堪能したい。で、俺に借りのあるお前に拒否権はない!」


 昔から領主家も手を焼き一目置いてきたガポンの首領とファミリーを、たった一夜で屈服させたヤツがいる・・・! 


「古い付き合いを利用して、得をしろ。大人の世界では案外に、純粋さは重用される。残酷かつシンプルだからだ。情ではなく損得を勘定するのだから。だが改め直さんと。古い悪友に過去を持ち出し利用される側になるとは・・・」

「マフィアが尊厳や誇りを語る暗黒の時代は終わった。これまで貯めてきたものを、これからは撒き散らすんだ・・・今、原点へと回帰して結束する。再び、民衆の先頭に立って扇動する」 

 

 酒場からでたネップとグランドは周りをイカツイ護衛に囲まれながら裏街を北へ闊歩する。ガポンの本拠は北。中央に聳え立つメルクリウスの塔に遮られて日中は薄い影が降りる。日陰の世界のアジトはワルにピッタリの場所。しかし俺たちのいる西の貧民街と違って朝日は拝める。羽のある、闇の巣。救いのある地獄。建材の積み上がった汚い小道から夕日も碌に見えない貧民街よりマシだ。だが・・・この考えはその15分後に、そっくりそのまま、あの日の思い出、栄華、充実を映し出す瞼の裏のなつかしさごと貫く目潰しとなってネップの視界を襲った。


「ふざけるな・・・おい、おいッ!」


 敷地を取り囲む高く続く壁で見えなかったモノが、門が開くことでようやく見えてくるわけだが、玄関先へと立ち全貌を確認したネップは駆け出すことになる。屋敷のあちこちがボロボロになっていた。庭は掘り返された土で荒れ、建物の柱の近くには削り出された柱の欠片やその辺に飛び散っている血糊が、ここで戦いがおこったことを物語っている。庭の隅で腕に布を当てて外壁に背中を預けるソルジャー。招集され呼び出された準構成員アソシエーテや比較的傷の浅いものたちが屋敷周りのゴミの清掃を行い、穴の開いたところの補修を行っている。


「屋敷がめちゃくちゃじゃないか!! お前たちいったいなにに喧嘩を売った・・・!」

「喧嘩など売ったおぼえはない。だが、あの人は独りで突然やってきて、俺たちの真理を説いた」

「真理ってなんだ!」

「・・・武力だ」


 現在は再建中といったところだろう。戦いの準備をするものは誰一人としていない。ということは、襲撃され一晩で降伏したのか──。


「その辺の焼け焦げの跡や水溜りは、全部、部下たちの魔法が外れてできたものだ」

「少なくとも敵は火、雷、水などの系統の魔法を使ったわけではないということか・・・だが一体どんな魔法を使えば、ここまでガポンを・・・泥水かと思えば、そこら中に溜まったり染み付いてるのも・・・血、なのか・・・」

「大規模な魔法の使い手というわけでもなければ、これだけの生存者を残しながら俺のファミリーを無力化する美学があった。降りかかる魔法の雨をすべて切り裂き、一人一人を正確に傷つけて精神力を削ぎ落とし、確実に魔力量の多い者から狙い戦力外のゴミへと変えながら最後には魔力の尽きた者から倒れていった」


 魔力切れを応用して効率よく無力化したのか・・・しかしわからない。魔法を切ったというのは相殺したのか、それとも力を分断し射程外へ逃したのか。前者なら人ではない。化け物だ。後者なら、相当な怪物である。


「メルクリウスで新しく発見されたレガシーの類か、或いは・・・」

「ネップ、ダンジョンの恩恵を過信しすぎてはいけない。ありきではいけない。現在の領主はそうして、この街を蝕んでいる」


 再建中の建物へと入り、廊下を進む。中もあちこち傷ついている。ボロボロだ・・・昔の荘厳な面影はなく、廃墟に近い。木槌を打つ修繕の音が聞こえてこなければ、そう勘違いしてもおかしくない。・・・そうして俺たちは、大きな扉の前に立った。 


「その昔は厄介の種を指した固有名詞がいまや恐ろしいほどの恩恵を生み出す種を指す言葉になり替わった。ダンジョンとは人だけが崇める、偽りの造られた神」


 グランドが案内したのは、首領室ではなく大広間の前だった。・・・ここに、ガポンの元若頭ネップ、(元顧問)現首領グランドが揃った。だから、扉番ドアマンが畏怖を以て扉を開いた・・・そう思っていた。


「ようこそ、真の神の下へ」


 だから、まぁ、これから俺が起こす行動の理由について先に弁明しておこう。扉番は尊敬ではなく恐怖で支配されていた。したがってあの男の命令で動いている。大胆不敵に中央に設置されたソファに座るその姿に、俺は──ッ。


「よくも俺の古巣をここまでメチャクチャにしてくれたな!」


 その辺に落ちていた瓦礫の破片をすかさず掴んで投げる。 


「おっと・・・」


 ネップの手から放たれた鋭い角の石片が、占領者の顔を掠めるようにソファうしろの壁に拳大の穴を作る。奴が首を傾けて避けなければ、確実に顔面へとぶつかっていた。そして顔の一部を変形させていただろう。


「切らないか・・・」


 これまでの惨状を見てきて、そうして防ぐものかと思った。もしくは慌てて回避するのが普通の反応だろう。しかし奴は等速で首を傾けて回避した。そのくせ、顔の横を過ぎ去っていく石片に目もくれていない。石片になんの魔力痕跡がないことをあの一瞬で確認し、より危険度の高い追撃に備えたのだ。こいつは想像以上に厄介な相手かもしれない。


「ネップ! 穏やかになれ! 俺たち流の冗談が通じる相手」

「馬鹿野郎! ここは洒落にならん冗談もまかり通る治外法権! 天下のガポンのホームだ! ちょっとやそっとの異常魔力を検知したところで、警察も騎士も来ん!」

「お前最初からそのつもりで俺についてきたのか──!!!」


 異様な魔力をネップが体に貯める。ステディエムではこの種の魔力を放出する魔道具は多くあるが、人が纏う姿は滅多に見られない。マジでやる気だと、ネップの臨戦態勢にグランドが一滴の冷や汗を掻いたところで、占領者がソファから立ち上がる。


「いい威勢だな、昨晩潰した奴らとは少しだけ格が違うか・・・」

「コイツは仲間に誘い入れようと連れてきた!」

「ただ礫を避けただけで、俺の腕っぷしを舐めたつもりでいるなよガキが」

「おい!!!」

「よせグランド。今の言葉に他意はないんだろ? わかったら・・・対話中に間に割って2度と遮るな! 勝ち負けがつけば決着はつく。過程が討論であろうと、暴力だろうと、導き出されてさえしまえば答えの価値は同じだ」

「も、申し訳ございません・・・」

 

 あのグランドが大人しく下がった。その大地のようにズッシリとしたガタイとこれまで闇に葬ってきた奴らの怨念に潰れたような瞼、その間からのぞく鈍い光に誰もがビビる大男。愚かにも彼を害すれば、見た目通りの腕っぷしと躊躇なく制裁を下す凄惨さ、逃走しようとすれば狡猾かつ出し抜くことは不可能なのだと諦めさせる本性と知性を備えていることを知り、後悔し、最後の救いである走馬灯の中までも苦しかったことしか考えられない。苦痛を与えた象徴であるイカツイ大男の顔が焦げついた悪夢にうなされながら血の気が引いていく。グランドとはそんな男だ。


「そっちの髭面も、通報なんてしてみろ? お前らとんだ笑い者だ」

「俺に、いかにも嘘をつくのが大好きで、人を操り悪と苦の淵に落とすのがたまらないって性格してそうな面のくせに偉そうに説教か!」

「・・・正解だ! 俺が崇拝するのは、邪な神だ!」

「神の名を語らないと兎さえ傷つけられない臆病者ッ! マフィアの報復を見せてやる!!!」

「奪うと書いて覚悟と読むか!!! 生きることを覚悟した罪への罰とするか!!! ハッ! その程度の理屈は一見シンプルでこの世界の道理に当てはまっているように思うだろうが、関係ないな・・・暴力は暴力、殺害は殺害、罪は罪罰は罰! 一緒くたにするなよ・・・俺は人を殺そうが、罰せられることはない・・・なぜなら、この世界のルールをよく知っているからだ!!!」

「残念ながら社会はそう簡単には変わらない。現在の大変化をもたらした原点、大変革の理由。お前の説くルールとやらにあれほどのインパクトがあると思ってるのか!」


 煮え繰り返る怒りに固められた指が真っ直ぐと、南方の部屋の壁を指差す。


「・・・ダンジョン・・・ハッハッハ! アレもまた、小さな実に抑圧ふるいけるだけしか能のない一種の俗物ってだけだ・・・さて、俺様と渡り合ったヤツになら俺様の頭の中のことをもう少し話してやってもいいが、これから先をお前に説明してやる理由はない・・・強さこそが正しい! 問題は強さの定義だが、お前は・・・魔力を交わさずともわかる麦つぶ程度ッ、林檎を狙う資格を持つ俺様を抑止させるには遠く至らない。その辺にウヨウヨチマチマ転がってる平凡な定義づけで十分つぶせそうだ。さぁ創造主きょうしゃから弱者へ本物の罰を与えてやろう! 所詮、創作物のピカロよ!」


 ──・・・ギグリ・ソー。



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