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アナザーワールド 〜My growth start beating again in the world of second life〜  作者: Blackliszt
Solitude on the Black Rail 編

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296/371

17 G4

「担当窓口の変更とかよくも咄嗟に嘘つけましたね。感心しました」

「それほどでもあるわ・・・って、わたしの話はいいの。昨日、あなたが寄宿してる宿のお嬢さんとお遣いに出た時に貧民街に迷い込んでしまった。それで知り合ったわけね。ついでにその時言われたことが引っかかってると・・・」

「はい」

「う〜ん、現状だと対策は難しいか。でも、匿名性がないってのも問題ね〜・・・冒険者って目立ちたがりが多いし、目立ちたくない人はそもそも冒険者を避けたり・・・そうよ、王都にある古いダンジョンなんかは観戦機能がなくてコンテストもないし、そっちに人が流れてたのかもね」

「そっか・・・なら僕もそっちに行くべきなのかなぁ」

「バカ言わないでよ」

「行きませんよ。王都に行くのは2年後って決めてますから」


 朝の通勤時間も過ぎたところで、客足が落ち着いてきたダイナーの扉がベルを鳴らす。


「お遣いついでに、ちょっと寄り道〜♪」

「いらっしゃい。何にします?」

「ミルクとバターケーキね!」

「はいよ!」


 ここは小さなダイナーで広くはないが、その分静かなのだ。この一般的な社会人なら忙しい時間に来店し、機嫌よく創作した歌を口ずさめば朝の9時からおやつを注文して、リアムとクロカの座るテーブル席からみて扉を挟み反対にあるカウンター席に彼女は座った。


「2年後ね・・・何よ?」

「2年後って決めてますし・・・」

「どうしたの? なぜに少しずつ左にずれる?」

「僕から見たら右です」

「そんなことどうだっていいの・・・何?」


 クロカがリアムの視線を怪しんで振り向いた。すると──。


「あら? セナじゃない」

「ヤバッ、勤務中なのに知り合いに見つか・・・クロカさん!」


 勤務中なのにサボってるのが見つかった風の失言は触れない方向で?


「お久しぶりです! 3ヶ月ぶりくらいで、す・・・」

「そんなに経つのね。わたしがギルドの研修を受けてた時だから・・・あなたまでどうしたの?」

「は、ハロー。セナさん」

「なんでアンタがここにいるの・・・」

「えーと・・・デート中?」


 仕事の話だとか、ハイボール団のことだとか、色々どこから説明すればいいのかわからなくなって、それで考えるのがめんどくさくなって、なんて言えばいいのかわからなかった。なんか混乱を誤魔化す時、ついつい余計なことを言ってしまうことってあるよね。うん、あれ、ボク混乱してるの。


「で、デート・・・も、もしかして憧れのクロカさんとあの跳ねっ返リアムが・・・イヤァー!」

「リアム何言ってんの! 仕事の打ち合わせ中でしょ!」

「あ、そうそう、そうです! ごめんなさい、ハハハ!」


 口にするまではそうでもないと思ってたんだ。でもこの失言は恥ずかしすぎて一生忘れないかも。


「クロカさんとセナさんに面識があったなんて」

「わたしこそビックリよ。どうしてアンタみたいなどチビが超優秀なダンオペのクロカさんと知り合いなの・・・」

「どうしてって、クロカさんは僕の専属オペレーターですが」

「専属!?」


 カウンターからこちらに座り直したセナが太ももをテーブルの縁に勢いよく食い込ませた。テーブルが僅かに浮き上がる。それと席はクロカの隣に、なんか懐いてる。


「イタぁ・・・!」

「気をつけてくれよ嬢ちゃん」

「し、失礼・・・」

「というか、なんでセナとリアムが知り合いなのよ。そっちの方がよっぽど不思議なんだけど?」

「セナさんとは、街に入る時に出会ったというか」

「あぁ、それで顔を見知ったの。現場研修に出てた時に」

「コイツ今ウチで寝泊まりしてるんですよ」

「・・・は?」


 た、タンマ! その言い方は誤解を招く!


「ぼ、僕がセナさんの実家が経営してる宿に泊まってるだけです!」

「・・・なんだびっくりしたぁ! そういえばセナの実家は食事処で兼業で宿もやってるって言ってたっけ」

「覚えていてくれたんですね! セミナーが終わって結構経つのに、覚えていてくれて嬉しいです!」

「セミナーって? というかお二人はどういう繋がりなんですか?」


 多分この三角繋がりで一番驚いてるのはボクだ。本当に繋がりが見えない・・・婚活セミナー? 合コン?


「セナとはG4(ジー・フィーア)で知り合ったの」

「G4・・・?」

「あなたセナの実家に寝泊まりしてるのに知らないの?」

「・・・知りません」

「そういえば話してなかったっけ?」

「G4ってなんなんですか?」

「G4は領が運営する4年制の中等高等一貫教育の機関で、将来の領地運営を担う高官を育てる学校。私はそこの4年生で超エリート学生なのだー!」


 へぇ。領の高官ね。


「あのセナさんが? ・・・領の高官?」

「お? ようやく私を敬う気に」

「フッ──」

「なぜに鼻で笑う!」

「だってッ・・・笑いを堪えるのに必死・・・ダメだ! もう2人してからかわないでくださいって! あぁー、ハイボール団のことで巻き込んだから怒ってるんですね! それで・・・あぁ飲み仲間! 飲み仲間だ! 今気づきました! クロカさんがボクをからかうために飲み仲間のセナさんを呼んで混乱させたところを2人して嘲笑ってやろうという魂胆ですね? 勘弁してください、いやホントすみませんでした!」

「いや、怒ってないけど・・・」

「・・・怒ってない・・・オコではない?」


 ・・・冷静になって考えてみれば、今朝の今でこの二人がいつどうやって画策する暇があったっけ・・・。


「ごめんなさい・・・少し震えが、首の血の気まで引いてきた・・・吐き気もしてきたかも」

「どういうことよ!?」

「逃避先から現実に帰ってきたら・・・」

「私がエリートってそれほど信じられない事実だったわけ!?」

「だって、収賄しようとして返り討ちにあった挙句子供に滅多うちにされたくせに」

「別にG4の全てが高官のみを育成する特殊機関ってわけではないのよ? 私だって、こっちにきてメルクリウスや街のことを学ぶのにG4とギルドが合同で開催してたメルクリウスセミナーに参加して、そこでセナと知り合ったわけだし」

「まぁ、クロカさんの仰った通りステディエムに特化した領の学校というのが正しいかもしれません。だって領の仕事と言っても色々よ。あの時みたいに街の端の関所で人の出入り管理だってするし、領主様の直近として経済分析を任されたり、都市計画の策定に参加したりピンからキリまである。今私は色々なところを回って卒業後の希望配属先を検討してるところ」

「なぁんだ。エリートはエリートでもセナさんは下っ端かぁ〜」

「ちがーう! 私これでも学校の成績は常にトップ3以内をキープしてきたんだから!」


 つまり、G4というのは現在高度成長を続けるステディエムで働くことを前提とした専門教育機関で、セナさんはそこでもトップクラスに頭がいいということ? ・・・うっそだぁ。


「では問題です! 現在マンチェスター、特にステディエムでは高度な経済の発展とともに外部からの人口や資本等の流入が著しいと思われますが、経済変動における生産的要素を増加する労働人口のみに求めるのは不十分です。これを外生的なものではなく、内生的な経済の構造に当てはめた時、領はどのように捉えて経済成長を促せるか。また、ステディエムの現在の統治を鑑みて、将来考えられる問題についてどう対応しているか、動学的に分析してみてください」

「まず、労働力すなわち人的資本の定義は量のみではなく質にも求めることができます。この時点で労働人口の増加のみではなく、例えば洗練された教育の充実などからのアプローチにより、領は外生的に生産分野へポジティブな効果を与えられます。また、ステディエムが現在問われている第一の最優先課題は、メルクリウスとそこから産出される資源、或いは技術をどう守り、かつ、他領地との兼ね合いをみるかにあります。前マンチェスター領主様は国内の急激なインフレを防ぐという理由を主に、議会に魔道具の街外への持ち出しを制限する条例を敷いたことを説明しました。当時の会議では、メルクリウスのラストボスが攻略された暁には、徐々に外への持ち出しの制限を解除することと約束され、仮に、今すぐにでも要件が果たされればメルクリウスの先進都市としての地位は揺らぐでしょう。しかし最近ではスカイパスの王都への接続と、他の主要領地とのパスの開通を目指しながら、さらには技術革新を掲げ関連分野に領は投資しています。したがって攻略の完了、或いは停滞、停滞に伴い1日の産出量の限界を迎え魔道具が一定以上産出されなくなった場合は、ストックした最新の技術と環境と人的資本を商品として売り出すことになるでしょう。そのために我が領主は虎視眈々です。現在特に急務な課題は、攻略進行の減衰と冒険者飽和による収穫逓減などであり、攻略を程よく進めるためよりランクの高い冒険者を外から呼ぶことを検討したり、他の職業への選択の拡充を図るべく訓練機関の準備を行っています。このように、我が領は現在高度な技術を保有し、またメルクリウスから授かる恩恵を開放的に配する時、実物的ショックを与える側に回ることを自覚しながら、慎重に魔道具の流出を防ぐものであります」

「・・・嘘だ」


 ・・・詰まることなくあっさり答えた?・・・夢? 


「それじゃあ・・・」


 問題の答えをあっさり言われたリアムは、次に机の上に出された皿へ、ある果物に手を出す。


「この果物の名前は?」

「バナナでしょ?」

「あ、良かった。やっぱりセナさんの知能レベルは猿だ」

「キー! クロカさんこれってバナナですよね!? ね!?」

「そうだけど・・・そういえば、猿の好物がバナナって聞いたことがあるような、りんごとかも好きって聞いたことあるような」

「それでか! バナナがわかったから私を猿と断定したのか!?」

「いやほんと、安心した」

「するなー! ・・・よしならもっとこい!」

「それなら、片方が閉じた細長いガラス管に空気が入らないよう水銀を流し込んだものを空気が侵入しないよう注意しながら逆さまにしてガラス管の開いた方を引き続き押さえながらポットの水銀の中につっこみ固定した。この道具の考えられる用途は!」

「気圧計」

「イヤァー! あってる!? こんなのセナさんじゃないぃー!」

「むせぶなぁ! アンタどんだけ私を馬鹿にしたいの!?」

「Merci de me payer」(ここの勘定はセナさん持ちでいいですね?)

「Alors tu devrais m'inviter ce soir. Je voudrais boire du vin domaine cote d'or」(それならお前は今夜私に奢れ。黄金の丘で生産されたワインが飲んでみたいな)

「闇力子と呼ばれる要素によって特殊な力場を生み出すことができる闇魔法ですが、仮に、途方もないエネルギーを用いてこの指輪くらいの力場を構築した時、周りに与える影響として言われることは?」

「質量の条件が与えられていないので、質量を考えないものならば単に触れた空気やものを圧縮するだけの力場ができる。物を放り込み続けたり万能エネルギーによって因子に質量も共に与えるものであるとするならば、質量の増大とともに周囲の空間に歪みを与えいずれは星も飲み込む特異点に発展する可能性もある」

「この右手の輪っかを集合A、左手の輪っかを集合B、AとBが重なった部分をCと捉える時、DはAに含まれずCに属する。さて、Dが属する集合に指を挿してください」

「みぎぃー!・・・あ、そっちからだと左ね」

「ご自分を知識階級の人間だと思いますか?」

「難しい質問だけれど、思うわ。最近は人口も増えて、教育制度の充実や多様化する魔道具によってその他交通の便はよくなるし内生的に大衆の生み出す生産的要素は無視できないものだけど、一方で動学的に格差が広がる、或いは顕著になるケースも増えてきている。良くも悪くも、条例を盾に支配的な領が大衆を制御しているのだとすれば、彼らは扱いやすいのであって自らの生活の充実とともに自らを押さえつける権力を献上していることになる。そこに気づけない人々を知識階級とは呼ばないのだとすれば、領と民の奉仕者であろうと私は知識階級の人間である・・・貴方に白金貨1枚を吹っ掛けた私の倫理観を問おうとしたのだろうけれど、そんな質問をする貴方こそ烏滸がましいわ」

「企業の連結貸借対照表の作成は適切か」

「条例の原則によれば親子会社別々に提出することが望ましいけれど、最近は領外の企業がステディエム内で新しい会社を作るケースも増えてきたので、徴税の見直しと評価という観点から近年注目され一般導入も検討される。どちらにしても会社それぞれの財務諸表が必要なことには代わりない。よってステディエム市場においては半期報告書などにおける記載は認められていないが、作成は各企業の自由とされ、私文書として作成されるのであれば適切と言える」

「珍しくセナさんが有能さを見せると空から雨ではなく、星が降ってきた。この星のことをなんという?」

「天降石・・・ワンクッション入れてしれっと自虐に誘導するな! よっぽど問いを逆手に反論されたのが悔しかったのでしょうが、質問する側が回答者に報復とかありえないから!」


 咄嗟に出たフランス語に関してはこちらの言語で何語に翻訳されたのかも知らないが、こんな事実・・・知りとうなかった。


「それなら今度は私から、確率で平均値を扱うときの注意点は!」

「1に対象とする事象が繰り返し起こること、2に分布が中央に凸のような分布であること、3に分散が小さい分布であること。この3つのどれかが当てはまらないとき、平均値を評価の基準として用いることは推奨されない」

「アンタその年齢で・・・妖怪じゃないの」

「そっちこそ・・・だ、誰かにこれは夢だと言って欲しい」


 そ、そうだ・・・これなら絶対に間違う問題があったゾ!


「クロカさんの性格は!?」

「カバンを忘れた私に筆記道具を貸し与え、教科書を一緒に見せてくれた慈愛に溢れた大人のヒト!」

「ブッブー! 正解ブハッ!?」


 突如として空から拳大の隕石が僕の頭に落ちてきた。


「私にはぜんっぜん意味不明だけど、でもいい勝負でしたってことで落ち着いたわね。よかった。これ以上放置されたら・・・ね? リアムくん?」

「は、はい──」


 セナがエリートという現実以上に恐ろしいものと同席していたことを、完全に逆上のぼせていたこの時ぼくは思い出した。


「でねー、こいつが目立ちたくないって我儘ばっかり言ってさ」

「我儘じゃないですよ・・・」

「リアムの味方をするわけではないですが、懸念はわかります。最近子供がまたたった一人で15階以上のガーデナーを倒したって噂になってますもん」

「えっ・・・そっちでも?」

「自分のことなのに知らなかったの? それこそ昨日私、ダンジョンでちょっと稼いでるからって調子に乗るなって言ったわよね? ちょっとやめてよ知らない自分かよわいアピール・・・え、マジ?」

 

 伝言の枠を超えて、一々返事をしないといけなさそうというか、ただでさえ少ない自分の時間が奪われそうで嫌いだったけど、いっそSNSとかあったほうがエゴサしやすいのかもしれない。この時代でIT機器慣れした時代人は情弱だ。 


「どうせ僕は・・・僕は人付き合いが苦手ですよ! フルーツジュースおかわり!」

「ガキのくせにいじけ方が親父・・・」

「なんか忌諱に触れたみたい・・・そんなの気にすることないわよ。目立ちたくないなら、リアムの番が来たとき戦いが映し出されるヴィジョンに布をかけるなりなんらかの対応をしてもらうよう頼んでみてもいいし」

「そんな特別扱いしてもらえるなら、もうとっくにやってます・・・ね、クロカさん」

「・・・できるかも」

「・・・そんなことできるんですか?」

「普通は一々手間もかかるしそんな対応しないだろうけど、将来有望な未成年の冒険者を守るという理由で申請したら通りそうなものじゃない?」


 なんだほんと、この人一体どうしてしまったんだ!? 彼女がものすごく有能なダンオペに見える・・・! 猫かぶるとこんなにすごいのか! 羨望の眼差しで褒められ続けないとすぐ化けの皮が剥がれそうなものだけど!・・・ついでにセナも、優秀なのは認めるよ。


「よかった! セナのおかげで解決の緒が見えてきた!」

「じゃあここの代金はリアム持ちで!」

「さっきの意趣返しですかッ・・・わかりました・・・いいですよ」


 さっきの話まだ続いてたのかぁ。奢れと言われ割り勘でもこっちが割りを食うじゃないかと思ったけど、途中で気が変わった。セナに借りを作るとか嫌だ。


「やった! それじゃあおじちゃん注文追加! テーブルに乗る量で適当に見繕って! あ、料理は被せないでね!」

「それからお酒は持ってこないでね!」

「承りました!」

「さすがクロカさん! 仕事のできるヒト! そんな真面目なところに憧れます!」

『・・・はぁ、仕事が残ってなければパァーッと酒盛りするんだけど、惜しい』


 それならこんなところでサボってないで、あなた仕事に戻ったら・・・ちょいちょいテーブルいっぱいになんだって!? それに提供側にメニューを任せたら、絶対、高い順から作るに決まってるじゃん!・・・ほら、こうなった。


「計1万と1千2百Gになります」

「現金で・・・」

「現金? ですか? はい、どうも」


 額にしたら夜に数人で少し外食した時の支払いくらいでそうでもないように聞こえるけど、これ、午前中のダイナーで3人分の値段だから・・・昼食も済ませたとはいえ、一般的に月給が10万Gあれば良い方の世界の値段だから・・・ちなみにセナはとっくに仕事に戻っていていない──。


「現金以外にどうやって払うっての」

「ギルドカードとか?・・・普通、あんなお金持ち合わせてませんて」

「でも持ってたでしょう?」

「旅に出た時に予備として亜空間に入れておいた緊急用の路銀から出したんです」


 本当はあと予備として白金貨3枚(3000万G)を亜空間に仕舞ってるとか口が・・・裂かれそうになったら言えるけど、でも今は言えない。


「さぁて、お腹も膨れたし仕事よ仕事!」

「怠い・・・」

「なぁに言ってんの! ほら、わたしの夜の晩餐代稼いできなさい!」


 満腹のお腹を抱えるように丸まった背中をバシッと、まだ食べるのか。


「ラディ・・・もう、我慢できない」

「もう少しだけ踏ん張れ!」 

「わたしも・・・うぅ」

「・・・なんでまだいるの」

「どうします、あれ」

「いやまぁ、6時間くらい待つのは誰だってできるわよ・・・でもあの様子だと、トイレにも行ってないっぽい」

「しーらないっと」


 トイレにも行かないんだなと焚き付けたのは僕じゃない。


「ちょっと・・・お待ちなさいよ」

「クロカさん・・・やっぱり僕ね、今日はダンジョン攻略やめておこうと思うんですよ」

「へぇ、なんで?」

「最近目立ってるみたいで。ホラ、例の件のこともありますし、具体的な対策がギルドに通るまでは控えようかなって」

「確かにそれまでは積極的に攻略を進めるのは控えた方がいいかもね」

「でしょ?」

「けれど、あなたに例の件を聴いた時わたしはこう言ったはずよ。見知らぬ犯罪者のせいで私の人生の成功が遅れるなんて最悪」

「ヒィ!?」

「それにあれだってアンタのせいなんだから、もう少し付き合いなさいな」

「イヤだぁー! 彼ら既に決壊寸前というか・・・このまま僕に構ってるとまずいんじゃないですか!」

「そうね、わたしの領域が汚される! アンタ達ッ──!!!」


 腹十分目と十二分目で今朝ぶりに窓口へ戻ると、そこには一生懸命内股で踏ん張るハイボール団の姿があった。そこへリアムの襟首を掴んだクロカが突進していく・・・首が絞まらないよう必死に首元を、し、しまる。


「戻ってきたな! ここで会ったが6時間、ウンと言ってもらえるまで俺たちはこの後も何時間でも・・・待ち、待ち・・・くぅ」

「何も言わなくていいから我慢しなさい! つーかさっさとトイレに」

「怒鳴らないで・・・あ」

「ヒィ!?」

「待ち続ける・・・言えたぁッt!?」

「わ、わかった! わかったから我慢に集中して! 漏らすのだけはやめて! トイレに行って〜!」


 クロカの悲鳴がフロアに木霊する。要求が通ったのを確認したハイボール団員たちはつま先を内向きにした早歩きでトイレへ。


「ポップ? コーン?」

「俺たち」

「大きい方我慢してたんだ・・・」


 なお、バレエのルルベのように踵をあげてつま先を開き必死に走るのを我慢して着実に前に進む者もいた。誰が言ったか、トイレを我慢する人とバレエの動きには通ずるものが・・・チャイコフスキーやバレエ関係者に謝れ!


 ──10分後。


「はぁ、スッキリしたぁ」


 近くのトイレで用を足し終えたハイボール団たちは無事ズボンを汚すことなく生還した。しかしそこには、彼らの尋ね人であるリアムはいなかった。


「あれ? リアムは?」

「あいつならとっくにダンジョンに入ったわよ」

「だ、騙したなぁ!」

「落ち着きなさい。大体ね、一方的に協力を求めるのってどうなの? 何か差し出すとか等価以上の見返りを提案しなさいよ」

「でも、リアムは友達だから」

「友達だから何を頼んでもいいの? 正直言って待ち伏せしてたあなたたちを見て、リアムは迷惑してそうだったけれど?」


 クロカに言われて、ハイボール団のメンバーたちは今朝再会してからリアムがどんな顔をしていただろうかと思い出す。リアムは一貫してコチラの頼みを断っていたが、時折笑顔で接してくれていた。しかし、彼は困っていたから笑っていたのかもしれない。


「誰も自ら進んで損を被りたくないって」

「ひ、酷い・・・」

「僕たちが市民として不良とはいえ・・・損・・・」

「さて、これ以上は私も余計か・・・冒険者になりたい子供たちにダンオペらしくアドバイスしてあげることにする」

「えっ?」

「冒険者になりたいのなら、そして先輩に教えを請いたいのなら、まずはやる気を示しなさい。トイレ我慢とか、はっきり言ってなんの資格にもならないから」

「えぇー!? あんなにキツかったのに!?」

「だって冒険者の目的ってトイレを我慢することじゃないし。あなたたちは、生活のためと言いながら遠回りに自分たちを冒険者にしてほしいって頼んでるの」

「言われて見れば、戦い方を学んだら私たちが冒険者になる予定が入るかも」

「でしょ? だから、まずは自分たちで何か狩ってきなさい。十分な獲物を取ってきたら、あなたたちのこと、リアムに私から口添えしてあげてもいいわ」


 また同じことされたらたまったものじゃないと、クロカがボソッと小声で呟いた。一応は、この6時間の我慢も無駄ではなかったらしい。


「い、いいの!?」

「リアムが私の頼みを受け入れるとは限らないし、なんとしてでも協力を取り付けるとは約束できないけど。あなたたち、一応スクールに在籍してるのだからダンジョンには入れるでしょ?」

「でも戦い方がわからない・・・」

「ならオペレーターを頼るとかしなさいよ」

「頼る?」

「ダンオペらしくアドバイスするってね、これからが本番よ。命の傷つけ方は誰だって知ってる。問題は、相手がどう命を守ろうとするか、逆に狩ろうとしてくるか。初心者エリアのモンスター情報くらいなら誰にでも案内してるものだし」

「そ、そうなの!?」

「えぇ」


 情報がないことは怖い。あんなに辛い目にあって、遠回りしなくていいはずなのに、持たざる者は延々と目標がすぐ目の前にあるにもかかわらず迷走する。


「あの、あなたのお名前は?」

「わたし? わたしはクロカ」

「クロカ・・・素晴らしい名前だ」

「ようやく私を敬う気になったわけね。さぁ、ギルドカードを出しなさい。この伝説のオペレータークロカ様がついでにあなたたちの受付をしてあげるから」

「ありがとう!」

「クロカさん! 私たちあなたについて行きます!」

「そう、なら精々足元に気をつけながら・・・え?・・・私の策謀、人生、こんなに簡単に上手くいってしまっていいのだろうか」

「どうしたの?」

「どうもしない! ほら、行くよ!」


 







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