14 I would be allegro with con brio
”ルドー早くしろ、きたぞ!”
”急かすなってルフィ。ガラス片をこう傾けて──”
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「め、面目ない・・・補修があったの忘れてた」
「参ったね・・・お母さんは役所に在留証明の更新に行ってしまったし、店の魔道具点検の予定を入れたから私も午前中は動けないよ」
クロカと組むことになって早2ヶ月が過ぎようとしていた平日のとある朝、準備中のエスナのキッチンの1階で、ナゴラスとセナ親子が何やら悩んでいる様子だ。
「おはようございます」
「おはようリアム君。ほらセナ、朝食を持ってきて差し上げなさい」
「えぇ!? でもー・・・」
「キューが運ぶ!」
「あぁ! 危ないから一緒に運びましょ、ね?」
スープの入った大鍋を触ろうとしたキュリーをみて慌ててセナが助けに入る。それにしても、いつもこの時間は朝市に買い出しにでているナゴラスが今朝はまだ店にいるが、どうしたのだろう。
「どうしたんです? 何か困りごとですか?」
「ん? あぁ、大したことないんだよ。お客様にわざわざ話すようなことでもない」
「どぁー!」
「お姉ちゃん大丈夫!?」
「キューこそ怪我してない!? ・・・大丈夫そう。イテテ、クソこんなところに倒れた箒がぁあ!?──スープで制服がッ! うううぅ・・・」
「いたいのいたいの飛んでけー」
「ありがとうキュー・・・」
お盆も皿も木製なので破片が飛んだりはなかったようだが・・・。
「・・・よかったら朝食が来るまで話し相手になってくれませんか?」
「すまないね・・・セナ、汚れた制服は自分でクリーニングに持っていくんだぞ!」
「えぇ〜、お父さん持ってってよ〜!」
「お前も成人したんだからそのくらいは──」
「クリーニングしますよ」
「・・・いいのかな?」
「あんた私の制服で何する気!?」
「セナ!」
「だってぇ・・・そいつの朝食運ばなければ私がこんな目に合わなかった・・・ごめんなさい」
「たびたびすまないね・・・ぜひお願いします」
「セナさんそのまま動かないで・・・クリーン」
犬猿の仲でも、2ヶ月も世話になってれば多少はお互いのこともわかってくる。しょうがない人だなと思いながらも、少し同情するくらいにはそこそこの付き合いになってきたし、朝からあれは落ち込む。
「や、やるじゃない・・・」
「お姉ちゃん綺麗になった!」
「ところでさきほどの話に戻りますが、何かあったんですか?」
「うん。今日はセナが振替で仕事が休みというから、買出しを任せることにして私とエスナ二人して用事を詰め込んでいたんだが、なんでも外せない補習があったとかで使いに行けないらしい。エスナはもう中央の役所へ出かけて行ってしまったし、私は私で店の厨房や照明の魔道具の点検を入れたので魔導技師が来るまではここを動けない。そうなると今日店で出す料理の食材が足りなくてね」
補習ね・・・セナは領の職員として働いているから、研修はわかるけど補習ってドユコト?
「補習?」
「そうよ・・・ほら、朝ごはん!」
「どうも・・・それで困ってたんですね。何ともセナさんらしいというか」
「ほんとはあんたと会ってなければなかった補習なの!・・・ベリーもーらい!」
隙をついてセナが皿に盛り付けられたベリーを摘んだ。しかし、どうしてセナが補習とやらを受けることになったのかはわかった。
「ああ、そういうこと」
「セナ! すまない・・・新しいものを持ってこよう」
「いえいえ、僕が言ってるのはこういうところです。これで正しいと証明されたわけだ」
「ウーッ! ホント生意気!!!」
「・・・新しいのを持ってくるよ」
姉弟が喧嘩でもしているのを仕方がない子供達だとナゴラスさんはこれが日常かのように、僕とセナの仲の悪さも受け入れてしまったらしい。
「そもそも今日の補習だってあの日のアレがなかったら!」
「その話ならもう互いに悪かったってことで終わらせたはずです。蒸し返すんですか?」
「だ、ダンジョンでちょっと稼いでるからって調子に乗って〜!」
「稼いでるから調子に乗ってるとか、フフ、僕はセナさんがあしらいやすいから図に乗ってるんです」
「それが私の言ったこととどこが違うっての!」
「狩人、罠に・・・僕としては違うんですよ。ところで随分と言い争いましたけど例の補習は?」
「は?・・・やっばぁ! お、お父さん、キュー、ついでにリアム! いってきます!」
「いってらっしゃい!」
「店のことはこっちで考えておくので、とにかく前を向いて気をつけなさい!」
「ついでに、いってらっしゃい」
そういうことで、セナは慌てて補習とやらに出かけてしまったわけだが、軒先で躓きかけた彼女をナゴラスが気遣ったのは言うまでもない。
「・・・今日は料理の種類を絞ろうか」
それから暫くナゴラスはキッチンの方で皿を洗いながら今日の献立を考え込んでいた。僕はその間、朝食の卵とサラダ、それからライパンを胃に収めていく。そして、10粒のベリーを牛乳と一緒に完食すると、片付けを手伝おうと皿を運んだ時のことだった。
「ねぇお父さん」
「どうした?」
「キューがお買い物行く!」
ナゴラスの手が止まるが、皿の目立つ汚れを落とした灰は吊り下がった魔石から落ちる綺麗な水でシンクに注がれている。
「キュー、気持ちは嬉しいが一人で外を歩くのはまだ危ない」
「大丈夫だよ!」
「一人で歩くのが危ないのもあるが、何より食材が重すぎる。お遣いはまた今度、な?」
「えぇー・・・」
娘の申し出を聞いて相当嬉しいに違いないが、現実を説いてしつける。僕はキュリーと同じ年頃の時はもう一人で街中を走り回っていたが、この街は人の往来が公都以上に激しいから仕方がない。
「あのー・・・」
「お皿はそこに置いてくれ。わざわざありがとう」
「いえ、お皿を運んできたのは確かですけどそうじゃなくて・・・よかったら、僕が代わりにお買い物行きましょうか?」
「何だって?」
「特に予定もないですし、ナゴラスさんがよければ僕が代わりに買い物に行きますよ。荷物は亜空間に仕舞えばいいし」
「流石にそれは悪いよ」
「社会勉強にもなります」
今日はダンジョン攻略を休む日だ。現在29階まで攻略済み。これでもペース的にはだいぶゆっくりやっている方で、スクールに通うことすらなく毎日のほほんと暮らしているから、こうしたイベントがあるのは何気に嬉しい。
「セナの失敗を君に押し付けるなんてことはできない」
「あれは僕とセナさんの喧嘩ですから、彼女に構うこともないと思います。無理にとは言いませんが、僕はお受けできます。ただ、判断はナゴラスさんにお任せします」
「う、うぅむ・・・」
顎を人差し指で掻いて唸ってしまうくらいに難しいよ、この判断は。あえて僕は迷惑をかけるというナゴラスさんの核心には答えていないのだから。迷ってしまう彼の人の良さだけで僕は積極的に行くとダメ押ししてしまいたい・・・でも客が労働者から仕事を奪うのもどうかと思う。
「キューもリアムちゃんと行く!」
「なんだって!?」
先ほど行ってはダメだと言われて拒まれたキュリーまさかの粘りの延長戦。だが、キュイっとキュリーの提案を聞いてからナゴラスさんの首が僕の方に回るのは意外と速かった。だから僕はそれに瞼を長めに閉じて応える。判断は任せると言ったのだからね。
「しかし・・・キュリー」
「はい!」
「・・・お世話になりなさい。今回上手におつかいができたら、次は一人で行ってもらうことも考えよう」
「やったー! キュー頑張る!」
娘の健気さに即、オチ。──イェイ。
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──2時間後。
「おいしぃ!」
「ベリー、おまけしてくれてよかったね」
「うん!」
ナゴラスさんやエスナさんと数えるほどだが買出しに付いて行ったこともあるとかで、店の場所はほとんどキュリーが覚えていたし、キュリーのことを覚えていた店主がお駄賃ということで、おまけも少ししてくれた。肉屋、魚屋、青物屋などメモ通りのおつかいも順調に終わりちょっぴり幸せな帰り道である。
「あれ、何だろう?」
キュリーが何かを見つけて反応する。なるべく大通りで、かつ、人通りが落ち着いている道を選んで家路についていた時のことだった。
「ほんとだ、何だろう? 大道芸でもしてるのかな?」
キュリーに言われて軽く目を走らせると、反対の通りに人混みができていた。時折、人混みの頭上より高いところを何かが飛び交っては歓声が上がっているから、おそらくは大道芸の類だろう。
『マスター』
「なに?」
『右向け右』
「いち、に・・・キュリー!?」
反対の路端の大道芸に間抜けにも口を開けている隙に──。
『あっちです』
「あっ──!」
隣にいたキュリーが、いつ瞬間移動を使ったのか15メートル先の建物と建物の間の路地に入っていくのが見えた。
「いつの間に!」
『マスターの目が人混みに止まったのとほぼ同時に走り出し、間抜けにも口を開いて興味をそそられている隙に、キュリーは15メートルを走破し、今に至ります』
「すっごい詳しく解説してくれてるけどさ! 走り出した時点で教えてよ!」
『私もてっきり、前方の人混みの方に走って行ったと思ったのですが、どうにも頭の向きが違ったのでようやく気づいたんです』
どうしてキュリーはこんな路地裏に入り込んで、今も疾走しているのか。
「うさぎさーん!」
「うさぎなんている!?」
『いえ、私にも確認はできませんが・・・』
「ならキュリーは何を追いかけてるんだ?」
唐突に路地裏の追いかけっこが始まった。キュリーは何か僕たちには見えないものを追いかけているようで、僕はそんなキュリーを追う形。
「あっちあっち!」
「ちょっ、キューちゃん!?」
追いつきそうで、追いつかない。目線の低いキュリーからすれば壁も同然の障害物が、僕にとっては腕や足を引っ掛ける障害物となっている。それくらいに狭い路地、建物同士の隙間だった。
『これは・・・魔法の痕跡でしょうか』
「少し近づいてようやく僕も感じた。キュリーは何らかの幻覚を見てる催眠状態なのかもしれない」
魔法がまだ使えないキュリーから、規則的に反射する魔力の波動を感じ取った。それにしても好奇心旺盛というか、こうなったらキュリーの見ている謎のうさぎが止まるか見失うか、それか消えるまで──。
「それとキュリー以外の足跡が2つ。新しいし、こんなところを人間が頻繁に通るとも思えないんだけどね」
キュリーが行く路地裏には彼女の小さい靴跡以外に別の足跡が2つ続いていた。
「・・・いざとなったら空間移動を使うのもやむ終えない」
路地裏の追いかけっこが始まって早1分が経とうとしていた時、頭にはキュリーを見失う以外にもう一つの懸念が走る。専属契約を結んでから、クロカに3日目くらいに聞いたこと・・・1日目に話しておいて欲しかったけど!
「このままいくと危ない。もう引き上げないと──!」
少しでも調整をミスれば、街の速度探知機に引っかかってしまうかもしれない。
「ブースト!」
軽微の強化をかけて地面を蹴り上げて宙に出る。10歳の僕でも両手両足を伸ばせばつっかえ棒になるくらいに狭い裏路地だったから、跳躍後のイレギュラーと目算の狂いによるキュリーへの衝突に関する躊躇いはなかった。
「び、びっくり!」
「それはこっちのセリフだよ・・・全く、こんなところまで来ちゃって」
「離してリアムちゃん!」
「ダメだって。これ以上行ったら!」
キュリーの頭を超えて前に躍り出た。ようやく捕まえた。これ以上行ったら、大発展の裏にできた影の場所、貧民街に行き着いてしまう。
「誰だお前たち!」
危険を冒したにも関わらず判断はあと数秒遅かった。視界が横に開けて、通ってきた路と交差する土の道は朝陽が当たらないせいか乾き切っておらず、ジメジメとして、とにかく僕たちは建物続きの路を抜けたらしい。
「──囲まれたッ!?」
さらに、見知らぬ路地に迷い込んだ僕たちを取り囲む集団があった。キュリーの手が不安げに腕を掴む。
「なんだお前たち! ここをハイボール団のナワバリと知ってきたのか!」
「子供だ・・・」
「お前も子供だろう」
「まぁ・・・なんだ子供か、ビックリしたなぁ」
「だからお前も子供だろう!」
同じ年代の子を見てホッとするのはもうお約束、いや、油断は大敵だ。しかし周りは表の石畳の通りとは随分と違う様相だ。木材を継ぎ目など気にせず乱雑に面で重ねて組んだだけのようなボロい小屋があちこちにあったのだが、そこで僕とキュリーを取り囲んだのは乱暴な大人たちではなく、背丈もそう変わらない不良少年たちだった。




