10 Double taker
「まだ泊まる宿も探してないんだけど」
「心配するな。俺が穴場でおすすめの宿を紹介してやる。有名どころは既に予約で埋まってるだろう」
時刻は太陽が西に傾いた昼下がり。そろそろ宿を探してないと、見ず知らずの大都会で僕は野宿する羽目になるだろう。
「今晩はウォーカー商会の支社に泊まってくれていい。ベッドくらいお前の亜空間に入ってるだろ?」
「よくご存知で」
「当然。その類稀なる才能で散々俺に恥かかせてきたんだから」
「記憶にないね」
「そうかよ」
自虐ネタかと思いきや、自分から言ったにも関わらずゲイルの機嫌を僅かに損ねる。らしいっちゃあ、彼らしい。
「ゲイルってSクラスに入れたくらい元から頭いいよね」
「抉ってくるなぁ・・・ま、言い訳させてもらえるとすれば、俺はスクールで学ぶ範囲の他にも色々と勉強させられてたんだよ。帳簿の付け方、勘定科目、貸借対照表、損益計算書、精算書、決算、期待収益率と適正な費用の算出、ノーフォーク以外の領地の詳しい歴史とかな。加えて貴族クラスにも参加させてもらって、礼儀作法等々ときた」
ゲイルとの出会いは忘れられない出来事の一つだ。クラスの昇級と降格の決まる新学期に校門で突然宣戦布告してきたのだから、それでいてトップクラスにいた僕のクラスメイトのデイジーに不正をけしかけて態と成績順位を落とさせ席に空きを一つ作り、自分の順位を繰り上げた。当時は悪どい手法をとった彼だが、この通り、頭は悪くない。12歳でそれだけできれば十分だろう。そこらの大人も顔負け。
「あぁ、そういうこと」
「そういうことだ。スクールの成績システムで全ての分野の能力が測れるわけではない。とはいえ専門を学べる王都の魔法学院行きを蹴ったのは、同世代の将来のライバルに差をつけるためだった。学舎で築かれる繋がりは大きいが、既に俺には強い味方の学友が何人もいる。現に今回の遠征で王都滞在中はミリアにくっついて行動させてもらって、貴族のお坊ちゃんお嬢さんとその親御さんに紹介してもらった。ならば今更学歴など気にはしない、なんなら、大人になってから研究生として編入したっていい。専門を学ぶためにな」
ゲイルが王都の学院に進学せず、ノーフォークスクールの中等部へと進学した理由は、旅に出る前に聞いたことがある。概ねその時聞いた内容と大差ないが、素晴らしい目標を持ち、実践する彼は立派だ。
「ウォーカー様、ご友人様、談話の席が整いましてございます」
「・・・と、いよいよだな」
・・・と、待ち時間の暇を潰すお話はここまで。僕たちは既にマンチェスター家の屋敷の中にいる。
「ウォーカー商会のゲイル・ウォーカーです。ご無沙汰しております」
「久しぶりだな。前に会ったのは4年ほど前だった。その時の男の子が立派になったものだ。その齢で後目を継ぐべく修行に打ち込む君にガスパーも鼻が高かろう」
「本日は突然の訪問にも関わらず面会をお許しいただきまして感謝しております。更に、カストラ様より直々にお褒めの言葉をいただきまして、父もその一報を聞けば胸を撫で下ろし恐悦に、私も光栄であります」
面倒な挨拶はこの際省いて、というわけにもいかない。ガスパーは年に1度はここに顔を出しているようだが、息子のゲイルが尋ねるのは4年ぶりだったようで、一度留守にすれば3ヶ月程は戻れない遠征であればスクールのために同行できないのも無理はない。
「ガスパーにも是非伝えておいてくれ」
「確かに承りました」
「・・・それで、そちらに控えているのは?」
「はい、このたびゲイル・ウォーカーの付き添い役を任されました、リアムと申します」
「・・・」
「・・・なにか気になられる点でも?」
「ゲイルの連れだというから、商会の修行仲間かと一目に想像していたのだが、家名を持たないのはどういうことだと、ウォーカーの傘下には店名を家名とする商業家も多くある中で、なぜ、君なのか」
だんまりしているのかと尋ね返せば、カストラは鋭くこちらの不自然な点を突いてくる。
「礼儀は悪くない、むしろ、私とゲイルの挨拶がひと段落するまで割って入らなかった点を見ればその齢でよくしつけられている。親御さんは相当できた方々なのだろうが、それでも腑に落ちない」
「父と母の子であることは私の誇りであり自慢ですが、カストラ様のご指摘なさった通り、確かに私は只のリアムにございます」
「・・・そうか、ゲイルの友人で只のリアムか・・・おおっと、顔がかじかんでるぞ。家名の有無を槍玉にあげたのは故意であるが、そこに二心のような悪意はない」
只のリアムと謙ったのは僕の方だが、次のカストラの言葉を聞いて自然な笑みを張り付かせていた顔がピクついた。
「君がゲイルにとってどのような存在であるかを確かめたかった。修行仲間でもないが、始めて任された挨拶回りでの私との謁見に供につけるほど頼りになる人物とは。供をつけているからと主人の品格が見定められるものではないことをゲイルも承知だったようで安心した」
「引き続き評価していただき恐縮です」
「それでいて、見た目はゲイルより僅かに幼い」
「リアムは齢にすれば10と幼いものの、既にスクールの初等部は修了しています」
次々と僕の情報が根掘り葉掘り、お供の個人情報がそんなに大事なことなのか。しかし、彼はそれで主人が必ずしも見定められるものではないと言い放ったばかりだ。それと、そろそろ話を切り上げてもらわないと──。
『そろそろ切り上げて!』
・・・マズい。
「・・・と、要点を絞れば・・・リアム、王妃より名を賜りし伝説のパーティー”アリア”の名を冠しながら、その名に恥じることなく、到達者へと至ったパーティーを取りまとめた中核にして、ケレステールのラストボスより真の狼王の座を奪ったヴォルフガング。噂の実力者に会えて嬉しい限りだ。アリアの偉業は当然マンチェスターにも届いている。ガスパーから手紙で同じパーティーメンバーだったと聞いたが、嬉しいサプライズだよ。ありがとうゲイル」
気が気でなかったリアムの心配も呆気なく、カストラは紹介から故意に避けられていた情報へと辿り着く。
『・・・打ち合わせでは、なるべく僕のことには触れないようにって頼んどいたろ』
リアムはカストルのストーキングの手助けとなった情報をホイホイ与えた友人をチラ見するが、ゲイルは全くコチラを見ることなく、毅然としていた。
「そう、勘繰ってあからさまに警戒しないでくれ。君の為人を諜報員から聞いている。人に優しく、しかし時に激昂すれば身に秘めた強大な力を解放し、愛する者のためならその眼光はより一層恐ろしく輝くとか」
「諜報員ですか・・・他領への諜報活動は国の法で許されているものではなかったと記憶しているのですが」
もう謹んで控えているわけにもいかない。ゲイルが守ってくれないのなら、自衛しないとならない。
「そう、諜報員だ。まぁ本人に自覚はないがな。情報提供者と訂した方が正しいかもしれない。とにかく、可愛らしい諜報員だ」
「・・・そういうことですか」
「待て、面識があるのか?」
「君もあるよ。彼女はおしゃべりなんだ。そしてそのおしゃべりな口から声として紡がれる話を形作る彼女の為人は、一言で、青天の霹靂」
「・・・ミリアか」
「公爵様のご息女を諜報員呼ばわりはいけなかった。やはり訂正させてくれ。だがその年でスパイ禁止法の反例を抜け目なく持ち出すとは、ゲイルが供に付けたがるわけだ・・・褒めているのだが険しい顔だな。しかし、致し方なかろう。ミリア様も、アリアの一員としてオブジェクトダンジョンの頂の一つを制した到達者であらせられる。その偉業を成した若きパーティーの若きリーダーの話ともなれば、誰もが容姿や人柄を尋ねて武勇伝を求め、そして、耳を傾けたくなるだろう」
既にアンクトンでの一例があるとして、カストラの言ったようにいく先々で訊かれもしないのに僕の話をしているわけではあるまいが、公爵令嬢にしてミリアのおしゃべり口は考えものだ。どうも彼女は自分と友人のことになると話したがりになる。
「ところで、君はメルクリウスに挑むのかな?」
「挑むというと、今のところ攻略する気はありません。ただ、物の見学くらいはしておこうかと思っています」
「そうか・・・メルクリウスはアウストラリアに出現したダンジョンの中でもっとも若く新しい。君も街中の光景は見ただろう。未だに多くの冒険者が中腹にも届いているのか知れぬ中で、大きく攻略が進むのは喜ばしいことなのだがな」
メルクリウスでは未だラストボスのいる階層に誰も辿り着いていないらしい。ノーフォークを出るときに、パトリックと結婚する前はスクールでダンジョン学を教えていたフランにかいつまんで聞いた話では、メルクリウスのダンジョン形態は”スカイ”だ。形態に縛られず出入り口となる転送陣を有する建物が塔型のオブジェクトダンジョンは他にもあれど、あれほどの高さのモノは他にないとか。しかしそれからカストラは、僕の滞在中の予定をしつこく尋ねることはしなかった。最近のステディエムの情勢だとか、ウォーカーの繁盛ぶりだとか、主にカストラとゲイルの話へと立ち戻る。こちらが今回の訪問の主目的である。
「最近はブラッドフォード商会やテーゼ商会と提携契約を結んだとか」
「はい」
「ブラッドフォード。特にあの商会で売り出されている保冷の魔道具は素晴らしい」
「ほ、保冷の魔道具ですか・・・」
「日射しを防ぐとともに、温度の調節と保存にムラのあったこれまでの同種の魔道具が抱えていた問題を一気に解決した。あの魔道具があれば、マンチェスターからリヴァプールまでスカイパスを伸ばす許可が降りるやもしれない」
「既にステディエムから王都へ接続されているスカイパスを利用して、メルクリウスを持つマンチェスターを経由地とし、世界の国々と貿易する港から安定して輸入品や海産物を運ぶわけですね」
「その通りだ。そうなれば生み出される国益は絶大だというのに、王と議会は既にここまで発展したマンチェスターの更なる躍進を恐れて認可に慎重になっている」
マンチェスターは西の都である。地理的に隣国のユーロやロマンスに近い場所にあると、スクールの地理の授業で習った。となると、自ずと西側の交易国から訪れる行商や観光客の目的地として一番に浮上する。マンチェスターは東の王都への経由地となるからだ。いわゆる中継地点であるが、しかし、マンチェスターが中継地に採択される理由は何も地理的条件だけに収まらない。
『都市同士を繋ぐというから、大型船やバスのような大規模な魔道具を1、2台ばかりを想像していれば、市井でも小回りのきく魔道具が、それも1、2個の少数ではなく大量にあるのは目にした通り・・・』
先ほど街中で見た空の道はスカイパスと呼ばれる。そして、カストラとゲイルの話題に上がっているのはメルクリウスより産出された魔道具を利用した路の大規模版だ。街を飛び出す大きなスカイパスは現在、マンチェスターと王都の間のみ接続されており、このスカイパスを使って王都へと向かうために、ミリアやエリシアたち春からの学院新入生たちも1ヶ月前に港のあるステディエムを訪れた。ミリアがカストラにペラペラと喋ってくれたのもその時だ。
『それにしても、もどかしい。彼はわざとブラッドフォードの魔法箱を話題にあげたのか、それとも、偶然か』
これまで一本しかなかった長距離スカイパスを他の都市にも繋げたい、という野心はわかる。せっかく手段と資源があるのだから、今後、ステディエムをハブ化していくことも視野に入れるのは当然のこと。その上で、僕がカスタマイズを使って作り上げた魔法箱を利用できるとなれば、鬼に金棒だろう。一方で、この魔法箱の開発がスカイパスの他都市への接続認可にブレーキをかけているとも言える。一般貨物に使われるような魔道具なら空輸できる数は多くて荷車の積載量ほどに限られるだろうし、そんなに輸送を急がずとも、冷暗・冷蔵・冷凍が可能な魔法箱が特に運搬を急がれる食品類をはじめ、多くの輸入品をこれまでと比べて格段に高品質かつ安全に輸送できるようになったのだから。
「ブラッドフォードの協力を取り付けるためには、生産分野への投資なども視野に入れて条件を詰めることになるだろう」
「そこまでの支援をお考えならば、ブラッドフォードにとってとてもいい商談に思われますが・・・わざわざ私を、今、一枚噛ませたということは何か問題が?」
「五ヵ年に及ぶ大規模事業となろう、マンチェスター肝煎りの計画だ。さらに、スカイパスの接続先が増えればもっと長期的かつ大規模な事業へ進化する。そこに参入できるとなれば悪い話では無いはず・・・が、ミリア様にご同行されていたMissエリシアにそれとなく協力を取り付けられないかと匂わせてみると、はっきりとはねのけられてしまった」
私はこの度、王より女男爵の爵位を賜る予定となっています。寄宿し学ぶ一介の学生でなくなる身に関わらず、他の学生を差し置いてミリア様の側仕えを志願したのも、若さゆえのこと。全ては賜る爵位に恥じない貴族になるためなのだと。更には、この国では一代貴族の爵位を持つ祖父が祖母の実家の治める領から貸し与えられていた地も正式に治めることになるでしょう。・・・エリシアは今後得る立場をフルに利用して見事にカストラを突っぱねたらしい。今後は領主として治める土地の繁栄を第一に考えなければならない。ただでさえ、新しく認可が降りないから困っているというカストラに対して、祖母の実家から引き継ぐ領地にもスカイパスの接続許可が降りるのなら、一考してもいいとまで言ったとか。カストラは国益を盾に現在、国と交渉中だが、領地の利益第一が本音にあるとするならば、耳の痛いしっぺ返しをくらったといえよう。
「しかし、彼女はマンチェスター領主たる私の面子を安易に潰す愚か者ではなかった。ムチがあればアメ。商会の会頭たるお父上は爵位を持たないことを教えてくれたよ・・・しかしそのお父上も、魔法箱の開発者に委託されて販売しているだけだ。私はヴィンセント・ブラッドフォードの娘で父の娘であることは誇りに思っていますし、どのみち、商会の運営について貴族となる自分は安易に相談に乗ることも、約束することもできない・・・つまり、彼女は王が爵位を与える予定の立場の女性であることを前面に出しながら、大切な父に侯爵たる我が地位を以ってして礼節を欠いた手段に打って出れば、自分と、他家の貴族でありながら側仕えを任されるほどの関係にあるノーフォークが黙っていないということを斜に構えて喉にナイフを押し付け脅しをかけたのだ」
「そ、それは・・・エリシア──?らしい・・・」
「私ともあろうものが、真剣な交渉の場で喉を鳴らしそうになった。若き女男爵、エリシア・ブラッドフォードに敬意を表して感心の嘆きはグッと堪えたものの、思わず、王都の学院に通う次男との婚約話を持ち出してしまうくらいに、彼女の振る舞いに惹かれたものだ。残念ながら既に婚約者がいるとかで、それも断られてしまったが、到達者の称号に相応しい胆力と聡明さを見事に披露した。ゲイル・・・今度は、君の強さを私に示して欲しい」
これが、マンチェスター領主。かつて同じパーティーで戦ったエリシアの素晴らしさを引き合いに出して、ゲイルが頼みを断りにくい状況を作り出すか。
「特許登録しても、各地で閲覧できる表向きの情報は商会の名前で塗り潰されており、開発者への報酬支払いから辿ろうにも経営は至って健全なもので抜け目もなく法的に帳簿を開示させるだけの裏の手立てもなければ、先ほど指摘されたように、他領への諜報活動は禁止されているためノーフォークで諜報活動を行うわけにもいかない。そこで・・・だ、ウォーカー家の跡取りたる君に今ここで尋ねる。魔道具の開発者に心当たりは?」
「残念ながら心当たりはございません」
「なんにしても、同じ街に商会を開く君が正体を知り得ないほどの情報管理に裏付けられる堅い信頼関係を築いているのなら、ヴィンセント・ブラッドフォードを通すにしろ、直接にしろ、開発者との交渉は避けられないだろう。ならば、質問の仕方を変えよう。ヴィンセント・ブラッドフォードが懇意にしている者で、それらしい者は?」
「わかりません・・・強いて言えば、この度ウォーカーがブラッドフォードと共に提携したピッグ氏の率いるテーゼ商会は、駆け出しの頃のピッグ氏の商才に目をつけたヴィンセント氏の出資で育ちました。いわば師弟の関係です」
「テーゼもまた、アイスクリームやパンケーキなる商品を売り出していたな。特にアイスクリームの販売のためには保冷の魔道具が不可欠だが、お前の言った通り両商会当主に師弟関係があるとするならば、師であるブラッドフォードで新しく開発された魔法箱の売り出しと広報のために、弟子のテーゼがオリジナルの食品を開発したとするのが、保冷必須の商品特徴からも順番としては妥当と言えよう・・・その線は濃厚とは言えないな・・・」
「・・・申し訳ありませんカストラ様。私にはこれで精一杯です」
「そうか・・・よく、相談に乗ってくれたな。大きな進展は得られなかったものの、お前自身の成長は誇ってよい。延いては、ガスパーに私がブラッドフォードとの商談を望んでいる件について話しておいてくれ。やはり、まだ駆け出しで見習いのお前には何かと制限も多かろう。しかしいずれ商会を引き継げばその制限も解けよう。ゲイル・ウォーカー。マンチェスター家はこれからも貴殿とウォーカー商会との良好な関係を望む」
「願ってもないお言葉です。謹んで頂戴いたします」
ゲイルの初めての代理会談はこれにて終わった。会談に望んだ者同士、最後には握手を交わせたので成果は悪くないように思われるが、しかし、いくつかの課題も残る完璧とも言えない内容だった。最後にゲイルがカストラから託された依頼は仲介であるが、調べろと直接口にすれば、他領地へのスパイ活動として問題に発展しかねないためにあえて表立って依頼することはしなかった。ノーフォークへ帰ったゲイルがカストラの期待通りに動くと、ブラッドフォードや謎の魔法箱開発者と話してみたいという意向を聞いて、ガスパーは領一番の商会の当主の地位を大いに活用することになるだろう。ガスパーが魔法箱の開発者を探ってカストルに報告しようが、それはマンチェスター領民でも貴族でもないガスパーがカストルの役に立てればと自主的にしたことである。尤も、ガスパーも、そしてゲイルも本当は魔法箱の開発者が誰なのか知っている。それでもカストラに詰め寄られて開発者の正体を明かさなかったのは、大いに事故に巻き込んだゲイルなりの僕への心ばかりの気配りか──。
「それでは、本日は私のためにお時間を作っていただき、ありがとうございました。またの機会に、よろしくお願いいたします」
「失礼します。僕も、カストラ様にお会いできて光栄でした」
堂々とした態度は、さすが4大貴族に数えられる家の長。視線こそチラりとも泳がせずに、ズバズバと僕を言葉で精神的に攻めてくる。よって無難とはいかなかったが、しかし、終わってみれば場が用意された目的から大きく外れることはない今回の談話であった・・・はずだった。
「よき旅を・・・祈っている」
それは別れの挨拶を済ませた後に、廊下へと踏み出して応接室の扉が完全に閉まりきる寸前だった。今の今まで口走る裏に隠された意図こそ悪意にスレスレだったが、礼儀は弁えているふりして、あの領主・・・やりやがった。
「・・・僕を利用したね、ゲイル」
「というとなんだ?」
「手土産にしたんだ。カストラと君が対等でありながら親密な関係を築くための対価として僕を差し出した」
「商人てのは売り手から買い手への一方通行で成り立っているのではなく、取引によって双方に益をもたらす」
「──また、どれだけ円滑に取引を行えるかは商人の腕であり、それを支えるのは主に信用だ」
「・・・そのとおり」
「褒めたってもう担がれない。鼻もちならない、まさに、僕は実態のない賄賂にされたわけさ」
「おい、まだ敷地の中だ! 滅多なこと言うなって!」
なんとか乗り越えられたと思っていたのも束の間に、不愉快に終わったせいか、玄関の扉が閉まったところでゲイルと軽く言い合いになった。しかしゲイルの言う通り、領の統治者の屋敷の敷地内で当主の沽券に関わることはこれ以上言えない。
「カストラ様がお前の素性を探るのを俺が止めなかった理由が、信用を得るための手土産以外にあったとして、お前は信じるか・・・?」
・・・続きは、せめて敷地からしばらく離れた場所で。この時間でも鍵が借りられるだろうとゲイルが勧める今晩の穴場の宿に向かいながら、賑わう大通りの雑踏に紛れるように、先に口を開いたのは彼だった。
「・・・内容による」
「お前の指摘したことは合ってる。否定はできない。・・・ま、半分な」
「半分・・・?」
「俺はテイカーだ。時には市場を見て堅実に取引すれば、一時的に損をする取引でも、いずれもたらされる利益を見越して握手する。常に行き着く先には己の利益がある。今回の俺はとことん、テイカーだった」
自分は利己的で常に利益を追求しているのだと彼は言う。
「つまり、俺がお前を目通しさせたのは、お前のためでもあったってことだ」
「僕の・・・?」
そして彼はこうも言った。今回、自分が求めた利益は僕とも共有できるものだったのだと。
「アンクトン村でお前、ひどい目にあったって聞いたぞ」
「どうしてそれを!?」
「お前な・・・俺が王都を出る頃くらいには中流の商人界隈でも話題になってたぞ。マンチェスターとノーフォークを繋ぐ重要な拠点の一つで大虐殺が起きたって。虐殺を引き起こしたのはとある組織に所属するたった一人の殺人鬼だ。だが信じ難いことに、大人を15人殺したその恐ろしく邪悪な殺人鬼を退けたのはなんと、まだ学校では初等部に通うくらいの子供だったって・・・安心しろ。アンクトン村はお前との約束を守り、支援にきた公爵家の騎士以外にお前の名前は言いふらしていない」
アンクトン村の村長は一人目の犠牲者が出た時点で救援要請のために馬を走らせ、公爵家の騎士が着いたのは僕がアンクトン村を発って1日か2日後のことだっただろう。いずれは救援にくる騎士に渡して、リアムの名前を伏せるよう取り計らってほしいとブラームスへ当てた手紙を村長に預けた時、安易に事情を知らない人に僕のことを言いふらさないでほしいと村の人たちにも頼んでおいた。
「宿屋の娘のアニーさんも犠牲になったって?」
「知ってたんだ・・・ステディエムの一つ前の街の宿屋のことだって詳しかったんだから、当然、知ってるよね」
「あぁ・・・アニーさんは、俺の初恋の人だった」
「はぁッ──!?」
「嘘だ・・・」
「えぇ!? どっちよ!」
「それくらいに素敵な人だったってことだ。まぁ、お前と出会うタイミングがもう少し違えばそうなっていたかもしれないな。ノーフォークとマンチェスターを行き来する人間はホント、惜しい人を亡くした・・・」
・・・たく、この悪ガキがシリアスな話の最中にとんでもない偽爆弾落としやがって。嘘でも葬儀に参列して彼女を見送った身としては結構ダメージあるんだからね。ドキドキしたぁ。
「お前相手に攻めるどころか、逃げ果せるとはな・・・」
「別に、僕は対人捕縛のスペシャリストってわけではないから・・・とはいえ、イデアも出たんだけど・・・」
「マジかよ、それでも捕まえられなかった? 全力でやって?」
「シド打倒のため全身全霊をかけたかと問われれば、そうとは言えませんが、言い訳にもなりません」
「そうか・・・悪りぃ、ついつい突っ込んだ話をしちまった。あまり思い出したくもないだろうに・・・仕切り直そう。とにかく、アンクトン村の噂は一般の人伝に広がっていたが、真実たる事件報告については王はもちろん、殺人鬼を退けた子供の名前だけを伏せて議会にも提出された」
「ノーフォーク領にあるアンクトン村のことだから報告をあげたのはブラームス様か・・・」
「・・・だから、カストラ様も絶対にお前が殺人鬼を退けた子供だって知ってたよ。ノーフォークからマンチェスターに入った時に関所で身分証明を済ませた時点で連絡が行ってたはずだからな。到達者として名の知れていて、ノーフォーク側から入ったリアムは時期的にも実力的にも噂の子供の条件にピッタリだ」
「そ、それで・・・?」
「お前の指摘通り報告はアンクトン村のあるノーフォーク領を治めるブラームス様からあがった。シド・クリミナルと共謀のシルク・ハッターについては正式に国内で指名手配される予定だ」
ついにファウストのメンバーが指名手配されるらしい。アンクトン以前にファウストが犯した罪は知る限り、ゲイルを唆し僕に毒を盛ったこととアメリアを拉致したことのみだ。過去に組織と関わりのあったアメリアを除き、事件に巻き込まれたのは事件現場となった領地の主たるブラームスの知る者ばかりだっために大仰に騒ぎ立てられることなく報せは内内にとどめられた。今回はなんの罪もない多くの村人と旅人が惨殺された。国民の混乱を避けるために、犯罪者が組織に所属することは伏せられるだろうが、その名が知れ渡るだけでも知らないよりマシだ。
「そして、そのブラームス様に頼まれたんだ」
「頼まれた・・・? 何を? いつ?」
「騎士に報告を受けた後すぐ。依頼手段を問われれば王城の通信魔道具が使えるミリア経由で、お前はアンクトンを旅立った方角からしてマンチェスターを目指しているだろうから、納品帰りにぶつかる俺がお前に協力してやってくれだと。で、頼まれたことは無事にこうして完遂した」
「完遂って、頼まれたのはさっきの会談のことじゃないだろうね・・・?」
「そのまさかさ。俺がブラームス様から頼まれたのは、カストラ様とお前が面会できる場のセッティングだった。理由は・・・”ほら、昔にもイデアの件で同じようなことをしただろ”って言えばわかるとおっしゃってたが?」
「・・・心当たりがある」
「へぇ」
「イデアの件でというと、おそらく、仮面との初めての戦いの後に1年眠っていた間に、夢遊病のようにイデアが僕に成り代わってノーフォークの街を歩き回っていたことを暴露した時の狙いと同種の意図が潜んでいるということじゃないかな」
当時、ブラームスとパトリックが用意した作戦は、あえて秘密を暴露することで敵に情報を与えて暗中の盤上を整理して敵の狙いを絞るものだった。特別な力に重ねて、イデアという存在が僕に更なる価値を付加した結果、ファウストはより僕に興味を持った。未だ後手に回っているため、今ではあれが吉と出たのか凶と出たのかもわからない現状だが、今回のブラームスの狙いが僕の存在をカストラにアピールすることだったとすれば合点はいく。その仲介としてゲイルは、カストラに面識がある点でうってつけだったわけだ。
「そうか・・・」
「わざわざカストラ様にお前の存在をアピールさせたのは俺の読みだと、これからお前がステディエムに長く滞在できるようにするための布石だったと思うんだよな」
「だいたいそれで合ってると思うよ」
「となると・・・ミリアという女はどういう星の元に生まれたんだ? アイツがここを訪れた時に鼻にかけてペラペラと喋ってくれていたおかげでカストラ様にこちらから切り出すことをしなくて済んだ」
「おかげでカストラは十分に僕を警戒してくれたってわけだ。そうでなければお供の僕にあんなに初めから突っ込んだ質問もしなかったかもしれない」
「そうだな。だから次に会った時に怒鳴ってやったりするなよ。結果的に、アイツが自慢してペラペラ喋ってくれていたことが、カストラ様にお前に対しての現実味ある危機感を抱かせるための材料になったし、ブラームス様と俺との取引のためにアイツも頑張ったんだ・・・でもアンクトンまでゲート繋げって・・・他にもお前に会いたいって無茶なことばかり言いやがって、宥めるのに・・・やっぱ叱っていいぞ」
「多分2年後になるけど」
「是非ゲンコツを落としてくれ・・・俺だってお前のことが心配だったのに、胸ぐらが掴まれたその時のことを思い出すだけでヒヤッとする」
ほっと、胸を撫で下ろす姿が痛々しい。きっと彼女のことだから、落雷の勢いでゲイルの胸ぐらを掴んで迫ったに違いない。
「ミリアの援護射撃があって僕はこの街では警戒対象、だけどそれが敵への牽制にも繋がってるし、僕自身、悪事を働く気もないからプラスだ」
「そうだ。お前の旅が急ぐものでなければ、なるべく長くこの街に留まって見聞を広めることを勧める。お前の抱えてる事情はそう簡単に理解して貰えるものでもない。わざわざ出向いた甲斐があったってもんだぜ! おかげで警備費用は無料と来た!」
「だね。それにしてもゲイル、ブラームス様との取引内容ってなに?」
「あぁ。俺が頼まれごとを請け負う代わりに、3日間、ミリアの参加する催し全てに供として連れてもらったんだ。エリシアも新人の側仕えとしての仕事を覚えるのに大変な時期に俺が一緒なのを煙たがっていたが、お前のためだって言ったら我慢してくれたよ・・・」
ブラームスとの取引で自分が提示した条件について語るゲイルはかなりまいってる。どうしてそこまでして・・・と、彼がなぜそんな条件を出したのかと想像してみれば、意図するところは単純だ。新学年の始まりに集中する催しの場で、ウォーカー商会の跡取りとして、貴族や上流階級の皆々様に今のうちに顔を知ってもらうため。
「どんな貴族だろうと、身なりの整った格式張る大人に自己紹介しようと、正直言ってあの2人といることがいっちばん疲れた・・・商会のためとはいえ地獄の3日間だった」
・・・ちょっと、どれだけ振り回されたの。その二人とも、婚約する将来の僕のお嫁さんなんですけど。
「それじゃあ、僕と君があの関所で会ったのは」
「偶然ではなかったってことだな。わざと滞在期限を伸ばした。お前を待ってた」
「・・・ありがとう、ゲイル」
「なぁに、お前との友情こそ、何事にも変えられない俺にとって一番の利益さ」
これまでの話を整理すると、今日、街の外で出会ったのは偶然を装ったようで、ゲイルにとっては予定通りだったわけ。彼は僕のために、大切な自分の時間を割いてステディエムに長く留まる事となった。
「そう・・・よければノーフォークまでゲート繋ごうか? 送るよ」
「マジか? えっ、いいのか?」
「マジ。迷惑かけたね。でも荷物の整理とかあるだろうから、明日でいいかな?」
「願ったり叶ったりだ! よっしゃ! 鬱屈な長距離移動が無くなったぞ!」
「一日でも早く帰って、デイジーに会いたいもんね」
「はぁ!?」
「あれ、慄くだけで否定はしないんだね」
僕との友情が彼にとって何よりの宝だとゲイルは言ってくれたが、その一方で、恋ってのも実れば友情に負けず劣らず大事になる。独占できなくてちょっと勿体ない気もするけど、友達としてその恋が実るように応援するよ。
「あっ!・・・あの看板は、ゲイルが言ってた宿ではなかろうか」
「からかうなって! こら、リアム! 逃げるな!」
カストラと僕。二人に恩を売り、信用の二重取引によっていいとこどりのゲイルだが、今回はまぁ、彼の情報と人の利用の仕方がうまかった。素直に感服するよ。
◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆
時間は少し遡って、リアムとゲイルが尋ねた後のマンチェスター家の屋敷、とある動き──。
「幼い頃から常に王室と民との板挟みにある貴族たちは、それなりの場をくぐり抜けて忍耐強さがあるのに対して、現王弟ということで国の発展がめざましいオブジェクトダンジョン時代に、不満の少ない平和な王室でぬくぬくと育ったブラームスは危機意識と我慢強さに欠ける。後手に回ろうが、悪を炙り出すために自ずと、それも積極的に持ち札を切るべきではない。敵がその情報の諜報中にボロを出す可能性だってある。しっぽを掴むことでしか、逃げ回る姑息な犯罪者は捕まらない。事件においては被害が出て初めて犯罪となるものなのだからな・・・」
「お言葉ですがカストラ様。若い王であれば未熟さも目立つでありましょうが、歳を重ねるごとに守るべき者を意識すればそれなりの貫禄は身に付きます。現に国王はそれほど童蒙な方ではございません」
「ブラームスも同じように歳を重ねたのならば、この作戦を指揮しているのは・・・なるほど、息子ですか・・・ならば深読みは不要かもしれません。ヤッスル、ルフィとルドーを呼んでください」
「かしこまりました」
マンチェスター家に仕える執事ヤッスルは、主人の命令のために部屋を後にする。
「カストル様、ただいまウエストサイドの調査より戻りましてございます!」
「調査情報のご報告を上げますか?」
「報告は他の諜報員にまとめさせておきなさい。ルフィ、ルドー、任務の途中だと言うのに、よく来てくれた」
「滅相もない」
「貴方様のためならば」
ヤッスルと別れて執務室へ戻り──15分後。二人の男がカストルの執務室の扉を叩いた。
「・・・私の鑑定でも彼の偽装を看破できませんでした」
「カストラ様の鑑定レベルでもですか!?」
「そうです。更に、退出の直前にして背を向け一番油断していた時を狙ったにも関わらず、おそらく彼は私が鑑定をかけたことに気づいていた。それでいて怒りにまかせあえて部屋の扉を叩き私の行為を非難することもなし。あれで10歳というのだから、王族とその側近共の血筋はどうなっているのか」
「では私たちが呼ばれたのは・・・」
「彼のマンチェスター滞在中の情報収集と報告ですね」
「あなたたちだからできることを考えて新しい任務もこなしてください。このきな臭い時期に我が領を訪れるとは、これは天命か、それとも再創造の時期を告げる前ぶれか・・・リアム、あの家の血を引く彼は雷帝につけられた私の首輪を外すことができるのか、否か・・・行きなさい」
「「はっ!」」
皮肉にもマンチェスター家の紋章は靴と翼。昔は皮靴だけだったのだがな。足は四肢の半分を占める基礎にして大事な移動手段の一つであるが、オブジェクトダンジョンの出現によって人類は靴擦れにタコを作る必要がないほど優雅な翼を得たところから、与えられた紋章である。しかし翼を得たことでこんなにも苦しめられるというのなら、靴のまま、大発展の翼など要らなかった。
「Tyger Tyger, burning bright, ……In the forests of the night……」
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