03 Nightmares creep at night
「それじゃあジョセフ、リアム・・・気をつけて」
「君も・・・おやすみ、アニー」
「おやすみなさいアニーさん」
「おやすみなさい」
夜が来る。悪夢の夜がすぐそこまで迫ってきている。
「・・・」
普段通りなら、見送ることこそ彼女の大切な仕事の一つであるが、震えた手が扉をゆっくりと閉めるところを僕たちが外から見届けた。
「ものすごく・・・心苦しい・・・」
「ジョセフさん・・・」
「リアム・・・どうか僕を叱ってくれ。そうしたら、今すぐにでも僕は踵を返して宿屋へと戻り彼女を抱きしめる」
「・・・ダメです」
その悲痛に心を慄されて僕は束の間に立ち止まる。立ち止まって振り返ると、全ての客室に明かりが点っている。黒い窓は一つもない。
「誰一人として、怪物に狙われた彼女を守ってくれる人はいない」
「しかし僕たちもたった2人、それに僕は子供です・・・」
「・・・気づいたんだね」
「・・・どうでしょう」
・・・気づいた。そこらへんの住居の窓から刺さる監視を怠らない彼らの目が、彼女を見守っている。それでも今晩、彼女は悪夢を見せられることになるだろう。僕たちが恐れている何かが起きても起こらなくとも。
「ただいま」
「おかえりなさい・・・ただいま」
「おかえり」
アンクトン村、滞在2日目。僕はジョセフの家へと帰った。昼間の騒ぎが嘘のように、今は恐ろしいくらい静かだ。それなのに、22時を回っても明かりを落とす家は一つもなかった。
出立制限をかけたにも関わらず、自治体は事なかれ主義を貫いている。というより、貫かざるを得ない。もし犯人が外部の人間であれば、確保するチャンスは今夜しかないかもしれない。
彼らは大きな賭けへと出た。夜道を歩くために周囲を警戒し魔力を探知してみると、アニーの宿屋の周りの家屋には強い魔力がいくつか集まっていた。そう、恐らく彼らはこの村の治安を守る自警団、その中でも選りすぐりの強者たち。それはつまり、積極的な捜査を避けて見張りに徹しているということ。僕も探知を行うまで村の人たちがそう言った方針を打ち立てて動いていることを知らなかった。そして村の積極的と消極的を背中合わせにくっつけた折衷対応のそれでは、事が起きてからでないと対処はできない。
村人同士だけの内密話で伝わっていたのだろう。だからジョセフは昨日の今日で宿屋に泊まりアニーの傍にいることをあえて選ばなかった・・・だから、彼は僕に説教を求めた。しかしそれももう、靴裏がキシキシと馴れた音調で軋む床を踏んだ今では遅く、後戻りはできない。一歩でも外に出れば僕たちが犯人扱いされるかもしれない。
「・・・」
あそこは外部犯を疑う村人たちからしたら悪の巣窟である。寝返りを打つと軋むから、僕はなるべくジッと体を硬らせながら明るい天井に、宿で一人、宿泊客たちに怪しまれないよう受付裏の仮眠室へ入るも眠れないアニーの姿を思い浮かべていた。
「・・・」
眠れない。だがそれでいい。今夜は眠ってはいけない。何もなければ、明日には解放されるのだから。
「ごめんね」
「なにがです・・・」
「明るくて眠れないでしょ・・・でも今晩はどの家も明かりをつけることにしてあるんだ・・・そしてもし、なにかあれば・・・ランプを壊してでも明かりを消す。それで・・・」
「それも、村の人たちだけが教えてもらってる対処の一つですか?」
「そうだね・・・」
「・・・」
「ごめんね」
「他にはどんな対応をしてるんですか?」
「話せない。僕はこの村の一員だから・・・」
「巡回とかしてないんでしょう? そんなことすれば、星が見えなくなる・・・星自身が、曇りへと身を隠す」
「面白い表現の仕方だね・・・」
「だから出歩かず、近所同士で監視をしている・・・」
「そうかな・・・?」
「おそらく、今晩この村で何もなく明かりが落ちるのは、宿屋の客室だけなんでしょうね」
「どうして・・・?」
「・・・なんとなく、そう思っただけです」
目を細めたりつぶったりしながら、首まで当てた布に擦れるような小声で淡々と会話が進む。
「監視されてる」
「監視してる」
「・・・言っちゃっていいんですか?」
・・・ジョセフからの返事がない。
「ジョセフさん・・・寝ちゃったんですか?」
「ン・・・どうかした? 眠ってたんだけど、うるさかったかな・・・僕さ、寝言がひどいみたいで」
「そうなんですか・・・」
「そうなんだ・・・特に今晩は・・・」
「大丈夫です・・・ものすごく静かでした。起こしてしまってすいません」
「それより今ね、不謹慎なんだけれどものすごく可愛らしい夢を見て。こんな夜中の晩に宿屋の扉がノックされる。まだ若く夜には少し不安になる、そんな宿屋の主人はお客さんかと恐る恐る玄関を開けるとそこには光り輝くお星様がいて、彼女を一晩の星空の旅に招待してくれるんだ・・・ねぇ、ちょっと目が覚めたついでに話でもしようか。昨日僕が話しきれなかった話の続きでも・・・」
その間に少しビビった。ついでに時計の針がいつの間にやらやっとやらで0時を回った。昨晩は同じくらいの時間に僕たちは明かりを落として眠りについた。だが今晩、この家の明かりが落とされることはない。
「もし彼女がその未知と遭遇してしまったとして、それが本当にお星様だったらロマンチックな話になるのに」
「星の海への旅、一夜の忘れられない思い出を作る物語ですね」
「星の海への旅、ものすごくインスピレーションが湧いてくる。真っ暗な部屋に玄関扉の隙間から差し込む光、ノックの音、それを頼りに彼女は壮大な世界へと踏み出す」
お星様なんて玄関先にいたら大変なことになる。夜に見える星のほとんどが恒星であり、そんなものが玄関先に立っていたら一瞬のウチに焼けてしまうだろうなとか、天体の重力、質量、そんな科学的要素が次々と頭に浮かび席巻する、現実的な妄想をしてしまうような御伽話を卒業した齢だけれど、非科学で、こうしてファンタスティックな作り話をするのはやっぱり楽しい。
「そうして星々を渡る奇妙で美しい旅の終わりを悟った彼女は胸のところの服を掴みながら憂愁を綴る。沈鬱ではなく、”なんて刺激的な一夜だったのでしょう──”」
「東に行ったッ──」
「追えぇええー!」
「君はここにいてッ! 僕は宿屋へ──ッ」
「行きます! どうか一人にしないで!」
「・・・わかったおいでッ!」
遠くから聞こえてきたこだまの様な小さな呼号を聞いて、僕たちは寝床から飛び起きて血塗れた帳の降りた外へと繰り出す。
「入るなジョセフ!」
家を飛び出してから約3分で僕たちはアニーの宿屋へとたどり着いた。宿屋の1階からは一切の明かりが失われていた。玄関の前に立って見張りをしていた自警団員の制止を振り切って、ジョセフは宿屋の中へと飛び込む。
「なんだ・・・コレ・・・」
口の中の水分が酸味へと変わる。壁や床には血がまき散らされていて、階段やラウンジのそこら中に首をかき切られた死体、銀のナイフが突き立てられた死体、事切れる直前まで首を自ら絞めていた様に胸の上に力なく両手を置く死体──。
「ウッ──」
「大丈夫ですか!」
「・・・君は・・・平気なの?」
ジョセフに問われて僕はもう一度あたりを見渡す。
「・・・気持ち悪いです」
壁にへばり散っている血痕を見て、ようやく蛇蝎の如く嫌う。しかしそれ以上の嫌悪感は・・・なく。沸いてくる感情はまるで動物の死体を見たりするのとあまり変わらない潔癖性な不潔を嫌う感情だ。
『・・・なんでだろ』
自分でもビックリするくらい冷静だ。他人事だ。つい今まで生きていたのであろう人たちの生々しい絶命の壮絶な滑舌を目で聞いて、呼吸も早くなって、鼻から鉄の蒸せ返る匂いを嗅ぎ取ってサクッとした傷の痛み、ジュクジュクねっとりとした衰弱への恐怖、そんな現場の惨状を然も客観的に解説できるくらいに、僕は心を閉じていた。
「助けて!」
「アニー!」
「と、止まれーッ!」
「ヒメーシュ! グウィルム! 助けてぇえええ!!!」
「うるさいなぁ・・・あんまり騒ぐと──」
「離してよッ!」
「バカ言うんじゃない。より多くの人間の罪を浄化するのに忙しい俺様がこんな田舎臭い村に2日も留まったのは、昨日殺したアイツと、それからお前を裁くためだッ!!!」
「裁くッ!? 裁くって私は──ッ!」
「モータルちゃん! 騒がしくしてると舌を噛むぞ──♪」
「きゃああああッ!」
「ハッハッハハハハハッー!」
体がフワッと持ち上がる、毛穴がブワッと開く、汗がジワリと額を伝い、衝撃で口腔内が少し切れたのだろうジュワッと口の中に鉄の味が広がる。
「壁を飛び越えて──どこ・・・に・・・」
「それどころじゃ・・・お前頭にナイフ・・・グウィル・・・」
曇りがかった月夜に浮かぶ、女を拐う怪人の影──。
「・・・」
「死にたく・・・あ・・・」
「グウィルム! ヒメーシュッ! いやぁあああどうしてッッ!!!」
「すべては俺様の御心のままにィイ! フハハハハハッッ!!!」
人が死ぬ、人が死ぬ、人が死ぬ・・・。




