02-2 ANcton
昨晩ギルドカードを見せたのが悪かった。そうでなければ今頃ゲートを使ってさっさと村を出れていた。もし村に入った人間の数が合わないとなれば大騒ぎになるし、特に子供が一人の僕の印象は悪い意味で強いが身元さえわからなければなんとでもなった。事件が起きた後だからこそ悔やまれる。こんなことなら近道をせずに分かれ道で分かれたおじさんにもう少し厄介になって安全な道を遠回りするんだった。そうすれば今日にでも村に着いていた僕が疑いをかけられることはなかっただろう。急がば回れとはよく言ったものだ。
「村から出るな?」
──アンクトン村滞在2日目、朝。
「ああそうだ」
「どうして?」
マンチェスター領へと続く街道と接続する村の西南の門まできていたのだが、門番に止められて僕は足止めを食らっていた。
「・・・昨晩人が殺された」
「えっ・・・」
「だから通すわけにはいかない。旅人の中に殺人犯がいないとも限らない」
「でもあっちの、ほら!」
「通っていいぞ・・・」
「は、はい・・・じゃあ」
「お気をつけて・・・」
昨晩この村で殺人事件があったらしい。しかしどういうことか、僕と同じように足止めを受けていた旅人の内、門番の検閲を受けて通行を許可されたグループがあった。
「あの一行は女性だけだ」
「女性だけならいいんですか?」
「・・・一応身分証を検閲して名前を控えている」
「でもそれっておかしいじゃないですか。人が殺されたのに犯人扱いに男も女も関係ないでしょ!」
「うるさいッ! ええいッ、これ以上駄々をこねると子供であろうと拘束するぞ!」
通行許可を出したグループへの対応を嫌々と告げる門番は、それでも異議を唱えることをやめない僕を脅迫してくる。しかし知ったことじゃない。それよりももっと気がかりなことがある。
「通行を制限するってそれじゃあ逆に殺人鬼を村の中に留めておくことに・・・殺人鬼がいるかもしれない村に留まれってこと!?」
「お、お前ッ!?」
「殺人鬼を囲む村の中に・・・確かにッ!」
「・・・おいおい冗談じゃないぞ」
「今すぐにこの村から出せ!」
「お静かに! どうか静粛に願います!」
通行を許可されなかった旅人たちが騒がしく門兵に詰め寄る。
「村長からの勧告です! 拘束は長くても1日ですからどうかご理解を!」
「り、理解ッ・・・事由をこちらに丸投げするな! 俺たちは無実だ!」
「そうだ! もし納期に遅れたらどう補填してくれる!」
「これは村の自治を領主様より預かっている村長の歴と保証された権限によって発令されたものです!」
「そればっか!」
「この領の領主は確か・・・公爵様だったな」
「権限を預けられた村長の権を侵害するのであれば、こちらも相応の対処をすることになります!」
「・・・仕方ない、いこう」
「商売許可の停止食らったらたまらないからな!」
「だが1日だぞ! こちとら商品載せてんだ!」
「その通りだッ! 納期がある! 明日には何がなんでも出るからな!」
彼らの多くは行商か荷引きであるから、信用に傷をつけるような強引突破は犯さないが、それでも抗議することはできる。しかし、彼らの抗議も全ては公の正義の名の下に屈した。
「チッ──やっと収まったか」
妥協的ではあった。愚痴的でもあった。それでも時間の有限さと価値を熱く説いて迫ってくる口八丁の彼らを相手にするのは、公文書を盾に持つ門番でも骨が折れたようだ。
「仕方ない」
門に群がっていた旅人たちが再び村内へ掃けていく。騒ぎの発端を作った僕は、その流れに乗じて再び殺人犯がいるかもしれない村内へと踵を返す。
「いい天気だよ、ロン・・・いい日和だ・・・」
チャプチャプと、水溜まりの中を出たり入ったりする白布。
「ジョセフ・・・」
「残りの洗濯はやっておくよ。アニーは買い出しに行っておいで」
「でも・・・」
「白昼堂々なんてことはないさ」
「わ、わかった」
西南の門で一悶着があってから十と数分後──。
「リアム・・・おはよう、随分と早い再会だね。嬉しいよ」
「おはようございますジョセフさん・・・その・・・」
「・・・よければ、洗濯を手伝ってくれないかな?」
「・・・はい」
見知らぬ土地での非常時である。しかし僕は幸運だった。
「唐突過ぎて驚きました」
「僕もだよ・・・」
「ジョセフさんは何か聞いてますか・・・」
「朝、君と別れた後に宿につくとアニーが自警団の人たちと話をしていた」
「それで・・・」
「殺されたのは村の人間だった。だけど、はっきり言ってこの村の人の結束は固い。僕はそれに惹かれて、溶け込んでみたくてここに腰を落ち着けた。だから・・・正直にいうと、犯人は外からきた人の誰かだと思うよ」
はじめは、上っ面に塗られたように見えた絆の奥にあるものを見てみたいと、挑戦的であまり好ましくない理由で旅人のジョセフはこの村に居ついたらしい。しかし、1日、1週間、1月、1年と過ごしていくうちに彼は知る。この村は決して仲良しこよしだけの優しい関係では結ばれていない。意見が食い違えば喧嘩だってするし、怒ったり泣いたり、人間味がある。それでいて大都市を結ぶ中継地であるからか、みんな外からの来客があれば大人として振る舞い、調和を図ろうとする。
「私怨ということは」
「ない」
「どうしてそう言えるんですか」
「信じてるんだ。仲間を想うこの村の人たちの絆を、そして、東西南北どこからでも敵とあらば一丸となって立ち向かう果敢さを」
愚言だ。この手の質問をしても、既に村の一員となっている彼からは犯人に繋がりそうな手がかりを抽出できない。
「後もう一つだけ聞いてもいいですか」
「なんだい?」
「門を通ろうとすると、男のいるグループは通行を許されなかったのに、女だけのグループは通行を許可されていた」
「それは・・・」
「・・・言いにくそうですね」
「まぁね」
「それは僕がよそ者だから」
「違うよ」
「なら・・・子供だから?」
「・・・そうだよ」
朝食はオートミールだった。チャプチャプとタライの中で洗濯物を濯いでいると、ぺちゃぺちゃとスプーンの背を粘り気のある粥の上につけたときの感覚が思い出される。
「なるほど」
ちゃぷちゃぷ、ちゃぷちゃぷ。僕たちはそれから黙々と、布についた汚れを濯ぎ切った。
「ありがとう。助かったよ」
「いえ・・・それで、これからもう一度外に出られないか試してこようと思ってるんですけど、よければ・・・その・・・」
「・・・出られなかったら戻っておいで」
「ありがとうございます」
「いいんだよ、リアム」
そうして、洗い物が完了して物干し終わると僕は再び村の外を目指す。
「通してください」
「ダメだ」
「僕にまだそういった情事に励む能力はない」
「馬鹿を言え。証明できるまい」
「それは・・・そうだけれど」
「さぁ、わかったら」
「ま、待ってください! 殺されたのは女性の方なんでしょ?」
「男だ」
「やっぱり・・・え?」
ということで、僕は再び村から出られないかと今度は北門に来ていた。西南の門はさっきのことがあるし、必要以上に警戒されたり取り合ってくれないかもしれない。
「男・・・」
「そうだ。わかったら戻った戻った! 明日まで村の外に出るのは禁止だ」
「そんな・・・わかりました」
てっきり被害者は夜の商売をしている人間で、それも、男が通行を許されなかったことから女性だと推測していたのにアテが外れた。何分、想像力が乏しくて女性のみのグループが通行を許された理由を他に思いつかなかった。
「ジョセフ・・・」
「アニー。彼は犯人じゃない」
「でも・・・」
「僕が一晩ずっと一緒にいたんだ」
リアムが北門で再び出立の交渉していたその頃、買い出しから戻ってきたアニーが不安げにジョセフに話しかける。
「大丈夫です。間違いないと思われます」
「根拠は──」
「彼ではないと思います。マスターが寝ている間、ずっとベッドの上にいましたから」
初対面の人の家だったから、昨晩イデアには体を休めている間の警戒をお願いしていた。ジョセフは白のお墨付きとくれば、村を出ることが叶わなかったのだからやはり知り合いの側にいるのがいいな。
「おかえり」
「ただいま、ジョセフさん」
「おかえりなさい・・・」
「ただいま戻りました、アニーさん」
午後、犯人捜しが行われている村の中をウロチョロしているのは印象がよくない。僕は空いた時間を村の観光に当てるでもなく、アニーの宿屋へと戻ってきて2人と昼食を取ることになった。
「・・・お亡くなりになられたのは男性の方だとか。お悔やみを申し上げます」
「ありがとうリアム。彼がせめて死後安らかに眠りにつくことを祈るよ」
宿の面の道は人が行ったりきたりと騒がしいが、比較的にラウンジの大きなテーブルで昼食をとる僕らを包む空気は重いものであった。
「無理よ・・・」
「アニー・・・」
「無理よ安らかに眠るなんて・・・ロンは殺されたの。誰とも知らない人間にッ・・・」
「・・・そうだね、きっと──」
「きっとじゃない絶対よ! 聞いたでしょ! 彼、窒息して死んだって! 表面にこそあざはあれど切傷もなく、でも口から血を大量に吐いていて、それで部屋中血だらけだったって!」
「子供の前だよッ」
「それもそのほとんどが彼の血じゃなくて、魔物の血だったって!? 魔物の血で溺れさせて殺すなんてそんな真似この村の誰だってしない! それに魔物の血を飲まされたって自分の血で汚れる以上に・・・彼は・・・彼は・・・穢れてしまった」
「ロンは強い人だった。魔物の血を飲まされたくらいで、彼の強靭で潔白な魂は穢されたりなんてしない」
怒涛沈着のせめぎ合い。
「でも私たちの記憶にはそう刻まれてるッ!」
「だからこそ、せめて苦難を超えた今、彼が安らかに眠れるように僕たちが祈り慎むんだ」
「ジョセフあなた・・・所詮はッ、よそ者ってことなのかしら・・・」
「・・・確かに、僕はよそ者だ」
「・・・嫌な女ね、私って」
「怖いんだね、アニー」
「ごめんなさい・・・私、私・・・ッ」
「いいんだよ。何も言わなくていい。いいんだ・・・大丈夫だよ」
「ッ・・・怖くてッ」
「大丈夫、大丈夫・・・」
この様子からして殺された人は彼女の親しい人だったのか。もし、これで犯人が村の一員の誰かだったとしたら彼らが負う傷の深さは想像を逸し、また、しばらくは眠れない夜が続くのかもしれない。そんな疑心暗鬼が仲間の絆の潔白さを強く信じる現状でも無意識下に潜んでいるからこそ、彼女はこんなにも苦しそうなのだろう。
「どうも〜」
「お帰りなさいませ」
「昨日と同じ部屋、使える?」
「はい、ご用意できます」
「そ、ならよろしく〜」
「承ります・・・1泊でよろしいですか?」
「うん」
「かしこまりました」
それから2時間後、当日受付が始まり宿への客足が増えてくる時間帯。目元にはまだ涙での炎症が見て取れるが彼女はプロである。昨夜、宿を利用した客の顔もしっかりと覚えていて、僕と同じように今晩も村に滞在することになった客が名簿からあぶれないようにいち早くアニーの宿屋へと戻ってくる。
「今日、村に着く人たちは大変だ」
「やりますか、犯人捜し」
「人間に魔物の血を飲ませて窒息死させるような異常者だ。疑いが晴れるか、朝になって外に出れるようになったらすぐに発つ。それまでは下手に魔法を使わないように。就寝中にだけ部屋に警戒と護りを施すくらいでいい」
仲間内の潔白を信じる村の人には悪いが、それだけ異常な死に方をしたということは、恨みが積もり積もってという線も捨てきれないわけではない。いやむしろ・・・そちらの方が現実味があるかもしれない。
加えて、外部犯か内部犯か、どちらにしろ犯人はこの村では初犯であると思われる。何がトリガーとなったのか、もしくは流浪の殺人鬼か、その犯行動機もわからないが被害者の殺され方からして警戒しないわけにはいかない。村長権限で人が一人殺されたくらいで人の流通の足をとめるのも異例中の異例だ。それほどの措置を取らなければならないと迫られる程に、現場は惨憺としていたのだろう。今晩は僕も明日の朝に向けてジョセフの家に泊まりながら最大限の警戒をしつつ、犯人がスプリーキラーでないことを祈るほかない。




