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アナザーワールド 〜My growth start beating again in the world of second life〜  作者: Blackliszt
第3部 〜ダンジョン ”テール” 攻略〜

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272 Sasameyuki

「___なんだよそれ」


 ──そして、夜が明けた。


「なんなんだよ! 一体どういうことだよそれ!」


──夜が明けた。昨晩は皆、僕の一人旅を止めてくれたが、何度も何度も僕が首を横に振ると、彼らは納得して受け入れてくれた。


「おいリアム、起きろ・・・」

「ウォルター・・・どうしたの?」

「なんか知らんが、公爵様が俺たちに来て欲しいんだってさ・・・2人で」

「2人で?」

「いやー、お前の寝起きが良くてよかった・・・ラナは寝相が悪いが、寝起きはポケ〜としてて悪くはない。しかし意外とレイアはあまり寝起きがよくなくてな・・・」

「そうだっけ?」

「みんながいる時は直ぐに自制心が働くのか大人しくなるがな、身内だけだと中々・・・この前なんて夜泣きするスノーに良い催眠魔法を夢の中で思いついたとか言って、俺とニカで必死に説得したんだぜ?」

「リアム殿、ウォルター殿・・・朝早くに我が主人が・・・先にお詫び申し上げます」

「来たか・・・」

「おはようございます・・・どうされたんですか、こんな朝早くに?」

「ウォルター・・・」

「ニカ・・・」

「ッ・・・ウォルター・・・」

「おいどうした? 何かあったのか?」


 ブラームスの執務室に入るとそこにはニカがいた。彼女は部屋に入ってきた旦那の顔を見ると、駆け寄って、彼の胸で咽び泣く。


「・・・座りなさい」

「・・・はい」


 ブラームスと視線が合う。お互いに、数秒の間を置いて、つまり・・・。


「__なんなんだよ、一体どういうことだよそれ!」

「事は一刻を争う。しかし父親であるお前に報告が遅れた事、どうか、承知し呑み込んでくれ」

「さ、探しに行かないと」

「待て」

「探しに行かないとッ!!!」


 大声で探さないと、行かないとと右に左に揺れる動揺を見せながら上手く言うことを聞いてくれない体を動かそうと必死だ。


「ウォルター、待って」


 ニカがウォルターの腕を引いて止める。


「私からウォルターとニカに話しておくことがある」

「何が! 何を聞けっていうんだ! こうしてる間にも!!!」

「一晩が明け、ずっと捜索に出ていたお前の両親らも、騎士たちも追跡を引き上げさせた」

「父さんと母さん達も・・・? えっ・・・引き上げた?」

「これからお前たち2人に話すのは誘拐犯についての情報だ」

「誘拐犯・・・犯人の名前はわかってるのか?」

「誘拐犯の名前はマルデル・スピリット・フレイヤ」

「その名前・・・聖戦の英雄の一人の」

「やはり知っておったか」

「・・・婆ちゃんはエルフ! そんなもう一つの故郷ルーツに関わる事、習えば忘れられるはずがない!」


 しかし肝心のマレーネはそのことを知らなかった。だから、彼女も一つ判断を間違えた。古い知り合いを受け入れた。


「やはり・・・あの子でしたか・・・」

「マルデルについて何か知ってるの?」

「ご存知の通り、私は精霊です。精霊と深い関わりを持つ妖精族の里のことならば、特に、エルフの族長となり妖精族の長ともなった人物のことなら名前と顔くらいは・・・」

「それなのにどうして、どうしてそこまでの地位を獲得して英雄と呼ばれた人が婆ちゃんを襲ってスノーを攫うんだッ!!!」

「ウォルターの質問には答えかねます。聖戦より100年以上が経ち、当時は妖精族の長にまでなった彼女のことですが、今となっては里の事情も知りません」

「イデア」

「はい。もう一度範囲を広げて探してみます」

「・・・ハァ・・・クッ、どうだ」

「ダメです・・・彼女も元はソロネ様と契約を結ばれたお方。一度森に入り、土をも味方につけられたとなると、私とマスターの魔力を持ってしても、もう・・・」


 判断ミスか、建前、誇り、思いやり、そう言った不定形が僕への協力依頼、並びに、ウォルターへの報告を待ってして、まだ生まれて1年も経っていない幼い命を危険に晒している。


「リアムはそこに座って休んでおれ・・・」

「はい」

「2人とも、隣の部屋に」

「はい」

「・・・」


 ウォルターとニカを連れて、ブラームスは他言してはならない話をするために場所を移す。


「マルデルが、先代に代理を依頼し表舞台から身を引いたのは聖戦中に負った傷の療養のためだと言う・・・表向きは」

「表向き? 表向きって──!」

「そのことについて、裏の、本当の真実を知る私の情報をお前たちに渡す。だが教えるにあたり、条件がある・・・お主らは、これからどうする・・・」

「もちろん探しに行く!」

「私も探しに行きます!」


 ブラームスは態々場所を移したが、隣の部屋には防音の魔法がかかっていないようで、傾聴すれば会話は筒抜けである。ブラームスがニカとウォルターにこれからの指針を尋ねると、もちろん2人は攫われたスノーを探しに出ると言う。


「ならば、お前たちを公爵家が雇おう。そして、スノー・ホワイト捜索の任を与える」

「それは・・・」

「つまり、旅先で色々と融通が利くように私からの親書を預けられると言うこと、一般的な捜査に必要なくらいの多少の金銭的な支援も行うし、それと、お前たちがこれに署名すれば表立ってできぬ話もできる」


 そうしてウォルターとニカを捜索隊のメンバーに任命して、更にブラームスは彼らに守秘義務を課す類の魔力契約を結ばせた。


「そもそもウィスパー、まだ我々が呼び名を知らなかった頃のファウストが初めて歴史の表に接触してきたのは約100年前、聖戦が終わり程なくして10年の月日が流れた頃の話、暴走した竜王との戦いで勇者側の拠点ともなった妖精族の里には、戦いの爪痕がまだ深く残っていたが、同盟国とも連携をとりながら、里が復興の一途を辿っていた頃のこと」

「その時の族長はまだ・・・」

「マルデルであった。彼女は仲間たちと共に汗を流しながらも先導を切って復興に従事していた」


 しかしそんな未来を、上を向いて汗を流し復興に湧く里で事件は起こった。


「精霊界とも重なるように存在する妖精族の里は精霊界への入り口ともなっている。それは授業で習ったな?」

「習いました」

「よし・・・つまり、精霊界への入り口でもある妖精族の里は復興中であった。だが復興中ということは同時に不完全を意味する。まだ里が本来の状態に戻っていなかった時、守りが弱っている状態、ウィスパーはそこを狙って精霊界の神樹にある精霊の宝物庫へと侵入し、そしてそこにある宝物をいくつか盗んでいきおった」

「それは・・・知らなかった」

「里に族が入り宝が盗まれたことは隠蔽された。事の重大さ故、隠蔽の選択は国際同盟に参加する同盟国のトップ達によって下された」

「この情報の重さはわかった・・・だがそれがどう、スノーに繋がる」


 いい、緊張感だ。ウォルターは父親の苦悩、優しさとともに、母親の威圧、緊張感もしっかりと受け継いでいる。


「ウィスパーは宝物庫にあったものの他に、もう一つ、里からあるものを盗んだ・・・ウィスパーが盗んだのは、一人の赤子だった」

「赤ん坊ッ、まさか──!」

「そうだ・・・マルデルの子だ」


 ウィスパーは宝物庫から宝を盗み出すついでに、マルデルの子供を奪った。こんな事、世間に表沙汰になったら大変なことになる。

 犯罪集団に懸賞金が付くのはまだ良い。だが、もし攫われた赤ん坊にまで懸賞金が付いたらどうなる。里で最も愛される長の命にも代えがたい宝を盾にとられて、妖精族の里は外と内の両面から崩れ始めてしまうかもしれない。

 だが、やはり見えてこない。エルフの子供なら、どうして、人と妖精の血が混じるスノーを彼女が奪うことになったのか。


「それがどう・・・どう、スノーに繋がるんですか・・・?」

「今までにない強敵、竜王を相手取った聖戦はそれまで敵対していた国々が一致団結するきっかけとなった。それまでは妖精族の里も、一歩外に踏み出せば自分たちを好奇の目で見る外の世界に排他的であった。まだ今日のように整備されていなかった奴隷制の下での人攫いの件もある。だから今でこそ、我が街でもマレーネ以外の妖精族も見るようになったが、当時はやはり珍しかったのだ・・・妖精族が他種族とまみえること自体が」

「他種族と・・・まみえる」

「その里の慣習を種族の先陣を切って破ったのもまた、マルデルであった」


 先陣を切ってといえばきっとマルデルがそうなのであろう。だが、先駆者と言えども、彼女が始めての例であるとは限らない。社会に認められずとも、自分の意思を貫いた先人は過去にもいた。・・・そう、マレーネだ。 


「ということは・・・」

「相手は同じく聖戦の英雄の一人。探検家レッド・レイザー。探検家レイザーの名で今日では知られておる」

「混血、それも人と妖精の・・・?」

「そうだなウォルター。攫われたのはお前の父と同じ半妖半人の赤ん坊だ」

「じゃあ表向きの後遺症の療養のためって言うのは・・・」

「他国に対するフェイク。先代に留守の間の代理を任せたマルデルとレイザーは娘を探すための旅に出た」


 娘の名前はミセル。ミセル・レッドレイザー・フレイヤ。


「今、彼女が同じ名前を名乗っているかはわからん。生死不明、であるから、我々も事を可能な限り迅速に執り行う必要がある。マルデルの目的も不明だ」

「・・・冗談きついぜ。だって昨日、俺たちは勝った、スノーが生まれた時と同じくらいの幸せの絶頂にあったってのに」

「通行証、推薦状、とりあえずこの2つがあれば国内での捜査には事欠かぬだろう。今回の事件は中央にも報告せねばならない。それを国がどう判断するか、妖精族の里へ抗議するか、外交の切り札とするか、再び隠蔽して恩を売るか」

「国民の不幸を食い物にするんですか・・・」

「だが、私がそうはさせん。お主らの捜索ができるだけ円滑にいくように、各地の警備上層部にも事件内容を伝えるよう国王に打診する。しかしそれ以上の期待はせんでくれ。犯人の特徴は各地支部に伝えられようが、その正体は恐らく明かせないだろう。表立った積極的な捜索は恐らく・・・困難である」


 ・・・これにて、誘拐犯マルデルについての話は終わった。後は、親書の使い方、街のどの役職の人間に見せれば良いか、どの領地の領主が公爵家の派閥であるか、それ以外の派閥、協力的な地域、非協力的な地域、治安が悪い街など、王家の血筋である公爵家だからこそ、協力を拒むであろう地域が少ない分、表に出さないこと、気をつけるべき点をできる限り短い時間でウォルターたちに話していく。


「リアム・・・お前に頼みがある。一緒にウチに来てくれないか」

「わかった・・・」


 約30分と迅速に圧縮された情報の引き渡しが終わると、ウォルターたちはまた僕の待つ部屋に戻ってきて、そして、これから一旦家に帰るから付いてきて欲しいとブラームスの見送る執務室を後にし、まだ客室で寝ていたラナ、レイア、ティナを起こして家路につく。


「これもまた、聖戦の傷跡か・・・それとも新たな不吉の前兆なのか・・・」


 ブラームスは1人残った執務室で一旦緊張の抜けた体で気怠さを感じながらも、睡魔に襲われるわけでもなく、背もたれに背中を預けてただただ天井と対面していた。まだ100年、然れど100年。まさか私が生きている間に再びそういう時代が来るとは思いもしなんだ。前回の聖戦の禍根はあちこちにまだ残っているというのに。


「婆ちゃん!」

「ウォルター・・・すまない」

「謝らないでくれよ・・・スノーを攫った奴が悪いんだ・・・婆ちゃんは悪くない」


 森の木陰の薬屋に戻るとそこにはマレーネ、捜索に出ていた初代アリアのメンバー、そして、ビッドの姿があった。


「ティナ・・・あのだな、お前に試して欲しいことがッ!」

「・・・ごめんなさい」

「そうか・・・」

「私の力は・・・一番欲しいモノを探す・・・けれど」

「・・・ティナの羅針盤の針はどうしても僕を指す」

「なんて事はありません。ティナのスキルは一番大切なモノの匂いを嗅ぎ分けて探す力、それも潜在的に嗅ぎ分けているモノ、それを意識化した能力に過ぎません」


 ティナのスキル『羅針盤』を分析したイデアの結論から、彼女のスキルは本人でも気付いていないほどの潜在エーテル体的な部分で嗅ぎ分けてるモノを表出させ意識化させるモノのようだ。羅針盤が常に北を指すように、曰く、南針が指す自分とつなげるようにまっすぐに、記憶のようなティナの中で最も強く印象に残っている匂いしか辿れないらしい。


「マルデルは既にノーフォーク領を出たかもしれん」

「木々の囁きに耳を澄ますと、2人は西へ向かったと・・・しかしそれくらいしか、わからなかった」

「ありがとうビッド。それだけでも十分に助かる」


 それとなんと、ビッド先生はドルイドの血を引く御仁だったらしい。どうりで薬学、植物学に精通し、スクールの温室で植物と触れ合う姿がしっくりくるわけだ。


「だけど探すにも顔がわからないと・・・」

「そうだな・・・私たちが対峙した時にはフードをかぶっていて顔がよく見えなかった」

「それに、西に向かった後大きく迂回した可能性も残る。旅先で頼りになるのは目撃証言、似顔絵なんかがあればいいんだが」

「・・・ならば私が彼女の似顔絵を描きましょう。100年以上も前の記憶を頼りに描く顔ですが、マルデルはエルフですから」

「頼む。もし大きく変わっているところがあれば、私が見て修正しよう」


 不幸中の幸か、ここにはマルデルの昔の顔と今の顔を知る者がいる。


「どうでしょうマレーネ」

「うむ、やつれてはおったが、大方変わらない・・・そっくりだ」


 マレーネがイデアが魔法で紙に描き出した顔を見て確認する・・・。


「どうなってるんだコレ・・・」

「どうして彼女が・・・」

「えっ、えっ──?」

「コレ・・・」


 するとマレーネ以外にもイデアが描き出した似顔絵に見覚えがある人間がいた。それも多数、それは、極、最近見たばかりの顔、そう──。


「ケレス・・・」


 真に精悍と描かれた似顔絵の女の顔は、あの女神様にそっくりだった。


「僕も捜索についていく。超飢餓にスコルが落ちたのは僕に原因がある」

「どういう事だ・・・」

「ラストレガシーを手にした僕にケレスが教えてくれた。”大丈夫・・・その子達はあそこまで特別ではありませんよ。精々堕ちても愛の飢餓くらいまでです”」


 問題ない。ニカ、エドガー、カミラ、リゲス、マレーネたちはまだ知らないが。


「あの最終決戦はダンジョンを創った奴らが勇者の僕の器を見るために仕掛けてきた試練だった」


 やはり証拠はなく推測になるのだが、一番可能性が高いとすればそんなところか。

 

「リアム君・・・今、なんて・・・?」

「勇者の僕の器を見るために」

「リアムちゃん、ちょっと冗談言ってる場合じゃないわよ?」

「冗談じゃないですよ、リゲスさん」

「・・・納得した」

「流石カミラさん。勘が鋭い」

「嫌味か?」

「とんでもない」

「リム坊・・・いや、リアム様。まさかあなた様が次の・・・」

「マレーネさん。僕はリアム、勇者は称号。どうか今まで通りリム坊のままでいさせて」


 精霊と共生する妖精族にとって、精霊と心を通わせる勇者は特別な存在。


「リアム・・・お前はここまででいい」

「・・・妬ましいかな。だけど、これからはちゃんとする。そして、昨日の事は謝る」

「お前には十分、俺の人生を豊にしてもらった」

「違う、僕の人生は僕の人生だ・・・ほら、話したろ? 僕もさ、ちょうど旅に出ようと思っていたところなんだよ。丁度いいって言ったらおかしな話だけど」

「ダメだ! ・・・お前じゃダメなんだ。それにあんなことを聞いて・・・これ以上お前の人生を分けてもらうようなことはできない」

「・・・私は行くよ」

「ダメだ」

「んーん、ダメ、聞かない。母さんが、父さんが、ウォル兄がダメって言っても私は勝手についていく。私はもう、大人だよ?」

「私も・・・」

「レイアはダメだ。お前はマレーネと残れ・・・お父さんもお母さんも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも家を空ける。寂しくはなるが、ここに残ってしっかりと勉学に励みなさい」

「お母さん・・・」

「母さん、それからウィル、アイナ・・・レイアを」

「何がなんでも守ってみせるよ」

「まかせろ」

「いつでも」

「ありがとう。レイア・・・これはエリアDにある研究小屋の鍵だ。一人で行ってはダメだけど、お婆ちゃんと時々顔を出してもらって、掃除をお願いしても良いかな」

「いいよ、お父さん」


 本当は、カミラやエドガーの心情からしてウィルとアイナとリゲスにも手伝って欲しいところなのだろうが、どうにも、彼らにも家族がある。特にウィルとアイナには、攫われたスノーと同じ時期に生まれたエリオットが。


「どうしてウォルター! 勇者のリアム君が捜索を手伝ってくれたら!」

「ニカ・・・」

「だってリアム君は勇者だか──だってリアム君は・・・」

「リアム。例え勇者の称号を負おうと、お前に今回の誘拐事件での責任はない」

「でも僕は知ってた。それをウォルターに伝えなかった」

「・・・お前に責任はない」


 態と煽っては見たが、それでも君は何も言わない。僕の過ちを責めたら、自分の言ってることが全てひっくり返る。そんな因果関係は確認されていないのに、一気に僕が批難の対象へとすり替えられる。


「イデア」

「はい、どうぞ」

「これは・・・」

「全員に1つずつ」

「盗難防止機能もつけました」

「これは空間系の魔石・・・」

「中には人一人が1年生きられるくらいの食糧が入ってる」

「一年ってお前・・・」

「干し肉と穀物、それから水属性の魔石と簡易的な薬類、ポーション。中身はシンプルだけど、遭難してもそれがあれば極寒の山頂でも灼熱の砂漠でもなんのその、快適キャンプテントセットも入ってる・・・使い方は知ってるよね」


 ここにいる人間からしたら見慣れた光景。リアムが企画し、イデアが作成した魔道具。これを研究して売り出せば、一財産築けるほどの便利な道具。


「ちゃんと、帰ってきてね」

「絶対に帰ってくる」

「こっちは私に任せて・・・お婆ちゃんをお願いね、レイア」

「お兄ちゃん、お姉ちゃん!」


 兄妹たちの別れ。


「・・・出発する前に一つ、君たちにどうしても確認したいことがある」

「なんでしょうか、エドガーさん」

「どうして、解ったんだ」

「・・・何を?」

「どうして解った! レイアとラナの中にいる精霊の真名がッ!」

「エドガーさん!?」

「どうか教えてくれ! イデアよッ!」


 すごい剣幕だ。普段の温厚で博学な彼を知る者からしたら、ここまで熱心に迫ってくる姿は新鮮で珍しい。


「・・・難しい質問ですね。私もよく、覚えていないのですが」 


 リアムにも明かしていないことを、ここで簡単に話せるわけがない・・・強いて言えば。


「それは私が、イデアだからでしょうか」

「い、イデアだから・・・?」

「はい」

「えっ? えっ???」

「マスター、イデアの由来は?」

「それはプラトンのイデア論から」

「違います。イデアと言う語そのものの由来です」


 今思い返してみれば、僕らの関係は名前の由来からズレてしまっているな。彼女が僕を形作ってるわけじゃないのだからさ。


「それは確かeidon、eido(見る、知る)の更に変化形のidein(見る)・・・だったかな?」

「そうですね・・・見る。私は2人の内面をちょっと覗いただけです」

「の、覗いたって!? いいや、覗・・・覗けるの!?」

「私もまた精霊ですから。同族の反応を2人の中に探り彼らとコミュニケーションを取ったんです」

「・・・そう言うことだったのか」

「解ってもらえましたか?」

「解ったような解らないような・・・アニマには少なくともできなかった。しかしとにかく・・・」


 ありがとう、と、エドガーはイデアに礼を言ってシワのよった大腿の裏のズボンを叩いて伸ばし、一歩下がってこれからスノー捜索の旅に出る家族たちと並び直す。


『君ってやつは・・・』

『なんです? マスターが気を失っている間、私はただレイアとラナの内面を見ただけです』


 それ以上もそれ以下もないと、というか、本体が死にかけてたのに・・・。


『人が認識できる言語を使わないからと言ってコミュニケーションが取れないわけではない。言語がなくとも行為で、視線で、表情で、魔力で会話をすることもできる。精霊はすごいんです。わかったらマスターももう少し私に敬意を持って接してください』


 ・・・彼女曰く、そう言うことらしい。


「じゃあ、みんな・・・いってくる」

「いってらっしゃい」


 そうして、小雨のような細雪が降り始めた頃、ウォルター、ニカ、ラナ、カミラ、エドガーの5人はマルデルに攫われたスノーを奪還すべく、雨露霜雪とする旅へ出る。


「ティナ・・・今日、もう少し一緒にいてくれる?」


「・・・いいよ」


 それと、名残り。


「母さん、相談があるんだけど」


「・・・そう、いいわよ」


 誘拐という経験したことのない現実に家族が直面した、友人に自分がしてあげられることは・・・なんだろう。残してあげられるものは、そして、遠く離れても繋がりが切れないようにするにはどうすればいいんだろう。 




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