271 Crybaby ──
「・・・疲れた」
「・・・私も」
「リアムさんティナさんもう少しです、頑張りましょ!」
「ほら休まない! 手を振って! ヤッホーみんなー!」
「どうして君たちそんなに元気なの・・・」
「このくらい貴族としては当たり前の」
「いや僕もティナも平民だから」
「ン・・・平民」
「でもいいじゃん! 楽しいよ!」
「わ、私もちょっと腕が疲れてきたかも」
「俺もだ・・・腕が痺れてきた。誰かそっち側の席の奴、場所変わらないか?」
「ほら、レイアやゲイルも疲れてるのに頑張ってるのよ?」
「まあまあ、もうすぐ城につく。そしたら一休みできるだろうしあと少し頑張ろうぜ」
「いやいや何をおっしゃる・・・ほら」
「ダイアナー」
「ニャー!」
「おいお前もちゃんと手を振れよ。つーかその猫」
「ダイアナ!」
「・・・ダイアナが毛繕いするたびに静電気が! どうにかしろ!」
「まだ小さいからうまくコントロールできないだけだもんねぇ? アルフレッドおじちゃんは一々うるさいでしゅねー!」
「ったく、じゃあ可愛い可愛いダイアナの姿をパレードの見物客にまた見せてやったらどうだ。膝の上じゃあよく見えまい」
「あ、確かにそうね。よーし」
「お、おいちょっとまグ──」
「見なさい! この子こそダイアナ! 我が公爵家の一員となった新しい家族!」
「ひ、ひじゃの上に足を乗ぜるな、そして誰がそんなに高々と掲げろいうた」
パレードは貴族街へと入り、終盤を迎えようとしていた。アルフレッドの顔を膝で押しつぶしながら馬車の上でダイアナを高く掲げるミリアの姿も見物客たちからすればよい余興だ。
「顔色も悪くなかったし、みんな元気そうでよかった」
「だな。だがどうして私たちがジジイとマリア様と一緒の馬車に乗らないといけないんだ」
「いいじゃないカミラ、エド」
「なんなら護衛料として給料を支払ってもいい」
「なら金貨1枚な。一人につき」
「・・・やっぱりなしだ」
リアムたちアリアが乗る先頭車両の後ろから、ブラームスたちの乗る2両目の馬車が続く──。
「な、なんだ!」
「と、突破された! 公爵さ──!」
「はぁ、俺だッ・・・」
「・・・なんだウィルか、驚かせるなよ」
「って、カミラは見えてたでしょ?」
「まぁな」
「それで、周りの騎士たちの間をすり抜けてきてなんだ。穏やかでないぞ」
「ジ、ジジイ、確か今日は壁外に出るための門は・・・」
「ああ、休みを取る職員も多いから、普段交通量が多い東門以外は閉めているが」
「カミラ、エド、きてくれ・・・緊急事態だ」
「な、なんだよ・・・マジでどうした?」
「何かあったの?」
「詳しい話は走りながらする。東門の方へ急ぐぞ──」
祝いに熱狂する大衆の面前でとても話せる話じゃない。
「なんか後ろの方が騒がしかったけど」
「大丈夫みたいだが?」
「お父さんとお母さんがウィルおじさんに呼ばれたみたい」
「・・・?」
・・・なんだ、ちょっと後ろの馬車の周りが騒がしくなったと思えば、カミラやエドガーを引き連れて・・・やけに焦っていたな。会話の間隔も非常に短かった。
「なんか焦ってた?」
『・・・何やら穏やかではありません』
『教えて・・・』
イデアが言うには、何十キロの荒道を数十分で簡単に走破できるウィルにしては呼吸が荒かったと。
「おい!」
「いいか2人とも落ち着いて、だが走りながら聞いてくれ! 約2時間前にマレーネの家からスノーが攫われた!」
「なんだと! 一体どういうことだ!」
「馬鹿俺の胸ぐら掴んでる暇があったら走るぞ! 相手はエルフだ! 街を出て森にでも入られたら即アウトだぞ!」
「エルフ・・・エルフだって?」
「ああ。女のエルフだ・・・エド、何か自分に似たような魔力は感じないか? その側に小さなスノーの魔力も!」
「・・・この街にも今やエルフがいくらかいる。出稼ぎに来ているものがほとんどで定住している者はいないから・・・無理だ。僕や母さん寄りの魔力を探して更にウォルターたちを除くと街中には今3人、流石に街の外までは探知できない」
エドガーが街中にある自分と似た魔力を探すが、その一つとして側にスノーに酷似する小さな赤ん坊の魔力はなかった。
「イデア」
『杖を構えて空に直径1.5mの円を描いてください。杖先から出た魔力を使って即興で文字を書き込んでいきます』
この状況で僕が使ってもおかしくない魔法、探知の魔法、壁外までも届く魔法。
「どうしたんだリアム、いきなり立って」
杖を取り出して、円を描き、魔法文字を書き込んでいく。
『完成しました』
「ブート」
15秒、円を一周描き終わる頃には、立派な魔法陣が空中に描かれた。
「そうか・・・なら、門を出てから散ろう。それぞれ手分けしてエドはそのまま東へ、カミラは南、俺は北へ・・・」
街中から屋根に登って、混んだ人混みを避けて駆け抜けていくが──、
「なんだ・・・!?」
バランスが不安定な屋根の上で思わず足を止めて急停止してしまうほどの背後からの爆音。
「花火だー!」
「なんだただの花火じゃないか・・・今日はゆっくり寝ようと思ってたのに騒がしい・・・」
「おいウィル、あの花火・・・」
「打ち上がってる場所は城門のすぐ側、あれはちょうどパレードの・・・」
「あれはリアムの魔力だ・・・それに・・・」
下の道を行く人々が次々と上がる花火を指差す。しかしあの花火の正体は・・・。
『赤外線による探知、検索・・・ヒット。見つけました・・・マズいです。対象は・・・どうして・・・』
「イデア・・・?」
『・・・すいません。対象は既に壁の外に出ています。・・・もうすぐ畑エリアを抜けて森に入ります』
「・・・父さんたちの前にゲートを」
『了解しました』
すると、今度は俺たちの向かっていた方向に空間の歪みが──。
『父さん、使って』
「聞こえてたのか・・・」
『早く』
「ッいくぞ2人とも!」
ウィルがゲートの中へ飛び込む。──と、その後を追って、エドガーとカミラも・・・。
「すっごい綺麗な花火だった! さっすがー!」
・・・打ち止めだ。馬車が公爵城の門を潜った。ここには様々な大事な文書やら宝があるから、事前の準備なくして光を放ち、爆音のなる花火は鳴らせない。・・・捕まえたかな。捕まってたらいいけど。
「降りるぞー!」
「今行く」
城の玄関の前に馬車がつけられて、みんなが次々と降りていく。城門は開放され、玄関前の広場まで見送りの観客たちで一杯になっていた。
「行くぞ。本会場は中庭だ。そこに食事諸々が用意してある」
「さあ行くわよダイアナ!」
「ミリア! 廊下は走らないの!」
「・・・あいつ、益々歯止めが効かなくなたんじゃないか」
「ええっと・・・大丈夫ですよミリア様はお優しい方です」
「微妙にフォローになってないような・・・」
「いくぞー!」
「お姉ちゃん!」
「ウチはウチで大変だ・・・」
「・・・」
「何か考え事かリアム?」
「ん? いや・・・なんでもない」
馬車から降りて、城の中に入ると一同は中庭に用意してあるパーティー会場へと足を運ぶ。
「・・・」
そんな一同の中、ティナは幾度となく忙しなく、後ろをチラッと振り返る。
「ワン!」
パレードの最中はそれぞれのご主人様に抱えられていた。今は前を行くティナの後ろをトコトコと付いてくる子にちょっと嬉しそうな──。
「ワフン!」
まだ名前のない黒い毛玉がクシャミをした。
「・・・!?」
すると、口からボッと吹き出した火の粉がご主人様の尻尾に──!
「り、リアム!」
「消火!!!」
引火、消火。
「わ、私の尻尾がチリチリ・・・チリチリに・・・」
「ほ、ほら治してあげるから座って」
「ワン!」
「ヴゔ・・・しつけが大変そうです・・・」
「だね・・・」
腰を下ろしたティナの膝上に可愛らしくも毛玉が乗る。しかしその瞬間、ティナの全身の毛がブワッと逆立つ。この辺、ミリアは元々雷の精霊王と眷属契約を結ぶから耐性でもあるのだろうか。それに一部が焼けた尻尾は髪の毛と同じくらい普段念入りに手入れしている部分であるからな・・・ティナのショックも大きい。
「ありがとうございます・・・」
「うん・・・それでティナ、その子の名前なんだけど」
「はい」
「いつまでも黒い毛玉呼ばわりするのもアレだし、その子の本質を知ってる分ワンちゃんって呼ぶには気が引けるし・・・何かいい名前、つきそう?」
「・・・」
「今朝の今だからもちろんじっくり考えてもいいと思う」
「はい・・・」
チリチリになった部分を一度カットして、回復魔法をかけて元道りにはなった尻尾。
「それじゃあ行こうか」
「はい・・・あの! リアム!」
・・・ティナが、会場に向かおうとしたリアムの足を止める。
「・・・どうしたの」
「その・・・名前はリアムに・・・リアムにつけて欲しいです・・・」
ミリアがあの調子だから、一応聞いた。パーティー会場に入れば何度か訊かれるかもしれない。
「ダメですか?」
・・・いいやダメではない。元々君にこの子を押し付けたのは僕だ。
「ダメじゃないよ・・・でもいいのかな? 折角自分で名付けて育てられる、君も家族に並んで得難い相棒を得た。その相棒の名付けを僕がしてしまっても」
「・・・リアムがしてくれるなら・・・リアムじゃなきゃ嫌です」
「そう・・・」
彼女の意思は固い。なら、僕も真剣に考えないと・・・だが、適当に考えると言うわけにもいかない。ティナは大切な家族。その家族に新しい相棒ができる。こういう時、僕は・・・。
「それじゃあこういうのはどうだろう・・・」
パーティー会場となる中庭には、既に豪華な料理の数々が並べられていた。その中には、甘くて美味しそうなお菓子もいっぱいだ。
「おめでとうリアムちゃん」
「おめでとうリアム君!」
「ありがとうございますエクレアさん、コロネさ・・・」
「おめでとうリアムちゃん!!! 本当にオメデドヴ!!!」
「うえッ!? 体が浮いてグオオ折れるぅうぅぅ!!!」
僕を抱き抱えたリゲスの顔はそれはもう涙でボロッボロになっていた。そして僕は全身を筋肉に包まれて、鶏が首を絞められたような声が──。
「あらごめんなさい。あなたの姿を見たら感極まってつい・・・」
「いいえ・・・リゲスさんに祝福してもらって、僕は・・・」
アレ・・・涙が。
「・・・本当に幸せです。あなたがいなかったら、僕は・・・あそこまで戦えなかった」
「あなたたちが勝ってくれて私も本当に嬉しかったわ゛・・・それにしてもウィルたち遅いわね・・・スンッ。全くもう、こんな大事な席に遅れるなんてッ!」
リゲスが辺りを見渡してプンプンと腰を両手に当てて怒っている。これは色んな意味で怖い・・・が。
「・・・」
まだ到着していない。拘束して後処理に追われているのか、それとも・・・。
「おめでとうございます若!!!」
「おめでとうございますリアムしゃま!」
「おめでとうございます、若」
「ありがとうございます、ピッグさん、パピスさん、店長さん」
それから、僕はアリアのみんなと一緒に一通りの挨拶回りに追われる。
「明けましておめでとう、諸君」
「明けましておめでとうございます皆様」
「明けましておめでとうございますガスパー殿、テム夫人」
「素晴らしい戦いだった・・・」
「ありがとうござい・・・ッ!」
差し出した手に手を差し出そうとすると、触れかけた手と手が急に反発する。僕の手がガスパーによって強く弾かれたのだ。
「こうやってお前はウチの息子までたぶらかしたのだろう! 貴様は一体なんだ!? あんな力があるのなら何故最初から使わなかった!!!」
「な、何やってるんだよ・・・!?」
「この大馬鹿息子がッッ!!!」
すると、今度は癇癪を起こしたガスパーを止めに入ったゲイルの頬が強く引っ叩かれる。
「お・・・親父ッ・・・!?」
「そうか私はお前の親父か! ならもう一度その頬叩かせろ!!!」
「ま、待ってくれよ! 何をそんなに怒ってるんだよ!!!お、お袋もなんとか言って──」
「・・・」
「この大馬鹿息子がッ!!!」
「ッテーナ!!!」
「それからそこのお前だ!」
「・・・僕?」
「よくも私の息子を9回も殺したな!!!」
「そう言うことかよ! 待て親父! それは俺が自分から進んでしたことだ!」
「自分からしただと? よくもまぁ頬を叩かれた痛みも引かぬうちにいけしゃーしゃーと!!! 私はお前の父親なのだぞ!」
・・・そうか。そういうことか・・・ようやく理解した。
「ウォーカーさん・・・本当に申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした! それは故意にウチの息子を追い詰めたことを認めると言うことか!」
「違います。あくまでも僕は僕の善意によって動いていました。あなたの言う力も、元々は備わっていなかった力です。戦いの最中目覚めて進化し、結果そうなった」
「そうかッ!そうだろうとも!!!でなければ私が今ここでお前をブタ箱に送っておったわ!!!」
「・・・弁明のしようもございません」
「しかしブタ箱と言えば・・・お前は息子を追い詰めた・・・だがまた、昔お前がしたように息子たちを・・・何度も・・・救った」
「はい・・・」
「お前も相当むごい目にあっていた・・・それも全ては私の息子と、それからその友人たちを護るためだった」
「はい・・・」
「お前の行動は大人の私から見れば目に余るものばかりであったが、それでも恐怖を砕いたお前の心と覚悟だけは評価する・・・ありがとう」
僕はガスパーが差し出した手を取り、改めて握手を交わす・・・それと・・・。
「申し訳ありませんでした・・・それと・・・ゲイル・・・ほら」
僕はガスパーの手を離さないまま、握っていない方の左手をゲイルに差し出した。心の底から溢れた謝罪と共に溢れた感情が一つ、君への謝罪の思いも込めて、もう一度だけ、君と親御さんとの橋渡し役にならせてほしい。
「んなッ! なんだよ・・・」
「ごめんゲイル・・・君が一人背負う羽目になったのは全部僕のせいだ・・・だからごめん」
「お、俺の方こそ謝らなければならない! あの時、俺はお前たちを自分勝手な行動で危険に陥れた! 本当に、本当にすまなかった!!!」
「礼なんて・・・」
「礼じゃない・・・これは謝罪だ」
「そうか・・・ならこれは仲直りの握手だ」
「・・・ッああ ・・・仲直りの握手だ!」
礼など要らぬと言おうとした。だがどうやらこちらは許したつもりでも彼の中ではまだ自分を許しきれなかったことにようやく気づいた僕は本当に馬鹿だった・・・ありがとうゲイル・・・僕を救ってくれて。君は・・・──。
「最高の友達の一人だ」
「お、お前・・・」
「あ・・・声に出て。やっぱ今のなし」
「はぁ!? み、認めてくれたってことでいいんだよな!? 俺のこと!!!」
「あ、ああうん認めてる! 認めるのはずっと前から認めてるよ! だからディスタンス!」
「はぁ・・・なんと単純な息子なんだ。やはりこれから先が思いやられる」
「ところでウォーカーさん」
「なんだ・・・」
「ゲイルが過去のことを持ち出したのでこの際はっきり言いますが、よくもあの時は僕に濡れ衣を着せてくれましたね」
「な、なんのことだッ! わ、私は決して貴殿にいわれもない濡れ衣などとッ」
「親父・・・さっきリアムをブタ箱に送るとかいってたがゲートに放り込むならまだしもリアムに転送の魔法は効かん」
「そ、そうなのか・・・?」
「こいつが受け入れるか、こいつの魔法防御を上回る魔力を使って魔法をかけないとな」
「んー・・・やっぱり一戦交えますか?」
「あぁー・・・その・・・私は・・・そう、急用を思い出したのでこれで失礼する! いくぞテム!」
「はい・・・それでは皆さん、リアムさん・・・」
「ウォーカー夫人・・・あなたにも謝罪申し上げます・・・本当に、申し訳ありませんでした」
「こちらこそ・・・これからもゲイルの友人でいてあげてください」
「許していただける限り・・・ずっと」
「それでは、おめでとうゲイル・・・おめでとうございます、アリアの皆さん」
ゲイルの両親のガスパーとテムとはまた後で会うことになるだろう。その時には互いに蒸し返すこともなくなる。どちらも言いたいことは言った。これで全部チャラだ。
「親父でもリアムには敵わないか〜・・・」
「そうでもない。ゲイルのことを一番に考えてくれているいいご両親じゃない」
「ゲイル・・・お前父親似だな」
「なんかソレ俺と親父に失礼じゃないか・・・?」
「そうか? ・・・僕は自分の父を尊敬している」
「なら褒め言葉としてとっておこう」
確かにアルフレッドの言いたいことも分かりはするが、それなら僕の両親だって負けてないと心の中で張り合わせさせて貰おうか。
「おめでとう」
「リアム君、エリシア・・・アリアの皆さん、この度は本当におめでとう」
「ありがとうお父様、お母様」
「ありがとうございます、ブラッドフォードご夫妻様」
「うむ・・・しかしもっと気の利いた言葉をかけたいものだと思っていたのだが、いざ君たちを前にすると全てすっ飛んでしまった・・・そして、この言葉だけが残った」
「とても光栄に思います」
「・・・リアム君、君は本当にみんなから愛されている。今回の戦いを見て、私はそう思った」
「・・・はい」
「本当に、心の底から・・・故人にさえも」
「こじん・・・?」
・・・しまった。しかし彼は気付いていないのか・・・ならばアレは無意識だったのか。父が彼と出会ったらなんと言うだろう。そして彼が我が家の家系にも名を連ねることになると知れば・・・しかし我が家だけに名を連ねないことを知れば・・・なんと言うのだろうか。
「やあやあやあ」
「学長先生」
「おめでとうリアグヘッ──」
「リアムさん! おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございますケイト先生・・・」
「はい! それでですね、先ほどパレードの最中に上げた花火ですッ──!」
「リアムさん! おめでとうございます!」
「ふ、フラン・・・先生?」
「聞きましたよあの一節! 壁画に書いてあった文字を読んだんですか!?」
ルキウスの言葉を遮って、食い気味に迫ってきたケイトを更に遮って、どこからともなくやってきたフランが間に入る。
「ちょ、フランどうしてあなたがここに!?」
「いえ、ちょっとばかり休憩をもらいまして・・・それでリアム君、あの一節ですが!」
フランが言う一節とは、おそらくスコルとマーナがシエルでウンタラカンタラのあの一説のことであろうが。
「・・・読みました」
「やっぱり! いや、前回もお読みになられてたらしいですけど、お義父様のことでうやむやになりまして! あっ──それとですね、これ見てください!」
「これは・・・極光ですか?」
「はい! それでですね、よろしければ極光のことについてももう少し詳しくお聞きしたく」
「フラン様、突然パトリック様の隣からいなくなられたと思えば・・・」
「あ・・・えっとあの、フヨウ?」
「戻りますよ」
「ま、待ってください! これだけ、これだけは──ッ!」
パーティーの客人同士、主催が挨拶を交わして回るこの時間に主催の義娘が休憩をもらえたと言うのも中々呑気なありえない話で、やっぱりフランは嘘をついてこちらまで出向いてきたらしい。おそらくお花を摘みに行くとでも行って離れたのだろうが。
「・・・えっ?」
左手を引っ張られるフランの右手が、ケイトの左腕を掴んだ。
「こうなったら先輩も一緒に来てください!」
「ちょ、離しなさい! どうして私も一緒にあなたたちのところに行かないとッ!」
「フフフ、一人だけ抜け駆けはさせませんよ・・・」
「そういえばケイト先生。あの広場に設置した魔道具のことで、是非、パトリック様がお話ししたいとおっしゃられていました。ついでですのでそのままお越しを」
「よかったですね先輩。きっと研究資金を増やしてもらえますよ!」
「んなッ! なら元々の開発者であるリアムさんも一緒に──リアムさんへループッ!」
いやいや、いいじゃないの。次期領主様からお褒めの言葉をいただき、尚且つ、研究資金を増やし投資してもらえるなら。だから僕は”ヘルプじゃなくていってきますでしょ?” と、聞かなかったことにして、手を振ってフヨウに引っ張られていく2人を見送る。決して、是非2人してパーティーの最中に騒ぎを起こしたことをパトリックに怒られてきなさいとか思ってない。
「いやー、フラン先生とケイト先生が揃うとやっぱり賑やかだねー」
「ところで他の先生方は?」
「アラン先生やジェグド先生たちは生徒が羽目を外しすぎないよう市中の見回りを手伝ってる。後は・・・ほらあそこ、ビッド先生はお年をめしていらっしゃるから、無理に連れ回すような真似はしない。あそこで休憩していただいているよ」
ルキウスの指した方を見ると、中庭のベンチに腰をかけて休んでいるビッドがいて、すると、彼も僕たちが自分の話をしていると気付いたようで目と目が合う。目が合うと彼は一度こっちを見てニッコリ微笑むと音はここまで届かないものの、拍手のジェスチャーをもって僕たちの勝利を祝ってくれた。
「あっ、ちなみにダリウスはギルドの支部長室に監禁中」
「監禁中・・・ですか」
「そっ、監禁中♪」
それと、どうやらダリウスは執務に追われているようで。監禁中とはすなわち、サボり癖のある彼をきっと副ギルド長を務める奥さんがずっと付きっきりで見張っているのだろう。
「えーっ、テステス。コホン、こちら会場前方よりお送りしております。交流のお時間もほどほどにとらせていただきましたところで、こちらには本日の主役方より、ミリア様とティナさんにお越しいただきました」
ダリウスが執務に追われる一方、これまでもずっと僕たちのコンテストMCをしてくれていたナノカがこのパーティーでも進行をとお呼ばれしたらしく、言うなれば今回は彼女が冒険者ギルド代表であろうか。
「こんにちは!」
「こんにちは」
「お二人とも、6時間以上にも及ぶ長い長い激戦を経て、更にパレードとお疲れのところ私たちのインタビューに応じていただきありがとうございます」
「全然いいわよ。このパーティーだって私たちのためのパーティーなんだから」
「大丈夫・・・」
「温かいお言葉をいただき恐縮です。・・・それでですね、先ほども広場でお願い致しまして、パレードも終わりました今一度、このパーティーでも是非ダイアナちゃんと・・・ええっと・・・」
ご紹介いただけないだろうかとナノカはきっとそう続けたかったのだろうが、ミリアがダイアナの名前を連呼する一方、未だティナはあの子の名前をまだ一度も人前で呼んでいなかったから。
「トト」
「トト・・・トトちゃんですか?」
「ン・・・トト」
トト。いろんなトラブルを起こした一方で、物語が展開していくためのキーマンともなった文学作品のキャラクターの名前を拝借させていただいた。
「是非、ダイアナちゃんとトトちゃんのご紹介をしていただいてもよろしいでしょうか!」
「よろしいわよ!」
「いいよ」
僕は客席からダイアナを大切そうに抱えるミリアと、トトを恐る恐る抱えたティナを見守る・・・あっ、ティナの髪と尻尾の毛が・・・。
「花火・・・これは探知系の魔法!」
しかし誰が・・・光か火の魔力を散らしてこんなにも広域に、光・・・火、赤外線、ということはギルの血を引くウィリアムとかいう・・・。
「おまけにゲート・・・もう見つかったか・・・」
なんとも優秀なことだ。町の上空に光と火の複合魔法を放ち、探知をかけていることを見事にカモフラージュした。追われている者でなければ余程、魔法式に敏感で精通していないと探知をかけていることすら気づけないほどの見事な隠蔽の魔法もかけられている。
「止まれそこのフード!」
「あの腕に抱えているのは! スノーだ!」
「テメェ私の孫を攫って覚悟できてんだろうな!!!」
追っ手は3人。土色だがかき集めた落ち葉の中で火を燻らせているようなどこか焦げ臭い魔力、既に具現化した精霊とこれは同調しているのか、人の癖に見事な親和性。それと光の精霊を携えるのはチカチカと喧しい魔力、こっちも同調はしており隣の男ほど同調率は高くないが、それでもやはり信じられないくらいの親和性。それに・・・同族の血、いや、半分は人の血、つまりあの白い髪がマレーネの息子か・・・そしてあの男、体内にもう一つの別の命を宿している・・・精霊か。
「エルフなどただでさえ目立つ。最初は昔馴染みのよしみで一晩だけでも止めてもらえないかと思って立ち寄っただけだったが、街に奴の魔力はなく相変わらずフラフラとしているようだ。・・・かと思えばまさかこの街にあの人がいて、そして、こんなにも素晴らしい出会いがあった」
「ぶつぶつと念仏でも唱えてんのか!」
「そして君たちだ・・・まさかここまで追ってこれるとは・・・しかしやはり後もう一歩だけ、遅かった」
「なんだと・・・!」
「私の片足はもう、森の中・・・」
森の中から太くしなる木の根が伸びてフードエルフの体ごとを掻っ攫う。
「待てテメェこのや・・・」
それを追うように、森の中へと踏み入ったカミラ、エド、ウィルだったが──。
「私は亡霊・・・私はもう、スピリットではなく・・・スプライト」
ガサガサと揺れる枝たちの射す光と影の重なるカーテンの奥深くから声が聞こえてくる。地面には大量の落ち葉、そして確かにそこにいる、そこにいるはずなのに──ッ。
「・・・2人の匂いが消えた」
「影もだ・・・どうなってやがる」
「リミットブレイク!・・・そんな、アニマの力を借りてもスノーの魂も彼女の魂を捉えきれない!」
・・・見失った。エルフが森に攫われたが最後、嗅覚、視覚、第六感のどれを用いても、奴の痕跡はもちろん、そしてスノーの痕跡も一切感じられなくなっていた。
──夜。
「ダンジョン初攻略! 更にオマケに最年少到達者に冒険者のイロハを教え献身的にサポートした伝説のオペレーター! ギャハハ! これで私の今後の人生も安泰だにょー!」
「もうせんぱいったら〜、頑張ったのはリアムくんたちで・・・ヒック、ほんろうにー、あの小さかった子がー、まだまだ小さいけれろー!」
「それみゃ〜! まあ春にはスクール卒業するし〜もうテールにはこないかもなッハッハ!」
「そんな悲しくなること言わないでくださいよせんぱい〜! リアムくんは〜優しい子なんですよ! 頭が少しボーッとする春には新作のスイーツくれて〜、夏には熱中症予防になるレモネードでしょ? 秋には接客にも事務にも使えるペンをプレゼントしてくれて・・・ううぅ、指もかじかむ寒い冬にはブレスレットとアンクレット型の冷えたところをあっためてくれる魔道具をくれたんです! 」
「私も貰った〜! つーかお前が貰ってるの知って要求したー!」
「でも何よりもおはようございます、こんにちは、こんばんわ、お疲れ様です、そしていってきますって言う時にいつも私の方見て言ってくれる子で! 後5年若ければわらしは絶対彼に恋してました〜!!!」
「確かに挨拶はちゃんとしてらなーアイツ・・・でも5年?ナッハかなりギリギリだりょ?」
「でも先輩なんて10年はいるでしょ?」
「ダッハーこりゃあ一本取られた・・・取られたのか?」
「うえぇぇ・・・寂しいよ〜!」
「まあいいや! どんどん酒持ってこーい! 伝説ろオペレーター様の指示だぞ〜!」
「同じギルドの職員さんに向かっレ何て横柄な・・・でもお酒欲しいです〜・・・嬉しいんだか悲しいんだか、このどうしようもない気持ちを誰かどうにかしてッ!!!」
笑い上戸に泣き上戸、尚、ツッコミ不在。しかしギルドの酒場だけでなく、今日は街のそこかしこがお祭り騒ぎ。
「ブラームス様ッ!!!」
「何だジュリオ、パーティーの真っ最中に」
「少しだけお時間を・・・お耳を拝借」
「・・・なんだと」
そんな祭りの中心地、公爵城のパーティーに不穏な風が流れ込む。
「アリアの諸君、今日は祝い明かすぞ。城の客室に寝泊り用の準備をさせるから今日は泊まっていくといい」
「ありがとうございます! ブラームス様!」
「やったーお城にお泊まりだー!」
「お父様! 私も今日はみんなと一緒にいていい!?」
「・・・いいだろう」
「ホント!? ありがとうお父様大好き!」
「ああ・・・私も愛してるぞ、ミリア」
深夜零時の鐘が鳴るまで遅く。皆と楽しんで良いと言われて、嬉しさの余りミリアはブラームスに抱きつく。しかし、その余韻を楽しむわけでもなく、ブラームスはミリアを一度抱きしめると、楽しみなさいと一言残してジュリオや他の騎士隊を連れて中庭を後にした。
「それは・・・おそらく土の中に逃げたんだよ・・・」
「馬鹿なッ・・・いや、確かに私の力じゃ地中まで把握するのは無理だがッ!」
「ごめん・・・地上に限定して探知した。あそこで借りられるアニマの力はダンジョンの中より限られるし、逃亡を図るならいち早く逃げたいはずだと・・・」
「だがそれじゃあ俺の嗅覚に引っかからなかったのはどうしてだ・・・モグリの嗅覚は土の中でも獲物が嗅ぎ分けられるほどに繊細だ・・・」
「土と言っても森の中・・・土にも同様に森の匂いが染み付いている。エルフはよく森とともに生きると表されるが、それ即ち故郷の里が森の中にあり、故にその土地、土を慈しみ守るということ。それにあの人は・・・」
陽が落ちたので、一旦探索を中止して戻ってきたウィル、エドガー、カミラ、そしてアイナ、マレーネ、ニカがスノー攫いの犯人について情報共有を進めていた。
「状況はどうだ!」
「・・・来たか」
そこに、パーティーを途中で抜け出してきたブラームスが合流し──、
「なんだマレーネ・・・続けてくれ」
「あの人は・・・族長の家系・・・」
「族長の家系?・・・おいおい、エルフの族長の家系って言えば・・・」
「私がまだ里にいた頃には小さな子供だった。だがそれも何百年も前の話。順当に行けば1、200年前には族長となり、そして・・・土の精霊王ソロネと契約を結ぶ妖精族の王ともなっていたであろうプネウマに選ばれし家系、フレイヤ家のマルデル」
「嘘だろ・・・マルデルにフレイヤって言えば・・・」
「ああ・・・聖戦で勇者と共に戦った英雄の一人、妖精族の王・・・」
「マルデル・スピリット・フレイヤか・・・」
「でもどうして聖戦の英雄の一人が」
「聖戦で深い傷を負ったマルデルは戦争の拠点となった里の復興も程なくして、療養のため先代の長が代理となって・・・どうして怪我人がピンピンしてるのに役職に戻っていない。それどころか、こんな異国の地をフラついてるなんて」
「・・・」
「ジジイ・・・おい、何か知ってるんだろ」
「・・・」
「ジジイ、いやブラームス! 頼む教えてくれ! 何故深傷を負って表舞台から退き療養中のはずのマルデルがこんなところにいてスノーを攫う!」
「・・・すまない。私の一存で、他国の長ともなった者の威厳に傷をつけるようなことは言えん」
険悪な雰囲気。何も、ここに一人として罪人がいるわけでもない。
「どうぞビッド先生❤︎」
「ありがとうリゲスさん」
「いいえ・・・あら、みんな会場にいないと思ったらこんなところにいたの?」
「リゲス、それにビッド先生・・・?」
険悪な雰囲気に落ちていた部屋の扉が開く。遅れてやってきたのは、まだ事情を知らないリゲスとスクールで薬学を主に教えているビッドであった。
「ビッドや・・・」
「これはこれはマレーネ殿、ご無沙汰しております」
「ビッド・ドルイド。お前も歳をとったというのにパーティーで疲れてるところ呼びつけるような真似をしてすまない」
「いいえ、幼い頃は私もあなたにお世話になった子供の一人。恩師のあなたの呼びかけとあればいつでも駆けつけましょう」
「・・・すまないねぇ。だが、ドルイドのお前は今回の探索に適した人材、どうか昔のよしみで助けておくれ」
「ちょっとちょっと、何かあったの? みんな神妙な顔して・・・」
「リゲス、お前も手伝ってくれ・・・」
どうしてマルデルがスノーを攫ったのかについての討論はこれ以上白熱することもなく2人の入室で打ち止めとなった。
「しかしウォルターはどうする・・・それにリアムにも手伝ってもらったほうがいいんじゃないか」
「それはダメだ。特にリアムは・・・」
「どうして・・・」
「相手が相手だからだ・・・ジジイ、仮の話として、マルデルの秘密とやらはファウストらと繋がったりはするのか?」
「それは・・・わからん・・・」
「・・・ならやはりダメだ」
恐らくだが、この中の誰よりも彼は捜索、人探しにおいても優秀であろう。・・・だが、敵が未確認の勢力に属する可能性、また、ファウストとの関わりがある可能性があるのであれば、リアムの積極的な参加は許されない。
「・・・今日は皆、疲れておろう・・・明日の朝に私が進捗を話そう・・・それがリミットだ」
そして、ブラームスの言う通り彼らは既にクタクタであるはずだ。いつ終わるかもわからない誘拐事件の犯人の捜索に駆り出すなど、あまりにも・・・可哀想だ。
「班分けだ・・・ジジイ、城は任せたぞ」
「・・・まかせろ」
その後、公爵家の騎士、リゲス、それからビッドを混えて夜通しの捜索は続く・・・そして、更に深い夜──。
「ねぇ、どうせなら一晩くらいさ、みんなで一緒に寝ようよ!!!」
「いやダメだろ。男女が同じベッドで寝るなど・・・」
「ベットくらいリアムがいれば簡単に運び込めるじゃん? それに誰も同じベットでなんて言ってないよ? ふふーん、アルフレッドのお・ま・せ・さ・ん!」
「頼むから、そっち方面で弄るのはやめてくれ・・・僕はそう言う会話にはあまり慣れてないんだ・・・」
更に、深い夜──。
「流石にお城の天井でも星空は見えないか・・・」
「お姉ちゃんてば・・・」
「ン・・・見えない」
「確かに見えませんが・・・」
「ハァ・・・ガッカリね」
「勝手な事ばかり言わないでよ!・・・って今のラナ?」
「違うわ、私エリシア」
「ちょっとそれって私の真似?」
「似てる似てる」
「似てますねー」
「僕は貴族だからな。これくらい当然の嗜みさ」
「待て・・・今のは僕か?」
「ン・・・私、ティナ・・・」
「違う、私が・・・私、ええっと・・・私はフラジールです」
「お?」
「私ですか!?」
「すごい、似てるよティナ・・・」
「ムフン!」
「・・・なんと、俺のライバルが現れたッ!」
「今度は俺か・・・」
「フン・・・あんたなんて一発、雷〜砲〜」
「きゅ、急にクオリティ下がったわね」
「なんで!?」
「大丈夫ゲイル? よかったら新しい試したい回復魔法があるんだけど」
「ん? でも今のは似て・・・って今のは本物か!?」
「どう? 今ならレイアによるリアムモノマネ芸がついてくる」
「ならお願いしようかな!」
「いやそんなセットいらんわ! ・・・たく、なぁリアム」
「・・・」
「リアム?」
「僕、リアム」
「おいおい・・・」
「・・・」
「リアムー・・・」
「・・・」
「リアム・・・もう寝たのか?」
「いや、寝てないよ」
「なんだよ・・・寝てないなら驚くから返事くらいちゃんとしろ」
「・・・考え事をしてたんだ」
「えーっ! てことは俺達の今までの華麗なモノマネ聞いてなかったのかよ!」
「ブルルル」
「あっ、ウォルターとブレイフ?」
「正解です。正解したマスターには賞品として」
「今度はイデア・・・モノマネ?」
「もうだからそう言ってるじゃん!」
「戻った・・・」
「全く、ラナのこの騒音が耳に入らないなんて」
「そうだね。あんなに煩かったのによっぽど重要なことを考えてたの?」
「ひ、ひどいな2人とも・・・」
「何考えてたの?」
アリアであなたのお耳をハイジャック。ラナとティナ、時々レイアによる真夜中Radioは一旦、休憩を挟みます。
「みんなに話をしておかないといけないこと・・・」
・・・休憩を挟むことになればいいけど。そのまま、次の僕の一言で終わりそうだ。
「僕は今日をもってアリアを脱退する」
「えっ──?」
「リアム今なんて?」
「今日で僕はアリアを脱退する。僕の脱退に際して、次のリーダーは残ったメンバーで決めて欲しい。選出の方法をまず多数決で決めて、それに則った方法であれば多数決でも、もしくはジャンケンでもいい」
こういう順序になってしまったこと、最初のうちに後悔しておこう。ごめんなさい。だけど僕はこの後悔以上に、みんなに煙たがられたり、敬遠されたりしたくない。
「俺も・・・脱退する」
「ウォル兄!?」
「リアムが脱退する理由は知らんが、俺ももう大人で父親で・・・今日、この街において、世界中でも他に類を見ないほどの最高の栄光を手にした・・・もうそろそろ、地に足をつけて地道に生計を立てることを考えてもいい時期かも知れない」
まだ8歳の子供だった頃、冒険者としてダンジョンに踏み入れたあの日から10年以上、大人として、親としての立場によって変遷した価値観。・・・けれど聞こえてくる、語るその理由の裏から水臭いと。
「私も・・・」
「エリシアまで!?」
「僕もだ・・・」
「私もです・・・」
「私も・・・ッ」
「アルフレッド、フラジール、ミリア・・・」
「脱退理由は恐らく今申し出た連中は一緒だ」
「多分ね」
「そうですね・・・」
「そうね」
「なら、私も」
「ン、私も抜ける・・・」
「そうだな・・・俺も抜ける。4人残っても確かにアリアの仲間だが、やはり足りないだろう」
「それが3人」
「2人・・・」
「わ、私も抜ける!!?」
不謹慎だが、こういう時あれだ。最後に手をあげた人にどうぞどうぞって譲る伝統芸があったな・・・アレ、一度は友達内でしてみたいけれど、できないんだよ・・・・・・ああ、できない。・・・だってこれはおふざけなし、至って大真面目の話・・・だけどそれだけじゃない。できない理由はそれだけじゃない・・・。
「寂しくなるね・・・でも頑張ってね」
「私も寂しい・・・でも、ありがとう・・・」
「私たちは二年後には追いつくから」
「頑張って・・・」
「僕たちは春から王立学院・・・待ってるぞ」
「待ってるから゛ッ!」
「待ってます・・・ミリア様、ハンカチを」
「ありがどうッ!」
「俺は中等部もこっちに残るが、仕事で王都に行くこともあるかもしれない。その時は手紙とか、そのくらいなら届けてやれる」
「ありがとうゲイル」
「ン、ありがとう」
話が、どんどん、どんどん、ゆっくりと進んでいく。
「僕の理由は・・・違う」
「なんだ・・・違うって?」
「僕の脱退の理由は違う・・・」
「あっ──」
「フラジール?」
「リアムさん、もしかして・・・」
自分から言い出したことなのに、頭を上げて今、みんなの顔をまともに見られる気がしない。
「えっ、まさかお前達──ッ!!!」
「なんだと!? おいリアムどう言うことだ!?」
「・・・それも違うかな?」
「な、なんだ・・・驚かせるなよ」
「お、驚かせるなはこっちの台詞だ」
「ゲイルのは自滅」
「そして誘爆・・・ドンマイ」
「ああ・・・って勘違いするなよ! 僕は優秀な側仕えに突然いなくなられたら困るわけで!」
「大丈夫ですアルフレッド様。私はもうあなたに忠誠を誓ってますから・・・それよりリアムさん、もしかして・・・」
「そう・・・なんだけど・・・」
「やっぱり・・・」
いざ、その時を迎えると身構えていた以上の勇気がいる。
「言ってみろ。みんなで聞いてやる」
「そうだよ! 今晩は最後の夜・・・年初めだけど、私、忘れるのも得意だから!」
ウォルターとラナ、アリアの兄と姉の気遣いは優しい。
「初等部を修了したら、ノーフォークには残らないし、王立学院にも行かない」
優しさに触れて、そこから先は口を開くのも、舌を動かすのも軽快に。
・
・
・
「フラジールは知ってたのか?」
「修了したら学院に行かず旅に出ることだけ・・・」
「・・・」
この中で初等部を修了したら僕が旅に出ることを事前に知っていたのはフラジールとティナの2人。・・・だけど、その理由を知る者はまだこの場には1人もいない。
「その理由を説明するのにみんなには一つ、僕の秘密を教えておかないと」
「秘密って言ったって・・・私たちウィリアムおじさんのことは知ってたし、別に驚くことでもなかったけど?」
「あのな、それは俺たちにとってはもう秘密じゃなかったからだろ。これからリアムがしようとしてるのは・・・俺たちにも今まで黙ってた話」
「あのさリアム・・・その・・・ぶっとぶ?」
「ぶっとぶと思う・・・」
「ひえぇ!? そ、そんなに!?」
ただでさえ旅に出ると聞いただけでも驚いているのに、これ以上、それもウィルの秘密を初めて聞いたときの衝撃に匹敵するくらいの秘密を抱えているとすれば、みんなソワソワと、リアムのベッドに一番近い端っこから身を乗り出さずにはいられない。
「ふぅ・・・僕は・・・」
「僕は・・・」
「はぁ・・・!?」
「ちょちょちょ、ちょっと待って! 理解が追いつかないんだが!?」
「ステータス、オープン」
「相変わらず化け物染みた魔力・・・ごめん」
「自覚済み・・・」
「・・・マジだ」
「マジで・・・」
「それじゃあもしかして僕たちは・・・」
「英雄譚に乗るような伝説のパーティーになったかもってこと!?」
「それは・・・僕自身現実にはまだ受け入れて認知はしてない。称号なんて所詮は付いたり消えたりするものだし」
「ちょ、ちょっと待て・・・だとすると、もしかして俺ってリアムを襲った極悪人として・・・」
「ブフッ! ちょ、笑わせないでよゲイルったら〜!」
「笑い事じゃないぞラナ! ・・・ダメだ。背筋が凍りついてきた・・・ジワジワ・・・ちょっとトイレ行ってくる」
僕の秘密は、みんながその語の並びを見てすぐさま自分の将来を憂いたり、驚いたり、そして腹を下すくらいには重い。
『・・・驚いた?』
『・・・驚いた』
『どう・・・かな?』
『どうって・・・今はビックリし過ぎて・・・でも、嬉しい気分でもなければ嫌な気分でもない・・・』
『ごめんね・・・君も最後にはあんなに素晴らしい活躍をしてくれたのに、特別な報酬をあげられなくて・・・』
『別にいいの・・・それにみんなが貰ったもの以外で私だけ特別に貰っちゃったら不公平だもの』
『だからあげるんじゃなくて、教えることにするよ・・・』
『何を──?』
僕のもう一つの秘密を・・・だけどそれは・・・また後日。
「・・・これで、今日をもって・・・アリアを解散とする」
今までありがとう。これから一人一人が自分の道を歩いて行く。そして、その道はお互いに離れたり、遠のいたり、しかし今日ほどに僕たちの道が重なり合う事は恐らくもうないだろう。




