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アナザーワールド 〜My growth start beating again in the world of second life〜  作者: Blackliszt
第3部 〜ダンジョン ”テール” 攻略〜

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268 Megaflash

『ウォルター・・・』

「リアム・・・?」

『イデアに手伝ってもらって喋ってる・・・』

「すまない・・・意気揚々と飛び出したはいいが、どうやら俺は力になれそうもない・・・」

『そうでもない・・・いいかな? ブレイフの前に風の加護を与えて落ちないように、かつ、自分を守りながら後ろに道を作るのはいいアイデアだった・・・けど、ブレイフは天馬なんだ・・・地上で戦うにも限界がある』

「そうだな・・・」

『けれど地上で戦う生き物に限界があるのは僕らにも言えること・・・ウォルター・・・4足歩行の生き物が最も嫌いそうなことは・・・どんなことだろう』

「嫌う・・・つまり動きを・・・」

『鈍らせたい』

「そうか・・・なら、小さい石が敷き詰められた地面とかどうだ・・・」

『なるほど・・・』

「尖った小石の多い道なんかだと蹄があろうがブレイフは歩くのを嫌がってすぐ羽を羽ばたかせる」


 力を後方に押し出すには、地面を掴む指の力が大事だ。コイツの機動力を落とすことを考えたときに、まず狙うべきは・・・素足・・・その指先か裏・・・。


『アルフレッド』

「リアムか・・・どうした」

『粒が大きめの砂利を敷いてくれ。なるべく丸くない尖ったやつを』

「どこにだ・・・」

『これから何度か奴と衝突を繰り返す。その足元に・・・』


 この竜力とやらを留める状態のまま魔法を使うのは正直に言うとかなり難しい・・・こんな時こそ仲間の力を借りるのがいいだろう。


「グラベル・・・」


 滑った・・・よしッ、足裏にかかる負担もこれで大きくなるから余計に──砂利が食い込む。


[グラアァッ・・・!]


 滑りかけると追撃を仕掛けてきたリアムに口角を下げて、スコルは恨めしそうに稲妻の如き眼光の端を揺らめかせ急いで間合いから離脱する。


「皆さん、残りのマスクができました! どうぞ──!」

「ありがとう、フラジー・・・」

『エリシア』

「リアム・・・」

『こことここと・・・ポイントのイメージを送るから、其処に重力板を』

「いいわよ・・・!」


 リアムの指示で地面から約1mの高さに床のように並べられた9枚の正方形の重力板。スコルを追うリアムが飛び乗り床に足をつけると──。


「くらえ・・・お前の灰だ」


 大きな空振が波状となってクレーターの壁面にぶつかる。黒い闇の床下ボトムからは大量の煤灰がボフッと噴き出し、スコルを含め前衛陣を襲う。


「凄い煙幕だッ・・・だがラナの風の加護とレイア達が複製してくれたマスクがあるから──」

「これじゃあニオイも・・・ン・・・嗅げない・・・でも──、リアムなら──」

「灰がぶつかる音、風の音を聞きながら魔力を感知する・・・私には最高の環境」


 襲ってきた灰の嵐に巻き込まれながらも、ラナは現在自分たちが置かれている状況を冷静に把握し、そしてある一案を思いつく。


『いいねラナ、それで行こう』

「だよね!!!」


 それを咄嗟に逆にリアムにイメージして送ると、空白を開けることなくすぐさまラナの案にノッて──。


「フライアッシュ!!!」


 ラナの号令により、巻き上げられ気流と重力に任せるままに空中を漂っていた灰が渦を巻くように指向性を持ってある一点に集中する。


「閉じ込めた!!! あの煤丸ススマルはエグいよ!!!」

「煤丸?」

「そ、閉じ込められたスコルはまだあの球体の中で吹き荒れる煤嵐に襲われてる・・・けど、抜け出そうと足を動かすたびにあの中でコロンコロンって・・・カワイイでしょ?」


 技が決まって興奮を抑えられず嬉々として周りに笑顔を振りまくラナの声が聞こえてくる。煤丸か・・・この状況でなんともラナらしい・・・僕ならそうだな・・・フレキシブルムーンとか名付けるのかな? 敵が強すぎる故か・・・ホントこんな状況なのに、こっちまでちょっと笑けてくるよ。


「あっ、でも空気で固めたから熱には弱いのか・・・」


 しかし視界を封じられ、鼻に詰まる灰にニオイも嗅げない状況にイライラと耐えかねたスコルは──。


『気にすることはない。今の攻撃で鼻腔には大量の煤が残り、目は確実に傷ついた・・・そこらに転がっていたのは灰だけではなく、ラナの起こした風にはアルフレッドが出した鋭利な砂利の細いのも混じっていた・・・』


 はじめ、リアムは前半戦の時にしたようにスコルの動きを単調にするためのただの嫌がらせとしての効果のみをこの煙幕に期待していただけだった。しかし浮いた飛灰と環境を鑑みて、ラナはソレを見事にダメージを与え後遺症を残す毒へと昇華させた。


「コンビネーションだね! やったねエリシア、アルフレッド!」

「なんかラナがこっちに向けて親指立てているが・・・返せばいいのか?」

「いいんじゃない、ナイスね、ラナ」


 闇力子の性質上、よくラナと組むエリシアは咄嗟に彼女のジェスチャーの意味を把握してグッと力強く親指を立てた右手を前に突き出して笑う。


「でもなんの準備もしてなかったこっちは思いっきり細かい灰を被ったんですけど・・・?」

『ごめん・・・でもマスクは間に合ったろ?』

「それはそうだし目を守るのも間に合ったけど・・・」

「ムゥー・・・私も何かしたいんだけどー」 

「お前は開幕いきなりぶっ放したろ・・・ただでさえ魔力を一度ほぼ使い切った後だったから微小な魔力しか回復していなかったと言うのに・・・」

「また・・・なんか今日のあんた本当に・・・不思議」

「僕もまずは身近なところから認めていくことにしただけさ・・・」


 だんだんと、一度は割れかけたパーティーの雰囲気が元に戻っていく。


『俺は・・・前線に向かうからとマスクを優先してもらい飛び出したはいいが、結局目で追うのが精一杯で、俺だけ・・・俺だけだ・・・』


 これは俺の胸の内、ここだけの話ってやつだ。不謹慎な話で、今この戦いの勝敗の行方を辿ってみればもしアリアがこの戦いに勝って仕舞えば、もう今後俺が・・・俺が冒険者として最高に輝ける瞬間はやってくるのだろうか・・・と・・・どうにか、どうにか才能あふれる後輩達に押され気味に戦いを通し裏方に徹しがちだった俺だが、この戦いでだけはなんとか・・・爪痕を残したい。


『助かるよ・・・チャンネルは元々イデアの力だがら彼女の協力でまだ繋げられているけど、この力を使っている間はなかなか持続的に魔法を使うのが難しくて・・・』

『そうなの・・・? まだまだ私の知らないことがありそう・・・これが終わったら・・・いつか教えてね・・・』

『必ず・・・いつか──』


 仲間のみんなに自分の今の状態でできること、できないことを改めて説明しながら、リアムは再び自分があるべき輪の中に戻ったことを実感する。


『おっと、未来のお嫁さんとの約束の結び直しにマスターの心も体もヒートアップですか・・・』


 会話の内容ごとにチャンネルへのアクセス権を切り替える職人イデアの声もまた、本人達には聞こえはしない。


 [──ガアッ!!!]


 僅かに目を瞑りリアムが視線を下げたのをスコルは見逃さない。


「溶岩の檻──ッ!!!」

「危ないリアムッ!!!」


 スコルが吠えて前足を地面に突き刺す。すると突然の変化球的なスコルの行動を見て足を止めていたリアムの周囲から勢いよく岩礁が吹き出して、壁となり、波となり──・・・。


「Black clouds──フィスト


 画面いっぱいを覆った溶岩の壁の向こうから、そんな呪文が聞こえてくる。烏丸閻魔、状態 ”霧雲”を拳に纏う──。


「コントゥージョン」


 次の瞬間、パァン──!!! と、面の広い板を水面に打ち付けたときのように豪快な音があたり一体に鳴り響く。


爪先トウス、アンウーンド!!!」


 続け様に爪先へ、岩漿を吹き出し脆くなっていたことと今の殴りの衝撃で崩れゆく足元など気にも止めずに外に向かって弾け飛ぶオレンジ色の飛沫の中心で、リアムは右足を蹴り上げ上下反転し、反転したまま空中で今度は上半身を大きく捻り前後反転して左足で大きく大気を蹴り下げる。


 [ガルルルルッ!!!]


 サッカーで言うところのオーバーヘッドのように蹴り出された気流に乗って一気に冷やされ弾丸となった石の礫雨がスコルに向かって飛んでいく。黒い狼は地面に突っ込んだ前足のため直ぐには回避行動を取れなかったため、そのまま全身に力を込めると辺りの地面、大気を熱し襲ってくる礫を再び液状へ還すとオレンジ色のドロドロを黒く濡れた体毛で受けて弾く。

 

「1度拳を突き出し、2度足をバタつかせただけだ・・・なのに1撃で四方八方から襲ってくる岩漿の波を貫き、2撃目で髪をかき上げ頬を叩くほどの突風を巻き起こし、3撃目には空中で反転したまま周りの溶岩の粒を使って反撃した・・・」

「風魔法を使った形跡も見受けられない・・・なんてバイタリティなんだ・・・」

「魔法じゃないのね・・・ダメね・・・私はもう見えないわ・・・折角リアムが私の分まで鈴魔眼を用意してくれたのに」

「私だって魔眼を使ってギリギリ・・・些細な馴れの差よ」


 大きく空振りはしたが、それでもスコルを威嚇するには十分の威力をリアムは見せつけた。普段から魔眼を使うカミラとエドガーと違って、同化状態より魔力親和性が落ちる常態のアイナには鈴魔眼を使ってももうリアムを捉えるのは難しいらしい。だが前線から退いてしばらく魔眼を使っていなかったリゲスも付いていくのは精一杯で、リアムとスコルの競り合いはそれほど苛烈になっていた。 


『それで言うと子供達が鈴魔眼の状態に馴れるのが早く済んだのはよかった・・・よく付いていっている』

「うぅむ・・・眼鏡があればなんとかなったかもしれん・・・年か・・・民の守護者がなんたる為体・・・」

「我々も平和に甘んじて訓練をサボりすぎたみたいですね・・・」

「エド、アイナ達にブーストをかけてやってくれないか・・・」

「いいよ・・・ブースト」


 熾烈なんて表現では生やさしい個と星の血液がぶつかり合い応酬する戦いに、想定していなかったスピードにブラームスや他の実力者達からも付いていけないと悲鳴が上がる。


『竜と魔族、全く違う種族固有の力のコラボレーション・・・まさかここまで使いこなすなんて・・・これもやはり、私たちを内包し得たマスターだからこそなのでしょうか』


 リアムは気付いていない。ごく自然と2つの異なる力を内から取り出して使いこなしている。竜力、魔族の魔力、・・・このまま魔装を纏い続ければいずれこの状態で自分本来の魔力も使った魔法を使えるようにまでに至るかもしれない。


[グルルルルル・・・]


 鼻先を爪先から生まれた風がくすぐると、スコルは自ら生み出した沼の中から這い出して静かに唸る。


「まだ、私も・・・何か・・・」


 すると・・・致し方なく副次的に作った沼に膝下まで沈み少し低くなった目線の先・・・つい今まで視界に入らなかった小さな獲物を発見し、また、スコルは思い出す。


[・・・]


 落ち着きなく耳と尻尾を動かし揺らす少女の手に嵌るグローブを見て、スコルはニヤリと笑う。


「クッソ・・・結局かぶっちゃったよ・・・アッチッチ」


 一方、自ら作った小さなクレーターの中に落ちたリアムは飛ばせなかった背後の冷えて焼けた溶岩石を払いつつ穴から這い出す最中だった。


「あいつ・・・何を見て・・・今・・・嗤った」


 穴から這い出す途中、リアムはスコルが自分ではなく何処か別のところを見て釘付けになっていることに気づく。その視線の先にいたのは、ウォルター、ラナ、ティナの前衛近接組。


[ハッハッ]


 地面を軽く一度だけひとっ跳びすると、頭を小刻みに揺らしながら少し粗めの短い呼吸を繰り返す。


『犬は笑わないとか・・・だけどつい数秒前とは様相が明らかに違う。嬉しそうだ・・・』


 そう、直前の雰囲気とは明らかに変わったスコルの薄ら笑いを見て何を企んでいるのかを探ろうとした・・・次の瞬間──ッ!!!


[シュウーーーッ]


 短く規則的だったスコルの呼吸が深く長くスローダウンする。


[ウガアアアアアア!!!]


 ──絶叫、電磁波の嵐が黒く煤を撒き散らすスコルの全身から放たれる。

 全方位に放たれた雷の金網はそこから直下の地面に散らばり、スコルを中心にクレーター中に広がろうとする。距離的にまず襲われるのはリアム、次いでウォルター、ラナ、ティナ、それからエリシア、ミリア、アルフレッド、フラジール、レイア、ゲイル。


「喰えッ──・・・」


 しかし大地を走るように放たれた電気がリアム以外の他のメンバーたちにまで届くことはなかった。 


「グウウウウッ!!! 」


 磁石に吸い寄せられる砂鉄のように電気網は地面に指先をかけていたリアムの指先に触れた瞬間から一箇所に吸い寄せられる。


「しびれるクライマックスだッ・・・!!!」


 吸電の間地面を強く掴み続けた。強ばる肉体から感じられるのは、練習曲エチュードの終盤によくあるような強く、かつ、勇ましく鍵盤を押さえ続けた後に襲ってくる達成感と高揚的な疲労の感覚。


「なんと全て吸い取りおった・・・」


 バチバチと帯電する雷がリアムの全身の毛を逆立てている。


[ハァーーーッ]


 しかしまだスコルの攻撃はひと段落していない。

 奇しくも全ての電気をリアム1人に吸い取られてしまったが、その表情に焦りなど微塵もない。しかしその落ち着きとは裏腹に、噛み合う牙の間から不規則に噴き出す超高温の飛び火・・・吸って吐いてそしてまた吸って吸いきったら閉じられていた顎がグッぱりと開けられた。


「なんだ・・・」


 放電したエネルギーを全て吸い取られたにも関わらず、全く涼しげな様相かつ口元から吹き出している熱気に今の攻撃はあくまでも次の攻撃へと移るための前哨であったことにリアムも気付く。


「アイツッ!!!」


 そして気付く。なぜ嬉しそうに嗤った後、強く地面を一度だけ蹴って跳んだのか。


「や、やられたかと思った・・・」

「リアムが助けてくれたの・・・?」

「リアムが助けてくれた・・・」

「助かった・・・」

「私なら大丈夫だったけどね!」

「お前だけ助かってもしょうがないだろ」

「まあね!」

「あ、あんなの一回でも触ったらひとたまりもありませんよぉお!」

「と、咄嗟に壁貼ろうと思ったけど前の離れてるみんなは護れなかった・・・ありがとうリアム」

「どうなったんだ、今・・・」


 スコルが見据える先のその視線の先には前衛近接組、前衛魔法組、後衛衛生班が見事綺麗に一直線に並んでいた。


「みんな逃げろッ!!!」


 しかしリアムの必死の警告も虚しくスコルは息吹く──。


[ガアアアアアアア────────]


 口が開き更にため息を吐き出すように短絡的に一呼吸置かれた刹那に黒煙を纏う熱線ブレスが噴き出される。


「・・・ッ!!!」

「ちょ、チョッ!!?」

「2人とも俺の、ブレイフの後ろに──ッ!!!」


 超高温の黒い爆発の咆哮が迫ってくる。大気に混じる煤との化学反応から強い煌めきを伴う咆哮だ。


「走らないと・・・」


 ・・・護らないと・・・そう思った瞬間にはもう僕の体は穴から這い出して彼らの元へと駆け出していた。



「リアム!!!」

『どうする無理やりにでも魔法を使うかだけどもうそんな魔力ほとんど残ってないならさっきみたいに──炎に勢いがありすぎるから全てを引きつけ吸い取るまでの間に後ろのみんなが焼かれるしそれに今喰ったばかりでこれ以上引き出して暴走したらどうする・・・僕がみんなを巻き込んだらどうするッ!!!』


 リアムでないと耐えられない高温の放射。とにかく僕は走った。そしてウォルター、ラナ、ティナの前に飛び出して最前線で迫り来る爆煙の強襲と対峙する。だがスコル前半戦、マーナ戦、後半戦への移動等で大量消費し実は魔力はもうほとんど残っていない。


『食べても雄牛のような勇敢さは芽生えないし、植物のように光合成ができるようになるわけでも、鳥のような羽が生えるわけでもない。この力は喰って、ただ消化して蓄えて効率的にエネルギーに変換するそれだけの力・・・』


 ──・・・一人前に飛び出したはいいものの、アレを放つ意外にもう対策がない。


『あったかい・・・』


 迫り来る獄炎を前に──、


『何かが僕を昂らせている』


 須臾の合間にリアムは感じとる。


「・・・」


 前から迫り来る熱波が齎す火傷ではなく、自分の腰に下げたホルダーから溢れ出す温もりが僕の琴線に触れていた。


[ゴオオオオオオオオオ──!!!!!!]


 そのホルダーは杖ホルダー。このホルダーには強力な保護呪文がかけられているから、体の芯まで凍りつかせるような冷気にさらされようとも、岩をも溶かす高温に襲われようが、中のものをあらゆる脅威から守るようイデアに細工させてある。そして中に保管されているのは、決戦に際し肌に身に付けた入学式の日に母さんが僕に授けてくれたお守り・・・炎獄の魔女の杖。


「護れる・・・」


 僕は本能の赴くままに僕は杖をホルダーから取り出すと、母の得意とする魔法の呪文を杖を振りながら力強く唱えた。


「第3位守護聖火 = アードゥル・ブルゼーンミフル!!!・・・ッッッッ」


 呪文を唱えると振られた杖の杖先から渦を巻きながら唸る火炎が豪快に噴き出す。あまりの勢いだったため思わず利き手の右手に左手を添えて両手で支えなければならないほどの業火。


「精霊が得意とするような緻密な魔法を杖一本を携えて・・・なんと素晴らしく、誇らしいことか・・・」

「仲間を守るために飛び出して、迫り来る脅威に立ち向かう姿はまるで・・・昔のアイナさんを見ているようだ・・・」

「炎獄の魔女の再来・・・」

「イチカ姉が飛び上がって喜んでそう・・・」


 ぶつかり合う炎によって生まれた気流によって凸状のクレーターに溜まっていた灰がまとめて淵から真上へと導かれる。


「・・・・・・ッ!!!」


 この半年訓練を始めてからと言うもの長らく杖を振ることはなかった。魔法剣士の僕にはあまり必要ない。そのために魔力制御だって、杖なしでマッチの炎くらいの大きさの灯まで絞れるよう完璧に仕上げた。


『目をつぶるなッ! 僕の経験上魔法行使中に目を瞑るとロクなことがない──!!!』


 この杖はお守り。お守りとして長年ずっと身につけてきたものだったから、アルフレッドとフラジールと並んで座った教室で魔石を暴走させてしまったあの日も、ダンジョンで初めて使った魔法でこれまた暴走させてしまった日も、ゴブリンメイジの召喚したオークの手からウォルターとラナと仲間たちとエリシアを救い出した時も、レイアとマレーネさんのところで薬学を学び、ティナと冒険した日も、ミリアの飛ばした家具を受け止めたり、ゲイルを部屋から外に連れ出して谷に突き落とした時も、杖を振っても振らなくても都度下手くそな魔力制御から漏れ出した僕の魔力を吸い取ってグリップの先に付けられた魔石に蓄積させていた。


『だがこれをずっと相殺し続けられるだけの魔力はッ!・・・これを後1分も続けられたら──僕は──』


 ここまでの長期戦を経て、僕の魔力は実はもうほとんど残っていない。だから魔力を極力必要としない、干渉できないハイドの力を使って戦うことにした。


嫉妬ユノ林檎の芯(アップルコア)・・・そういえばアイナの杖はリアム君が持っていたんだった」

「"第3位守護聖火 = アードゥル・ブルゼーンミフル” は精霊が扱う火魔法の中でも序列第3位に属する強力な魔法・・・まさか火精霊と契約しないリアムが・・・これも宿命か・・・」

「呪いに感謝なんてしない・・・アレも純粋なリアムの実力だ・・・」

「ンー! ンーンーンーッ!!!」

「アイナ・・・?」

「ンーッ!!! ハァッ、興奮しすぎちゃってどうしよう暑くなってきたわッ!!!」

「キャァーッ!!! 本当に髪の毛燃えてるわよ!?」

「えっ? あっ、興奮しすぎてちょっと・・・ごめんなさいね」


 興奮のあまり炎をちょびっとお漏らししてしまうほどの高揚がアイナ、それから──。


「さ、最高すぎる・・・ッ」

「お姉ちゃん・・・私しかいないけど一応鼻はかみな?」

「うん・・・ありがとうイツカ」


 初代の・・・リアムの両親達の世代のアリアを知る者たちはこの熱い展開に興奮を隠せない。


「リアム、私も手伝う──」

「ラナ・・・」

「ウィンド!!!」


 接合点より僅かに手前に風を送り、こちら側の炎を煽る。


「頑張ってリアム・・・私も支えます」

「ティナ」

「私もあなたたちの家族だからッ!!!」


 そっと背中に右手を添えて、左手で震えるあなたの左腕を支える。


「アードゥル!うおおおおおお!!!」

「ウォルター!」

「よそ見するなッ俺も昔から魔法使うのがヘタクソだったんだッ!だけど今はお前たちがいるからッ!!!」

「ヒヒィイイン!!!」

「燃やせブレイフ! 俺の魔力も全部持っていけッ!!!」


 長年埃をかぶっていた俺の魔力はさぞよく燃えるはずだ・・・そしてもう俺が爪痕を残すだとかもうそんなこと関係ない。生きるか死ぬかの究極の2択、絶対にこの局面を仲間と乗り切って見せる。

 

「リアムたちが──ッ!!!」

「俺たちもどうにかして力に──!」

「・・・なら送ろう。魔力を」

「魔力を送る・・・?」

「フラジールが魔力で他者の身体機能を強化するように、僕らの魔力を送って火炎を更に熱く燃え上がらせる燃料としてくべる」

「そうか・・・よしッ! やるわよ──!!!」


 複雑な人間の肉体が対象ならまだしも、魔法を対象に純粋な魔力を発火剤にするくらいなら簡単だ。


「火の勢いが──ッ!」

「これはエリシア、アルフレッド、ミリアの魔力」


 突然火の勢いが増した。合流する熱い熱気の中から魔力の繋がりを持ってそれが誰の魔力なのかを感じる。


「エリシアたちが魔力を送ってる──私たちも!!!」

「魔力を送りましょう!」

「魔力か・・・」

「ゲイルさん!」

「ほらゲイル!」

「お前ら・・・」


 杖を構える手とは空いた2人の手がゲイルに差し出され、そして3人で──。


「また来たッ! これはフラジールとレイア! それに・・・」

「ゲイルの匂いも・・・」

「揃ったな、全員!!!」


 ようやくここまで来て、パーティーの心が完全に一致する。

 

「ありがとう・・・みんな・・・」

『泣いてるの・・・リアム?』

『泣くなよ・・・まだ終わってない』

『泣かないでリアム』

「ごめんよ・・・本当に・・・」

『謝らなくていい。それでも俺たちは好きでお前と一緒にいる』

『そうです・・・私たちの方こそありがとうでごめんなさいです』

『あなたが傷ついているのに気づいてあげられなかった。そんな未熟な私たちだけれど・・・』


 勝とうと・・・確かに聞こえてくる。奴もこの炎を吐き出している間は安易に動けないだろう。然もなくばこちらの炎に襲われる。


「いこうよ、勝とうよリアム!」

「勝とうッ!!!」

「ああ、みんな側にいる! 勝とう、アリア!!!」


 そしてそれは隣からも──・・・実際に側にいる3人となんら遜色なく聞こえてきた今の声は・・・そうか君か。


「ウィル・・・あいつら私たちがあの時見た天の川に匹敵するくらい輝いてやがるな」

「そうだな・・・俺たちはいつから──・・・恐れるようになったのか」


 黒い煙を巻きながら襲ってくる超高温の赤炎にも、少なくともこの競合いの果てに生み出る結果をもう恐ることはない。


「──ッ!・・・勝とうッ・・・みんなで!」


 溢れてくる涙に負けないくらいに溢れてくるエモーションを全力でぶつけて僕たちはお前に勝つ──ッ!


「ハァアアアアアアア!!!」


 全力で叫んで、全力で立ち向かい、全力を振り絞る。


[カチカチッ]


 ・・・しかし、


『今の音は──?』


 僕たちアリアの挑戦の物語はその2回の不吉な音を境に唐突な終わりを迎えることとなった。カチカチッと、2つの8分音符がつながった淡白な拍子でありながら、燃え盛る気流の隙間を僅かに席巻し僕の耳を澄み渡った音は・・・、


”噛み合わされた牙同士がぶつかり合う音”


 次いで僕は目で確認した。火炎の繋ぎ目にできた僅かな綻びの合間から、黄赤の瞬く間に見えた。


「ハッ──・・・」


 次いで頭上から・・・空から・・・異変を感じ取る。


「ハァアアアアア!」

「クゥウウ!!!」

「・・・ッ!!!」


 側にいるみんなは必死で気づいていない・・・──異変にも、リアムの気合いが途切れてしまったことも。


「転送・・・」


 しかし確かに胸の内でまだ溢れ出している熱と理性の葛藤、この均衡は崩させはしない。


「ハァア・・・ア?」

「リア・・・」


 視界内の光景が大きく変わる。この変化は知っている。ついさっきも体験したばかりだ。そして・・・私たちは数十分前に見た時よりも更に大きく口を広げた大穴の赤く溶け出す壁の淵に立っていた。


「えっ──・・・」


 束の間の出来事だった。リアムの咆哮に合わせてパーティーのテンションが最高潮に達しようとしていたのに、何故か急に視界を支配する眩しさが消えて、翳した手の平に繋がっていた魔力リンクが途絶えていて、不思議とまだ私たちは前を向いたままで、自分たちの約100数メートル先の10メートル下にはまだあの黒灰炎と真っ向から対峙する見覚えのある背中が一つだけあった。


「リアムは──?」


 そしてまた、彼の背中だけがなくなったことに気づく。


「・・・嘘だろ」


 しかし彼らの側に居続けることができず一番驚いていたのは、転送の魔法を行使した他ならぬリアムだった。


『・・・思えばコレもよく僕に災難を齎す。最初は痣のように出現し、初めて地下牢で出会い、身体を乗っ取って山を吹っ飛ばし、空に大陸を横断したのではないかと思えるほどの光の線を引いて、最後はまた山頂を吹っ飛ばして・・・で、今だ・・・』


 これもまた、誤算だった。誰が思う? 竜力を纏った自分の体が自分の魔力によって、自分の意思で発動させられた魔法を拒否するなんて──・・・いや、拒否したというより咄嗟の行動で制御が外れて・・・喰った・・・そういうのが正しいかもしれない。


『でも素直に言うことを聞いてくれている今はどちらかと言うと僕の使い方が下手なだけなんだろう・・・それより酸素──火炎を断ち切って新しく魔法を使ったからもう目の前から迫りくるあれを遮るものはない・・・飲み込まれると息ができないのかな』


 同じ苦しみを味わえということなのか、だがお前も真空に数分耐えたように僕だって・・・。


『あ・・・』


 辺り一体の酸素を持っていかれたことに驚いてたけど、そっか、そういやそれがあったんだっけ・・・だから僕はみんなを遠ざけたんだった。

 

「ゼオライト」


 いいよ・・・間違ってどこか別の場所に落ちたら事だ。残りの魔力全部を使って手伝ってあげる。でも痛いのは嫌だからさ・・・自分の魔法だって喰ったんだ・・・なるべく痛くないように、できるだけアレも喰えよ。


「・・・」


 嬉しくてニヤリと、口角が上がる。


「ハァアアアアアア!!!」


 全身に力を込めて気合を入れ直す。


「アアア──ハハッ!ハハはッ!!!」


 しかしこんなにも重大な局面だと言うのに・・・僕はどうして、今、笑ってるんだろう。 


「ははっ・・・」


 何かを言い残そうと思い大口を開ける。しかし何も出てこない。もう、何も残す必要がなくなった・・・ただ、この攻撃からさえ仲間を退けられれば・・・それだけで僕は──。


「なぁ、今日この後神楽に行こうと思ってるんだけどさ、お前も一緒にこないか?」

「カミラ、連日の魔石作りで疲れてるんだしお酒飲めないのにリアム君付き合わせたらかわいそうだよ」

「だ、だって・・・コイツがいるとアオイが割引してくんないかなぁ・・・なんて」

「ゲスいよ!」

「あ、そうだダリウスのやつも誘ってやろう。それでまずはギルドの酒場で一杯ひっかけて、それで神楽に梯子しよう!なんて素晴らしい妙案だ!」

「リアム君、無理はしなくていいからね。僕も明日はスクールに顔出さなくちゃだし・・・」

「いいじゃんか〜付き合ってくれよ、な、リアム?」

「いいですよ・・・しばらくダリウスさんの愚痴も聞いてないから。それに父さんと母さんも行くんでしょ?」

「よし決まりだ! それじゃあウィルとアイナも改めて誘ってくるな!」

「二日酔いになっても解毒の魔法はかけないからね・・・」


 カミラさん、エドガーさん。


「リアムちゃんの筋肉、益々しなやかで美しく育ってきてるわね・・・私みたいに美しい顔だったらいいけど、リアムちゃんみたいにカワイイ顔に正直マッスルは・・・ねぇ?」

「うーん・・・でも一度はそのくらい筋肉もつけてみたいかも・・・」

「あらそう? なら最近開発した新しい体幹トレーニング教えてあげる。これが体幹を鍛えながらブレない体を作れられるから修行中のリアムちゃんには中々効率のいいトレーニングになると思うのよ。まずは両肘を地面につけた体勢になってね・・・」

「それもしかしてプランクですか?」

「プランク・・・?」

「こう両肘をつける、または掌をつけた状態で体幹から膝にかけて地面から浮かせた状態で暫くキープする」

「なんで知ってるの!? リアムちゃんやっぱり物知りね〜」

「たまたまですよ。リゲスさんこそこれを自分で考えつくなんて流石です」

「ありがと。これとスクワット、腕立てかカールをすれば体幹、足、腕と分けてトレーニングできるの。走ったり、剣を振ったりでその日使った筋肉の場所も違ってくるでしょうから、その日一日を振り返って体と相談しながら部分的に分けて不足分を補うように実践するといいわよ❤︎」


 リゲスさん。


同化コントラクト

「改めて見ると凄い・・・」

「さぁ、戦いましょうか。フフ、この状態になった私の魔法は──無限よ?」

「いいよ・・・炎獄の魔女・・・相手にとって不足なし」

「懐かしいわね・・・まさか息子にその名で呼ばれる日が来るなんて」

「あ・・・炎獄の魔女の前は嫉妬の魔女とか言われてたんだっけ? ほら、酒場のウェイトレスさんに目移りした父さんをテーブルごと焼いちゃって」

「ちょ、ど、どうしてリアムがその話を知ってるの!?」

「嫉妬に狂う悪の魔女めッ!!! 僕が成敗してやるッ!!!」

「せ、成敗!? まってリアム、きっとあなたの聞いた話にはいくつか誤解が──ッ!!!」

「隙アリ!!! シャックルス・・・これで行動不能っと──」

「ず、ずるいわよリアム!!?・・・ってこんな縄で私を行動不能にしただなんて思ったら大間違いよ!!!」

「燃やされたッ!? そうか・・・そっちの対策もしないと・・・頑丈な素材が必要だ」

「その話を持ち出したからには容赦しないわよ・・・さあ覚悟なさい! 誰から聞いたのかじっくり煮詰めてあげるッ!!!」


 ・・・母さん。


「例えばお前も刺突技を使うだろ?」

「はい」

「刺突、行為の名称から突いて貫くことを一番に想像するだろうが・・・実際に振ってみたらわかる。刀身は重いし、特に細い刀を使った突き技はいろんな方向から力がかかりやすいから──潰すように切る」

「武器の耐久力が拮抗する場合、やっぱり脆い方が負けるか・・・」

「そうだな。お前も昔は使い捨てのように刀を振るっていたし、今の刃はそう簡単に折れないくらい硬いからな・・・だがもし魔装の刃がアイツらの毛皮を貫通しなかったとき、もしくは同等の攻撃力まで火力を削ぎ落とされたらこうした小技は役に立つ。標的に当たる瞬間に肌を撫でるように僅かに寝かせ、触れた切っ先から切り込むんだ。刃先が滑らないように、確実に突き刺すために」

「ねぇ父さん。ならさ、こういう形態で殴ってみるのはどうだろう・・・」

「お、おいリアム・・・それは・・・」

「大丈夫・・・これは単なる形態変化だから暴走はしない」

「ならいいが・・・それで殴るってか? どれ一旦そこの岩でも殴ってみろ」

「よし・・・ハッ──!!!」

「・・・」

「・・・」

「・・・採用」

「フゥー・・・それじゃあ例えば僕が父さんと戦った時に使った拳の技とか、他にも応用できそうな技があったら教えてください」

「ま、任せろ!!!俺にドーンと任せておけ!!!」


 ・・・父さんッ。


「つ、疲れたー!」

「み、水をくれー」

「アリエ・・・」

「ストーップ!やっぱりいい!」

「えぇー・・・せっかく水分補給の魔法の練習したかったのに・・・ティナはどう?」

「い・・・いいです」

「どうして敬語!?」

「フラジール、今晩も風呂の後にストレッチの準備を・・・」

「は、はい!・・・ハァ、ハァ、準備しておきますッ」

「もうダメ・・・吐いちゃいそう」

「わ、私も・・・気持ちわるいッ」

「じゃ、じゃあ!ハァ、2人の分まで私がこの後のご飯ッ」

「「それはダメ!!!」」

「ニシシ、ダメかーッ!」

「みんな夕食できたよー!」

「「「ご飯ッ!!!」」」


 ウォルター、ラナ、レイア、アルフレッド、フラジール、ゲイル、ミリア、ティナ、エリシア・・・君たちが こぞって笑顔を振りまく情景が見える。


「ありがとう。僕はとうに、答えを見つけた」


 hora・・・嬉しくなっちゃってすぐに調子にのる。


「子供だ・・・僕はまだまだ・・・子供だ」


 どうして生きていくのにも困っていないくせに、僕はイマお前と向き合っているのだろう。その答えは、それが僕の最も欲しかったものであり、弱いところだったから。


"さっきぶり・・・毛染めた?・・・なんつって、だよね。ますます黒く艶めいちゃって・・・土汚れひとつない・・・”


 さっきゲイルと童話の兎に纏わる話をしたね。ズルイ兎は持ち前の長い耳や跳ねる脚力を駆使して力の差を見せつけてくる。お前も僕もそんな兎とあまり変わらない。


[・・・]


 今一度お前と正面から向き合うと、"白髪染めでもしたのかい?” なんつって、さっきまでのこと全部なかったことにしてフレンドリーに視線で詰ってみたりして・・・それでも奴は牙を剥き出しにして恨めしそうにこちらを見てる。


「ムカつくなぁ」


 リアムが内心を暴露した瞬間、スコルの眼光が僅かに傾いた・・・気がした。


 ”お互い様か”


 ──空が激しく光った。この走馬灯ってやつは・・・あいも変わらず現実のくせに現実味がないからいけない。


 “みんな僕について来られない・・・結局また、一人になるんじゃないか"


 ・・・今僕は、誰として自分に語りかけているのか。


 “もういいよ・・・みんな十分に頑張った。わかってるくせにメソメソしやがってみっともない"


 悪魔と天使が喧嘩してる。焦りに表面が急く反面、裏腹に思考が一つ一つ丁寧に整理されていく。どうやら怠惰な天使が優勢のようだ・・・まさか転生にこんな建設的な効果があったなんてね・・・ポックリポックリ。


 "しかしみっともなくてなにが悪いッ・・・ここまでが昔のナオトのひと段落。自分を世界に迫害された被害者だと思い込む昔の僕はこのループを繰り返す。──傲慢なんだ。だから辛くて当たり前だろ・・・厄災スコル"


 僕を新しくこんな試練の絶えない世界に落とした神よ。試練なんて下等な僕らが勝手に踠いてるだけのセルフだって──? ならこれもセルフでいいよね・・・僕はこの困難を超越したと思っても──・・・また生き返れるさ・・・だけどもし、僕の場合は・・・それでも、後悔はないよ・・・。


 ”我を悔い者にしたお前だけは許さない・・・極獄に堕とす”

 ”かまわない・・・テリトリーを侵したのは僕だ”


 ──・・・朱に交れば赤くなる。”ありがとう・・・みんな”。 















 ・

 ・

 ・

 空

 気

 が

  |

  |

 割

 れ

 /レ

  ゜


 



[アォオオオオオオオオオオオオ──────────ンッ!!!」





  膜           と

鼓────────── 利──────── 

    を

      貫 く 勝 



  敗     

────────────・・・

        の

      北








──破 裂 ──。


























 ──・・・反逆者を焼こうと息巻いていた獄炎が彼を飲み込むとほぼ同時に宇宙から落ちた裁きの鉄槌に割られる。そして地獄の炎よりも落とされた鉄槌の方が何倍も、何十倍も熱い・・・。


”灰・・・敗狼・・・そうか・・・倫理云々以前に負けるのってこんなに・・・辛・・・”


 白い灰の雪が降ってくる。あれだけの熱を全身に受けて・・・寒い。あの時と同じように、朱も赤も関係なく積もる灰によって全てが黒く──、


"──^√──・・・・・・・・・・・・”


 ・・・塗り潰されていく。


「・・・アア・・・アッ!!!!!!」

「り、リア・・・リアッ──!」


 親は子の危機をいち早く察するか、1人だけ取り残された息子の姿を見て反射的に立ち上がり、だからと言って画面を支配する異様に長い光のノイズを前にどうこうするでもなく喉奥から溢れてくるえずきのせいで開いた口が塞がらないまま10秒、白く鈍い雪の合間に明けた黒い狼だけが呻きを上げる焼け焦げた戦場を見てアイナとウィリアムは膝から崩れ落ちる。


「リアム・・・?」


 少年の仲間であり、友達であり、家族でもある少女は数秒前の光景が見えなかったフリをしてキョトンと状況が理解できずにいる。


「目の前の輝きに目をとられて気がつかなかった・・・そうだそうに違いない!!!」

「どこだリアム! どこに、どこにいるんだ!!!」

「返事を、逃げたんだろ! 無事なんだろ!!!」


 周りでは、一緒に壁を降りて姿を消した彼を探すため必死に声を荒らげながら忙しなくしている友達がいる。


[グウウウ──・・・ッ!]


 さっきまで私たちと競り合っていた強敵は自分が落とした分不相応なモノにダメージを受けたらしく、必死に立ち上がろうと足を震わせながら呻きを上げていた。


「リアム・・・あの・・・リアム?」


 だが、つい先ほどまで命の奪い合いをしていた敵が目の前で立てないほどに弱っている・・・今はそんなことどうでもいい。


「ど、どこに・・・リアム・・・・リアム」


 さて、さっきまで目の前にいた彼はどこにいったのだろうか。


「リアム・・・リアム・・・」


 魔眼に護られてさえなければ網膜の細胞全てが焼けてしまう程の閃光の明滅がまだ名残る。頼りになるのは焦げ臭く、ピリピリと焼ける戦場に飛び降りて、足の裏をくすぐる残電と、巻き上げられて再び積もった灰の隙間に僅かにだけ垣間見える・・・彼のニオイを──・・・。


「リア・・・」


 ・・・なんだろうか、コレは。・・・白く積もった灰の中に黒い炭の塊が。


「あ・・・あ・・あ・・・アッ・・・」


 他の仲間達ともほぼ同時に足を踏み出し戦場に降り立ったエリシアは、可愛らしく大きな耳とフサフサの尻尾を持つ彼女が立ち止まった瞬間、この数秒の間に何が起こったのかを理解してしまい激しく後悔する。どうして目を閉じてしまったのか、彼は一人で立ち向かったと言うのに私は恐れて目を閉じて、腕でまでも視界を覆ってしまった。


「嘘・・・ですよね・・・?」


 嘘じゃない・・・焦げ臭さに肉の香りも焼き消されてしまったような煙の中にほんの僅かにだけ、彼の血の匂いが香る。


「強い・・・つおい・・・ですもんね・・・リアムわッ・・・」


 どうしてこうなった──・・・。


「起きてください・・・起きて・・・いつもみたいに私に笑いかけて──」


 ただ私はこの人の側にいたかっただけだ。・・・あなたの側にいられるなら、妹でも、姉でも、娘でも、使用人だって・・・また、あなたの奴隷に戻ったっていい。


「リア──」


 もうすぐ夜が明けそうな時間だ。空には相変わらず分厚い雲が渦を巻いているけど、いつもの朝のように部屋にお起しに行って──・・・おはようって。 


「あ・・・」


 そんな日常をふと思い浮かべると目元からまだ全然イマの状況も理解できていないというのに何故か涙が流れ出していた。そして頬を伝った滴が重力に負けて彼の上に落ちてしまう。静かに黒い表面を伝うかと思われた水は炭の端に落ちると、血滴を垂らされたマーナの残骸のように細かい粒子が凝結していただけだったようで・・・、


「グウ・・・ウッ!」


 ”──ボロッ”・・・と。失ってはいけなかった大切なものを失って、ティナはこれ以上涙を彼に溢すまいと顔を地面に伏せる。


「あ──」


 ティナの涙が落ちると、彼の左足らしき塊がボロッと崩れる。その瞬間、私は──・・・。


「ぐ・・・グウウウッ」

 

 お慕い申し上げるあなたの晒してはいけない部分モノをあろうことか私は皆んなの前で晒してしまった。 


「う、嘘よ・・・リアム・・・ねぇ、あの時私を救ってくれたあなたは牙を突き立てた私・・・にも笑って・・・」


 あなたの見て欲しくないと願った姿を私たちは見てしまった。あの時私に愛の旋律を奏でてくれたあなたは・・・どこ?


「ア・・・アア・・・ア」


 あの時寝そべって夜空の星を見上げながら、私の名前と同じ名前がついた美しい曲を聴かせてくれたあの人の顔は見る影もなく、どこにもない。


「ティ、ティナ・・・?・・・リアム・・・そんなッ!!!!」


 そのことだけを想うだけで、どうしようもなく苦しくなる。


「エリシア、あなたどこ見・・・て・・・エ、え???」


 ──・・・苦しくないはずがない。


「なんだよ・・・ティナの傍にあるの・・・誰だよ」


 言語がめちゃくちゃだ・・・誰なのにあるってなんだ・・・。


「あ、あり得ないよ・・・す、炭なんて・・・ね?」


 崩れ落ちたティナの膝下にあるのは違う。あんな恐ろしい熱とエネルギーの塊が直撃していれば私の知ってる人体なら炭どころか跡形も無くなってしまうだろう・・・だから、だからあれは絶対に違うはず、違うはずだ・・・あれ、なら跡形も無くなるなら、結局──・・・。


「──・・・ッッッ」


 大切な友人が、大切な友人の亡骸を見つけたんだと言うことと、想像もしたくなかった最悪の事が起こったことに酷く動揺してしまい嗚咽の声も出ない・・・咄嗟に手を覆わないと溢れ出してくる感情でどうにかなってしまいそう。


「ウォル兄・・・お兄ちゃんッ!!!」


 私はこんなに辛くて悲しい心のまま一人で立っていられるほど強くない。


「・・・冗談だろ」


 トンっと妹に袖を引かれて、ようやく俺は現実に直面した。


「俺は結局、お前を助けられなかったのか──・・・」

「やっぱり私たち・・・きちゃ・・・いけなかったんだ・・・」


 今日も世界のどこかにはたくさんの人間が生きていて──、


「ギリッ──」


 くそったれと、僕は終わりの時を噛み締める。






 ・・・噛みしめられるはずがない。


「グアアアアアア!!!!!!」

「アアアアアア!!!!!!」


 突如決壊した2人の少女の絶叫が、辺り一体に強く反響する。


「ティナ・・・ティナ?」

「フーッ!フーッ!!!」

「ティナ!!!」


 奴隷紋によって刻まれ、魔力の扱いに長けていないティナの魔力は長い間、組み込まれていたリアムの魔力によって調伏されていた。


「エリシア!!!」

「血が焦れた・・・あの人の大切な体がッッッッ!!!」

「エリシア!?」


 身近な親しい人がなくなった。何千キロ離れても切れなかったつながりが切れた・・・影や気配以上に濃厚な蜜に染められていた体の一部がポッカリと空いた。空いた穴に虚が堆積して心を押しつぶす。


「グルルルルルrrrッ!!!」


 あの人がいたから、目の前に太陽を喰らった獣がいるようなそんな過酷な環境でも、木漏れ日が溜まった陽だまりにいるような気がして安心できた。だけどあらゆる脅威から私を守ってくれたあの人がいなくなって・・・ここは陽だまりではなくなった。


「こんな戦い今すぐ終わらせちゃえ・・・そしたら帰ってくるもの・・・」


 身の丈を弁えずに挑んだお前たちの自業自得だろうと言われようが、このまま黙って喪に伏すことなどできるはずがない。


狂い始めた(bestial)羅針盤(compass)・・・」

「終末薔薇ノ血棘 - Rose of the end thorns- 」


 私たちはこのまま黙ってアイツに殺されるわけにはいかない。


「殴って蹴って、殴って蹴って殴って殴って血で濡れた舌の根も乾かぬうちに口吻ごと噛みちぎってやる」


 ──・・・のさばらせない。


「あなたに啜る血が残らないほどの残酷な終わりを」


 ──・・・侵させはしない。


「噛みちぎったら次は耳を引き千切る。そして目を引っ掻いて、足を折って・・・生き物として何も追えなくなったら・・・」

「とりあえずその毛が邪魔・・・だから皮ごと刈り取ってまずは静脈をチョッキンね。そうしたら心臓に戻る血液がなくなるまで少しずつ、少しずつ痛ぶってあげる・・・で・・・苦しそうにもうやめてください”キャン”って100回鳴いたら、そしたら・・・」


 普通なら考えも思いつきもしないような残酷な拷問法を口走るほどに私たちは惨く傷つけられた。


「「コロす──ッ!!!」」


 ──理性が憎しみに犯される・・・ここは地獄だ。


「いくらなんでも無理だ!!! そんな、その程度のスピードでスコルに追いつけるはずが──!!?」


 仲間の制止も聞かずにいつもと変わらない踏み込みでティナは地面を蹴った。──しかし彼女の羅針盤は彼女が最も欲しいもののニオイの痕跡を嗅ぎ分けて辿る。


 [オォオオオオオオオオン!!!]


 全身開放的な傷だらけながらも持ち前の治癒力で遠吠えをあげるまでに回復したスコルが無数の細い雷の先端を迫り来る小さな獣へと向ける。 


「避けたッ!?」


 しかし強幹弱枝に徹するしかない今のスコルの雷撃は1本もティナにかすりすらしない。 


「あなたはもう私の敵・・・」


 空亡の今、星が味方しなくても私には関係ない。奴を確実に仕留められる路を走るだけ。


[ガアアッ──!?]

「ウルサイ・・・」


 難なく雷の雨をすり抜けて接近したティナがスコルの鼻先マズルを右手でがっつりと掴む。 


[グッ・・・!]


 そして鼻先を掴まれ反射的に閉じた顎の下影に下半身をねじ込むと──。


「サージウーンド」


 顎から長く美しい口吻を伝う大波の衝撃が脳天までを貫いて揺らす。


 [ガッ──!!!]


 あまりの衝撃にスコルは思わず腹を見せて後ろに仰け反った。


「絡まりなさい──ローズステム」


 そしてもう一人の怒り狂うエリシアが腹を見せて仰け反ったその隙を逃すはずがない。先端を鋭利にしたムチのようにしなる無数の魔法線が飛びスコルの腹に突き刺さる。


棘の臓物抜き(スピニードロウ)


 鎌の柄にグルグルと薔薇の茎を巻きつけてひっかけるとワルツでも踊るかのように舞う。


[ガアアァアアァ!!!]


 巨体ゆえ刺さった茎は臓物まで届かなかったものの、携える棘が肉を抉り全身から血を吹き出させる。今までの咆哮とは明らかに違う痛みに悶える悲鳴が天に向かって叫ばれる。 


「フ・・・フフフフフ・・・殺すための武器に飾りなんていらない。狂い咲くなど生温い・・・奴の息の根を確実に刺す荊棘の垣を・・・リアムには触れさせない」


 そうして握られるエリシアの魔装の柄には一切の飾りはなく静脈の血で滴ったような色で染められ、刃は銀に白く塗られている。 


[ガルルルルッ!!!]


 エリシアの冷たいマナコを傷だらけの腹で感じ取ったスコルは体勢を立て直そうと必死に体を捻らせ無数に開いた傷穴から血を吹き出しながら唸る。


「・・・まだこの程度じゃコントロールできない?」


 肉ごと皮まで剥ぎ取られそうな目にあったにも関わらず、恨めしそうに眼光を鈍らせるスコルの反抗的な態度を見るとティナは右手のグローブを脱ぎ捨てる。


「・・・」


 まだすぐ側で待機していたティナの拳がエリシアの空けた穴の一つに向かって突き刺さる。 


「ヘルウーンド」


 ──・・・肉を掴む。


[カッ・・・・・・カッ]


 直接体内に腕を突っ込まれて傷つけられた肉を再度腕で撫でられ、かつ、掴まれた痛みときたら悶絶し一歩間違えば卒倒するレベルの苦しみであるが、刺激の強さのあまり意識を手放すことは許されない。


「ティナ、手が・・・」


 腕を突っ込んでから約2秒後、スコルの体から抜けたティナの腕はパンパンに膨れ上がっていた。


「フーッ!フーッ!」


 しかしティナは膨れ上がってしまい指がくっついてしまい肉を握ったままの手のことなども考えていない。なぜならあまりの激痛と猛攻に声が出なくなってしまうほどスコルを攻撃できる手段に使える()()はまだ後3本も残っている。


[──カッ!!!]


 ティナとエリシアの更なる猛攻を恐れたスコルは慌てて身を翻しながらようやく数十メートル後退する。


「次は左腕──ッ!」

「ローズステム・・・まだまだこんなものじゃ足りない」


 しかしティナもエリシアも休むことなく攻撃を再開する。


「えぐい・・・何もかもが」

「地獄だ・・・こんなの」


 エリシアの発した狂い飛ぶ茨の合間を縫ってティナが走る。2人の怒りが乗った一つ一つの一撃は、何かにぶつけるまで絶対に止まらない。


「エリシアの・・・アレは聞いてはいたが・・・それにティナのアレはなんだ・・・」

「違う・・・」

「ヴィンス・・・エリシアは、エリシアは・・・リアム君もッ」

「違う・・・知らない・・・すまないリンシア・・・エリシアのアレは我らが落ちる階層よりもはるかに・・・下にある・・・なのに敵を確実に嗅ぎ分け、加えて仲間と連携している・・・のか・・・」


 目の前にあるものだけを見て使って、避けて・・・あれを連携と言うには無理があるかもしれない。そしてこの変化はまだ始まったばかり・・・。


「あの猛り狂う強幹な様はもしや・・・」

破獣化ビースト・・・」

「ビースト・・・獣化か?」

「獣化できる獣人の中でもビーストと呼ばれる領域に辿り着けるのは2桁に届くかどうかと一握りの獣人しか踏み込めぬ混じり気のない本能の領域・・・我らが扱う眷属魔法の壁であるレベルⅦ超律級を超えるレベルⅧ、最低でも戒律級に相当する力・・・」

「レベル・・・Ⅷ? は・・・? おいおいおい、おかしいじゃないのさ・・・国の中核をなす王都でもそんな幻級の魔法が使える人間なんて単体では存在しない」

「それだけではないっ・・・我々が魔法の戦いにおいて魔力量でそのレベル差を凌駕するように、素の肉体スペックによっては精霊王とその契約者とも肩を並べる。ビーストの領域に踏み込めぬ限り、例え王家の血筋であろうが王位を継ぐことは許されずに継承権を没収される。聖戦を経て確たる国際的な地位を獲得した後も強きを尊び弱気を従える習慣が獣国ガルドに残るのも過去に侵略してきた他種族に強く迫害された歴史を経たため、同盟に参加する大国に対抗するため・・・」


 王城の書庫に自由に出入りできたブラームスはこれのことも知っている。100年以上前に実在した人物を題材に巷では多くの空想も織り交ぜられて描かれた勇者物語の最終章『聖戦』にて、邪神に支配された竜王の配下である竜達を当時のガルドの王が次々と殴り伏せ、勇者達の道を切り開いた逸話は実話に基づく神話であると──。


「あれだけの力の変化・・・まさに一時的かつ究極的な肉体の進化・・・ティナは匂いであのスコルを追っているようだ・・・似ておるな・・・お前の技に・・・」

「・・・」


 ビーストに挑戦するには元々の才能もさることながら強い精神力が必要である。かの国で名を挙げた実力者でも一度あの領域に身をやつせば猛り狂う力の本流を制御できず、制御を失った肉体は内なる封じられし魔力によって・・・この先の末路は消沈するこやつの隣で今語る必要もなかろうな。また、身の破滅を呼びかねない力であるからビーストに至れる者の多くが過去になんらかの窮地に陥り特攻し賭けに出た武勇伝を持つ者が多い・・・ティナ・・・あの子は賭けに勝ったのか、負けたのか。 


「リアム・・・リアムッッッ!!!・・・ゥアアアアアアアッッッ!!!」


 いくらティナが呼び続けようが彼からの返事はない ・・・あの姿を見ていると非常に胸が痛む。


「トゲのない薔薇はない・・・愛でるだけに飽き足らず、薔薇を摘み取ったエリシアの手も傷つく・・・摘み取れば摘み取るほどなくなることはない痛みを恐れなくなり、薔薇色に染まる手に魅了されると取り返しがつかなくなり、そして──」

 

 変な話であるがあの子の親である私もこの戦いに娘たちが臨むのにある程度の覚悟を決めてきた。だが、これは違う。No Rose Without A Thorn・・・美しい薔薇の茎にはいつも棘があった。棘のない薔薇はない。真実の愛を見つけようと必死だった私は既に薔薇の棘を全て切り落とし終えたが、まさか道を踏み外した我々魔族と人の家系にこのような狂気じみた埋もれた棘が存在するなどとは知らなかった。


「やめてヴィンス・・・」

「・・・止めよう」


 私の手を握った愛する人の手は震えていた。だが同時に私の手も震えていた。・・・それほどまでに彼の存在は大きかったし大きすぎた・・・これは・・・惨すぎる。


「ティナ・・・ずっとリアムを呼んでる・・・」

「ああ・・・」

「当然だよ・・・ッ・・・ティナにとってはリアムがッ・・・リアムが全てだったんだもんッ!!!」

「リアムさんッ・・・あんな・・・あんなになってまで私たちを守ってくれたのにこんなッ、こんな辛いことって!」

「エリシアも・・・どう、どうしちゃったの・・・2人、2人ともッ」

「リアム・・・お前そんなに黒く脆くなるまで・・・痛かっだろ・・・ダメだ・・・こんなに離れてるのに俺は・・・直視できない」

「目を逸らすなッ!アイツこそが僕たちが今までリアムに甘えていた代償で証だ!!!」

「だが、だが──ッ!!!」

「成れの果てなどではないッ!!! アイツは帰ってくるッ!!!その時に前に僕たちがしてもらったように・・・せめてお前のおかげだったと言えるくらいに活躍して励ましてやらないと・・・アイツは勇者だ・・・身を挺して僕たちを・・・守った・・・」


 戦場で血の臭いを追いかける彼女達の如く、自ら戦いに臨むと決意したのだから我々も勝つこと諦めない。ただ・・・大切な者を失ったその失意の形には自分たちと彼女らとの間には雷と雨のような差があった。


「ダメだ行かせない!!!」


 雷を再び放電したスコルは今度は火を吹くことはなく、自らの仇を討つために立てた計画を遂行するべく駆ける。しかしその行手をエリシアの薔薇の生垣が阻む。全身傷だらけの今の体にあの薔薇がまとわりつくのはイタイ。


「・・・ッ! アルフレッドたちは残って対処をッ!俺も直ぐに戻る!」

「対処って言ったって・・・」

「ラナ、レイア! ブレイフに乗れ!!!」

「ウォル兄・・・」

「兄さん・・・」

「いいから乗るんだ!!!」


 しかし約1名、雷にも雨にもナラズ、上空で渦を巻く雲に巻かれることなくウォルターは現在の戦場を俯瞰する。


『あの頃に比べて意識は幾ばくか残ってはいそうだ・・・ティナとエリシアが激昂に呑まれたと言うのなら、あれは同じパーティーに属する俺たちの怒りだ・・・復讐だ・・・だからこそ俺が為すべきことは悲劇の衝撃にあぐらを掻き座すことではなく、現状を冷静に見通すこと──』


 ・・・それだってのに涙が溢れて止まりゃあしねぇ!!!


「・・・兄さんは乗らないの?」

「俺は乗らん・・・俺は・・・攫う」


 2人に何が起こったのかはわからない。だが一人だけ、一方だけはなんとなく変化に見覚えがある・・・だからかどうかと言われれば全然違うのだが、兎にも角にも、エリシアとティナとそれから仲間達の葛藤のおかげで俺はあることに気付いた。


「盗んでやる・・・絶対に・・・」


 ・・・盗む、──何を。


「フラジール、ブーストを俺でなくてブレイフにかけてくれ」

「ブレイフさんに・・・?』

「ああ・・・」

「な、なるほど・・・それならさっきよりもスピードがでる・・・でもウォルターさんにも」

「俺にはかけなくていい・・・俺の分まで、エリシアとティナに回してやってくれ・・・死なないように」


 2人の今の状態だとブーストを唱えていても唱えていなくとも、肉体の限界を超えながらも動きつづけることをやめないだろう。ならば全力を出させてやって、スコルからの被傷を避けられるようにしてやるのがベストだ。


「精霊剣術・・・輝きと兆し - Signs of the shine -」


 剣の面を相棒の炎の輝きに翳し炎の力を刀身に受け取る。


「いざとなったら全速力で2人を護れ・・・ブレイフ」

「ブルルルル・・・」


 涙の輝きを、光を奪う光に換えて──。


”──厄介な。このメスノミ共・・・ようやく我らの玉座を脅かした矮小な不届き者の息の根を止め、延いてはその骸を嘲笑いながら踏み砕いてやろうとしていたものを”


 ──・・・加えて。


「「逃げるな!!!」」

「2人を無視して──ッウォルター! 横からきてるぞッ!!!」


 我の思惑を邪魔する下等な生き物がまた1匹増えた。


「・・・」

「気付いてないのか!?」


 痛む全身を圧して、高温に熱した牙でガチガチと行手を阻む生垣を噛みちぎりスコルが一線を突破する。 


「待てぇえええ!!・・・ッ!!!」

「逃げるなッッッ!!!」


 更に追撃するティナとエリシアの猛攻を避けつつ、すり抜けてきたスコルが前線を行くウォルターに迫る。


”一番弱い奴から・・・”


 弱点を突くのは目障りな厄介者がいる時に有効な手段であることを先ほども実践し証明したばかりである。この上なく有用な手段であり、かつ、残され絶望しながら嬲られ疲弊していく獲物を一匹一匹喰らう支配感は我々の際限ない欲を満たす一つの手段。


[ガアアアアアア!!!]


 先に、あの不届き者の次はお前に屈辱の味を味合わせてやろう。


[ガルウッ──?]


 声に振り向きもしない・・・エリシアの茨の生垣を燃やし砕いた顎の影に姿が隠れた瞬間、確実にウォルターが仕留められたと誰もが思ったその矢先──。 


[・・・]


 今、確かに我は噛み付いたはずだ。それなのになぜ奴は我が牙をすり抜け何事もなかったのように走り続けている。


『ミラージュ』


 ウォルターの駆け引きは既に盗むと覚悟を決めた瞬間から始まっていた。走り始めると同時に己の体を透明に隠し、更にその上から生み出した光の分身体に重ねて実体を像のスクリーンにした。そしてスコルが噛みつく直前に元々僅かに速度を落として走っていた実体のみの速度を最高速に引き上げた。


[グルルルル・・・]


 2重にかけられた光魔法の緩急にスコルが混乱してる・・・このまま、この速度なら──ッ・・・そう思った。


『もう捕捉されたッ!ブーストも掛けず最低限に隠密に徹したってのにッ! やはり匂いが・・・ッ!!!』


 今動かしてる足を石のように固め危うく躓きかけるような寒気と共に、とてつもなく強い怒りと殺意を感じ得る。母から教わった第一の技、この技の弱点それは音と匂いだ。


[ガアアアアアアッッ!!!]


 なぜ初めからそうしなかったのか。猟に長けた我らの種族が狩をする時まずは何より臭いをアテにする。獲物を嗅ぎ分けて追跡し、目と鼻の両方で確認して初めて獲物に飛び掛かる。それだと言うのに、コイツも我を嬲りものにし貶めたアレと同じことを・・・羽虫如きが我を罠に嵌めたと言うのか。


”許さん・・・お前は足で踏み潰して、飛び出した上半身を咥え半分に引き裂いてくれる”


 奇しくもミスリードで像に目を釘付けにしたウォルターはかつてリアムに向けられた怒りを再燃させつつあるスコルに目をつけられる。


「た、助け・・・助けてく・・・」


 例え匂いで居場所がバレていたとしても、折角あった実像のアドバンテージを恐怖のあまりみすみす捨てて姿を表すなど愚かで、背中を向けて逃げる姿はまさに弱者の象徴。


『助けに来るなよ。巻き添え喰らうぞ・・・エリシア、ティナ』


 愚か者を──愚か者の象徴を演じる勇しきギャンブラー。


「哀れな道化に騙されるのってどんな気分だ?」


 ”振り向いた!”・・・いい隙だ。お前だろうがこの光は強烈だぞ・・・──。


紅光薔薇レッドフラッシュ──!!!」


 目と鼻の先・・・最も光が有効に作用する射程までスコルを引き込んだ。背中を向けていたウォルターが急に振り返りソレに面食らったスコルが体をわずかに硬直させた瞬間、剣の刃から放たれた赤い閃光が辺り一体の光を支配する。


「ブーストぉお!!!」


 更にここでウォルターがこのゲームにチェックを唱える。


「目を潰したスコルの周りに灰を撒いて撹乱した!!!」


 更に数歩後退すると、直ぐに匂いで追ってこれないよう戦場に積もる灰を自ら身体強化をかけた状態の剣を振り上げる風圧で主に鼻を目掛けて灰を巻き上げ食らわせる。


「目がァアアアアアア!!! さっきの雷といいお願いだからフラッシュ使う前に一言頂戴ィイッ!!!」

「大変!・・・でも会場中が静まりかえってるのによくそんなにバタバタできるわね」

「お姉ちゃんそんなこといいから早く目ぇ治して!!!」

「ハイハイっ!」


 ウォルターが発した赤い閃光は、戦場をライブビューイングする映像魔道器具と常に近距離で仕事するイツカが重用する強光カットの遮光魔法を貫通して彼女が両手で目を覆いえび反りになって悶絶するほどの強烈なものだった。


「光ッ、いや炎ッ! その両方ッッッッ!!!」


 ウォルターの握る剣に精霊の輝きを見た瞬間に態とスコルに姿を見せた息子が何をしようとしているのか察したカミラは、咄嗟に映像魔道具を激しい光の明滅を抑える魔法の膜で作り覆う。


“ざまあみろ!!! 俺はブレイフの力借りなきゃそれほどでもないが剣に相棒の輝きを閉じ込めて開放した今の光は母さんのソレと比べてもほとんど遜色ないはずだ!!!”


 灰の舞う戦場から、聞こえるはずもない息子のそんな喜びの声が聞こえてきた気がした。


「ウォ、ウォルターお前・・・」


 咄嗟に魔法を使って正解だった。私の技なら映像を通して観客の視力までも奪う光など生めない。


『今だ・・・今のうちにリアムを・・・リアムが俺たちを待ってるから!!!』


 身体強化を使った状態でウォルターはラストスパートを駆ける。


「リアムが待ってる・・・だと?」


 ・・・なんだ、今、まるで心で会話するようにウォルターの声が頭の中に聞こえてきたぞ。


「・・・リアムが待ってる?」


 ”リアムが待ってる・・・だと?”、唐突になんの前置きもなくゲイルが小さく漏らした言葉は、戦いの行く末を悲観的に見守るコンテスト会場の観客席にまで反響する。 


「・・・今のは・・・ゲイルの声か──?」

「リアムが・・・待って・・・る・・・」


 ものすごく久しぶりに息子の名前を聞いたかのように、手を繋ぎあいながら完全に消沈し切っていたウィルとアイナも反応を示す。


「ゲイル・・・?」

「ボケちまったのかウォルター・・・リアムはもうとっくに──・・・」

「そうだとっくに死んで・・・?」

「お前ウォルターと喋ってるのか?」


 心の声は一方通行で必要最低限に、必要な人材に向けて──。


「・・・そういうことかよッ!!!」

「うわッ! なんだよ急にでかい声出して!」

「だから2人をいつでも避難できるようにさせたのかッ!」

「あんたどうしちゃったの!? ふ、フラジール!」

「ゲイルさん大丈夫ですか? 聞こえますか?」


 呼びかけに反応することなく急に明るくなったゲイルにアルフレッドは困惑し、ミリアはゲイルの精神状態を心配し、応急措置の心得があるフラジールはゲイルに更なる呼びかけを試みる──が、・・・次の瞬間──、


「ゲイル!!!援護してくれっ!!!」

「一発で取り返せッ!! ──ゲート!!!」


 ウォルターが自分の名前を名指しした瞬間に、ゲイルは咄嗟に彼の名指しの意図を理解して見せる。空間属性魔力を通してクレーター内の現状況を把握して出口をブレイフとレイアとラナの元へ、入り口をウォルターから6メートル先に繋げて穴を出現させる。


[グオオオオオッッ!!!]


 だが予想よりも早く冷静さを取り戻したスコルがまとわりつく灰を払い退けブレることなくウォルター目掛けて後ろから直進してきていた。


「間に合えぇええ!!!」 


 火傷から血が滲んでしまったのか参考にすべきあの人の光の輝きに比べればまだ鈍かったか──ッ、それでも2人に襲われながら追ってくる奴の視界を封じて混乱させるには十分な光のはずだと確信していたのに──ッ。


「クソッ──」

「ゲイルッ!」

「・・・立ってるのも限界だ。スマン・・・だがウォルター達があの穴を通るまでは堕ちないッ!!!」


 高々数百メートル。これまでの戦いの最中更に広がったクレーターの端っこに避難したレイアとフラジールの所まで出口を繋げるのが限界だった。


「ウォルター後ろッ!!!!」


 ゲイルをアルフレッドたちに任せ、ウォルターを見ていたミリアが彼に背後から迫る脅威を伝えるべく必死に叫ぶが──。


[ガルアアアアアア!!!!]


 どうしてか、この腕の中にお前を抱えたはいいものの、脱出するための穴までは後2、3歩足りそうにない。


「ニオイか・・・ちくしょうッッッ!!!」


 この星に存在する生物を尽く恐怖に引き摺り込む光でも消せない死の香りが迫ってくる。ウォルターは咄嗟に身を屈めて、そして背中を丸めて腕に抱える彼に覆いかぶさる。


「助けてくれ──ッ」


 ウォルターは必死に祈った。誰か・・・こいつだけは助けてやってくれないかと──。


「ヒヒィイイイイン!!!」

「・・・今の鳴き声は」


 ブレイフ・・・?・・・お前、ラナとレイアはどうした? それにどうやってこの距離を・・・俺が咄嗟にお前を・・・喚んだのか・・・?


 ”喚ばれてなどいない 私はいつもお前の側にいる”


 ・・・──私はお前の勇気だ。


 [アアアアアア────]


 絶望の下にできた死の影を照らし返す炎。


「俺たちが絶対にお前を護るぞリアムッ!!!」


 少年の勇気に育てられ、青年と仲間たちの手によって生まれ落ちた炎は彼に再び勇気と覚悟を与えた。


「ッ──!」


 ガチッと何かが噛み合う音でウォルターは何が起こったのかを全て悟る。天馬と融合し、かつて契約者に宿った精霊は未だ契約者とは心を共有するもう一つの家族であった。


「ブレイフ・・・」


 両手で仲間の骸を抱える男の目に映ったのは、喰い千切られた腹から血飛沫を飛び散らせる相棒と迫りくる恐怖の権化。


「ブレイ・・・」


 絶望と煤が舞う戦場に、熱せられてキラキラと輝いていた炎の輝きは太陽の日暈に噛み尽くされた。


「レッド・・・」


 それでもたてがみに僅かに残る灯火を突き出した右手にかき集めて、ウォルターは再びスコルの脳を目から揺らそうとする。しかし反撃する時間などもうなかった。相棒が退けてくれた脅威は飛びかかる牙のみ──・・・振り下ろされた爪が2つ、牙の前隣から迫ってきている。


「ヴラアアアアアアッガッ──ヴ!!!」

「グウウウウウアアア──アッ!!!」


 僅かに触れた鋭利な爪で頬を焼きながら、のしかかる獣の両前足と正面から組み合う狂気に堕ちた少女達の成れの果て。


「ティナ、エリシア!!!」

「グフゥウウウウウ!!!」

「ハァアアアアア!!!」


 上から押し付けてくる重圧に言葉を失いながら、俺に早く行けと言っている。


「すまない」


 ・・・俺にはソイツを支えられるだけの力がない。


 ”すまない──”


 魔法も下手だ。魔法の授業が本格的に始まる3年生の頃は蝋燭以外に火を灯そうとすれば途端に魔力が乱れて上手く扱えなかった。だからダンジョンに繰り出すようになって、唯一の取り柄だった身体能力をアテにした。こんな俺だが父と母がくれた人生を謳歌するため、俺に合ったスタイルを見つけるために色んな武器に手を出して、剣、ナイフ、弓、盾、槍・・・だが、どれも実は中途半端で浅く広くつまみ食いしてきただけ・・・。


「ダああアアアアァアアアア!!!!」


 ・・・すまない。こんな時でも頭のどこかでお前のためだったんだと言い訳をしてしまう俺を許してくれ。お前なら絶対に、3人共、置いてなど行かないだろうに──・・・。


「もうダメだ・・・閉じるぞ、ウォルター・・・」


 そこからは全てが一つ一つ確認されながら動く・・・父から貰った強く緑に燃ゆる瞳から見るその世界は、定めのないスローモーションの浮世の世界。

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