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アナザーワールド 〜My growth start beating again in the world of second life〜  作者: Blackliszt
第3部 〜ダンジョン ”テール” 攻略〜

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254 オランジェット

「ジジイ、急に呼び出しなんてして・・・ヴィンセントさん?」

「ウィリアム殿・・・」

「どうしてあなたまでここに・・・どういうことだジジィ」

「まあ座れウィリアム・ハワードよ。今日は私からブラッドフォード家とリアムの父親であるお前に話があって呼び出した」

「ハワード・・・今更どういうことだ」

「落ち着け、リアムの婚約者を娘に持つヴィンセントはもうこのことを知っとるのだろう?」


 リアムたちがパーティーの反省会に成功して初代アリアにアドバイスを求めて正式にそれを承認した5日後のことだった。突然ブラームスに城に呼び出されたウィル。なんでも内内の大切な話があるということ。──そして、約30分後。


「勝手にしろ! だがアイナにもちゃんとあんたの口から筋を通せ、それからもしリアムが嫌がってるのに無理やり取り込もうとすれば!」

「覚悟はできておる、いつでも殴りかかってくるがいい」

「・・・くそジジイが!」


 部屋には怒号が飛んでいた。また、青筋立てて如何にも憤慨するウィルが捨て台詞を吐き退出した後、廊下の壁を殴ったのであろう鈍い振動が周辺の建材へと伝って響く。


「ヴィンセントよ・・・」

「失敬ながら、私も娘の幸せを一番に考えている。同意はしたものの、もしそれで娘が虐げられることになるのなら私は例えあなたが相手であろうと牙を向く・・・どうかそのことを肝に銘じておかれますように」

「反逆か・・・しかし今のは聞かなかったことにしてやろう・・・」

「・・・では、失礼します」


 また、ウィルと対照的にヴィンセントは落ち着いていた。だが言行の言はいつものヴィンセントらしくない。非常に危険な警告をして静かに部屋を後にした。彼の父親は聖戦の英雄の一人でありながら魔族で、魔国でも確か貴族だという稀有な立場にあったと把握している。この警告は魔族の父親の血を半分引く彼からすればスパイか侵略行為か・・・私はウィリアムに続きハワード並みに厄介なもう1つの虎の尾を踏んだか。


「やむを得ない・・・許せ、権力を使った暴力だと非難される行為だ。見返りは求めぬという素振りをしていただけに詐欺同然でもある。だが・・・」


 それから10分ほど、ブラームスは椅子に腰をかけて2人の父親が去っていった扉の方をジッと見ていた。そしてようやく腰を上げると、同じように扉を開けて廊下に出る。そして廊下に出るとそこには──。


「あなた・・・」

「ッ・・・なぜここにいる」

「あんな大きな音、無視したくてもできません」

「・・・ウィリアムのアレか」

 

 ブラームスは先ほど部屋の外から空気と椅子を震わせた強い衝撃を思い出す。


「よしてくれマリア・・・そんな残念そうな顔で私を見ないでくれ」

「・・・本当に残念ですわ。一人で先走って・・・」

「マリア・・・お前・・・」

「娘の幸せを考えるのは父親だけじゃありません・・・娘の母親も考えて当然のこと、ですから同じ悩みを抱える私にも気づいて欲しかった。それだけが残念でなりません」


 ブラームスの震える手をマリアが優しく包み込む。親として娘の幸せが第一、それとも長男で跡継ぎのパトリックにはしてやれなかったことを、その後悔をここで注ぎたかったか・・・親とは子供のことになるとこんなにも身勝手で愚かな生き物に成り果てるものか。


「それで、話はまとまったのですか?」

「・・・容赦ないな。まあ、ウィリアムは追われる身になった時に我が領地にて匿ってやった借りがある。ただ、こういう形で見返りを求めてしまった私にかなり怒っておったがな」

「そう・・・」

「しかし一段落ついたはずが、足が、正しい足の置き場が定まらなぬ・・・それどころか台も見つからない。娘の幸せで自由な関係を追い求めて策を弄したつもりだったが、結局、誰か他人の関係を勘定しているとは皮肉なことだ」 


 マリアは妻として、あえてここでブラームスに共感はしない。私たち以外誰もいないただ広いだけの廊下で彼らに謝ろうとも、謝罪にならないことを彼女もブラームスも知っている。いつの日だったか・・・そう、たしかあれはリアムが仮面と対峙して1年眠り続けるきっかけとなった日のこと。「じゃあ取っちゃいましょうか?」と、リアムのことをパトリックまでが気に入ってるのだとわかった時に冗談まじりで言ったことが悔やまれるわ。あの日、あなたはその軽口を聞いて、そんなことしたらウィルとアイナと戦争になるぞと怯えてた。


「・・・すまない、リアム」


 一方、部屋を一番に飛び出したウィルは先ほどあった話を思い出して反芻していた。

 

「無論、本人たちの気持ちを最優先とする。エリシアとの婚約を解消しろという話でもない。ただミリアを同じ和の中に入れろ」

「他の形で返せないのか! 俺のツケをあいつに払わせるなんて・・・!」

「いいや、結果としてツケを払うのはお前だ。ハワードなのはお前であって、そしてリアムなのだから」

「このクソッタレが!・・・そうかッ、リアムの持つ力に惹かれたか!? そうなんだろジジイ!だが知ってるだろ、俺はそういう輩が一番嫌いなんだ! それを今度はあんたが・・・俺たちを助けてくれたあんたが・・・!」

「そういうことだ。この話の主導権は私にある」

「ふざけやがって・・・ッ」

「ブラームス様・・・ウィリアム殿・・・」

「両者、このことはくれぐれも内密にしてくれ。1年後のお披露目会でもミリアの相手は秘匿としよう」


 かたやノーフォーク領主が治める地の民であるブラッドフォード、そしてもう一方はウィルとアイナはハワードの魔の手から逃れるためにブラームス公爵の力を頼った逃亡者・・・契約書などなくとも俺には返さなければならない大きな借りがあり、両者とも今の生活を守るためにこの提案に逆らうことはないだろうとジジイは初めから高を括ってた。


「知ってる・・・ジジイはお前の力云々で取り込もうとする人間じゃないことくらい。・・・だが気にくわねぇ、あんな強引なやり方、結局どっちなんだ。まさかお前に俺の重荷を今以上に背負わせることになるとは・・・これは・・・想定外だ」


 強硬手段にでたブラームスの思いがわかるからこそ肩はダラリと落ちるし、声は擦り切れる。やるせなさにようやく緩んだ口の中には噛み潰した苦虫の味が残り、吸い込んだ霞で乾きを感じるほど口の中の苦みが増す。気持ちわるい・・だが、力に傲らない権力者ほど敵に回すと厄介なものはなく簡単に唾を吐き捨てるわけにいかない。リアムが転生者で、さらには勇者になって、家族に与える影響について真剣に悩み葛藤したように、ウィルも逃れられない宿命に葛藤する。


──3日後。


「体にわからせろ! 魔力は人に備わる第6の感覚だと!」

「つまり──拡張しろ、脳に魔力のなんたるかを刷り込めってことだね!」

「ちがぁう! 知識ではなく、肉体で!」

「無理だぁ! 脳で理解してこそ身につくことがある、いやそのほうが絶対に多い! 父さんはあまりにも直感的すぎる!」

「なにぉお! くらえッ、愛の鉄槌!」

「サンドボックス!」

「無駄だぁ!」


 子供が1人入るくらいの砂の箱に隠れたリアムを天井から叩く。


「許せリアム、これも愛の鞭なん・・・なんだと・・・確かに部屋の中にお前の魔力が・・・!」


 しかし砂の箱を見事に潰したものの、そこにはさらさらと崩れ流れる砂があるのみでリアムの影すらなかった。同時に水平に戻った目線の先、もう一人の俺の生徒となったティナが虚空を見上げているのが目に入った。まるで俺のの上に何かがあるような・・・。

 

「魔力の残存、魔力が感覚の1つだからこそできるひっかけだ!」

「上ッ──!」

「もらったぁ!」


 4方を囲む砂の箱に閉じこもった息子を思いっきり叩いたはずでリアムの魔力も漏らさず捉えていた。それなのにいつの間に抜け出したのか、上を見た流れで体を後ろ向きに倒し対処を図ったもののウィルの次の受けの動作は間に合わず、リアムの竹刀は顔に容赦ない一本を決める。


「や、やられたッ──鼻血がッ!」


 転生者で、勇者で、怪物で、僕の正体を知ってなお息子として見てくれて、こうして稽古までつけてくれていることに心の底から感謝してる。普通の親なら・・・ダメだ、揺れるなブレるな! これは一本一本が真剣勝負。でなければ互いに互いを高めあえない領域に僕たち親子はいる。


「僕らの出番みたいだ、いくよレイア、フラジール」

「は、はい!」

「大丈夫ですかウィルさん!?」


 すぐ近くでエドの教えの元、回復、強化魔法の特訓をしていた衛生チームが鼻血をたらすウィルに駆け寄り治療する。まさか稽古1日目で一本を許すとはなんたる不覚・・・邪念が入ったか? いや、今のは罠にまんまと俺が嵌められたんだ。


「あ〜、優しく頼むッ。多分鼻が折れてる」

「レイア、フラジール。鼻が折れてる時は直すときにしっかり整復してヒールをかけるんだよ」

「はい・・・えっと、私が鼻を押さえてるのでレイアさん」

「ありがとう。それじゃあ、ヒール」

「是非元のイケメンに戻してくれ・・・それにしてもリアム、どうやって攻撃を透かした?俺の鉄槌は確かにお前の魔力を捉えてたぞ?」

「さなぎとか繭と一緒だよ。魔力を全身の表面に薄く流した後簡単に崩れないよう結合させて、その中から空間魔法で脱した。いくら感の鋭い父さんでも視覚を封じ限られた感覚に捉えて仕舞えば隙は自ずと生まれる」


 魔力を体に纏い作った殻を囮にして、空間魔法の転移を上手く隠した・・・早速工夫を凝らして組み合わせてきやがった。リアムのやつ、本当にどんな学習能力、はたまた知識を持ってるんだ。未知の世界の知識アイデアか・・・それはそれで十分に脅威ってわけだ。


「といっても、魔力感覚の強化特訓してますって刷り込みがあってはじめて成功する技だよ。普段の父さんならきっと1つの感覚だけに頼らず全部の感覚を使って対処していたはずだから」


 ──謙遜。


「お前はやっぱり、他の人間とは少し違うな・・・なんつーか、ズレてる」

「あっ、それってちょっとひどくない!?」

「違う違うそういう意味じゃなくて・・・つまり俺たちの常識がお前の常識と重なりきれないことは先日指摘した通りだが、それゆえお前は強いのかもしれない。魔力の大きさや宿命に気圧されたが、お前のアイデアは十分すぎる脅威だ。俺は無意識に現実から目を逸らそうとしていたのか、お前が大事だからこそ・・・難しい。その強みを認めるべきなのか・・・そう、認めさせるべきだ。だからまぁ・・・俺の考えが乏しかったのだと悟ったまでだ。お前はやはり他の人とは違う、過去の経験こそがお前の才だ」


 俺は嫉妬していたのかもな。前世にいたというお前の両親に・・・リアムはまだ未熟ながらも、優しい心を持った子だ・・・何より才能がずば抜けてる。そのリアムの前世の知識はこの世界の白日の下でも通用するし、実績という裏付けもある。だから先日の俺の誤りを一つ訂正しよう。リアム、お前はずっと今のお前でいてくれ。この世界に染まりきるな、それがお前最大の強みだ。だが、同時に折り合いが大事だ。やはり違う世界で元の世界の価値観のまま生きるというのは郷に合わん、この世界はお前の多様さを受け入れるにはまだ未熟すぎる。よってお前を愛する一番身近な親として、この世界流に才能が馴染むよう俺がもっともっと打って鍛えてやる。力を持つ者だからこそ、地面に這いつくばれと常にのしかかる必死な人間の責めに押しつぶされないように・・・クルクル言ってることが変わって申し訳ないが、お前を見極めるのは父親の俺でも非常に難しいんだ・・・頼りない父を許してくれ。


「とは言えやはりある程度、無意識でも魔力の識覚ができるよう訓練すべきだ」

「それある程度って言わない! そんなの極地、奥義だよ! なんで今の流れでハードル上がるの!?」

「なぜならどんな困難の集解より俺の家族愛の方がよっぽど説得力があるからだ!現に痛みより愛が勝ってる!」

「答えになってないんですけど・・・」


 随意的にでもいいから必要な場面で気づける意識を刷り込む。その癖をつけるはずだったのに、なんか無意識自動切り替えにハードル上がったんですけどぉ・・・やばい、強く顔を叩きすぎたか? 


「アテテ・・・」

「う、動かないでくださいウィリアムさん、形が崩れます!」

「すまんすまん・・・大人しくしてるから続きを頼」

「おーいみろ、息子に顔を強打されて鼻血出す間抜けがここにいるぞ〜」

「カミラか・・・やなタイミングできやがって」

「ナハッ、なんだその鼻、お前のひん曲がった性根と一緒だ! ちょうどいいじゃねぇか。レイア、フラジール、こいつの鼻は曲がったまま治してやれ、そしたら捻くれた性格にぴったりフィットして逆に多少素直になるというものだ」

「ひえぇええ!」

「母さん、意地悪言うお母さんは──」

「訂正、綺麗に元の馬鹿面に戻してやってくれ」

「カミラ、言い直しても意地悪言ってるよ・・・」

「もー・・・」

「どっちにしたってこいつの面の話なんてちっちゃいことさ、気にすんなって・・・あ、それから私の担当の小僧共も後で回復してやってくれ。ったくあれくらいの稽古に耐えられず伸びるとは貧弱な奴らめ」


 そういってカミラが肩越しに親指で指差した先には、地面にぐったりと仰向けに横たわるゲイル、アルフレッド、そしてミリアの姿があった。


「ということで、お前が休憩してる間ちょっとリアムを借りるぞ」

「・・・っとと」


 父さんを馬鹿にしてからかっていたカミラがリアムの肩に後ろから手を回してグンッと近づける。前触れもなくいきなりのことで寄せられた勢いで危うく転びそうになるくらい唐突なことだった。


「リアムを?」

「そ、だってこいつ魔石作れるだろ?」

「そういうことか・・・」

「もしリアムが鈴魔眼を発動できるほどの魔力を溜められる魔石を作れるのなら、大金が浮く」

「それほどの魔力を溜められる魔石はかなり貴重だからね・・・エッ、リアムくんそこまで大容量の魔石作れちゃうの!?」

「あの・・・話が見えないんだけど」


 僕を巡る話をしているはずなのに、全く会話についていけない。僕、もとい複雑な魔法式を組み込んで魔道具とするのならイデアの協力は必要であるものの、単純な魔力結晶の石なら作れなくもないが・・・?


「・・・まあこれは国でも超極秘に指定されてる情報だからな。普通に暮らしてて所得できる情報じゃない」

「国家機密?」

「俺が実家にあった機密の重要書物を盗み見・・・日記とかならともかく、自分ちにあった書物をどう読もうが自由だよな? もう他人の家だけど」


 話題を作った本人は言うまでもなく、ウィルが実家ハワードの話を持ち出した途端にカミラがあからさまに嫌な顔をしたが、すぐに2人とも表情を取り繕う。


「この情報が解禁されると通貨膨張が起こるだろう。一部の欲が深いやつらの買い占めが始まり魔石の価値がグンと上がって生活が一変する。魔石取り放題のダンジョンとの相乗で治安が悪化し社会が崩壊しかねん・・・強権的な国なぞ必要ないと考える輩が増えるだろうからな」

「それはどうして?」

「これは勇者の逸話に由来する話だ。まだ役を担ったばかりで魔力制御に難儀した未熟な勇者は、持ち前の知恵を使って役割を果たしながら修行するための時間稼ぎの方法を模索していた。そして見出した活路が、安定的に魔力の保存と放出ができる魔石を使って全身を最高魔力で常に満たし、身体をフルブーストしながら魔眼も発動させる技術、それで巨大な魔力の制御難易度を緩和してしばらく難を凌いでいたらしい」

「そうして紐に括って鈴のように携えることのできる魔眼は鈴魔眼りんまがんと呼ばれた。鈴魔眼の効果は誰でも一時的に後魔眼を使用できるようになる反則技・・・」

「ちょ、ちょっと待って、そんな便利な技があるのにどうして普及してないの? 人種の後魔眼習得のラインは大体3000くらいだって昔聞いたことがある。そのくらいの魔力を蓄積できる魔石ならなんとか・・・」

「普通はそう思うだろうな。だがそこがミソだ。まず魔石に蓄積された魔力ってのに問題が一つあって、一度外にでた魔力は少なからず不純物が混ざること、それをもう一度体に取り込んで順応させ肉体を強化するとなると通常の身体強化以上の相当な負担が体にかかり使用後は凄まじい疲労感に襲われる。更に純粋な魔力と違って魔石の影響を受ける魔力を使って1分魔眼をを維持するのに必要な魔力は大体3万と通常の10倍に膨れ上がる」

「魔石を使った能力強化ブーストは私も聞いたことがありますが、そ、それだけの魔力となるとものすごく高価で貴重な魔石が必要になります!」

「フラジールの言う通り、魔石を使ったドーピングは意外と一般にも知られてる。だが鈴魔眼は次元が違う。この魔眼を発動させるくらいの魔石となるとそこらのクズ魔石の質じゃ持ち運べないくらい巨大になるし、携帯して戦闘に邪魔にならないくらいの大きさの超特上物となると、精錬する過程で何百、何千って魔石が消費されることになる・・・その精錬技術を持ってるのも妖精族のドワーフくらいだしなぁ」

「し、知らなかった・・・」

「王族に匹敵する魔力を持つリアムには不要な技術だろう?」

「まあ、そうだけど」


 鈴魔眼の技術は魔眼が発動できるほどの魔力を持つ人間なら必要のない技術。一方でそれほどの魔力を持たない庶民ならまずそれほどの魔石を手に入れることが困難で、仮に手に入れたとしても蓄積させるのに相当な時間が必要となり、過去の勇者がそうであったように必要に駆られなければ偶然発見される可能性はかなり低くなるだろう。・・・だが知らなかった。そこら辺の冒険者界隈では魔石を使って身体能力をドーピングできることは結構知られているらしい。これで一般人を装う時に使えそうなネタがまた一つ増えた。


「そんな情報、一体家のどこにあった書物に書かれてたのかな?」

「ど、どこだったかな〜、思い出せないな〜・・・」

「・・・思い出せないなら仕方ないね。なら質問変えるけど、それじゃあ父さんたちはスコルとマーナと戦った時にその鈴魔眼を使ったの?」

「・・・使った。アイナに精霊同化の力を与えたラストレガシーは使用後も有用だった。スキルという神秘的な能力を封じていた石は魔石としても超一級品だったわけだ。私たちの過去の戦いではウィルがそれを使って体を更にブーストしたが、結局勝てなかった」

「元々俺たちはアイナ以外みんな後魔眼持ちだったからな。俺とカミラは知っての通りでリゲスの母親も下級貴族の出だったから習得に必要な魔力量は十分にあったんだ」

「僕は半妖半人。更に精霊を体に宿してるから内なる力を解放すればアイナの精霊同化コントラクトと同じ原理で人体には十分過ぎる魔力が供給できたし、そもそも精霊自体が魔力そのものみたいな部分があるから精霊同化コントラクトしたアイナも魔力の流れを視覚的かつ感覚的に捉えられる術を身につけられていた」

「だから鈴魔眼は俺が使って強制的に限界を突破して戦った・・・だが強過ぎる自分の魔力負荷に体が耐えられず失明して、それでも足掻いたが最後には呆気なく殺された」

「ウィルは本当にすごかったんだよ? マーナを倒して、魔眼に鈴魔眼の力を上乗せした負担で途中目が見えなくなっても、ボロボロになった体でモグリと同調し続けて戦った。呆気なくなんてひどい謙遜だ・・・ウィルの剣は冷飢餓状態のスコルの首の皮に触れるところまで接近した」


 そうして、当時如何にウィルがスコルと渡り合ったのかをエドガーが語ってくれる。日常、あの頃は〜から始まる昔話って聞くのに苦痛を覚えるタイプの僕だが、こういう話は聞いてて悪い気はしない。むしろありがたく、加えて少年が憧れるような英雄談に付随するドキドキを孕んでいる話は好きだ。


「チッ・・・」


 しかし、エドガーが当時のウィルを褒めるとカミラは面白くなさそうに舌打ちする。エドに褒められるなんてズルい・・・だからいつもみたいに馬鹿にしてやりたいが、こればっかりはジョークにできない。スコルの熱でも壊れない剣をウィルしか持っていなかったってこともあるが、私はあの強烈な熱気のせいで剣を振るどころか光を歪められて剣舞を封じられほとんど役に立てなかった。いつも偉そうに独立不羈を振りまいてる私だが、あの日、マーナを失ったことで暴走する爆熱の獣に最後まで必死に喰らいついたのは私じゃなくてこいつだった。満身創痍でありながら、一緒に戦う仲間でさえ息を飲む不撓不屈を見せつけて、膝をついて気絶して、ウィルは文字通り剣とともに戦場で散った。こいつは気絶して、膝をついて尚起きたままの上半身を吹っ飛ばされる0秒まで・・・剣を手放さなかった。


「とにかく私たちの名前も技術も継承するってなら、この技だって活用すべきだ!」

「そいつは俺も賛成だ。そしてなるべく高い魔力圧に体を慣らすために一刻も早く訓練に導入した方がいい。どうだリアム、作れそうか?」

「うーん、どうかな・・・イデア?」

「はい、もちろん作れます。要は体内魔力をそのまま保存できるほど純度の高い魔石で、かつ、貯蔵用としても使えるもの。このオーダーだとそうですね、1個作るのにかかる時間は72時間ほど、累積で約300万近い魔力を消費することになります」

「ん? チョイ待ち、今1個作るのに72時間、魔力は300万って言った?」

「はい。言いました」

「えっ?」

「”えっ?” じゃないですよ。それだけの品質の魔石を作るのならば、魔力を圧縮するだけでなく鍛えなければなりません。当然の対価です」


 所要72時間、更に魔力は僕の持つ魔力量の3倍。イデアはこれが相応の対価だと然も当たり前のように言ってのけたが・・・?

 

「ウィル・・・今の聞いた?」

「ハハーン、どうやら鼻が折れた拍子に耳までやられちまったらしいなっ! レイアちゃん、耳の方も診てくんない?」

「おじさん、お耳は至って正常です・・・」

「おいおい、材料費や人件費がかからないと言った手前憚られるが、いったいどんだけの労力が必要になるんだ・・・」

「そ、それどころか300万、延いては・・・ひぇえ、それだけの魔力があったら屋敷の空調魔道具を一生つけっぱなしにしておいても魔力補充する必要がないくらい・・・ひぇえ!?」


 今、フラジールが実に平和的な例えをしたが、要は計3千万という魔力は平民の一般成人平均魔力が1千であるこの国で個人が扱う魔力量としては到底想像もつかない数値であるということである。


「流石にそこらの一般空調魔道具にそれほどの魔力を貯められる貯蔵量はないだろ・・・」

「ひえ!? そ、そうでした、本末転倒ですぅ。でも、そ、それにしてももう少しなんとかなるんじゃ・・・」

「魔石というものは自然に発生した魔力がその土地の風土の影響を受けながら地中などの環境下で数百〜数千年という長い年月をかけ圧縮されてできるものです。それが自然の生み出す澄んだ魔力と違って基礎となる材料がマスターのドロドロ魔力となるとどうしても必要な工程となります」

「そんな僕の魔力が汚いみたいな言い方しなくてもさ・・・でも、ってことはもしかしなくても72時間、僕は・・・」

「起きっぱなしになります」

「ゲッ・・・」


 でたよ、そもそもこういうドーピング的な話が好きそうなイデアがこの強化法を今まで提案したことがなかった、どうして? と疑問が頭を過り実際に実現可能か不可能かを問うた時点でなんか嫌な予感はしてたんだ。加えてこの尋常じゃない魔力量と所要時間、つまり72×10/24=30日、僕は・・・。


「いえ、そもそも魔力が有り余ってるマスターに別途強化用ストックが必要な理由はありません。なので正確には27日と2700万MPという数値が算出されるわけです」

「それ、誤差だよ。あんま変わんないからね」


 ナハハ〜ン、僕の算用を読み取ったイデアからのフォローであったがフォローがフォローになっていないのはいつものこと・・・あれ、だけど?


「いつものことって言えばそうだよ! ならいつも通り作成した魔石に100の魔力を10の容量に圧縮して貯蔵できるような効果と、取り出す時に解凍して使用可に調整する魔法陣を作図して刻めばいいだけじゃない!個人個人で専用の数式が必要になるかもだけど、保存した魔力質を覚えておいて変換できるような式もついでに組み込む、それなら鈴魔眼発動中の負担を軽減できる上、馬鹿みたいに魔力や時間を食うこともない!」

「やっと気づきましたか」

「やっとって・・・やっぱり最初から気づいてたな・・・」

「どっちみち、私の労力はあまり変わりませんからね。一人一人の魔力をスキャンして式を構築するのは私ですから」


 いつものことって言って結構無茶な要求してるのもわかってるけどね・・・いいや、君はそうかもだけど僕からしたらだいぶ違ってくるからね?


「試したね・・・もし僕が気づかなかったら絶対72時間コースの方やってたろ」

「もちのろん、エッヘン」

「威張るな・・・それで、汎用性の高いこの案だとどのくらい工程を短縮できる?」

「マスターの提案通り実行した場合、溜めた魔力を取り出す時濾過するように再び変換する式を起動する魔力が必要となります。ですがそれも微量で些細なもの、加えて多少燃費は落ちることになりますが普段から貯蓄に際し魔法陣を起動し続ける継続的な消費バッテリーが必要ですがそれでも十分実用可能レベルでしょう。それらを踏まえ再計算しますと・・・従来通り魔石1個作るのに必要な10万の魔力に加えて、圧縮せずとも10分は鈴魔眼を発動できる魔力を溜められる物を作ると+30万、更に魔力分析と魔法式の構築に1人当たり10分ほどのお時間をいただき・・・合計 360万MP & 90分」

「はわわわ、2700万MPと27日がたった360万MPと90分・・・」

「ず、ずいぶん縮んだな・・・時間も魔力量も」

「さすがリアム・・・でいいのかな父さん?」

「この場合さすがリアムくんとイデアさん、かな・・・でも360万・・・ハハ」

「な、なんかよくわからんが、解決ってことでいいんだよな! よし、なら早速取り掛かるぞ──」


 ぐぅ〜・・・。


「あっ、いけね」

「お母さん、あまりにも軽すぎるよ。深く考えてもしょうがないことだけど」

「いや〜、ひよっこ相手とはいえ結構動いたことに変わりないし? そ、それからほら、今頭使ったばかっしだ!」

「使ってたのはリアムとイデアちゃんだ。お前はぜんっぜん頭使ってないだろ」

「う、うるせ! なあフラジール、何か食うもん持ってないか?」

「な、なくはないですが・・・アルフレッド様のティーセットにクッキーを常備してあります」

「それじゃあ一旦お茶にしよう!」

「わかりました。それじゃあ準備しますね」


 カミラに頼まれてフラジールがお茶の準備を始める。さすがは本職、この手の作業はテキパキと手際良くこなす。


「お茶・・・そういや約束の・・・」

「リアム、エド、申し訳ないが俺はまだ治療してもらってる最中だからあそこで伸びてるの・・・」

「わかったよウィル。手伝い頼めるかなリアムくん」

「もちろん」


 もう既に休憩モードに入って自分がいじめた弟子たちのことなど知ったこっちゃないカミラの代わりに、エドガーとリアムが先ほど見たときと変わらず寝そべって空を仰いでいるアルフレッド、ゲイル、ミリアたちを起こしにいく。


「雲って味するのかな・・・」

「ゲイル、お疲れ様」

「・・・リアムか。お前よくあの人の修行を2ヶ月も我慢できたな・・・それも泊まり込みで」


 アルフレッドはエドガーが起こしに行ったので、僕は一先ず疲労の程度が次に酷いゲイルを優先する。彼に用事もあったしね。


「でも、カミラさんのおかげで肉体の使い方は確実に向上したよ」

「・・・もし俺がお前みたいに剣を振れるようになったら、空間魔法の使い方が器用な俺が最強さ・・・へへ」

「そうだね。ゲイルの方が小回りが効くから接近戦じゃあ僕は勝てなくなるかも」

「・・・照れるから素直に褒めるなよ。今ので満足しちまいそうになる」


 慢心したくないからよせやいと首を曲げてなお、過剰に目線を逸らしちゃうゲイルちゃんのまぁかわいいこと。


「なぁ、リアム。そんなことよりさ・・・ごめんな」

「ん?」

「ほら、ウォルターとお前が反省会でこの前言ってたことさ。俺もあの後少し考えてみたらすぐに気づいた。なにせ俺はお前たちに仲間に入れてもらうまでずっと独りだったからな・・・だから、ごめんな」

「もちろん、いいよ・・・ねぇゲイル、上見て口を大きく開けてみて?」

「なんでだ?」

「いいから、ほら、元気の出る物あげるからさ」


 僕は嬉々としてゲイルに口を開けるよう説得する。まさかあのゲイルがこうして気づいてくれたなんて、嬉しすぎてついサプライズしたくなっちゃったよ。


「しょうがないな。あー・・・」

「はい」

「ン・・・ん? これは・・・」


 口の中に何かが入ってきたので、ゲイルはそれを一旦咥えると恐る恐る噛み締める。


「苦、スパッ、甘ッ、なんだコレ!?・・・うまい」

「おいしい? ならよかった。それはレモンを使ったオランジェットだよ」

「柑橘の酸味の中に砂糖の甘さとチョコの香りが広がる・・・」


 レモンという果実の苦味と酸っぱさに口をわずかに窄めたものの、ゲイルの周りにホワポワとしあわせのオーラが舞う。


「あああ! リアムがゲイルにあーんしたッ!」

「そんな取り立てて叫ぶことじゃないでしょ・・・栄養価は定番のはちみつレモンに劣るけど、これも中々いいでしょ? また輪切りのソレにチョコをちょこっとコーティングした見た目がいい。スティックはもちろん、この可愛らしさが僕は好きなんだ〜」

「・・・寒いですマスター」

「じゃあ今度はジンジャーも一緒に漬けてみる?」

「毒味後なら試してあげてもいいです」

「リアム、もっとないのか!?」

「あるよ。今放り込んだのはレモンだけど、オーソドックスなオレンジもちゃんと作ってきたからね」

「なんでゲイルだけ!?」

「忘れた? ほらこの前反省会の時ゲイルに新作スイーツの第一試食権あげたでしょ。でももう約束は守ったから、ミリアにもあげる・・・」

「あー・・・」

「何してるの」

「えっ? だってゲイルにもあーんしたんだから私にも、ね?」

「・・・お母様がいたらはしたないって怒られるよ」

「ゔ・・・なんでゲイルは良くて私は」

「なんてね。ほい、くらえ不意打ちの酸味!」

「ん・・・んぐんぐ・・・んーッ! 酸っぱい!・・・けど甘い、美味しい!」


 運動休憩に摂取する柑橘は実に良いものだ。体を怠くするほどの満足感はないものの、逆にそれが覿面で清涼剤として皮膚にまとわりつく汗の不快感を緩和してくれる。


「リアム」

「ティナ、今から少し休憩らしい・・・よ」

 

 じー・・・。


「はい、あーん」

「あーん・・・ンッ!・・・ン、おいしい」


 リアムと交代交代でウィルと組み手をこなしていたティナが涼んていた木陰からテトテトと駆けてきてあーん、とオランジェットをねだる。


「おかわり!」

「ミリア、これ結構糖分多いから食べすぎると怠くなるよ。フラジールがクッキーの用意もしてくれてるし、だから後1枚にしときな」

「えー・・・仕方ないなぁ」

「リアム、俺にもくれ!」

「どうぞご自由にアルフレッド。あ、エドガーさんもどうぞ」

「ありがとうリアムくん・・・ンー、これは美味だね。上品な酸味とほろ苦さ、そして甘さだ」

「疲れ切った体に染み渡る!」


 ティナに続きオランジェットを食べた2人も、一時のしあわせの時間を堪能する。それにしても ”疲れ切った体” かぁ。その幸せをぶち壊したくないから口には出さないけど・・・ねぇアルフレッド、今はまだね、午前中なんだよ・・・。

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