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アナザーワールド 〜My growth start beating again in the world of second life〜  作者: Blackliszt
第3部 〜ダンジョン ”テール” 攻略〜

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247 交錯するセレナーデ

「ベル・・・今の曲は?鎮魂にしては、とても穏やかな表情をしていたが」


 私、そんなに幸せそうな顔をしていたのかしら。・・・そうね。彼の顔、表情、目、鼻、口、耳、髪の毛、声、温もり・・・どんな些細なことでも彼の事を想うだけで、私は幸せなのかも知れない。憂鬱なセレナードには成りえないしあり得ないんだもの。


「ブラック、聞いてたの・・・そうね、愛しの人を待ち焦がれる乙女の秘密の告白ってところかな」

「へぇ、じゃあボクが君を迎えに行くよ」

「ありがと。でもその気持ちだけもらっておく・・・あなたにはローズがいるでしょ?・・・ブラック・ブラッドフォード」


 私は正義を語りながら誰にも言えない秘密を持つ勇者。故にあなたと結ばれることはないのだけれど、そうやってこの血生臭く冷たい戦場に立つ私が折れない様に気遣ってくれる優しさは、好きよ。


 ・

 ・

 ・



 地球にはあってこの世界にはまだ根付いていないジャンル ──Rock。


「ノッテルかーい!」

「Yeah!」

「愛し合ってるかーい!」

「Yeah——!」

「ヤバイな・・・まるで動物園なんだけど」

「どう収集するつもりですか、マスター」


 深夜、テール中央広場にて。昼間の合唱もあって、未だ一体感を残す大衆は更なる盛り上がりを見せる。帰り道、花火が上がった後も続くお祭りはどうやら夜が明けるまで続きそうだ。そこで僕は思いつきのままに、イベントの司会進行をしていたリッカとナノカへCanon のRock versionを収録した魔石を渡したのだ。ほら、結婚行進曲をロック風にアレンジしたやつとか、ああいうのってカッコいいじゃない? そのノリだったんだけど。


「いいね! それじゃあ告白ターイム! 憧れのあの人をみんなの前で、思いっきり暴露しちゃいましょー! さあ、あなたの憧れの王子様、お姫様はだーれ?」

「私はルキウス様かな・・・きゃっ言っちゃった!」

「ナイスチョイス! いいですよねルキウス様、今日も一人ひとり、思い思いにたくさんの歌を纏め上げる姿はカッコ良かった!乙女ながらに年上の男性に憧れる気持ちはよくわかる!さあ、あなたの憧れの人は?」

「パトリック様ぁ〜! 結婚しちゃったけど、好きィー!」

「今日の主役ですね!私も好きです! ショッキングナウの同志諸君!ですからこれからもノーフォークを支えるファンとして、彼の幸せを願いましょうね!・・・はい次ぃー!」

「マリア様だろ! あの人の包容力はほんと素晴らしい!」

「おっとー、それはいけない! 彼女は我らが公爵様の奥様ですよ! そんなこと言っちゃうと首チョンパ!」

「えっ・・・そういう感じ?」

「・・・けど許しましょ! だって今日は無礼講なんですもの!」

「Ye-ah!」

「さて、さてさてさーて!どんどんいっちゃいましょー!はい!」

「ソフィア様!あの笑顔に俺は心臓を射抜かれたぜ!」

「はい!」

「第2王子のライアン様! カッコ良いけど可愛いのよね!」

「はい!」

「リッカちゃんとナノカちゃん!でも本命はイチカさん!」

「でへへ、それは・・・ってちょっとぉ!」

「司会やってる私たちへの義理ってやつですね、ありがとうございます!」

「ハハハハ」

「・・・パトリックは正確には、もう昨日の主役だよね・・・まあ、今日の主役でも語弊はないかもだけど」

「このままだと死人が出ますよ」

「溺れた人の自業自得ってことは?」

「ないですね。扇動という言葉をご存知でしょう?」


 酒のままに暴走して自損するのはドラマの世界のことだけかと思っていた。アルコール依存症とはまた違う、タガが外れた大人っていうのはこうも無邪気になってしまうものなのか。みんないい大人なんだから、一定の節度を持っていると、でも、そもそもこの雰囲気を作り出してしまったのは誰かと問われると、僕が加担していないとは言い難い。よし・・・なら僕もこの馬鹿騒ぎが終わるまで付き合ってやろうじゃないか。救命係として、テントでスタンバッていよう。しかしその前に「 We’ll carry on !!!」と僕は思わず My Chemical Romance の名曲のワンフレーズを叫んでしまう。この曲は前世であともう一息と我慢の時に度々僕を支えてくれたお気に入りの一曲である。MVも秀逸に狂ってて世界観が最高。だがまだテントに命に関わる大怪我や痙攣、失神した重症者は来ていない。なら病人や怪我人が出るであろうピークまでの間、目まぐるしく、しかし何よりも楽しい思い出となった今日の日の事を振り返ってみようか──。


「2人の手で記し」

「2人の歩幅で足跡を残して」


 2人の手にしたケーキカットナイフが白くとても美しい白壁に最初の一歩の跡を残す。


「おめでとうございますパトリック様」

「きたね。でもソフィアと一緒とはどういう風の吹き回しかな?」

「私たちお友達になりましたの。ですから今日は彼にエスコートをお願い致しまして、ね?」

「おめでとうございますフラン先生」

「ああ、リアムくん!」

「ふ、フラン先生!?」

「素敵な贈り物を本当にありがとう・・・!」

「・・・フラン先生にはとてもお世話になりましたから」

「これは試練ね・・・パトリック、あなた早速お嫁さん盗られちゃいそうよ?」

「不安になるようなこと言わないでおくれソフィア。リアムくんが相手だととても難しい戦いになる」

「ちょっとイジワルでしたね。ごめんなさい・・・そしておめでとう」

「ありがとう。君やリアムくんに祝福してもらえて、僕らも幸せだ」


 新しい門出をみんなで祝福して、代わりに花嫁と花婿は幸せを配って分かち合う。


「ミリア様。先ほどの演奏には感銘を受けましたわ」

「・・・あ。ありがと・・・ごめんなさい、ボーッとして。チョットまだ、夢の中にいるみたいで」

「それは私共も同じです。本当に素晴らしい贈り物でした」

「ええ、これも全部、一緒に演奏してくれたみんな、それから歌に参加してくれたみんなのおかげよ」


 ──さて、時は少し巻き戻り、2人の結婚を祝う出し物で盛り上がった午後の部が終わり夕刻、夜の立食パーティーにて。


「シャインノーツ・・・ミリアちゃんが光だとすると・・・」

「シャインノーツ?」

「クラウド・・・少し物足りないですわね。もっと深い・・・もっと遠いのに、私たちの身近にもあるもの。たくさんの豊かな表情を持つ・・・レイン」

「ソフィア様・・・」

「そうです!レインノーツ──リアムさんのイメージにぴったりしっくりきました!」


 そういうノリができるほどまだみんな夢心地というか、わざわざ2つ名をつけていただけるほど気に入られたというか。


「あの」

「お気に召されませんか?」

「・・・その、僕には大それた名前かなって」

「そんなことはありません! 大丈夫、もしその様なことをいう方がいらっしゃったら、私がリアムさんを・・・弟を守って見せます!リアムさんみたいな弟を前から欲しいなと思っておりましたの!」

「・・・? でもソフィア様には異母姉弟になりますがライアン様や新しくお生まれになったという王子がいらっしゃるでしょ?」

「たしかに、シータ母様の元に生まれたばかりの2人目の弟はこれからの成長が楽しみなところではあります。ライアンは・・・」


 どこまで気に入っちゃったのか、王族の人が僕を弟と呼ぶのは流石に不味くないかと思いながら、ソフィアの視線に合わせて僕もそっちの方へと視線をやると──。


「行くぞアルフレッド!ウォルター! 狩りの時間である!」

「お供いたします!」

「はっ!」


 ライアンはお供にアルフレッドとウォルターをつけて、狩りという名の晩餐に夢中である。1つのテーブル上の食事が、あっという間に平らげられていく。


「ライアン!」

「アルフレッド様!ウォルターさんまで!」

「げっ!? 撤収だ2人とも!」

「グホッ!? パスタ、が・・・」

「アルフレッドぉー!」

「王子! ここは先に! アルフレッドは私が──」


 テーブルから次のテーブルへ、流石の行儀の悪さにジャネットとフラジールに目をつけられたライアンたちは急いで逃げの態勢に入るが、アルフレッドが突然の事態にパスタを喉にひっかけつまらせる。結構お調子者のアルフレッドはともかくウォルターまで悪ノリするとは意外だったけど、まあ昼のあの演劇時にカミラが元貴族で騎士だったって知ったらしいから、王子を守る騎士ごっこってところか。


「ちょっとパワフルすぎて」

「はは・・・なるほど」

「そうですわ! リアムさんこちらへ」

「はい?」

「シルヴィア」

「ソフィア姉様・・・と」

「こんばんわ、私はリアムと」

「こんばんわ、申し訳ありませんが私は少々席を外させていただきます」


 ソフィアの紹介で第3王女のシルヴィアに面会である。だが彼女はふと一瞬だけ僕の顔を見ると、如何にもな感じでそそくさと入り口近くで待機している護衛に声を掛けて会場から出ていく。もしかしなくても僕、嫌われてる?


「嫌ってるというわけでは決してありません。ただ、シルヴィアはその・・・当人同士まだ適齢に達していないため慎重を期して公になっておりませんが、お披露目会前の事前の密約でハワードの長男の方と婚約しておりまして・・・お相手のルイスさんの齢はシルヴィア・・・ああミリアと同じです」

「・・・ハワード」


 ついに王家まで取り込むつもりなのか? なんと強き貪欲。既にもう大分権力が集中してしまっているというのに、この上更に身内で守りを固めようというのか。それはもう、盤石とか国の礎のためとなるわけでもなく、ただの私的な癒着であろうに。なんで王様は・・・きっと断れなかったんだろうな。下の者を目に掛けて褒美をやり、叱り諫めのバランスとって上手に引っ張っていくのが上の務め。もともと父さんの手柄を偽装する様な家の人間、そんなに邪悪な思想の持ち主であれば、パワーズの力にものを言わせ普段からあれこれ我がままし放題なのだろうが。


「致し方ありません」

「ありがとうリアムさん」


 ソフィアのように折角仲良くなるチャンスがあるかもと思えば残念な話だが、向こうから気を使ってくれて避けたのだから、無理に刺激する理由もない。将来の嫁ぎ先の都合により、僕と面識を持つことによって柵に巻き込まれ板挟みなる可能性を考えるとね・・・いずれ面識を持つに相応しい時がきっとくるさ。


「リアム」

「ミリア。もう挨拶はいいの?」

「いいわけないでしょ。ほら、まだまだ褒められたりないんだから! 今度はあなたも一緒に、ね? ソフィア様もいいでしょ?」

「弟と妹の仲が良すぎてお姉さんちょっと妬いちゃいます・・・なんて、いってらっしゃい」

「えへへ・・・いってきます!」


 挨拶をすれば絶対に今日の演奏会の話題は出るだろうからな。連弾した僕といれば尚更、称賛の声も大きくなるというもの。だが──。


「フフフ」

「・・・ッ!?」


 次の瞬間──。


「ほら、いきましょリアム」

「・・・ああ」


 手を引っ張られ何の気なしに無防備に構えていたからか? これだけ人が多いとそりゃあたくさん感じてるはずなんだが、一瞬、背筋にゾクっと嫌な鋭い視線を感じたような・・・気のせいか。


「ほっぺが・・・おちふ〜ぅ」

「ティナ、こっちの砂糖菓子もおいしいよ! う〜んしあわせ〜!」

「ねえねえ今度はあっちの方からフルーツの盛り合わせを」

「ラナ、私ちょっと席を外すわ」

「そうなの、大丈夫〜?」

「大丈夫よ、少し散歩してくるだけ」


 ──ミリアがリアムをお供につけて更なる賞賛を浴びるべく会場を回り始めてから10分ほどが経った頃。


『エリシア?』


 たった10分しか経ってないってのに、引っ張られてるだけでどうしてこんなに疲れるんだと気を揉んでまるでメインディッシュに添えられたキャロットみたいにミリアの横で必要最低限の受け答えだけしてボーッと立っていると、チームアリアのために用意されたテーブルから離れ会場を出て行くエリシアの姿が目に入る。


「リアム様のように多才なお方ならば、ミリア様にとてもお似合いですわ」

「あ、ありがとう! じゅ、従者として・・・ね!」

「ええ。そちらの方も当然相性は抜群と、ですが今日のパトリック様やフラン様のような御関係でも十分に、リアム様ならお似合いなのではないでしょうか」

「そうかしら・・・へへ」

「ミリアごめん。僕、席を外すよ。あ、いいところに」

「うおっ!? って何だリアムとミリアか。どうしたんだ?」

「ゲイル、僕がいない間代わりにミリアのエスコートしてあげて」

「は?」

「えっ? リアム! ちょっと!」

「・・・私、何か気に触る様なことを?」

「なんですって・・・」

「──っ。 そ、その、それではまた次に御目通り叶う日を心より楽しみにしておりますわ!ご機嫌よう〜おほほ!」

「あっ・・・今のは私が悪かったけど、あなたたちまで行っちゃわなくてもいいじゃない」


 あなたたちまで行っちゃうの? ──と。ミリアに寂しい思いをさせてしまったが代役は立てたし、先程のシルヴィアみたいに・・・といっても、エリシアは護衛などつけていないわけだから、当然心配になるというもので。


「おっと〜秘密の逢引かな? なら私もまーぜて!」

「ラナ・・・実はソフィア様が僕のこと弟って呼びたいって言うんだけど」

「んー・・・、あーそりゃマズいんじゃない?」

「だよね。だからカミラ姉さんの友人として、そして僕の頼れる仲間としてどうか1つ丸く収めてて!」

「えぇ!? ちょっ・・・いない。私の動体視力を持ってしても捉えられないとは、さすが・・・ってどうしよ!?話はじめはハーイとか軽い感じ? それとも我こそは赤き薔薇と白き癒し手の分身ラナ!」

「なにやってるのラナ姉」

「・・・ラナ?」

「えへへ、ねえねえレイア、ティナちゃん!今からお姫様とお話しなくちゃなんだけど、決めポーズはこう? それともこうっ!」

「決めポーズ?」

「ケーキ・・・おいしい」


 勘良くエリシアを追って会場から出ようとしていた僕に気付いたラナの茶化しも上手く躱した。これで安心してエリシアの後を終える。


「あの」

「わ、我こそは誇り高きウォーカー商会の長男! ゲイル・ウォーカー!い、今はリアムの代わりにミリア様の付き人を・・・」

「・・・なにしてるのゲイル」

「なんだデイジーか、どうした?」

「私のお父さんったら、あなたのお父さんやエリシアのお父さんもいるグループで商売の話に熱が入っちゃってて・・・何でも今日の結婚式を記念して小さなガラスのショーケースに城の模型を入れて虹を発生される商品を共同開発するんだって。昼間のショーに触発されたみたい。だから私暇してて、それにあなたがミリア様とお話ししてるみたいだったから、よかったらその・・・私もミリア様と今日の素晴らしい1日についてお話しできたらなーって」

「そ、そんなの朝飯前! いや夕食? 披露宴中?」

「悪いわねゲイル、デイジー。私もちょっと外したいんだけど」

「はぁ!?・・・ったくなんだってんだ」

「まったくもって同感である。せっかくウィリアムの息子も共にいたので期を伺っていたというのに、残念だ」

「だよな。せっかく俺が橋渡しになってデイジーにいいところを・・・」

「げ、ゲイル・・・」

「なんだデイジー。悪いがミリアとの井戸端会議はまた今度に」

「そ、そんなことより後、後ろ・・・」

「後ろ?・・・こ、こここここここ!」

「少年よ。そんなに同じ文字を連続して使うとは伝承に残るベルが来た世界の拳神、北斗の如くある──おっとつい口が滑った」

「落ち着けゲイルよ」

「そうか、お主はゲイルというのか」

「ブラームス様と国王!?・・・あっ、申し訳ございません国王様! 国の王をあろうことか呼び捨ててしまうとはなんたる・・・!」

「ぬあっハッハ!我を呼び捨てるか!おもしろい!」

「兄上が急に話しかければそうもなりますでしょうに」

「だな!お主ミリアの友人か・・・ならば今日だけは特別に許すが、次からは気を付けるんだぞ!」

「は、はいっ!」

「やっとリアムさんとお話しできると思ってたのに」

「アリア様」

「改めてお久しぶり、ミリア。ショーの前は忙しなくてこうして顔を合わせて挨拶する時間もなかったし、パレードでは別々の馬車に乗っていましたものね」

「ご無沙汰いたしております。それから・・・」

「久しいなミリアよ」

「おじさま・・・いえ、国王様、お久しゅうございます」

「ハハハ、よい。私はたしかに紛れもなくこのアウストラリアを治める国王であるが、我が国を支えてくれている国民たちを誇りに思うのと同時に、今日に限っては弟の倅を祝福しにきたミリアのおじさまだ」


 ったくなにがおじさまだ!明らかに国王様じゃん!・・・とこの時ゲイルは『死ぬよりよっぽどこっちの方が心臓に悪い』と思った。一度死にかけた彼がそこまで思うんだから相当だね、──さて。


「一人でお散歩ですか? しかし今日は緊急の留守を狙って不届きな賊が出たとか、広い城内を女性一人で歩くのはあまり感心できません」

「外の空気を吸いたくなって・・・ほら、人が多かったから」


 たしかに、城の中でも一番広い部屋といえど領地中、ひいては国中よりお客さんが来ていたから人口密度はなかなかのものだった。食やすめに外の空気を吸いたくなる気持ちもわかる。今夜の風は実に気持ちの良い春の夜を我々に運び与えてくれている。


「そうよね。たしかに危ないわ・・・でも、今日は外も賑やかだから大丈夫よ」

「そうだけどね、木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中って言って、もし知恵の働く悪い奴がいたらと思うとやっぱり心配になる」


 過保護と言われようと構わない。僕は彼女には言えない大きな秘密を抱えているが、それでも、まだ婚約者としては心配なことは心配なのだ。例え将来婚約が破棄されようとも、一人の友人として、もしくは縁を切られ赤の他人になったとしても、これは僕のエゴだがそれならそれで一生をかけて彼女が幸せになれるよう努力したいと思ってる。


「ありがと。リアムは本当に、あの頃からちっとも変わってない。あなたはずっと私に優しくしてくれる」

「あの頃・・・それは・・・」

「リアムは最初に会った時から優しいけど・・・私ね、風に当たりながらあの真っ直ぐ並んだ明かりを見て」

「はじめて僕とお城に来たときのことを思い出してた」

「──っ」


 ・・・そう、ぼくは努力したい。罪悪感からだけじゃないはずだ。君のためなら、僕の時間を割いてもいいって心の底から奉仕する赦しを乞いたい。


「3年、もうすぐ4年になるかな。君は明るく今でもミリアと並んでチームを引っ張ってくれるサブリーダー的存在だけど、対称的にずいぶんと淑女らしい落ち着きも兼ね備えていざというときには本当に頼りになる存在になった。君は確実にあの頃から大人になっていて、今なお成長してる。けど、一度真紅のドレスに身を包めば並ぶ者は誰一人としてなく、どんなに幻想的な光の中でも美しく輝く月色の髪に、男女問わず一瞥するだけで魅了する紅い瞳。君の美しさだけはあの頃とまったく変わらない」


 振り返って僕たちが出てきた城を見上げれば、あの頃と変わらぬ幻想的な光に漏れる城がある。君はどんな景色をバックにしようと、相変わらず綺麗だ。そしてね、今のはかなり歯の浮く様なセリフであったが、その実、歯に衣着せぬ発言であっていつもはクサイ台詞を吐くのに躊躇う僕がそんなの関係ないと、ただエリシアを褒めたいって素直な気持ちに歯止めが効かないくらい君は綺麗だし、僕の思いを知ってて欲しいと思ったんだ。


「き、気付いててくれたの・・・じ、実はお父様に頼んで、似せてもらったの」


 彼女の頬が薄い紅に染まる。そして紅潮した君もまた、可愛らしく美しい。・・・だから、今から数えて十数分後に城の所有物を勝手に使った言い訳を先にさせてもらうと、まさか君に僕がこれからそんなに寂しそうな表情をさせてしまったことに耐えられなかったんだ。


「・・・リアムもずっと変わらずカッコよくて、それに優しいわ・・・みんなに優しい。それってとてもいいことだと思うけど・・・」

「エリシア・・・」

「ごめんなさい、話の途中で黙り込んじゃって・・・それでね、みんなに分け隔てなく優しいリアムのことは私も大好き・・・だけど」

「うん・・・」

「時々、私にだけ優しくして欲しいって、我がままかもしれないけど・・・ううん、時々なんて嘘。いっつもそればっかり。今日もね、ミリアと連弾してるあなたの姿を見て私、リアムの隣にいる彼女がとても羨ましくて、そして、同じくらい疎ましかった」 


 月の満ち欠けの如く、彼女の髪がゆっくりと揺れる。また、紅いドレスのスカートは夜風で影を作ったり、光を受け入れては本来の色に染まり移ろう。こういう時、突風でも吹いてくれればきっと彼女は秘めた心にまとわりつく霧を風にのせて拭い去ってしまうだろうが、幸運にも今、つい目で行方を追って空を見上げたくなる風は吹かない。だからじっくりと、ぼくが一緒になってそのモヤモヤを晴らす手伝いをできる。


「なんでこんなに怖いんだろうって、私はあなたの特別に相応しいのかもわからなくなって・・・あんなに素晴らしい演奏会だったのに、楽しい!・・・って気持ちといっしょに、とてもその気持ちがこう・・・わずらわしいって言うんだっけ?・・・とにかく、急に胸に小さな穴が空いてそこから私の全部が漏れ出しちゃうの・・・でも外に漏れてるわけでもなくて、かといって」

「かといって漏れ出すという表現からして内側に留まってるわけもなく、消化され体に吸収されるわけでもない」

「ッ!?」

「どこか知らない場所に、それもまるで暗闇か深淵に落ちる様に自信が流れてしまい、そしてその流れが渇いていく感情に触れるたびに、心臓が締め付けられ、呼吸するのが苦しくなり、どうしようもない不安が生まれる」

「どうして!? どうしてそこまでわかっちゃうの!?」

「ぼくも魔力は化物級だけど心は怪物らしく人間・・・のはずだからね。悩むって言えばそりゃあそこら辺は人並みっていうか、それ以上に面倒くさいっていうか・・・昔実はある人に自分を過小評価しすぎだって怒られたことがあったんだけど、つまり態々怒られるくらい僕は心配性でね。怒られても懲りず今もなお、僕が君に相応しいか、釣り合いが取れてるかが不安でものすごく怖い」

「それじゃあ・・・リアムも私と同じように」

「悩むんだよ?力の使い方云々以外のことでもね・・・そうだ」


 誰かが話してる時にそれを遮る真似をするのはよくないことだろうが、今回はその限りではない。ケースバイケースだ。


「きて、エリシア」

「ちょ、ちょっと待ってリアム!どこに行くの!」


 アイスクリームが〜とかパンケーキが〜とか言ってたころが懐かしいな。それが今や恋に悩んでいるとは、前世から股にかけてこんなことこれっぽっちも想像してなかった。でも今僕の手の中には、愛すべき人の手の温もりがたしかにある。


「誰もいないね・・・よし」

「お、お邪魔しまーす。本当に勝手に入っていいの?」

「ここにある楽器はミリアのお気に入りばかりだけど、所有はノーフォーク領領主ブラームス公爵だったはずだし、なにも盗もうってわけでもなければ、僕は週に1、2回のペースで通ってるしね・・・たぶん」

「たぶんって・・・」

「つまりこの際そんなことは小さいことだから気にしないってこと!大丈夫、いざって時には僕が君を守るから」


 お城の中といえど、平民の僕が見慣れた部屋があるんだなこれが。だがその見慣れた部屋には明かりがなかったので、ここはロマンチックに異空間から蝋燭をいくつか引き出して火を灯すことにする。窓から差し込む月の光とはまた違ったオレンジの幻想的な光だ。対照的なのに、どちらも心に惹かれる淡い夜の色。


「ようこそエリシア。今夜はリアムから大切なあなたへ、思い出の1曲を送りたいと思います」

「ほんとに?」

「もちろん本当ですとも! それでは聴いてください」


 さて、この曲を弾くのはかなり久しぶりだな。それこそ転生前のこと、指がまだちゃんと覚えててくれればいいけど。


『バイオリンがないのは残念だけど、でもちゃんとピアノにも見せ場はあるんだよ・・・それこそカノンみたいにね』


 よかった・・・運指に問題もなければ、音が外れることもない。曲名は『Serenade』、原曲の作曲はパッヘルベルである。


「セレナーデ。愛する人に送る、パッヘルベルの残した曲の中でも僕が好きなもう1つの曲」

「・・・綺麗な曲」


 カノンにしてもこの曲にしても、原曲のパッヘルベルは作曲された当時から人気だったわけじゃない。長い時を経て、後世のアレンジでバリエーションを増やし、著名なカノンの作曲家として世に名前を残し愛される不動の地位を得た。


『すずか・・・』


 過去の恋が、今へと繋がる。・・・過去の恋か。一夏の思い出、禄に他者と接してこなかった僕に厳密な恋の定義をすることは難しいが、小説をはじめ創作物に感情移入したときのドキドキと憧れを参考にしていいというのなら、僕が恋したことがあるとすれば彼女に抱いた気持ちが初恋だったのだろうな。そして僕はまだ、エリシアと恋はしていない。だが鈴華の件はもう割り切って克服してるし、それにお互いにお互いを大切に思っていることに変わりない。ならばいつの日かそれぞれの心に抱えた認識の縺れを完全に修復し、来たるべき日に僕たちは結ばれるだろうと思いたい。


「レインノーツかぁ・・・納得よね」

「あっ、それ聞こえてたの?」

「うん。というより、ソフィア様との密談を盗聴して、戻ってきたときにお茶請けにしようってラナとイデアが悪巧みしてて」

「ほぅ、ラナとイデアがそんなことを」

『19点』

『22点でバーストです。やってしまいました・・・あっ、現在就寝中のため起こさないでくださいと勧告します』

『この件はやっぱり後から追求するし寝ながらブラックジャックして勧告って超高等なテクニックだなって言いたいけど・・・けどまぁ、ありがと』

『我が眠りを妨げる者、罰則として1週間の個人的奉仕を要求する』

『調子に乗るな』

『ほら、俺の勝ちだからチップよこせ』

『スー・・・』

『おいっ!ディーラーに楯突くな!』

「・・・レインノーツなんてカッコよすぎるよね。そうだな・・・ブラックノーツ、僕の音はただの黒いおたまじゃくしだよ」

「おたまじゃくし?・・・ああ、たしかに黒い音符ってそう見えるかも。でもそっか・・・ブラック、ブラックか」

「そうそう、ブラックノーツが関の山!とにかく、僕はちょっと人より早く5線譜の上のおたまじゃくしを知ってたってだけで演奏自体は実に型通りでつまらない。世の中には僕よりも感性豊かで、人生そのものを音楽で語るすごい人たちがいっぱいいるよ・・・でも音楽だけじゃなくてもっとたくさんの方法で、胸の中に溢れ出る親愛が如何に深いかを伝えたいって思うこともある・・・君にとかね」

「・・・でも、私はリアムの演奏が一番好きよ」

「ありがと。僕の演奏を好きだって家族以外で言ってくれたのは君で2人目だ」

「2人目? ・・・1番じゃないの?」

「もちろん、大事な友人たちの中でも一番大切に思ってるのはエリシアだよ」

「友人、1番・・・まあいいわ。まだそうよね・・・でもなら、もう一度だけ私のために弾いてくれる?」

「わかった」


 ここは音楽室で、城の中でも特に普段から賑やかになる部屋から離れた静かな場所にあるから、夜想に耽るにも最適な場所だ。


「エリシア・・・」

「なに?」

「例え君がどんな未来を選択しても、僕はそれを尊重する・・・それだけは、忘れないで」

「私だって、リアムのことずーっとスッ」

「シッ──。その先の答えは、また次の機会に聞くことにするよ」

「・・・ッ! あ、あの・・・あのあのあの・・・ッ!」

「ふふっ、慌てすぎだよ」

「あっ、笑ったぁ!」


 例え未来にどんな選択肢をとろうとも、その結果希望が絶望に変わろうとも、今これだけはたしかな事実であって、それは僕らの間にある絆が生む大切な時間に幸せを共有するべきであること。だから、またピアノに手を置いてしばしの・・・。


「おじさま、ちょっとごめん遊ばせ!」

「おい俺は!?」

「結局、行ってしまったか」

「きっと大事な用事ですわ。だから彼女が席を外している間──」

「国王様、アリア様! お、御目どう、どう・・・恐悦至極の極みでございます!」

「それはそれは熱烈ですわね、しかし情熱に焦がれるせいか極みが重複しておりますわよ?もっとリラックスしてくださいなデイジーさん。・・・さ、ミリアの代わりも務めてください?」

「・・・うむ。これも甥と姪のためか、そう思えばまたいつもと違って素直になれるというもの」

「すまぬが、私もちと席を外させてもらう・・・じゃあ」

「あなた!・・・あなたも可愛い娘のために頑張ってくださいな」

「マリア・・・むぅ、無念」


 ブラームスはマリアに尻に敷かれ、そしてバルトは張り切る。普段は息子、娘にこの手の礼儀については厳しくするようしているが、今夜ばかりは我が姪のロマンスを優先させることとし、自分からの祝いの贈り物の1つとさせてもらおう。 


「なんかおかしいと思ってつけてきてみればあの二人・・・私の音楽部屋に勝手に──」


 披露宴会場を抜け出して廊下を歩いてると、リアムとエリシアが2人で城の中を歩いてる姿を見つけた。だからこっそり・・・何で自分の家でこっそりしなければならないのかも疑問であるが、とにかくこっそりと2人の後をつけてみればどうやら音楽室でピアノを弾いているらしく、なら自分も仲間に入れて欲しいと──。


「・・・セレナーデ。愛する人に送る、パッヘルベルの残した曲の中でも僕が好きなもう1つの曲」

「えっ・・・?」


 だが、結論から言うとミリアがその秘密の演奏会に参加することはなかった。


「ブラックノーツが関の山」

「・・・違う、あなたはレイン。唯一私を阻み世界の恵みを人々に届け、時に荒々しく、時に優しく私さえも包み込んでロマンチックに輝かせることができる人」


 扉の向こうから声が聞こえる。楽しそうに語らう2人の声が・・・そして──。


「エリシア・・・」

「なに?」

「例え君がどんな未来を選択しても、僕はそれを尊重する・・・それだけは、忘れないで」


 今のは告白か、もし2人が以前よりそういう関係にあったとすればそれは愛を伝える単なる恋人の語らいに過ぎないが、どちらにしてもリアムのその言葉は期せずして、それもおそらくかなりのバッドタイミングで実現してしまったミリアへの秘密の告白。


「リアムってば、私じゃなくてエリシアに・・・私とあなたの部屋で・・・何やってるのよ・・・」


 そして、気づいてしまった・・・気づいてはいけない私の中で押さえつけられていた感情に。今まで私はリアムを事あるごとに執拗に部下と呼び、従者と呼び、それに平民だと彼とは一定の距離をおいて接しようと焦っていたが、実はそれは全部はある気持ちを抑えるべく自分に言い聞かせていた言葉だった。・・・わかっている、わかっているとも。貴族と平民の間には深い堀が隔たっていて例え対岸に声が届こうと、相手の姿が見えようと、向こう岸に辿り着けなければ自由な恋愛なんてありえない。そしてこの階級社会では、私があなたには十分過ぎることはあってもあなたが私に相応しくなることは絶対にないのだから、安全な場所にいながらこのもう1つの秘密の恋は叶うはずもない。例え相応、分不相応の現実が間違っていて、その基準が事実であろうとなかろうとだ。


「ばか・・・リアム」


 もしこの秘密の恋を叶うとすれば私たちに残っている選択肢は1つで、誰にも追われないところまで逃げるべく2人で一緒にこの深い堀の中へと滑り落ちるしかない。だが果たしてこの堀がどれほどの深さで底はどうなっているのか、暗闇からは時折不気味な魔物の声も聞こえるし、あの中で生き残って再会できる確率は極めて・・・低い。

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