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アナザーワールド 〜My growth start beating again in the world of second life〜  作者: Blackliszt
第3部 〜ダンジョン ”テール” 攻略〜

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230 Dominant Doppelganger

 オークションのタイプは前世でも一般的だったオープンオークションである。道楽目的の金持ち相手ならクローズドなんかにすれば儲かりそうな物だが、リピーターを取らず遠ざける様な商売をしているこの商館でそれはできない。そういうのは一定の信用あって成立するものだし、客も異国の地ならではの掘り出し物を探すか臨時の労働力目的に来る人間が多いはず、だから消費者の需要は下がる一方である。どちらにしても、僕はこちらの世界のオークションシステムがどのくらいまで発展しているのか知らない。もし帰れたらその辺詳しそうな学ちょ・・・アランにでも尋ねてみよう。


「失敗したからと言って取り返しがつかないとは言ってません・・・誰ですか取り返しがつかない時とか言ったのは、ムフン!」

「はいはい。流石イデアさん。お見それしました」


 なんのことはない。魔力錠を再び嵌めてしまった件は、手に嵌まった錠を初手で空間魔法によって飛ばすなり仕舞うなりし、誰にもバレないほど素早く光魔法のダミーを嵌めれば済んだ話だった。ショーケースの中でも背を向ければ上手くできたとは思うが、念には念を入れて、次から次へと出品のスタンバイに忙しそうなこの舞台裏で・・・


「今日の奴隷たちはいつもよりなんか素直についてくるな・・・」

「喚かれるよりマシだろ? いつも泣かれたり噛まれたり大変なんだから、こんな日があってもいいいんじゃないか?」


 従業員たちがいつもより大人しい奴隷たちに困惑している隙も突いて、すり換えは実に簡単で呆気ないほど上手くいった。これでジョシュと連絡が取れる。


『ジョシュ・・・もしもしジョシュ?』

『うわっ!?・・・なんだリアムか・・・やっぱりなんの前触れもなくいきなり声が聞こえてくるってのは慣れねぇな』

『それもそうだ』

『では今度から着信機能でもつけますか?』

『・・・よく分からんが、まあそれでいいさ』


 うーん、着信機能か・・・でも結局突然頭の中に音が鳴り響くのは変わらないんだよな。


『どうした?・・・ああ、さっき話したリアムだよ。お話できないかって?うーん今はやめた方がいい。後でな』 

『・・・もしかして』

『その様ですね。ジョシュの隣に質の近い魔力の持ち主、そして番号を振った魔石反応です』


 突然独り言の様な会話を始めたジョシュに何かを察したリアムがイデアに確認を取ると、案の定想像通りの答えが返ってきた。


『よかったねジョシュ。無事救出できたんだ!』

『お陰様でな。でな? チェルニーが捕らえられていた場所が実は貯蔵庫でさ、金貨やら宝石やらも一緒にザックザク! バックに詰めてきたから無事脱出できたら山分けしようぜ!』


 それはすごい。転んでもただでは起きない逞しい男ジョシュ。財産どころか挙句商品まで一気に失うのだから、この詐欺に関わった全ての人間たちはざまあない。これが盗難に当たるかなんて正義知らないさ。分けてくれるというのなら、喜んでお裾分けを甘受させていただこう。


『でだ、俺たち実は今どこにいると思う?』

『えっ・・・と。イデア』

『ズルはダメですよマスター・・・と言いたいところですが』


 話は変わり、今彼らがどこにいるのかという謎なぞに移る。こうして念話が使えていることから、例の魔力遮断部屋にいないことだけは確かだが。


『ジョシュ。ここからでは檻の天井で見えないので、隠蔽で隠すか私の光学補助がない限り目の光る魔眼でマスターがあなたたちを視認することは不可能です』

『まさか・・・僕たちの真上?』

『ピンポーン! 正解だ。ここまでしてもらっておいてお前たちを疑うわけじゃないんだが、だけどな、もし万が一にも上手くいかなかった場合のことを考えると心配で・・・何せこれからお前がやろうとしていることは、あまりにも常識から逸脱している』

『その強かさは嫌いではありません。それに、態々危険を承知で戻ってきたというのは2人さっさと後は知らぬ存ぜぬで逃げるよりか遥に好感が持てます』

『・・・それはそれで、耳が痛いな』


 きっと頭の中をよぎったであろうこと。ましてやここまでして助けにきた大事な妹が一緒なのだから、尚のこと。それを考えればちょっと複雑だが、でもやはり、僕たちを信用して残ってくれたと言うのは嬉しいものがある。


「さあさあ、ウェルカム! ようこそ我がヤコポ商会が運営する此度のオークションに足をお運びくださいました紳士淑女の皆様。皆様には、主催者であるヤコポ並びに従業員共々に代わり、代表兼司会の私から、心の底より感謝申し上げとう存じます」


 それから間もなくして、司会の男が進行するオークション開催の合図アナウンスが舞台袖、あるいは僕たちがいる舞台裏含め会場中に響き渡る。


「それでは、皆様の大切で貴重な時間を無駄に浪費させることも心苦しいですし、早速ですが挨拶はこの辺に。皆様の節度ある道徳と経験豊富な知識に委ね、長ったらしい説明は抜きにしてオークションを始めたいと思います。しかしご不明な点があれば、この事前にお配りしたパンフレットに今一度目を通していただくか、近くの従業員にお尋ねください。もちろん、誠心誠意対応させていただきます」


「ワァアアア!」っと、そして、喝采。ここに呼ばれているものは誰もが自他共に認める金持ちばかり。そんな彼らにとってオークションや奴隷を買うのは日常茶飯事的で、というか、後のフォローもあって聞こえはよかったが、商会側はしれっと客全員にオークション中に起こったこと、その後の責任を投げつけたな。やらしい。


「ではでは、第10回目! 記念すべきオークションの端は、程よい背丈ながらも男らしい力強さは忘れさせない12歳のミクリ君! 彼は貧しい家庭に育ちながらも、幼い兄弟のため、早くに旅立ってしまった両親に代わってこのオークションへの・・・」


 商会の説明責任に疑問を抱きながらも、この商会にしてこのオークションあり、効率的な司会進行はしばしば気品さ、品位を欠いてしまうものだが、果たしてここにいる客たちの一体どれだけがその事に気付いているのだろうか・・・多分全員気付いていないだろうな。異国の地だからこその慎重さも、自らの快楽と時間の優先に盲目して履き違えている。もし気付いていたとして、僕らを買う金なんて端金にくらいにしか思っていない連中ばかりだろうし。


『吐き気がする』

『マスターに同じく』

『この茶番には俺も反吐が出そうだ』


 まさに、金持ち道楽のための一つのエンターテイメント。その商品=景品プライズが、違法に、それも限りなく非道徳的に入手されたであろうものなのに、それを売ろうとしている奴らも、事前調査を怠りなんの疑問も持たずに買おうとしている連中にも等しく、嫌悪感を抱く。


『こんなディールだと、大トリって言うのも素直に喜べない』


 奴隷のバックグラウンドまでをしっかりと把握した上で、お互いの合意に達した過程>結果で取引をするべきだ・・・なんて綺麗事までを言うつもりはないが、それでも、現代法の基に成される取引では、奴隷となる者の約半分超えが下級階層出身のものばかりのため、こうして多少痩せていたりしても客にとってはそれが常識であるのをこの商会が利用しているところがまた、腹が立つ。

 この後みんなで脱出できたら、カロリーブレンド的な栄養機能食品とか作れないかな。エナジーなんちゃらシリーズで、前世でも普及率の高かったバー型のエナジーバー、ちょっと嗜好を変えて団子や饅頭型のエナジーボール、あとはこれもメジャーだがエナジードリンクって名称そのままでさ・・・なんて。最初の2つはまだしも、最後のエナジードリンクに関しては、味はまちまちだがどう考えても上位互換のポーションがあるから、需要はあまりないだろうけど・・・ん? だが効果はそのままに美味しいをコンセプトに配合を頑張って商品化すれば逆に・・・。


「さて、とても名残惜しく存じますが、次が本日最後の出品となります! 本日のトリを飾るのは東方異国出身の男の子、ナオト!」


 おや? 商業計画を練っていたら、あっという間に自分の出番が回ってきた・・・なんて、次々とステージに運ばれていく仲間たちの一人一人と目を合わせたことは、決して投げ出してはいけない僕の責任だ。

 ああ、薄暗いジメジメから一転、オリから出されて歩かされた先にあったのは何も僕を劇の主役としてくれるスポットライトではない。今僕は、奴隷オークションの主役なのである。光系魔道具によって照らされるステージの上は眩しくて、目の奥の視神経をヤケに刺激する光がまた実に鬱陶しいから、僕は下を向いたまま、視線を上げはしない。


「彼の家族は遥々東の国からやってきた実業家、西洋ドリームを求め母国への輸入業を主軸とした貿易会社を設立。しかし借金してまで購入した貿易船が嵐に遭遇した末に沈没してしまい、残ったのは船を購入した時の借金に船が積んでいた商品の多大な買掛金。故、莫大な負債を抱えてしまったために一家離散、続け様の不幸に見舞われ路頭に迷う寸前だった彼ですが、元々の顔立ちも悪くなく、魔法の才能もそれなりにあったために、本日最後の商品としても相応しい人材であると・・・」


 おーおーおーおー。よくもまあそんなペラペラと嘘の物語ストーリーを雄弁に。


「優秀なこの子ならばきっと悪いようにはされないはず、また法によって傷害や虐待禁止という最低限の権利の保証されている奴隷へとすることを言い聞かされて奴隷落ちし、その後転々と各地を巡り巡って本日、本オークションでの出品の運びとなりました・・・しかし彼は知らなかった。実は借金に困った両親が自分を売ったその金で負債を返済したことを。・・・どうか! どうか哀れな彼に皆様の慈悲を! 愛の手を差し伸べ可愛がってやってくださいませ!」


 わーお、それは酷い。でもね、両親が自分たちのために子供を売ったってまさかまさかの驚愕の事実が、当の本人に丸聞こえってどうなのよ。

 不幸少年極まれり、僕、かわいそすぎるんだけど。涙がちょちょぎれそう。


「それでは、入札を開始したいと思います! 本日最後の商品です! 始値は50万!50万ユーロGから!」

「50万!」

「55万!」

「75万!」


 さて、だが僕の嘘っぱちの作られた過去の話なんてどうでもいい。

 ようやく、ようやくだ。

 ようやくナオトの入札が始まった。

 ようやく僕のターンがやってきた。

 これは、取引が完全に成立してしまう前にやって意味がある。


「待ってください! 会場にお越しのみなさん!」


 入札が90万を超えたところで、もちろんの突如、リアムの声が会場全体に響き渡る。


「まずは挨拶を。僕の名前はナオト。僕は歴としたアウストラリア国民であり、祖国ではこの齢にしてではありますが、冒険者をしていました」


 おらんだりしたような甲高く耳障りに聞こえる音は最初のワンフレーズのみ。次には程よく、唐突な始まりにビックリした耳を鎮めるように、なだらかなで穏やかな礼を伴う挨拶を。入札が突如中断した事に、観客たちは唖然としてリアムの挨拶を聞いていたが・・・。


「アウストラリア? はて、彼は東の異国の出では?」

「確かにアウストラリアはこのユーロの東の隣国ではありますが・・・」

「それに冒険者とは? 彼はまだ齢にして10かそれに満たないように見える」


 叫ぶだけの主張ではなかった事、それがちゃんと効果を発揮する。今のリアムの目的は疑問を投げかける事、但し混乱は最小限にして。


「え、えーっ皆さん。突然の彼の告白で、驚かれているようですが、あくまでもこれは・・・」

「皆さんの疑問は尤もです。何故ならこのオークションには表沙汰にできない黒い秘密が蔓延っているからです・・・今、そのオークションに何も知らずに参加させられている皆さんに知っていただきたい。この商会で売られている奴隷のほとんど、少なくとも今日オークションに出された子供たちは皆、人攫いに捕まって無理やり嘘の奴隷紋を刻まれたこの違法商館の被害者なのです」


 だがあまり時間がないのも事実で、意外にも優秀だった司会のなんとか会場のざわつきを鎮めようとしたアナウンスを無視し、無理やりにでも真実を突き付けさせてもらう。というのも、ここまで出張ってきておいてなんだが、本当はあまり彼らに顔を見られたくはない。偽名を使っているとはいえ、ここは商館で、きっとアウストラリアからの訪問者も何人かいるはずだからだ。


「どういう事だ?」

「違法商館? あの子は一体何を言ってるんだ?」


 客たちは僕が何を言っているのかわからない。しかし、それでいい。

 自分の置かれている状況に疑いを持てる、危機感を抱く能力は生物として重要な能力の一つである。また、ここにいるのは金を持て余し、しかし金を他人に盗られたり与えるのは嫌という道楽者ばかり。それもいい大人ばかりなのだから敏感でいてもらわねば、そうでないと困る。


「僕が何を言っているのかわからない。それは当然のことでしょう。なぜなら皆様はこの商館に、意図的に作り挙げられた評価を押し付けられた被害者なのですから」


 下地はできた。あとは彼らも被害者側こっちに引き摺り込むだけ・・・


「静粛に! どうか皆様に静粛願いたく存じます!」


 ・・・が。


「皆様。私は当商館を経営するヤコポ商会の会頭 ヤコポ でございます。本日は皆様の貴重なお時間を割いていただき、当商館のオークションに参加してくださったことは大変名誉なことで、私を含め従業員共々、光栄に思っております」 


 やっぱり出てきた。商会の名誉が傷つけられそう、いや、後一歩の崖っぷちまで腹の一物を一気に押し込まれ、真実が勝とうと露呈しかけている。ここまでくると、司会者の男には任せられる領分を遥に超えるというもの、ならば出てくるだろう。仮にも優秀な詐欺師で今日の飯を食ってる者ならば・・・


「そして、今彼からなされた衝撃の告発、私は何が何だかと、心当たりが全くないためにまさに困惑している次第です。ただし一つだけ、これだけははっきりとしている事実コトがあります。それはこの商会が国によって保証された商会であるということです。なぜならユーロでは、奴隷契約にはその街の有権者が契約書に署名をすることが義務付けられているからです。そしてこのまちでその役を担うのは正光教会の司教 ブルネッロ様であらせられます!」


──で、こうくるだろうね。なんとも帰納的で釈然としない回答だ。しかしその司教がグルというか黒幕なんだから、信用第一が聞いて呆れる。


「商会のオーナー様に至りましては、わざわざ自ら黒幕の存在とその蓋然性を示唆していただきありがとうございま〜す」

「一体お前は・・・いや」


 ・・・惜しい。シレッと客席に届かないくらいの声量で言った事実にリアクションを見せたオーナーの男。それをもう少し大きな声で言ってくれれば。


「ならば君の主張を裏付ける物は何かね?」


 しかし、己が商会の裏を知られた可能性が浮上した少年の処遇を決めるため冷静な口調でオーナーの男が僕の主張の裏付けを求める。


「だったらこの場で声を大にして言います。僕は今まさに、この競売から身を引きたいと思っています。どうか直ちに僕の競りを止めて今すぐに解放していただきたい」

「そ、そんなこと・・・今更言われたってだね君・・・競売はもう始まっていて入札も途中だというのに」

「ではなんですか? 奴隷は一般的に販売、競売問わず初回の売りにおいて入金が確定される段階までは財産としてはみられず、一人の人間として、契約の破棄が認められているはずです。また、加えて奴隷紋の解除はたとえその中身が()()()だったとしても同じ無の従属魔法を使えるものにしか解呪できない。この街、いや国一とも信用名高い商会の会頭であるあなたには、国家が参加し定めた国際奴隷基準法に基づき是非に契約書をここに持ってきて皆さんの前で僕に手渡して欲しい」

「・・・ッ! そうきたかマセガキが」


 この瞬間、大きなチャンスができた・・・風向きが、変わった。最後のソレは当然、周りにも聞こえないほど小さなものだったが、今のは明らかに息の根を止められかけた時に出た苦し紛れの遠吠えだ。確か奴隷が直前で取引から降りる場合、商会側にいくらか違約金を支払わなくてはならなかったはずだが、それも法によって大銀貨1枚までと定められているし、それくらいなら払いましょう? テレポートした際の置き土産としてステージにポツンと一枚の大銀貨をね。

 

「どうなるのだ? この場合?」

「それは、まあ中止になるのではないですかな。 まだギリギリ取り消しが効く期間ですから、法を遵守せねば・・・」

「そ、そんなの許さんぞ! ボクちんはあいつを買うために今日の商品全部我慢したんだ!」

「わ、私だって・・・あの子と今夜一緒に素晴らしいディナーを楽しんだ後に慰めのくんずほぐ・・・」

「皆様。どうか落ち着いて冷静にお気をお納め? 鎮め?ください・・・?」


 あらあら、呂律がうまく回っていませんよ〜っと司会のおじさん。だが、これでチェック。まず取り消しを認めるか認めないかが一つ目のチェックポイントだが、それはもう答えはほぼ確定したようなもの。また取り消すとして手渡せねばならない書類は僕の手の中、皆の前で書類がないことをどう説明するのかが2つ目のチェックポイント、そして万が一仮にジョシュも知らなかった控えがあったとしてもだ、その最終確認含め確認が済み次第最後には他の奴隷たちも含めその書類を頂戴し一斉にこの場から消える。よって彼らは商品の受け渡しができなくなり、大きく信用を失うこととなるだろうと、これが3つ目のラストポイント。このラストポイントが成された時点で、不信感を持った客たちは商会をきっと提訴する。この場所は、そういう人間たちの集まりであるということを、黒幕含め改めて身を以て知る事になるだろう。

 しかし──


「この件に関しましては商会のオーナーである私の方から彼の競売を中止にしない理由を説明させていただきます」


 ・・・あれ? 今こいつ、なんて言った?・・・中止にしないとかなんとか聴こえた様な気がしたんだが。


「実は彼は、既に一度身を売っておりとある地方の富豪のお方に奉仕する奴隷だったのです!」


 ・・・は?


「んなッ! 何をデタラメ・・・ッ!」


 ──ニヤリ。


「そ、そうなのか?」

「そうなのです・・・しかしこの度彼の前の主人が病にかかり帰らぬ人と・・・残念なことです。その方はとてもお優しい方でしたが生活は天涯孤独、そのためか屋敷の雑用にとお買いになった奴隷たちをまるで家族の様大事になされて・・・」


 それは観客の一人から上がった疑問の声から始まり、作られた。


「しかしその方が亡くなった後、後継となるものが誰もおらず家は解体され、そして彼は奴隷としてまだ残る借金を抱えたまま巡り巡って我が商会に辿り着いたのです。愛した奴隷カゾクが再び見知らぬ土地で孤独となって、その方はさぞ心をお痛めになっていると・・・ですからこの場をお借りして、私から謹んでお悔やみを申し上げさせていただきます」

「いいぞヤコポ商会!」

「流石この街、いや国1信頼のおけると名高い商会! まさかまさかの前の主人にまで尽くされたご配慮、尊敬いたしますわ!」


 しまった・・・! こういう時こそ冷静さを欠いて過剰な反応を見せればせっかく得た関心を・・・!


「しかしやはりこの子は幸運です! 今この場にお集まりいただいている皆様はどなたも素晴らしく慈悲深い方ばかりであると存じ上げます。加えて莫大な財力を持つ方々ですから、きっと彼を今の孤独から救い上げより可愛がってくださることでしょう!」


 おべっかを使い拍手喝采を受けるこの商会のオーナー。ていうかいきなり存在もしない架空の人物の登場に、”誰だよそれ!”・・・と思いっきりツッコミを入れたいが今しがたの反省を経てまあまあと呑み込む。しかし平静を保つため心の中ではツッコませてもらうと、だいたいそんな聖人君子みたいな人間だったのなら尊敬志を継いでくれる人の一人や二人いたのではないのだろうか。本当に為るかわからない僕の幸せを想像してご冥福をお祈りするっていうのも、なんか違う気がするし。


『じゃあ聞きますが、マスターがその御仁と同じ立場にあったとしてティナの面倒を絶対に最後まで見てくれると、そういう方が果たしていらっしゃいますか? またそう言えますか?』

『それはもちろんでき』

『因みにティナのお友達は対象から除外してくださいね』

『ングッ!・・・それだと断言はできない』

『でしょうね』

『おいおい・・・』


 生前どんなに強い信頼関係があっても、財産を相続したとして意志を丸々完コピし継いでくれるかと言われればダメだ。ティナはとても素直でいい子で何より働き者だが、みんなそれぞれの人生がある。だがそれならただティナを僕が死んでしまう前に解放してしまえばいいだけのことだ。もし最後の最後まで奴隷カゾクとして一緒にいたいと言ってくれれば嬉しいが、泣かれようとどうなろうとやはり束縛するのではなく解放してあげるのが本当に大事にしているということではないのか。もしくはそういう遺言状を書くか・・・もちろん自ら死ぬ気などないし病にかかったわけでもないが、健康でも人はいつ死ぬかわからない。それだけは言えるからティナのことだけでも、文章にして実はちゃんと遺言状を書いていたりしているのは内緒だ。


「さあ本日最後の競りを再開致しましょう! しかし皆様再開を前に少々私から提案がございます」

「・・・ッ!」


 ──が、怒りを呑み込むと決めた矢先、オーナーの男のアナウンスが僕の中の開放スイッチを押してしまう。こうなれば使うつもりもなかったがブラームスの名前を出して狐の威を虎で狩るか?


『落ち着いてくださいマスター。この勝負、勝ちたいのなら己の牙のみで刺すべきです。痛み分けに本当の奥の手を使ってしまってはそれこそ負けです。それは勝負を降りるも同然の行為でありこの場においては相応しい対応ではない・・・それにそんなことをせずとも、準備は整いました。私たちの勝ち逃げです』


 それは、自由に対する執着。


『・・・そんなことをしなくても』


 僕の根底にある、絶対の譲れない欲求モノ


「自らの競りを前にしてこの行動力は素晴らしくそれだけの価値に値すると評価します! 何より彼はまだ9歳ととても若いというのに法律を盾に勝負に出るほどに賢い! 彼の才能はまさに宝、これから磨けばもっと輝く原石であります!」


 そうだ。この詐欺師も口だけは一丁前で中々いいこと言うじゃないか。それはまだ磨き足りない、僕の中の原石。


「よってこの競りは先ほどご案内した50万という始値は撤廃させていただき200万から! どうです? 中古とはいえ、新品も同然。とても魅力的で適正な価格設定だと思うのですが・・・」


 ・・・エンターテイナーを気取った詐欺師が何か言ってる。この後に及んで僕に中古のレッテルを貼り値段をつけ直した挙句に吊り上げるだって? 馬鹿にするのもいい加減にし──


「300万! ボクちんはこの奴隷に300万出す!」


 その瞬間、新たな価格設定に今日一番にざわついていた会場全体が凍りつく。あれは、さっきお披露目の時に僕を見ていた男。


「お待ちなさい! ならば私は500万出しますわ!!!」


 すると今度は、またも同じくお披露目の時にかなりのハイテンションで僕を見ていたマダムが金額を釣り上げる。


「グッ・・・510! 510だ!」

「な、ならばワテクシは520出しますわ!」

「530!」

「540!」

「541!」


・・・ヤバイ。かなりムカついてきた。この後に及んで、高額な争奪戦を続けるこのゲテモノたちに。


「・・・ッ!」


 しかし、僕が内心そんな怒りに揺れていると。


「・・・あれは」


 瞬間──、僕は客席の中にある影を見る事になる。それは──・・・


『マスター! ・・・まずいですね。完全にイッちゃってます! ハイド! あなたもマスターが起きる様・・・!』

『悪いなイデア。俺が代わりに仕事引き受けるから少し眠っていてくれ』

『・・・? 一体どういう・・・!?』


 突然ピクリとも反応しなくなったリアムに慌てるイデアだったが、一方で、冷静に且つよくわからないこの場にそぐわないことを言い始めたハイドにイデアは首を傾げる。


「赤い空・・・ここは」


 まるでそこは花札の月の世界。赤い空に真っ白な月、黒い土、ただし僕が踏む小山の周りは空と同じ色をした血の様に真っ赤な海で埋め尽くされていた。


「よぉ・・・リアム」


 すると──


「まさか・・・ハイド?」

「・・・・・・」


 だが返事はなかった。


「ちょっと返事くらい」


 陸から一歩踏み出そうとすると──


「・・・わかったよ」

「・・・」


 その美しい紅いの瞳の移り変わりだけで圧せられる。もしかすると深いのかもと思ったが、血の海に膝をつけて彼女が呼吸のたびに僅かに動くたびに生まれる小さな波が脹脛や太腿の半分くらいのところに波跡をつけていることから、おそらくこの海は海というより水たまりに近いのだろうと。


「ねぇハイド、どうして僕はここにいるんだろう?」

「・・・・・・」

「・・・無視?」

「・・・・・・」


 それにしても、ハイドの姿。黒い長い髪が美しく、瞳も緋色だが、どことなく顔立ち含め僕に、リアムに似ている。


「あっそ、そういう態度とるんダァ〜」

「・・・・・・」

「・・・・・・。・・・・・・ごめん悪かったって! 今のはほんの冗談さ、別に僕にはハイドをどうこうすることもできないから!」

「・・・・・・」

「あのさ、さっきから僕を無視して何してるの!? ・・・それにその子誰さ? そんな所で女座りなんかして座っちゃってさ。ずーっと膝を閉じたままその上に頭を乗せて膝枕してる」

「・・・・・・」


 あれは一体誰なのだろう。ここからだと顔も見えないし胸から下あたりは海に浸かっている・・・何故? やっぱり多少の深さはあるの?


「で、ただ君は眠るその子をまるで何かから守るみたいに見てる・・・」


 やけに小さいというか、まあ彼女に比較した結果小さいということで、7〜8歳くらいの子供の様に見えるが・・・。


「あ・・・ああア゛・・・」


 が、なんとなくリアムがそれが子供であろうと認識しかけた瞬間──、ハイドが膝の上に頭を乗せ寝かしていた子供の肉が爛れながら溶けていき、最後には骨となり血の海の中へと──。


「沈んだ・・・」


 肉が爛れ海に溶けていく場面はかなりグロく、目を背けるべきはずなのに僕は目を離すことができなかった。骨になった頭をハイドがソッと人なですると、彼女は骸を血の海の中へと送った。


「・・・本当はここに連れてきたくなんてなかったさ。だがこれも全てお前のためだ」

「・・・やっと喋ってくれたね。でもやっぱり意味がわからない。一体何が僕のためっていうのさ」

「なんのことはない。この海は深い・・・その水面に膝をつけて座る俺を見ろ──ただ、見ていろ。これが私の──罪」


 骸骨、あるいは骸。それは・・・私の・・・俺の。

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