208 素晴らしきギフト
『だがウォルターが魔法を使うことはない。だから選択肢は──』
カミラは焦っていた。戦闘中であるのにもう一度、さっきまで考えていた内容を反復してしまう程に。
「魔法攻撃はあくまでゲイル一人! 私に届くのは精々弓の矢の──」
「残念母さん。ハズレだ」
しかしその矢は・・・。
「ゲッ外した・・・!」
「おいウォルター!そこは決めろよな〜」
魔力と光の変化によって攻撃を当然のように察知し避けたカミラの横を通って森の木々を焼きながら激しく突き進んでいく。
「・・・んちゃって」
「こざかしいッ!」
「ゲートォォォ!」
カミラの横を外れていった刹那、矢の進行方向に開いたゲートの出口を通って、横跳びするカミラへ標準されたゲイルの手元の入り口から炎の矢の追撃が飛び出した。
「はぁ・・・はぁ・・・」
回避直後を狙われて体がこわばっていたが、それでもなんとかカミラは矢の追撃を剣で打ち落とし直撃を防いだ。
「な・・・なぜ・・・」
ヒヤリと心臓くすぐられた上、虚を突かれて消費した体力と損耗した精神は大きい。カミラが剣を地面に突き刺し体を支えながら問う。
「俺。実はまだ昔ラナが産まれたばっかりの小さかった頃、家で父さんと母さんがこっそりと話をしていたのを聞いてたんだ」
「・・・ッ!」
「もう隠さなくていいよ母さん。俺がさ。あまりにも魔法を使うのが下手くそで、契約精霊も発現しない理由・・・それをずっと気にしていてくれたこと──ブレイフ!」
ウォルターはカミラの質問に答えながら、一匹の、獣の名前を叫ぶ。
「その馬・・・この炎の天馬は──!」
強光の出現に伴いカミラの視線は一瞬逸らされるが、それほどの光にも関わらず彼女の目は次の瞬間には見開かれ、現れた翼を持った一匹の炎のタテガミをもつ白馬を映す。
「こいつが俺の新しい相棒だ母さん! 契約を結んだ時、俺の体から赤と黄のボールみたいな光が出てきてさ。なんかよくわかんないけどこいつと融合したんだ」
「そんなこと・・・!」
「これはさ!・・・母さん。リアムたちが俺たち家族のために贈ってくれた最高のプレゼントだ!」
ウォルターはジャンプして、手慣れた動作でブレイフの背中にまたがる。
『まさかウォルターが精霊と混じってしまうなんて・・・』
『やっぱり。あの子たちの未来を考えれば・・・』
『エリアE。あの魔力が特に濃く溢れているあそこに通うしかない』
『ラナも産まれたばかりだっていうのに』
『でもこれはあの子たちの将来のためなんだ。ボクは運よく堕ちなかった。だけど運なんて不確定な運命をあの子たちには背負わせたくない』
『・・・これからが大変で、苦労するあの子の側にずっといてあげたい』
『ごめんねカミラ・・・だけど』
『・・・わかった』
颯爽と私の背丈を越えていく息子の瞬間目に焼き付けながら、思い出した──あの日の覚悟を。
「結婚祝い・・・だってさ」
馬上から、限りなく嬉しそうに幸せそうな笑顔を浮かべてカミラを見下ろす。
「・・・そうか。・・・そうかッ」
カミラはこの時全てを悟る。決して理解できたわけではない。しかし目の前で起こっている事が事実であることは受け入れてしまっている。
「母さん・・・泣いて」
「バカ言うんじゃない・・・! 私が泣くわけないだろ・・・?」
剣に体重をかけながら下を向き、体を震わせるカミラ。
「ハハッ・・・それに私は別に泣いてるんじゃなくて・・・」
その時たしかに、地面にはポタポタと幾つかの水滴が落ちていた。
「笑っているのさ。ウォルター」
次に顔を上げた時にはそれを瞼に留めているのみ。その表情は先ほどのウォルターのように、とても幸せそうに笑っていた。
「お前はラナと違って実に強かだった。あの子の好奇心を否定するわけじゃないが・・・」
「ああ。だから母さんに修行してもらって・・・魔法がなくても冒険を続けていた」
「そうだな。そしてお前がようやく仲間と手中に収めた力・・・ここまでの圧力となると、もはやその精霊。下位から中位すっ飛ばして・・・」
顔をゴシゴシと拭う。
「高位! まだ産まれたばかりで不安定だが、そこまでのポテンシャルは秘めている!」
靄を払うように剣を一振りし気合を入れる。
「なんだッ!?」
「この風・・・リアムか・・・ッ!」
その時だ。これからはじまる親子の間に風の壁が立ち塞がった。全くあさっての方向から戦いの余波で落ちてしまった葉をザアァ!と巻き上げて攫う異常な風が襲ってくる。
『絶妙で最悪なタイミングだ。まさかあの時のチビフードがここまで。だが──』
ゲイルが短剣を懐から取り出して己の風下にゲートを開き、カミラの風上へとその出口を開いたのは、全員が体を持っていかれないように耐えている合間だった。
しかし、目を細めていようと魔力で視るカミラにこんなフェイントは無意味。
気を抜けば体ごと持っていかれそうな暴風に耐えながらも、カミラはゲイルの高速の投擲を的確に処理した。風が抜き去ると同時に、弾かれた短剣が地面に刺さる。
「ッ一時撤退・・・」
「・・・後ろか! 言葉に惑わされると思ったら甘──」
「迷宮」
「・・・凄まじいゲートの数・・・ようやく勝負ってわけか・・・」
カミラは手に握る剣を強く握り直す。今度は風下にゲートが開いたかと思えば、蜂の巣のように周りに出現した数十ものゲートが壁を作り、ウォルターとカミラを取り囲むドームが森の一角に形成される。
『俺とゲンガーの全魔力を使った翻弄だ。いくらあんたの死角がゼロであっても・・・回避は実に困難だろう』
意識が朦朧とする。ゲイルは片足をつきながらも、なんとかゲートのコントロールを手放さない。
「いけウォルター!」
「俺はまだ魔法初心者に変わりない! だが一人前のパーティーとして全力で、母さんを倒す」
「ヒィィィイイン!」
ゲイルに託されて覚悟を決めたウォルターは、ブレイフの腹を両足で軽く蹴る。
「速いが捉えはできる・・・だが」
ゲイルが作り出したゲートに羽を広げ飛び込んだブレイフは超高速で加速し、時には地面を蹴って、カミラを囲むゲートたち通ってランダムな軌跡を描く。
「量が多すぎて入り口と出口の処理が間に合わん!」
こうなればカミラに残るのは一騎打ちに臨む最高の興奮のみ。超高速でゲートを行ったり来たりするブレイフが、次にどこから出てくるのか。しかしウォルターが次の攻撃までに移る時間は、全てを紐付けて処理するにはあまりにも一瞬で、短すぎた。
「ミラージュフレイム──」
「インフレアライトスクリーン!」
「──ショット!!!」
多量の残像を作ったブレイフの上にまたがるウォルターが一斉に腕を引いて、炎の弓矢を放つ。
「チッ・・・エドの血を継いでる分、お前の方が魔力量は上か」
それに対し、カミラも剣を大きく上に振って熱を持つ光のスクリーンで弾幕を張るが、本物の矢は防御を貫いて体腔を焼いた。
笑う。
幼い頃、精霊と混じったせいで魔法が上手く使えなくなったウォルターに武器の扱い方、戦い方を教えたのは自分だ。そんな愛弟子に、愛する夫のエルフの大きな魔力が加わってしまえば、こんなに頼もしいものか。
「・・・やっちまった」
ウォルターは、下に見える地面に横たわるカミラを見てブレイフの上で指が痛くなるほどに強く拳を握る。
「お互い本気の戦いだった。俺ももう限界・・・だ」
まだ魔法が碌に使えるようになって数日、思いの外、今の攻撃に魔力を注いでしまっていた。
「ありがとうブレイフ」
「ブフルル」
降下し地に足をつけたウォルターは、ブレイフの頬に手を当てて労う。
「やった・・・」
その光景を既に体に上手く力を伝えられず、ゲイルは地面に突っ伏しながらも見届けた。
『・・・やったぞ!』
歓喜に胸を震わせ、微動に揺れる体。
自分がトドメをさしたわけじゃない。良いところは全てウォルターに譲った。
だがそれでも彼以上に達成感を経て涙を流していた・・・だってしょうがないじゃないか。
『一緒に、ボクと置いてきてしまった時間を取り戻してみないかい?』
落ちこぼれた気持ちは、そしてそこから救い上げてもらった気持ちは、俺にも痛いほどよくわかる。
「さあゲイル・・・肩を・・・ッ」
「どうした・・・ウォルター? 魔力切れ寸前で息切れするのはよく・・・はぁ、わかるが・・・」
「・・・母さんが、いない」
「・・・えっ?」
起き上がれないゲイルに肩を貸そうと進んでいたウォルターの歩が止まる。言われて見れてみれば、たしかにそこにはカミラの姿はなく、煤まみれの矢が一本だけ刺さっていた。
「いやそんな・・・たしかにさっきは・・・!」
「力尽きて・・・リヴァイブに送られたんじゃないのか?」
見れば矢の周りに血ノリの一つどころか人が倒れていた跡もない。残っていたのは複数の足跡だけだった。2人の頭に嫌な予感がジワジワと溢れ始める。
「残念小僧ども。私は倒れても死んでもいない」
あまりの焦燥感に思わずこわばった顔を合わせて、「ハハハ・・・」と笑い合うウォルターとゲイルの焦りを助長するように、その声は不覚にもゲイルの頭上から襲ってきた。
「動いたらゲイルの首をバッサリいく」
「ッ──!」
「・・・なぜ」
絵の具を落とすように2人の前に姿を現したカミラは、たしかに多少の火傷を負っている。服も最初に与えたかすり傷の時にパックリと開いたものもある。なのになぜ、カミラは今ゲイルの首元に剣の刃を添えて立っている。
「カラクリはこれだ」
「光・・・キララ?」
「そうだ。ウォルターの矢を受けたのは、私が作り出した幻影の身代わりに他ならん」
ウォルターの小さな問いかけに得意げに答えを示すカミラ。
「精霊剣術。かつて勇者が使っていた聖剣の剣舞をヒントに編み出されたこの国最強の剣術だ」
精霊剣術・・・聞いたことがある。たしか王都の騎士団の精鋭の中でも、エリート中のエリート達が使う精霊の力を生かして戦う剣の術。
「剣術?」
しかし、さっきまで地面にカミラが臥せっていた場所にはウォルターが放った矢が一本だけしか落ちていない。
「そうだな。キララと契約している私は常にもう一本の刀を帯刀して隠して欺く。そういう戦いが得意な2刀流だ」
ゲイルの首肌に触れる剣とは別に、カミラの腰に帯剣された2本目の剣が顕になる。しかしそれはリアムのように亜空間から取り出したものではない。
隠していた剣にキララを取り憑かせ外陰となる偽物の像を作り出させる。そして、内側のカミラと最初から見せていた剣を周りの風景と同化させる魔法をカミラが担当し、精霊と分担することで相手を欺く緊急離脱の準備をする。そうして火の矢が当たる直前まで偽の像と重なり続け、攻撃を受ける時、初めて外陰の像から本体が抜け出して隠していた剣を自分の立ち位置に突き刺すなり寝かせるなりし、攻撃を被弾させる。手応えが演出できない武器を直接振り回す攻撃や散弾攻撃には使えないが、人を対象とした魔力被弾系には効果はまちまち。無論、取り憑かせると言えども、キララが剣と同化しているわけでもなければ、カモフラージュが届かない程の超広範囲攻撃でもないかぎり、キララは無傷で済む。
「像より被弾する面積が小さく、剣は矢や礫を弾き、探知に弱く、音に弱く、剣に弱く、諸々ツッコミどころの多い洗練されたとはいえない技。今回は斜め上からの矢が下手に当たらないよう2本目の剣すら抜かなかった。像をすり抜けた矢は離脱した私が回収してキララの力が及ぶ身代わりの側にやはり突き刺した。普段は像の乱れを誤魔化すため離脱時に目眩しの閃光も入れる。今回は空に張ったスクリーン弾幕がそれだ」
「いつ・・・入れ替わって・・・」
「いつって言われれば、さっきゲイルが私をゲートの壁で囲った時だな」
「厄介な空間属性使い相手にあれはいい死角だった」と、戦いを振り返り口元を緩める。
「クソォ・・・俺たちの・・・」
まんまとハメられた。何がダサい戦いは嫌いだ。あの言葉もこれまでの振る舞いも全て布石。本気の真剣さには本気の真剣さが帰ってくると、俺が勝負を急ぎすぎた。首元に触る冷たさに自分の体温がジワジワと奪われ移っていく感覚がまたもどかしい。
「・・・負けました」
魔力切れ。ゲイルはこれ以上戦えない・・・あの涙がそのことを如実に物語っている。そして、不甲斐なくもここからゲイルを助け出す術は自分にはない。
『キララと同調し周囲を何よりも速く把握する。そして強調した派手な身なりから繰り出される即撃の見える剣と見えない剣のギャップや視覚的かつ魔力的な情報量で相手を圧倒し追い詰めるのが私の精霊剣術スタイル・・・』
カミラは、自分は犠牲にできても仲間を犠牲にしようとはしない優しいのウォルターの性格をよく知っている。
仲間思いのウォル・・・可愛い私の息子。
「ありがとうございました」
歯を食いしばり悔し涙を流しながら下げられた頭と、良い戦いだったと2人の若い冒険者の健闘を讃えて下げられた頭。
・・・ウォルター&ゲイルVSカミラ。勝者 ──カミラ。




