196 唐突
「これから、末長くよろしくお願いします。お父様。お母様」
──戦いが終わり帰宅後。
「んーと・・・どうするんだリアム。流石にこれは俺たちには・・・」
「そうよね。口を出したら良くない領域よね」
「私はいつもリアムの味方ですが・・・」
急いで撒こうと足早に帰ってきたはずなのに、なぜか隣で深々とウィルとアイナに頭を下げるヨンカ。一緒に帰ってきたティナはこの非常事態にどうしてよいやら戸惑っている。
「ちょっと・・・困るよヨンカさん」
当然、これにはリアムも困るわけで・・・──
「どうしてですか? ・・・もしや私はリアムの好みではないでしょうか・・・」
いや、実は一旦しっかりと説得して離れることに成功したのだが、なんとその後念を入れて家にゲートで帰れば玄関の前には既に彼女が──
「そんなヨンカさんは十分に魅力的な女性だと思いますよ・・・けど」
「でしたらなんの問題もありませんね」
「・・・・・・」
無理矢理に、ここまで付いてきてしまったのだ。
「あのね! 実はボクにはもう将来を約束した人がいて・・・!」
「では、私は第二夫人ということになるのでしょうか・・・?」
「へっ・・・?」
お願いだから人の話を聞いて。
「その・・・悪いけど、ボクは元々重婚する気は無いというか、そういう主義というかね」
「はぁ・・・そうですか・・・なら──」
・・・なら?
「愛人でも構いません」
「ダメだこりゃ」
ダメだこの子。ボクの話を全く聞いちゃいない。
「お願い! お願いだから今日のところは帰って!」
「いえ・・・どうせなら今日にでも初夜を・・・」
「ヨンカさんがここにいちゃまずいんじゃ無いかな!? ほら仕事が、エリアFとGの案内人はヨンカさんしかいないわけだし・・・!」
こうなったら、今日は無理にでも返して・・・──
「あのー・・・ヨンカちゃん?」
「なんでしょうかお義母様」
「あのね。リアムはまだ9歳になったばかり。ヨンカちゃんも成人はしていないわけだし、だから私がそんな乱れた関係は許しません!」
よかった。ここで常識人である母さんが隙を見つけて加勢しにきてくれた。
「だからね。今日のところは一先ず帰ってもらえないかしら? あなたも若いんだから、まだまだこれから先、ゆっくり時間はあるんだし・・・ね?」
よって──
「・・・わかりました。今日のところは、諦めます」
ついに折れたヨンカが諦める。今日のところ・・・というのがとても気にはなるが──
「それでは私は一度エリアFのキャンプまで戻ります。また」
ようやく玄関のドアノブに手をかけたところでホッと一息。
「おや? エリシアさんにミリアさん。そんなところで何をしているのですか?」
「──ドキッ!」
のも束の間、扉を開けて足を外に踏み出したヨンカが、家の中の音を拾おうとかがみ気味に必死に壁に耳をつけていた二人の少女を発見した。
「あああヨンカさん! 今日もいいお天気で!」
「・・・? そうですがもう夕方ですよ?」
「ごきげんよう・・・ヨンカさん」
「はぁ・・・先ほどまで一緒でしたけど・・・」
ヨンカに見つかってしまった二人は急いで立ち、膝の土を払いながら微妙にズレた挨拶をする。盗聴をごまかし取り繕おうとしていたのがバレバレである。
「ミリア!・・・なんでこんなところにいるの・・・エリシアならまだしも」
「エリシアならまだしもってなによ! 私がここにいちゃ悪いわけ!?」
「いやだって君は護衛の人が迎えにきてたじゃない・・・それなのに」
「護衛なら・・・撒いてきたわ!」
リアムの質問に堂々と、胸を張って護衛を撒いてきたのだと自慢するミリア。はぁ・・・とりあえず、城は大騒ぎだろうな。
「それよりリアム・・・あんたまさかこの子と婚約なんてしたんじゃ無いんでしょうね・・・」
「へっ・・・? ああうん! 別にしてないし、今からお帰りになるところです・・・ね?」
「はい。今日のところは!・・・私は帰ります。それじゃあまた。愛してますダーリン」
危ない危ない。この場にエリシアがいるせいで、返事が一瞬遅れてしまった・・・──
「ダーリン!? ダーリンってなによ!」
「いや何って言われてもねぇヨンカさん!・・・ってもういないし」
ダーリンと呼ばれたことに過剰反応を起こすミリアの誤解を解こうとリアムがヨンカに確認を入れるのだが、次の瞬間にはもう、ヨンカはその場にはいなかった。
「リアム・・・」
すると──
「本当の本当に、何もなかったのよね・・・」
エリシアが俯きがちにに少し頬を赤らめつつ尋ねる。
「もちろんだよエリシア・・・何もなかったよ」
一方、リアムはミリアの時とは明らかに違う優しい対応を彼女に・・・
「リアム・・・」
「エリシア・・・」
ちょっといい雰囲気の二人。しかし──
「ちょ、ちょっとなに私を置いて話を進めてるのよ!? あんたは私のモノなんだから勝手に・・・いや待ちなさいよね!」
やはりあからさま。何かを悟ったミリアが慌てて二人の間に滑り込む。それにしても、全然内容がまとまっていない。それほど、彼女はこの時動揺していたようである。
「そうか他に2人いるのか。ならちょうどいいな・・・だったら──」
すると──
「今、お前たちに宣告しよう。俺からお前たちに、重大な知らせがある」
突然、家の中から玄関の賑やかさを聞きつけたウィルが表に出てくる。
「重大な知らせ?」
「ああそうだエリシアちゃん・・・とても重大で・・・」
一瞬にして切り替わる空気。
「大切な宣誓だ」
こんなウィルを見るのは、リアムも初めてだった。
・
・
・
そして──
「リアム・・・いやアリア! 俺たち初代アリアはお前たち第2世代に──」
ウィルは一呼吸の間を溜めた。既に全てを聞かずとも、これからとても大事なことを告げようとしていることだけは──
「決闘を、申し込む」
──わかる。
「えっ・・・」
頭では先に理解していても起こる一瞬のためらい。しかし──
「・・・なんで」
袖の隙間から冷たい空気が肌を撫でようと風になる。その風の正体は山から盆地に吹き下すからっ風で、呼吸をするたびに鼻から冷たく乾燥した空気が脳の要らぬ興奮につき刺さってソレを壊す。
「どうしてなの・・・父さん」
・・・そんな澄み切った冬の夕刻、自宅の庭先でとある仲の良い親子が・・・ぶつかる。




