194 烏丸閻魔
「・・・綺麗」
刀の濡れた霞が、淡い紫色の光を放つ。
「砂・・・灰?」
刀身の表面から黒いススのようなものがサラサラと風に流れては、広大な空の青に消えていく。
「熱い・・・!」
誰もがその美しい刀身に見とれている間、エリシアは一人己の中に燻る繋がりを感じていた。
「この霧・・・正体はボクの魔力だ」
リアムはその黒いススのような煙の正体を一目で突き止める。
「魔族の血胤による霧化はボクの体が主体となり生み出す霧。だから実は量にも限りあるものだった。だけど──」
見覚えのある霧は自分の体からではなく、刀から漏れ出している。
「この霧は違う。たしかに有限である。だけどその最大値は」
『 =魔力。圧倒的に、──無限』
ここにきて、魔装を発現させたことに皮肉屋のイデアも興奮は隠せなかった。
「ガッヴ!」
「メェ!?」
直後、リアムはサッと刀を一振り、刃先を下に見けて軽く横に振る。すると、一本の刃の分身がある点を境に発射され、そのままに真っ直ぐに墜落して怯んでいたキマイラの背中、子ヤギの首のギリギリ横に刺さる。
『今のは・・・?』
「血胤による霧化の霧にこのススが似てるなーと・・・で、血胤の霧ってさ、元はボクの体であり、かつ、変質しているわけでしょう」
『この霧が体を変質させて生み出されるものと同質に近いならば、魔力が原料となっているだけに質量は増減可であり、あとは出力を調整してイメージ再構築すれば元であるこの刀と同じ分体を作り出せると・・・』
リアムの言語化されていく思考の手順を追ってイデアが、この黒紫の刀の特徴をまとめていく。
『同じだけじゃない。今、発射された刃はナイフくらいの大きさでこの刀の大きさには見合わない。ボクが飛びやすいようにイメージした通りになった。イメージによって自在に形を変えて発現する刀。それこそがこの刀の本当の力──』
イデアが纏め上げようとしていた内容だけではまだ刀の真価には迫っていない。
「黒い霧を漏らす紫電を携えた刀──烏丸閻魔」
敵を追い詰める真っ最中にも関わらず、これから発揮するであろう力への純粋な好奇心に刺激されて、まだ無銘のこの刀に、名前をつける。
『烏丸はわかりますが、閻魔ってなんですか閻魔って』
「いやなんとなくだけど、こう感覚というか率直な・・・感想?」
『疑問形ですか・・・まあいいでしょう』
「はい。すみません・・・ってなんでボクが謝ってんの・・・」
こうなんか色々と台無しだ。どうしてこういつもいつも、ボクは彼女の口車にのせられてしまうのか。次は気をつけよう・・・次こそは。
「まあとにかく気持ちを切り替えて──・・・」
リアムは「ふぅッ」と息を吐くと、気持ちを切り替え再び集中状態に立ち戻る。
「鳥かご」
剣柄から枝分かれしており状に伸びる黒鉄。
「ガルルゥウ!!!」
「持ち前の獅子の足の力強さ」
堕ちたキマイラが唸る。
「シャシャッ!」
「油断を許さない蛇の尾」
獅子の足にグッとバネのようにしなやかに力が込められれば、尻尾の蛇が絶対に取りこぼさないとイキる。
「メェェェ」
そして──背中のヤギが、鳴く。
「カウンターを許さない鋭すぎる牙と爪」
「ガアァァ!」
「獅子が爪を立てた獲物を毒で確殺する蟒蛇」
「シャァア!」
「そして、すべての殺すための道具を研いで奏者を気取る山羊」
「メェェェ!」
黒板を踏んだバケモノが、空を翔ぶ小さな鴉を標的に重力に逆らった。
「だったらこんなのはどう! 黒檻!」
避けられはするが捕らえられない撃針。さっきのカウンターはほぼまぐれだ。しかしこの刀が作り出す刀身ならばきっと、キマイラごときの弾丸では折れない。
「ガーッ!」
届かない牙、届かない爪。
「シャァァァ!」
届かない首。
「メェェェ!」
届かない懺悔の悲鳴。
「ミリアァァァ!」
烏の急落下と共についに打ち込まれた楔。地面に刺さった無数の先端が化け物に蓋をする。中には肢体に刺さって星に縫いつける先端もある。
たしかに地面と肉に突き刺さる檻で、遂にキマイラの動きを止めることには成功した。あとは、このまま拘束を続けて仲間たちに最後の仕上げを託すだけだ。
「アイアン・ジャベリン・・・──」
・・・あとは?
「・・・待ってねぇミリア。ボクは確かに籠手を使って電磁波を反発でもさせて槍を打ち込めって言ったけど・・・」
「レールガン! いっけぇ!!!」
・・・レールガン?
「そんな太槍を! それも殴って飛ばせとは、言ってないよ!!!」
大砲のおこす爆発が同等の推進力を生む。さらにはギリギリまで縛っていたエリシアのダーククロスが衝撃を逃さない砲身の役割を果たしたために、弾にかかる力の損失は限りなく抑えられ、また、そこにミリアの腕の捻りがそこに加えられた。
「ガッ・・・」
「シャッ・・・」
「メェエ・・・」
結果、超高速で雷の伝導した槍が高熱を伴った鉄槍は、全ての頭を削り焼き、貫通した。
「ヤッターッ!」
「ヨッシャーッ!」
──そして、荒地の果てへと消えた。




