193 Battle scars
一度打ち付けられた楔は、なかなかに抜けない。
「速い・・・!」
しかし決して抜けないこともないのだ。あらゆる方法を駆使して、丁寧に向き合ってやればいつかは必ず抜けるものである。
『正面、すれ違う!』
『後ろ蛇です!』
「わかってる!」
だがその実、抜けた楔はいいとして、ぽっかりと空いてしまった穴を元通りにするにはどうすれば良いのだろうか。
「メェェェ!」
なにかで埋める。自分はそれ以外に良い方法も、また、それ以外の方法も知らない。
『消え──!』
しかしどんなに丁寧に整備しても、同じ素材で埋めようにも、決してその溝があった面が同じ凹凸もないなだらかに戻ることはない。
「上!」
「ギャッ!」
蛇への横凪の振り向きに連動した隙を狙う不意打ちに合わせたカウンターの一閃。それを食らったキマイラが情けない声を出して墜落する。
『マスター・・・今のは』
刹那にして、出現させたゲートの中に飛び込み死角である上をとったキマイラを突き上げた刀で迎撃して見せたリアムにイデアが問う。
「・・・あいつを意識するとこうこの辺が騒つく! 姿が見えてなくても、そのザワつきが急に上に引っ張られた・・・そこに合わせた」
癒えたはずの心の傷。しかし傷を作り刺さった楔は深く、抜いて埋めてもそこにはまだ傷跡が残っていた。
「憎い魔力のせいか、あいつが見えなくても、死角に移動されても・・・わかる」
その古傷が、リアムの中のストレスを刺激し爆発させていた。
ストレスとは、緊張時に発生することで有名だ。そして緊張時は同時に、集中力が、感覚が極限にまで高まっている過敏状態にある。
「あの時の決着をつける! それが仮面じゃないのが残念だが、ボクはこの戦いで確実に──!次のステージへ、成り上がる」
胸から広がり全身を縛り上げる冷ややかな緊張を興奮に変えてパフォーマンスに昇華する。それは偏に、多くの場数を踏んできた努力が為せる技。
冷静さから僅かな緊張不快感を残しつつも、殆どを興奮へと置き換える。
そして、短い一呼吸に合わせて刀を握る手に力を込め直す。
「リアムの刀が・・・変わっていく・・・」
リアムが構える刀の刃が、ボロボロと表面にあった銀を落としていく。まるでかさぶたが剥がれ落ちるように、その変化に地上からリアムの戦闘に注視していたエリシアも気付く。
「エェーッ!? もしかしてこの刀ってメッキ!? アオイさんそりゃないよ!」
『いいえ多分違いますよ。ここでその発言はポンコツですね』
「気の利いた冗談ってやつ」
『そうですか』
当然、リアムもその刀の変わりように驚きはするのだが、刀に作用していた力には身に覚えがあったため、意図せずとも大きく取り乱しはしなかった。
「刀が錆びた?」
「いや、どっちかっていうと・・・」
「磨かれて艶が増したような・・・」
コンテスト会場でも、刀が変化していく様子は映し出されナノカ含め会場中のほぼ全員が何が起こっているのか理解できずにいた。
「なんだあの黒い濡れは・・・」
銀が剥がれ落ち、新たな刀身が露わになる。
「あれは・・・間違いない! 魔装だ!」
そんな中、一人だけ逸早くその正体に誰よりも早く気付いたのは、魔族の血を半分引くエリシアの父にして、同じ魔装の使い手であるヴィンセントだった。




