192 イデア見参
「白い髪の毛・・・そしてあの、緑色に変色した左目は・・・しかし、あれは・・・リアムだったはず・・・だとすればあの噂は──!
ナノカが、目の前で起こった現象を一つ一つ確認していくように口を動かす。
「マスターが対策を練っている間、私が代わりにじゃれてあげましょう」
少年の声の代わりに会場に響いたのは、可愛らしい少女の声。
「イデアだぁー! リアムが行方不明だった間、アリエッタに新メンバーとして加入したものの1年、リアムと入れ替わるようにしていなくなったあのイデアとリトルウルフの姿が、なんと一瞬にして代わったあァァァ!」
「うおぉぉぉぉマジか! あの噂はマジだったのか!」
「スクールで変わったってうちの子供が言ってたが戯言だと半信半疑だった! けどまさか──!」
「でもそんなことありえんのか? 一人の人間がまるで別人のように変わってしまうなんて・・・」
「だけどさ。あの事件の時に最後に映っていたのは・・・」
「あれってやっぱ幻じゃなかったんだな・・・」
ナノカのコールとともに、リアムとイデアの入れ替わりに途端に沸き上がる観客たち。
「あー代わっちまったな・・・」
「やはり先にスクールでバラして噂を再燃させたのは正解だったな。騒ぎにはなったが暴動にはなるほどは混乱しておらん」
「ちなみに実は司会の彼女にはすでに根回し済みです。いやーいい演技しますよね」
「本当に? すごいわねナノカちゃん・・・迫真の演技」
「私といい勝負ね。いつか舞台で共演したいわ〜❤︎」
「誰が見にいくんだよその地獄舞ふッ!?」
「ごめんあそばせ。ちょっと乙女の未来予想図にとまる汚い虫が見えたもので」
「シミはできてない?」
「ええ大丈夫ね。うふ」
「・・・大丈夫、ウィル?」
「ありばどうエグレア。だいじょぶだ」
こういう時、なんだかんだでウィルに厳しいアイナ。そんな彼女の厳しいところもウィルは愛しているのだ。
「さて。マスターが策を練っている間、この私がじゃれてあげましょうビックキャット」
「”グァオ!”シャーッ!”メェーッ!”」
「スネーク・・・ゴート? 一体なんと呼べばいいんでしょうか?」
『別にそんなオシャレに決めようとしなくていいから! カッコつけないでキマイラでいいから!』
「そうですか・・・」
イデアが誰かと話しているように独り言を話す。おそらくリアムと喋っているのだろう。
「イデアちゃんが代わりに戦っている間にリアムが対策を考える」
「緊張感からわずかに解放された空間で、現実を無視して集中できる。戦術を練るには最も理にかなっている」
「闘いの中に身を置きながら意識だけは一歩引いて冷静に・・・リアムちゃんしかできない離れ業だけどね」
キマイラの高速突進攻撃を紙一重でヒラリヒラリと躱していくイデアを見ながら、ウィル、アイナ、リゲスはこの戦術賞賛する。
『なんだっけ・・・たしかもう1匹、有名な動物が話に出てきた気がするんだけど・・・』
実際に、イデアに思わずツッコミはしたものの、リアムはしっかりと自分の世界へ、記憶の海の中にダイブして求める答えを探すことに集中していた。
「俺・・・あんなに自由自在に人が飛んでるの初めて見たよ・・・」
「元々空を飛ぶ人間って言ったら翼があるやつか相当熟練した風、闇、あるいは空間属性を持つ輩だ」
「いいや翼があるやつでもあんなに見事にホバリングしながら平行や上下斜めにスライドして動くのは無理だろう」
コンテスト会場では、観客たちがイデアの凄まじい飛行に感嘆としている。
『そういえば、ヨンカがこのキマイラ・・・じゃなくてキメラだっけ? そのキメラにはいつも、あのヤギはついてなくて代わりに翼がついてるって言ってたけど・・・』
リアムは、迫り来るキマイラの姿を見ながら考え込む。このエリアFでは最弱でライオン、次に蛇、そして最後に翼といった具合に、祈祷者のレベルに合わせてボスが設定されるようになっている。このシステムを利用して、ここまで辿り着けるほどの実力者はあえて弱い冒険者に中級冒険者の称号を取らせてそいつに祷らせるって裏技を使う奴もいる。しかしそういう奴ほど次のステージ、コルトGで皆一様に苦戦し、やがて墜ちていく。
『翼・・・羽・・・』
クリア後の事よりも、今、大切なのは目の前にいるこの超高速突進鋭爪牙の巨体迎撃機能付き、をなんとかすること。もう一度よく見ろ。観察して、特徴を洗い出し弱点を・・・。
『翼、羽がある普通ではそれを持たない生き物・・・ッ!!!』
思考をフル回転させ考え続けていたリアムは、変遷する敵の特徴から連鎖的に記憶の鎖を引き千切った。
『そうだペガサスだ! このペガサスに乗った英雄が確かキマイラを殺したんだ!』
英雄の名前は思い出せない。しかしこのキマイラとペガサスという空想上の動物ではポピュラーだった2体の魔物が登場する話であるために、また、その英雄がキマイラを倒した方法がユニークだったためになんとか覚えていたギリシャ神話。
『思い出した! イデア、みんなにコネクションを繋いでくれ!』
「了解しました」
『みんな・・・聞こえるかな?』
「リアムの声!?」
頭の中に語りかけてくるように聞こえてくるリアムの声に、皆が口を揃えて反応する。
『いけるかな・・・みんな』
「できる!!!」
リアムが作戦の概要を皆に話し終えると、またも一様に皆が口を揃えて答える。
『じゃあみんな中央を空けて・・・イデア片手間だけどできるかな』
「余裕です」
空中戦闘の片手間に余裕を見せつけるように、イデアが指を3回鳴らす。
「あいつ一体どんだけ刀ストックしてんだ・・・リスかッ!?」
「いやこれだけの量となれば、兵さえ揃えば城を落とせる量だな・・・城を陥せるリスだな」
「他にも盾や甲冑とかどう考えても物珍しさで買って放置してたような大きさの違うものまで・・・」
「本当に謀反起こそうとか考えてないわよね・・・大丈夫よね!?」
「ミリア様落ち着いて・・・確かにノーフォークで城といえば公爵城だけですが・・・」
「私、あともう少しリアムに優しくしてみるわ」
イデアが遠隔で障壁内中央に開いたディメンションホールから、大量の刀やら剣やら、鉄の甲冑や楔帷子、大楯までありとあらゆる鼠色の鈍い光を放つ鉄製品が落とされる。そして、その量に圧倒され念仏を唱えるようにリアムにこれからは優しくしようと誓うミリアだが、果たして何日後まで決意を持続できるのか。・・・まあ結局これもいつものことである。
『なにあの甲冑とか盾!? あんなの買った記憶ないんだけど!?』
「将来きっと大物になるであろうマスターの家来たちのためにと、私がマスターが眠っている1年の間に買っておきました」
『えっ・・・なにそれ。家来とか持つつもりはない。仮に持ったとしてその時新調してあげればいいじゃん・・・なんで今買ったの・・・』
「あっ・・・実は何かあった時に役にたつかもしれないと備えとして買っておいたのです。ほら実際に今、役に立ってるでしょ?」
『あっ・・・って聞こえたんだけど。想定していたであろう用途とは絶対に違うし・・・あーだけど今役に立ってるから叱れない!』
「税金対策です」
『うん。それだけは違うって断言できる』
実はリアムも知らなかった刀以外の亜空間から出された鋼たちの存在。この国にはまだ、所得税のような報酬から税を巻き上げる制度はない。ダンジョンの素材買取にだけは多少それも実はあるのだが、他はあってせいぜい住民税とかぐらいだ。買い物とかそっちの話になるとイデアはポンコツなのか、それとも計画を立てるのが下手なのか。
「私はポンコツなので、そろそろ代わりましょうかマスター」
『えっもういいの? じゃあ変わろっ』
「やはりまだマスターはお休みになっていた方が良いかと思います」
急に言っていることを180度転換するイデア。今回は実に5ヶ月ぶりくらいの入れ替わり。カミラと特訓中のちょっとした入れ替わりはあったがそれもほんの一瞬、こんなに入れ替わっていたのはやはり久しぶりだから、できるだけこの久しぶりの感覚を堪能しておきたいのだろう。
『あっそ。まあいいよ。今はまだ空中戦、魔法の制御は圧倒的に君の方が上手い・・・だけど』
「地にあいつを縫い付ける楔を打つのはマスターの役目。私は剣術はからっきし、体を動かすのは苦手ですから」
どうやら、備蓄でポンコツを披露したイデアでもこちらの言いたいことはわかっているらしい。それにしてもあんなに高速でキマイラが攻撃しているってのに、よくこんなに器用にボクと話ができるものだ。この速さ、そんなわけないと分かっていても、側から見れば残像とか残っていてもおかしくないかもしれないと感じてしまうレベルなのに。
「残像が見えるや・・・」
「本当だ。ティナはどう? 私もイデアちゃんやキマイラが何体もいるように見えるんだけど・・・」
「私はなんとか・・・目では追えてます」
イデアの速さは、リアムの常識的な感覚も置き去りにしていた。もう既に、他の視点から戦いを見ていた皆にはイデアやキマイラの正確な動きを捉えるには残像を追うしか方法がなくなっていた。
「それは魔眼か?」
「ああ。久しぶりに発動したがな」
「お前の魔眼は相変わらず不気味というかわかりにくい。灰色に鈍く光るだけだからな」
コンテスト会場ではウィルが魔眼を発動させて闘いの様子を目で追っていた。前に発動させたのはリアムが仮面と対峙したあの日だっただろうか。ブラームスに答えた通り、久しぶりに発動させた。
「私は魔眼を発動させても全く追えんが・・・」
「俺は一応全部見えてるぜ。だがやっぱちょっと疲れる・・・地力がな」
高い魔力を保有するものが主に発現する後天的な魔眼、後魔眼。この魔眼は、遠くにあるものを遠視したり他にも所有者によって個性的に眼の能力を引き延ばす。例えば、ウィリアムの超動体視力がそうだ。
「はぁ・・・あんな速さを捉えられるのだから、やはりお前は異名通り獣だな」
「そりゃどうも」
公爵ブラームス・テラ・ノーフォークの動体視力も後魔眼の効果によって上がっていた。だが捉えられない攻防を零さず捉えているウィリアムの動体視力はピカイチだ。
「それにしても、他のメンバーは何をしてるんだろうな・・・」
一方、戦いの端に時々チラチラと映る障壁内のメンバーにも注目する。
「フラジールちゃんは障壁内からイデアちゃんの強化を、ティナちゃんは見張り。そして、ゲイル」
「来いゲンガー! 仕事だ!」
「・・・ケッ」
「ゲイルが精霊を呼び出したな。で・・・」
ゲイルが契約精霊であるゲンガーを呼び出す。ゲンガーは代々ウォーカー家で契約している中位の精霊だ。
「あの大量の鉄を持ち上げた・・・! 一体何をする気だ・・・」
精霊と協力して空間属性の歪みを作り剣や甲冑類を網ですくうようにゲイルが持ち上げた。
「ファイア!」
そこへ、パーティーの中で火属性を使うことのできるエリシア、アルフレッドが持ち前の魔力の高さを生かし、どんどん高熱の火を放っていく。
「溶けてきた・・・漏れないようもっと密度を絞ってゲイル!」
「んなこと言ったって硬いし重いし何より熱・・・」
「デイジーに言いつけるわよ・・・」
「・・・はい」
宙に持ち上げられた鉄たちがようやく溶解し始めた頃。
「闇の布」
後の鉄の溶解をアルフレッドに託したエリシアが、情けないゲイルの尻拭いをするべく、赤い白光を放つ鉄たちに闇力子でできた布を出現させ縛る。
「まさかあいつらが今作ろうとしてるものって・・・」
エリシアが闇の布をかけたことで形がはっきりとしたそれに、誰もが驚愕する。しかし歪だ。それでも先端せえ、尖っていれば役目は果たすだろう。
「ゲイルもう少し先を上げろ!」
「も、もう無理だー!」
「エリシア下の方を後少し強く縛って!」
「了解ッ!」
現場で全体の指揮をとるのは様々な武器の扱いに精通しているウォルターと、細かいところまで気付く器用なラナ。
一方、リアムに次ぎアリエッタ2位を誇る魔力の持ち主であるミリアはこの間に別行動をとっていた。
「ミリアは・・・瞑想してるのかしら?」
「ふぅ・・・」
マリアの言う通り、ミリアは隅で一人瞑想をしていた。皆が一斉に動き連携しているというのに、なぜ彼女だけは座って瞑想をしているのか。
「よし・・・これくらい圧縮できれば・・・レイア! 水で表面を冷やしてくれ!」
「はい! ウォーター!」
鉄を持ち上げて5分ほどの時が流れて、形、重心に納得のいったウォルターから、レイアへ水魔法の要求。レイアは求められるとスグにウォーターの魔法を唱え、エリシアが縛るダーククロスの上から水をかけていく。
「よしできたぞ! リアムに合図だ!」
映像の中のウォルターが完成の合図をあげる。
「あれは・・・杭でしょうか?」
完成の合図に、コンテスト会場にいた皆が半端に形成されたそれは一体何か、と議論を始める。
「槍・・・てよりは杭だよな・・・」
「あんなずんぐりむっくりした槍はない。杭だろう」
片方先端に傘を持ちながらも、平らなもう一方の底と比べれば槍のように鋭く尖っている。しかし槍とすればあまりにも太すぎる柄。全長は5mほど、太さは直径にして2mほどのおかしな形をしていた。一体あれをこれからどうしようというのか、一同理解に苦しむところである。
「マスター」
『そろそろ交代だ』
空で下からの合図を確認したイデアが、リアムとの交代をはかる。
「魔法障壁」
「ギャッ!」
交代の直前、イデアは自分の周りを球のように取り囲む障壁を発現させ、壁に突進してきたキマイラをぶつけて落とす。
「障壁が解けた! あとはリアムが動きを止めるのを待つだけだ!」
「ミリア準備はいい!?」
「ふぅ・・・いつでもいける・・・!!!」
他のメンバーたちを囲っていた障壁が解かれたということで、あの突進でも壊れない障壁には中々の量と密度で魔力が込められていると見える。
「ここからはボクの仕事──」
そして、遂にイデアとリアムが入れ替わる。
「だぁああ!? 復帰早すぎッ!」
「メェェェェ!」
予防線を張って態々ノックバックさせたにも関わらず、入れ替わりの隙を狙って、途中空中で体制を立て直したキマイラが怯まず再度襲ってくる。
「やっぱ速い──!」
『左ですマスター!』
「メェェェ!」
再び繰り返される空中上の舞踏。イデア同様にリアムの両目が青く光りそれが宙に線を描く。
「えぇーイデアと再び入れ替わったのも束の間、繰り返される攻防・・・私、速すぎてやはり何が起こっているのかよく・・・いえ、さっきよりもキマイラの魔法の手数が増えて激しさを増したようにさえ見えます」
「イデアもすごかったがリトルウルフもスゲェな・・・なんで人間があんな速さで空飛べるんだ・・・」
「全く・・・凄すぎる」
「そこだ切り返しちまえリトルウルフー!」
また、再び始まったその攻防戦に沸く会場。
「左だ! いや下・・・上か!?」
「落ち着けジジィ。今のは後ろだ」
「・・・そんなこと分かっとるわ!・・・後ろだ!」
「いや正面だ」
「・・・・・・」
下手すればそこらの魔眼をもってしても捉えられない超高速の攻防戦。この戦いが始まってたかが10分そこらで、イデアに習うリアムは大きく飛躍して見せている。




