174 ホロウ
「魔力!──しかしこれは」
とある暗い森の中──
「イデアちゃん!?・・・いや」
そんな辺境に建てられた木の家の庭で、就寝前にモンスター避けの魔法陣を確認していた男は表へと駆ける。
「こんばんはエドガーさん。こんな遅い時間に突然すみません」
「・・・リアムくん」
そこに立っていたのは男の子。そう、男が昨日の夜に別れたばかりの少年だった。
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「ティナ・・・悪いけど、今夜ボクは帰らないよ」
陽が水平線に落ち、辺りはすっかりと夜。
「えっ・・・」
ここは貴族街。行き交う喧騒は少なく、この時間になると屋敷へと帰る馬車が時々道を通るくらいで、少し離れて後ろを歩く少女の小さな驚きもはっきりと聴き取れる。
「だからさ、母さんたちに伝言を頼まれてくれないかな?」
クルリと後ろを振り返った少年の顔を、整備された街灯の光が優しく照らす。これは光の魔道具を応用して作られたものだが、比較的街灯が少なく、夜に賑わう店や住民たちの家々から漏れて照らす一般区のまばゆい光と比べてみれば、とても静かで冷たく穏やかな光だった。
「でも・・・」
「・・・頼むよ」
少年は少女へ請願する。困った顔をして下を向く少女へ、できるだけ安心できるようにと下手な笑顔を作ってみせて。
「・・・・・・」
少女はそれから、会話のはじめの方からずっと胸の前に持ってきて組んでいた両手を、その親指をモジモジと気まずそうに動かしてだけで、少年の質問には答えようとしなかった。
「それじゃあ・・・」
しかし、それをYesととった少年は再び振り返ると──
「あ、あの!」
このまま行かせてはいけない・・・とチラリと見えた背中を見てそう思った少女は、少年が行ってしまうと慌てて呼び止めるのだが──
「・・・あ、エリアDへ」
突然に少年の髪が白く変色したかと思えば、少年の姿は既に光から闇の中へと消えていた。
「あの・・・今日は・・・」
その後、一人残された少女の葛藤の末、ようやくでた彼女の答えは虚しくポツリと夜の街へとだけ染み込んでいく。




