166 混じり
「竜にあったことはあるかい?」
人は得てして、常になにかと混じりながら生きている。
「竜・・・ですか?」
それは光であったり、水、食べ物に空気。この世の森羅万象の中のどれかに触れながら生きている。
「いいえ。あったことはないです」
そしてそれは、生き物同士も同じ。
「だとすると、やはりあの謎の存在が──」
リアムの回答を聞いたエドガーが考え込む。
「!?・・・あの」
すると──
「目を逸らさないで・・・」
突然、ガッとエドガーに顔を掴まれて、無理矢理に目と目を合わせさせられた。
『・・・ドキドキする』
突然の出来事に、リアムは内心で緊張していた。
『マスターはお好き』
『うっさい!違うから・・・違うからね!?』
すると、頭の中を読んだイデアがリアムをからかう。
『それにしても、なんとも吸い込まれそうな緑色の瞳だ・・・』
だが、その結果リアムは心の余裕を取り戻し──
──!?
「見えたかい? 僕の中に潜むもう一人が」
瞬間、ビクリと体を震わせたリアムを見て、エドガーが呟く。
「今のは・・・」
ただ一瞬、彼の瞳の奥に違う存在を感じた。
「彼は精霊。僕と契約をした精霊さ・・・」
すると、エドガーがリアムの疑問に答える。
「リアムくんも子供達から聞いていると思うけど、僕はエルフである母さんと、人間の父さんから生まれたハーフエルフなんだ」
そして、彼の口から続けられ始まったのは、一人のハーフエルフの物語だった。
「ハーフエルフというのはとても珍しいものでね。ここ近年では少しだけ増えたみたいだけど、まだまだ竜並みに珍しい人種なんだ」
エドガーは、ほんの少し瞼を落とした優しい眼差しで語る。
「世の中にはハーフエルフ以外にも、いくつかの異人種の交わりが確認されている」
ハーフ、あるいはクォーターや遠い祖先に交わりを持つものと、その形は様々である。
「特に特徴的なのは、精霊と契約をする人間と、そして──」
例えば、エリシアがそうだ。彼女は魔族の祖父と人間の祖母を持つ人間と魔族のクォーターである。
「精霊にルーツを持ち、ともに共生するエルフの特性を引き継いでいること」
かくいうエドガーの子供であるウォルター、ラナ、レイアもまた、マレーネにエドガーに祖父、そして人である彼らの母とその家系の血をひくクォーターだ。
「僕はね。生まれてからこの300年ほど、ノーフォークの街で生まれ、あの街で育った」
マレーネの血を引き、エルフと人のハーフであるエドガーは人の街で育った。
「そう、人種となんら変わらない文化の中で・・・」
こうしたハーフ達の中では、どちらの親の文化に身を置くかということは、とても重要な要素だ。
「リアムくん。共生ってどんな意味だと思う?」
それは言語の問題を抱えるバイリンガル然り、生物的特徴の違いを抱える者も然り──
「共生・・・ですか」
リアムは、エドガーの質問に対して真剣に考え込む。そして──
「共生は、ともに生きることですかね。お互いがお互いに干渉しあってパイを生む。生活を共にするが故に次第にそれがないと困るような、依存と共存を足して割ったような・・・」
この時リアムは、頭の中で前世で見た生物のドキュメンタリーの一つを思い出していた。体についた寄生虫をとってもらう大きな魚と、それを餌として食べる小さな魚達や、自分たち人間の中に存在するバクテリアまで。その例は様々だが、つまりは相互関係を気づき利益を生む生活を共にする存在であろうか。
「むぅぅぅ」
「あら、ウィルったら顔が面白いことになってるわよ?」
「息子のリム坊の方が人生観は深い。本当に浅い男じゃなウィル坊は」
「ほっとけ!俺は頭じゃなくて心で動くロマンチストさ」
リアムのベットの隣で、自らのロマンシチズムをさらけ出すウィル。
「レイアと同い年だったかな? 本当に君はその年で達観しているね。素晴らしい解答だ」
エドガーはリアムからの回答と、後ろから聞こえてきた親友のイズムに板挟みされ苦笑いする。
「それじゃあ──」
そして──
「共存は?」
彼はまた、優しい眼差しを浮かべると、リアムの目を真っ直ぐ見据えて問う。
「共存は、互いが互いを邪魔しない関係。利益を生むという関わり、そして共生で発生する可能性のある損失さえもない。共生を共存共栄とするならば、共存とはまさに共存ただそれだけのもの・・・そんな関係かと」
これにリアムは、再び答える。言葉の意味としての共存、あるいは個人の思想としての共存を。
「そうだね。つまりは──」
すると、エドガーは──
「限りなく1に近い関係。だけどそれは1ではなく、1より上の存在と存在。その最小値は、必ず1より大きいものとなる」
リアムの言葉を数として表現し、よりイメージしやすくしながらも、それに共感する。
「√2といったところでしょうかね」
「違いはない。けど、ニュアンスはわかるよ」
共生が2だとすると、共存は√2。リアムの言葉に、さらに共感を示すエドガー。
「なあアイナ・・・ルートってなんだ?」
「ちょ、ちょっと私にも説明までは・・・アハハ」
「はぁ・・・あんた達は」
一方、リアムとエドガーの話についていけなくなり始めたウィルとアイナ、それにため息をつくマレーネ。しかしそれも仕方のないこと。そもそもこの国の一般教育は、中等部までの難易度が前世の初等部レベル。そこからグンと難易度は上がり、高等部からは前世の中等部〜高等部、そして大学レベルへと飛躍する。熟度・時代の違い、そして魔法という異能がある世界の違いが、その辺の差を生み出している。時代も根本的なシステムが違う世界なのだから──
「僕の中にはね、エルフという血と人という血が共生しながら共存しているわけだ」
1という器に、1と1を足した存在がある矛盾。
「足す、かける。どちらにしても矛盾しています」
1の器にピッタリ収まる存在を同等の1とする。1より大きい存在を足し合わせれば、1+n+1+mの2より大きな器が出来上がるはずなのに、それを内包する器は1というパラドックスが起きる。
「そういうことになるね」
だから──
「遺伝の性質上エドガーさんの話を参考にするのであれば、存在の大きさは1/2で固定される。もっと言えば、遺伝の法則は優勢・分離・独立の3つの法則から、世代ごとにパターンを作るのが一般的です。それでは前提が間違っている」
ここで一つ、リアムには疑問が残る。
「それを、わざわざ共生・共存という言葉に当てはめて僕に問いかけたのはなぜでしょうか?」
エドガーは研究者であるとレイア達に聞いたことがある。そんな彼が、限りなく閉鎖的な視点にのみ目を向けたのは、一体なぜなのだろうかと。すると──
「・・・・・・」
エドガーはリアムの予想できなかった返しに目を見開き、素直に驚く。
「本当に君はおもしろい子だ」
しかしどうやらその驚きは、リアムがここまで理解を示すとは思わなかったという驚き。決して虚を突かれただけというわけではなさそうだ。
「確かに、遺伝を語る上では親から子へ、発現したパターンを考慮して考えなければそれは成立し得ない。実際にカミラの血を強く引く髪の赤いウォルターとラナに対し、白いレイアは僕の血を強く引いていているとも言える」
おもしろい・・・と、研究者の血が騒いだのか、より現実的な話にシフトして語るエドガー。
「世の移り変わりには世代というものがある。子供達を例に今僕は表面的な部分で語ってしまったが、実際内面はもっと複雑だ」
そしてこの討論には──
「「「・・・」」」
ウィル、アイナ、そして流石のマレーネも少々ついていくのに苦労しているのか、ぽかんと口を開いて聞いていた。
「だが、だからこそだよ」
そして、エドガーはそんな隙を突くように修正した。
「この世界にはね。世代が関与しない共存がある」
もし、共生する魚の両者を含めて一種の環境とするならば──
「ボクらはそれを、”混じり”と呼んでいる」
その環境を、人という一人の器の中に共存という形で実現できたのなら・・・と。




