149 エリシアの覚悟
『Are you ready?』
「来た! 全員戦闘用意!」
空中に浮かび上がった文字を見て、ウォルターが皆に呼びかける。こう言う呼びかけは、彼のほうが適任だ。
皆がそれぞれの役割を果たすべく、各々の戦闘スタイルで構える。
『刀・・・』
そしてリアムも。しかし──
『・・・あれ?』
いつものように右手に魔力を集中させて亜空間に続く穴から物理武器である刀を取り出そうとするが──
──ズゥン。
フィールドはくるぶしから膝下までが浸かりそうなほど浅く広い川。
──ガサガサ。
今、リアム達のいる対岸の川原の先の森の中から響く重い足音、森の木々が揺れ葉のざわめく音。
──ズゥン!
あの日、僕が──
『どうして・・・イデア』
アルフレッドが──
「クソッ! 震えるな!」
フラジールが──
「ふぇぇ・・・」
初めての冒険に出たあの日。
「いざ、再戦となると・・・」
そして先導者としてロガリエを率いていた──
「冗談言ってられないかも」
ラナが──
「武者震いか、いやビビってる」
ウォルターが苦い思い出とともに、歯を食いしばって全身に力を入れる。
「「「ブオォォォオォォー!」」」
記憶の中よりも数段、数倍も大きい咆哮が間の川の水を震わせて、対岸に届く。
「さぁ本日のメインの登場です!いけー! チームアリア!・・・あれ?」
「ダメだな。あいつらヒヨってやがる」
「さっきまでの士気が感じられないね」
ナノカの実況とともに、スクリーンの中の子供達の様子を伺っていたカミラ、そしてエドが批評する。
「み、みんな・・・」
「・・・リアム様」
映像の中のレイアとティナが、動き出さない仲間を見て不安を覚える。
「恐慌してパニクらなければいい方か・・・」
「何言ってんだ! あいつらなら大丈夫だ!」
再び、懸念を口にしたカミラに対し、ウィルが食ってかかる。
「・・・」
しかし、その後訪れる沈黙。
『おいどうしたリアム・・・』
今、彼らには静かに子供達の姿を見守るしかなかできなか──
「・・・!」
と、静観を大人達が決めたその時──!
「重力板」
一人の少女の声が、会場、そして──
「バウンド」
「・・・!」
戦場にいたアリアのメンバー全員の聴覚を束の間に支配する。
「はぁぁぁぁぁ!」
沈黙を破る突撃。
「「「エリシア!」」」
仲間達が、彼女の名を呼ぶ。
「ぶぉ・・・」
同時に対面、分厚く太い腕が振り上げられる。
「ダメだ直線的に突っ込んじゃ!」
その行動にいち早く気づいたリアムが叫ぶ。瞬間──
「オォォォー!」
素早く、的確に振り下ろされた拳。しかし──
「リバウンド」
彼女は左足左手の先に大小二つの重力板を作り出すと──
──ヒュ、ドシャ!
「ブォォ!?」
振り下ろされた拳は空を切り、虚しい音を残しながら小石の転がる地面に叩きつけられる。
「ローズ・・・」
彼女は華麗な空中回転でヒラリと拳をかわし、頭上を取ると──
「サンダー・・・」
が、それと同時に動き出すもう一つの影。
「なに一人でカッコつけてんのよ・・・」
一つは空から、もう一つは対岸からかざされた2つの右手に捉えられた。
「ファイア!」
「ボルト!」
刹那、放たれる2色の魔法。
「独り占めなんていい度胸ね!」
「早く来ないと私が全部倒しちゃうわよ!」
対岸からのいちゃもんに、空を舞う少女は笑顔で応える。
「「うおぉぉぉオォォー!」」
突然の出来事、ネガティブな雰囲気を破る一撃に、会場全体が沸き立つ。
「まさかの不意を突かれたとまで錯覚するほど鮮やかな正面突破の一撃! オークもこれにはたまらずダウンだー!」
ナノカの実況の通り、それはもう鮮やかで美しい一撃だった。先頭に立ち標的にされた一匹のオークが、プスプスという魔法の残り香を立ち上らせて地面に突っ伏す。
「エリシア」
感情に直接訴えてくるような娘の笑顔を見て、ヴィンセントは感慨に耽る。
「見てヴィンス。あの子笑ってるわ」
「ああリンシア。親の知らないところでも子は育っている。要らぬ心配だったな」
つい1年前までは、妻の容体も怪しく寂しくも気丈に振る舞っていた娘が、今目の前に映る画面の中ではあんなに満面の笑みを浮かべて仲間に発破をかけている。実に頼もしいかぎりではないか。
「かぁーッ! やるなあの嬢ちゃん達!」
「とても繊細でいて大胆な一撃だ」
「だろう? 我が娘は可愛いだけでなく強いのだ!」
「そうね。凄いわミリアもエリシアちゃんも」
「ですね」
「きゃー! 惚れちゃうわね❤︎」
「ねー」
「エクレアはともかくお前が言っても危うさを感じないのはなぜだ」
「それはねウィル、リゲスだからよ」
「アイナ、それは答えになってないんじゃないかい?」
他の大人達も、エリシアとミリアの活躍に色めきだつ。全く自慢の娘である。




