132 やさぐれリアム
「・・・どうしたんですかケイト先生、鼻血なんてだして。ついに魔法陣に変態的感情でも抱きましたか?」
「いえ、これは急いで走るあまり足元がおろそかになってしまい転倒したからで・・・」
とある日の午前、特別授業もなく一人スクールの図書館で読書をしていると、鼻血を出してとても慌てた様子のケイトが静寂を破り、扉をガラッと開ける。
「って魔法陣に性的感情ってなんですか! 私の思考はそこまで飛んでいませんよ、失敬な!」
「そうですね。いくらケイト先生でもこの発言は不適切でした。許して・・・」
「せいぜい寝食を忘れて1週間は過ごせるかなーくらいのものです。そんなアブノーマルの中でもアブノーマルなカテゴライズをされるのは遺憾なのですよ」
「いや、それも大概ひどいですよ・・・」
魔法陣研究にそれだけの熱を持てるというのは、もはや執念を通り越して中毒といってもいいだろう。
「で、何かあったんですか?」
とにかく、自分から仕掛けておいてなんだがこれ以上は付き合ってられない。このやり取りに頭が痛いと感じた僕は、ケイトが転倒して出した鼻血を拭うことも忘れるくらい急いでここへやってきた理由を尋ねる。
「・・・なんだか今日は辛辣ですね。リアムさんの方こそ、何かあったんですか?」
すると、質問に対して僕の今の態度について逆質してくるケイト。
「いえその。知り合いが僕を巻き込んで勝手に妙な契約を結んでしまって・・・」
そこで、僕はあえて自分が今、心身共に抱えている疲れと、その原因について語ることにする。ケイトでも、話さないよりまし・・・それくらいに、僕の精神と肉体は疲れ切っていた。
「その現場に居合わせた手前、契約解消して受け取った物分の賠償金も支払おうとしたんですが」
「できなかったのですか?」
「はい。どうにも契約相手が契約解消の取り消しを懇願してきて、結果・・・」
「押し切られてしまったというわけですか」
概要を聞き、ふむ・・・と考え込むケイト。
「それで、契約というのは・・・」
「面識のない女性の買い物に付き合ったりこれまた別の面識のない女性と1日デートさせられたり・・・」
「それは不健全ですね。教師としてあまり褒められたものでは──」
「虐げくださいと強請る意味もわからない願いを叶えるために威圧して、お叱りくださいと強請る愚者志願異常者を威圧して・・・」
「・・・・・・」
「わかりますか・・・失神するほどの恐怖を感じているはずなのに、怖がるどころかもっと強く、もっと激しくと恍惚とした表情で要求してくる輩を相手にする精神的ダメージ」
「そ、それは大変でしたね・・・」
「・・・はい。挙句にそれが あの日の”恋”の衝撃とその再来だ・・・なんて言われた日にはドン引き通り越して現実逃避したくなるレベルでした」
「は、はぁ・・・」
ケイトはその話に眉をピクピクさせ、僕の視線は自然と遠いものとなる。
「しかしやはり、そういうことは教師として、それも初等部の生徒がそんな乱れた」
「因みに、その勝手に契約を結んだ犯人の名の上と下の字は”ラ”と”ナ”です」
「・・・・・・」
説教を最後まで聞かず告げられたその告白に、全てを察したケイト・・・本日2度目の沈黙である。
「教師としては目をつぶってはいけないことなのでしょうが、何やらただならぬ事情と如何しようも無い第3者の悪い介入の予感がするので、今回は目を瞑ることにします」
「お話が早くて助かります」
「ついでに、中等部のとあるクラスを持つ先生にこれまたとある生徒に大量の課題を与えるように進言しておきます」
「ご理解、感謝します」
最終的には、中等部に在籍するとある女生徒に天罰が下ることとなった。
「それで、ケイト先生のご用事は?」
「そ、そうでしたリアムさん! あなた私にとても貴重な魔道具の存在を隠していましたね!」
「・・・えっと、なんのことでしょうか?」
そして、改めてケイトがここに来た理由を尋ねるのだが──
「今日ミリア様の魔法陣学指導のためにお城へと赴いたのですが・・・」
──・・・ゲッ。
「なんですかその『うわ〜バレた・・・めんどくさ』って顔は!・・・やはり確信犯でしたか!」
「うわ〜バレた・・・めんどくさ」
「あーッ、言いましたね! わざわざ私が指摘した上にかぶせて言いましたねー!」
「・・・めんどくさい」
「また言った!」
それはとてもとても面倒くさく、ある意味でいつも通りの彼女の行動心理によるものだった。
「どうして私に一言、教えてくれなかったのですか!」
「いえ別に隠していたわけでは・・・」
「そしてあわよくば、研究資料として預けてくれればなお良かったものを!」
「・・・同類」
「ちょっと待ってくださいリアムさん! それはもしかして先ほどの控えめに言ってアブノーマルな方達と比較していたりはしませんよね!?」
フッ──
「なんですかその意味深な失笑は! お願いですからしてないと言ってください!」
「いいえー・・・そんなことしてませんよー」
「なんと模範的な棒読み! それは否定になっていませんよ!」
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「ああリアムさん。それからパトリック様があなたに用事があるそうです」
「パトリック様が?」
言いたいことを言い切って、気分も落ち着いて次限の授業に向かうべく、図書室を後にするケイトが、去り際に一つ伝言を残していく。




