122 新しい家族
「ここは・・・いや、それよりさっきのは・・・」
左右をキョロキョロと見渡す。周りは薄明るく、目の前には一際、明るい光が差し込む出口のような空いた穴がある。
次にどうすべきか、なによりも優先されたのは、ここがどこかなんていう疑問は一旦頭の隅へと追いやって、先ほどの現象について考察を始める。
『双子・・・まさかバニシング・ツインか!?・・・いやでも彼女は僕よりも成長した姿だったし、そもそも意識の共有なんて・・・』
バニシング・ツインとは、まだ母親の胎内にいるころ、双子を妊娠したものの片方の育ちが悪く、もう片方の胎児に吸収されて育った方の胎児のみが生まれてくるというものだ。
だが自分の知る限り、吸収された方の意識が母体となった誕生した子へと影響するなんて結合双生児ではあるまいし、聞いたこともない。
彼女は今の僕よりも大人で、それも女性だった。仮に僕の前世の精神年齢からその容姿を算出するならば、もっと歳をとっているはずだ。もし僕の魂がこの体に宿ってしまったせいで生まれてくるはずだった女の子が、僕の魂が優位となってしまい、更に性転換への影響まで与えられるほどの優位性を魂が持っているとして、その子を排他してしまったという突飛なifを考えてみても、辻褄が合うことはない。転生者として魂の存在は否定できないが、運命など、僕は信じないからだ。悪夢など偶に見る。夢なら夢だ。もしくは──。
「イデア?」
「・・・はい。なんでしょうかマスター」
少し遅れて、返事がくる。声は今まで彼女から聞いたこともない、眠そうな声色だった。
「ここはどこかな・・・」
彼女に尋ねる。
「おそらく、話に聞いていたリヴァイブの門がある生還の間では? ・・・ほら、後ろをご覧ください」
「そうか・・・これがリヴァイブの門・・・か」
後ろを振り返ると、そこには10m以上あるのではないかという、とても大きな柱が2本そびえ立っていた。
「なんか不気味だ」
寒気がする。
理由はその柱の間を揺蕩う煙草の煙のような不思議なモヤモヤ。このモヤモヤが、僕の心を揺蕩わせる。
確かにそこから出てきたはずなのに、長居すれば今度は誰も知らない所への入り口へと吸い込まれてしまいそうな、無闇に触れてはならないと本能の警鐘を叩く危うさを感じる。
「早く出よう。きっとみんなが待ってる」
モヤが漂うリヴァイブの門からすぐに目をそらして体の向きを元に戻す。正面に見える光の差し込む出口。今もう一度そちらに意識を集中してみれば、何やら外が騒がしい。
「・・・・・」
外に出ると、目を細めなければならないほどの光が襲う。
「「「うぉぉぉぉーッ!」」」
騒がしさが一際大きくなる。
耳を殴るような歓声だ。
円形広場を埋め尽くす端から端まで人人人。生還の間がある建物から踊り場へ。踊り場から降った広場はアースへの転送陣がある建物とも隣接し、主要なダンジョン街道へアクセスしたり、中央に等間隔で立つ何本もの柱は仲間と待ち合わせをする定番の場所でもあり、円形広場は人の行き交いが多い環状のスクランブルになっている。
「リアム! みろこれ! みんな俺たちの凱旋を祝って集まった観衆だぞ!」
「多すぎない!?」
先に凱旋したウォルター曰く、ここに集まっている全ての人々の声が僕たちへ向けられた歓声だという。
主役は最後に、俺たちが先に出て場を盛り上げておく、などと言って先に凱旋したウォルターたちではあったが、これはやりすぎだろう。・・・一歩引いてしまう。これはやりすぎだ。
「お帰りなさいませリアム様。お待ちしておりました」
「あなたは公爵城でたまにすれ違う護衛さんの・・・」
「はっ! 未熟で若輩な私の顔を覚えていただけていたようで光栄であります! 私は公爵家に仕える近衛隊所属の騎士、ジュリオといいます!」
騒がしい歓声に負けないよう、大声でビシッと敬礼を決めて彼は自己紹介する。
「本日、これから公爵城で皆様の祝勝会を催す手筈となりました! 皆様のご家族もご参加の予定です!」
「オッケーです!わかりました!」
ジュリオがここにいる理由はミリア含めた僕たちのためだった。お互いに、ジェスチャーも交えつつ、結構な大声を出して言葉を交わした。
「どうやってここ、抜ければいいんだろう・・・ハハ」
これはかなり大事となってしまった。キングを倒してしまったがばっかりに、周りの人達に褒められるくらいの騒ぎにはなるとは予測していた。所詮、僕たちはしがない初心者ばかりのパーティーで、ウォルターを除いたメンバーはこれまで一度もコンテストに露出したこともないものばかりだし、ここまでの反響があるとは想像もしない。今一度、冷静になれば、どう考えても先にウォルターたちが凱旋して煽っただけで集まる歓声の大きさではない。
「ティナ・・・」
この歓声に、どうしたものかと戸惑い右往左往していたところ、ティナが僕の背後に隠れる。
「フラジールとレイアにも、これはきつかったか」
皆んなが振っているわけではなかった。ティナに続いてフラジールとレイアも僕の裾を掴んで、なんとか三人で小さな背中に隠れようとする。
「ジュリオさん。騒ぎが一人歩きしてこの通りですので、先導をお願いできませんか」
「了解致しました! では!」
命令遂行中の公爵家の騎士の動きを妨げるものがあればそれは、公爵家への反逆として捉えられてもおかしくない。であれば無理矢理、行進を邪魔する者はいない。
「私は公爵家近衛隊所属の騎士である! これからミリア様とそのご友人方を城まで護衛・お連れするために、広場に集まった皆には道を開けていただきたい! また、この護衛の任は我が主ブラームス・テラ・ノーフォークの名において主がくだされた命である!」
とてつもなく大きな声で観衆に向かって叫ぶ。魔法を使っているのではと疑わしくなるほどの大声だった。これが騎士か、単に彼の声が大きいだけか。
──ザン。
「す、すげぇ」
「これが公爵家の力ってわけよ!」
ジュリオの号令で、環状の広場の中央を経由して、転送陣のある建物へと人一人か二人が通れるかという、細い一道ができる。その光景を見て感心しているウォルターに、なんのことはないと胸を張って威張り散らすミリアが番頭の後に続く。
「あははー、なんかだんだん恥ずかしくなってきた・・・」
群衆に注視されて、いつもはお調子者のラナが頬を少し赤くする。
「一応、貴族の身内として恥ずかしくないように・・・」
馴れない足取りでカクカクと行進するエリシア。
「これくらいはスプリングフィールド家の次男として、なんてことはない!」
そんな二人とは打って変わり、アルフレッドは自身満々に堂々と行進する。
「わ・・・わわ、アルフレッド様!少し歩くの速いです!」
その後ろに引っ付いて、間を開けないようにコソコソと歩く。
「兄さん! ちゃんと守って!」
「そう言われても、俺もこんなの初めてで緊張するっていうか」
主人の身動きに配慮して服を握ったりはしていないフラジールより、こちらの行進は後ろに引っ付くレイアにまるで舵を取られているように、右へ左へと少しふらつき気味に癖が強い。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ってお前ら二人してなんだその格好は! 不気味すぎんぞ!?」
「だって恥ずかしいし目立ちたくないっていうか、ねぇ?」
(コクコク)
怪しく黒い二つの文字通りの人影がついてくる。これにはウォルターも黙ってはいられない。
「もうおせぇって! さっきあれだけ目立ったんだから、今更だろ!」
「だって・・・わかったよ」
抗議の声も虚しく対応の効果の程を否定されたので、全身を覆っていたダークスーツをティナ共々解いて姿を露わにする。
「きゃーッ! 近くで見るとますますかわいいわ!」
「本当だ!炎獄の魔女の面影がある!」
「剣狼と似てるのは精々髪色だけね!」
周りで一際、黄色い声援が、次々と飛び始める。
思わず一瞬ビクッとびくつくほど、声援が集中する。。
かわいいってことはもしかしてティナか? でも炎獄の面影って・・・それに剣狼はなに?
「ほらちょっとだけ・・・ほっぺやわかーい」
「あ!ずるい! 私も!」
「へっ・・・?」
ヒョイっと群衆から伸びてきた手に腕を引っ張られて、頬に温かくリズミカルな感触を次々に感じる。
『何が起きている!?・・・ダークスーツを解いた途端に声援が飛んだと思ったら、目の前に代わる代わる知らない人の顔が・・・!!!』
突然の出来事に体は硬直し、頭は真っ白に、思考は目の前の光景をただ映す視覚を処理するのにいっぱいいっぱいだ。
「や、やめてください! 僕は剣狼云々知らないし!ティナは・・・!」
ティナの親はこの街にはいない。言いかけて、ハッと現実を直視できた数秒後、代わる代わるに肩や腕を掴む女性たちの手を振りほどこうと暴れる。
「こっちの獣人の子もかわいい!耳がポフポフしてる〜!」
「尻尾もふかふか〜! 誰もが夢中になる可愛さね!」
僕の怒りは途端、身勝手な大人達の好奇心にの標的にされているティナの姿を垣間見た瞬間にプツンと限界点を通り越して沸騰する。
「やめろ!!!」
勢い余って、声を荒らげた。
どのくらいの音量に調節すればよかったものか、拡声した声は、広場中の人を黙らせた。
「「「・・・」」」
束の間の時間停止の後、再び時間が動き出し、辺りには悪ふざけが過ぎたことを自覚して、たじろぎ青ざめた表情を浮かべる者がチラホラいた。アナザーワールドでは、自制心を刺激し続けてはいけない対象はより浮き彫りとなる。彼らの内の何人かは絶対に、さっきまでの僕たちの戦いを見ていた筈だ。
「あなたたちは大人でしょう。見ず知らずの子供を捕まえて遊び物にするに飽き足らず、震えている女の子を面白半分に弄ぶなんて、許せない」
とても冷ややかに、怒りを押し込められず説教をたれる。この態度がどれだけの恐れを感じさせるかなどの気遣いは、二の次になっている。
「リアム!」
「だ、大丈夫かリアム・・・悪い、急に人混みにお前たちが呑まれたから助けにきたんだが、遅れた・・・」
「大丈夫・・・ただ」
棒立ちする群衆を掻き分けて助けにきたレイアとウォルターに僕は静かにそう答えると軽く周りを見渡して、大声に怯んでいたティナに手を差し出した。
「ごめんね・・・ティナ」
「・・・ありがとうございます」
「こちらこそ・・・舞い上がるのは人それぞれ勝手ですが、自由の負手にならぬよう、くれぐれも他の人に迷惑はかけないように。僕は見ず知らずのあなたがたよりも、身近で大切な人たちを何よりも優先します。たとえそこにどのような隔たりがあろうとも」
リアムの行動を見守っていた群衆は驚愕の表情に満ちる。
今の捨て台詞は言葉通りの意、以外にも、こう解釈することもできる。スレーブの証である首輪をしているティナを優先してでも、あなたたちに危害を加えることは躊躇わない。
僕にとってこの場にいる誰よりも大切なのはティナである。
もちろんウォルターや他の仲間たちのことも大切であるが、ティナは僕がこの半年間一番長く一緒に過ごした戦友であり、父さんや母さん以上にスクール以外で一番長く過ごしていたであろう家族だ。
『カルシウム不足かな? いやないか』
情動的に動いた精神を落ち着けるため、わざと間抜けなことを思ってとぼけてみせる。この空気はキツい。
誰が悪いだのなんだのを論じても、やはり、こうして意識を別のことに集中させて精神衛生を図らなければならないほどには、僕の心の中にも少しだけ、歓迎ムードを潰したことに罪悪感と後悔があるのもまた事実だった。
「ギルド職員です! 一体何が・・・!」
転送陣のある建物に常駐しているギルド職員たちが騒ぎを聞きつけてやってくる。
「事情は周りの人たちに聞いてください。合理的疑いのない調書は作れるかと。今の僕たちの保護者は公爵家の近衛隊騎士です。もし証言の不足があればそちらの方にお問い合わせを。その時は被害者として証言させていただきます。行こう・・・ウォルター、レイア」
「ああ」
「・・・うん」
ティナと手を繋いで、駆けつけてきてくれたウォルターとレイアに声をかけると、ゆっくりと、確かな足取りで次々と開いていく人混みの中を歩いた。
・
・
・
「申し訳ありませんでした! 私が浮かれていて後ろまで注意が及ばなかったばっかりに・・・」
「ジュリオさんのせいではありませんよ。顔を上げてください」
転送陣のある建物の隅で深々と頭を下げられた。ジュリオには頭を上げて欲しいと恐縮する。先ほどの騒ぎのおかげで、今は僕たちに気づいた人達も気まずくて近づいて来ようとはしない。
「いえ! 公爵家の威光をかざし、不束ながらその優越感に浸っていなかったかと問われれば嘘になります!それに私は心のどこかで安心していました!本来公爵家の権力に仇なす者から主人を守らなければならない近衛騎士が、主人の権力にうつつを抜かして注意散漫になるなどもってのほか!これは私の驕りが招いた事態です」
護衛対象である僕たちを守れず、挙句、騒ぎがおきるまで気づかずに行進していたとのこと。この事態は自分の慢心が生んだことだと自責する。
「そ、そこまで正直に自白しなくても。・・・わかりました。ではこれは貸し一つということでどうでしょうか? 今後、僕が今回のようなことに巻き込まれ何かに困った時、ジュリオさんには公爵家近衛隊としてではなく、僕の知人としてご助力いただきたいです。お立場は、配慮させていたきますから」
罰はなしというのは、些か彼の立場上よろしくない。そもそも僕が騒ぎを大きくしてしまった手前、なおさら提案しづらいのだが、このままではブラームスにでも仲介してもらわない限り平行線だと思い、彼に一つの提案をする。
今回、良くも悪くも僕の名前は一般に対し広く広まってしまったことだろう。そんな中、もしかすると公では対処できないような事案が発生する可能性も十分に考えられる。そんな時、一人でも信頼できる味方が多いと心強い。ましてや若くして公爵家の近衛騎士にまでなった彼の力を借りれるならば、きっとプラスになるはずだ。
「わかりました。・・・ミリア様、この罰を私が受け入れること、お許しいただけますでしょうか」
「好きになさい。・・・でもね今回の件、きっと私の許しだけじゃ済まないわよ? しっかりとお父様に搾られるところは搾られなさい!」
「もちろんであります! ご容赦をいただき、ありがとうございました!」
そうして主人代理、公爵家令嬢であるミリアに許可をもらってジュリオは誓う。個人的に、とはいっても立場を配慮すると言った手前通り、やはり彼も組織に所属する人間であることに違いなく、雇用主の許可が得られていると此方もまた、安心できる。
「そういえばリアム・・・あの今あそこで蹲って顔を赤くしている子はどうするの? ティナってスレーブよね?」
角の隅で頭と耳を手で押さえて蹲っているティナを指して、これからどうするのかとミリアに問われる。彼女がスレーブであることを確認する。
「うんそうだけど? 何か問題があるの?」
「『問題があるの?』・・・ じゃないわ! その子ってこっち側のスレーブ商会に登録された労働奴隷でしょ!? だったらあっち側で開かれる祝勝会に連れて行けないじゃない!」
僕のおとぼけを聞いたミリアに、詰め寄られた。ティナはガイア側に拠点を構えるマクレランド商会に登録されている労働奴隷であり、申請書が通らなければアース側の世界に所有者同伴でなければ連れ出せないはずだと言う。
へぇ・・・内心驚き、感心した。まさか彼女がティナにそこまで深く気を配れるとは意外だった。
更にいえば、仮にティナの所有者としてマクレランドにパーティーに同伴してもらったとして、奴隷商人である彼を個人的な会のため公爵城に招くというのは、はっきり言って外聞がよろしくない。両親の立場を十分に理解し、その上で下された素晴らしい気配りだ。
「それなら大丈夫。ティナはもうマクレランド商会の奴隷じゃないから」
僕はミリアの気遣いへの嬉しさも相まって、ニコリと笑って、彼女の心配が杞憂であることを告げる。
「は?」「え?」「へ?」
「そっかそっか! 3人は遅れてきたから知らなかったんだね。実は今日からティナは僕が所有する奴隷になったんだ。マクレランド商会にお金を払って身請け人になった。身請け人といってもティナは立場的に労働奴隷のままだけど」
僕はつらつらと得意げに胸を張りながら、今朝、遅れてやってきたミリアとエリシアとアルフレッドに事情を説明をする。
あれはティナができるだけ早く社会復帰して、普通の生活が送れるよう支援しようと決めた、カヴァティーナの日の次の夜。
「僕が彼女を守れるくらい稼げるようになったら引き取って、しばらく側においてあげていたい」
「リアム・・・それは人一人の命を背負うってことだ。犬猫、ましてや使い魔を飼うってこととはわけが違うんだぞ?」
「それは重々承知です。僕が所有しようとしているのは一人の人間です。それがどれだけ重くて大変で、逃げることのできない責任がつきまとうかについては、彼女を雇用し始める前からずっと考えていました」
「でもねリアム。じゃあ、あなたはこれから関わりを持って同情してしまった奴隷全員に対して、同じことをしていくつもりなの?きつい言い方をするようだけど、はっきり言ってキリがないわ」
僕は父さんと母さんにティナの身請けについての交渉をしていた。
「僕は彼女を友人として、奴隷から解放されても生きていける強さを身につけて幸せになって欲しいと心の底から思いました」
言葉を慎重に選ぶが、同情の飾りはいらない。これは奴隷としてのティナを僕が所有し、家主である父さん、そして母さんに家に置いて欲しいとする交渉である。
しかしこの手の話においてやはり切っても切りれないものもまた、同情の2文字である。真摯に自分の気持ちに向き合うも、他から見れば可哀想だと連想してしまえる甘さが、どうしても言葉に含まれる。
「覚悟が足りないわね・・・」
やはり僕の言葉は軽かった。それでも僕は精一杯の気持ちをぶつけた。
「どうせ家においてあげるなら、家族として迎え入れてあげるくらい、いってあげないと」
「アイナ!?」
「母さん!」
意外だった。ダメかと思ったその時、母さんは僕に抜け道を用意してくれた。父さんも、母さんの切り返しに驚愕する。
「いいのかアイナ・・・?」
「ええ、リアムの気持ちは十分、それに、私だからこそ感じる部分もあったから。ただ条件もまたあります」
委ねるように、父さんは母さんに意思を確認する。
「1. ティナちゃんを所有し続けるためのお金を稼ぐ、または、あなたが成人するまで彼女に支払わなければならない分のお金を用意して、家に入れること。毎日のティナちゃんへのお給料は、私があなたの代理人として支払います。これはティナちゃんの所有者になるリアムに課せられた義務の上に重なる、私たちが親としてあなたに対して持つ義務に課せられるものです」
1の条件に、僕は首肯して答える。ティナという一人の人間の人生を背負うという責任を再確認し、十分なお金を稼げるようになったからといって、独り立ちしていないうちから無駄金を使い、立場を不安定にするような荒い金使いをするなという念押しだ。無闇な金遣いは時に人を不幸にすることを知った上で、有意義に使えるようにしたい。
「2.もう一人の家族であるカリナにしっかり手紙なりなんなりでティナちゃんを受け入れる了承を得ること。お金よりもこっちの方がとても複雑で重要な問題よ。この2つが守れる、あるいは守れたと判断した時、私はティナちゃんを家族としてこの家に迎え入れることを許可します」
2つ目は、最も根本的かつ忘れてはならない大前提だということを強調しつつ、姉さんの許可を取るように言って聞かせる。
「わかりました。2つの条件、謹んで承知致しました」
畏まって約束することを誓い深々頭を下げる。その心内では、当たり前のことを条件として明示、再確認させてくれた母さんに感謝でいっぱいだった。
「よろしい! いい、ウィル?」
「まあいいだろ。二人の気持ちは俺が一番わかってるしな!」
「何よそれ・・・もうリアムの前で恥ずかしいわ!」
「家族だからな!」と、父さんは胸をポンと一つ叩いて笑った。僕はそんな風に、向かい合って笑顔で仲睦まじい二人を見て、本当にこの家に転生できて良かったと、心の底から思った。
その後、姉さんへの手紙の返事に1枚びっしりと僕の気持ちを書き記した文章を送った。もちろんもう一枚、しっかりと姉さんに向けた返事も書いた。
返答として、
『リアムが何をしようと私は気にしないわ! べ、別にその奴隷の女の子がリアムに大切にされてるからって妬いてなんかいないんだからね!』
という、かなり意味不明な怪文・・・ありがたい、お返事をもらっている。
それから、文の後半の文字線がブレッブレだったのだが印象的だった。急いで認めたのだろうか、姉さんも新天地で学業に精を出して忙しくしているようだ。
気にしない・・・と、手紙には書いてある。ならばこれを文面通りにとっても問題はないだろう。
「簡潔に話すとこんな感じです。ちゃんと家族の了承ももらっているし、午前中ミリアとエリシアの家に討伐参加の件を伝えるついでにちょっと家に寄って母さんに今日予定通り事が運んだからねって、確認もした。そして再確認後に、時間の関係で朝に受け取れなかった証明書をマクレランド商会にもう一度寄って受け取ってきたんだ〜!」
本当はもっと冒頭では頭の中でごちゃごちゃと言い訳がましいことを考えていたり、大事な話故に途中ちょっとした駆け引きもあったりして、そう簡単な話ではなかったのだけれども、一連の引き受けの話を簡潔にまとめるならばこんなところだろう。
「だから態態申請書を出す必要もないし、マクレランドさんにご足労いただく必要もないから大 丈 夫!!」
「見たか我が手腕を!」と言わんばかりに、某有名ドラマに出てくるとある御付きばりの堂々毅然たる姿で、亜空間から取り出したティナの身請け金受け取り並びに、身請け証明書(仮)の紙2枚を掲げてみせる。今日パーティーに参加できなかったマクレランドには行政から認証してもらった本身請け証明書を受け取りに行くついでに、ティナと二人でお菓子でも作って持って行こう。
「今日からこの子はリアムの奴隷になったってこと?」
「建前上はね」
「で、今日から同じ屋根の下で暮らすと・・・」
「部屋は姉さんの部屋が空いてるからとりあえずそっちで、姉さんが帰郷したりあればまた、その時考えることにはなるだろうね・・・ミリア?」
「でも、やっぱりおんなじ屋根の下で暮らすわけで・・・」
「そ、そうですけど・・・あ、あのミリアさん? 先ほどからあなた様からとてつもない気迫を感じるというか・・・お言葉と声色からもそれが十分に感じられるというか・・・」
鬼気迫るような恐ろしい腹の底から冷えしてしまいそうな詰問に、ジリジリと後退する。
「この破廉恥狼!色魔!アホ!クズ! 女の敵!!!」
「待って! そんな不名誉な称号をつけられるようないわれはこれっぽちもなく・・・!」
「うるさい! あんたはとりあえず黙ってこの私の鉄拳を受けなさい!」
まくし立てるように不名誉な称号を次々とつけて叫ぶと、彼女はその華奢な細腕に立派な鉄のように硬いあの籠手一つを出現させる。
「ジュリオさん! 早速借りを返す時です! この鬼のように怒り狂う公爵令嬢から僕を守って、どうか怒りをお諌めください!!!」
「えぇッ!? それは無理ですよリアム殿! ミリア様は私の主人のご令嬢で・・・」
「あんたも邪魔するのねジュリオ! こうなったら二人まとめて・・・!」
「ゲート! ではお先に転送の間から転移して城に行ってます!」
「そんなリアム殿! 私も連れて行ってください!」
「ちょ!離してくださいジュリオさん! 僕はこんなところで死ぬわけには・・・!」
ゲートを開き逃げようとする僕の腰にすがりつくジュリオ。
「死ぬわけにはいかないんだー!」
「私もですーーー!」
「眷属魔法!雷砲!」
無情にも、彼女は眷属魔法で発現させた籠手を振りかぶって凄まじい雷砲を放ち、2人の前途ある若者を全身を焦がすような熱さと痺れで葬るのであった。
「ヘックシュン! ・・・ 雷じゃない?」
「こ、これはみゼックシュン!」
「当たり前でしょ。こんなところで雷砲使ったら建物や他の人にまで影響がでるもん」
んべっと左手で左下瞼を押さえあっかんべーしながら、右手に掲げる一枚のスクロールを掲げて僕たちに見せる。
「み、ミリア様の成長を感じました・・・」
「そうですね・・・まさかそこまで周りに気を使えるようになっているなんて・・・」
「へぇ・・・あなたたち。そんなにもっときついお仕置きをして欲しいなら、別に今から追加でしても構わないのよ・・・?」
僕たちは互いにびしょ濡れとなった姿を確認しながら、雷砲を使わなかったミリアに感心するよう同調した。
それを聞いたミリアが再び雷神の籠手を持つ腕を掲げて構える。
「「いえ! 私たちは深く反省しています! ミリア様万歳!」」
「ならいいのよ・・・ならね」
迷いのカケラを一切伺わせる事なく、二人、息のあった言葉で彼女のありがたくない気遣いを遠慮しつつ、敬礼を見せて崇め奉る。
「これで一件落着といっていいのか?」
「いいんじゃな〜い? ただ約2名、まだ不満が残ってそうな感じだけど」
その寸劇を近くで見ていたウォルターの呟きに、ラナが応えた。
「・・・バカ」
「・・・何、これ」
あまり関わりたくはないかな、と、ラナが視線をチラッと移した先にいたのは、やきもちを焼いたように頬を膨らませながら目をウルウルさせているエリシアと、少し苦しそうに自らの服の胸のあたりをギュッと握り、寂しげな表情を浮かべるレイアだった。




