119 ベーゼ
「ブラックポケット」
燃え盛る炎の起こす轟音に紛れ込んだ声に、会場中が耳を疑う。
「ウィル・・・今のっ・・・」
「リアムだ」
「でもどうして? どうしてリアムはあの炎の中無事で・・・」
「アイナ、思い出してみろ・・・。そもそも人種のステータスにおいて、魔法防御とは魔力値の値1/10であることが基本だ。それはリアムも例外じゃない」
アイナの問いかけに、嬉々として答える。よりわかりやすくするために、人種のステータスの定義を持ち出しつつより明確な解へと言葉を紡ぐ。
「あの日、俺たちがリアムのステータスを知った日、あいつの魔力値はいくつだった?」
「・・・!」
「今のリアムは、俺に、そして、アイナにもそっくりだ」
俺の微笑みかけ、アイナは両手で自分の口をふさいで、更なる驚きでいっぱい、という顔をする。
「そういうことか。私たちは根本的な見落としをしていたらしい」
「リアムくんはそうだったわよね・・・」
「なるほどね・・・こりゃあこれから見ものだね」
「全くもって憎たらしい小僧だ。この私の虚を衝くとは、生意気な・・・」
「本当にリアムくんは文武両道ね〜」
「やはり次期領主として、彼との繋がりをより強固にしておくことが賢明か・・・」
他の保護者たちも俺とルキウスとの会話を聞き、何が起きているのかを理解した様子だった。
「一体、みなさんは何に納得しているんですか?」
「さ、さあな・・・俺もさっぱりだ」
この中で唯一、リアムの魔力量について知らないパピスとダリウスが、二人揃って首を傾ける。
「見ろ!! 炎が・・・!」
観客の一人が、モニターの中の炎の違和感を訴える。
「炎が・・・! ゆ、・・・激しく、揺らめいていま・・・す」
ナノカはたじたじ、唯唯、理解不能な現象に途切れ途切れの実況をするしかない。その後は固唾を飲んで映像の様子を見守っていた。
映像を埋め尽くしていた炎が、みるみるうちに指向性を持ってある一点へと集合していく。
ある炎は紅蓮とともに。ある炎は色を消し、熱線となる。渦巻く炎の荒波は、次第に顕となった黒点へと吸い込まれて、成りを潜める。
「炎が全て消えて・・・しまいました」
「黒い大地だ・・・」
「黒い・・・悪魔」
炎を全て吸い込んでしまった黒点の前、燻る黒い大地の上に立つ禍々しい黒い衣を纏った一人の少年が、そこにいた。
「なんだあの真っ黒な衣。服が焼けたのか?」
「アハハッ! なんでしょう一体! あんな闇魔法の使い方は初めて見ましたよ!」
異様な衣を纏う息子の格好がどうしてそのようなものになってしまっているのか考察する。また、それが闇魔法で構成されたものだと見破ったルキウスが、興味津々に食いつく。
「いや、驚くところそっちじゃないだろ! 」
「いや、むしろ研究者ならこっちの方に注目すべきですって!」
炎を吸い込んでしまった闇魔法ではなく、ダークスーツの方に興味を示すルキウスに、サボり症だが意外と常識人なダリウスがつっかかる。いや、確かにそっちも驚いたけれども・・・。
「俺とアイナ・・・そして、まるでアイツだ」
「はてさて、あの極彩色のキングの油が尽きるが先か、リアムくんの魔力が枯れるのが先か、見ものですね」
ルキウスは微笑む。リアムを観察しているだけで、新しい発見、興味が尽きない。
「「「リアム!」」」
一方、ボス戦場。ボックスの周りで燃え盛っていた炎が消え、友達の無事を確認した仲間が一斉に叫ぶ。
「よかった。みんな無事で」
嬉しいじゃないか。
一番に僕のことを心配して、安堵してくれる仲間達がいる。
僕は仲間達の声に気づき、後ろを振り返って笑みを浮かべる。しかし、まずはやることをやらないといけない。
「・・・ちょっとだけ待っててね」
視線を正面に戻すと、右手を強く握りしめ、相当な魔力をダークスーツを纏う拳へと集中させる。
「赫」
そして一言、その右拳を胸の前に構え、今一番自分に力を与えてくれるだろう言葉を呟く。それから一気に振りかぶって目の前に浮かぶ黒点を思いっきり殴ってやる。
「ゲ、ゲゴォ・・・!」
集約する方向と異なる指向性で、力場を超える闇力子をぶつけて開放する。
黒点から飛び出したのは一直線に放出される凝縮し圧縮されていた熱の太線。灼線は一度キングトードの腹に当たると、その巨体に纏う油との鍔迫り合いを起こすが・・・──。
「コ・・・」
油の生産と集約が間に合わなかった。数秒の競り合いの後に、灼線がキングトードの厚皮を貫く。
「これで終わった・・・ボックス解除」
「リアム! よかった・・・ック」
「ほんとにね・・・よかった」
「バカぁぁぁ!」
腹に確かに風穴が空いているのを確認すると、仲間たちを囲んでいたボックスの魔法壁を解除した。すると、いの一番に走り僕に抱きついてきたのはミリアだ。きっと炎に包まれている間、僕が焼け死んでしまったという悲観と、自分が転倒しなければという罪悪感との板挟みになってしまい不安だったのだろう。
「さっすがリアム〜・・・ところでその服なに?」
次に声をかけてきたのは、単純に足が一番早いラナだった。
「ひゃー・・・すげぇな。アイナ、あれ、できるか?」
「もちろんできると思う。でも、私は闇魔法は苦手だから同じ方法では無理ね」
今のはレトリカルクエスチョンってやつだ。答えは求めていない。修辞、俺はアイナならできると知っている。しかし、今の一撃を見れば、誰よりも強い絆で結ばれていると周知の間柄でも、確認せずにはいられない。おそらくは彼女の契約精霊、バルサと協力して・・・だろう。
「馬鹿な!」
モニターの映像を経て、ルキウスも先ほどの嬉々とした態度から打って変わっていた。その表情を驚愕へと一変させる。
「おいルキウス?」
「そうか・・・! 闇魔法は闇と力の魔法! 高密度な強い力で圧縮することにより、低位の魔法が密度を増してあそこまで威力を増したということか!・・・まさか圧縮にこれだけの力があったとは・・・!」
同時に、新たな魔法の可能性を目の当たりにした彼は興奮が隠せないでいた。隣で同じくその光景に驚いていたものの、突如大声を上げる腐れ縁の同輩を心配した、親友の声が聞こえないほどに。
「・・・どうして彼はこんなにも僕を楽しませる術を知っているのか。ハハハハハッ!」
数年前、まだ彼がスクールに入学して間もない頃、彼が初めて使って見せた魔法が闇と火の複合魔法だったという。自分はその場にいなかったが、一目置いていた彼の魔力の尋常ならざる量については把握していたし、事件前に彼が教室で魔石を通して魔力を暴走させたこともケイト女史からの報告で耳に入っていた。
だから、森を半壊させた力もシンプルな力押しによるものだという先入観があった。てっきりというやつだ。故に、闇魔法の圧縮による相乗効果の程に着目して言及するまでに至らなかった。魔力量の前では、たかが知れていると軽く見ていたのだ。まさかここまでの効果を発揮するとは夢にも思わずに。
「なあダリウス・・・ルキウスさんの素ってのは・・・」
「こっちが本当ですよ、ウィリアムさん。こいつ頭はいいし魔法の実力もあるが、唯一好奇心に振り回されるきらいがあって・・・欲望に忠実すぎるのが玉に瑕、興奮すると周りが見えなくなる悪癖持ちです」
俺の質問に猫かぶりも甚だしいと、普段の彼の態度と今の彼を比較して、ダリウスがため息を漏らす。──その直後だった。
「・・・さ、流石は剣狼と炎獄の子・・・・・・あ」
会場中央ステージ、頭上の魔道具に映った映像を見上げるナノカが、ぼーっとした様子でキングトードを倒して仲間たちと談笑するリアムの個人情報を漏らしてしまう。
「はぁッ!? まじか嬢ちゃん!?」
「道理でバカつえぇはずだ!!!」
会場中に響いた情報をすかさず拾った一部の観客が、叫喚する。
「・・・バレたぞ」
「まあ仕方ないんじゃない? そもそも公爵様たちと私たちが一緒に観戦している時点で、一部の人は勘付いていたんじゃないかしら」
これには俺も呆れてしまう。まさか司会から個人情報が漏洩するとは、それも古い二つ名の方が、だ。なら俺たちの本名がバレた方がまだ、被害が少なかった。同じ名前の人間は、この街にもちらほらいるだろう。夫婦かどうかは知らないが、昔のことはリアムにはまだ詳しく話していない。この騒ぎをきっかけに色々とバレて、これから新しい道を進もうとしている息子の足枷には成りたくない。攻略を進めるうちに知ることもあるだろう。自信を持って、かつて俺たちが夢焦がれたように、子に希望を抱いて臨んで欲しいと願っている。
「剣狼? 炎獄ってなんだ?」
「そうだな・・・エリアDのボス、エルダーリッチを一人で狩に来るカミラって女戦士のことは知らないか?」
「魔狩りの?」
「昔は赤薔薇って呼ばれてたんだけどな〜・・・その赤薔薇のカミラと炎獄の魔女アイナは剣狼、ウィリアムがリーダーを務めるアリアってパーティーを組んでいたメンバーの一員だったんだ。そのパーティー名くらいなら、聞いたことあるんじゃないか?」
「灰靇と雷雹を倒してっていうアリアか?」
「ああ。もう10年以上も前の話だよ」
古参のコンテストマニアが、比較的若い観戦者たちにその単語の意味を説明している。
「あらら・・・まさかの事態ですね。彼女のおかげで僕が打った布石の効果がほぼ無駄になりました」
周りのざわつきに落ち着きを取り戻したルキウスもこの事態には静観一択、頬を掻きながら成り行きをみる。
「あわわわわ・・・どうしよう」
ギルドの重大な規約違反をしてしまったナノカは一人、舞台上で慌てふためいていた。公人、公爵でこの街の領主でもあるブラームスの娘、ミリアの情報ならまだしも、リアムの方はただの平民だ。事前にサインをもらっているコンテストにおける情報公開アンケートの許諾レベルが”名前のみ”のリアムの個人情報を漏らしたとなれば、これは立派なギルドの罰則対象となる。
「やっちゃった・・・」
「規約違反・・・終わったわね、あの子」
舞台の裏では規約違反をしてしまい、ステージ上で右往左往している妹を見て、2人の姉が頭を抱えていた。
「イツカ。ちょっとサポート行ってくるわ」
「いってら〜・・・」
妹のフォローをするべく、リッカは腕をまくるような仕草でイツカの見送りに応えると、衆目に晒される前に一呼吸おいてからステージへと向かう。
「ナノカー!・・・はれ? なんかキングトード再生してね?」
「リッカ!・・・リッカ?」
ステージのある中央広場に出てリッカが階段に足をかけながら舞台上のナノカに声をかけると同時。 忙しなくこれからの流れを頭の中で組み立てていたリッカの観察眼が魔道具の映像を確認すると、喜びを分かち合うロガリエのメンバーたちの後ろで、腹に空いた大穴をほとんど塞いでしまったキングトードの姿があった。
「?・・・おいまじだ! まだキングのやつ生きてんぞ!」
当然、彼女もまたフォロー実況するために、会場中に音声を飛ばす魔道具とリンクした小型のマイク魔道具をつけていた。会場中に響き渡ったリッカの声に、ざわついていた会場がまた、一丸となって魔道具に注目する。
「ねぇ? 今なにかが動いたような音がしなかった?」
「ホントだ・・・」
仲間たちに囲まれ賞賛を受ける中、それにいち早く気づいたのは、家柄、僅かな変化にも敏感なラナとレイアだった。
「えっ? 僕には何も・・・」
「ゲゴッ」
聞こえた。二人の疑問に応えようとした途端、聞き覚えのある低い特徴的な怪物の鳴き声が。
「ドケッ! リアム!」
僕は完全に奴に背を向けていた。すると、僕から見て正面に立っていたウォルターが突然飛び出して、僕の体を抱き寄せて入れ替わるように投げ捨てる。
「ヴッ・・・・グ・・・」
投げ捨てられて手と膝をついた背後から、何かに押し潰されるのを我慢するような彼のうめき声が聞こえる。
「ウォルター!」
土を祓う暇もなく、すぐさま体勢を立て直すと、 ・・・ラン、と、地面にぶつかった金属が重く震える音が直前までまだ感じていた喜びを完全に濁らせた。
そこには両腕をダランとさせ、歯を食いしばる口からは歯茎の間から血を流すウォルターの姿があった。僕が聞いた金属音は、ウォルターの足元に横たわる彼愛用の丸盾が発したものだった。
「レイア! 今すぐ回復してあげて!」
「う、うん!」
状況を直ぐに察したラナが、今すぐに回復をとレイアに指示する。
「あいつ・・・! 今、舌を使ってリアムを攻撃してきやがった!」
どうやら腰も砕けてしまったらしい。レイアに支えられながら地面に尻をつき、介助を受けるウォルターが一言で何があったのか皆に説明する。
「みんな集まって!・・・ボックス!」
ウォルターの許へ、そして、僕は皆に集合をかけると、再び四方を無属性魔法で作った壁で囲む。
一番キングトードに近い場所で円を作っていたから僕を強襲したのか、それとも自分の体に風穴を開けた僕の油断を狙っての不意打ちか。その真相はわからない。
「ルキウス・・・! あれはなんだ!どうして奴が復活している!」
俺が質問するよりも早く、隣に座っていたジジイがルキウスに興奮気味に問いただした。
「恐らくキングトードのユニークスキル、《極彩色の油》の効果かと。私も初めて拝見したので、なんと説明してよいやら。・・・ブラームス様はトードが使う油、《蝦蟇の油》についてご存知ですか?」
「トードの油は種類によって用途が広い。安価な断魔剤となる・・・私の見地が及ぶは、こんなところだ」
ブラームスの声には十分な答えを自分が用意できているのか、そんな迷いがある。普段の有り余る自信がない。
「おっしゃる通りです。唯一、無属性のトードから分泌される油の性質は普通の油に近く、また、魔力伝達性の高いものです。しかし他の属性のトード達であれば、その油の性質は己の属性へと通じる特徴を持つ。同属性の魔力伝達をより円滑に行使する媒介となるわけです。例えば《蝦蟇の油・雷》であれば、雷属性の魔力を流せば油は雷に変化します。また、トード達の油にはもう一つの特徴があります。それがその油を分泌するトード以外、他者からの同属性魔法に対する絶対の撥魔性です」
「撥魔性?」
「一般的にこれらが、魔道分野においては断魔剤として重宝される所以です」
ルキウスの話を聞いていたその場の誰もが聞きなれない言葉に首を傾ける。
「これは私が造った言葉です。要するに、自分以外が使う同属性の魔力を全て弾いてしまうわけです」
「・・・なるほどな。だがトードの油から作った断魔剤は一度魔力をぶつけてしまえば、同時に昇華して消えてしまうものではなかったか?」
「ええ。だから先ほどミリア様達が放った魔法は弾かれました。リアムくんの闇と火の魔法は、それを突き破ってしまったようでしたが・・・」
「・・・まさか!」
ルキウスとジジイの会話を聞き、ここで俺は一つの仮説に行き着いた。最初に弾かれたミリア達が使った魔法は火と雷の属性を持っていた。次いで、皮膚ギリギリで束の間の鍔迫り合いを起こしたリアムの魔法の属性の大部分は火、また、そこには闇属性の闇力子が含まれていたと考えられる。つまり、これらの情報から導き出される答えは・・・──。
「つまりあのでっかい蛙ちゃんは従える全てのトード達の油の特性を持った油を使えるわけね。やだ怖いわ〜❤︎」
その解説に皆がウンウンと相槌を打つ・・・うんうん・・・ん?
「やだどうしたのみんな? ツインヘッドスネークに睨まれたトードみたいに固まっちゃって」
俺は聞こえてきた声の違和感を確かめるべく、アイナの後席、右後ろに座るパピスより更にズレた右へ、ルキウスの話を聞くために左後ろ向きにそらしていた体を逆回転させる・・・そこには特徴的な長いまつ毛の生える左目をうふん❤︎ とウィンクさせ、仁王立ちが似合いそうなマッスルをつけた足をクネクネさせる巨体が座っていた。
「ドワーッ!!? なんでお前がここに!! いつから!!!・・・ってかお前の方がコエェーよッ!!!」
「相変わらずウィルはエチケットがなってない・・・フゥゥンッ!」
「ギブギブ!・・・それ以上絞められると落ち・・・」
「これはこれは公爵家の皆様方、前を失礼してお見苦しいところをお見せして失礼しております。いつもエクレールをご贔屓いただきありがとうございます」
「あ、ああ・・・」
「いつも美味しいお菓子を届けてくれてありがとう、リゲス」
「恐悦です❤︎」
「こんにちは皆さん。突然のお客さんがあって遅くなっちゃったんです」
「エクレア! こっちこっち!」
巨体に携わる逞しい、また、しなやかな柔らかさを持つマッスルのついた腕で俺は首を絞められていた。その間に、彼の妻であるエクレアがひょいと姿を現し、ダリウスの隣、アイナの左後ろの席へと着く姿が筋肉の向こう側に垣間見え・・・た。
「ゲホッ! アイナから来るって聞いてたが・・・なんでこいつがすんなり護衛をスルーできたんだ? 護衛は何やってる!」
「すみませんウィリアム殿! この方はよく公爵城にお菓子の配達にくる顔見知りだったので、お通しを・・・」
「だからって許可もなく通すなんて! ダメでしょうよ!」
「その・・・逆らうと何をされるかわからなくて・・・つい」
俺の叱責に情けなく、護衛は青ざめた顔で答える。
「ウィル。照れ隠しでも、この子達のこといじめちゃうのはダメよ」
「けっ。そもそもお前が変な圧をかけなきゃこいつらだって仕事をやりこなせたんだ・・・」
「ああヤキモチ?でもね・・・私にそっちの趣味はないって昔から言ってるで・・・しょ!」
余計なことを言った。再び、後ろの列から俺の首にその豪腕を廻し、リゲスにシバかれる。
「ま、また落ち・・・てかもういい歳だし、そろそろその癖直せって!」
「大人だからこそ、礼儀正しくしおらしくたおやかフゥゥン!!」
「あ、悪かったって! 礼儀なってない俺が生いってサーセンした! 謝るからこれ以上は・・・!」
俺は首を絞める力の強まった彼の腕に手をかけながらも、必死に謝罪を・・・──。
『あ、みんなの姿が下に・・・それに会場中が見渡せる。・・・んっ? なんで俺の体もそこに・・・』
・
・
・
オ
ち
・
・
る。
「ウィル!」
「はっ! ヤベェ意識とんでた。てか魂飛びかけてたぞ・・・」
次に目を開くと、愛妻であるアイナの顔だった。
「ごめんなさいねアイナ。ここに来るとどうにもねー。昔のノリでやりすぎちゃったわ」
「いいのよリゲス。ウィルも護衛の皆さんに配慮が足りてなかったもの。舞い上がってたのはお互い様」
辛辣──。俺の意識を一瞬落としてしまったリゲスの謝罪をすんなり受けると、更に、そのフォローまでするなんて・・・舞い上がってたのかなぁ、俺。確かに、餓鬼みたいな態度だったかもしれない。
「どのくらい経ったんだ」
「10秒も経ってないよ」
「マレーネ・・・そっか」
「ほら、今の間にウォルターくんが回復したみたい・・・ ありがとうね、マレーネ」
リゲスとエクレアも席について、話題は戦闘中の映像の中へと戻る。その長い舌を鞭のように使って連続で襲ってくるキングトードの攻撃から、皆を守っているリアムが展開したボックスの中で回復したウォルターが、ムクリと起き上がる。妙な親近感だ。
「あれくらいは年長者として当然だ。それに今はああしてみんなをまたリア坊が守っている。そっちの方が立派さ」
アイナの感謝への謙遜も混じって、”まだまだだ”と、リアムと比較してウォルターに厳しい言葉をマレーネは送る。身内に対する厳しさは相変わらずだ。・・・エドの息子だし、妙な目で見られるから口にはしないが俺は素直に応援するぞ。頑張れよ。
「あら、でもマレーネったらウォルターくんがリアムを庇った時、結構心配そうだったけど?」
「そうだな。確かにそうだ! なんだかんだ言っても、やっぱり孫たちは可愛いんだよな〜、マレーネは」
俺はウンウンと相槌を打ち、アイナのからかいに追随して続けざまにマレーネをからかう。我ながらホント調子者だ。どうしてこの時俺は、アイナに続きいつもは絶対にしないマレーネをからかうようなことを口にしてしまったのだろうかと、後で自分の言動を後悔することとなる。彼女は確かに身内に厳しい人間だが、それと同等以上に俺にも厳しいのだ。首を絞められた憂さ晴らし? ・・・いや、単なる思考低下によって引き起こされた己の馬鹿さが露呈した結果だった。
「アイナも随分とお転婆・・・昔に戻ったと言った方がいいか」
マレーネは、やれやれと言った感じで項垂れ首を振る。ただ俺にはそのお転婆の意味が少し、しっくりとこなかった。確かにマレーネをからかうような発言をしたアイナはお転婆と言えるかもしれないが、昔に戻ったとは一体・・・アイナは俺みたいにはしゃいでたか──?
「そんなお前の夫には、お前の分も含めてもっときつい別の罰が必要そうだ。そうだね・・・リゲス、その馬鹿に接吻でもしてやんな」
「でもマレーネ? 私は・・・」
「今度、ウチで育てたハーブとベリーを融通しよう」
「オッケー、安いわね」
キッ──!と俺だけを一瞥した後、フフッと、ベンチに座って広場で遊ぶ子供たちを眺める年寄りのように、柔らかな笑みをこぼしリゲスを買収する。
「マレーネ? そんな冗談はよせって笑えねぇよ。知ってるだろ? リゲスはあんたのことを一番尊敬してるから、冗談でも冗談とは思わないって」
俺はつまらない冗談だとマレーネの発言を笑ってみせる。
「な、なぁ。冗談だよな、冗談だと言ってくれ。ほら、アイナもマレーネにちょっとした出来心で言ったおふざけだったって弁明して・・・」
結論から言おう。マレーネがその指示を撤回することはなかった。俺は急いで隣のアイナへ視線を送る。
「・・・」
アイナは既に、俺とは反対側の方へと目をそらしていた。そして、そのあさっての方向を見る横顔からは、んべッと出された彼女の舌が確認でき・・・ごめんなさいってか、ごめんねってかぁあああ──!
「ガシリ・・・」
「ガシリッ、じゃねぇ! なに自分で妙なオノマトペつけて俺を掴んでるんだ!」
「ほーら逃げようとしないの! 昔あつーいベーゼを交わした仲じゃない。確かあれはあなたのファーストキッス」
「嫌なこと思い出させるな! そもそもあれは事故だったろうが! そんな勘違いされるような公開処刑してないで、早く俺を掴むこの両手を解け!」
「照れないの! まあ私もあれが初めてだったから? お互い様よね」
「た、たかが薬草や木の実のために、やっめ」
「ンチューッ!」
唇に感じる無駄に柔らかな感触。そして蘇ってくるあの日の悪夢。これは一体、なんと言う罪を犯したら課せられる公開処刑なのだろうか。・・・ホント、ここにリアムとそしてカリナがいないこと、それが俺にとっての唯一の救いだった。




