118 火炎
「リアム! トードの腹が・・・!」
ウォルターの叫びでキングの方を振り向いた。改めてボス戦前にイチカから聞いていた話を走馬灯のように思い出す。
「まさかこの後にくる攻撃が回避不可の・・・!」
タラーリタラリ、腹に溜まった油が蛙の消化管を流動する。
「グバーーーー!」
キングトードが吐いた豪炎が、火砕流のように辺り一帯を黒灰色と赤色で包み込む。
「ミ、ミリア様を咄嗟に庇ったリアムではありましたが・・・」
映像が、炎で埋め尽くされている。
「リアムッ!」
炎が埋め尽くす前、最後に映っていたのはミリアを助け、一人だけ自らが作ったボックスの外にいた息子だった。流れるように起こった初見殺しに、周りは騒然となり、保護者たちは呆然と赤一色に染まる画面を眺めている。
「お嬢様を助けて一人だけ──!」
「あんな子供が作った魔力の壁で防げるような熱量じゃないだろ!」
「エリアAのレベルに見合ってねぇ・・・」
「俺は一度見たことがある。その時挑戦していた初心者パーティーも、これで全滅したんだ」
動揺は、会場中に伝播する。
「・・・リアムのことだ。あのボックスは相当頑丈に作ってるはずだから他のみんなは無事だろうが・・・」
俺は一人、目に見える結果に愕然としていた。
「・・・フフフッ! ハハハハハッ!」
「おいルキウスさん・・・一体何がおかしいってんだ・・・」
「不謹慎だ・・・ルキウス」
こんな状況だというのに後ろから轟く一つの高笑い。これには、俺が、そして、隣にいたジジイまでもが眉をひそめて責め立てる。
「ハハハッ!・・・だっておかしいでしょ? 面白いでしょう・・・、この状況は!! 本当に拍子抜けだ!・・・いや、実に間抜けであると言うべきか!」
「なんだと・・・!」
ルキウスは俺たちの批判に対し、全く態度を改める様子はなかった。改めるどころか、狼狽える俺たちを嘲笑う。依然として炎に包まれたリアムを嘲笑する彼に、苛立ちが募る。
「・・・はぁ、フフッ! そもそもあなた方は根本的に一つ、見落としをしている」
「何を見落としてるって言うんだ・・・。リアムはミリアちゃんを助けるために一人、犠牲になったんだ。それを笑うなんざ・・・」
「ウィル! 魔力が漏れてる!」
自然と体に力が入る。怒りによって魔力が滲み出し始める俺を、アイナが必死に制止した。
「怖いですねー・・・。この魔力量、やはりはハワードの直系・・・いや失敬。今は関係を完全に絶っているんでしたね」
怒りの許容量が、限界の一歩手前まで一気に沸騰し満たされる。ハワード・・・それは俺が一番思い出したくない、聞きたくない言葉だった。
後一言、後一言俺の神経を逆撫でするようなことを言ってみろ。俺への最大の侮辱はこれ以上ない。だがもしこれ以上だ。まだリアムのことを馬鹿にするってなら、俺はアイナの制止を蔑ろにしても、親としてお前に殴りかかる。
「怖い顔しないでください。勘違いですよ勘違い! 僕が間抜けだと言ったのは息子さんのことではなく、あなた方のことですから」
「・・・は?」
「馬鹿にされたのが自分でないと知った時、冷静さを取り戻すところが実にあなたらしい。リアムくんそっくりだ」
後一言、身を呈してミリアを守ったリアムのことを馬鹿にしようものなら殴りかかると決めていた俺に、次にルキウスから告げられた言葉は予想の斜め上でもなければ斜め下、今までの発言が全て俺たちに向けられたという論点ズラしだった。
突然の今までの発言はここにいる者たちへ向けられたものだと知り、渦巻いていた魔力を発散させた俺を見てルキウスが朗らかに笑う。
「そうか・・・そういうことか。これは一本取られたな・・・。そうか、リアムが俺にそっくりか・・・」
虚を突かれたおかげで、冷静になった。彼が俺たちに何を言いたかったのか、何について間抜けだと言ったのかに気づく。
おそらく他のみんなはまだこのことに気づいていない。突然大人しくなって何かを理解したらしい俺に対して、首を傾げて不可解そうな顔をしている。だが今まで、ルキウスに向けて闘争心をむき出しにしていた俺だからこそ、その見落としに気づいた。
「それに本質的に奴らに近いのはリアムの方・・・ハハッ・・・なるほどな」
「ええ。言い得て妙でしょう?」
「確かにな・・・だが」
俺はここで、ルキウスに一つ尋ねる。
「なあルキウスさん。それってわざわざ俺を煽らなくても、普通に言えたんじゃないか? あなたならきっと、俺がこういう人間だということはわかっていたんだろ・・・?」
冷静になって、ようやく周りの様子に気づいた。会場中の視線は一転、モニターの炎にではなく、俺に向いていた。魔力は解かれたので、まばらに視線は外れていく。
「そうですね。ですが強すぎる力を第3者に少しでも受け入れてもらうためには、それなりの過程の明示が必要だ。これはそのために必要なせめてもの布石なのですよ。これもまた、リアムくんのためです」
ルキウスは相変わらず笑顔だ。本当に憎らしいほど頭が回る、が、こればっかりは俺にも何を考えてこんな回りくどい事をしているのか理解するには及ばなかった。
「結末を見届ければ、私の言った言葉の意味がわかりますよ・・・」
ルキウスは周りの保護者たちに聞こえるよう呟くと目はそのまま、口を閉じてジッとモニターの方を見る。
「・・・ブラックポケット」
会場を支配していた炎の燃える豪音の中、突如響き渡る異音。
「今のは・・・」
その異音に、浮き足立っていた観客が一斉にモニターに注目する。俺も例外ではない。
「ほらね・・・」
一人だけ、唯一この会場の中で一人だけ、これから始まる一人の少年の物語の幕開けを予知していたルキウスは己の正当性を吐いて、笑う。
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──そして僕は、火の海へと呑まれた。
「「「リアムー!」」」
仲間が、みんなが、僕を呼ぶ声が聞こえる。
『・・・みんなが無事ならそれで』
炎に包まれる寸前に聞こえたみんなの声。あの一瞬では、自分を守る魔法をかけるまで頭が回らなかった。
『あーあ・・・これで死ぬのは二度目か・・・。でも、果たして僕はちゃんとリヴァイブで生き返れるんだろうか・・・。異世界の記憶を持つ、この僕が──』
視界を覆う光に堪らず目を瞑ると、この世界での日々が、思い出が次々にまぶたの裏に浮かぶ。新しい父さんと母さん、姉さん、この世界で初めての友達になったレイア、そしてアルフレッドにフラジール、エリシア、ウォルター、ラナ、ミリア、他にもたくさんの人たちと出会っては大切な思い出が増えていった。時には辛かったりぶつかったことも少しあったけど、生き返るにしても死んでしまうにしても、きっとこれが一つの節目となることは間違いない。
『あったかい・・・これが焼かれて死ぬ感か・・・く?』
ここで、僕はある違和感に気づく。
「あれ?・・・熱くない?」
そう。僕は確かに燃え盛る炎の中にいたのに、体が焼けてしまうこともなく、ましてや異常な熱さすら感じることはなかった。
「たしかに熱いという感覚自体はあるが、精々ぬるま湯に浸かっているくらいに温度が低い。これは・・・」
火傷もない、綺麗に炎の中で存在している自分の手や足、身体中あちらこちらを確かめる。
「って裸じゃないか! なんで服だけ燃えて体が燃えてないの!!!」
そして僕は裸だった。
『馬鹿ではないですか?』
脳内に響くイデアの呆れた声。 僕は「・・・なぜ」と、直ぐに聞き返す。
『何故ってマスターの魔法防御は既に4万を超えているんですよ? たかだか保有魔力5千程度のイボガエルの炎が、マスターの体にダメージを負わせられるわけないじゃないですか』
「・・・あっ」
恥ずかし!
イデアに指摘され、根本的な見落としに気づいた。僕の人生は、これからもこうして大事な局面で誰かに指摘されて気付かされるような、間抜けな人生になるのであろうか。・・・緊張感が足りないのかもしれない。・・・いや、そういう問題ではないか。
『抵抗力のない服を着ていたので、服は燃えてしまいました。この戦いが終わったら、装備の一新を考えた方がいいのでは? 魔糸を使ったより強力な防御力を付与できる刺繍陣の提案が私にあります』
燃えてしまった服を引き合いに、イデア装備への一新を勧められる。
「・・・むっつりすけべ」
ヤラレっぱなしは性に合わない性格で・・・訂正、ただ自分の羞恥を紛らわせるために態と巫山戯てみせる。
『んなッ!・・・変なこと言ってると無駄に魔力放出して空にしますよ』
「あー待って待って待って! 悪かったよ! だからこの状況で魔力スッカラカンは止めて!」
想定外のとんでもない報復予告がイデアから返ってきてしまう。
それはまずい。
必死で彼女に止めるよう懇願するが・・・でも、『んなッ!』だって。こんな驚いたイデアの声を聞いたのは、初めてだ。学習によって、成長がまた進んだ証だろうか。
『魔力放出まで5秒前・・・4、3、2・・・』
『だぁーッ!本当に悪かったから!』
『仕方ありませんね。では戦闘後の装備再考において、デザインから付与能力まで全てのカスタムを私にさせてください』
『そんなこと? こっちとしては願ったり叶ったりだし、前みたいに、強制的に設定が変えられなくなるようなことがなければ別にいいよ』
『取引成立です』
あ、危なかった。
イデアは僕の魔力を行使できるし、頭の中を読み、また語りかけることもできる。外交で解決できるうちが花だ。
彼女がどんな存在であるかは明確に定義することができないが、僕の妄想の二重人格・・・なんてことはないだろう。
しっかりとスキル欄には彼女の名前を冠したオリジナルスキルがあるわけだし、言うなれば、体を同じくする二心同体という表現がしっくりくる。
『服はダークスーツで代用するか・・・』
緊急措置だ。燃えてなくなってしまった服のかわりに、首から上だけ露出させたダークスーツを身に纏う。亜空間の中にもちろん替えの着替えはあるのだが、この炎の中で取り出しても燃えてしまう。
「ブラックポケット」
いつの日かの再演だ。最上級闇魔法、ブラックポケットを唱える。空を切る風の音とともに、まるで空間の穴、空中に浮いたその黒い穴が、周りの炎を急速に収束させる。
「・・・ゲゴ?」
辺りの炎もすっかりと吸い込まれ、残るは広大な草原の中にぽっかりとできた黒焦げの大地、僕たちは再び対峙した。




