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アナザーワールド 〜My growth start beating again in the world of second life〜  作者: Blackliszt
第3部 〜ダンジョン ”テール” 攻略〜

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114 素揚げの誓い

──トード、つまり蛙。


 この一面ライ麦畑のエリアAでは、まばらに生息するトード達が畑の中を飛び跳ねる景観が風物詩となっている。


「二人とも家族の方には伝えてきたから・・・」

「ありがとうリアム!」

「ありがとうリアム・・・」

 

 エリアAの広場に戻ってきた僕にその時の状況を聞き、先ほどとは打って変わって正反対の反応を見せるエリシアとミリア。


「ミリアは後衛で無理をせずに魔法でのサポート、アシストに回ること。これが守れないと参加させられません」

「えぇーッ! 嫌!」

「これはマリアさんからの通達です。もしそれが守れないようだったら、楽器室の扉に鍵をかけてしまうそうです」

「えぇ!? そんなの理不尽!」


 告げられた己の措置に、不満と行き場のない怒りを叫ぶ。だがこれもまた自業自得、あれだけの人員がミリアのために動いていたのを目の当たりにすると、決して重すぎるとは思わないし、むしろ軽いくらい。


「そろそろ昼メシだな」

「お腹すいたー!」

「私も・・・」

「・・・お弁当」

「アルフレッド様の分のお弁当は作ってきてませんから、このトードの足でも焼いて食べてください」

「んな! そんな馬鹿な!!」


 先に呼び出した二人とは別に、次々とライ麦の茂みの中からメンバーたちが姿を現す。既に一人、弁当がないという危機に陥っているが、これからは昼食の時間、そして午後からついにエリアボス戦だ。

 亜空間から一つの魔法箱を取り出し、弁当箱の中身を魔法で加熱してティナに手渡す。《ヒート/加熱》は火魔法の派生形、《熱魔法》唯一の魔法で込める魔力によって威力が変化するため、階位も存在しない珍しい魔法だ。


「お疲れ様ティナ。ヒート。はい、ティナのお弁当」

「ありがとうございます。ご主人様」


 僕は冷えた弁当をただ常温に戻しただけ。彼女は人前では表情を滅多に崩さないが、ティナはそれを受け取り礼を言うと、嬉しそうにジーッとその弁当箱を見つめていた。なぜ人前で表情を崩さない彼女が嬉しいってわかるかって? ・・・それはティナの目が少し大きく開き、耳を横にピョコピョコさせていたからだ。

 初めは人前にいる時の彼女の喜怒哀楽を読むのに苦労した。これはこの半年お互いに一緒に過ごす時間を通して地道に続けてきたコミュニケーションによる賜物だ。

 判断材料は尻尾と耳、そして目。

 彼女は僕と二人でいる時のみ素直な表情を見せてくれる。その時の彼女の感情と価値観をトレースし、寡黙な時の反応らをまとめると──。


  目   耳  尻尾

喜|見開く|動く|垂れて少し揺れる

怒|据わる|立つ|ピンと毛が逆立つ(驚いた時なども)

哀|下がる|畳む|垂れて無意識には動かさない

楽|普通 |動く|垂れて少し揺れる


 もちろん、時と場合によっては臨機応変に齟齬が生まれることもあるが、当意即妙に受け応えできるくらい信頼を重ねてきたつもりだ。統計すればこんな感じといったところだろう。

 例えば尻尾の”少し揺れる”というのは本当に少しで、哀の時に風で揺られていたら見分けがつかないほどだ。僕と二人で感情を表に出しているときは、特に喜や楽の時はブンブンとまるで犬のようにわかりやすく現れる。また、偶に見かける他の獣人を目にして感じたのだが、獣人の尻尾や耳による感情表現は、どうやら共通して同じようである。


「ずるい! 私のお弁当は!?」

「私の分も!」

「僕の分も!」


 目敏く自分の弁当を要求するミリアを皮切りに、エリシア、アルフレッドが続いて弁当をせがむ。


「エリシアの分はリンシアさんがお昼に用意していたご飯を包んでいてくれた・・・はい。そしてミリアには昨晩のお詫びに僕の分をあげるよ」

「ママ・・・」

「リアム・・・」


 僕からそれぞれ弁当箱を受け取った二人は感無量、大事そうにそれを受け取る。


「で、アルフレッドの分は・・・」

「ああ!」

「ないからトードの足を今から調理しよう」

「そんな馬鹿な!」


 魔法でも、ポンと一瞬で、彼の分までの弁当は用意できかねる。その代わり、ウォルターたちが取ってきてくれたトードの足を使って、昼食を作ることにしよう。


「調味料も調理具も一通りある。僕も付き合うから勘弁してね」

「・・・お前がそこまで言うなら」


 説得に渋々応じるアルフレッド。彼もまた他領領主の次男にして辺境伯家の一員、蛙の肉を食うなど経験したことはないだろう。


「そう悲観することはないって。僕はギルド長に連れられてよく酒場でトードの肉をご馳走になってるけど、これが案外いけるんだ」

「・・・本当か?」

「まあ手伝ってよ。あんまり時間がない」

「わかった。僕は何をすればいい」

「そうだね・・・足から皮を剥いだ後、このクリーンシートで除菌と血を掃除して、骨を抜いたら半分だけこのミンチシートの上に置いてミンチにしてくれる?」


 これだったら料理オンチのアルフレッドでもできると、僕は亜空間から2つのシートを出してアルフレッドに肉の下準備を任せる。


「鍋にウォーター、塩を適量。ヒートで50度くらいまで水を加熱。カット、冷凍しておいた野菜を入れて、あとは加熱シートの上で加熱・・・こっちで油を注いだフライパンも熱しておいて・・・マヨネーズ、バターをパン表面に塗ったら家から持ってきたカイワレをサッと洗う」


 アルフレッドが仕事をしている間に、こちらはスープと肉を揚げる油の準備、その他にできることもあらかた済ませておく。


「できたぞリアム。血がほとんど抜けていたしミンチもこっちのシートの上に肉を乗せて魔力を流すだけだったから、楽に終わった」


 アルフレッドの肉の処理が終わった。


「片栗粉に卵に生姜のすりおろしを入れて・・・それじゃあ今度はその調味料とつなぎをしっかり混ぜたタネをこのくらいの団子状にしていってくれる?」

「朝飯前だな」


 ミンチが入ったボウルにつなぎを入れ、アルフレッドにもう一度託し次の工程へ移る。


「残った足の肉を骨から引き剥がして一部はスープと一緒に煮、もう一方は一口大にしてそこに生姜醤油と酒を加える」


 大体こんなものだろうか。氷水を用意し、スープに入れた肉に火が通るまで灰汁取りをしてアルフレッドの団子が出来上がるのを待つ。


「団子できたぞ? こんなんでいいのか?」

「うん。良くできてるしグッドタイミング。じゃあスープの中の肉を僕が取り上げるから、その団子を代わりに入れてくれる?」

「了解だ」


 団子作成が終わると鍋から肉を取り上げ、氷水につけて表面の温度を一気に下げる。


「これを裂いたように切って塩胡椒を少々、カイワレと一緒にパンに挟んだらサンドイッチの出来上がり・・・後は──」


 これで一品完成。サラダチキンならぬサラダトードもどきとカイワレを挟んだだけで実にシンプルだが、これで主食は完成だ。


「漬けていた一口大の肉の水分を紙で軽く拭き取ってから温めておいた油の中へ入れて素揚げ・・・・・・できた! 後はこれにも塩胡椒してレモンを添えたら、トードの素揚げ、トードのサンドイッチ、トードのつみれスープの完成!」


 ここまでの所要時間はざっと20分といったところであろうか。肉の解体と火入れに少し時間がかかったが、充分すぎる早さで調理は終わった。


「・・・晩御飯ぶりの食事だ」


 アルフレッドは完成した料理をみて歓喜し、生唾を飲む。そうか・・・彼は朝ここに来るまでお腹を壊してたから、朝食もロクに食べていなかったのか。


「それじゃあ食べよっか」


 朝食前にピッグが家を訪問し、その後は急いでヴィンセントの許に向かったため僕も今日は朝食を食べ損ねていた。紆余曲折あったが、ようやく食事にありつくことができる。


「・・・いい匂い」


 塩と醤油とレモンの風味薫る素揚げに誘われて、弁当を食べ終わったティナが、僕の許へと近づいてきた。


(ジー)


 彼女は横に立つと、素揚げをじっと見て動かなくなる。


「うまい! 口の中に広がった油と肉が最高な具合に混ざり合っていく! それにこっちのスープも一緒に飲むとしっかり味があるのに邪魔をせず、寧ろ揚げ肉の旨味を全て流すことなく調和する! 素揚げを食べてもサンドイッチを食べても何度でも味を楽しむことができる!」


 向かい側に座るアルフレッドから聞こえてくる絶賛の食リポ。その食リポを聞き、益々ティナの素揚げをみる視線が頑としたものになる。


「僕もお腹が空いてるから・・・一口だけ・・・味見する?」


(コクコク)


 素揚げを凝視しながら、ティナは一生懸命い首を縦にふる。


「あーん」

「はむっ・・・んぐんぐ・・・んーっ!」


 素揚げを食べると、目を輝かせなからかなりオーバーなリアクションをとる。僕の彼女表情統計学とは一体、何ぞや。


「「「あーん」」」


 なんだなんだ何事か。僕が座る机の端で、いつの間にか口を開けてポジションにつくミリア、エリシア、そしてラナ。


「いやあーんってみんなはもう弁当を──」

「「「あーん!」」」


 その、あーん・・・はとても強引なものだった。なにせ彼女らの目はとてもにこやかに笑っていたのだが、同時に僕には「ティナにだけあげて自分たちになしはないよね?」と言っているようにしか聞こえなかったから。・・・仕方なく餌を待ち構える雛のごとく口を開ける3人の口に、素揚げを放り込む。


「表面がサクッとしていて中はジュワッと!」

「おいしー!」

「あっついあっついホフホフ!」


 口の中に素揚げを運んでもらった3人の反応は決して悪いものではなかった。ただ放り込むと言っても、ミリアとエリシアの口にはゆっくりとそれを運んであげたのに対し、ちょっとだけ空きっ腹にお預けをくらって皿の肉が減っていくのにイライラしていた僕は文字通り、最後のラナの口にはできたての素揚げを放り込んでいた。一人だけリアクションの種類が違うのはご愛嬌だ・・・言い訳がましくない。あとが、怖くて、ミリアとエリシアには絶対できなかった、かもしれないが・・・おかげで僕の心の平穏は保たれたよ・・・ありがとう、ラナ。


「はいはい。ウォルターとレイアにフラジールに・・・イチカさんも、よろしければどうぞ」

「いやー!酒場の素揚げと違った香りが良いというか誘われたというか・・・」


 こうなったら残りのメンバーにもお裾分けしないわけにもいかない。ウォルターと談笑していたイチカにも、いつの間にか列を作っていた。彼女は自前のフォーク片手に、空いた手で面目無いと頭を掻きながら苦笑いする。


「じゃあ4人は自分でお皿から一つずつ素揚げを取って食べてください。僕も早く昼食を済ませないと、満腹後の運動はきついですから」


 残りのメンバーはもう流石に片手間でいいだろう。しょうがないなぁと、ようやく手を伸ばして取ったサンドイッチをひとかじりしながら、素揚げを四人に提供する。


「「えーっ!」」


 なぜか「えーっ!」とレイアとフラジールの不満そうな声が上がる。だがそれを一々拾いはしない。お預けをくらった空腹状態でこれ以上一人ずつ食べさせていくのは辛い。それに二人ももうそんな齢では・・・あるのか?

 兎にも角にも素揚げは忽然と皿の上から姿を消し、僕はサンドイッチとスープを先に食べることにする。・・・でもできれば素揚げも一緒に食べたかった。


 ・

 ・

 ・


「というわけでボス戦は別格、始まればどんなパーティーの中継でも中断され、レベルの高いボス戦優先でコンテスト会場に映像が流れることになります。まあ色々と他にも理由はありますが、だからギルドがボス戦への挑戦を制限しているわけです。またこの魔力ドームは転移門になっていて、入ったらボスのいるところから討伐完了するか死んで、リヴァイヴに行くしか脱出方法がありません。何か質問は?」

「はいはーい! 討伐完了ってどうやって判断するわけ?」

「討伐を完了すると、中心にどこからともなく光が立ち上りそれが魔法文字を形成、その後、転移陣が現れそれはリヴァイヴの門へと繋がってるんだよね。でも敗北時と違って装備の消失とかはないから安心してね。それじゃあ他に質問は・・・ないみたいね!」


 皆が昼食を取り終わると食休めも兼ねてのプチ勉強会。追加の質問もないことを確認したイチカは満足気に、最終確認の書類の準備を始める。

 エリアボス部屋エリアへの転送陣があるこの場所は、一定範囲において雑魚のわきもないし、近づきもしない、いわゆるセーフポイントと同等の扱いとなっている。円状にライ麦がないこの広場がまさにそれで、これはギルドの人たちがわかりやすくするために元々あったライ麦を刈った跡に、定期的に魔法をかけることで復元されないようにしているらしい。


「ではこれに最終チェックのサインをしてください!」

「ウォルター、お願い」


 いよいよ戦いの時、僕は年長者であるウォルターにサインを頼む。


「いや、お前が書け」


 しかし、ウォルターはサインを辞退した。そして僕にそれを一任する。


「・・・わかった」


 ここであれこれ言わない。視線が刺さるくらいに真っ直ぐな目で言われたら、ここでゴネるのは野暮ってもんだ。


『なんか・・・いい』


 これが男の友情というやつなのだろうか。サインを書き終えると、前世からちょっぴり憧れていたそのシーンを今自分が体験していることに、謎の高揚感を覚える。


「ほらリアム!意気込み意気込み!」

「あっううん・・・それじゃあ」


 サインを書いて少しボーッとしていた僕に、ラナが意気込みをと急かす。


「いよいよレイアとミリアはロガリエへ、そしてウォルター以外の全員は初のボス挑戦となるわけだけれども・・・」

「なんか一人だけわりぃな」

「あーっとごめんごめん・・・えーとじゃあ・・・」


 こういう時、パーティーの士気を上げるにはどんなことを言えばいいのか。前世の本で培った知識を今、発揮する時だ。


「トードなんてサクッと倒して素揚げにしちゃおーう!」


 食べ損ねた素揚げの無念が尾を引いたか、僅か0コンマ何秒の世界で自分が発した言葉について猛烈に後悔する。

 完全に浮き足立っていた。

 どうしてこういう時、ビシッと隊をまとめる決めゼリフを言えないのだろうか。


『これはなかったか・・・』


 洒落に走ってしまった自分が情けない・・・煩悩って怖い。

 凍てつく現実世界で、僕の発した言葉に理解の追いつかないみんながフリーズしてしまったのをみてなおさら、余計にそれが悔やまれる。


「素揚げ・・・」

「素揚げ」「素揚げ「素揚げ」「素揚げ」「素揚げ」「素揚げ・・・」

「?」

「「「素揚げーッ!」」」


 突如、ウォルターから始まる素揚げの輪唱。最初、絞り出したように呟かれた言葉は輪唱と化し、輪唱が円陣をグルッと一周すると、皆が空に向かって「素揚げーッ!」、一斉に吠える。


「よし! 無事終わったら素揚げパーティーだ!」

「サンドイッチも食べたい・・・」

「どうせならカラアゲやタツタも食べたいな!」

「何よそれアルフレッド! 私の知らない料理!? あんたたちばっかりずるい!」

「ミリア様!? お、落ち着いてください!」

「本当、あなたたちって仲いいわね」

「「良くない!!」」


 皆が次々に思い思いの要望を募らせていく。

 昨晩、パーティーをした。

 昼食も食べたばっかりだというのに・・・僕は助かったけれども、みんな・・・本当にそれで良いのか・・・?


「ねーティナちゃん。ロガリエって素揚げって意味なんだよ? 知ってた?」

「・・・!」

「はーいそこ! 語学勉強中の純粋な子に嘘を教えるんじゃないの!」


 ティナの耳元で隙をついてしれっと嘘を吹き込むラナのおでこを、軽くデコピンする。


「アテッ! へへへー・・・なんかこの感じ、久しぶりだ」


 ツッコまずにはいられなかった。しかし、背中を叩かれてラナは何故か嬉しそうだ。そう言えばこの感じは・・・家系かな。


「リアム! トード一匹丸ごと解体して魔法箱に詰めてカリナに送ってやろうよ! そしたらカリナビックリして・・・」

「そんなことしたら次会った時に姉さんに殺されるよ? ラナはそれでいいの?」

「おっとそれは勘弁だね!」


 おふざけの冗談を注意され、それは御免蒙ると舌をチョロっと出して逃げていく。僕はそんな彼女の表情に、『もう1年経ったのか・・・』と少し昔を懐かしみ、同時に今もしそんなことをしたら、思春期でちょっとバグり? 気味の姉さんがどうなってしまうか。ちょっとだけゾッとした。


「それじゃあみんな。いってらっしゃい!」

「「「いってきま〜す!」」」


 まあそんな感じで、僕たちの初のエリアボス戦はイチカに見送られ幕をあける。ちょっぴりセンチメンタルになってしまったが、ここからは集中しなければ。


「こちらイチカ! 準備できました!」


 リアムたち一行がドームの中へと消えると、イチカが綺麗な楕円に成形された魔道具に話しかける。


「あーあー、私もそのパーティーに参加したかったなぁ」


 そして一人残った寂しさからか、ふとそんなことを ──。


 ・

 ・

 ・


「こちらイチカ! 準備できました!」

「はーい・・・ナノカー、それじゃあよろしく〜」

「わかったイツカ・・・は〜・・・新人のAボスデビュー進行実況、盛り上がらないんだろうなぁ・・・ねぇ〜、リッカぁ〜」

「あんたも今日がデビューの新人でしょ! とにかくこのチームの担当はあんたになったんだからしっかりやりなさい!」


 アース側のテールダンジョンオブジェクト内、コンテスト会場の舞台裏。


「あーあー、私もそのパーティー参加したかったなぁ」

「何か言ったイチカ?」

「んーん、なんでもないイツカ。私のことよりも、ナノカいる?」

「今グチグチ不満タラタラ」

「あーなるほど。ちょっと変わってくれない?」


 デビュー。それは華々しいお披露目であり人生の一つの門出。


「チームロガリエのロガリエって新人冒険者のデビューのあれでしょ? よりによってデビュー実況がこんなパーティーか・・・」

「ナノカ? もしもーし」

「イチカ? 聞いてよ〜、リッカがさ、もっと大きな舞台でデビューしたいから代わってって言っても代わってくれないの」


 そりゃあもう愚痴りたい気分でした。2対遠話できるギルド支給のこの貴重なレガシーを使って、エリアAにいる姉に愚痴るほどに。


「あんたしっかりしてないと足元すくわれるわよ」


 魔道具の向こう側から飛んでくるお説教。ああもう嫌だいやだ。


「これは内緒なんだけど、今回のパーティーリーダーの子・・・あの剣狼と炎獄の息子よ」

「うそ! あの灰靇と雷雹の!?」

「剣狼? 炎獄?」

「灰靇?雷雹?」


 遠話の向こう側にいるイチカが剣狼と炎獄という聞きなれない単語を使った。七女の私と六女のリッカは、その単語にちんぷんかんぷんだが、五女のイツカはそれが何かを知っているらしい。


「私も話でしか知らないけど、確かまだ幼いイチカが当時追っかけしてたっていうパーティーのものすごく強い冒険者で、エリアGの2大Sランクモンスターの灰靇と雷雹を倒したっていう・・・ま、10年以上も昔の話だけどね。今は然程珍しい話でもないし」

「イツカ!あの人たちを軽んじたね。今日は私の部屋でお泊まり会だから」

「アリアイズゴッド、並ぶものナーシー」

「お泊まり会だから」

「ノォおおおー!!! マイファッキンゴッツッ!!!」

「コホン。話を元に戻すけれど、更にこのパーティーメンバーにはなんと領主様のお嬢さんまでいる。義務があるからこれ以上は言えないけど、あんたは司会進行だから特別に規則破ってまで教えたのよ!だからその辺気をつけてやりなさいよナノカ!!」


「「「・・・!」」」


 魔道具の向こうから、規約違反をしてまで教えたのだとイチカが私に釘をさす。


「まさかそんなパーティー・・・ナノカ! 今回は私に任せてあんたは引いてなさい!」

「べーッ! 嫌だもんねー! ・・・それじゃあ行ってきまーす!」


 こんな幸運なことがあるだろうか。話の初めに出てきた冒険者がどんなに凄く、その子供だろうが知ったことではないが、パーティー中に領主様の子供がいるともなれば話は別だ。私は先ほどと打って変わり軽い足取りで舞台へとスキップしながら、リッカの申し出を足蹴にお断りする。


「こ、この・・・姉の優しさを愚妹が・・・!」

「まあまあ、今回はあの子の掴んだチャンス。黙って見守っててやろうよリッカ」

「・・・はぁ、なんか私まで緊張してきた」

「同じく」


 良くも悪くも今日があの子の司会デビュー。成功するかどうかは神のみぞ知る未来のお話。しかし舞台裏に待機するこの姉二人は、末っ子で自由奔放な我が妹が、この大舞台でドジを踏まないかどうかを心配せずにはいられなかった。

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