107 ミリアの気持ち
「それで? どうしてあんなことをしたの?」
顔面から転び鼻血が出てしまった僕の顔を、綺麗な布で優しく拭いてくれたミリア。ただ僕の頬に右手を添えながらのこの質問に僕は体の震えが止まらない。そもそも拘束されていなければ自分でさっさと拭き取っていただろう。
「ダリウスさんに誘われてライヒョウの討伐に・・・」
何よりも恐ろしいのは今、僕はミリアの自室で二人っきり・・・ということだ。
初めて彼女に会ったあの日、癇癪を起こしたミリアから部屋を追い出され、椅子や何やら投げつけられていた悲惨なアルフレッドの姿が脳裏をかすめる。
その意図せずとも浮かび上がってきた映像にブルッと再び身震いすると、核心に触れないようそれとなく嘘を省いて本当のことを伝える。
「それは今日のことでしょう? ・・・そうじゃなくて昨日のことよ」
ミリアは僕の言葉に眉ひとつ動かさず、笑顔のまま質問をより限定したものに変えてきた。・・・どうしよう気絶したい。
だが相手はまだ9歳の女の子。この世界では僕より3歳年上だが、僕には前世で19年生きた経験がある。精神的にはこっちの方が大分年上だ。
「実は・・・」
奇しくも前世で苦く苦しい日々に耐えてきたメンタルを呼び起こすことで気絶を回避し、しかしこのままじゃ状況は変わらないと観念して、昨日の出来事をティナの個人的な情報を除き話した。
「・・・じゃあ、リアムは他の女の子、それも奴隷の子のために私との約束すっぽかして二人星を見ながらロマンチックな夜を過ごしていたのね・・・」
なんとか峠を越したつもりだった。もしかすると人道的な行動をとったとして許してくれるかな〜・・・なんて甘い考えもあったのだが、それを聞いたミリアの機嫌はやはり良くはならない。
「それはいくら奴隷の子って言ったって僕が借りた子だし、見捨てるわけにもいかなくて・・・」
「そんなことはわかってるわよ!!」
往生際が悪いかもしれないが、もう少し正当性を訴えてみたり ──。
「ご、ごめん・・・こんなんじゃ嫌いになられてもしょうがないね」
情に訴えてみるべく落ち込んで見せる ──。
「いや・・・それはまた・・・そこがまた好きなんだけど・・・」
「ん?」
「なんでもない!」
一つ言い訳すれば取り合ってもらえず、情に訴えて解決法を模索しようとすればまた怒られる。こういう時は ──。
「ごめんなさい」
謝罪。こういう時はひたすら謝るのが正しいと父さんも、そして前世の父も言っていた。
「もしかして──
『頭足らずで公爵家に楯突いた馬鹿な間抜けたちに攫われて、城に来ることもままならず、今まで発明した商品や新しいアイデアを聞き出すため、または大昔に人知れず封じられたとある禁じられし魔物の封印を解くために、魔力を搾り取られる永遠とも思えるような辛い拷問を受けて、今も苦しんでいるかもしれない』
・・・って心配していた私の気持ちは見事に裏切られたのね」
未だ一向にミリアが許してくれる気配はない。しかし意外だったのが、そこまで彼女が僕の心配をしてくれていたということだった。
「本当に、ごめん」
報連相、前世では小学生で習った概念だ。・・・いくらどうしようもない状況だったとはいえ、情けないことだ。今まで散々学んだと思っていたのに、また同じ失敗を繰り返す。責任の自覚に関しては、体と同じまだまだ未熟な子供だ。
「謝らないでよ・・・それじゃあまるで私がッ ──」
又しても僕の対応が裏目に出る。謝られて行き場の無くなった不安をぶつけたりないミリアが叫ぼうとした・・・その時だ。
「ああ、無事でよかった。もう私ったら ──
『頭足らずで公爵家に楯突いた馬鹿な間抜けたちに攫われて、城に来ることもままならず、今まで発明した商品や新しいアイデアを聞き出すため、または大昔に人知れず封じられたとある禁じられし魔物の封印を解くために、魔力を搾り取られる永遠とも思えるような辛い拷問を受けて、今も苦しんでいるかもしれない』
・・・って心配していたのよ? 無事でよかったわ」
扉が開き、3人の見知った顔が監禁部屋に入室する。・・・それにしてもセリフ口調のソレはなんかどこかで聞いたようなフレーズだ。
「お母様!? それにお兄様にお父様まで!!」
ミリアの叫びを遮ったのはミリアの母親であるマリア、先ほど別の場所へダリウスを連行した兄パトリック、そして公爵兼父親であるブラームスがいた。
「よかったなリアムくん。僕も──
『頭足らずで公爵家に楯突いた馬鹿な間抜けたちに攫われて、城に来ることもままならず、今まで発明した商品や新しいアイデアを聞き出すため、または大昔に人知れず封じられたとある禁じられし魔物の封印を解くために、魔力を搾り取られる永遠とも思えるような辛い拷問を受けて、今も苦しんでいるかもしれない』
・・・って心配していたんだ。ダリウスの馬鹿から聞いたが、大変だったようだね」
今度はパトリックの口から同様のフレーズとともに僕の誤解が解けたことが告げられる。
「チッ・・・なんだ
『頭たらずで公爵家に楯突いた馬鹿な間抜けたちに攫われて、城に来ることもままならず、今まで発明した商品や新しいアイデアを聞き出すため、または大昔に人知れず封じられたとある禁じられし魔物の封印を解くために、魔力を搾り取られる永遠とも思えるような辛い拷問を受けて、今も苦しんでいるかもしれない』
・・・わけじゃなかったのか。折角お前のことを嫌いになるようミリアにあれこれ吹き込んだというのに」
そして当然のようにブラームスもそれに続いた。隠しきれない陰謀を滲ませながら。
「・・・あなた?」
「あっ・・・」
時、既に遅し。墓穴はもう出来上がっている。地獄に骨を埋めて1時間ほどお眠りください、アーメン。
「あなたが変なことを言うからみんな余計心配しちゃったのよ? いくらミリアが食事の時にもリアム君の話ばっかりして自分に構ってくれないからって・・・一番反省するのはあなたです! そこに直りなさい!」
この言葉遊びのようなフレーズを流行らせた張本人はどうやらブラームスだったようだ。
「マリア!?」
「お母様!?」
するとマリアの変わりように反応したのは二人・・・そこに直れと言われたブラームスと、最近僕のことばっかり話していることを暴露されたミリアだ。
それからブラームスは一転、借りてきた猫のように先ほどまで纏っていた忌々しいというオーラを散らし、延々と続きそうなマリアの説教にただただ圧倒されていた。
「さてリアムくんはこっちに。誤解は解けたし事情も聞いた。あんな人の所為で巻き添えを食らうのも酷だ。それにダンジョン帰りで疲れているだろう・・・どうかな? あれが終わるまで別室でお茶でも」
「・・・メシアだ」
夫が妻にこってり絞られ始めた頃、急な展開で居心地悪く座っていた僕に、メシア・・・いや、救世神パトリックから手が差し伸べられる。
「あっ! 待って二人とも!・・・ 私も行く!」
マリアに自分の秘密を暴露されブツブツと何やら呟いていたミリアもこれからお茶を楽しもうとしていたこちらに気づき、連れ立って一緒に部屋を出る。
「おのれ・・・!」
息子、そして最愛の娘もが自分を見捨ててリアムをとった。そそくさと場を後にしようとするその光景が視界の端に写ったブラームスは親の仇とでも言わんばかりに説教の最中にも関わらずそれを阻止しようと立ち上がる。
「あなた!!」
「・・・はい」
仇討ちは失敗に終わった。その僅かな抗議も虚しくブラームスは、自分の前に聳え立つ鬼と化した妻に咎められ呆気なく粛々と罰を受け続けるのであった。
しかしまぁ、ブラームスへのマリアの説教が終わるまで待っている間のお茶会の席では、僕の正当性を説き、ミリアとの仲介を請け負ってくれたパトリック。本当に彼はこの私利私欲渦巻く城に現れた救世神である。
そして、マリアにこってり絞られ出てきたブラームスは満身創痍の心持ちで今回の騒動で僕に害が及ばないよう計らうと約束してくれた。僕にとっては一件落着、ミリアには少し納得のいかない終幕となったが、それはまた新しいお菓子でも作って埋め合わせすることとしよう。
・・・第2幕、終わり。




