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アナザーワールド 〜My growth start beating again in the world of second life〜  作者: Blackliszt
第2部 ~スクールと仲間~

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106 こおりかみなり火事ミリア

「おはようございます。リアム様」


「おはようティナ」


 翌日。東から斜めに入る木漏れ日の光に当てられて、マイナスイオン溢れる森で気持ちの良い朝を迎える。


「ごめんね、起きるの遅くて」


「いえ。イデア様が話し相手になってくれていたので、楽しかったです」


「エ゛ッ・・・」


 寝起きなのに、随分野太い声を出してしまった。就寝中も勝手に動いていたという自分のオリジナルスキルに一変、一気に頭が痛くなる。寝ているときに勝手に動くスキルとか・・・タチの悪い夢遊病にかかった気分だ。


「それじゃあ日も出てきたことだし、街に帰ろうか」


「はい。リアム様!」


 その時のティナの表情は、あまりにも清々しいものだった。・・・まぶしい。きっと悩みを共有し、ぐっすり眠れたのが良かったのだろう。


 ・

 ・

 ・


「それじゃあこれ、超過分の銅貨1枚です」


「ありがとうございます・・・確かに、お受け取りいたしました」


 マザーポイントであるテールの街に戻り、スレーブ商のマクレランドにティナレンタルの超過代金を払う。


「ごめんなさい・・・ご主人様」


 それを見て、後ろに控えていたティナから謝罪が入る。


「いいっていいって」


 しかしどうしてかティナは再び僕のことをご主人様と呼ぶ。奴隷紋の制約は昨夜、既により限定したものに改定した。今のティナはご主人様ではなく、森にいた時のように名前で僕を呼べるはずだが ──


「申告なく3日の延滞が起こりますと組合に報告となりますので、お気をつけください」


「はい。今回は一日分の代金におまけしていただいてありがとうございました」


「いえいえ。元々はウチのティナが原因で帰還が遅れてしまわれたようですし・・・」


 受け取った銅貨を引き出しにしまい、僕の後ろに控えているティナを一目見やるマクレランド。


「やはりこの子をあなたに紹介して正解だった。ありがとうございます」


 そして逆に、お礼を言われてしまった。


「ん? つかぬ事をお伺いしますが、マクレランドさんは今『やはり』とおっしゃいましたよね? ・・・どうして見ず知らずの僕にティナを任せたんですか?」


 が、ここで一つ疑問が残る。確かに僕はスレーブレンタルの目的を話す際、それとなくある程度の力を持っていることは告げた。しかしマクレランドに伝えたのはそれ以上でもそれ以下でもなく、そこまで信頼してもらえるに至る事は全く話していない。

 例えば、最初の身を守ってくれる護衛が欲しいと言う要望だけから、僕がどこかの成金性悪坊主という線も否めないし、唯一信頼してもらえる要素があったとしてもウォルターに紹介してもらったぐらいだ。ウォルターには悪いが、それだけで大変な業を背負ったティナをまだ小さな僕に任せるなど明らかにミスだ。一体どうしてマクレランドは僕にティナを紹介し託したのか、考えられる可能性はある程度の僕の情報をあらかじめ持っていたか、それとも商人の勘というヤツなのか。


「それはリアム様は商人の中でも有名。若くしながらスクールでは優秀な成績を修め、商売の世界ではアイスクリームやかの魔法箱を生み出し、更には他領から売れない商品を持ってきた商人にも恩情をかけられた慈悲深きお方だと」


 突然マクレランドから浴びせられた賞賛の嵐。そんなに褒められると照れてしまうが、どうやら理由は前者のようだった。


『この前の教会然り、マクレランドさん然り、こんなにも噂が広がってるなんて・・・。ん? でも他領から売れない商品ってのは・・・そうか! アオイさんか!』


 内心、ちょっと照れながらもマクレランドの情報をまとめてみる。しかしこれは ──


「マクレランドさん。あの、初めの方はまあ・・・否定はできないんですが、最後の恩情をかけたってのは違います。単純に僕が好きで商品を買わせていただいただけで、決して慈悲なんかではないので、そこのところ誤解のないよう修正していただき、できれば他の方にもそれとなく訂正を・・・」


「そうでしたか、それは失礼しました。出来るだけ、お力になれるよう努力いたします」


 それとなく、僕がアオイの店に慈悲をかけたという点を修正しておく。マクレランドが正直な人で良かった。少なくともそう思えるくらいに、この人は信用しても良いと思う。


 しかし噂がそこまで広がっていて、僕にこれといった実害がない。やはりパーティーで公爵家との繋がりを大々的にアピールしたのがよかったのか・・・


『ん?・・・公爵家?』


 ここで一つ、何か大切なことを忘れているような・・・そんな頭の隅で引っかかる何かを感じた。そして──


「あっ! そういえば昨日の夜はミリアのところに行く約束だった!」


 少し考えてみれば、それは簡単に思い出せた。昨日はミリアのところにレッスンに行く日。無断ですっぽかした上に相手はミリアだ。直ぐに弁明しに行った方がいいだろう。しかし──


「・・・そういえば、ティナへの特別報酬があります・・・これなんですが」


 そうだ! と大事なことを思い出した僕ではあったが、もう一つ、僕にはここでやっておかなければならないことがあった。

 ゴソゴソと亜空間に手を突っ込み、ティナへの追加報酬を次々に引っ張り出す。


「こ、これは・・・」


 それを見て、目を点にするマクレランド。特別報酬とは、こうした商業において奴隷を働かせている場合、雇用主や借用者から出される臨時報酬だ。この場合、ティナの所有者兼雇用主であるマクレランドに対し、借用者である僕から特別報酬を奴隷であるティナに3、雇用主であるマクレランドには7の割合で出すことができる。


「ご主人様!・・・これは!!」


 すると、それを見ていたティナからも驚きの声が上がるが ──


「これはティナのお手柄で手に入れた戦利品です。是非お納めください」


 大量に積み上げられた戦利品の数々。それはティナを救出していた際、ゴブリン達の貯蔵庫にあった武器やモンスターの素材。危険に晒したのは僕、そしてこれらを見つけられたのはティナのおかげと言っても過言ではない。・・・いや、そうとしか言えない。


「どれもこれも素晴らしいものばかり・・・ムッ! これは魔石が埋め込まれた剣ですな・・・それにこちらは・・・ゴブリンの秘薬!?」


 それらは全てあらかじめ鑑定し、仕分けしておいたものだ。ゴミのようなものを渡しても失礼にあたるため、クズの方はあらかじめ捨てておいた。

 因みにゴブリンの秘薬とはゴブリンメイジのいる集落で極たまにみつかる秘薬、これを飲むと飲んだものはスキル《テイム》を獲得できるという代物で、一つ 金貨1枚/100万円 はくだらないものだ。沢山のゴブリン達がいたために確認はできなかったが、おそらく凍らせたゴブリンたちの中に、ゴブリンメイジがいたのだろう。


「いけませんこんな高価なもの! 他のものならまだしも、リアム様はこの薬の価値をわかっておいでですか!?」


 ゴブリンの秘薬はプレゼントスキルと呼ばれる滅多に見つからないダンジョン産のお宝だ。しかし僕は既に《テイム》のスキルは所有しているし、一番の理由は以下同文、それに今の所換金する以外に使い道も見当たらない。他の戦利品においても、別で大銀貨3枚はくだらないお金にできるだろうし・・・。


「マクレランドさん。これは僕からティナへの気持ちでもあります。是非お受け取りください」


 僕は何とかこれらを受け取ってもらおうとマクレランドに交渉する。それこそ昨晩、僕はティナが一日でも早く自由の身になり、自分のために生きる選択肢を与えると決意したばかりだ。しかし──


「・・・リアム様。失礼ですが、特別報酬における条約の内容をご存知ですか? ・・・特別報酬には限度額がございまして」


 一変、マクレランドは申し訳なさそうに再度拒否し、その理由を告げる。


「そんなものがあるんですか?」


 特別報酬の条約があるということまでは知っていた。しかしそこに限度額の記載があるとは知らなかった僕は、マクレランドにその詳細を尋ねる。


「はい。第3者による奴隷への特別報酬適応条項には


 1.奴隷が報酬に見合う手柄を上げた場合

 2 .一度の報酬における上限額は大銀貨1枚まで


 というものがあります。お気持ちは大変嬉しいのですが・・・」


「・・・そうですか」


 それはまさかの落とし穴だった。確かに、よく考えてみれば表向きは奴隷の所有者が決して損をしない制度であるが、裏を返せば多額の報酬は所有者の意図しない奴隷の解放を意味し、初期の奴隷活用計画を狂わせるものとなってしまうだろう。


「それは困ったな・・・」


 手詰まり、しかしとにかく考える。別の報酬ならまだしも、今回のこれはティナが得なければならないものだ。しかし立ち塞がるは国で定められた厳然とした法律。・・・どうしたものか。


「リアム様。一つだけ、方法がないこともありません」


「えっ?」


 すると、マクレランドから思わぬ情報がもたらされる。しかしその方法とは──


「こんなにティナのことを思っていただき、私は今、感動に打ち震えております。リアム様には、全面的に私を信用していただく必要がありますが、このマクレランド、是非お力になりたく存じます」


 拳を堅く握り、勢い良く涙をダーッと流すマクレランド。まさか彼がこんなに熱い人間だったなんて。


「わかりました。マクレランドさんを信用します。ただ、その方法を教えていただけますか? 後学のためにも、是非お願いします」


 方法はわからないが、ティナに然るべき報酬が入る。どうせ渡せないのなら、こちらに賭ける他ないだろう。


「もちろんでございます。その方法とは、奴隷所有者における奴隷への報酬制度を参考にしたもので、その制度の中には──


『所有者における奴隷への特別報酬は役所への申請が必要であるが、その限度額に制限はなく、これを当時の該当奴隷購入額に相当する金を納めたものは、その奴隷を解放、即ち手放さなければならない』


 ・・・というものがあります。これを応用すれば、私を経由することにはなりますが、ティナへの報酬を限度額なく渡すことができます」


 一転、熱い男から真剣仕事モードに戻ったマクレランドは、その内容を僕に教えてくれる。なるほど確かに、僕がマクレランドを全面的に信用する必要があり危険な賭けだが、そもそもティナのレンタル料を一日銅貨一枚にして利益どころか損失を出すレベルでティナを僕に任せた人だ。


「ティナの購入金額は金貨1枚、全てを私に預けていただければティナは奴隷からすぐにでも解放、銀貨にして3〜4枚を持った状態での再起となりましょう。しかしリアム様には今回、ゴブリンの秘薬を除いた報酬のみをお預けいただきたいのです」


 すると、またもや報酬内容の修正を促すマクレランド。しかし彼がこれらのことから何を言いたいのかは、流石にその筋に疎い僕でも分かった。


「・・・親もなく、帰る場所もないティナが一般社会に戻ればまた同じ轍を踏むだけだと?」


「はい。それにここまで大きな金額の報酬を一度に出すとなると、周りから不審がられます」


 念のため確認をしたが、つまりはそういうことだ。しかし不審がられるとは・・・。


「仮に、ゴブリンの秘薬を含めた報酬を頂き換金したとしても、この子を手放せる金額にはなりません。ティナの購入額は金貨1枚、この方法は大抵、所有する奴隷を訳あって手放したい時、あるいは奴隷に同情と愛情を持ったものが耐えきれずに解放するレアケースでしか使われません。良い働きをし、一定額の報酬を支払うというケースはしばしばありますが、それでも良くて大銀貨1枚ほど、第3者から得られる特別報酬とそう大差ありません。ゴブリンの秘薬を含めずとも、リアム様に頂いた報酬は十二分であり、所有者からの特別報酬もそうしょっ中あるものでもないのです・・・ですから」


 それから、更にマクレランドは同情によって奴隷に過剰な施しを与える者が、業界ではどう呼ばれているのかを教えてくれた。そういう商人のことを、奴隷商の世界では皮肉を込めて『偽善の聖職者』と言うらしい。

 一見、聖職者というのは世間では神に仕え慈悲深い心を持ち合わせた潔きもの、その善行も偽善ではなく、真に御心のままに動くものであろうが、それが私利私欲による偽善ともなれば、全ての善行は周りを騙して信仰を集めるペテンとなる。

 商人は商いをして稼ぐ者、一方聖職者の収入といえば信仰者からのお布施である。その聖職者の収入システムを商人のそれと同義とした時、偽善で動く商人に実力で稼ぐ脳はなく、ペテン師に等しいものとして見下されるのだ。


「わかりました・・・ではこの秘薬は僕の方で保管させていただきます」


「ご理解のほど、感謝いたしますリアム様」


 一度出したものを懐にしまうのは癪だが、今回は如何しようも無い。仮に今の僕が解放されたティナの請負人となっても、責任もお金も足りない。であればその準備ができるまで、あるいはティナが自分の身に責任が持てる歳まで待ち、こちらで貯蓄していた報酬をその時彼女に還元することが彼女のためになる。


「こちらがリアム様から私への譲渡状とその写しになります。それともう一つ、少し心許ないですが私個人で約束状の方を認めさせていただきました。どうぞご確認ください」


 それからさささっと、マクレランドは自らのサインとともに報酬の譲渡状とその写し、そして簡単に譲渡物を必ずティナへ支払う約束状を作成して手渡してくれる。


「そんな心許ないなんて。これだけでも証拠には十分、それに譲渡状の写しにもしっかり僕の控えである旨が書かれています。流石です」


 それにはサッと目を通しただけであるが、内容は十分すぎる物だった。僕は三つにそれぞれサインすると、譲渡状のみをマクレランドに手渡し、後は自分で保管する。


「これでも私は()()ですから」


 すると、僕の褒め言葉に嬉しそうに胸をはるマクレランド。その時の彼の笑顔からは、彼の商人としての人柄の良さと誇りが垣間見えていた。


 ・

 ・

 ・


「なんか騒がしいな・・・」


 マクレランド商会を後にし、僕は中心の転送ポイントに向けいつもよりざわざわと騒がしい街の中を歩いていた。結局、ゴブリンの秘薬は自分のものとなってしまった。あの後「それはご主人様のもんです!!」と力強い誤字言葉とともにティナに押し付けられ、更に僕はそれがティナのものであることを主張しようとしたのが、彼女のウルウルと、黙って真っ直ぐ見つめてくる瞳に負けてしまった。


「ま、いっか」


 少し気になるが、きっとどこかのパーティーが大物を仕留めたとかで盛り上がっているのだろう。それよりも、僕には優先すべきことがある。


「あれ、シーナさん? クロカさんはまた二日酔いですか?」


「ハハハ・・・確かに先輩は今日も『酒飲みすぎて頭イテェ〜』って愚痴っていましたが、ちゃんとさっきまでここで仕事していましたよ」


 無事、転送陣に乗りアース、つまりノーフォークのダンジョン入り口へと戻った僕は、退場ゲートにいるはずのクロカがおらず、代わりに入場ゲート側にいるはずのシーナがいることにクエスチョンマークを浮かべる。

 と言っても、午前中にクロカがいないことはたまにある。理由は前述した通り、大抵が二日酔いだ。


「何かあったんですか?」


 二日酔いでないとすれば一体どうしたというのか。先ほどの騒がしさと言い、僕は気になってシーナにその理由を尋ねる。


「・・・それが、エリアCにライヒョウ / 雷雹 が出たみたいなんです」


 すると、シーナの口から出たのはライヒョウという聞きなれない言葉だった。


「ライヒョウ?」


「ええ。今朝森の中を探索していた冒険者達が、地面が抉れ、木々がなぎ倒された謎の痕跡を発見して数匹のゴブリンが雷のようなものに焼かれ死んでいるのを確認。その後近くを探索するとエリアBとの境界近くにケイブゴブリンの洞窟があって、中には数体のケイブゴブリン達がいたようなんですが・・・」


 当然、僕はその意味を知るべく、帰還の印を押してもらうためにギルドカードを、シーナに渡しながら聞き返したのだが ──


「さらに奥、ゴブリン達の貯蔵庫と見られる大きな空洞にパーティーが到着すると辺り一面分厚い氷、推定30体以上のゴブリン達が中で氷づけにされていたみたいなんです」


 怖いですよね〜、とシーナは眉を潜め苦笑い気味に言いながら、帰還の魔法印をポスンと押したギルドカードを僕に返す。この帰還の印は入場の際に押される潜入の魔法印を打ち消すもので、ダンジョン内にこの印が押されたカードを持っているかどうかで密猟者を炙り出す指標とできる魔道具の一つだ。


「ライヒョウはエリアG、北の山岳地帯に住み滅多に姿を見せない氷と雷を操るSランク級のモンスター何ですが・・・」


 僕がギルドカードを受け取ったのを確認し、世間話的なノリで、話を続けるシーナであったが ──


「あれ? リアムさん?」


 既にその目の前には、数秒前まであったはずの姿影形が何も残っていなかった。


 ・

 ・

 ・


「ダリウスさん!」


「ちょっと待てリアム。今忙しくて酒に付き合ってやれねぇんだ!」


 騒々しくギルド職員や冒険者たちがあちらこちらを行ったり来たりしているギルド支部の受付の前で、ギルド長ダリウスも緊急事態に対応するべく陣頭で指揮をとっていた。 だがそもそも酒の飲めない僕がいつも付き合わさせられていると言うのが正しくその検討は大外れ、そしてどうしてだろうか、その表情は非常に生き生きとしており、とても嬉しそうだ。


「待ってダリウスさん! その忙しいってのはエリアCセーフポイントから北東に3kmくらいの洞窟付近で、木々がなぎ倒された森の中で雷に焼かれ、洞窟の中には氷づけにされたゴブリン達がいたっていう話じゃないですか!!?」


「おうそうだ! 1時間前くれぇに遠話の魔導具でセーフポイント待機のギルド職員から入った確かな情報だ!・・・そんな芸当ができるのはテールではライヒョウぐらい、何もかもが前代未聞!! Sランクモンスターの異常な長距離区間移動に冒険者たちへの立ち入り規制! それにGエリアの探索隊とCエリアの捜索隊、そして大規模討伐隊の編成をしてもちろんこの俺も!・・・ん? なんでお前がそんなことを知ってるんだ?」


 話の途中までは、騒がしく忙しく、そして勇敢に! ・・・前代未聞の初級〜中級者レベルエリアまでやってきたSランクモンスターの対応について熱く語っていたダリウスであったが、自身の握るより詳細な情報を的確に言ってみせる僕に、ふと冷静になったようだ。


「嘘だろ! ・・・折角パッキーからの呼び出しを蹴った上、暴れられると思ってたのに・・・」


 それから、僕に事の真相を聞いたダリウスの落ち込みようときたら、半端じゃなかった。まるで脳震盪を起こしたかのように膝から崩れ落ち、地面に這いつくばるダリウス。だがどうやら彼にとって何より重要なのは、それが誤情報であったというより、次期領主であり街の主要人物を招いた都市構想会議を主催するパトリックから、サボりの常習犯として呼び出しを食らったタイミング、正当な言い訳となるはずだった事案がおじゃんになってしまった事らしい。


「ちょっと来い」


 そしてダリウスから随伴を要求され、今後の対応について話し合うためギルド長室へ・・・と思ったのだが ──


「なあリアム・・・今日から数日、俺とどっか遠いところに逃げねぇか? お前のダンオペならなんとか口封じできそうだし、後はその奴隷商たちにも口止めして数日報告がなかったことにすれば、騒ぎを起こした張本人として祭り上げられなくて済む」


 歩いたのは数メートル、ギルドの端っこまで来てしゃがみ込む彼に釣られ、二人してしゃがみ込み ──


「はぁ・・・」


 唐突なランデブーの提案。確かに張本人として祭り上げられるのは嫌だし、これだけの騒ぎともなると怖い。だけどマッチョのお誘いはちょっと・・・。 


「今回は誤解した奴らが悪いが、それこそ今から俺とGエリアにライヒョウ討伐にでも行こう。事のほとぼりが冷めるまでいい時間つぶしになるし、何よりさっきルキウスの奴が俺を呼びに来た時お前も探していたぞ? ・・・どうやらお前、ミリア嬢との約束すっぽかしたらしいじゃねぇか。今回は俺が緊急極秘にお前に調査依頼したことにして、顔を出す時間もなかったことにすれば多少マシなんじゃねえか?」


 なんと悪くずる賢い大人であろうか。それが事態を更に悪化させるだけだと知っているはずなのに、ジャブで揺れる僕の心にすかさずストレートを決め込んでくる。悪魔の誘惑、こういう人間が権力を持つと本当にロクでもない。しかし──


「・・・わかりました。それじゃあ後処理はお願いしますよ」


 不本意さは・・・大分残るが、僕はダリウスの提案を飲むことにした。決め手はミリア。昨日の今日で学長先生に僕を探させているということは、相当お冠に違いない。


「よし・・・それじゃあルキウスに見つからないうちにさっさと・・・」


 話も決まりテテテッと、出口の方へと怪しげな足取りで向かう僕たち。しかし──


「呼ばれて笑顔でジャジャジャーン♪」


「「で、出たーッ!!」」


 突如、背後から襲来する恐怖の旋律。僕たちは一瞬振り向き、その声が誰の物なのかをパッと確認すると──


「リアム! 集合場所はE.GのSだ!無事逃げろよ!!」


「わかりました! 無事に健闘を!」


 急速に高まった心拍音を感じるとともに、打ち合わせを済ませつつ乱雑する人混みの中を駆け抜けていく。一体いつからそこに居たというのか。

 この時の僕はあまりの驚きで心臓が飛び出し、不整脈を起こしてしまいそうなレベルで焦り困惑していた。おかげで健闘しなければならない事態であるにも関わらず、無事にとかわけのわからないことを言ってしまった。

 しかしダリウスにとってもそれは同様だったようだ。彼が伝えたかった集合場所とはおそらくエリアGのセーフポイントのことだろう。しかしエリアのスペルはArea、EではなくAだ。


「おっと逃がさないよ」


 一方ルキウスは冷静だった。実はほぼ会話を初めの方から聞いていた彼は、リアム達の目的は十分に理解していたし、逃げてもこの建物の一般出入り口は正面にある大きめの両開き扉だけ。ならば実行すべきことは既に限定されていた。


「這え! ロープたちよ!」


 ルキウスの袖から現れた2本のロープ。それらはルキウスの合図で生き物のようにウネウネとうねり始めると、蛇のように床を這いながら人々の足元を見事にすり抜けていく。そして──


「うわッ・・・ヴッ!」


 数秒で追いついた一つ目のロープが僕の片足に絡みつき、僕はバランスを崩され綺麗に顔面から転ぶ。


「へ?・・・どわップ・・・デッ・・ブヘッ・・・ゴエッ」


「「「きゃーッ!」」」


 そしてもう一つのロープも見事にダリウスを捕らえた。ダリウスはゴールまで残りあと5メートル、更に都合よく人の出入りが途切れたので後は全力でレーンを走り抜けるだけだったが、時既に遅し、もう足元まで迫っていたロープはダリウスの足ではなく上半身に巻きつき、勢いを増そうとしていたダリウスはこれで前かがみに手を出すことも叶わず3回転、最後はコースを外れて盛大に壁に激突し、その時周りからはいくつかの悲鳴が上がった。


「くそ! これはリアムのため、延いては冒険者全員の安全を確保するためなんだ! 見逃してくれルキウス!」


 床に並んで拘束され、隣でダリウスが必死にルキウスに訴える。・・・なんかかなり調子の良いことを言っている気もするが ──


「そうなんです学長先生! 僕はギルド長であるダリウスさんに誘われてただライヒョウ討伐に行こうとしていただけで!」


 対抗手段がない今、ここは思いっきり便乗する。

 

「あっ・・・てめッそういう言い方するなよ! それじゃあ全責任が俺にのしかかるじゃねぇか!?」


「ダリウスさんこそ! 僕の名前出す必要ないじゃないですか! 普通にみんなのためでいいでしょうが!」


「あっそっか・・・」


 しかしルキウスは特にこれといった反応も見せず、その表情は終始ニッコリと張り付いたような笑顔である。


「・・・・・・」


 そして口を開くこともなく後ろをさっと振り返るルキウス。そこには騒ぎで作業を一時中断し、先ほどから静かにこちらを伺っていたギルド職員たちがいたのだが ──


「「「ザワザワザワ」」」


 彼らは冷静に、各々がいますべきことを察して業務に戻る。先ほどまで陣頭で指揮していたダリウス・・・。いつもは許すはずもないそんな彼の討伐遠征を認めていたルキウスが捕縛した。つまりはそういうことだ。


「言いたいことはそれだけかな?」


「「ひぃッ!」」


 そして、それを確認したルキウスは僕たちに視線を戻すと、普段と変わらないトーンで口を開く。本当、ダリウスの提案に乗ってしまったがために、とんだ公開処刑だ。だが ──


「まあ、僕から君たちに言うことは何もないよ。安心するといい」


 なんと、ここまで来て特に言うことはないと告げるルキウス。もしかして先ほどの言い分を聞き、考え直してくれたとでも言うのか。


「「そ、それじゃあ・・・!」」


「二人の処遇はお二方にお任せします。どうぞ煮るなり焼くなりお好きに・・・我が主」


 が、万が一にもタダで解放されると言うことはなかった。希望を見出し顔を輝かせた僕たちの期待を裏切り、ルキウスは胸に手を当てて跪くと、敬語で僕たちの僅か後ろの方に向けて話しかける。


「とりあえず俺はこの筋肉馬鹿だるまの刑を執行することにしよう。そうだな・・・このままロープに火をつけて火あぶりにするのも悪くない」


「あばばば・・・」


 背後から感じる圧倒的存在感。そしてものすごく聞き覚えのある声が、ダリウスの刑執行内容を告げる。それを聞いた瞬間、あまりのショックにダリウスは泡を吹いて倒れてしまった。


「ではお兄様、この可憐で美しく直向きに想いを寄せていた乙女との約束も守れない・・・そんな哀れな子羊の罰は私にお任せ下さい」


 そしてもう一つ、僕が今一番聞きたくない声が背後から聞こえてくる。詳しい罰の内容を告げられなかっただけに、ダリウスほどのショックは受けなかったものの、儚げな口調で己の権利を謳う彼女の言葉に血の気が引き、体が震え始めるに十分な恐怖を僕は感じていた。想いを寄せていたのは僕に、ではないだろうに。


「よかろう・・・ではルキウス、二人を城へと運ぶ。着いて来い」


「仰せのままに」


 どうやら僕の最後の審判は後に引き延ばされたようだ。流石にここでこれ以上の醜態を晒すことはない。


「リアムくんは自分で立って歩けるだろう? ・・・じゃないとこうして運ばなければならない」


 目の前のルキウスが立ち上がり、上体グルグル巻きの僕を補助して立ち上がらせる。因みに横では、さもなければこうなると言わんばかりに、失神していたダリウスを拘束するロープの端を握ってズザザッと床を引きずっていく。


「はい・・・」


 僕は力無い返事でそう答えると、あとはただただ黙って外に停めてある馬車へと向かい、終始項垂れて神への懺悔をひたすら心の中で唱えていた。


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