103 噛み合わない連携
「まあ食べてみてよ。まずくはないと思うから・・・」
「はい・・・こ、これは甘い砂糖ですか!?」
話は戻って森の中、僕に勧められ一口それを口にしたティナが驚きの声をあげる。余程動揺したのだろうか、甘いと砂糖が微妙に意味被ってるし。
「確かに砂糖も使ってるけど・・・ングング・・・ ジャムだしそれなりには」
そしてティナの疑問に答える片手間、僕も持参したサンドイッチを口に含む。今回作ったジャムはブルーベリーとラズベリーをミックスしたミックスベリージャムで、口いっぱいに広がる甘酸っぱいジャムと柔らかいパンの相性が最高だ。
「そ、そんな!・・・リアム様。これは食べられませぬ」
「どうして? もしかして砂糖にアレルギーがあったり!?」
突然ジャム入りのサンドイッチを拒否するティナ。僕はそんな彼女に狼狽えながら、その理由を聞く。
「アレルギー? はわかりませんが、私は奴隷です」
だがその理由は単純だった。どうやら彼女は自分が奴隷だから高価な砂糖を使ったサンドイッチを拒否したらしい。
「なんだそんなことか・・・。なら気にしなくて良いよ。それは僕が好きで持ってきて好きで渡したんだから・・・」
僕は直ぐにその溝の修正にかかる。なぜって理由は今述べた通りだ。しかし──
「ごめんなさい」
それでも、頑なにそれを僕に返すティナ。
「・・・そう。わかった」
僕はティナからそれを受け取ると、捨てるのも勿体無く、とりあえず亜空間に戻す。奴隷だからと無理強いは良くないし、そもそも奴隷だからこそそれを拒んだのだ。だが──
『一体何が彼女をその立場に縛り付けているのか』
ふと、僕はサンドイッチを亜空間にしまい、視線をティナに戻してそんなことを思ってしまう。普通、人間は利己的な生き物だ。社会の中でいかに快適に過ごし欲を満たすか、それを中心に行動し、そのためならばこそより合理的になれるとも言える。
しかしティナは、今回は不合理といってもよい奴隷という立場だからこそ控えねばならぬというルールを優先し、自分を律した。もちろん単純に甘いものが嫌いというケースもあるが、その割には直ぐにそれを飲み込んでいたし、僕はわざわぜ彼女がそれに徹した理由がわからずにいた。普段から欲を満たす行動の制限がされている環境にいるのなら、それは尚更だ。
『でもこれ以上今は考えるのはよそう・・・』
一転、僕は気持ちを切り替える。今は試作だが、折角コロネが焼いてくれたパンを食べているのだから。食事は美味しくが僕のモットーだ。
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「ケイブゴブリンが7体か・・・」
午後、僕は連携の経験を得るためにティナと一緒にモンスターに挑む。
「よ・・・っと」
「ギャッ!グ・・ギャギャ・・・」
先行したティナが持ち前の素早さで敵を翻弄し、武器を振って隙ができたやつから僕が仕留めていく。洞窟に住み目が良いと言われているケイブゴブリン達の攻撃を、ティナは持ち前の素早さと反射で見事に次々と避けていた。
「2体目っと」
「ギャ・・・ギャ」
労力的にもティナの負担が大きくリスクもあるが、今考えつく連携はこのくらいだ。何せティナはまだ僕同様幼いため、獣人で素早さがあっても武器がナックル、力不足のため決定打に欠ける。殺傷性の高い武器を装備する僕が仕留めたほうがより確実なのだ。しかし──
「別れたか・・・」
僕が2匹目を仕留めた途端、残りのゴブリン達が3:2と二つのグループに別れた。
「そっちの2匹、お願いできる?」
「はい」
ゴブリンは狡猾だ。戦闘が始まって直ぐに2匹の仲間がやられたと見るや否や、僕たちの注意を分散・分断するために行動をとった。
「結局各個撃破ですか」
「仕方ないだろ? 今は二人とも接近スタイルなんだから」
軽口を叩くイデアに僕は少しムッとしながら答える。魔法を使えばティナを引かせそのまま一気に殲滅することも可能だが、今は練習、そもそもここでそれをしているようでは、最初から魔法で殲滅することと変わらない・・・といっても──
「中秋」
僕はその言葉とともに刀を構え直す。そして──
「無月」
構えを下段に移行し一瞬だけ魔力を刀に通すと、そのまま払い気味に敵を武器ごと切る。しかし──
「やっぱダメだな〜」
ゴブリンは武器ごと真っ二つに切り捨てた。だがやはり刀は僕の魔力に耐えられず、直ぐにヒビが入りところどころ欠けていた。
「だけどこれで2対1、流石に3体はまだ捌き切れないし」
僕はそのまま流れるように腕を伸ばし空間の穴に手を突っ込むと、新しい刀を取り出す。
「「ギャーギャーギャーッ!」」
すると束の間、更に仲間を倒された残りのゴブリン達が騒がしく、僕に襲いかかってくる。
「待宵」
だが僕は慌てず、刀を鞘から抜くと無構えそれを待ち──
「雨月 ── 十六夜」
先に振り上げた棍棒で殴りかかってきたゴブリンの攻撃を刀身でスッと受け流し切る。
「反転」
「グギャギャ!?」
そして態ともう一体のゴブリンに背中を見せた後前進しながら反転しそれを避け──
「月食」
切りつける。
僕の刀術の基本は敵を待ったり誘って隙を作り返す翻弄型だ。もちろん、積極的に切りつける型も少しは練習したがリゲス曰く──
「リアムちゃんは魔力さえ刀に纏っちゃえば直ぐにダメになるけど圧倒的な斬れ味を出せるしストックもあるから、よっぽどじゃなければそんな攻撃的な技は使わなくていいんじゃない?」
だ。僕も初めは──
「でもロガリエの時みたいに人質を取られて何もできないのは嫌なんです!」
と当初の目的に沿ってリゲスに相談したのだが・・・
「それこそ稀なケースじゃない。知能の低いモンスターは普通人質なんて取らないし、仮にちょっと賢いモンスターにそれをされたとしたら迂闊に動くのはマズイでしょ?・・・だったら敵に隙を作る方法を覚えて同時にそれに敏感になる。魔法もあるんだから、よっぽどそっちの方が応用力高いわよ」
のようにあっけなく論破されてしまった。今回は流石に手に余ると1体を早々に無属性魔力を纏った刀 ”無月”で切り捨てたが、他はきっちり片付けられた。それに現在魔力感覚をより鋭敏にする練習も魔力探知の習得を兼ねて行なっている。これを見越せば魔法の応用力は格段に上がるはずで、接近戦でも刀を壊すことなく属性魔力を纏った緋月や青月といったより刀身崩壊までの時間が短く、お蔵入りとなっている術案も使えるようになるはずだ。
「よし終わった!・・・っとティナ!大丈夫?」
僕は3体目のゴブリンを屠り一先ず安心すると、直ぐにティナが向かった方へと視線をやる。が ──
「ティナ?」
そこに、ティナの姿はなかった。
「ティ、ティナ・・・ッ!」
僕の頭の中はすぐに焦りと不安でいっぱいになる。
「ティナーッ!」
大声で彼女の名を叫ぶが返事はない。
「どうしてティナがいないんだ!・・・それにゴブリンも!!」
そして何より不可解だったのが、ティナの遺留品もゴブリンの死体もなかったことだ。仮にティナが倒されてしまいゴブリン達が逃走したとするならばリヴァイブの門に肉体が飛ばされ装備だけが残り、ゴブリンをティナが倒し逃走を図ったというならば、ゴブリン達の遺体はここに残っているはずだ。
「返事がなかったから近辺でまだ戦ってることは多分ない・・・ということは」
「告。個体名ティナはゴブリン達に拘束され拉致されていました」
「なんだって!?」
ティナの逃走という可能性を切り、戦闘中の可能性を探っていた僕に、イデアから驚きの報告がされる。
「どうしてもっと早く教えてくれなかったんだ!!」
「解。個体名ティナはゴブリンに拘束された際、マスターに助けを求めようとしていました」
「だったらなんで・・・ッ」
「しかし彼女が口を開けようとした瞬間、黒と紫の魔力が彼女の口を塞ぎました。それが・・・」
それからイデアは一呼吸の間を置く。そして──
「それは禁忌事項に抵触しようとしたために発動した予防措置であると思われます。彼女はおそらくマスターの名を呼ぼうとして制約にかけられたのではないかと推察します」
彼女の言葉が、信じられない事実を紡ぎ出す。
「・・・どういうことだ」
僕はその言葉に混乱する。いや、既にあった混乱が更に2度も3度も深まったと言う方が正しいか。
「マスター。マスターは奴隷紋で制約を課した時、個体名ティナにどのような構文でそれを課しましたか?」
すると、それを見兼ねたイデアが僕に問いかける。
「どうってそれは僕の情報を誰にも口外しないようにって・・・」
僕はイデアに指摘され、自身がティナに課した制約を思い出す。と言っても、僕が課した制約はただ一つ、ティナが僕の情報を誰にも口外しないという一点だ。一見ただ情報制限したいがために、奴隷紋を利用し口止めを強制しただけなのだが ──
「ま、まさか・・・」
今、僕の頭の中にイデアの指摘も相まり、不快な一つの可能性が生じた。
「はい、そのまさかです」
彼女も僕の頭の中を読んだのであろう。イデアは僕の呟きを肯定してみせる。
「僕の名前も一つの情報だ・・・それに──」
感情が後悔の念に苛まれる。どうしてもっとあらゆる可能性を考えなかったのか、そして気遣いが足りなかったのかと。しかし──
「・・・いや、だからこそそんなことを考えてる暇があるなら一早くティナを救出しなきゃ!」
一瞬、侵食するその感情に思考停止しかけてしまったが、それ故に挽回するチャンスを逃せば、一生引きずり続けなければならないという恐怖が芽生え、僕に冷静さを与えた。
「イデア! ティナはどっちに連れ去られた!?」
そして早口に、それを観ていたはずのイデアに問いただす。今一番怖いのはゴブリンに拉致されたティナが陵辱を受けること。ゴブリンは初級モンスターだが、その生態は人間を襲い物資を調達、または道徳的に良くない行為を行うため、他種族のメスを攫うことが知られている。だがここダンジョン内には生き返りのシステムがある。最悪自害、それ故アース、つまり僕たちの世界側とオブジェクトダンジョン内のガイアでは振れる危険度の幅が大きいモンスターの一種だ。
「イデア!早く!!」
しかし、どうしてかイデアは返事をしなかった。僕は焦りながら彼女に再び問いかける。今のティナがそれをできるとも思わないし、そもそもさせてはいけない。
「どうしてイデア!・・・お願いだから教えてくれ」
又してもイデアが返事をしない。僕は途中切り替えて、すがるように彼女にお願いしてみたが、それでも返事はなかった。
「お願いだから・・・」
だんだんと、焦りと不安が僕を支配する。しかしここで諦めて次の行動に移るわけにはいかない。もしそれをすればティナを見つけられる可能性は限りなく不可能になる。
「お願・・・」
「ピッ── 個体名ティナの魔力を捕捉しました。追跡しますか?」
「・・・は?」
だが一転、もう一度お願いしようとした僕の言葉を遮り、イデアから頭の追いつかない内容が告げられる。
「ど、どうやって・・・!」
「お忘れですか? 私は個体名ティナと会話を成立させるため、魔力リンクを作成していました。推測:洞窟 でしょうか、少々探りにくいところに連れ込まれたらしく、探知が遅れました。また、個体名ティナの救出を最優先に、空気を読んで優先事項を達成させました」
「ま・・・マジか」
「エッヘン」
どうやらイデアが僕の問いに返事をしなかったのはそういうことらしい。それにしても魔力リンクを作ることで特定の人物を探知できるとはすごい。
「北東距離約300m、洞窟と推測される空洞に連れ込まれたと思われます。限定された方向からの魔力リンクしか繋がりませんでしたので」
「よし、だったら魔力探知してその間に人がいないかスキャンできる? 急ぎで」
「了解・・・報告、モンスターと思われる魔力は二つほど感知できましたが、人と思われる魔力は感知できません」
「ありがとう、それじゃあ・・・」
次に、僕はイデアに魔力感知をお願いする。実はイデアは、魔力感知をすることができる。これだけ色んなことができるのだ、それくらいできても不思議ではなかったが・・・そして魔法として、僕が使えるように陣化することもできるらしいのだが、そこは自分の成長のために辞退した。
「ごめんね・・・」
しかし今は緊急事態。これは道を作るためと、牽制 ──
「velocity anomaly ──暴風圧」
それは回転を伴った暴風の砲弾。直径3メートルほどの風の塊が、轟音とともに次々と木々を飛ばし倒しながら、道を作っていく。
「っと、250mだとこのくらいか」
そして僅か5秒も経たぬうちに、僕はその風の放出を抑え──
「行こうか」
瞬刻、森に出来上がった一直線の道を駆ける。




