100 獣人の女の子
『浮気者』
「なんでだよ・・・」
『私という者が既にありながら』
「確かに僕はイデアにマスターって呼ばれてるけど、それはあくまでイデアがスキルという形で存在するために生じた立ち位置を指すものだろう? 形だけだから、イデアが呼びたければいつでも名前で呼んでくれていいし、奴隷みたいに都合よく全てを強制する気は無いよ」
『冗談のつもりで言ったのですが、まさかの展開です。もちろん私はあなたのスキル、その命に逆らうことは限りなくあり得ないことですが・・・これが恥じらいという感情ですか?』
「それは照れっていうんだよ。恥じらいはやめて・・・こんなに主人にグイグイボケをかますスキルもいないと思うんだけど?」
『それは立ち位置の問題です。私はマスターのスキルで実在位置はゼロより下、しかし限りなくゼロに近いんです。さらに思考軸においてはその限りではありませんので、私は私の感情においてマスターに発言します』
「・・・そうだね」
僕は会話の末、一人考え込む。ここまでくると、本当にイデアが感情を持っていることは否定できない。
「おいリアム、お前何さっきから独り言言ってるんだ? 大丈夫か?」
すると、僕の隣から僕を心配する声が聞こえてくる。
「ああごめん。また口に出しちゃってた・・・ほら、この前話したイデアと話してたんだよ。彼女頭の中に直接話しかけることができるから」
「なるほどな・・・急に一人喋り始めたからびっくりしたぜ」
『マスターは不器用なのです。こんにちはウォルター。私はイデア』
「うおッ!?ビックリした〜・・・なんか声が頭の中に聞こえてきたぞ?」
「嘘だろ・・・。まさか他人の魔力にも干渉して会話できるの?」
『マスターの残量魔力より、魔法防御の低いものであれば簡単にリンクが可能です。リスク回避のためリンク作成にあたりスキャニングとフィルタリングによる対象の厳選が必要ですが、ウォルターはこの審査を通過したことをお知らせします。パンパカパーン』
雑な自前の声で祝う。そこは魔力干渉し声をモデリングしているのだから、本物に近い楽器の音を鳴らせなかったものなのか。
「なんかすげー難しいこと言ってて殆ど理解できねぇーが、なぜか親近感湧くユーモア溢れる奴だな・・・」
「・・・でしょ」
僕はウォルターに共感しつつ頭を抱える。これからまた新しいことに挑戦するというのに、どうしてこう余計な不安を抱えなければならないのか。僕はその答えのわかっているジレンマにあえて飛び込み、ウォルター、イデアとともに一抹の不安を抱えて、ダンジョン ”テール”の街へと向かう。
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「これはこれはウォルター様。今日もいつものスレーブでよろしいですか? 予約はなかったと存じますが、シフトは空いておりますよ?」
「マクレランドさんこんにちは。でも今日は付き添いできたんだ。この・・・」
「リアムです。マクレランドさんでよろしかったでしょうか?」
「はい。これはとても聡そうなぼっちゃまで・・・。この奴隷商会を仕切っているマクレランドと申します。以後お見知り置きを」
「よろしくお願いします」
表通りから外れ裏路地に少し入ったところにその店はあった。裏路地に入り口を構えているということで既に怪しさは満載なのだが、その路地は割と綺麗に整備されており、店の中も小綺麗でそこまで印象は悪くなかった。
店主のマクレランドと挨拶し終わった僕たちは応接間に通され、早速要件を彼に伝える。
「なるほど・・・いらぬ争いを避けるために、ですか」
「はい。できれば周囲の変化に敏感で、そういう処世に長けていればなおいいんですが・・・」
「わかりました。ではリアム様の提示なされた条件に見合いそうな候補を何人か連れてまいります」
「ありがとうございます」
するとそれを聞いたマクレランドも、早々に対応してみせる。
「リアム様の提示なされた条件だと、これらの奴隷たちがそれに当てはまるかと・・・」
「これは・・・みんな強そうですね『鑑定』」
「はい、元は傭兵をしていたものやそちら側の世界の身を置いていた強者ばかりです。戦闘用奴隷ばかりで少々貸出代の方が割高となっておりますが、リアム様の条件ですと、どうしてもそういう勘に長けた実力者、経験者から選ぶことになるかと」
そして数分後、応接室に連れてこられた奴隷たちは皆筋骨隆々、または犯罪性を匂わせる隠に精通してそうな強者ばかりであった。しかし──
「・・・この子は」
その中に一人、異質で場違い、周りからかなり浮いている者がいた。
「はい、こちらは犬耳種キツネの獣人の子になります。」
「なぜこの子を?」
「理由は複数です。まず獣人は共通して周囲の気配、変化に敏感な者が多い。犬耳種のこの子も例外ではありません」
「へぇ・・・」
「それに差し出がましいようですが、高額な傭兵とわかる者を供につければかえって目をつけられやすいかと。失礼ですがリアム様はまだ幼い。その容姿は格好の的として映り、明らかに目立つ供をつけていればそれは一定の強さを持つ不躾者の選別ラインを超える材料、途端に脅威となります・・・ですから」
それは目から鱗であった。確かにこんな強そうな供をつけて僕みたいな子供が歩いていれば一定の小物は遠ざけられるだろうが、腕に自信のある犯罪者からは目をつけられてしまう可能性がグンと上がる。それじゃあまだ奴隷なんて雇わず、一人で歩いていた方がマシだ。
「言葉は・・・」
「この子は獣人の国ガルド出身ですが、王都近郊の出ですので言葉は通じます。現地語も使えますが、同時にまだ第二言語が心もとないため、その分のお代は貸出代に含まれておりません」
「そうですか・・・」
「おいリアム。値段も悪くないしシフトもガラ空きだぞ? これはいいんじゃないか?」
「何しろ先日配属したばかりでして」
「そうだね・・・じゃあ」
本当はもっと色々聞こうと思った。だがマクレランドの連れてきた奴隷とその話から、答えはほとんど決まったようなもの。
『ユニークスキル持ちでこの名前。それにこの値段は少し怖いけど、父さんとウォルターのお墨付きもあるし』
その獣人の子はまさかのユニークスキル持ちで、提示された貸出代は1日につき大銅貨たったの一枚というかなり良心的な値段であったのだ。マクレランドから手渡された書類には名前やユニークスキルのことは書かれていなかったが 、掘り出しの原石だろうか。
「決めた。とりあえず今日1日借りてみても?」
「ええもちろんですとも。ではこちらの書類にサインと、入会金の銀貨5枚、貸出代の銅貨1枚をお願いいたします」
「はい・・・っとこれでいいですか?」
「はい。ご成約ありがとうございます。これからあなた様と商会との間に良きご縁が続きますよう、お祈りさせていただきます」
「こちらこそお願いします・・・じゃあ早速」
「そうですね。来なさいティナ」
奴隷貸出における同意書へのサインと入会金・貸出金を確認したマクレランドが呼びかけをし──。
「ティナ・・・と申します? 本日はお選びいただきありがとうございます。よろしくお願いいたします」
「・・・リアムです。こちらこそよろしく」
少し拙い挨拶に間が空いてしまったものの、互いにしっかり挨拶を交わす。
ユニークスキルの件は、彼女が隠しているのであればそれは無闇に触れない方が良いのであろうし一先ず先送ろう。
「じゃあリアム。俺は仕事があるからこれで」
「ありがとうウォルター、とりあえず頑張ってみるよ」
「ああ、頑張れよ」
店先に戻り、この後仕事のあるウォルターとの別れを済ませる。
「それじゃあまた夕刻に」
「はい。よき1日を」
「「行ってきます」」
ウォルターの背中が路地を出て通りに消えるまで見届け、ティナと供に商会を後にする。
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「その・・・ティナ・・さんは武器とかは使わないんですか?」
「リアム様、どうか私のことはティナとでも呼び捨てクださい。こっちの言葉ではこのそちらの方が呼びやすいんじゃと」
「・・・わかりました、ティナ・・・さん」
「さんはいらっしゃらない・・・?」
「だったら無理してティナも敬語を使わなくて良いよ? まだ慣れてないんでしょ?」
「そうですか・・・」
街を出て街道を歩く僕たちは、お互いのことをより知るために情報交換を始めていた。
目的地はエリアCのセーフポイント。
難易度はロガリエで挑戦したBより上であるが、リゲスに教えてもらった人気の少ない良い練習の場がそのエリアにはあるのだ。
「武器はこの手袋。獣人の間では普通な武器」
「殴り、倒すの?」
「はい。獣人ノ体は強い。獣人のからだ強化を合わせればそれは強くなって、岩も砕く。口で聞いた?ケど、強いの戦士は湖を割ったトか小山を吹き飛ばしやったとか?」
「・・・へぇ」
その逸話に少し尻込みしてしまう。だってそれって絡んだらダメな確実にやばいヤツらだもん。
『50歩100歩』
『・・・うるさい』
頭の片隅でボソッと呟いたイデアにバツ悪く言葉を返す。魔力やスキルでいえば僕も相当だし、同様の結果だけなら魔法で簡単に再現できてしまう。
「拳でってところが重要だよね!ハハハハハッ・・・」
「・・・? そうですネ?」
『気持ち悪いです』
取り繕った僕にティナは置いておいて、イデアは辛辣だった。
「ハハハッ・・・なんか疲れた」
「大丈夫デスか? 休みますカ?」
「ああ、そうじゃなくて」
数秒笑い飛ばすと、呼吸を整えたくもなる。
「こう公の場で畏まるのは何ら構わないんだけど、プライベートな場でそれを気にしてギクシャクするのはなんか違うかと」
「はぁ・・・」
「だから妙な気を使うのはやめます。単刀直入に、これから話すことを含め僕の情報を口外しないよう奴隷紋で縛らせてもらいます。これだけはどんなに信頼を築こうと施そうと決めていたことだから」
「わかりました?」
「じゃあ・・・イデア、僕の声がティナ以外に届かないようにできる?」
「余裕です」
「じゃあよろしく」
それから僕は奴隷紋による情報の拘束をティナに施し、ざっくり少しだけ自分のことを説明した。少しというのは魔力が多いということ、イデアのこと、それとスキルアップのためにティナとダンジョンに潜ることにしたという目的だ。他はわざわざ話す必要もないので今回は伏せた。
「というわけで、ティナには主に僕の周囲の警戒をお願いしたい」
「・・・」
「あの、大丈夫?」
「・・・」
その少量の情報だけでもティナを驚かせるには十分だったようだ。ティナが腑に落とせるまで待ったけど、返事はたどたどしく、目的地に着くまでにティナの理解が完全に及ぶことはなかった。
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「見極めて・・・躱して・・・」
今の僕とゴブリンの背丈はあまり変わらない。
「棍棒を持った手を切り落とす」
「グギャーッ!?」
「そのまま切り落とした腕側に一瞬フェイントを入れて・・・」
「グゥゥゥッ!!」
「もう一本の腕を伸ばしてきたところでまた切り落とす」
「ギャァァァッ!!!」
「エラシコ・・・」
スポーツにおける技の概念は時に武術に応用でき、武術そのものがスポーツとなる場合もある。他者と競うことを前提としたものでそれは何ら不思議なことではない。
サクッと両腕のなくなったゴブリンの頭を一閃で切り落とす。
「他の技のように別のネーミングはないのですか?」
「うーん。刀術らしく日本語に倣ってネーミングしたけど、このフェイントだけはこれが咄嗟にでたというか・・・」
「語彙力の不足を警告します」
「エッ!?良くない?・・・結構気に入ってたんだけど」
「ネーミングにも統一性が必要だと進言します。提案します。鏡花という名前でどうでしょうか?」
「あっ、それ良いね。もらい」
「世話の焼きがいがありますね」
討伐部位である左耳を切り落とし、軽く血振りした刀を拭いながらイデアの皮肉にぶーっと唇をとがらせる。
「あ、あの・・・」
「ん? どうしたのティナ」
「血・・・」
「ああ。武器に魔力が纏えれば滅多につかないそうなんだけど、一回纏ってみたら刀が粉々になっちゃって。だからこうして紙で拭っているんだ」
「ティナの言いたいことはそうじゃないかと」
「違うの?」
「その・・・血、怖くナイですか?」
「ああ、そういう・・・」
そういえば今は全くと言って良いほど生理的な拒否反応も起きない。ロガリエの時はもう少し色々と感じていたのに・・・。
『マスターは元々血に慣れていました。前世では料理をよくなされていたようですし、また、血を見ることが少なくなった世界でしょっちゅう血を見ていたからでしょう』
『いや確かに家にいた時はよく料理してたし、採った自分の血やら輸血の血はしょっちゅう見てたけど、嫌悪感から来る身震いみたいなのがなかったわけじゃないからね?・・・というか、何でそんなこと知ってんだ! そんなことを話した覚えはないぞ!?』
『私が構成される際にマスターの記憶が流れ込み、また転生からの記憶も記録してあります』
『・・・だから前世特有の言葉や言い回しも知ってたわけか。これでまたひとつ謎が解けた』
『墓穴を掘りました。折角マスターをおど・・・驚かすネタとして秘匿していましたが、まあ良しとしましょう』
『めっちゃ気になる詰まりだったんだけど?』
『マスターの価値観に《魔族の血胤》の影響も認められます。生成した魔族魔力を保有し、新しい形態も習得しました。無意識下でマスターの生物的防衛機能が働いて種族的な価値観の混同が起きているのかもしれません』
『誤魔化した・・・まあ良いや。つまり気づかないところで勝手に感情のセーブが起きてると?・・・それってヤバくない?』
『セーブされているのは血に対するネガティブな感情のみでしょう。マスターが自覚していれば問題ないと進言します。それに・・・』
『それに?』
『そろそろこの議論を引き上げてティナの応対を再開することをお勧めします。先ほどから不安、心配、そして恐れなどの感情が表情から見て取れます』
「ごめんねティナ!」
「は、はい?」
「そのちょっと考え事していてね! ティナに言われてそのことに気づいたと言うか・・・」
「?」
「だ、だからその! ありがとう!」
「??」
僕はなぜお礼を言ったのだろうか。・・・ティナに指摘され大事なことに気づいたのは確かだからだろうな。
「どう、いたましして?」
「本当ごめん・・・ありがとう」
「???」
ティナの優しさに思わずグッときてしまった。
「理由は帰りながら話す。日も傾いてきたし、今日はそろそろ引き上げよう」
「は、はい」
「とりあえず、ご苦労様」
「お、お疲れ様でした・・・」
情けない。自己分析の甘さから、終始ティナを混乱させてしまっていた1日だった・・・半分はイデアのせい。うん。




