④公園
自転車に乗り、電車に乗り、1時間かけて、瀬尾の言っていたA公園まで来た。
もしまだ警察がうろついていたらどうしよう。立ち入り禁止でガンガン捜査していたら。
と不安だったが、公園の前まで来て、そんなものは杞憂だと分かった。
<A地区老人会合唱サークル公演会>
入り口に、上のように書かれた立て看板があった。
中に入ると、奥にある滑り台の目の前で六人の老人が童謡を合唱していた。その老人達の向かいには畳み六畳ほどの青いビニールシートが敷かれており、そこに数人の老人が座っている。
東が公園の入り口で呆然と立っていると、入り口から入ってきたおばあさんが、東の横を通り過ぎた。東はあわてて彼女に駆け寄って、声をかける。
「あの。すいません。今日は何か催し物をしているんですか?」
「ん?見て分からんか?合唱会じゃよ。
月に一度、老人会の合唱サークルがこのA公園でやるんだよ」
「でも、確か昨日、この公園で事件があったと聞いたんですが」
「事件、事件・・・ああ、聞いたよ。誰か亡くなられたんだってのう。
でも、みんな気にしてないんじゃ」
「警察の方は来ませんでしたか?」
「昨日は来とったらしいけどな。たぶんもうこーへんよ」
どうやら警察は何も捜査していないようだ。それに、合唱の公演をやっているということは、住民もそれほど注目していないらしい。やはり、犯人はもう捕まったのだろう。これで一件落着。
「犯人は瀬尾よ!間違いないわ!」
東の前に座る伊藤愛子は、堂々と断言した。
合唱会をそれなりに楽しみ、さあ帰るかと腰を上げたが、さすがにこれだけの捜査で金を貰うのは気が引けた東は、伊藤夫妻のお宅を訪ねてみた。
夫妻は快く受け入れ、彼を居間に案内したのだが。
「探偵さん。あなただけが頼りよ。絶対、瀬尾が犯人なんだから」
まくし立てる伊藤愛子の横に座って、夫の伊藤正一は、そんな妻の様子を心配そうに見守っている。夫妻は、死体を見たのがショックで、会社に無理を言ってまたもや二人揃って休みを取ったようだ。
「お、おい愛子。無責任なこと言うなよ」
愛子は瀬尾が犯人だと断言するが、愛子の夫、正一はそう考えてはいないらしい。
「なにが無責任なのよ。あなたもあの銃声で『おっ』なんて驚いてたじゃない」
「そりゃ、驚いたけどさ」
「で、銃っていったらあいつでしょ。瀬尾よ瀬尾」
瀬尾はよくモデルガンを構えて遊んでいたらしく、その様子が窓を通して伊藤家から見えることがあった。
「でも、彼はあくまでモデルガンを集めるのが趣味で、ヤクザや反社会勢力と関わりがあるとは聞いていませんが」
東が反論すると、愛子は眉間にシワを寄せた。
「なによ。探偵さんも私が嘘を吐いてるって言うの?」
「い、いえ。そういうわけでは」
おろおろする東を見かねてか、正一が助け舟を出した。
「でもあれ、本当に銃声だったのか?」
「銃声よ銃声。あんな大きな音、銃声以外にありえないわ」
「そんなに大きな音だったんですか?」
東の質問には、夫婦そろって首肯した。
「すっごいおっきい音よ。ドンって」
「ドン?俺はバンっに聞こえたが」
「私はドンに聞こえたけど、別にバンでもドンでもどっちでもいいわ。とにかく凄い音だったの」
音の詳細ははっきりしなかったが、とにかく大きく、激しい音が公園から聞こえたらしい。
「ふんっ。まあ、死んだのが六郎だから、自業自得って感じだけど」
「六郎?誰だそれ」
「あなた、警察と私の会話聞いてなかったの?被害者の名前よ。六時六郎」
「お前、被害者と面識があったのか?」
正一が訝しげに尋ねた。東は今始めて被害者の名前を知った。事件の調査をしているのに被害者の名前すら知らなかったことに今さら気付き恥ずかしくなる。
「だって私の同級生だもん。高校のときの」
「この辺りの高校だったんですか?」
「うん。と言っても、クラスが同じだっただけで友達じゃなかったし、卒業した後は一度も会ってないけどね。
ただ、友達とのお茶会で、一回話題になったの。なんでもあいつ、就職したけど、すぐやめちゃったって聞いたわ。
なんか、自分は作家なんだって言ってたらしいよ」
「作家先生だったんですか?それとも志望者・・・小説家になろうと?」
「さあ?高校のときはそんなこと言ってた記憶ないけど。どうせ、就職で失敗して、苦し紛れにそんなこと言いふらしてたのよ。自称作家ね」
「あっ思い出したぞ!」
正一が声を上げた。
「高校のとき、文化祭でぶっ倒れた子だろ?そういえば六時六郎って名前だったな」
「そうそう。あの文化祭、正一も来たのよね。
私、正一と一緒に色々回りたかったからあいつに店番任せてさ。あいつ、焼きそば焼いてたら急にぶっ倒れたらしくて、後でめちゃくちゃ怒られたんだから」
その後、夫婦の昔話に花が咲きすぎてしまったため、しばらく相槌を打ってやり過ごしていると、そんな東の様子に気付いたのか。
「とにかく、六郎は瀬尾に銃殺されたの」
と愛子が話を戻した。
「でも、銃はどうしたんです?現場に落ちていたんですか?」
愛子は目をつぶって思い出すそぶりをした。
「いいえ。現場には何もなかったわ」
「何も、ですか。例えば銃の代わりになるようなものとか」
「なによそれ。とにかく、不審な物は皆無だったし、ゴミ箱が倒れてた以外は、いつもの公園の風景だったわ。
たぶん、瀬尾は銃を持って逃げたのよ」
そう言えば瀬尾の服は調べていなかった。東は一瞬、瀬尾を疑ったが、すぐ脳内でかぶりを振った。銃を隠し持っているなんて、そんなわけない・・・はず。
その後、二、三質問をし、これ以上ここにとどまっていても仕方ないと判断した東は、伊藤夫妻に礼を言って席を立った。
「ありがとうございました。参考にさせていただきます」
そう言って玄関を出て行こうとしたが、何かに気付いたようにふと振り返る。
「良い匂いがしますね。ご飯ですか?」
「あっ今、ご飯が炊けたみたい。最近新しい炊飯器を買ってね。炊いては食べまくってるのよ」
「それは羨ましい。炊き立てのご飯はおいしいですからね」
そう言って、東は伊藤家を後にした。
昼食を食べ、喫茶店に入り、ぶらぶらしてから再び公園へ戻った。
時刻は既に夕方。公園から老人はいなくなり、小学生が何組かのグループを作って遊んでいる。
「えーんえーん。僕も滑りたいよお。やりたいよお」
滑り台の前で小学校低学年程度の男の子が泣いていた。上級生に滑り台をとられてしまったようだ。助けてもいいがそれはそれで人間関係が悪くなりそうだし、誰もが理不尽を経験して大人になっていくものだ、と判断し、東は傍観した。
他には、特別変わったところは見られなかった。東が帰ろうとしたとき。
「ねえ、おにーさん」
背の高い少年が東の服を引っ張った。少年は、青の短パンに白の半そでを着ている。
「なんだい?」
東が訊ねる。
「それが、忘れ物を取りに来たんだけど、どこにもなくって。確かに昨日この公園に忘れたはずなんだ」
「なにを?」
「えっと――なんだけど。
どこかで見かけなかった?」
少年の言葉を聞き、東は大きく頷いた。