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①作家

 六時六郎(ろくじろくろう)は世間を呪っていた。

 世間からまったく評価されない自分を呪い、評価しない世間を呪っていた。

 彼は働いてもいなければ学生でもない、所謂プータロウ、所謂ニートだった。

 高校を卒業してある会社に就職したが、欠勤を繰り返した結果、いじめにいじめられて僅か一年で捨てられた。

 その後もアルバイトをしながら就職活動を続けていたが、一向に就職が決まらず、現在21歳。ついにアルバイトすら止め、親のすねをかじり続けて日々を過ごしていた。


 今日お母さんの友達が遊びに来るからちょっと外に出てて。


 母にそう言われて、六郎は久しぶりに外出した。しかし金もなければ気力もない。どこにも行く予定がない。仕方なく町内をぶらぶらして、やがて近所のA公園を訪れた。


 公園に入った六郎は、一先ず入り口近くのベンチに腰掛け、園内を見渡すと、小さい公園だな、と呟いた。


 A公園は正方形のこじんまりした公園で、北側は用水路、南側は歩道、東西は住宅に隣接している。遊具はブランコと滑り台しかないが、水飲み場とトイレはある。トイレの出入り口前にはゴミ箱が置いてあり、その横にはおもちゃのスコップ、プラスチック製の子供用バット、サッカーボール、ホッピングなどが散らかっていた。


 2018年6月13日水曜日。梅雨時にしては元気のありすぎる日差しが六郎の全身を襲う。汗がダラダラと流れ続け地面にしみを作った。

 なんでベンチが日陰じゃないんだよ。愚痴を零しつつ、彼はベンチを立って水飲み場へと向かった。

 と、その時、後ろから声をかけられた。


「ねえねえ」


 彼は、突然の女性の声に驚きながら振り返ると、そこには夏服の女子高生が立っていた。


「ね、こんなところで何してんの?」


 母さんに家を追い出されて・・・と言いそうになって、彼はあわてて口を閉じた。素直に言うのは格好悪い。しかし、公園にいる理由をでっち上げようにも、暑さに沸騰した彼の頭はまるで回転を始めない。


「そもそも今日平日でしょ?あっ。もしかしてあんたも、サボり?」


 あんたも、ということは、この女子高生は学校をサボってこんなところに来たらしい。


「ああ、そうだよ」


 彼が適当に合わせると、女子高生はにやりと笑みを浮かべた。


「ねえあんた、金持ってる?」


「金?かつあげか?」


「違う違う。あのさ、お金くれたらさ、ちょっといいことしてあげてもいいよ?」


 女子高生は右手の親指と人差し指で輪を作ると、左手の人差し指をその輪に出し入れした。

 六郎は絶句した。生まれて始めて援助交際を持ちかけられたからだ。

 彼は改めて女子高生を舐めるように観察した。出るところは出て、それでいて小柄で、ややぽっちゃりしているが、顔は可愛らしい。自分の好みに合っている。

 しかし、彼には金がなかった。一円たりともなかった。無い袖は振れない。


「すまん。金持ってない」


「ふーん・・・じゃあ、何円までなら出せる?五千円、とかならちょっときついけどさ、福沢さんぐらいからなら色々やったげるよ」


「いや、一万円も持ってないから・・・」


「えーうーんじゃあ五千円でもいいや。その代わり文字通り手抜きになるけど」


「・・・五千円もちょっと」


「はあ?ちっじゃあ千円でもいいや。ちょっといま金欲しいからさ。こっちも妥協するわ」


「・・・・・・ごめん。千円も・・・」


 女子高生は六郎にビンタした。あまりの衝撃に、彼は尻餅をつく。


「死ね」


 一言だけ残し、女子高生は公園から出て行った。


 六郎は立ち上がり、ズボンについた砂を払った。トイレに行って、砂だらけになった手を洗う。

 涙が溢れてきた。

 なぜこんな仕打ちを受けなければならないのだろう。なぜ世間は俺に冷たいのだろう。そう思うと、悲しい気持ちがあふれ出してきた。金が無いのも働いていないのも全て自分の責任なのだが、今の彼はその事実に気付けなかった。

 トイレから出ると、さらに強さを増した日差しが、再び彼を襲う。

 ギラギラと輝く太陽を仰いだ瞬間、悲しみは怒りへと変わった。


 なんだここ二三日の暑さは、なんだこの現状は。なんで俺ばかり、なんで俺みたいな人間が、こんなに苦しまなきゃいけないんだ。なんで、なんで、なんで。


 興奮が高まっていくと共に、動悸が激しくなる。どくんどくんと波打つ心臓。胸を抑えながらも、彼の激情は治まらず、むしゃくしゃしてトイレの壁やゴミ箱を蹴り、殴り、周囲の物に当り散らしていると・・・


 バンッ。


 日常生活では聞かない大きな音が公園に響き渡り・・・


 そして六時六郎は死んだ。




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