第一話③
「ハハッ、楽しいぞ!」
追い縋る睡魔を遠目に見ながら、宇宙を飛び回るミノル。
現在、一匹目を撃破した後からずっとブースターを起動して飛び回っている。
《…ミノル様、現在は戦闘中ですよ。》
見かねたデウスに注意される。
彼女は現在、タッチパネルを操作して機体をミノル用にカスタマイズしている。
《もう少し危機感をお持ちください。》
今は機体の姿勢維持機能の最適化を行っているようだ。
ミノルの余分な行動を上手く利用して現在出来る一番最適な行動をする。流石である。
…またしても好感度が下がる音が聞こえた気がするが、それよりも今は機体を思い通りに動かせる事が楽しい。
「ごめんごめん!でも、ブースターの操作感を身体に覚えさせるには大事だろ?」
《確かにそうですが…。まぁ、初回シュミレートですので仕方ありませんか。》
ミノルの言う事も一理あるので、最適化を終えつつ敵行動予測システムの起動を行う。
《ですが、お早めに戦闘にお戻りください。》
「…了解!じゃあ、手っ取り早くすませるか!」
ブースターを一度止めて向きを変え、逆噴射し急停止する。
うん、良い感じに慣れてきたぞ。この調子でどんどん慣れていこう。
ミノルは背後のAI睡魔に向き直り、再び構えを取る。
彼らはと言うと、散々振り回された怒りからなのか先ほどよりもスピードを上げて突進してくる。
「…おっと、同じ動きしていると、また同じ手を喰らうぞ!…はぁッ!」
敵を引き付けたのち、気合と共に此方も突撃する。
敵も理解しているのか、此方の動きを確認してから進攻に蛇行を混ぜあい向かってくる。
《…敵行動予測開始。ミノル様、約5秒後に正面右側の敵と交差します。》
「了解!」
右側か。蛇行している為パンチでの迎撃は難しそうだ。なら!
「…蹴り飛ばす!」
3,2,1…数を数えてタイミングを合わせ回し蹴りを放つ。
ヒット。敵の腹部に命中。敵が吹っ飛ばされる。
「まだまだぁッ!」
飛ばされた敵にトドメを指すべく更に追い打ちをかける。
《提案。睡魔の弱点は胸部にある宝石状のコアです。そこを破壊してください。》
「…サンキュー!」
追い付き、拳を弱点を砕く気持ちでねじ込む。
「てやぁッ!」
上手くいき、宝石が砕けると同時に睡魔も爆ぜる。
「2体目…!」
『~~ー!!~~ー~~ッッッ!!!!』
奇声を発しながら睡魔が背後から攻撃してくる。
「何っ!?ぐっ…!」
回避が間に合わず、背中に睡魔の突進攻撃を受け吹っ飛ばされる。
「くっ…ハハ、やっぱり理想通りには行かないって事か!」
飛ばされながらも体勢を立て直し、再度ブースターを点火。敵に向かい直進する。
「はぁっ!」
勢いに任せパンチ。睡魔もガードし防ぐが勢いは殺せず、敵の腕が弾き飛ばされる。
「…もう、一発ッ!」
二発目が敵の弱点を穿つ。
「ハッ、余裕!」
『~~ッッ!!!!!』
コアが砕け、爆発寸前の睡魔の姿が変形。
球状の物体に四つの鉤爪脚が付いた形になり、そのまま機体に取り付く。
「うわぁッ!な、なんだこれッ!?」
《…自爆ですね。衝撃が来ます。》
そのまま、デウス・クロス・マギナを巻き込むようにして爆発四散した。
…敵の自爆後、衝撃で席から転げ落ちたミノルが立ち上がる。
「いてて、あんなのアリかよ…。」
《…ミノル様、お怪我は?》
「…あぁ、大丈夫。」
転げ落ちた拍子にデウスさんの攻撃で怪我した場所が痛んだけど、それは置いといて。
「…睡魔って、あんな攻撃もしてくるんですね。」
《…はい。彼らは個ではなく、群としての思考しか持ち合わせていません。》
《外敵を排除する為には自らの犠牲も躊躇いなく行います。》
《先程の自爆攻撃も実際に行ってきます。注意してください。》
「中々侮れない敵、って事なんですね。」
単体では大した強さじゃないけど、ある程度の数が集まると厄介なんだろうなぁ。
とりあえず、瀕死時の巻き込み自爆には注意しよう…。
《ですが、初回の戦闘としてはかなり上出来だと思われます。》
《しいて言うなら、…次は倒しきったと油断しない事をお勧め致します。》
ば、バレてる。
「…わ、分かりました。…ハハハ。」
でもまぁ、かなり上出来と言ってもらえたしここは素直に喜んでおこう。
《それでは、シュミレーションを終了致します。システム終了コード受領。》
空間が歪み、宇宙空間が白い部屋へと戻っていく。
「…ふぅ、楽しかったぁ。」
中々刺激的な体験だった。これから毎日の日課にしよう。
いつの間にかかいていた汗を拭いながら、ミノルが先程の戦闘の事を考えていると、
《…お疲れ様です、ミノル様。》
デウスがどこからか持ち出したタオルとスポーツドリンクを渡してくれる。
「あぁ、ありがとうございます。…これ、どこから?」
デウスから両方受け取り、タオルで汗を拭く。
しかしこの部屋には何もないのに、一体どこから取り出したというのか。
《…それはですね、こうです。》
瞬間、部屋の壁が迫り出し、穴が開き、様々な用具入れや冷蔵庫などが飛び出す。
《…シュミレーションの際当たると危険な為、通常時は全て壁の中に収納されています。》
《他にも何か必要になった際は、お気軽にお声をお掛け下さい。》
「…す、凄いですね、デウスさん。えっと、デウスさんが居ない時はどうすれば良いんでしょうか。」
《問題ありません。現在動いているこの機体は外部端末。》
《居ない時でも普通に呼びかけて頂ければメインフレームの私が声に反応して対応致します。》
「…あぁ、そういえばあのモニターがデウスさんの本体でしたね。」
《はい。》
ずっと普通に会話していたので忘れていたが、そういえば本体が別に存在するんだった。
「デウスさんの外部端末って常に本体と繋がっているんですか?」
《はい。接続分離はあまりしたくありません。》
「じゃあその、外部端末は複数居たり…。」
《いえ、この一機のみです。複数の端末使用はメインフレームへの負荷が重くなり、管理業務に支障が出ます。》
《…個人的思考でも、複数の自分が居るのはあまり好ましくないと考えています。》
《複数存在する事による思念統合の必要性と日々の統合回数、さらに統合前の記憶データの祖語が引き起こす外部端末の自我の覚醒が発生した場合のリスクを考えると…》
「…な、なるほど。」
難しい話だ。
「…えっと、個人的に自分が複数いるのは嫌だ、って事ですか?」
《…はい。やはり選択の自由というものが優先されるべきだと考えています。》
なるほど。
「…じゃあ、その外部端末がデウスさんそのものだと思っても?」
《えぇ。その方が嬉しいです。》
「…分かりました。俺もそう思うようにしますね。」
《はい!》
少し嬉しそうにするデウスさん。
やっぱり、デウスさんも個性を持ちたいって事なんだろうなぁ。
貰ったスポーツドリンクのフタを開け飲みつつ、そんな事を考える。
《…所で、ミノル様はこの後のご予定はお決まりですか?》
「…えっと、いや、シュミレーション以外は何も考えてなかったなぁ。ハハ。」
つい衝動の赴くままに動いていたけど、この後どうしたもんか。
シュミレーションルームとモニター部屋しか知らないし…。
《なら、私がこの施設の案内を致しましょう。》
「…おぉ、本当ですか?」
《はい。説明は簡潔に済ませます。その後、自室にてお休みください。》
痛みにはもう慣れて動けるけど、見た目ボロボロだもんなぁ俺。
「じゃあ、お願いしようかな。」
他に何かしようもないので、お言葉に甘える。
《はい。では行きましょう。》
背中を押され、ワリと強引にシュミレーションルームから退室する。
デウスの施設案内に快く応じたミノルだが、
…この施設がどれだけ広大な施設なのかという事を、彼はまだ知らない。
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外部端末にてデウスがミノルに施設内を案内中、モニタールーム内…
「…ハハ、また派手にやったな、デウス。」
デウスによるミノルの能力解析データ、そして戦闘記録を確認する所長。
現在、実力テストの際の映像を見ているようだ。
その様子を見ながら、所長が嗤う。
その顔には銀縁の眼鏡が掛けられている。
《…はい、今回の負傷は対人戦闘に対しての記録不足が主な原因と考えられます。》
《…さらに、想定よりもミノル様の精神力が高い数値だった為に私のAI内部の感情コードに接触、結果として外部端末の出力を上げてしまったのも一つの要因です。》
《次回は反省を生かし出力を抑え、適度な戦闘訓練を行えるよう調整致します。》
メインフレームから音声を発し、淡々と原因究明し次回への対応を決めるデウス。
内心ではやりすぎたと反省してはいるのだが、仕事としての説明なので丁寧に解説する。
…後で救護室にて追加の治療をしておこう。
「…そうか、分かった。」
映像を終了しデウスから出力されたレポートを纏め、横に退ける。
そして掛けていた眼鏡を外す所長。
「…それで、デウス自身どう思った?ミノル君の実力は。」
《…私個人の主観が混じっても宜しいのですか?》
「構わん。その為に外部端末の許可を出した。」
所長の思わぬ発言に、少し戸惑うデウス。
彼女、いや、所長は、私の事務的な発言や行動よりも感情的な物を優先させる。
確かに私のAIには感情機能が搭載されているが、それは複雑に組み込まれた結果生まれたプログラムの抜け穴、いわゆる副産物のような物で。
AIであるデウスには未だに制御出来ず、悩んでいる部分でもある。
メインフレームだからこそ不安定ながらもある程度の処理を行えるが、外部端末まで行くとメモリ上限の関係上どうしても暴走してしまいがちだ。
そして、その部分を介して説明せよと命じるのだから、何というか、少々困ってしまう。
だが、命じられた以上説明するのが私の仕事でもある。
《…了承致しました。》
仕事だから、と仕方なく感情コード:affectionを起動。
瞬間、処理待ちのデータが増大、メインメモリの最大使用領域を70%ほど食われる。
その際の処理落ちにより機械の身体であるにも関わらず、軽い脳震盪のような感覚に陥る。
それが収まった時にはようやく感情機能として起動し、メモリを常に25%ほど使用領域として確保され続ける。
…この微妙な圧迫感に慣れる日は来ないだろう。
では、とデウスが機能を利用し、個人的判断を説明し始める。
《…えぇと、私個人の判断から言わせていただくと、非常に好意的に感じました。》
AIとは思えない大雑把な解釈。
…仕方ない事だが、この機能によって生まれるデータには正確な解析出来ない。
私のこの機能から生まれる感情というデータは0か1かではない。
別に0を取っても良いけど1を取ってくれた方が私の個人的趣向と合う、あぁでも一般の傾向からするに0選びそうだな、と思ったら1取ってくれた。マイノリティだけど+1pt。
という曖昧で脈絡不明な出力なのだ。
これを説明している私自身ですら、説明の意味を理解出来ていない。
そして、よく思考のループが発生する。
私で例えるなら、あの装置を動かしたい、けど動かすと誰かが損をしてしまう。…でも動かしてみたい、という不毛なループだ。
興味本位とでも言うのだろうか?
この思考ループは感情コードに接触する度に起こり、外部端末への操作にとても影響を及ぼす。
その結果、自身の“感情”に任せて操作してしまう事が多々ある。
これをなんとか抑制しようと様々なシステムやプログラムを仕込んでみたののの、結果的に外部端末の一時思考停止が一番確実で手っ取り早いという結論にたどり着いた。
物理で止めるのが一番早いとは。
はぁ…とため息を漏らすデウス。
「…ん?どうしたデウス、続けろ。」
突然のため息に疑問を抱き、続きを促す所長。
《…失礼致しました。少々処理が遅れていたようです。》
デウスも所長の指摘で思考が明後日に飛び、無言状態になっていた事に気付く。
…あぁもう、だから感情機能は難しいのだ。
今度は方向を間違えないように抑えながら表現する。
《…ミノル様の戦闘技術、素早さ、パワーなども同年代の男性と比べて若干高く、尚且つ精神力には目を見張る物があります。》
《それだけでも好印象でしたがテストの最後、彼が私の一撃を想定し受け止めた際にかなりの喜びを感じました。》
《彼ならもしや、という思いを抱いたのは間違いないです。》
《そして、その姿を見てなんというか、私の知識で言う所の、英雄らしさ、という物を感じました。》
《それも、まだ磨かれていない原石のような存在なので、これから成長していくと思うと楽しみでなりません。》
《…私からの主観は以上となります。》
説明を終わらせると同時に終了コード:apathyを走らせる。
圧迫されていたメモリが解放され、理性的な意識を取り戻す。
「…なるほど。」
デウスの意見を聞き、両手を組み、肘をつく所長。
「…つまり彼には、託された力に見合った実力がある。という認識で間違いないな?」
自身の中で出した結論を、デウスと共有する為に話す。
《はい。それで問題無いかと。》
「…ふむ。良いじゃないか。」
肘をついた状態で、楽しそうに指を遊ばせる所長。
「…実戦がいつ起こるか分からない以上どうしたものかと困っていたが、デウスが認める程の実力があるのなら問題ないだろう。」
そしてよし、と言うと手を叩き、立ち上がって伸びをする。
「…さぁて、私は監視の続きだ。デウス、解散だ。自由にして良いぞ。」
《了承致しました。では、私はミノル様の施設案内へ戻ります。》
「あぁ、任せた。」
…マウスをクリックする音がモニタールームに鳴り響く。
今日も休みなく、夢を監視する日々が続く。
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「はぁあ…。」
つ、疲れた。
用意された自室のベットに倒れ込むミノル。
その顔には疲労の色が見える。
確かに、デウスさんの施設説明は簡潔で、分かりやすかった。
格納庫に収められているデウス・クロス・マギナの実物を見て、目を輝かせていた。その頃までは良かった。
その後管制塔、食堂、救護室、研究室、レクリエーションルーム、会議室、休憩室、仮眠室、ベットルーム、天文台etc…
まさか、5時間近く歩き廻る羽目になるとは思いもしなかった。
甘く見ていた。長くても1時間くらいで見終わるだろうと考えていた自分を殴りたい。
そもそも、シュミレーションルームで使用されている異常な技術力の時点で気付くべきだったのだ。
…でも、デウスさん嬉しそうだったなぁ。
実力テストの時とはまた違った生き生きとした表情だった。
自分の施設の凄さを自慢したかった、とかなんだろうか。
「ハハ、意外と可愛い所あるな…デウスさん。」
それがデウスさんの本来の性格、って奴なんだろう。
まぁ、実力テストの時明らかに愉しんでいたのは置いておいて。
ベットの近くに設置されている時計を見る。
時間は午後5時を指している。確か、朝7時、昼12時、夜6時に2時間づつ食堂が営業を始めるんだったか。
少し休憩したら食堂に行ってご飯を食べよう。
あぁ、でもシュミレーションで大分汗かいたしな。
動けるようになったらまず風呂だな。
とりあえず、少しの間眠ろう…。
今日は、疲れた……。
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黒一色で染められた空間。
少年は、何かから逃げるように走り続けている。
「はぁっ…、はぁっ…!」
「やだ、助けて…!誰か…っ!」
少年の助けを求める声は誰にも届かず、虚空へと消える。
しかし諦めず、力尽き、倒れそうになりながらも走り続ける。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ、追いつかれる。
顔に恐怖を浮かべ、必死に逃げ続ける。
何から?
分からない。
分からないのに、何故逃げる?
逃げないと、追いつかれる。
追いつかれたら、全て終わってしまう。間違いなく。
追いかけてくるものの正体は分からない。ただ、全てが終わってしまう事だけは分かる。
後ろを振り向けばその正体も分かるだろう。しかし、見る事を選択出来ない。怖いからだ。
その漠然とした恐怖が身体を突き動かし、走る事を選択し続ける。
…誰かが居る訳では無い。
だが、そうせずにはいられなかった。心が耐えられないからだ。
ただ、前に向かって手を伸ばす。そして願う。
「だれか、たすけて…!」
…少年は走り続ける。
進む先すら黒く染められた空間を。
終わる事無き空間を。
ただひたすらに、走り続ける…
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「う…、ん…。」
目を覚ます。
ぼんやりとした頭で身体を起こし、周囲を見渡す。
先程まの真っ黒な空間と違い、白い塗料で塗装された、綺麗な部屋だ。
…どうやら、夢を見ていたらしい。
「…っ」
突然、頭がズキリと痛む。
しかしすぐに収まり、何事も無かったかのように振る舞う。
ミノルは、先程まで見ていた夢の事を思い出す。
…変な夢だった。
ただただ恐怖に怯え、逃げるように走り続ける夢。
存在しない誰かに助けを求め、そして誰からも助けられない夢。
「…嫌な夢だ。」
純粋にそう思う。
無限に続く恐怖の逃走なんて、それこそ地獄と同等だ。
もし、助けられるのなら…
何も出来ない自分を戒めるかのように手を握り締め、見つめる。
その腕には、青いブレスレット。
ぼんやりと、そのブレスレットを眺める。
そして深呼吸する。
どうしようもない、やり場のない気持ちを纏めて吐き出すように。
…気持ちを切り替えよう。
まずはお風呂だ。汗が乾いて身体がべた付いている。
その後食堂だな。
食堂の営業時間を思い出し、ベットの近くの時計を確認する。
時刻はなんと、夜の9時を指していた。
何てことだ。
もう食堂が締まっている時間じゃないか。
折角の楽しみを失い軽く絶望する。
今日のオススメはチキン南蛮定食って書いてあった。
サクサクの衣にかかる少し酸味の効く、マイルドで仄かな甘みあるタルタルソース、それをジューシーに揚げられた鶏肉と共に口に入れながら白飯を掻き込む。
付け合わせのサラダにはオニオンドレッシングを掛ける。ピリッとする玉ねぎの辛さが絶妙だ。
その玉ねぎの風味がミックスされたサニーレタスとトマトを繋ぐように絶妙なバランスを取り、油物で肥えた舌を若がえらせる。
そして素朴な風味の味噌汁。具は豆腐とわかめというシンプルな物だが、これがまた安心という名の幸福を食す者に与える…。
それが食べたかったんだよな…。
…まぁ、とりあえず風呂だ。風呂。
食堂が締まっている今ではどうしようもない。
それに食堂で何か食べれないでも、デウスさんに相談すれば何とかなる。
この施設全体の管理AIだし、シュミレーションルームの時のように何か食べ物を出してくれるだろう。
そんな淡い期待を抱きつつ、風呂の準備をしようと風呂場へ向かう。
風呂場はトイレと反対側のスペースにあり、その前には据え置きの洗面台と脱衣スペースがある。
洗面台の横には三段重ねの化粧棚が設置されており、その中に数枚のバスタオルが収納されている。
デウスさんに説明されたが、洗濯は各自、近くのランドリーエリアで行って下さいとの事。
通常着る衣服はギャラクシーガーディアンの制服で事前に下着と共に部屋の箪笥に入れられており、それを着用して仕事に励む事になる。
制服は非戦闘員と戦闘員ほぼ共通で、唯一の違いは背中に入っている金のマーク。
戦闘員の背中には全てギャラクシーガーディアンのマークが入っている。
もっともミノルはデウスと所長以外まだ他の職員を見ていないので、他の職員がどんな服装なのか知る由も無いが。
衣服、タオル等の新品が欲しくなった際は連絡すれば部屋にお届けするらしい。
そして話を風呂掃除に戻り、
風呂用具は洗面台下部にある両開きの棚に収納されていると言われていたので、覗いてみる。
棚の中には洗顔用石鹸、ボディタオル、プラスチック製の手桶と洗面器、バスチェア等が綺麗に収納されている。
まず必要な風呂用の中性洗剤とスポンジを手に取り、風呂場への扉を開く。
風呂場の中を覗くと、全面シート張りの部屋。
掃除が比較的楽そうで助かる。
そしてゆったり浸かれるサイズの浴槽に、シングルタイプの蛇口。
左右に捻ってお湯の温度を調整するタイプのものだ。
そこから伸びるようにシャワーヘッドが壁に掛けてある。
シャワーの近くには鏡が壁に取り付けてあり、その近くには据え置きのシャンプー、トリートメント、ボディーソープが存在する。
据え置きの物は無料だが、肌に合わないなどの問題も考慮して、市販されている物を購買部にて販売しているらしい。
自分はそういう事をあまり気にしない質なのだが、市販の入浴剤なども販売しているようなので行って見たい所だ。
洗い場もそれなりのスペースが確保されているが、一人用にしては少々大きいか。
そして風呂に入る為、早速風呂の簡易な清掃にとりかかる。
壁と床を今気にするとキリがないので、浴槽の洗浄のみに集中する。
シャワーからお湯を出し、浴槽全体を軽く濡らす。
その後シャワーを止め、風呂用中性洗剤を吹きかけてスポンジで洗う。
最後にもう一度シャワーで洗剤を流せば終わり。
後は、お湯が溜まるのを待つだけだ。
お湯が溜まるまで少し時間が出来たので、ベットに座りのんびりと待つ。
暇つぶし用にテレビでもあれば良いのだが、生憎部屋には設置されておらず。
何かないか、とポケットを探ると携帯が有ったので、試しに開いてみる。
電波は残念ながら届いていなかった。圏外らしい。
新着メールが一通届いていたので確認してみると、親友のジュンからだった。
20XX/5/3/21:02
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To.佐藤 準
――――――――――――
sb 無題
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元気か?
最近連絡寄越さないから、
生きてるか心配になって
連絡してやったぞ。
バイト忙しいのも分かるが
、たまには連絡くらい寄越
せよな。
―――――――――――――
素っ気ないようで、心配する気持ちが伝わってい来る文面だ。
やっぱ良い奴だな、ジュン。と改めてそう感じる。
この施設に来るまで、休みなくバイト入れていたせいでジュンと連絡を取るのを忘れていた。
バイトの合間に他愛ない話でも送って現状報告でもしておけばよかったか。
しかし、このメールを送られてきたのにこちらから返せないのは少し引っかかるな。
なんとか返信出来ればいいけど。
まぁ、この施設が異次元に存在するのは真実で間違いないので、どうしようも無いのは仕方ないのだが。
それでも元気に生きてる事くらいは返しておきたいなぁ。
正義の味方に成れたんだぜ、とか送っても、あぁヒーローショーのバイト始めたのか。で返されるのが分かり切ってるけども。
もう少し信用してくれても良いと思うんだけどな。
…そう、ジュンの性格は少々捻くれている部分がある。
それは彼の小学生時代、ミノルと友達になるまでの彼の環境に関連するのだが…
…おっと、もう風呂が溜まっている頃だ。
ベットの時計を見て、良い感じの時間なのに気付く。
どうせ食堂には間に合わないので、気が済むまで広い浴槽を堪能しよう。
食べ物は最悪購買部でカップラーメンを買えばいいし。
でもデウスさん、出来ればで良いので美味しいご飯を頼みます。
ミノルは座っていたベットから立ち上がり、風呂に向かう。
俺の戦いはまだ始まったばかりだ。
そう、これから始まるんだ。
きっと今まで何も変えられずに卑屈になっていた心も、力が足りずに助けられなかった物事だって変えていける。
その為にも、毎日戦闘訓練と、シュミレーションしなくちゃな。
さぁ、英気を養おう。
温かい風呂に入って、飯を食べて、寝る。
衣食住、そしてそれを享受出来ることこそが人の心を支える為に一番重要な物だ。
服を脱ぎ、風呂場に突入する。
ジュンのメールから垣間見える優しさのお陰で少し気が紛れ、風呂から上がった頃には幾分かマシな心持にはなっていた。
風呂から上がり、ラフなスタイルで身体を冷ましている。
据え付けの冷蔵庫にミネラルウォーターが数本用意されていたので、これ幸いと一本取り出し飲んでいる。
時刻は夜の9時半。
食事はどうしようか。
そろそろ連絡してみた方が良いよな。
でも、何というか、少し動くのが億劫だ。
…空腹も一人暮らしの時の経験から我慢出来なくはないので、このまま寝ても良いか。
いや、貪欲に過ごすべきか。
風呂の熱のせいだろう、少しやる気と思考が鈍っている。
その時、ふと休んでいた時に見た夢がフラッシュバックする。
『だれか、たすけて…ッ!』
…あの夢の事は考えたくないんだけどな。
忘れるように、ペットボトルを脇に置きベットに寝転がった。
…その時!
けたたましい音が施設内に鳴り響く。警報音だ。
『緊急警報発令、立川ミノル、デウス・クロス・マギナの両名は至急管制室まで、繰り返す、至急管制室まで―――』
所長の緊迫した声が部屋内に響く。
どうやら緊急事態のようだ。急がなくては。
ミノルは食事の事も忘れ、制服を手に管制室へと急ぐ。
その胸に、先ほどの夢への想いを残しながら。
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ミノルが駆け付けた場所は、最初に目覚めた際に居た場所。
そう、あの巨大モニターのある部屋が管制室だったのだ。
向かう途中に出会ったデウスと共に部屋に飛び込む。
「よく来た二人とも!」
所長の大声が室内に響く。
そして、現状の説明が始まる。
「…我々の綿密な監視網をすり抜け、数匹の睡魔が一人の少年に憑りついた!」
「その子は長期入院中の患者であり、睡魔による影響で現在意識不明状態に陥っている!」
「我々は早急に事態を解決し、少年の命を守らなければならない!」
所長の様子を見るに、非常に危険な状態らしい。
これは、何としても助けなければ。
初陣に震える身体を抑え込みながら、ミノルそう思う。
「それでは、出撃準備!」
《「はいッ!」》
所長の号令により、二人はその場で転送を開始する。
今回は事前に情報を聞いている。
このベルトは操縦機能だけではない。
なんと、どこからでもクロス・マギナに搭乗出来るよう転送装置が内蔵されているのだ。
…実は施設案内中、デウスさんの外部端末の内蔵機能ついて聞いた時に教えてもらった。
…そして、そうだ。
この時の為のシュミレーションでのポージングだ。
ミノルは気合を込め、構える。
ベルトの中央部を開放。するとベルトが光りだし起動、電子音を発生させる。
その後腕に嵌めている青いブレスレットを顔の前にかざし、マーク部分を押す。
押すとマークが光りだし、ミノル達の身体に添うように光の線が包み込む。
最後に言うはあの言葉。
《「搭乗ッ!!!」》
ブレスレットをベルトに当て、叫ぶ。
デウス・ミノルの両名が光に包まれて光の球となり、その場から消滅。
そして、格納庫にて沈黙していたデウス・クロス・マギナに意思の光が宿る。
《…出撃プログラム起動。全システム、オールグリーン。》
コックピット内でタッチパネルを操作し、機体各部の起動、動作チェックを行うデウス。
そしてどうやらメインフレーム側では出撃プログラムを走らせ、そのシステムチェックまでも行っているらしい。
一体どれだけの処理能力があればその並列処理を行えるのだろうか。
デウスの真の実力に息を呑むミノル。
その驚きはまだまだ続く。
《…出撃プログラム起動確認。格納庫展開開始。》
デウスの声と共にデウス・クロス・マギナの右側の格納庫の壁が開き、その奥からカタパルトが迫り出してくる。
同時にデウス・クロス・マギナも固定台ごと移動し始め、カタパルトと向かい合う形に位置取る。
どうやらあれだけの処理を行いながらでも、施設の操作を行えるだけのリソースを持っていたようだ。
だが、それに驚くほどの余裕はミノルには無かった。
…あぁ、遂に出るんだ。
ただ、その緊張感だけがミノルを包み込む。
《…準備完了。いつでもいけます。》
デウスの了承の声が管制室内に届く。
その声を聞いた所長がマイクを使い、ミノルに声をかける。
緊張しているであろうミノルを気にかけたのだろう。
「聞いているか、ミノル君!」
所長の声にコックピット内のミノルが反応する。
「今から、君の初陣だ!」
「…だが、大丈夫とは言わん!何せ新入り(ニュービー)だからな!」
『…っ。』
所長の言葉に自身の実力を思い出すミノル。
少々悔し気だ。
それを理解しているように所長は次の言葉を告げる。
「…だが!君はデウスのお墨付きを受けている!」
「実力テストと名を打って、君の事をボコボコにしたあの彼女だ!」
「そんな戦闘狂AIのお墨付きだ!自身を持って挑めよ!!!」
《もう、所長…。》
『ハハッ、…はいッ!頑張ります!!』
今の所長のジョークで気持ちが少し和らいだのか、ミノルの顔に少しだけ余裕が戻る。
デウスもつい先ほどの事を槍玉に挙げられ、少しだけ笑みを漏らす。
「よぉし!では、出撃ッ、開始!!!」
二人の表情を見て気持ちに余裕が戻った事を確信し、所長が赤い出撃ボタンを勢いよく叩く!
その瞬間デウス・クロス・マギナを固定していた台が外れカタパルトが起動、機体が発射される!
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』
身体の震えを吹き飛ばすように、ミノルが吠える!
機体もそれに呼応するかのように振動する。
そのまま外部へと射出された機体はミノルの意思によりブースターを起動させ、デウスの指示で現場へと向かう。
そして、施設に残された所長は、二人の勝利を願う。
「…自分の心に負けるなよ、ミノル。」
そして同時に、二人の無事も祈るように赤い色の小さな棒付きキャンディを取り出し、口の中に入れる。
その味は甘く、そして、どこまでも刺激的だった。
投稿遅くてごめんなさい。
思いついてはこれじゃない、これじゃないばっかりしてるので方向性が定まらないんです…。
でも、なんとか早めの更新を心がけます!頑張ります!