第一話
にっきちょう。ごがつじゅうななにち、にちようび。
きょうは、ゆめのなかでかっこいいひーろーにあいました。
ひーろーは、おっきなろぼっとをつかって、ぼくにとりついたわるいやつらをやっつけてくれました。
あした、びょういんからおうちにかえれます。ぼくはとてもうれしいです。
にねん いちくみ ごとう まさひろ
「いらっしゃいませー…。」
やる気の無い声を出す。店内に客は居ない。
俺の名前は立川ミノル。職業はフリーター。今いるコンビニ以外にもいくつか掛け持ちでバイトをしている。
そして趣味は…、正義の味方かな。
別に悪の組織と戦ったりする訳じゃあない。道端のゴミ拾いしたり、横断歩道を渡るおばあちゃんを手伝ったり……。
そういう、誰かを助けたり、何かを守る事が好きなだけだ。
今は、コンビニバイトのヘルプに入っている。
ここのコンビニの店長は親バカで、特に息子の野球の試合観戦が好きで好きでたまらないらしい。
いつもは土曜か日曜に試合が有るらしいのでそういうシフトを組んでいるらしいが、今は初夏に入り、ゴールデンウィーク真っ盛りだ。
運悪く平日に試合の予定が入ってしまったらしく、途方に暮れていたらしい。
俺がコンビニにガムを買いに来た時、そう店長に泣きつかれた。頼む、助けてくれ、と。
…まぁ、予定もなかったし二つ返事で了承した。
すると奇跡を尊ぶかのように大号泣しながら
「ミノルくん、ありがとう‼」と抱き着いてきた。
「ありがとう」、その言葉を聞くたびに、胸が熱くなり、涙が出そうになる。
…恥ずかしながら、感情がたかぶると涙が出る体質らしい。それが原因でよくからかわれたりもした。
泣き虫ミノムシミノル虫ーなどと呼ばれた事もあった。
…だが、決して恥ずかしい事じゃないと思っている。
俺の父親が言っていた。
「…ミノル、お前の流す涙は決して間違っていない。」
「お前の涙は、お前の心に溢れる優しさから生まれる物だ。」
「その優しさが、必ず人と人との心を繋ぐ架け橋となる。」
「だから胸を張って、前を向くんだ。」
「…自分が正しいと、自分の涙は間違っていないと、世界に証明してやれ。」
その父親の言葉は、今でも心の中で俺を励ましてくれている。
その言葉の為にも俺は、自身が正しいと思う道を選択している。
小さな事でいい。ただ、自分がそうありたい、と思う道を進みたい。
そう思えるからこそ、人は正義を成せるのだから。
…いけないいけない、つい昔の言葉を思い出して熱くなってしまった。
熱くなった目頭を拭い、仕事に戻る。
すると、入店音が鳴る。
「いらっしゃいませー。」声を出す。
店内に、中学生程の背丈の少女が入店してくる。
だが雰囲気には見た目相応の少女らしさは無く、どことなく大人びている。
髪は、濃い緑色、そしてツインテールだ。
目つきは少々キツめだが、とても整った顔をしている。
服装は…緑を基調に、黒いラインが目立つ服。スカートを履いている。
しかし、あまり見慣れない感じの服だ。
コスプレ、とでも言うのだろうか?
うん、とてもよく似合っている。三位一体とはこの事か。
来店した少女は入ってから一歩も動かず、物珍し気に店内を眺めている。
ううむ、初めての来店なのだろうか?
まぁコンビニに然り、どんなお店にも初めて入った時って色々見渡しちゃうよなぁ。
俺もこないだ新しく出来たゲーセンの内装をつい確認してたし。
その後、店内を眺めていた少女は暫くしてミノルの存在に気付く。
一瞬視線が合ったので、ふと目を逸らす。
しかし、少女はそのまま此方を見つめてくる。
「……。」
な、なんなんだ…?
ミノルは少々気まずくなり、レジ回りの整理を始める。
早く目線を逸らしてくれ…。
しかしその願いは実らず、それどころか少女はこちらを見据えながら真っ直ぐ向かってくる。
くっ、先程目を逸らした事が癪に障ったのだろうか。
仕方ない、いつもの営業スマイルを崩さず対応しよう。
「はいいらっしゃい…」
「失礼、貴方。名前は。」
「えぇっ?」
突然名前を聞かれる。
やはり怒っているのだろうか、と不安に思いながらも、正直に名前を答える。
「…み、ミノルです。立川ミノル。」
あらそう、と指を頬に当て、考え込む少女。
何を考えているのだろうか。
不安が募り、額に少し汗が流れる。
「…そうね、貴方なら良いわね。」
「え?」
「ごめんなさい、お邪魔したわ。」
「えぇ…?」
そう言うなり、さっさと退店していく。何だったんだ一体。
全くもって意味が分からない。
そして、その少女と入れ替わるように店長の男性も帰ってきた。
「いらっしゃ…あぁ、お帰りなさい店長。」
帰ってきた店長に挨拶する。
「ただいまミノル君!いやぁ、君のおかげで息子の試合を見れた!そして勝てたんだよ!」
自身の子供の頭を撫でながら、嬉しそうに語る店長。
「おめでとうございます。…おめでとう、野球少年!」
親指を立て、グーサインを出す。少年も返す。
店長が時計を確認して、そろそろ交代の子が来るから、休憩しておいてくれ、と伝えられる。
後は店長に任せて、バックヤードでのんびりしよう。ついでに買い物でもしようか。
さっきの少女の事などすっかり忘れて、今日の晩飯の事を考えるミノル。
彼女こそ、これから始まる物語の重要な鍵だとは露程も知らずに。
今日食べたい物をコンビニで買い揃えた後、店長に呼び止められる。
「あぁミノルくん。コーヒーはいるかい?ブラックだが…。」
ブラックコーヒーか。
夜勤のバイトの時には使えそうだなと思ったので、貰っておく。
「ありがとうございます。」
ついでに、と言わんばかりに店長が話を続ける。
「それと、今日変わってくれたお礼に、明日休みにしてくれても構わないよ。どうする?」
少し考え込む。明日どうしても出ないと困る訳ではないので、それじゃあ休みます。と伝える。
「そうか、分かった。じゃあ明日は休みにしておくよ。」
「ゆっくり休んでおいで。」
相変わらずいい人だ、と思う。
シフト調整など大変だろうに、代休を用意してくれるとは。
店長の優しさを実感しつつ、コンビニを後にする。
…帰宅途中、スマホで最近のニュースをチェックする。
芸能人のスクープや、事件、事故、地域の情報が載っている。
いつも大して変わり映えしない情報だが、こういう物は見ていれば話のネタになるのだ。
そうやって人間関係を作っていくのも大事だぞ、とよくバイト先の先輩に言われてた。
その為、こうやって細かくニュースを見ているという訳だ。
その中で気になる記事を一つ見つける。
…へぇ、集団睡眠事件か。
何々、社内で突然数名の社員が意識不明となり、救急搬送。
しかし診察の結果ただの睡眠状態だと判明。
数時間眠った後何事もなかったかのように社員達は目を覚まし、そのまま職場へ復帰している。
警察は何者かによる薬物混入事件も視野に入れ捜査を開始している…と。
こんな不思議な事件があるんだなぁ。
ミノルが忘れない為にメモ機能を使い事件の事をメモしていると、足に何かがぶつかる。
何かと確認するとそれは、道端で眠りこけているスーツ姿のサラリーマンだった。
「…な、なんでこんな所で寝ているんだこの人。」
とても穏やかな寝息を立てながら眠っている。
まさか、事件か?
集団催眠事件と何か関係が…などと不審に思いつつ、呼びかける。
「すいません、大丈夫ですか?」
肩を叩く。男性の身体がビクッと反応する。
「…んぅ、んごっ…あ、あぁ………君は?」
口の端から涎を垂らしながらこちらを向く男性。
どうやら本当に寝ていたらしい。
寝起きなのか目が若干虚ろで、その下の隈が酷いせいもあり、まるでゾンビのようだ。
いやまあ失礼なのだが。そう思ってしまうのは本当に申し訳ないのだが。
少し引き気味に話を続ける。
「…えぇと、通りすがりの者です。それより大丈夫ですか?道端で寝ていましたよ。」
なんというか、正直に名前を告げる気が起きなかったので伏せておく。
許してほしい、サラリーマンの人。
「…あ、あぁ、少し眠くてね。休憩のつもりでしゃがんでいたんだが、いつの間にか眠ってしまったようだ。」
申し訳なさそうに微笑む男性。
最近研究に熱中しすぎてねぇ…ハハハと笑い飛ばしているが、冗談で済ませられないと思う。
道端で寝る程仕事熱心なのは良い事なのだが、もう少し身体を大事にして欲しい。
「無理はなさらない方が良いですよ。…そうだ。」
持て余していたブラックコーヒーを男性に差し出す。
「ブラックですけど、良かったら眠気覚ましに。」
「おぉ、ありがとう。助かるよ。」
男性はコーヒーを手渡されると、缶を開け、一気飲みする。
「かぁーっ!苦い!ありがとう、目が覚めたよ。」
寝不足でテンションが可笑しくなっているのだろうか。
大分オーバーリアクションに口元を拭う男性。
「ハハハ、これでもうしばらく頑張れそうかな!」
やはり少し可笑しくなっているようだ。
コーヒーを飲ませるべきでは無かったか。
当然無理をさせない為、止めにかかる。
「…いやいや、家に帰って寝た方が良いですよ。」
「見た所、大分お疲れのようですから。」
男性に手を伸ばす。
彼もその手を掴み、そのまま立ち上がる。
立ち上がる際少々ふら付いたようで、男性もそろそろ限界が来ている事に気付く。
「ハハ、そうだね。私ももう若くないなぁ…。」
遠い目をする男性。
「…ハハ、まぁ、無理はなさらずに、頑張ってください。」
男性を労わる声を掛けてから、では、お気をつけてと別れの言葉を告げる。
彼も別れの言葉を話し、互いに帰路に付く。
次会うときは、もう少し元気そうな姿が見れると良いな、と思うミノルであった。
家に帰り、今日する事を一通り済ませ、床につく。
…さて、明日は休みだ。何をしようか。
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時計の音が聞こえる。
「お目覚めかしら、ミノル。」
目を覚ます。
身体を起こすと、そこは真っ白な空間だった。
四畳半ほどの平な床に、椅子と机が置いてあるだけの殺風景な場所。
そしてミノルの隣に、一人の少女が居た。
「君は……」
話しかけようとすると、人差し指で口を止められる。
「…ごめんなさい、今は説明している時間が無いの。」
「次に会う時に全て話すわ。」
そういうと、少女はミノルの手を両手で包み込む。
少女の手のぬくもりがミノルに伝わる。
少しドキっとする。
「…ミノル、貴方に私の全てを譲渡します。」
彼女の手から、何か温かいものが身体に流れ込んでくる。
同時に、自分の身体に不思議な程の力が沸き起こるような気分の高まりも感じる。
「一体何を…。」
もう一度聞こうとするが、それも少女に止められる。
「…だから、説明できないって言ってるでしょ?」
「終わるまで、静かにしていて。」
若干怒り気味に説得される。
あれだ、この子は怒らせると怖いタイプだ。
「…もしかしたら“彼”が会話を聞いているかもしれないから。」
そして、少し不安そうな顔をする少女。
また次の機会に、と念を押すように告げられる。
少女の言いつけ通りミノルは黙り、無言の状態が続く。
しばらくして譲渡が終了したのか温かい感触が無くなり、気分の高揚感も収まる。
少女も上手くいって安堵したのか、張りつめてきた気を緩めるようにため息をつく。
「…これで、私の仕事も一旦終わりね。」
「何も話せなくてごめんなさい。でも、これだけは言っておくわ。」
少女はミノルの手を握りしめたまま、悲痛そうな顔で話す。
「…この世界を救って、ミノル。」
「…私には救えなかった。仲間が居なかった。意思が足りなかった。けど、貴方なら。」
「貴方なら出来るわ、ミノル。」
「そのどこまでも折れない不屈の心で、彼らと共に、終焉へと向かう世界を変えてみせて。」
少女の言葉が終わると同時に、猛烈な眠気に襲われる。
世界を救う…?
何故、俺が……
ミノルの意識が途切れる直前、昼間見た少女の微笑む顔が見えた。
その姿は儚く、優し気で。
どこか、女神のようで――――
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ジリリリリリリリ…
目覚ましの音が鳴り響く。いつも通りに欠伸をしながら目覚ましを止める。
変な夢を見た、気がする。
だが気にする事は無い。夢は夢なのだから。
朝の支度を済ませ、休日を謳歌する為に外に出る。
朝日が心地よい。澄み渡るような青空が広がっている。
今日はきっと良い事があるだろう、そんな予感がする。
…とは言っても特に用事は思いつかなかったので、いつも通っている喫茶店に寄る。
「…いらっしゃい。」
いつもより気だるげなマスターの声を聞く。
朝の通勤時間だが、珍しく人が居ない。席に着く前に、マスターに挨拶する。
「マスター、今日は眠そうですね。」
「…あぁ、いつもなら眠くは無いんだが、今日だけは特別眠いんだよ。」
欠伸をする喫茶店のマスター。
「そうですか、手伝いましょうか?」
腕まくりをして、やる気を見せる。
しかし店長が身振りでそれを止める。
「いや大丈夫だよミノルくん。いつもより少し眠いだけだ。それより、いつものやつで良いかな?」
「はい。オリジナルブレンドで。」
「少し待っていてくれ。」
コーヒー豆をミルに入れ、挽き始めるマスター。
経営よりも良いものを出したい、飲んで欲しいというのがマスターのポリシーらしい。
特に常連さんをとても大事にする人で、月に何度も来る人にはこうして一からコーヒーを作ってくれたりする。
だからこそ、長年駅前に店を構えてられるんだろう、と考えながらいつもの席に着く。
「……。」
目の前に先客が居た。急いで席を変わろうとするが、呼び止められる。
「…少し、聞きたい事があるのです。よろしいかしら。」
紫の髪にガルボハットを被った、妖艶な雰囲気を漂わせる女性だ。
目元も帽子のつばで隠れて見えない。そこがまた妖しさを増す。
「なんでしょうか。」
「…今朝、誰かに会う夢を、見ませんでしたか?」
ドキッとする。まるで今日見た夢を知っているかのようだ。
正直に答えるか戸惑っていると、沈黙は肯定だとばかりに女性が何かを差し出してくる。
「では、これを。」
青いブレスレットだ。中央に当たる部分には、金色の線で地球儀のようなマークが入っている。
そしてメモも渡される。
メモを開くと、“今夜、着けて眠れ”とだけ書かれている。
理由を聞こうと前を向いた時には、既に女性の姿は無かった。
するとマスターがコーヒーを持ってミノルの席に来る。
「お待たせ、いつものやつだよ。」
「ま、マスター、今さっきまで僕の前に居た女性を見ましたか?」
「…いや、すまないミノルくん、今日は少しぼーっとしててね、誰が来たかあまり覚えていないんだ。私らしくもない。」
女性なら目立つから、尚更覚えやすいんだが…と言いながら欠伸をする。
マスターがもう一度謝ってからカウンター内に戻っていく。
ミノルは、女性に手渡されたブレスレットを片手にコーヒーを飲む。
今夜、着けて眠れ。メモの内容が頭を過ぎる。
彼女は何故俺にこのブレスレットを手渡したのだろうか。
試しに今着けてみる。何も起こらない。
「今夜、か。」
理由は分からないが、ミノルは今夜着けて眠らなければならない気がした。
あの女性の真意を確かめる為に。
そして、今日のコーヒーはいつもより甘い気がした。
夜、自宅に居る。ブレスレットは、一度外した。
ショッピングに出かけてはみたものの、ブレスレットの事が気になりすぎて、余り楽しめなかった。
これを着けて眠ると、一体何が起こるのだろう。
その時ふと、今朝見た夢を思い出す。
『…世界を救って。』
「…ハハ、そうか、ついに俺も正義の味方に成れるんだな。」
ブレスレットを着けながら、冗談まじりにそんな事を口ずさむ。
「待っていろ怪人共!この立川ミノルが成敗してくれよう!」
と言いながら、ベットにダイブする。
そしてそのまま、眠ってしまった。
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深い眠りの底から、少しづつ意識が戻り始める。
《…お目覚めでしょうか。》
少し電子音交じりの声が聞こえる。
目を開けるとそこは自室ではなく、見た事もない部屋だった。
壁は無機質で、機械的なイメージを受ける。辺り一面には沢山の机が置かれ、その上に沢山のモニターやパソコンが整然と並んでいる。
床は、堅い。コンコン、と金属の音がする。
そして何より目を引くのが…
「デッケェ……。」
それらの奥に座する、巨大な三面鏡のようなモニターだ。どれも黒い球体を映し出している。
「おはよう、ミノル君。」
後ろから凛々しい女性の声がする。
振り向くと、見覚えのある女性だった。
「貴方は、喫茶店で会った…!」
「ふむ、顔は見せないようにしていたのだが…。」
顎に手を当てる女性。
「…いえ、雰囲気で分かります。貴方はあの時の人ですね。」
「…なるほど、中々察しのいい青年なようだね。」
嬉しそうにする。綺麗な人だ、とつい目を奪われる。
「…では、現状の説明をしようと思うが、良いか?」
「あっ、はい。お願いします。」
心の中を見透かされている気分だ。
「まず君は、選ばれた。神のいたずらか、はたまた運命か。」
「その理由は、君が見た夢に起因する。」
「…誰かと会った夢、ですね。」
今朝見た夢を思い出す。
少女の顔が目に浮かぶ。
「そうとも。その時、君は何かを託された。覚えているかい?」
「…はい、全てを譲渡する、と。」
「…全てか。その人はそう言ったんだね。」
「はい。」
なるほど、と考え込む女性。
「デウス、聞こえるか。」《はい、所長。》
デウス、と呼ばれた声が反応する。
「彼の中に彼女の波動を感じるかね?」
《…いいえ、感じません。まだ覚醒には至っていないかと。》
「ふむ…。だが、彼が我々にとって重要なキーであるのは間違いないな。」
《私もそう思います。力が使えないのは、何か理由があるのか、と。》
ミノルそっちのけで話が進んでいく。
その時、デウスがある結論を出す。
《…もしかしたら、彼は試されているのでは?》
《彼女は理由も無く力を託すような人ではありません。まず、彼の事を見定める事を選んだのでは。》
「……なるほど、彼女らしいな。すまないミノル君、放って置いてしまって。」
こちらに向き直る女性。
「では、改めて我々の自己紹介をしよう。我々は、“ドリーム・ガーディアン”という組織だ。そして私はそのトップ。かの騎士王に仕えたと言われる、“マーリン”の名前を継ぐ者。
…まぁ、その名前はあまり好きではないから、気軽に所長と呼んでくれたまえ。」
手を差し出す所長。
「よ、よろしくお願いします、所長。俺は、立川ミノルです。」
所長の手を握り返す。
「あぁ、知っているとも。よろしくミノル君。……そして、天の声の正体も教えておこうか。」
所長が指を鳴らすと、奥にあるモニターが動き出し、カメラのレンズと、タッチパネルが表示される。
《初めまして、ミノル様。》
《私は、この施設の管理AI兼戦闘用AIの、デウス・エクス・マギナ、と申します。》
《今見えている物が、私の本体、メインフレームに当たる物です。》
カメラのレンズが収縮し、ミノルの姿をモニターに映す。
「あ、あぁ、よろしく。」
カメラに向かって手を振るミノル。
さて、と所長が話を始める。
「我々の業務内容だが…。」
「我々は日夜悪と戦い、人々の平和を守っている、と言えば分かるね?」
ミノルの胸が躍る。鼓動が早くなる。待ち望んでいたあの一言。
「正義の…味方…!」
「そうとも!」
「俺は、正義の味方になれるんですね…。」
ミノルの頬に涙が一筋流れる。
「ふふ、そんなに嬉しいか、青年。その涙で、君が選ばれた理由がよく分かったよ。」
「…えぇ、嬉しいです。夢だったから。」
涙を拭うミノル。
「それで、俺はどうすれば良いんですか。」
覚悟は決まっている。…それこそ、十何年も前から。
「ではまず、君がどうやって悪と戦うか。その説明だ。」
所長が指を鳴らす。
目の前の床に穴が開き、台座がせり上がってくる。
そして、ホログラムが表示される。
「…この機体は、デウス・クロス・マギナ、という。」
「本来はデウス…あのモニターの方のだが、彼女の機体だ。」
「君は、デウスと共にこの機体に乗り込み、悪と戦い、平和を守ってもらう。」
《よろしくお願いします、ミノル様。》
カメラが上下し、まるでお辞儀のような仕草をするデウス。
「これが俺の機体…。」
ホログラムに触る。触れる訳ではないが、つい手が伸びてしまった。
「楽しみはまだあるぞ、ミノル君。これを見たまえ!」
ホログラムが終了し、台座の内部からベルトが出現する。
「…これは!」
見た事がある。これはあの仮面なんとかヒーローのベルトと同じだ。
「これは、君がデウス・クロス・マギナを操作する為の物。」
「それと同時に、私渾身の一品でもある。」
「さぁ、装着したまえ!」
所長がベルトを手に取り、ミノルの前にかざす。
ミノルが手に取り、腰に当てると自動的に装着される。
「おぉ…!自動装着…!」
「凄いだろう。操縦用の調整よりも苦労したとも。」
誇らしげに笑う所長。ミノルが無言で手を出すと、所長も握り返す。
暫しの静寂。静かに見つめるデウス。
…そして何事もなかったかのようにまた所長が話し始める。
「そのベルトと、コックピット内の籠手式操縦桿が、君の動きをリアルタイムで機体に投影する。」
「実際の操縦方法は後でシミュレーションをすると良い。」
ミノルの足元の床から、近くのドアに向かって緑の光の線が伸びる。
「おぉ、本当に近未来的…。」
ミノルがつま先で床の光る部分を叩く。
所長はどうかね、と後ろを指差す。
今すぐにでも行きたいが、それは、後だ。それよりも。
「…所長、シミュレーションは後でします。それよりも。」
「…あぁ、戦うべき相手と、場所の事だね。分かっているよ。」
デウス!と所長が呼びかけ、それにデウスが答える。
巨大モニターにまず異形の者、としか形容できない生物の画像が映し出される。
形は様々だが、ヨーロッパの教会で見られるガーゴイルのような姿をしていると言えば分かりやすいだろう。
もっとも、身体は枯れ枝のように細々としているが。
「あれが、俺の戦う敵…。」
手を握り締める。これは恐怖からなのだろうか。自分でもわからない。
「そうとも。奴らの名前は”睡魔”。人々を夢に誘い、連れ込み、現実から引き離してしまう事からそう名付けた。」
「睡魔…。そいつらはどうやって人間に被害を?」
もう一度所長の指示により、画面が切り替わる。
睡魔の肉体の構成物質の解析から、その出現条件を表している。
「…奴らは、我々人間の精神状態に強く反応して現れる。」
「弱っていたり、疲れている時は勿論だが、稀に怒りや悲しみなど、激しい感情にも呼応して何処からともなく侵入する。」
「捕まると、どうなるんですか?」
「…初期症状は、軽い虚弱感と眠気だ。ここら辺では被害者に対する被害はほぼ無い。まぁ集中力の低下から仕事や学業に影響は出るだろう。」
「中期に入ると、被害者は次第に長い間眠るようになってしまう。」
「我々はこの段階までに処置に入り、救出出来ている。今の所は、だが。」
「…つまり、その後は。」
ミノルが息を呑む。
「…その後を起こさない為の我々だ。縁起でもない事を言わせないでくれ。」
とても感情的な顔だった。と、思い返してみればそう思う。
今にも後にも、所長があんなにも辛い顔をしたのは見た事が無いからだ。
ミノルも自身の言葉の重みを理解し、頭を下げる。
「すみません。」
「…感傷的になってすまなかった。次は場所の説明だ。」
謝罪する所長。気持ちを切り替えるように次の説明に入る。
モニター内の映像が切り替わり、先程の黒い球体が映る。
「我々が今存在している場所は、人々の無意識の集合体、阿頼耶識という世界にある。」
「その中でも特殊な場所、人々の無意識下の願いの溜まり場のような場所に魔法陣を設置し空間を作り、拠点を構えている。」
「なるほど…。どうやって阿頼耶識に入れたんですか?」
所長に疑問を投げつける。
「自身に魔法を使い、深層心理からここにたどり着いた。…君も体験するかね?」
手の平に小さな炎を出して、魔法を使えるんだぞアピールをする所長。
遠慮しておきます、と手を振って断る。
そして、もう一つ質問をする。
「では、何故ここを選んだんですか?」
「ここから向かう方が安定して仕事が出来るからだ。その理由が、あの画面に映る黒い球体がある場所だな。」
所長がモニターを指さす。
「あの黒い球体は阿頼耶識と現実の中間、意識と無意識の境界線上にある夢の世界に存在している。」
「夢の世界…。」
「そうだ。デウス、映している映像をもっと広範囲で映せるか。」
《了解しました。》
映像が広範囲に切り替わり、画面中央の空中神殿とその周りに浮かぶ多数の巨大な黒い球体、そしてその背後に聳える巨大な白い壁のような物が見える。
「この夢の世界は、オネイロスの神殿を通じて阿頼耶識に繋がっている。」
「我々はそこから夢とこの拠点を行き来するわけだ。」
つまりあの空中神殿が我々の玄関口だ、と説明を受ける。
睡魔撃退と同じぐらい重要な施設なようだ。
危機の際は必ず守衛するように、との事。
「では、あの巨大な白い壁は何なんですか?」
あぁ、あの壁か。と所長が言う。
そして説明を始める。
「あの壁は、宮殿を中心にして浮かぶ黒い球体全てを隠すように上下四方を囲んでいる。ようは箱だな。」
「そしてその目的は、睡魔の侵入を食い止めるため。」
「作成者は私達の前任者、夢の神であるオネイロス達が作った物だと推測している。」
また壮大だ。神様が出てきたぞ。
「夢の神、ですか。」
「あぁ。前任者というように、現在は行方不明だがな。」
参ったように腕を組む所長。
「ただ、それでも完全には防げていない。稀に少数の睡魔が夢の世界に侵入してきているのが現状だ。」
「そして、睡魔がどこから生まれ、どうやってこの場所に侵入出来ているのかは現在も分かっていない。」
「だが、調査を続けて行けば必ず突き止められるだろう。今後に期待だな。」
腕を組んだ状態で頷く所長。
「…そして、最後に黒い球体の説明だな。」
モニター内の映像が縮小し黒い球体がアップになり、その詳細な解析が出る。
「この球体は大小様々、数多に存在するが、その一つ一つが人々の夢の集合体だ。」
オネイロスの神話と同じだな、と語る。
「球体内部にはコアと呼ばれる透明な水晶状の塊が存在していて、それひとつが一人の精神・生命力とリンクしている。」
とても重要な物だ、傷付けないように。と念を押される。
「そしてコアには余った生命力を利用して夢を生成、睡眠時に外部に放出する能力が備わっている。」
その放出の際に人は夢を見る、らしい。
「睡魔はコアに憑りついた際にその機能を悪用し強制的に夢を生成、エネルギーとして吸収する為、人間は気付かない内に生命力を消費する事となる。」
「その結果、現実世界に影響が出始める、という訳だ。」
なるほど、そうやって現実世界へ影響が及ぼされるんだな。
ということは。
「じゃあ、現実で起こっている集団睡眠事件とかも…。」
「あぁ、睡魔の仕業だ。」
つい先日私とデウスで対処した所だよ、と話す。
「…まぁ死後、創られた夢の内容によっては神に認められ、新たな宇宙へと昇華したりするのだが、そこらへんの説明は省く。」
「これで説明は以上だ。」
所長に何か質問は?と聞かれるが、これ以上疑問に思う事は無い。
ミノルはただ、思った事を話す。
「…何というか、壮大ですね。」
「仕方ない事だ。何せ神の仕事を引き継いでいるのだからな。」
それもそうだ。
と、もっともな言葉に納得する。
所長もこれ以上の質問は無い、と判断し話を切り上げる。
「では、ミノル君。君の今後の活躍、大いに期待している。」
所長がミノルに向き直り、改めて激励。
「各自、解散!」
そして解散の指示を出す。
「はいっ!」
その指示が出されると共に、ミノルはシュミレーションルームへ急ぐ。
所長も自身の席へと戻り、軽くストレッチすると。
「…さて、では私もそろそろ仕事の時間だ。」
デウスに呼びかけ、システムコンソールを起動。
自身の仕事、夢の監視作業に入る。
《…覚醒すると良いですね。ミノル様の力。》
UIを表示させながらデウスが呟く。
「彼の託された力の影響か、いつ覚醒するかは私でも予知出来ない。だが、彼なら出来るはずだ。私が視た未来を変える事を。」
所長は目を細め、懐からタバコを取り出し一服する。
「それに、奇跡は起こるさ。今ここに魔法使いが居るのだからね。」
《…ふふ、所長らしいお言葉です。》
「兎に角、だ。今我々に出来る最善を尽くそうじゃないか。」
「デウス、サーチは私がやっておく。君はミノルの訓練の手伝いだ。」
タバコを灰皿に置いた所長が慣れた手つきで近くのタッチパネルを操作、敵の反応を検知するソフトを起動。
巨大なメインモニターに波長や数値など、様々な情報が表示されていく。
《訓練ですか…。どのように致しますか。》
デウスの声が少し硬くなる。
「…そうだな。あの外部端末を使用してミノルに睡魔との戦い方を教えてやれ。」
《…了解しました。外部端末を起動し、シミュレーションルームにてミノル様の能力解析を行います。》
それを聞いたデウスの声が少し上機嫌になる。
所長はと言うと少し呆れた声で、
「…程々にな。」
とだけ呟き、また一服するのであった。
多分これでここは完成かな?
また加筆したりしなかったりします。
見てくれる人ごめんなさい!でも拙作を読んでくださってありがとうございます!