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第4章

「う、嘘だろッー!!」


「新米うるせぇーぞ! 晩酌の邪魔だ!」


 町に帰りついた俺は、一緒にいたクリーゼに別れを告げてギルドに戻った。クリーゼは町についてそうそう、用事があるからと言って駆け出してしまったので、ろくにさよならも言わずに別れてしまった。


 で、現在はというと、背もたれの無い長椅子に座り、手のひらに収まる平たい石、ステータストーンに浮かぶ青い字を嘘だ嘘だと念じて見つめているという状況である。


 レベルやステータス、自分の名前にクエストの履歴まで書いてあった。まさに証明書のようなこの石に、信じられないことが書かれていた。

 自分のステータス欄、レベル1と表記されたところに、人生の終わりを告げる数字が記されていた。


「攻撃力、ゼロ……」


 つまり、モンスターを倒す力も、その術も、まったくないということだ。


「……」


 まずい、本当にまずい。無一文という状況に加え、攻撃力ゼロという死の宣告によって精神ヒットポイントは限りなくゼロに近くなった。

 いや、もうゼロかもしれない。攻撃力とはつまり敵を倒すのに必要な数値であり、それがないということは死んだと同じではないか?

 もしかしたら武器のひとつやふたつ装備すればゼロじゃなくなるかもしれない、だが武器を装備にするにしたって金がいる。じゃあ金を稼ぐにはどうすれば良いか。


「クエストをこなすしかないよな……」


 殴り兎(パンチラビット)討伐のクエストはリタイアした。あんな狂暴なうさぎ新米の手に余る。


 けれど、初心者に向けられた中で一番報酬が良かったのはうさぎの討伐だ。それ以外はろくにお金を払おうとしない、ボランティアに近いものばかりだ。

 当然、受けたところで財布の中身は潤わない。レベルも上がらない。まさに八方塞がりである。


「……」


 人形のように力なく首を後ろにもたれる。視界に写ったのはギルドの天井。木の骨組みが晒され、そこに埃やらクモの巣などが積もっている、燭台や壁窓から差し込む月光によって真っ暗にならないが、それでも、限りなく闇に近かった。

 それを見て、俺みたいだな思い笑ってしまった。

 自分が生きていくには誰かの力を借りて、経験値やお金を少しでも分けてもらうこと、まさにあの天井のように照らしてもらわなければならないのだ。

 しかしそれは、俺が描いた主人公像から程遠い生き方だ。誰かに媚びて、誰かの背中に隠れて、誰かのおこぼれをもらう。それは、自分が決別したはずの過去の自分の姿。


 夢や希望に溢れ、明日さえも待ち遠しく感じた今朝の俺が、現実と絶望に呑まれた今の自分を見たらどう思うだろう。


「……クソゲーだ」


 その一言をいうのに、何拍子もかかった。



 □■□■□■□■□■□■□■□



 宿屋の一室、ベッドが置かれただけの簡素な部屋。窓から差す月光が唯一の灯りである。部屋の所々に食べかすや毛やらが散乱しているけれど、文句は浮かばなかった。


 ここが異世界に来て初めて一夜を過ごす場所。今朝の自分なら舞って踊るかもしれない、それこそRPGみたいだと歓喜して眠らなかったと思う。


「あぁー、ベッドがこんなに恋しく思うなんてな……」


 心身共に倦怠気味で、もう立つのさえ面倒だと思えてくる。


 攻撃力ゼロというのも相当にショックだが、ギルドの受付嬢に情けでお金をもらったことも中々に響くものがあった。


 憐れむような目とあの台詞。


「攻撃力がゼロなんて初めて見ました……、もうそれ終わりじゃん」


 初めて手に入れた金は人のお情け、しかもその金で泊まる宿、RPGの主人公だってそんな境遇に見舞われはしないだろう。

 ……え? だとすれば俺だけ。


 その考えに至った時、頭痛らしきものがしたので、今日はもう寝ることにした。



 □■□■□■□■□■□■□■□



 意識だけが覚醒し、浮遊感を身に覚えた。ゆっくり瞼を開くと流れ星が視界に写る。

 感覚的に横になっているようなので、上体を起こす。


「おおー勇者よ、借金するとは情けない!」


 若干のアレンジはされてるものの、この台詞と少女の着ているシスター服は忘れそうにない。


「女神様! 俺を元の世界に返してください! お願いしますから!!」


 見えない何かの上で正座し、床に頭突きする勢いで土下座した。


「え? そんなこと急に言われても、ミコ、困るだけです」


 本当に困ったようで、眉を八の字にしてどうしようどうしようと繰り返していた。


「お願いです、俺もう無理です!」


 夢にまで見たファンタジーの世界で挫折したのだ、もうどの異世界に行こうとあのドキドキした気持ちは一生芽生えないと思う。


「でも、この世界に転生することを選んだのはシノちゃんですし、そんなわがまま言われてもミコにはどうしようも出来ません」


 ペコリと頭を下げるミコ。どうやら本当にどうしようも出来ないようだ。


「なら、俺はどうすれば良いんだよ、攻撃力はゼロで、無一文、前より酷くなってるじゃないか……」


 せめてチートでもあれば……、ん? チート。


「なあミコ、俺にチート能力ってあるのか?」

「え? ありませんよそんなの」


 わずかな希望は秒で潰されてしまった。

 ほんの少しでも期待した俺が馬鹿でした。すいません。


「まあチート能力程ではないですが、ミコに会いたい時にいつでも会えます」


 夢の中限定ですけど、と付け足すミコ。

 一体何を喜べば良いか分からないが、まあ心に留めておこう。


 何度目かの星が目の前を流れる。不意にミコが、そうだ! といって話しを変えた。


「そういえば、シノちゃんのいる異世界の説明をしてませんでしたね。聞きますか? 聞きますよね、良し! ミコ、張り切って説明しちゃいます」


 いつものハイテンションなミコに、どうぞと相槌を打つ。いろいろ不安はあるものの、結局何も知らない状態ではこの先も不安定なだけだ。

 ゲームを攻略する時、知識と攻略本が必要なのと同じだ。


「まずですね、シノちゃんがいる大陸の名前はリーンチェットと言います。形は伸びのびする猫ちゃんそっくりなんだよ。あ、ちなみにシノちゃんは、この猫ちゃんのお腹の上辺りにいるよ」


 どこから出したのか、ホワイトボードには斜め左下に向かって伸びをする猫のような姿が書かれていた。


「他に大陸が二つあるんだけど、今回は説明しません、シノちゃんにはまず見てもらいたいからです」


 おいそれ理由になってないぞ、と不満を表情には出したものの、駄目なものは駄目と言わんばかりに首を横にブンブン振られ、最終的にこちらが折れた。


「じゃあ、次は世界の情勢について教えますね」


  プリクラで女子高生がするようなポーズをいちいちやるミコ、それが一番時間の無駄だと思うが今俺は寝ているのか。となるとこれは睡眠学習になるのか?


「昔は3つの大陸に1つずつ大国があったんだけど、魔王が現れて1つ取られちゃったの。でね、その取られた方の国はリーンチェットに移住して、昔よりは大きくないけど、国を建て直したんだよ」


 つまりリーンチェットには大国が2つあるわけか、しかし元々あった領土に別の国が移住してきたのだ、きっと関係は複雑だろうな……、ていうか。


「今さらっと魔王って言った?」

「ふえ? 言いましたよ」


 そんな重大な事をあっさり言うなよ! 大陸どうこうより余程重要だわ!


「おい! 魔王の事をなんで言わなかったんだよ!」

「え? 聞かれなかったから」


 子供か! と突っ込みたいが子供なので歯がゆい。

 しかしミコは、そんなことより話しを止められたことに腹が立ったらしく、眉を逆八の字にして言いがかる。


「これはですね、無一文のシノちゃんのために教えているんですよ、ただですよただ!」


「ただを強調するな、そこまでがっついてねーよ。第一教えてほしいなんて一言も言ってない」


 むっかー! とわざわざ口にするミコ。大きな瞳に炎が写し出されそうだ。

 こいつ真面目なのかふざけてるのか分かりづらいよ。


「シノちゃんは本当にひねくれてますね。人の善意を無下にするくらいなら、さっさと冒険に行けば良いじゃないですか!」


「攻撃力ゼロでどう冒険しろって言うんだ! モンスター倒せないんだぞ! 相手から見れば鴨だぞ俺!」


 言い切りはしたが言ってて悲しい。経験値稼ぎに倒してたモンスターもこんな気持ちだったのかな。


「シノちゃんのそういうところが駄目なんだよ! 全身から辛気臭いオーラが出るのもそのせいだよ!」


「なんだよ辛気臭いオーラって!」


 確かに辛気臭いと因縁付けられた覚えはあるけど、異世界来てまで言われたくはない。


「良いですか、ミコはシノちゃんの親みたいな存在です。だからずっと見てきました。そんなミコに言わせればシノちゃんはまだ運の良い方ですよ。転生して早々盗賊やモンスターに襲われて足跡も残せないまま死んだ人だっているんですから」


 どこか生々しい話しに、突っ込みを入れる気が削がれた。

 というか、しっかり見てるんだなそういうの……。


「だからシノちゃんは自信を持って良いです、それにシノちゃんには最大の武器があります!」


 最大の武器? と聞き返す。それは一体……。


「んふふ、それは、『逃げ足』です!」


 落胆した。何を言い出すかと思えばそんなことかよ……。


「え? なんで落ち込んでるんですか」

「落ち込むよ、逃げ足がどう武器になるってのさ」


 モンスターを倒せなければ経験値だってもらえない。いくら逃げ足が早くても、結局のところ問題解決には至らない。

 しかしミコは、「甘いです」と言う。


「良いですか、人はそんな簡単に自分の武器なんて見つけられません。でもシノちゃんは早い段階で自分の武器を見つけています。しかもそれは散々磨いてきたもの、それに敵うものなんてそうそうありませんよ」


 ミコが熱心に説明してくれるが、はっきり言ってそう思うことはできない。確かに困ったことがあれば逃げてきた、自慢にこそならないがいじめっ子に捕まったことはない、でもそれが武器に成り立つのか。


「悩んでますね、悩むということは自分の価値を見いだそうとしてるってことです」


「自分の価値……、なあ、俺は本当に武器を持ってるのか」


 ふふーん、と焦らすように笑う女神。どうやら教えてくれる気はないらしい。


「さて、そろそろそっちは朝ですね。今日も1日張り切っていきましょう」


 おー! とミコだけが拳を上げる。それが合図だったのか、視界に写るものがぼんやりとし、再び優しい闇の中へと溶けていくのであった。



 □■□■□■□■□■□■□



 お日様が顔を出し始め、町も一緒に起き上がるかのように人が次々と建物から出てきた。

 その人々の中の一員である俺も、不機嫌な表情のおばちゃんに部屋の鍵を返して早速ギルドに向かった。


 ギルドに来ている人数は想像より少し多いくらいで、寝起きの俺と比べ精悍な顔つきをした冒険者が多かった。

 家に引きこもっていた俺には無縁だった早起きだが、特に二度寝することもなく起きることが出来た。


「よう新米、殴り兎(パンチラビット)に負けて逃げてきたって本当か」


「お前、殴り兎(パンチラビット)に完敗したらしいな、冒険者に向いてねぇーんじゃねーの」


 外野がものすごくうるさかった。てか誰だよ広めたやつ。そう思って周りをキョロキョロ見渡すと、ジョッキ片手のおっさんがモンスターにやられた新米の真似といって変顔をしていた。

 どうやらもう出来上がってるらしい。


「見てろよあいつら! いつか魔王を倒して自慢してやる」


 ゲラゲラと笑い声が聞こえるなか、ずきずきする心を震わせクエストボードに向かう。すると、見知った赤い短髪が目に入った。


「デール?」


 青年はボードから視線を外し、驚いたようにこちらに向くと、爽やかな笑顔で俺の名を呼ぶのだった。


「シノブ、冒険者になれたんだね」

「おう、何とかな」


 どうやらデールは、雑魚モンスターにやられた新米冒険者の話しを聞いてないらしい。

 それを知って、ホッと胸を撫で下ろした。これで知っていたら恥ずかしさで耐えていけそうにない。


「デールはこれからクエスト?」


「うん、ちょっとでもレベルを上げて、冒険の幅を広げたいんだ、そのためにもまずは強くならないと」


 デールが眩しい。まさに俺が持つRPGの主人公像そのままだ。皮の防具一式も、昨日と比べてぼろぼろだった。それはモンスターとの戦闘がいかに激しいものだったのかを語っている。


 俺もこんな冒険者になりたかったと切実に思う。


「ところで、シノブもクエスト? 良かったら一緒に行かない?」


 それは唐突なお誘いで、オンラインゲームとは違う、至極真面目な勧誘だった。

 レベ上げやスキルアップや経験値集めとはまるっきり違う、弱肉強食で現実味のあるこの世界で、初めて、パーティーに誘われた。


「え、良い……のか?」


「うん、一緒にやった方が効率も良いでしょ」


 こちらに手が差し伸べられる。

 真っ当で正論で穢れのない救いの手。その手を握れば攻撃力ゼロでも経験値は稼げるし、お金も入る。今目の前にいる青年が神様にさえ見える。


 ここでその手を握れば、少なくともレベルが上げられる。レベルが上がればステータスだって伸びる。攻撃力ゼロという呪縛から解放されるかもしれない。

 そう、解放されるかも知れないのだ。


 しかし俺は。


「ごめん、今はちょっと一人でやっていきたいんだ。ほら、俺まだ新米だろ、戦い方とか雑だし足引っ張るかもしれない」


「大丈夫、俺だってつい最近冒険者になったんだ、剣だってろくに振るえない。でも、誰かと一緒にやればもっと強くなれると思うんだ」


 デールは食い下がる。その気持ちはとても嬉しかった。でも……。


「ごめん、また今度誘ってくれよ。その時は俺がサポートしてやるからさ」


 何故か俺はデールに向けて、笑顔で、そういっていた。デールも流石にこれ以上はよそうと思ったのか、「そう、じゃあまた今度」といってボードからクエストの書かれた羊皮紙を引きちぎって持っていった。


 デールが冒険に出発したのを見送ってから、心に強い憤りと後悔があるのを感じた。


「俺って、本当にバカだッ!」


 パーティー勧誘を、俺は『逃げる』という形で断ってしまった。本当は助けて欲しかったのに、断ってしまった。


 後悔を胸に抱きながらも、俺はボランティアに近いクエストを手に取り、他の冒険者に見えないように受注した。

 ちっぽけだと分かっているのに、俺のプライドは今もゲーム感覚で、ソロプレイを続行したのだった。

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