辺境都市カルケル 第二十五話
だいぶ涼しくなってきて過ごしやすくなりましたね。
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ギルドでエリスさんと別れた後、俺達は足早に黒鉄の剣亭に帰ってきた。
大通りの途中で展開している屋台から、美味そうな匂いが漂っていて、ベルゼブブがそっちに行きそうになるのを止めながらだったから少し時間が掛かってしまった。
無事に黒鉄の剣亭まで着いた。受付をしていたシャリアさんに挨拶をする。
「ただ今帰りました」
「たっだいまっ!」
「あら、レン君にベルゼブブちゃん。お帰りなさい。夕食はまだ沢山有りますよ」
食堂から賑やかな食事を楽しむ声と食器の音が聞こえている。
「間に合わないかと思いましたよ」
「あぁ! 僕もう、お腹ペコペコだよ!」
食欲を堪え兼ねたベルゼブブは一人、食堂へと走っていってしまった。
「お、おい……。すみません」
「ふふっ、沢山食べてきて下さいね」
「はい、行ってきます」
俺もベルゼブブの後を追って食堂へと向かった。
ーーーーーー
カルケル騎士団本部
辺境都市カルケルの安全、正義と秩序を守る、
カルケル騎士団の本部。
その団長室にて、カルケス辺境伯公女サリア・カルケスを護衛していた衛兵隊第五分隊が新兵のメテアを残して全滅した事件の報告会が行われていた。
「……サリアお嬢様、メテア両名の証言の通りカルケスの森、その周辺にて衛兵隊第五分隊の隊員の遺体を発見。傍にグレートハンターウルフの死体も確認しました。遺体は全て回収し、遺族への引き渡しも完了しました」
報告するのは第三騎士隊隊長のオルテガ・アッシュだ。
第三騎士隊のトップでありながら、精鋭揃いの第一部隊の隊長をも務める赤髪で長身の優男である。
「尊き命が失われた、か。遺族へ賞恤金は送ったのか?」
対するのはカルケル騎士団団長ギルバート・ガリオン。長い金髪を後ろで結った、これまた長身の美丈夫である。
以前カルケルに飛来したワイバーンを単騎で狩り、《飛龍殺し》の異名を持つ。サリア・カルケスの婚約者でもある。
「ええ、勿論です。皆さん辛そうでした。遺体は凄惨を極めるものでしたから」
オルテガは脳裏に、昼に会ってきた遺族の顔を思い起こす。
誰もが泣き崩れた。親や息子、娘。婚約者を失った者達も居た。
簡単な護衛の任務だと言ってら出かけた者が物言わぬ屍体で帰ってきたのだ。昨日まで元気だった者が、だ。
五体満足の遺体は一つとして無い。四肢の欠損や胴体に風穴が空いているなんて、顔が残っているだけ良い方だ。身体の一部しか無く、顔も残って無い者も居たのだから。
遺体の引き取り手の無い者は、騎士団所有の墓地に葬った。彼らは英霊となりカルケルを守ってくれるだろう。
それにしても、相手はグレートハンターウルフだったのだ。全員の遺体を一部でも回収できたのは、奇跡だと言える。
「そうか……彼等の冥福を祈ろう。よくぞサリアを最後まで守り切ってくれた。感謝と敬意を送る」
命を投げ打ってまでサリアを守り切った衛兵隊第五分隊隊員の死後の安寧を冥界を司る神、ティランに祈る。
「……さて、狼どもは何処からやって来た?」
「普通に考えれば魔窟の森しか無いかと。グレートハンターウルフの姿が確認されていた筈です」
そう答えたのは第二騎士隊隊長、ペリア・スコイルだ。比較的数少ない女性の騎士であり、隊長を任される程の実力者である。実際に第二騎士隊を指揮し、かなりの戦果を挙げている。
後ろで纏めた紺碧色の髪を垂らし、紅茶を優雅に飲んでいる。
椅子に立て掛けてある無骨な大剣が無ければとても絵になる姿だ。
音を立てずにそっとカップをソーサーに置き、視線を書類に向けた。今回の事件の報告書を手に取り黙読する。
カルケルの北に魔窟の森がある。
そこには、魔王大戦時代以前まで使われていた精霊界への門が存在した。
大戦時に破壊され、暴走した大量の高濃度魔力の残滓が残っているため、強力な魔物の発生が絶えない。
「あぁ。確かにあの森なら、群れに数体の強化種が混じるのは良くあることだ。だがな、群れの全てが強化種なのは変だ。幾ら魔窟の森だとしても明らかにおかしい」
グレートハンターウルフはハンターウルフの強化種である。
そもそも希少な魔物であるハンターウルフの強化種、今回のように群れの全てが強化種なのはどう考えても異常であり、本来有り得るはずが無いのだ。
例外として、ダンジョンなら無くは無いのだが。
「なら、人為的なものだと?」
ならば、とオルテガが言う。
ギルバートは顎に手を当てて思考を広げる。
あまり考えたくは無いが、この事件を人為的とするなら二つの勢力が一番に思い浮かぶ。
「帝国。それとも邪教徒供か? どちらも有り得るのから憂鬱だよ」
「人為的に魔物を強化する事が出来る方法を開発したとしたら、かなりの脅威になりますね」
「帝国の軍部は何を考えているのか分からん異常者集団だし、邪教徒供は奴等で頭の螺子が何本も抜け落ちている……。全く、嫌になるな」
隣国であるギルオン帝国は先々代の皇帝から勢力を増し、多くの領土を獲得していった。
このエルランデ王国とも幾度となく戦争が繰り広げられてきた。
今代の皇帝になってからは、大規模戦争が一度あったが、ここ二十数年は国境付近での小競り合いしか起こっていない。が、何やら軍部の黒い噂を聞く。
一方の邪教徒は邪神を拝する狂信者達だ。
十五英神の一柱で有りながら、邪神のポジションに何故か置かれてる破壊神ラルヴァでは無く、遥か古の時代に十五英神によって討たれたとされる災厄の神々、三滅神を主神として拝している。
主神である三滅神を復活させる為に世界各地で暗躍している者達なのだ。そんな者達に良識なんて有る筈がなく、目的の為には手段を選ばない。
「厄介だ……」
ギルバートは頭をガジガジと掻く。ただでさえ大変な騎士団長という社会的立ち位置。それに加えて自分達の領域で暗躍しているだろう者達を考えると、かなりのストレスが掛かっているのだ。
「で、だ」
「はい」
ギルバートも報告書を手に取り、頁を捲る。
「サリアが離脱した後、メテアを助けたレン・アカミヤってのは何なんだ?」
報告書には突然現れた旅人が瞬く間に十数匹のグレートハンターウルフを屠ったと書かれている。
ランクCの魔物であるグレートハンターウルフを難なく倒す事が出来るのはランクB以上の冒険者に相当する実力者だと言える。
その人物はカルケルに入る際に仮の通行許可証を発行している。その上冒険者ギルドに登録を行った記録が有る。かなりの実力者なのに、今までギルドに加入していなかったという訳だ。
突然現れた実力者。途轍もなく怪しい。余りにもタイミングが良すぎるのだ。
「此奴は何かあるな……胸の傷が疼く」
たまたまだ、と言われればそれまでなのだが、伊達に団長を務め、幾つもの修羅場を潜り抜けてきた訳では無い。
突然だが、良い団長に特に必要なモノとは何か?
団員を纏め上げる統率力? 当然必要だろう。
人を惹きつけるカリスマ? 勿論だ。
困難を覆す知恵? 敵を粉砕する力?
どれも大事だろう。だが、それらは全て前提条件だ。もっと必要な物が有ると思う。
さて答えだが、"勘"だ。
"勘が良い"とは、直感的に物事を推察したり把握する事に長けている事を言う。
戦場や街を守護する事において違和感を感じる力は重要だと言えるだろう。
敵の策や罠を戦況や地形を見ていち早く気付がなければ、部下を犠牲にしたり、兵糧を狙われたりと、自軍に多大なる被害を被る事に繋がる。
ギルバートは"勘"が良い。
何かが起こるときはいつも、決まって幼少の頃に付いた胸の傷が疼くのだ。
カルケル騎士団は幾度も彼の勘に助けられて来たのだ。
だがらギルバートは確信していた。レンと言う人物が何かあると。
「オルテガ。工作隊にレン・アカミヤを調べさせろ。お前はメテアと一緒に接触してくれ」
「承知しました」
「ペリアは第二騎士隊を率いて魔窟の森とグレートハンターウルフの出現した周辺の調査を頼む」
「了解です」
「では解散だ。……俺は領主様に会いに行くとするか」
二人に命令を下し、事件の報告をする為に領主邸へと向かう事にした。
夜はまだ長い。




