例えば住んでるこんな人。
魔術師の森(マギズ・フォレスト)に住む錬金術師、通称エリカ、他称二十二歳。
エリカの朝は、自宅の玄関先で遭難しているところをマスターに発見されるところから始まる。
「マスター」というのは、各系統の術者が大体分かれて住んでいる各 通り(ストリート)ごとに一人いる責任者の総称であり、おおむね通称も兼ねる。責任者なので、住人の遭難を見かけて放っておくわけには行かない。
「エリカさん、エリカさん、起きてください」
「ふにぇ……ふぁ~いぃ……」
黒の短髪をかき混ぜながら、エリカはふにゃふにゃと立ち上がる。すらりとした体型、結構な長身。印象はシャープなのに、寝ぼけた顔が妙に幼い。……寝癖も、すごい。
「はい、ドア開けて。はい、入って。ちゃんと寝て下さいねー?」
マスターは、エリカをドアに押し込んで溜息をついた。
エリカの実家は代々続く「技術師」だという。警備会社だそうだが、警備関係の実用的な技術を追い求める家の中でエリカはどういうわけだか「繊維の染色」の道に進み、必要な染料とその生成等に関わるからくりの研究・開発方向へとすっ転んだ。必要な薬草が豊富なこの森に単身引っ越して久しく、最近は企業の人が訪ねて来た時のサインにしか使わないので本名も忘れかけている。
特に「昼間のエリカ」は。
起こされて家に入り、何とか朝ご飯を食べ、どうにか昼ご飯を食べ、企業の人ととんちんかんなやり取りをしてサインを間違え、相手が困って一旦帰るのを見送る。
エリカは、眠っている。立って、動いて、熟睡している。
どういうわけだか「完全に」眠っている。
その事実を突き止めたマスター曰く、日中の彼女は「夢の中の住人」だそうだ。
そして。
「うにゅ……夕方だぁ。……ねよぉ~っと……」
眠っているエリカが「眠りにつく」と。
「……んー。よく寝たっ」
ようやくエリカは「目を覚ます」。
とんとん、と家のドアがノックされた。
「エリカさん、企業の方が見えてますよ」
マスターの声だ。
「あ、はぁい。わかりました。鍵開いてますよ」
……昼間の記憶はかけらもない。出直してきた企業の人は怪訝な顔をする。
夜のエリカはしっかり者。しゃきしゃきはきはき、姉御肌。
昼間のエリカはお寝ぼけさん。極めて天然、ほえほえ娘。
そして、どちらもどこかが抜けている。
だけど、あまり困らない。
本人「は」。
たまに「ご飯」を追いかけて、通りの端から端まで走って行く。
これは、そんなエリカのお話。