悲劇の王女の報酬は
――美しい姉妹の姫がいました。
姉は少し気が強い所が玉に瑕でしたが整った顔立ちをしており王家の太陽とまで言われております。
妹も姉に似て美しくしかし合わせることが得意なので姉よりも人気のある姫でした。
ある時姉に縁談が来ます。同盟を強化するための政略結婚ではありましたが、姉は断りませんでした。
王子との見合いで姉は絵で見ていたよりも凛々しい王子を見て喜びました。
王子との見合いが終わり、その晩妹と話をしました。
「私、王子様を見てこの人しかいないと思ったわ」
姉は自慢気に語ります。
妹はというと、どこか気落ちした様子で、相槌を打ちました。
「そう、なんだ、良かったねお姉ちゃん」
そして、暫くすると式の日取りはいつだというふうに話が進んでいきました。
それに比例して妹の様子がおかしいのを姉は気づきました。
ある時姉は妹にその理由を尋ねましたが、応えず有耶無耶にするのです。
その晩、姉は寝所に入りました。
すると火事が起こりました。姉は命からがら逃げ出せましたが、顔に大きくやけどを残してしまいました。
その報が王子側の国に入ると結婚は姉ではなく妹にしようという決断を下しました。
姉はその報せを聞くだに部屋にこもりがちになります。
ある時妹が気分転換に外へ出ませんか、と持ちかけてきた。
姉はその言葉を受け外出した。
しかし、変であると気がつく。
「ねぇ、どうして森へ行くの?」
「温泉があるからです、お姉ちゃんのやけどにいい効能があるのだそうですよ」
「ねぇ、どうしてお供が少ないの?」
「お忍びだからです、お姉ちゃんがあまり人に見られたくないだろうから」
姉に言い知れぬ不安がよぎります。確かにこの森には温泉があります、しかし獣達が多くいるため好んで入ろうとはしません。
そして、馬車から降りるとその不安が的中します。
黒装束に身を包んだ顔のない刺客が現れます。
妹の名を呼んで助けを求めました。
けれども妹はニッコリと笑って応えます。
「私、王子様が好きです」
一目惚れでした、と続けます。
「お姉ちゃんに王子様を取られたくなかった、だから――」
お姉ちゃんの顔を焼きました、妹の顔が暗いのは森のなかというだけではなかったのでしょう。
妹は告げます。
「お姉ちゃん、死んで下さい」
馬車は反転し去り、暗殺者たちは姉の王女に跳びかかります。
姉は必死に逃げます、しかし虎鋏や鋼線の罠にかかって傷だらけになります。
どうしてこんな目に、脳裏に妹との楽しい思い出が蘇ります。
それも毒のように彼女を痛めつけます。
そして、刺客が彼女を殺そうとします。
その時でした。
「――取り戻したいかい?」
問うと同時に男が刺客たちの前に何か立ちはだかりました。
何かによって刺客たちは撃退されます。
振り返って顔を見て彼女はビクリと顔を強張らさせます。
獣の顔をし男の上半身で獣の下半身、世俗に語られる――悪魔のものでした。
「醜い顔を消したい、幸せな未来を取り戻したい、引き裂かれた妹との絆を手にしたい」
そう思っているね、悪魔は尋ねます。
彼女はコクリと頷きます。平時であれ、気がふさぐ前だったら、こんな甘言を聞くことはなかっただろうと自覚しながら、それでも悪魔に頼ってしまうのも仕方がない、ということも思いながら。
「ならば、力を与えよう」
妹姫は幸せだった。
いつも姉の影に隠れてしまうのだったが、もうそんなことを気にすることはない。
愛しい人もいる、それを奪ったことも気に病むこともない。だって姉は不慮の事故で死んでしまったのだから。
クスリと笑いながら、悪寒が走る。
天蓋付きの寝台の中ふと目が覚める。
「誰?」
侍従を呼ぼうとしても、誰も返事がない。
「私だよ」
声が返ってくる、まさか、そんなだって――だってあの人はっ!?
「死んだはず」
「生きてるよ、メーテル」
「お姉ちゃん」
引き攣りながらメーテルは従者たちを呼ぶ。
曲者と姉を呼びながら必死に助けを求めた。
「私の目的を教えよう」
「私を殺すの、お姉ちゃん」
「違うわ」
それは手段よ、にこりと笑う姉から感じられるものはかつて自分もあったものと、メーテルは感じる。
狂気だ、背筋に冷たいものが走る中メーテルは姉の言葉を聞く。
「私はやり直すこと、このただれた火傷も治し貴方との絆を取り戻すこと」
貴方を殺すことで、言葉に理解が追いつかない。メーテルがはっきりとわかったことは自分の命が危ういということだ。
投げられるものは何でも投げた、自決用と暗殺用の短剣もよく使う手鏡も助かるために、姉を攻撃した。
そんな妹をまるで愛おしむかのように姉は受け入れていた。
そして、止まらぬ歩みが――メーテルに追いついた。
「――捕まえた」
火傷を負った顔が嬉しそうに歪んだ。
悪魔はこういったのだ。
「君にやり直す力を与えよう」
「やり直す力?」
「そう、君をここまで不幸に追いやったものを殺すことによって君に起きた過去に任意で戻る力だ」
火傷を負わなかったことにもできるし、妹との絆が失われることも、幸せな未来も起きることも――君にはできる、ということだ。
「――ただ、気をつけて欲しいのは」
君自身は忘れることは出来ない、ということだ。
悪魔は笑って彼女に力を受け渡した。
姉姫が朝起きると王室だった。
顔を触って火傷がないことに気がつく。
笑顔が溢れると同時に妹が生きているか気になった。
「ファ、お、お姉ちゃん?」
妹の部屋に行き、生きていることに喜びながら、ゾワリと黒い感情が浮かぶ。
姉姫は失った。何を失ったか彼女は自覚している。
――妹を信じる心を失ったのだ。
これは取り戻すことは出来ない、姉姫が覚えているからだ。
また裏切られるのではないか、また自分が殺してしまうのではないか、その疑念に震え姉姫は自殺した。
これは自殺ではなかったといえば、確かにそうだ。
自我が生まれる前までに再び目を覚ませば、またいつものように妹を信じられるのではないか、悪魔の力を使い転生の輪に入った。
そうした為――彼女は妹を信じられるようになった。
しかし、欲しかった妹への信頼は妹が生まれないという皮肉によって達成されなかった。
姉姫は、ただの姫となり失うことも――また、得ることもない人生を再び歩むことになった。
美しい姫がいました。人々は姉妹であればなお輝くであろうと密か囁くのでした。