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祈り方・謝り方

「あなたのために祈らせてください……」

 俺が伏せていた顔を上げると、背の低い初老の女がこちらを見てにこりと笑んでいた。公園のベンチに座って、背すじを曲げている俺と比べても、身長にそう変わりはない。普段の俺ならば、多忙を理由に断っていただろうが、たった今会社から解雇を言い渡され、さらにそれを理由に声を荒げて雑言を尽くし、その場に居づらくなり外に出てきたばかりであったので、なんと返したものか――逡巡してしまったのである。

 女は、俺が憔悴しているのを感じ取ったのか、何も言わず手を合わせて目を閉じた。

「祈って何になる?」

 思わず、まだ虫の居所が悪かったせいか、意地悪な質問をしてしまった、と心中で後悔した。それでも気を害した風もなく、女は口を開いた。

「私のためになります……」

 そして、続けた。

「あなたがここにいてくれて、ありがとう……」

 ふと……誰がいても彼女はそう言うのだろう。俺でなくとも、ルンペンでも、子どもでも、この若き宗教家には区別がついていないのだ……と冷めた思いを抱きながら、不思議と胸からは熱いものがこみ上げていた。

 何も、今の問答で感動したわけではない。俺に宗教的な感性はないのだ。単に、社会人として生活を始めてから、必要とされたことがあまりに少なかったから、不意に、そっと嬉しかったのだった。たとい、本心でなくても、嬉しかったのだ。会社から不要を言い渡された今だから、なお、嬉しかったのだ!

「おい」

「エエ、なんでしょう」

「悪いが神だの仏だのに興味はない」

「エエ、エエ、構いませんとも……」

「だけどアンタの祈り方を教えてくれ。俺も祈ってやりたい奴がいるんだ。膝をついて手を合わせればいいのか?」

 女は少し驚いた顔をして、それからオホホと上品に笑った。俺がムッとすると、目尻に人の好さそうな皺をいっぱいにつけて、

「笑いません。笑いませんトモ……。でも、祈りに作法など、ありませんワ」

と、やけに通る声で言うのだった。まるで簡単な算数を教える教師のようだ、と思う。なるほど、区別がないわけだ。

「祈りは、ただ祈るだけです」

「そういえば、そうだったな」

 まだ学校に通っていた頃、テストの結果だの腹痛だので何かに祈っていたっけ。

 あれは言葉の上でこそ、神だの仏だの言っていたが、実のところ自分自身に祈っていたのだった。

「うん、やることができた」

 俺はそう言って立ち上がった。解雇自体はどうにもならないし、それを考えるのはもう少し後の話だ。今は単に、ひどいことを言った人には謝らなければならない。なにも改心したわけではない。今でさえ、あれっくらいの暴言は吐いて当然だと思っている。ただ、これから自分自身に祈って、自分自身にすがって生きていくには、自分自身の背すじが伸びていなければならないから、俺は謝るのだ。




「なぁ……ひとつ訊きたいんだ……笑うなよ……謝るってどんな風にやるものだったっけ……」

 今度は流石の女も今度ばかりは可笑しそうに笑った。

「ホホホ……謝り方に作法など、ありませんワ……」

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