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私だけ生き残った世で

作者: 竹の子物語

 現在、人類は私だけしかいない。

 だが寂しくはない。

 なぜなら、私には仲の良い“話し相手”が居るからだ。

 この世に生きる人間はもう、私しかいないけれど、それでも話し相手は居るのだ。

 例えば、今もこの部屋からその“話し相手”は見える。

 私は“話し相手”に声をかけるべく、木枠に囲われた、光を反射することも出来る透明な板へと、いつものように近付く。すると、それに気が付いたのか、透明な板の向こう側に居る“話し相手”も同様に近付く。私と同じ仕草で、私の姿をした“話し相手”が近付く。

「こんばんは。今日は涼しい夜だね」

 私は挨拶をするが、“話し相手”からの返事は無い。

 いつもそうだ。私はお喋りなのだが、私と同じ姿をしたこの存在は、私とは違って寡黙であり、私が挨拶をしてもなかなかまともに返してはくれない。同じ姿形なのに不思議だ。

 けれど愛想はわりと良く、私が笑いながら話しをすると同調して笑ってくれて、私が悲しそうな顔で話すと、同じく悲しそうな顔をする。口数は少ないが、この“話し相手”は非常に気を使うのが上手く、どんな話でも甘んじて、私の目を見て聞いてくれる。いくら話しても飽きることはない。だって私は、こんなにも“話し相手”と仲が良いのだから。

 だから、だからこそ私は、この私だけしかいない世界で、正気を保って生きることが出来ているのだ。

 そう、私は正気だ。本当に正気だ。例えば、私だけしかいないという極限状態に置かれ続けることにより、鏡に映る自分の姿を、別の人間であると誤認して対話するようになったりなどは、しない。絶対にしない。

「君は、私に何も言わず、どこかへ行ってしまったりしないよね?」

 私は、透明な板へ向かい、穏やかな笑顔と共に問う。これは確信の笑みだ。それは、私の質問に対して、肯定してくれるという確信である。

 案の定、“話し相手”はにこりと穏やかな笑みを返して肯定してくれる。私にそっくりの、私と同じ笑み。

「君は口下手だが、優しいな。いつも私の話を、嫌がらず聞いてくれる。不思議なやつだよ。他のやつは皆そろって利己的で、誰も他の私の話に関心など示さないのに、――私もまた、そうであるのだが」

「仕方がないよ」

 そこで久方ぶりに、聞き上手である“話し相手”が口を開いた。

「目に映る全てが同一の存在なのだから。一個体一個体に対して関心など持てるわけがない」

 過去、人類は滅亡の危機に瀕した。染色体の突然変異により子供が生まれなくなったのだ。

 そこで、ある科学者は人間のクローンを培養することで、人類の繁殖を再び可能にした。しかし、その時点で人類は疲弊しきっており、多様なクローンを生み出す余裕は残っておらず、生き残りの中でも最も優れていると思われる私を選抜し、私だけのクローンを大量に生産したのだ。

「それにしても、なぜ君だけ、私とは性格が異なるのだろう。同じ私なのに」

「……。それは、君にも分かることだよ。それが、答えさ」

 現在、人類は私だけしかいない。

 だが寂しくはない。

 こうして窓を挟んで、隣の家の、ちょっと寡黙な私が私の話を聞いてくれるから。


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