あおいてのひら
分かる方は、関西弁イントネーションで読んでください。
かなしばり、て、聞いたことありますやろ。なんやあちらの人が布団にのっかって、それか枕元に座ってて、立ってて、からだが動かへん、て。それなぁ、うそですわ。いや、うそや、ゆうたら悪いかなぁ。勘違い……。せやなぁ、思い違いでそおゆう話なってますんや。
気ぃ悪ぅせんとってや。寝ててからだが動かへんようなる、いうことはほんまにある、て、知ってます。うちかてなったことありますもん。たいがいが枕が合わへんとか、そういう理由でね。うちの場合は、あれは枕、高すぎたんですなぁ。目ぇさましたら首から下痺れとって指先までぴくりとも動かへんで、ほんま、あせりましたわ。首のね、こう、うつむいたら出っぱるとこ、ありますやろ、あそこがえらいしんどぉて、ああ、これのせいやな、思い当たりましたんや。そやさかい、必死で、首とか、肩のへんやね、あのへんに力いれて枕からごとん、と、落としましたんや。頭をね。そしたら後は、まあ、普通に動けるようなりまして。起きられたんで、枕をね、嵩を少し減らして寝直しました。それからは、ちょっと高い枕で寝たい気がしても、低めで我慢してます。
あちらの人が、寝てる間に来はることもある、いうんも、うそやとか勘違いやとか、言いまへんえ。そういうこともあります。せやけど、来はったから動けへんようなる、いうんは、違うんです。来たはる間は、「動けへん」のとちごて、「動いたらあかん」。「動けへん」意味が違うんですわ。「あかんえ」いう意味で動けへんのですわ。そこらへん、みんな、よう勘違いしたはる。
なんであかんか、って?
動いたら見つかってしまいますやろ。
あちらの人はなぁ、ぐっすり寝てしもてる人にはかまわらへん、居てることに気ぃ付かへん人にもかまわらへん。「目ぇ覚まして、こっちに気ぃ付いとるのがおるな」、て、分かったら、手ぇ出さはるんです。見つかったらどうなるか、て……、せやな、かくれんぼみたいなもんや思わはったらええんちゃうかな。あちらの人がそばに居る間は、じぃっと我慢して、息殺して、寝てるふりして、やり過ごせたら勝ちや。起きて気ぃ付いてんの見つかったら、……まあ、鬼ごっこやったら負けですわ。
うちなんかもう、小さい頃から怖がりやったから、万が一にも夜中に目ぇ覚まして見てしもたらあかん、思て、いつも頭の上まで掛け布団かぶって、こう、ね、ちぢこまって寝てましたんや。そうやってても、来はったらわかる。わかるもんですなぁ。中にはのしかかってきはる人もいはって、あれは、ほんま、かなんですわ。蹴飛ばしていかはった人も、ぎょうさんいはります。いや、うち、一人暮らしやから、部屋の中にほかに人いはったら、泥棒やなかったら、あちらの人にきまってますやん。
一番怖かったんが、そやね、もう二十年くらい前になる思います。冬でしたわ。よう覚えてます。冬でしたわ。なんで覚えてるかって?そら、毛布やら布団やら何枚も着て寝てましたもん。あちらの人が夏しか来ぉへん思たはるんやったら、それも間違いですわ。年中いつでも来たい時に来はります。どう気が向いてふらっと来はるかなんて、そら、もう、あちらの人になってみんとわかりませんて。
まあ、冬やったんですわ。
騒がしい冬でね。何日も立て続けに蹴り起こされたり、のしかかられたり、で、やりすごすにも、もう、ほんま、疲れました。どっか夜中に蹴られんですむ場所ないかな、て、部屋中、探しまわって、布団敷く場所変えてたりしてたんですわ。自分の部屋の中で、ですよ。あれはまいりましたわ。
で、最後の夜に来はった。
ほんま、思い出してもぞんぞが走ります。
ずどーん、と、ね。ずどーん、ずどーん、と、足の方からえらい重いもんが、頭の方に向かって上がって来るんです。こっち、もう、必死で息殺して通り過ぎるん待っとったんですけどね。あきまへんでした。胸の辺のっかったあたりから動かはらへんようならはって。
なんで、気ぃ付かれたんかなぁ。うちが目ぇ覚まして気ぃ付いてるって、なんでわかったんやろ。見えた、いうことは、目ぇ開いとったんですなぁ、後から思うと。それでやったんやろか。
さっきゆうたとおり、頭まで布団ひっかぶって寝てましたやん。その布団の頭の先のとこから、ぬっと手ぇが入ってきまして。小さい手ぇやったんですけど、その色が―――。
てのひらが―――、まっ青やったんです。
どういう青か、て、うまいこといえまへん。きれいな色とはちゃいました。とにかく、ふつうはてのひらの色なんて、ふつうに肌の色やないですか。それが「青い」ゆうことで、手ぇの、な、こう、にぎる内側だけ、びっくりするくらいまっ青で、ほんま魂消ましたわ。ああ、「魂消る」いうんは、ああいう時に使う言葉なんやねぇ。
その手ぇが、うちのよりよっぽど小さい手やったんですけど、この手をつかんで、ぐいっと引っぱりよったんです。
そうそう。よう、あちらの人の手ぇは冷たい、て、言いますやん。それも、ちゃいますえ。実際に触った……、触られた人間がゆうてるんや。そらもう、確かですわ。冷たいゆうことはぜんぜんおへん。ふつうです。感触はふつうでしたなぁ。力はすごぉて、分厚ぅ布団着て寝とるのに、引っぱられたら、すぽっ、て、上半身起きてしまいましたわ。それで、ご対面や。
こどもでしたわ。
見た目はな、こどもや。手ぇ小さいわけですわ。短い髪のくりくりした可愛らしい女の子やってね。冬や、いうのに半袖のワンピース着とりましたわ。白地に細かい濃いピンクの花を散らした柄やってね。涼しそうな生地でねぇ。ちょうちん袖、いうんやったか、肩の辺、ふくらました袖、ありますやろ。肩をふくらましてしぼった袖です。今どき、あんな袖の服、見ぃひん。あの頃でも、ええかげん古臭い服やな、思いましたわ。こら最近亡くならはった子やないわ、思いましたわ。見覚えは全然無い子で、通りすがりに引っぱりはったんやなぁ。顔はえらい可愛らしかったけど、目はなぁ……、なんちゅうか、ふつうの目ぇやあらへんかった。ふつうのこどもの目ぇやなかった。それが、ちんまりからだの上にのっかって、こっち見て、手ぇ引っぱっとったんです。
あ、この子、やばいわ、て、一目でわかりましたわ。見た目どんだけ可愛いても、この子はあかん。やばい。て、ねぇ。
そいで、どないしたか、て?
どないかする方法があったら、教えてもらいたいくらいです。今さらやけどねぇ。どないもならへんもんはならへん。ゆうたでしょ。見つかったら負けや、て。
そおゆうわけで、うちは今、あんたさんの目の前で、こうして話しとるわけです。ほんま、夜分に起こしてもうて、悪いことしました。かんにんえ。