逢瀬【魔王side】
「うう~~~。緊張するぅ」
四天王の一人、人狼族の長でもある少女はこれから始まるシーンに向けて、再度本読みをしていた。今までは魔王や四天王の皆と一緒だったが、今回は人狼族だけのシーンだ。このクエストから出番が増えた事もあってやる気に満ちてはいるのだが、まだ経験の浅い身の為緊張は仕方が無い。ぷるぷると耳を震わせながら、必死に台詞を反芻する。
すると部下の一人が離れた場所から自分を呼んだ。
「族長!! 誰かがこちらに来ます!!」
「うわぁ~~~! キタ~~!!」
よし!っと自分の両頬を叩いて気合を入れると隠れていた岩陰からぴょこんと姿を見せる。そこは勇者が通る予定の谷間を見下ろせるそれ程高くない崖上で、大きな岩に片足を乗せた姿勢でワーウルフは声高に練習した台詞を一気にまくし立てた。
「よく此処まで辿り着いたわね! 勇者一行!! 人狼族を率いる長である私がいるからには今までのようにはいかな……あれ?」
だが、意気揚々と語り始めた台詞も途中で止まる。そこに現れたのは賢者一人だったからだ。
「……あ…、あれ、アンタ一人、なの?」
「え、えぇ。勇者達なら後から来ます」
(岩陰に人狼族の仲間達が控えているけれど)思わず二人きりになってしまい、互いに照れながら視線を交わす。ワーウルフはぱたぱたと尻尾を揺らしながら、出来る限り素っ気無いフリをして、崖下から自分を見上げている賢者に言葉を掛けた。
「そう……。えーと、勇者がいないことにはシナリオが進められないじゃない。し、仕方ないから、いいい一緒にお茶でも飲んで待つ?」
「え! いいんですか!」
「しょ、しょーがなくよ!! アンタ一人じゃ話になんないし」
「じゃ、じゃあ……、お言葉に甘えて」
もじもじしながら人狼族の休憩用に用意されたポットからお茶を煎れ、二人の世界を作っているワーウルフと賢者。そんな桃色な空気を部下達はぽかーんと見つめるしかない。
「おい。俺達はどうすりゃいいんだ?」
「……まぁ、取りあえず魔王様に報告するか。今日の撮影は押しそうだって」
「そうしよう」
なんだかんだ言って、今日も世界は平和である。
因みに、勇者達が追いついてから改めてVS人狼族とのシーンが始まり、台本通り勇者が勝利して人狼族は撤退を余儀なくされた。
「覚えてなさい!! 私達に歯向かった事必ず後悔することになるわ!!」
そう言って姿を消すワーウルフ。その一瞬、二人は名残惜しげな目線を交わす。
(良かった。また会えるんだ……)
ワーウルフの台詞を聞いて密かに喜びをかみ締めていた賢者だったが、桃色オーラが駄々漏れだった為に勇者一行にはバレバレだったと言う。