始動【魔王side】
空は厚い雲でふさがれ、時折赤い稲妻が走る。空に太陽が無いのは常の事で、大地には濃い影ばかりが落ちる。昼も夜もなく、暗闇が支配する此処では当然建物の中も常に薄暗い。それは勿論、端から見れば真っ黒な岩山にしか見えないであろう魔王城の内部も例外ではない。
そんな中、長身の美しい男がほの暗い魔王城の廊下を臆する事も無く歩いていた。そして迷わずある一室の大きな扉の前に着く。音も立てずに両開きの扉を開ければ、広い部屋の奥にはベッドが一つ置いてあるだけ。中に入ると血が通っているのかと疑いたくなる程真っ白な肌をした青年が、唯一赤みのある唇を開く。そして柔らかなベッドの中で身じろぎ一つしない男の肩を揺らした。
「魔王様。魔王様。起きてください」
だが、魔王と呼ばれた男はぐっすりと深い眠りの中。起きる様子は少しもない。一つ溜息を付き、美青年は銀色の髪を掻き上げた。そしてアメジストの瞳を剣呑に瞬かせる。
「魔王様。このまま起きてくださらないのなら、クローゼットの奥に隠していらっしゃるビンテージワインは私の今夜の寝酒となりますよ」
「ってめ!! ふざけっ…………、て……あ~? なんだよ、吸血鬼。三ヶ月は起こすなって言っただろ?」
くあっと一つ欠伸をして、再びベッドの中に潜り込む。だが、ヴァンパイアである美青年は冷たい声で主に告げた。
「天の書が届きました」
「はぁ!!? ふざけんな!!! こちとら前回の最終決戦の筋肉痛がまだ残ってんだぞ!!」
ガバッと体を起こし、魔王は青筋を立てて怒鳴りつける。だがヴァンパイアはどれだけ魔王が喚こうが、ピクリとも美しい面を崩す事は無い。
「確かに今までよりもスパンが短いですが、仕方がありません。さっさと起きてください。もう四天王は揃っております」
「チッ、しかたねぇなぁ……」
渋々魔王はベッドから抜け出した。その肩やら腰に湿布が貼られたままなのがなんとも哀愁を漂わせている。いくら不老不死の魔王でも体を酷使すれば辛いのだ。ヴァンパイアは主の情けない姿には目を瞑り、上半身裸のその肩に彼お気に入りの真っ黒なローブをかけた。