始動【勇者side】
天の書
それは世界の神が地上の者達へもたらす、絶対的な運命である
* * *
透き通った水色の空に触れたら柔らかそうな雲がゆっくりと形を変えながら浮かんでいる。草木染めの綿のシャツにカーゴパンツ。足元はサンダルとラフな格好をした若い青年は牧場脇の草原の上に寝転がりながら、そんな光景をのんびりと眺めていた。水色に花を添えるかのように時折白い鳩が横切っていくのも、黄色い蝶が視界に入るのも良い。時折牛の鳴き声が聞こえるのはご愛嬌だ。
ぽかぽかと暖かい陽気の中、男は仕事もせずにただ心地よい時間を過ごしていく。
(幸せだ……)
このまま昼寝に入ろうと緩やかな睡魔に身を任せようとしたその時、良く知った声が響いた。
「おーい! 勇者~!」
勇者と呼ばれた男は一瞬眉間に皺を寄せる。だが、自分を呼んでいるのは長い間苦楽を共にしてきた仲間だ。昼寝を邪魔された事は残念だが、腹を立てるような相手ではない。
勇者は仕方なく瞼をこじ開け、体を起こした。
「おう。どうした、賢者? 仕事でもないのに此処に来るなんて珍しいな」
欠伸をかみ締めながら目の前の青年を見上げる。自分よりも二つ年上の彼は気の弱そうな人の良さそうな顔をしているが、勇者と共に幾度となく世界を冒険してきた頼りになる賢者だ。今は旅の最中ではないからか、普段から自宅で書物を読み漁っている彼は勇者と同じく身軽な普段着である。
戦闘中でなければいつも穏やかな表情を浮かべている彼は、勇者の台詞に顔を引きつらせた。
「賢者?」
「……その仕事だよ」
弱弱しいその言葉に勇者は目を見開いた。
「はぁ!!? 嘘だろ!? 前の仕事からまだ一ヶ月も経ってねぇじゃねえか!!」
そう。一ヶ月前、自分達は世界を恐怖に陥れようと画策している魔王を倒したばかりなのだ。いくらなんでも次の仕事が入るには早過ぎる。そう主張するが、残念そうな顔で賢者は一冊の本を取り出した。
「はい。これ」
勇者の目の前に差し出されたのは無駄に装飾の施された分厚い本。何度も目にしたことのある装丁。そこには『天の書』と記されている。
「……マジかよ」
これを始めて目にした時、興奮と期待で胸を躍らせたことを今でも覚えている。けれどそんなのは遥か昔の話だ。