深夜の出会い
「ーうおりゃあ」
力いっぱいキックを食らわせると、中間は唾を吐き捨てる。
口の中は血の味が広がっていた。
相手はもう動くことはないようで、中間は最後にもう一発蹴っておく。
「くそ。はあはあ」
時刻は夜。
何故か揉め事になり、見知らぬ相手と喧嘩になった。
ハンカチで口を押さえると、中間は相手に怒りをぶつける。
「今度からは、喧嘩相手を選べ」
そう告げると、ぐったりした相手を残し、道を進んで行く。
秋の夜は暗くなるのが早く、ひんやりとした風が吹いてくるので、熱い身体にはちょうど良かった。
星よりも輝いて見えるネオン。
中間は光に群がる虫みたいに、ふらふらと光に寄っていく。
ー家に帰るか、どうするか。
迷っていたのは、家に帰っても1人だからだった。
もちろん怪我の手当てをしないといけないのだが、何だが人恋しかった。
ーSEXしに行くのもな。体力を使うからな。
さてどうしようと、迷い猫のようにしていると、ある店から制服姿の女性が出て来た。
制服といっても、店の制服らしく、青色にオレンジのエプロンをしている。
年は20代くらいだろうか。
中間は年上に見られることが多いが、もしかしたら同い年くらいかもしれないと。見当をつけていると、女性と目が合う。
大きな瞳に、小さな唇。
店の光を受け、中間には女神に見えた。
少し大げさかもしれないが、彼女に惹かれていると、何と話しかけられる。
「ーあの!!」
「へ…? お、俺?」
急なことに動揺していると、女性は店の中を指さす。
「良かったら、おにぎりを食べていきませんか?」
「お、おにぎり…? 何で…?」
「うち、おにぎり屋なんですよ。あと、豚汁もあります」
「豚汁…。あ」
ぐうと腹の音が鳴り、中間は恥ずかしそうに腹を押さえる。
喧嘩という1運動を終えた後だから、身体がエネルギーを欲しているようだった。
どうしようと迷っていると、女性は大胆にも腕を引っ張ってくる。
「入ってください。その…怪我の手当てもしないといけないし」
「!! 放っておいてくれ!!」
強い拒絶をしたのだが、女性は手を放さず、言ってくる。
「温かいご飯を食べれば、落ち着きますよ。どうですか?」
「…。どうせ金を取るんだろう?」
お金を持っていないわけではないが、警戒してそう言うと、女性は何故か凛と答えてくる。
「お金はどうでもいいです。それよりも、うちのおにぎりを食べて、元気になりませんか? ちょうどお客さんもいませんし」
「…。本当にいいのかよ」
仏頂面で中間が言うと、女性は明るく微笑む。
「どうぞ、どうぞ」
中間は誘われるまま、店の暖簾をくぐると、確かに客はいなかった。
それも狭いスペースで、正面におにぎりの並ぶケースがある。
鮭に梅干し、昆布など、色んな種類があるようだった。
「ここに座ってください」
指示されて、中間は大人しく、やはり狭いイートインスペースに座り、きょろきょろとしていると、女性は奥に入り、姿を消す。
どうやら彼女が店主らしく、1人でやっているようだった。
ー女1人で店なんて、大変なのに。
中間は女性のことを考えるのだが、今まで付き合ってきたタイプにはいない存在だった。
女性はすぐに戻って来ると、救急箱を手にしている。
「少し、しみますよ」
救急箱を開き、手当てをしようとするので、中間は手を出してストップをかける。
「悪いけど、自分でやる。いいか?」
「え、自分で…? あの別にいいですけど」
「じゃあ、ちょっと借りるぞ」
救急箱を引き寄せると、必要な薬や綿棒などを取り出す。
女性はそれを見届けると、正面のケースに向かう。
「何、食べますか?」
「…本当にいいのかよ?」
傷の手当てをしながら言うと、女性はしっかりうなずいてくる。
「私、道端に人が倒れていたら、放っておけないタイプなので。面倒くさいかもしれませんが、付き合ってください」
「…変なの」
思わずぼそりと言うと、女性は照れたように言う。
「よく言われます」
「…そうか。じゃあ…」
中間は絆創膏を貼りつつ、おにぎりのケースを見つめる。手ごろな値段で、子どもでも買えそうだった。
「ツナと明太子。とりあえず、それで」
「は、はい…!! 豚汁もつけますね!!」
女性は嬉しそうにすると、忙しそうに動き出す。
俺なんかと関わると面倒くさいと思うのだけれどもと思いつつ、救急箱を閉め、簡単だが手当ては終わりだった。
ー変わった女。
中間の彼女でもないのに、甲斐甲斐しく世話しようなんて、今の時代にあっていない気がした。
しかし悪い気はしない。
誰もいない店内は静かで、虫の声が聞こえてきそうだった。
BGMはないが、中間はテーブルに肘をつけ、ぼうっとしていると、女性が盆を持ってくる。
「はい。ご注文の品です」
「…うわ、良い香り」
思わず呟くと、中間はしまったと後悔する。
あくまでもクールに接しようと思ったのに、地が出てしまった。
女性はくすくす笑うと、救急箱を手に取る。
「ゆっくり召し上がってください」
「…おう。悪いな」
一応、礼らしき言葉を口にすると、女性はまた奥に引っ込む。
中間はどうしようか迷ったが、出されたものを廃棄するのはもったいないので、豚汁に口をつける。
ずっという音の後に、中間はほうと息を吐く。
ー塩加減がちょうどいい。心から温まる。
女性の優しさを飲み込んだみたいで、殺気がみるみるうちに、ひいていく。
気づかなかったが、秋の涼しい風を浴びすぎたのか、暖かさを求めて、豚汁を口にしていく。
「あれ、もうそれしかないんですか?」
女性が戻って来て言う。
中間は恥ずかしそうに、腕を差し出す。
「おかわり。腹が減った」
子どもみたいに言うと、女性は緊張をとき、にこりと笑う。
ー明るい笑顔だな。真っ白の存在というか、俺の住む世界にいる人間とは違う。
そう考えて彼女の動きを眺めつつ、おにぎりを手に取る。
がぶりと容赦なく噛みつくと、中間はびっくりする。
米の甘さはもちろん、握り加減が絶妙で、海苔の良い香りがし、全てが美味しく感じられた。
ー捨てる神あれば、拾う神ありか。
中間は感心していると、豚汁のおかわりがやって来る。
「どうぞ。熱いので、気をつけて」
「おう。…その、ありがとうな」
改めてちゃんと礼を言うと、女性はチワワみたいに瞳を大きくしたが、すぐに破顔する。
「おにぎり、どうですか?」
「美味い。どこの米?」
「長野のコシヒカリです。お口に合いますか?」
「長野か…。珍しい。新潟とかじゃないのか?」
「はい!! 私、これでも色んなお米を食べてきたので、自信があります」
「そうだな。美味いもん」
中間は一口、またかぶりつくと、痛む頬は無視して食べていく。
彼女との静かな夜。
女性の優しく、柔らかな感じに十分にひたり、心地の良い居場所となる。
ーこんな相手、滅多にいないぞ。
中間は2個目のおにぎりを手にすると、ふと笑った。
何だか、喧嘩した自分が馬鹿みたいに思えた。
ー俺もまだまだガキだな。大人にならないと。
そう思い、女性を側に置きつつ、手と口を動かすのだった。




